無機の少女、穿たれる狂気

作者:月見月

 ――バキンッ。
 ありていに言えば、そこは地獄とでも形容すべき光景であった。
 時刻は夜の9時。昼間ほどではないにせよ、普段であればまだまだ人々の姿があるはずの、町の一角。だが今は、立っている者は一人としておらず、みな一様にうめき声と共に地面へ転がっている。
 ――バキンッ。
 その理由は単純明快。ある者は腕を潰され、腕を砕かれ、背骨をへし折られ、激痛に苛まれていたからである。それを生み出したのは、たった一体のダモクレス。清楚なメイド服に身を包み、夜闇に溶ける藍色の髪をした姿は一見美しく思える。だが、その背より生えた無骨な第三の腕が、全てを台無しにしていた。
 ――バキンッ。
 先ほどから響き渡る異音を生み出しているのも、その鋼腕。ダモクレスは先端に取り付けられた鉤爪を開くと、手近な足を砕かれていた男の頭を鷲掴みにする。
「い、いやだっ! やめてくれ!」
「早く、早く来なさい……ケルベロス。抹殺こそが、私の」
 悲痛な叫びをあげ、鋼鉄の腕を掻き毟る男に対し、ダモクレスは彼を意識の中に入れていない。無機質な瞳は虚空を捉えたまま、ブツブツと何事かを呟き続けている。その間にも、腕はゆっくりと男を締め上げてゆき。
「こんな、こんな死に方なんて、嫌だ、嫌だ嫌だいや」
 ――バキンッ。
 腕に内蔵された鉄杭が、男の頭部を貫いた。男は数度痙攣したのち、糸の切れたように力を失う。ずるりと、血糊と共に杭は引き抜かれ再び腕の中へ格納された。
「早く来なさい、ケルベロス。必ず、この腕で捕え、そして……」
 無機質な少女と凶悪な鉄腕。頭部を貫かれた数多の死体に囲まれたその姿は、確固たる狂気を湛えていた。 


「指揮官型ダモクレス。やつらの地球侵略がいよいよ始まったみたいっす」
 自らの前へ集まったケルベロス達へ、オラトリオのヘリオライダー・ダンテが重々しくそう口火を切った。
「指揮官型ダモクレスの1体『踏破王クビアラ』は自分と配下のパワーアップのために、ケルベロスとの戦闘経験を収集すべく部下を送り込んでいるみたいっす」
 クビアラ配下のダモクレスは、より正確な戦闘経験を集めるため、ケルベロスの全力を引き出そうと策を弄してくるようだ。
「一般人の虐殺、人質を盾にする、町の破壊……それが相手の狙いだとしても、ケルベロスである以上見過ごすことはできないっす」
 今回、ケルベロスたちが相手取るダモクレスは、人々の手や足、腰を潰し折って逃げられなくし、そのうえで一人ひとり殺害し続ける狙いのようだ。
「人々が動けなくなる前は無理っすけど、急いで現場に駆けつければ最初の一人が殺される前に到着することが出来るっす」
 そして、その元凶であるダモクレスの名は「ベアトリス・ザ・サードアーム」。一見すると清楚なメイドだが、その名の由来にもなっている、背から生えた巨大な鋼腕が特徴の相手だ。攻撃方法も当然、この第三の腕がメインとなる。腕を振るって周囲を薙ぎ払う範囲攻撃、第三の腕に仕込まれた鉄杭を射出する貫通攻撃、そして三本の爪で捕まえた相手を万力の如き力で押し潰しながら、鉄杭で貫く一撃の三つである。更には、腕を利用したアクロバットな動きで戦場を跳ね回り、運動性も決して低くはない。
「三つ目の攻撃は群を抜いて威力が高いっす。あの腕に捕まるのだけは避けたいっすね」
 敵は『ケルベロスとの戦闘』を目的としているため、戦いが始まればそれを一般市民へは振るわないだろう。だが、ケルベロスが彼らの救出や時間稼ぎに徹しようとした場合にはその限りではない。ケルベロスを本気にさせるべく、再び周囲の人々へ攻撃を仕掛ける可能性が高い。
「かといって、普通に戦っても戦闘経験は集められてしまうっすからね……そこの対策も考えた方がいいかもしれないっす」
 戦闘データの収集を最小限にするため、全力で戦い可能な限り短い時間で決着をつける。しかしもし長引けば、相手の思うつぼだ。
 気づかれないように手を抜いて、戦闘データの信頼性を下げるという手段もあるが、ばれた場合のリスクは大きい。行うのであれば細心の注意を払う必要があるだろう。
 あるいは、普段のケルベロスが取らないような戦術を敢えて使用し、得ても他に応用出来なくさせるという方法もある。尤も、奇をてらいすぎて敗北しては元も子もないので、綿密な打ち合わせが不可欠だ。
 どの方法を取るにしても、相応のメリット・デメリットが存在するだろう。
「ただ変わらないのは、このダモクレスを倒し、相手の狙いを阻止しなきゃいけないってことっす!」
 デウスエクスを打倒し、人々を救う。どのような敵であれ、どんな戦い方であれ、それだけは決して変わることなきケルベロスの使命だ。
 そう話を締めくくると、ダンテはケルベロスたちを送り出すのであった。


参加者
エルネスタ・クロイツァー(下着屋の小さな夢魔・e02216)
アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)
月代・風花(雲心月性の巫・e18527)
レミリア・インタルジア(蒼薔薇の蕾・e22518)
エストレイア・ティアクライス(さすらいのメイド騎士・e24843)
ラズェ・ストラング(青の迫撃・e25336)
八尋・豊水(狭間に忍ぶ者・e28305)
ウージュ・ヤオ(殀无惧・e34009)

■リプレイ

●狂気と無機
 未だ寒々しさの残る、1月の夜9時。本来は人々の往来もまだあるはずの通りには、代わりに数十人の倒れ伏した人々の姿があった。みな一様に腕を、足を、背骨をへし折られ、流血こそないものの苦悶の呻きが通りに満ち満ちている。
 その中心に佇むのは、鋼によって形作られた第三の腕を背より生やした、メイド服姿の少女。底知れぬ狂気を無機な表情で隠しながら、元凶たるダモクレス、ベアトリス・ザ・サードアームは鉄腕を駆動させる。
「さぁ、そろそろ始めましょうか……これだけでも十分だが、『本気』になって貰わないと困りますので」
「な、なんだ……これ以上何をするつもりなんだ!?」
 ガバリと、先ほどまで人々の手足をへし折っていたアームを開くと、ダモクレスは手近にいた青年の頭部を鷲掴みにする。自らをつかんだ腕、その中心に鉄杭が格納されているのを見るや、青年は己の未来を嫌がおうにも悟ってしまう。
「ま、まさか……たのむ、やめてくれっ!」
「十か、二十か……全て使い潰してしまっても問題ない。また調達すればいいだけの話」
 青年の抵抗など意識の範囲外。ダモクレスらしく、機械的に第三の腕を駆動させ、青年を貫かんとし……。
「おあいにくだけど、10にんどころか、ひとりだってころさせやしないよ」
 鉄腕の関節部へ無数の針が突き刺さった。大半は装甲に弾かれたものの、駆動部に入り込んだ針が動きを止めさせる。ダモクレスが攻撃の方向を見やると、巨大なミシンハンドを構えたエルネスタ・クロイツァー(下着屋の小さな夢魔・e02216)の横を、月代・風花(雲心月性の巫・e18527)が駆け抜けるところであった。
「私たちをおびき寄せる為だからって、こんなやり方……!」
 一呼吸のうちに相手へと肉薄した風花は、青年を戒めるアームへ雲竜の鞘より走らせた刃を叩き込む。それにより僅かに拘束が解けた瞬間、彼女は青年を抱えて飛び退いた。
「今は、ごめんなさい……けど、直ぐに終わらせて助けてみせます!」
 青年を出来るだけ離れた場所へ横たえる風花と入れ替わる様に、追撃を警戒したラズェ・ストラング(青の迫撃・e25336)とウージュ・ヤオ(殀无惧・e34009)が前へと一歩踏み出した。
「テメェ……! 戦いてぇなら、ハナから俺らを狙えってんだ」
「そこまで戦いたいなら、お望み通り戦って差し上げるでございまーすよ!」
「……ケルベロスか。これは好都合ね、無駄な作業が省けた」
 目的の相手が現れたとみるや、ベアトリスはあっさり人々から興味を無くした。もともと目的達成のための道具としか見ていない節はあったが、いまでは路傍の石ころ程度に認識しかもっていないようだ。
(「怪我をした人たちのそばで戦わないように少しでも離れて戦う様にできればしたいですね……私たちにその余裕があれば良いのですが」)
 しかし、だからといって動けぬ人々が戦場より消えるわけではない。どうにか助け出したいが、下手に治療を行ってしまえば再びの殺戮を招く危険がある以上、レミリア・インタルジア(蒼薔薇の蕾・e22518)には彼らを慮るより他に術がなかった。
「周囲の人々へこれ以上危害を出さぬためにも、情報を与えず短期決戦で決着を着ける。それがいま我々に出来る最善です」
 二振りの刃を構えつつ、エストレイア・ティアクライス(さすらいのメイド騎士・e24843)は傍らのレミリアへそっと声を掛ける。作戦目的としても、長期戦は避けねばならないのだ。
「こんな拷問まがいの所業、可愛い顔して悪趣味ね。私、実は女に厳しいの……躾のなってない子には特にね」
「必要な作業を、必要な数量だけ行っただけのこと。それに……次は自分の番だということを理解したらどう?」
 ビハインドに背を預けつつ、そっと口元をスカーフで覆いなおす八尋・豊水(狭間に忍ぶ者・e28305)の言葉に対し、ベアトリスは第三の腕をゆっくりと駆動させて答えとした。開かれたアームの奥底には、鋭い切っ先を持つ鉄杭が格納されているのが見えた。
「余程自信があるようですね。ならばその自慢の腕……絶対に破壊させて貰います……!」
「それは私の言葉よ。押し潰し、穿ち貫く……せめて原型を留めていることを祈っておくことね」
 アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)が全身に搭載された銃火器を展開、射出するのと、ベアトリスが鉄杭を打ち出すのはほぼ同時。それが死闘の開始を告げる号砲となった。

●鋼鉄なり第三の腕
「初手から全力だ。まずはその義腕、どれほどのモンか試してやるよ!」
「試しで死んでくれませんように。情報が集まらないのも困りものですので」
 白煙を突き破り、真っ先に相手へと踏み込んでいったのはラズェ。拳に流体金属を纏わせるラズェに対し、ベアトリスも鉄腕を振りかぶって迎え撃つ。はたして、ぶつかり合いの結果は。
「……重い攻撃、相手にとって不足無しだぜ」
 拳が纏った金属にひびが入っていた。対する鉄腕は無傷。苦痛に顔を歪めながら、ラズェは相手の脅威を再認識する。
「そのまま正面からぶつかっても、悪戯に戦いが長引くだけ……それなら!」
 それを見ていたアーニャは瞬時に搦め手へと戦い方を変える。攻撃だけでなく、弱体化も短期決戦には不可欠な要素。発射されたグラビティを弱体化させる光弾によって、ベアトリスの動きが鈍った。
「さっきのがほんきだっておもわれちゃ、こまるんだよね。うちこむから、あわせてくれる?」
「りょーかいでございます、エルネスタさま。そのポンコツ、ウーがへし折って差ーし上げます!」
 僅かな隙なれど、それを見逃すほど甘くはない。素早くミシンを構えなおしたエルネスタが先ほどと同じように、無数の針を打ち出し、その合間を縫ってケルベロスコートを脱ぎ捨てたウージュがベアトリスへと肉薄する。
「先程も見た技、脅威になるはずが……っ!?」
「どーうしました。お望みの全力ですよ!」
 第三の腕で攻撃を防ぐが、先ほどとは違い、針は装甲へと突き立った。それを軸とし、百節棍となったウージュの如意棒が腕へと絡みつくや、ギリギリと締め上げ始める。
「多少、驚きましたが……お蔭で情報の精度もあがるというもの。それだけなら、次は私から行きます」
「っ、攻撃が来ます、私の後ろに!」
 ベアトリスは敢えて締め上げる力に逆らわず体制を崩すと、倒れ込む勢いを利用して第三の腕を振り回した。前へ出ていたウージュと攻撃の機会を伺っていた風花が巻き込まれかけるも、咄嗟にレミリアが身を挺して攻撃を受け止める。
「やはり、スペックの大半を腕に注ぎ込んでいるようですね……重いだけでなく、速い!」
「強くて、硬くて、その上運動性も悪くないなんてね……まずは確実に当てていくよ!」
 幾らスペックに秀でていようとも、完璧な相手など存在しない。大ぶりな攻撃後に生まれた空隙、そこへ風花は研ぎ澄まされた達人の一撃を叩き込んだ。刀は表面装甲を薄く削り取るに留まったが、その軌跡に沿って冷気が鋼腕へと浸透してゆく。
「この程度で、私の腕が鈍るとでも?」
「あら、熱気冷気を蓄積していけば、どんな硬い鋼も崩れ去るものよ。こんなふうにね……李々!」
 豊水が声を掛けた瞬間、ベアトリスの背後にビハインドが出現し、手にした忍者刀で本体部分を羽交い絞めにする。そこへ、螺旋を描く氷波が鋼腕へと命中、先ほどの冷気と相まって装甲を凍てつかせてゆく。
「こんなもの、駆動させ続ければいづれ溶け消えるものです」
 しかし、第三の腕を完全に停止させるにはまだほど遠い。ベアトリスはビハインドの拘束を振り払うと、第三の腕をまっすぐ伸ばし、アームを開く。そこから凄まじいで打ち出された鉄杭は、豊水の左肩を易々と貫通、大穴を開けた。
「っぐ、距離を取ってもこの威力とはね……」
「直接掴まれて打ち込まれた時の事を考えると、ぞっとしませんね。ヒールも効きにくいですし、くれぐれもご注意を」
 滂沱と鮮血を溢れ出させる傷口へ、それまで鎖で地面に魔方陣を展開していたエストレイアが祈りを捧げる。傷口を塞ぎ出血を止める事に成功するも、敵の本命ではこうはいかないだろう。
 双方ともに全力の短期決戦。その決着がそう長引かぬことを、彼らは肌で感じ取っていた……それが勝利であれ、敗北であれ。

●番犬の刃、鋼鉄の杭
「さぁさぁ、一人攻撃して満足しーているなんて、デウスエクスもたーいしたことはございませぬなあ! こちらは八人もいるのでございまーすよ!」
 今回の作戦、前衛が相手の攻撃を引き付けつつ、後衛が腕を狙い撃ち、いかにして相手の強みを破壊するかにかかっている。ウーシュは己の役目を果たすべく、積極的に相手を挑発してゆく。
「安心しなさい、一人ひとり、確実に貫いてあげます」
「おお、こーわい、こわい!」
 狙い通り、ベアトリスが相手を捉えんと鋼腕を突きだし、対するウージュはヌンチャク状にした如意棒に炎を纏わせた連続攻撃で相手をかく乱する。一歩間違えれば窮地に追い込まれるが、彼は彼の役割を果たし。
「そんな状態で、この一撃は避けられないんだから……風牙!」
 入り乱れる攻防の中、風花渾身の一閃が放たれた。ほんの僅かな、針の穴の如き空間を突きぬけ、刃が届く……。
「……ようやく、捕まえた」
「なっ!?」
 狙った第三の腕ではなく、本体である少女部分に。しまったと思う間もなく、風花の腹部ががっちりとアームに捕えられてしまう。
「あれだけ狙われていれば、馬鹿でも気づく。そして、来ると分かっているものを防げぬ程、私は馬鹿ではない」
「っ、まずい! どうにか拘束を解いてください!」
「了解です! どんなに破壊力があっても、停止した時間には無意味……時よ、凍れ!」
 その一撃を食らえば致命打になることは明白。警告を発しながら稲妻を纏った槍撃を放つレミリアに合わせ、アーニャが相手の懐まで飛び込み、持てる火力の全てを解放し叩き込む。無数の銃弾、爆薬がさく裂し、相手の全身を破壊してゆく。だが万力の如きアームの動きが止まることは無い。
「ぐ、かはっ……!?」
「押し潰し、へし折り、そして……貫く」
 --バキンッ!
 そして、必殺必中の一撃が打ちこまれる。風花の背中から、赤黒い液体で染め上げた鉄杭が顔を見せる。食い破られた肉片と血液が、宵闇に赤い霧を形作った。
「私が手当を行います! 誰か風花様の拘束を!」
「わたしがまえにでるから、ほかにもちりょうできるひとはてつだってあげて!」
 咄嗟に前へと飛び出したのはエルネスタ。それまで射撃に使用していたミシンハンドへ霊力を込めると、渾身の力で殴打する。霊力を網へと変化させ腕へと絡みつかせると、全力でアームをこじ開け仲間を救出する。傷口から止めどなく溢れる血が、地面を染め上げた。
 すかさずエストレアとアーニャがヒールを行い、出血だけは押さえるものの、その効果は芳しくなかった。辛うじて戦闘不能に陥っていないことだけが不幸中の幸いか。
「ふ、ふふ……まずは、一人」
 対するベアトリスは恍惚とした表情を浮かべていた。美しかったメイド服が紅に汚れ、自らも決して少なくないダメージを負ったにも関わらず。彼女はまるでこれ以上ないという程に喜悦と狂気の入り混じった笑みを、形作る。
「……そっちもぎりぎりだってこと、忘れてもらっちゃ困るわよ。変幻自在の投げ技、見極められるかしら!」
 これ以上、第三の腕を使わせるわけにはいかない。そう判断した豊水は、ここで勝負をつけるべきだと判断する。これまで流した血液を代償に高密度の紅螺旋を身に纏うや、ベアトリスを頭上高く持ち上げ投げ飛ばした。錐揉みに回転するも、宙空であるがゆえに体勢を立て直すことも覚束ない。
「たかが、空中へ投げ飛ばしただけで……」
「いいえ、これで終わりです。身動きのとれない空中にいることを悔やみなさい……全ては無へと帰すのです!」
 上昇する勢いが衰える前に、レミリアの追撃が飛ぶ。斬撃混じりの旋風によって、更に高くへ巻き上げられ。
「我らはケルベロス! 人々の守護者! これまでに得た情報もすべて無意味。貴女は帰しません、ここで朽ち果てて頂きます!」
 応急手当てを終え、レミリアのグラビティと共に飛びあがったエストレイアが、重力を込めた蹴撃によってベアトリスを地面へと叩き落す。
「良い連携ですが、この腕ならば着地の衝撃を殺す程度、造作も……」
「いいや、お前はもう地面に足をつける事はねぇ……」
 真下へ向けた視線の先には、構えを取ったラズェの姿があった。流体金属に覆われた右手に籠められた膨大な熱量と電力が、夜闇を白く染め上げている。
「熱量最大値、一気に焼き切る!」
「っ、このまま貫き殺す!」
 落下する鋼腕と赤熱する鉄拳がぶつかり合う。威力は互角だが、ジリジリと腕が焼切られてゆく。これまでに蓄積したダメージ、そして戦闘中纏わり続けていた冷気と熱量が反応し、急激に構造を脆くさせてゆくのだ。
「そんな、私の、私の腕が……カラダが、っ!」
 断ち切られるのは一瞬。第三の腕はおろか、更には本体部分まで上下に両断された。腕を重要視するが故に、自らの体を盾にしていたツケがここに現れる。
「ケル、ベロス……戦、とう、……デー、た」
 ぐしゃりと、地面に散らばる残骸。それが動き出すことは、もうなかった。

●死闘、終結
 戦いはケルベロスの勝利にて終わった。だが、一息つく暇もない。
「怖かったわね。もう大丈夫よ♪」
「すぐに治しますから、待っててください」
 豊水やレミリアを始めとし、戦闘を終えたケルベロスたちは人々の治療を始めていた。苛まれていた痛みが消えると、人々もようやく安堵の表情を見せる。
「私も手伝えたらいいんですが……」
「無理は禁物ですよ、いまは体を休めるべきです!」
 壁に背を預けもたれこむ風花にエストレイアが微笑みかける。この様子であれば暫し休めば問題なく動けるようになるはずだ。一方では、エルネスタは人々に話を聞いて回っている。
「ダモクレスがどこからきたか、わかりますか?」
「いや、いきなり現れて、襲ってきて……なにがなんだか」
「残骸からも、目ぼしいものは見つけられませんね」
 ベアトリスの残骸を調べていたアーニャも会話に加わる。元々情報取集用として派遣された為か、有用そうな情報は見当たらなかった。
「それにしてーも、データを集めるための配下とは……なんだか妙に胸に引っかかるでございまーすな」
「そもそもこの強さで指揮官の手下だと? 冗談じゃねぇ」
 今回の敵は敵部隊の情報収集を兼ねた一員。集めた情報を何に使用するのか、そしてこれ以上の強敵であろうその指揮官に、ウージュとラズェは一抹の不安を覚える。
 だが、この戦いがケルベロスの勝利であること。それだけは、ゆるぎない真実であった。

作者:月見月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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