白鶏機嬢は甘きを好む

作者:柊透胡

 山梨県の山中にあるこじんまりとしたロッジは、客室数6室、定員15名と隠れ家的な雰囲気のペンション。だが、ディナーは元シェフのご主人が腕を振るう本格的なフルコースで、何より、パティシエだった奥さんお手製のスペシャルデザートが好評だ。
 その日も、客室は満室。夕暮れも間近の柔らかな陽射しが差し込む吹き抜けのホールは今――惨憺たる光景が広がっていた。
 生存者は、皆無。逃げようとしたのか、入口に向かって折り重なって倒れる宿泊客。従業員3名が壁に叩き付けられて息絶えている。
 ホールのみならず厨房も又、血の海。抱き合うように、或いは庇い合うように事切れたオーナー夫婦のすぐ側で――奇跡的に無傷で残っていた大きなホールケーキは、恐らく今夜のスペシャルデザートだったのだろう。色とりどりのデコーレーションも鮮やかなケーキの真ん中に、ぐさり、と無造作にフォークが突き立てられた。
 そのまま、大きくすくい取られた一口を、いっそ可憐な唇がパクリと飲み込む。
 もぐもぐごっくん!
「うん、やっぱりケーキは作り立てじゃないとね」
 一見、幼げな少女だ。編み込んだ赤毛は、アホ毛がつんと逆立っている。前髪の両サイド、所謂『触覚ヘア』が対象的に真っ白なのが目を引いた。 クラシカルなサッシュを締めた白いワンピースの背には鋼の翼。ショートブーツの『黄色いあんよ』が愛らしい。
 そして、その耳にしろ、ミニスカートから覗く太ももにしろ、装着されたように見える機械部とて、少女を構成するパーツの1つだろう。
「フルーツも盛り沢山だし、味の評価は『A+』。でも……」
 惨劇の背景も構わず、屈託なくパクパクとケーキをお相伴。もっともらしく味の評価までして、少女はそこで顔を顰めた。折角のケーキの甘い香りを、鉄錆のような死臭が台無しにしている。
「デウスエクスならすっきり石になっちゃうのに。人間って面倒だよね。次は、切り刻むのは控えめにしようっと」
 見た目はレプリカントと呼んでも差し支えない少女。だが、『一仕事』済ませて得意げなその表情の裏に、『心』は無い。
「よし、任務完了! 『白鶏機嬢』ヴェロニカ、引き続きターゲットを捜しまーす!」

「去年のクリスマスの時に、ゴッドサンタが言っていた『指揮官型ダモクレス』。少なくとも『6基』との事でしたが……いよいよ、その地球侵略が始まってしまったようです」
 都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)の表情は、何時になく厳しい。
「指揮官型の1体『ディザスター・キング』は、グラビティ・チェインの略奪を任務とする軍団を率いています」
 その軍容は6つの軍団の中で最大、主力と言って過言で無い。
「他の指揮官の多くが『今後の戦いの為の準備』を行う中、最初から全力で、グラビティ・チェインを奪いに来ています」
 山梨県の山中に現れたディザスター・キングの配下の名は、『白鶏機嬢』ヴェロニカ。
「識別コード『十二支姉妹』。十二支をモチーフとしたダモクレス十二姉妹の10番目の機体、だそうです」
 厳しい面持ちのまま、創は粛々とデータを読み上げる。この『十二支姉妹』に実は13番目の末妹がいるらしい事は、今は明らかにする必要は無いだろう。
「ディザスター・キングの軍団の作戦は、襲撃と略奪に特化している為、襲撃前に予知しての阻止が不可能という特性があります……山梨県のペンションに於いても、既に被害が出てしまっています」
 宿泊客15名は勿論、オーナー夫婦、従業員3名も全て殺害されている。ケルベロスであっても覆しようの無い、事実だ。
「私にとっても悔しい事ですが、最初の襲撃の予知は叶いませんでした。しかし、ヴェロニカが次の襲撃場所へと移動するタイミングでならば、迎撃は可能です」
 このまま、このダモクレスを放置すれば、次々と被害が広がってしまうだろう。
「山中のペンションを襲撃したヴェロニカは、既に次の標的を定めています」
 『酉』をモチーフとしているヴェロニカは、背中に鋼の翼があるが、飛べる訳ではないらしい。徒歩、というには些か速いスピードで下山している。
「外見は、赤毛に白のサイドヘアの少女です。身体の一部に機械パーツがありますが、レプリカントに見えない事もありませんね」
 ヴェロニカの思考形態は外見に違わず子供っぽく、甘いものを嗜好する。最初の標的に件のペンションを選んだのも、「スペシャルデザートというものが食べたかったから」。ある意味救いの無い話だ。
「次は『チョコレート菓子が食べたい』ようですね」
 折悪しく、バレンタインデーが近い。ヴェロニカの次の標的は、製菓教室が催される山麓の公民館だ。
「標的の公民館とヴェロニカの移動ルートは、既に特定されています。皆さんは、公民館の駐車場で迎撃して下さい」
 時間帯は昼下がり、天候は晴天。敵はヴェロニカ1体のみで、配下などはいない。公民館の駐車場は舗装されて広々としており、足場もスペースも戦闘に差し支えない一方で、フェンスと丈低い生垣に囲まれている為、見通しは良さそうか。
「ヴェロニカの目的はあくまでも『グラビティ・チェインの略奪』です。彼女にしてみれば、わざわざケルベロスを相手取るより標的を変える方が手っ取り早いでしょう。迎撃時には必ず『逃がさない対策』を講じておいて下さい」
 逃走が難しいと判断すれば、ヴェロニカはケルベロスに挑んでくるし、1度戦闘が始まれば、逃走もしなくなる。全力でケルベロスを倒そうとしてくる筈だ。
「ヴェロニカは、鋼の翼で風を起こしたり、口からの破壊音波による広域攻撃が得意です」
 又、破壊音波に指向性を持たせて収束させ、敵単体に大ダメージを与える事も出来るようだ。
「見た目は少女ですが、既に単身で虐殺を果たしています。けして、油断されないように」
 ここで、ヴェロニカを逃がしてしまえば、更に多くの一般人が殺されてしまう。
「犠牲になった人々の仇をとる為にも、これ以上の虐殺を防ぐ為にも……どうか、皆さんの力をお貸し下さい。武運をお祈りしています」


参加者
アイン・オルキス(半人半機・e00841)
燈家・陽葉(光響射て・e02459)
エーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244)
マルチナ・ヘイトマーネカ(芽生えを待つ・e14100)
ユーディアリア・ローズナイト(ヴァルキュリアのブレイズキャリバー・e24651)
暁・マヒロ(レクトウス・e24853)
十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149)
十六夜・琥珀(トロイメライ・e33151)

■リプレイ

●白鶏機嬢は甘きを好む
「皆様、どうぞお召し上がり下さい」
 昼下がりの好天だが、吹き抜ける風は冷たい。吹きさらしのピクニックは寒かったが……構わず、マルチナ・ヘイトマーネカ(芽生えを待つ・e14100)がトレイに乗せて勧めるのはスイートポテトのチョコレート掛け。材料のお芋は、彼女が丹精籠めたものだ。
「美味しそう! こっちのお菓子も一緒に食べよ」
 パッと碧眼を輝かせ、十六夜・琥珀(トロイメライ・e33151)もチョコレート菓子を敷物の上に広げた。ウィングキャットのそらも、興味津々でボンボンをチョイチョイ突いている。
「このチョコレートケーキ、ざっはとるてっていうみたいです?」
 その向いで、ユーディアリア・ローズナイト(ヴァルキュリアのブレイズキャリバー・e24651)は、ホールケーキを抱える。
「1人で食べちゃうんですよ。ボクのケーキですから!」
 誰にも渡すもんか! と言わんばかりにパクパクと頬張っている。
 駐車場広がる公民館の前でチョコレート菓子を食べる少年少女――ホールケーキやトレイに乗せた洋菓子は、食べ歩きの視点からすれば些か不自然だろうか。或いは、潜伏を旨とするコマンダー・レジーナ配下ならば、警戒したかもしれない。
 敵が地球に馴染む前から全力でグラビティ・チェインを強奪に来たディザスター・キングの部隊であった事が、この時ばかりは幸いした。
「それって、チョコレートでしょ? アタシに寄越しなさいよ」
 いっそ屈託のない命令。いつの間にか、駐車場に人影があった。ひょこりとアホ毛を揺らして、小首を傾げる少女の貼り付けたような微笑みは、作り物めいて。
「うまそーだろ? でもよ、ここがてめえのお菓子ツアー終点だぜ!」
 見せびらかすようにトリュフをポイポイと口に放り込み、ニヤリとする十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149)。
(「食い物の美味い不味いがわかる癖に心がねえとはな。コイツを作った神様ってのはスゲー性格悪いんだろうよ」)
 そんなダモクレスに、これ以上好きにはさせない。刃鉄の好戦的な風情に、少女の背中の鋼の翼が剣呑に動く。
「ふーん……あんた達、パンピーじゃないね」
 微笑みそのままに、少女に声音に警戒が混じった。
(「眼力か……」)
 居並ぶ少年少女がデウスエクスに抗える者と、命中率で看破したのだろう。すぐさま、暁・マヒロ(レクトウス・e24853)は動く。
「無邪気だな。だが、君が引き起こす災禍を見逃せない」
 公民館の屋上から飛び降りた衝撃で足裏から脳天に掛けてジーンと痺れたが、億尾にも出さない。頑張ったマヒロを護るように、ボクスドラゴンのラプラレプラはコウモリのような小翼を広げて前に立つ。
「これ以上、一般人の血は流させないよ!」
 一方、隠密気流を纏って生垣の陰で体勢を低くしていた燈家・陽葉(光響射て・e02459)は、全身のバネを使って飛び出した。
「うん、甘いものが食べたいからって虐殺なんて、許せない……喩えマルチナのお姉さんであっても、容赦はしないよ!」
 やはり隠密気流を以て潜んでいた死角から、空を翔けるエーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244)。ふわりと地上に降り立ち、ダモクレスの背後を取る。ちょこちょこ駆けて来たボクスドラゴンのシンシアも、少……年と肩を並べる。
「……マルチナ?」
 そこで、小首を傾げるダモクレスの少女。ぐるりと首を巡らせて――お下げのレプリカントの少女の視線と合った翠の眼差しが、刹那細められる。
「ヴェロニカお姉さま。まさかこんな再会になるとは思っていませんでした。ですけど、私は今はケルベロス。お姉さまを止めてみせます!」
 わだかまりを呑んだマルチナの決意を、ヴェロニカと呼ばれたダモクレスは素っ気無くあしらう。
「レプリカントに成り下がった猟犬とか、そんな『妹』なんか知らないわよ」
「……っ」
 存在そのものの否定。けして優しい再会を期待していた訳ではないけれど。かつて仲良くしていた記憶があるだけに、マルチナは切なげに目を伏せる。
「貴様は既に包囲された、下手な気は起こさない事だ」
 そんな遣り取りも構わず白き稲妻のような闘気を立ち上らせ、アイン・オルキス(半人半機・e00841)は冷ややかに言い放つ。いつでも撃てるよう、バスターライフルを構えて。
「……猟犬の癖にえらっそうに」
 あどけない表情のまま、ヴェロニカの声音が心なしか低くなる。
「アタシは『白鶏機嬢』ヴェロニカ。何処から嗅ぎ付けてきたか知らないけど、たかだか10体程度で、『十二支姉妹』を止められるものならやってみなさいよ!」

●その名は、ヴェロニカ
 身構えるケルベロス達を眺めるヴェロニカの視線は、啖呵を切ったにも拘らず、まだ面倒臭そうだった。
 隙あらば逃走しそうな気配に、アインはドラゴニックハンマーを担ぐ。
「先行して奴を止める、動きが鈍ったら連携して叩け」
 『砲撃形態』に変形するや、鎚より迸る竜砲弾――よくよく狙いを付け、本来ならば外れる筈の無い初撃は、同時に巻き起こった轟風に軌道を逸らされた。
「わざわざタイミングを教えてくれて、ありがと♪」
 鋼の翼を揺らしながら、クルリと軽やかにターンするヴェロニカ。
 みんな壊れちゃえ――!!
 先触れもなく、迸った破壊音波が前衛を越えて後衛の4人を襲う。
「っ!」
 ラプラレプラが飛び込むようにマヒロを庇うも、他の後衛の装甲に細かなヒビが入る。
 細やかな煌めきを 今一度風に乗せて――。
 すかさず「光、風と」を歌い上げる陽葉。共鳴した讃歌は自らを含めて後衛を癒し、忽ち装甲を修復する。
 だが、陽葉は微かに眉を顰めた。元より、範囲型の攻撃は分散する分、威力は低めの傾向にある。だが、共鳴伴うメディックの範囲型ヒールをして癒しきれぬとすれば、ポジションは恐らく。
「クラッシャー、だな」
 アインが断言すれば、琥珀は些か迷うも予定通り、そらは前衛に清浄の翼の加護を齎す。
 エーゼットがサークリットチェインを繰れば、シンシアは属性をインストール。更に前衛の護りを厚くする。
 だが、敵は単体のクラッシャーと言えど、主力部隊に与するダモクレス。既に纏まったグラビティ・チェインも強奪していれば、その強さは侮れぬ。現に、刃鉄の旋刃脚は、白き小柄に届かない。
「美味しいものを食べたいって思うのは当然です。でも作る人を殺してしまったら、もう2度と食べられないんですよ!」
 ユーディアリアのマインドソードもするりとかわし、ヴェロニカは鼻で笑う。
「ばっかじゃない? 味覚も、技術も、全てデータ化出来る。アタシ達ダモクレスに掛かれば、再現なんて簡単だもん」
 数値を超えた何か、それを知る事はダモクレスである限り、きっと無いだろう。
(「だから、ここでやっつけませんと!」)
 相手がその気になったのなら幸い。全力を尽くす気概で、禁縄禁縛呪を編むマルチナ。同時に、マヒロの月光斬が奔る。捕縛の業は、足止め程の即効性は無いが、ボクスドラゴン達のブレスも併せれば、効果も現れてくるだろう。
「いくよ! Hit the Bull's-Eye!」
 琥珀も癒しの風と掛け声で仲間を鼓舞し、恐怖や不安を吹き飛ばした。

●きょうだいのきずな
 レプリカントとダモクレス。機械の身体を持つ共通点がある一方で、その明確な違いは定命であるか否か。
 それ以上にはっきりとした線引きは、『心』の有無――ともすれば、躊躇いそうになる自らを叱咤しながら攻撃するマルチナに対して、ヴェロニカはあくまでも効率的に標的を選択する。
「ヴェロニカお姉さま、私は!」
「うろちょろしているのを相手する程、アタシは暇じゃないの」
 マルチナのキャスターの位置取りを揶揄し、ヴェロニカの指向性破壊音波が刃鉄を襲う。
「琥珀、お前!」
「だ、大丈夫だもん! 刃鉄も、怪我しないで……しても治すけど!」
 盾の身であっても、クラッシャーの武威が全身を震わせる。それでも健気に笑んで見せ、オラトリオヴェールを編み上げる琥珀。
「余計な事考えるな。さっさと片付けるぞ!」
 そんな妹を押しのけん勢いで、刃鉄は神速の突撃を敢行する。その様子は、妹を守ろうとしているようにも見えて。
「……」
 ヴェロニカが剣呑に目を眇めたように見えたのは、果たして気の所為か。
 幾度も応酬の剛風轟き、破壊音波が空気を裂く。気儘に攻撃しているように見える白鶏機嬢の意図を見出したのは、マヒロだ。
(「範囲攻撃は後衛、近接攻撃は前衛……いや、刃鉄だな」)
 前衛はケルベロス4名とサーヴァント2体。列減衰の人数が並ぶ。クラッシャーの武威で後衛に範囲ヒールを強いる一方で、前衛の1人でも潰せば、すぐさま戦線の切り崩しに掛かるだろう。
 とは言え、ディフェンダーが多い分、被ダメージが前衛に集中する傾向なのは、ヒールの面でも幸いだった。属性インストールするシンシアと並び、エーゼットもオーロラのような光で仲間を包む。
「これ以上、被害を出さない為にも!」
 尤も、ディフェンダーとて常に庇えるとは限らない。又、攻撃を控えたとして庇う率が上がる訳でも、ダメージの肩代わりする対象や優先度を任意で決められる訳でもないのだ。敵の攻撃に即応する際に選択の余地があるかと考えれば、判り易いだろうか。
「そら!」
 ヒールの暇もなく、音波攻撃が重ねて叩き込まれた。回復に攻撃にと奮闘していたウイングキャットは、とうとう体力の限界を超えて掻き消える。
 眦鋭く、ヴェロニカを睨み据えるアイン。ダモクレスは殺す。かつても、今も兵士としてその役目に殉ずる。それが役目だから。
「オルキスの名がある限り、貴様を生かす気など毛頭ない」
 弱体化エネルギー光弾が迸る。今度こそ、その砲撃は細身を抉った。
 アインの攻撃のみならず、次々とケルベロス達の攻撃が命中する。どんなに強力な攻撃も、命中せねば無為となる。序盤、敵に撒いた足枷は、確実にその効果を発揮しつつあった。
「これ以上、誰かを傷付けるなんて、絶対許しませんから!」
 ユーディアリアの小柄は宙を舞い、旋刃脚が唸りを上げる。
「ボクはこの世界の事をもっと知りたいし、見てみたいです。壊させやしません!」
「大丈夫、皆を支えるから……!」
 時に祝福の矢が深き傷を癒し、時に困難に立ち向かう意志を讃える歌は遍く厄を祓う。只管に、メディックの陽葉が回復支援に徹しているのも大きいだろう。
(「マルチナ、大丈夫かな?」)
 肩越しに窺いながら、駄目押しのスターゲイザーを放つエーゼット。マルチナとは同じ銀狐師団で友達だ。眼前の敵が、彼女の姉妹機である事も知っている。だからこそ止めたいと、願っている。
「まだ、やれますから!」
 ふと、目が合った。少年へ気丈に頷き返したマルチナは、その身に御業を宿すや炎弾を放つ。
(「彼女が、マルチナのようになっていたら……悲劇自体が無かっただろうに」)
 やはり、マルチナの小さな背中を見やる眼差しは複雑の色を帯びて。マヒロのシャドウリッパーが傷を広げて延焼させていく。ラプラレプラも少し悲しげに俯くのも束の間。すぐさまタックルを敢行した。
「わたしたちが、あなたをここで倒すんだから!」
 互いに1番大切な片割れ。そうなってしまった元凶たるデウスエクスはけして許さない! 息を合わせたドラゴニアンとオラトリの双子が一斉に動く。洗練された剣術に対して、喧嘩技のの延長のような拳の勢いは荒々しい。刃鉄の降魔真拳と同時に、琥珀のライトニングボルトが深々と突き刺さった。

●しまいのきずな
 鋼の翼も半ば折れ、ズタズタに破れた白いワンピースから覗く肌は、裂傷から紅き血潮が……オイルがぬらりと零れる。
 激闘の末――それでも、ヴェロニカはまだ立っていた。
「その翼、残らず毟ってやる……!」
 尚も動く鋼の翼を見て取り、語尾も荒く全リミッターを解除するアイン。両足に疾き風を、右手に猛々しい雷を、左手に尽きぬ焔を――あらん限りの高速機動を以て、ヴェロニカに武威爆ぜた直後、アインの手足から蒸気が音を立てて噴出する。
「我が魂に眠る力よ、数刻の間ここへ……届け!」
 その名も、時空隔離弾――狙いを定めた空間の時間を停止し、魔法弾を放つエーゼット。時空の調停者たる片鱗を、高度の集中力を以て顕現する。シンシアのボクスタックルに、小さくたたらを踏むヴェロニカ。
「……っ!」
 ざんばらとなった赤髪から覗く昏い眼差しに息を呑みながらも、ユーディアリアはグラビティを体内へと逆転させる。
(「あのザッハトルテは、ヒトリジメしましたけど……ホントはボクだって大勢で食べたいんです。トモダチと一緒の方が絶対に楽しいですもん」)
 定命化前の一切を忘却したヴァルキュリアの少女は、デウスエクスであっても出来るなら仲良くしたいと思っている。
(「でも、彼女はそういう相手じゃないんですよね」)
 『心』無き笑みを浮かべて、ヴェロニカは既に数多の命を殺めているのだ。
「だから、ボクはこれからボクが愛するこの世界を守ります!」
 その疾さ、流星の如き。すれ違いざま、小柄に違う強化した膂力が一撃を見舞う。
(「家族を殺すなんてできるだろうか」)
 ここで同胞の姉を倒す事が正しいか判らない。マヒロは只、人の側に立つマルチナに感嘆する。故に、助力は惜しまない。高速演算の末の痛撃に続き、ラプラレプラのボクスブレスがダモクレスの装甲を瓦解していく。
「進むなら前だぜっ!」
 十六夜天流剣術、三の型――猪突。刃鉄の至近距離の踏み込みからの突進力が、敵の中心を鋭く貫いた瞬間。
「ヴェロニカお姉さま……」
「……何度も、同じ事言わせるんじゃないわよ」
 尚も笑顔のまま、ヴェロニカの翠の視線が、マルチナの茶の視線と絡み合う。
「レプリカントに成り下がった『妹』なんか」
 ヴェロニカの咽喉が震える。
「『姉』殺しの『妹』なんか!」
 イラナイ――!!
 迸る破壊音波が、初めてマルチナに爆ぜる。激しい衝撃に、息が詰まるのも束の間。
「後少しだよ。お願い……!」
 陽葉の祝福の矢が癒しを注ぐ。踏み止まったマルチナは、涙でぼやける視界を必死に拭う。その背後に、琥珀がカラフルな爆発を発生させる。
「マルチナさん、今だよ!」
「やっちまえ!」
(「ダモクレスだった私も、今はレプリカント……非道を行った姉さまを、許す訳にはいかないのです」)
 ダモクレスに『心』は無い。ならば、ヴェロニカの悲痛の声は、果たして、マルチナの感傷に過ぎぬのか。
「でも、私は……」
 少女の胸部を変形展開して出現した発射口に、エネルギーが収束していく。
「生まれ変わるなら、また姉妹として出会いたいです、ヴェロニカ姉さま」
 必殺の光線を幾重にも浴びせる。白光の中、鋼の翼が溶け落ち、小柄が崩れ落ちる寸前、マルチナは確かに聞いた。
 ――願い下げよ、マルチナのバーカ。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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