涙を、師父のたて髪に

作者:土師三良

●狂獣のビジョン
 岐阜県高山市某所の荒れ寺で。
「せい! せい! せいっ!」
 雪で白く染まった境内に甲高くも勇ましい声が響いていた。
 近所の空手道場に通う八人の少年少女が師範代の青年とともに寒稽古に勤しんでいるのだ。
「せい! せっ……うわぁー!?」
 突然、一人の少年が驚愕の声を発した。
 他の者たちが一斉に彼の視線を追い、そして、息を呑んだ。
 境内の端の空間に亀裂が生じている。
 その亀裂――魔空回廊の奥から、何者かがゆらりと姿を現した。
 黒い虎の獣人型ウェアライダーのような巨漢。『のような』が付くのは、普通のウェアライダーにはない不気味な特徴に溢れているからだ。赤一色に塗り潰された双眸。そこかしこに金属のパイプが走る剥き出しの上半身。パイプ群の始点あるいは終点らしき左胸の機械。全身から立ち昇る、瘴気じみた黒いオーラ。
「貴様ラノ――」
 異形の獣人は赤い目を巡らせて、青年と子供たちを見回した。
「――ぐらびてぃ・ちぇいんヲイタダク。抵抗ハ無意味ト知レ」
 もとより、青年たちには抵抗の意思などなかった。恐怖に身が竦んでいるため、逃げ出すこともできなかった。
 いや、たとえ動けたとしても、逃げなかっただろう。本能的に悟ったからだ。獲物を逃がさぬだけの素早さを獣人が有していることを。それに獲物を殺すことを躊躇しない残酷さも。
 にもかかわらず、獣人は皆に襲いかからなかった。
「シカシ、今スグニハ殺サナイ。十八分間ダケ猶予ヲヤル。祈ルガイイ。ソノ間ニけるべろすドモガヤッテクルコトヲ……」
 獣人の口吻が歪み、金属が軋むような音が聞こえた。
 笑ったのかもしれない。
 
●ザイフリートかく語りき
「ゴッドサンタが言っていたとおり、六体の指揮官型ダモクレスによる地球侵略作戦が始まった」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちの前でヘリオライダーのザイフリートが語り始めた。
「そのうちの一体は『イマジネイター』なる者だが、そやつの軍団に属している者の動きを予知できた」
 イマジネイターの軍団を構成しているのは、規格外のダモクレス――イレギュラーたち。彼らは正規の指揮系統に組み込まれておらず、自分たちの好きなように行動しているのだという。それでも軍団として機能しているのは、各々が勝手気ままに振る舞いながらも強い連帯感で結ばれているからであるらしい。
「今回、私が予知したイレギュラーは『スン・シャーフ』。寄生型ダモクレスに浸食されてイレギュラーと化した獣人型ウェアライダーだ。浸食される前は、腕の立つ武道家だったらしい。その頃の記憶や知識は保持しているようだが、理性や良心は失われている」
 スン・シャーフは岐阜県高山市内の寺に現れ、空手道場の青年と少年少女たちを襲う。その目的は、指揮官イマジネイターのためにグラビティ・チェインを持ち帰ること……だけではないらしい。
 そう、ダモクレスとなった今でもスン・シャーフは武道家なのだ。故に弱者を殺すことよりも――、
「――強者と戦うことを欲している。言うまでもないが、この場合の『強者』というのはおまえたちのことだぞ」
 ほんの一瞬、ザイフリートの口許に悪童じみた笑みが浮かんだ。
「つまり、スン・シャーフはおまえたちを誘い出そうとしているのだ」
 もちろん、その誘いに乗らないわけにはいかない。ケルベロスが現地に赴かなければ、スン・シャーフは青年と子供たちを殺すだろう。微塵も躊躇することなく。
「先程も言ったようにスン・シャーフには良心や理性が欠如している。戦いとなれば、自分か相手のどちらかが息絶えるまで拳を振るい続けるだろう。だからといって、猪突猛進型の単純な輩でもない。血に飢えた狂戦士であると同時に戦い慣れした古強者なのだ。決して、舐めてかかるなよ。それと――」
 ザイフリートの声音が厳しさを増した。
 同時に少しばかり憐憫の響きも帯びていたが。
「――もとがデウスエクスではないからといって、下手に情けをかけたりするな。いや、罪を重ねる前に引導を渡してやることこそが情けなのだ……そう思ったほうがいい」


参加者
ファン・バオロン(終身譲路不枉百歩・e01390)
ソネット・マディエンティ(青鬼は哭かない・e01532)
アイビー・サオトメ(アグリッピナ・e03636)
フェル・オオヤマ(焔纏う剣と盾・e06499)
志藤・巌(心は己が拳に・e10136)
ノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)
西院・織櫻(櫻鬼・e18663)
鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)

■リプレイ

●凶拳の徒
 雪が浅く積もった、冬の朝の境内。
 身を切るような冷たさに満ちた光景だが、夏場であったとしても、そこにいる者は背筋が凍りつくような思いを味わうだろう。
 ダモクレスのイレギュラー――スン・シャーフが立っているのだから。
 しかし、心に生じるのは背筋が凍りつくような思いだけではないはずだ。
 スンの前にはケルベロスたちが立っているのだから。
「さあ、アンタが待っていたケルベロスのお出ましでござるよ!」
 ヘリオンから降下してきたケルベロスの一人である人派ドラゴニアンのフェル・オオヤマ(焔纏う剣と盾・e06499)が声を張り上げた。
「思いっきり戦おうでござる!」
 だが、明らかに挑発の意が込められた彼女の言葉をスンは聞いていなかった。
 赤く塗り潰された目は一点に向けられている。
 そこにいるのはドラゴニアンの――、
「――ふぁん・ばおろん」
「この時を待ち侘びたぞ」
 名を呼ばれたファン・バオロン(終身譲路不枉百歩・e01390)の目に鈍い光が灯る。
 拳士である彼女には三人の師父がいたが、実父を含む二人の師父はスンに殺された。師父たちばかりではない。母も、許婚も、ともに武道を学んでいた仲間たちも。
「貴様が奪った多くの命の報い、我が拳で受けさせよう」
「アア、カカッテクルガイイ。今日トいウ日のたメに生かシテおいタのだ。あの惰弱極まりない一門の中で唯一人、見所があった貴様を……」
 そうやってファンとスンが対峙している間、空手道場の師範代と八人の子供たちは境内の隅で震えていたが――、
「安心めされよ」
 ――と、猫耳をつけたレプリカントの鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)がウインクを送り、作り物の尻尾を動かした。
 尻尾の指示に従って、ケルベロスたちが動き出す。スンと戦うためではなく、師範代と子供たちを避難させるために。
「振り返らないで、まっすぐ進んで。あのギターを持った変なドラコ二アンのおじさんと、モフモフの黒豹のおじさんの後についていけばいいから」
 比嘉・アガサが優しい声音で子供たちに伝え、玉榮・陣内とヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)を指し示した。
「同じ『おじさん』つっても、俺のほうが二十歳以上も若いんだぜ」
 と、『モフモフの黒豹のおじさん』の陣内が少しばかりおどけてみせた。子供たちを安心させるためだ。
「俺は変なおじさんじゃないから! 変なおじさんじゃなーいーかーらー!」
 と、『変なドラコ二アンのおじさん』のヴァオが駄々っ子のように腕を振り回した。子供たちを安心させるため……ならば、株も上がるところだが、この男の場合はこれが平常運転だ。
 そんな頼りないヴァオの穴を埋めるべく、同じくドラゴニアンの据灸庵・赤煙も皆を先導した。
「もう大丈夫ですぞ。落ち着いて避難してください」
 総勢十二名もの(うち一人はいささか頼りないが)ケルベロスに守られ、師範代と子供たちは境内の外に向かっていく。
「ひー、ふー、みー……よぉーし、全員そろってんなァ」
 山門の傍に待機していたフィジール・フェルグローダがそこを通過した人数を確認し、仲間たちに頷いてみせた。
 最後尾を守っていたガルディアン・オックスが頷き返し、境内に残った者たちを振り返って、心中で呟く。
(「必ず、奴を倒してくれ……これ以上、罪を重ねさせないでやってくれ」)
「無理はするなよ、ファン!」
 ガルディアンの横にいた蒼天翼・真琴が叫んだ。
「おまえに何かあったら、荒れる奴がどっかにいるんだからな」
「……」
 友の声を背中で聞きながら、ファンは返事をする代わりに手を上げて応じた。
 そんな彼女をスンはじっと見据えている。子供たちが避難していることに気付いてるはずだが、どうでもいいらしい。
「無力なガキどもよりも貴様たちから得られるグラビティ・チェインのほうが俺の糧に相応しい」
「同感です」
 西院・織櫻(櫻鬼・e18663)がスンの独白に頷いた。
「貴方の糧がグラビティ・チェインならば、我が刃の糧は貴方の血肉。いざ――」
 腰に差した斬霊刀の『櫻鬼』と日本刀の『瑠璃丸』を抜き放つ。
「――死合うとしましょう」

●狂拳の徒
(「このスン・シャーフとかいう奴も元は人間だった。あいつのように……」)
 白狼の獣人型ウェアライダーのノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)の脳裏に過ぎるのは、友にして敵であった者の姿。かつて同じ岐阜の地で倒したネリムだ。
(「だけど、容赦はしない。全力で仕留める。それがケルベロスなりの――」)
「――弔いだ」
 最後の部分を声に出して、ノーグはスンに突進した。背中に差した二刀を抜くことなく、自前の爪『ルナティッククロー』で斬撃を見舞う。
 しかし、爪は空を切った。
 スンが後退したのだ。巨体に似合わぬ素早さで。瘴気の糸を引きながら。
 その糸が消えるより早く、織櫻が横手から突きかかった。手にした『櫻鬼』の刃は電光を帯びている。
「雷刃突か。なかなか鋭い太刀筋だ。しかし――」
 スンはひらりと舞い上がり、織櫻の頭上を飛び越えた。
「――俺には通じぬ」
「では、これはどうだ?」
 着地した瞬間を狙って、ファンが地獄の炎の一撃を放った。超高温と絶対零度を同時に発生させるグラビティ『無為(エンド)』。
 三度、スンは華麗な体術を披露し、寸毫の間合いで躱した……と、思われたが、地獄の炎は寸毫をホーミング効果で埋めた。
 スンの胸部に命中して一気に収束する炎。
 次の瞬間、その収束点から大量の血が飛び散った。
 普通の人間と変わらぬ赤い血が。
「やるな」
 下顎に張り付いた己の血をスンは舐め取った。少なくないダメージを受けているはずだが、動じてはいないようだ。
「さすがは我が友の娘よ!」
 叫びざまに右腕を突き出す。大きな篭手に覆われたそれは地を這う蛇のようなあり得ざる軌跡を描いて、ファンに迫った。
 しかし、志藤・巌(心は己が拳に・e10136)が両者の間に割り込み――、
「ぐっ……」
 ――掌底で脇腹を抉られて、呻きを発した。
 それでも彼は痛みを堪え、不敵な目でスンを睨みつけた。
「おまえこそ、やるじゃねえか。こうでなくっちゃ、面白くねえや」
 強がっているわけではない。知人であるファンの助太刀をするべく馳せ参じた巌ではあるが、強い拳士と戦ってみたいという個人的な欲求にも突き動かされているのだ。
 それを読み取ったのか、スンは口吻を歪めて笑顔(と呼ぶには、あまりにも凶悪な表情だったが)らしきものを見せた。
「いい面構えだ。どうやら、貴様も俺の同類らしいな」
「ここには貴様の同類などいない」
 と、静かに否定したのはレプリカントのソネット・マディエンティ(青鬼は哭かない・e01532)。
 その声は冷ややかだったが、ソネットの心中に敵への憐憫めいたものがないわけではなかった。『同類などいない』と言ったものの、他ならぬ彼女自身の出自とスンの過去には少しばかり相似点があるのだから。
 しかし、だからといって、情けをかけるつもりはなかった。
 相手を真直ぐに見据えて、ソネットは拳を突き出した。
「同類というのが『血に飢えた獣』を意味するのであればな」
『不惑拳・気徹(マドワズノケン・キドオシ)』の名を持つその一撃を食らうと、スンは体をよろめかせつつ、巌たちから間合いを広げようとした。
 だが、巌はその隙を与えず――、
「お返しだ」
 ――足を踏みつけ、そこから気を流し込み、敵を地面に縫い付けた。
 そして、すぐに飛び退った。
 それを追いかけようとしたスンの足元で続け様に爆発が置き、雪煙が舞い上がる。
 サキュバスのアイビー・サオトメ(アグリッピナ・e03636)がフェルとともに轟竜砲を撃ち込んだのだ。
「もしかしたら、貴方は……」
 砲撃形態のドラゴニックハンマーを構えたまま、敵に何事かを語りかけようとするアイビー。
 だが、途中で言葉を切り、哀しげにかぶりを振った。
 その間に五六七は『おいしゃさんごっこ(ラディカル・メディカル)』を発動させていた。体のあちこちから現れた幾本ものマニピュレーターが巌を囲み、メスや注射器や絆創膏や包帯や治癒光線などでもって傷を癒していく。
「治して治して治しまくるっすよ。バックアップはこのあちきめに任せて、ガンガン攻めてくださいっす。相手もまだまだ意気軒高みたいっすからねー」
 轟竜砲が生んだ白煙の向こうからスンが姿を現した。傷だらけではあるが、五六七の言うように『まだまだ意気軒高』のようだ。
 すさかずファンとソネットが肉薄して、ほぼ同時にセイクリッドダークネスを決めた。
 二組のバトルガントレットに打ち据えられて、吹き飛ばされるスン。だが、そのまま無様に落下することなく、空中で姿勢を整えて回し蹴りを放った。
 宙を薙いだ脚から黒い瘴気が伸び、刃と化してケルベロスの前衛陣を斬り裂いていく。
 とはいえ、前衛に陣取った全員が被害を受けたわけではない。またしても巌が、そして今度はノーグも自分を盾にして仲間たちを庇ったからだ。
 ノーグはただ盾となるだけではなく、背中の日本刀を初めて抜き放ち、月光斬を見舞っていた。
 その刀が鞘に戻って鍔鳴りを響かせた瞬間、織櫻が『瑠璃丸』を振り上げた。瘴気と同じ色の(だが、瘴気とは違って実体を有した)刃が走り、二つ目の月光斬がスンの腱を傷つける。
「いくでござるよぉー、アイビー君!」
「はい!」
 フェルとアイビーが雪を蹴って跳躍した。
 空中から繰り出した技はスターゲイザー。
 スンは体の前で両方の篭手を交差させて連続攻撃を受け止めたが、勢いを殺すこともダメージを減じることもできず、もんどりうって倒れ伏した。おそらく、彼は敏捷性に基づく攻撃を回避する能力が高い(だからこそ、織櫻の雷刃突を躱せたのだ)。にもかかわらず、敏捷性に基づくスターゲイザーを避けることができなかったのは、フェルとアイビーがスナイパーのポジション効果を得ているからだろう。そして、先程の巌の足技『爆震脚・壊(バクシンキャク・カイ)』、アイビーとフェルの轟竜砲、ノーグと織櫻の月光斬によって、回避力を低下させられたからだろう。
 しかし、倒れているところに追い打ちをかける間もあらばこそ、スンはダメージをものともせずに立ち上がった。
「その男の言い様ではないが、こうではなくては面白くないな」
 赤い目に狂気の色を滲ませて、ケルベロスたちをねめつける。
 それに臆することなく、『その男』であるところの巌がオウガメタルから光の粒子を放出し、自分を含む前衛陣の傷を癒した。
 ヒールを用いたのは彼だけではない。五六七がノーグの前面にマインドシールドを展開し、ウイングキャットのマネギが前衛陣の頭上で清浄の翼をはためかせた。
 すると、オウガ粒子やマインドシールドの光に対抗するかのようにスンも全身から蜜色の光を放った。ダモクレスの技術で再現されたルナティックヒール。
 光が消えた時、スンの傷の大半は塞がっていた。視認することはできないが、状態異常もある程度は解消されているだろう。ルナティックヒールを再現したものなので、攻撃力が上昇するエンチャントも伴っているはずだ。
「たいした治癒力と言いたいところだが――」
 雪煙を巻き上げて巌がスンに迫り、またもや『爆震脚・壊』で機動力を削ぐ。
「――回復不可能なダメージは確実に蓄積しているよな」
「この程……」
 スンが言葉を発しかけたが、機先を制してファンが叫んだ。
「うぉぉぉーっ!」
 咆哮とともに放たれた拳が纏うはバトルオーラの『龍氣』。
 スンの鳩尾にハウリングフィストが叩き込まれ、疑似ルナティックヒールによってもたされたエンチャントが一瞬にして消え去った。

●怯拳の徒
 素早い動きと重い一撃でスン・シャーフはケルベロスたちを苦しめた。
 しかし、苦しめるだけに止まり、誰一人として打ち倒すことはできなかった。
 ケルベロスが僥倖に救われたわけではない。彼らは皆、ヘリオライダーを介して知ったスンの情報を活かし、有効と思われる戦術を以ってぶつかっていたのだから。
 それに個の力では及ばずとも、数の面ではケルベロスのほうが優っていた。しかも、戦闘が始まってから数分後には、数の差は更に広がることとなった。
 一般人の避難誘導を終えた面々が戻ってきたのだ。
「貴方に恨みはありませんが……」
 リサ・ギャラッハが禁縄禁縛呪でスンを捕らえた。
 そこに篠村・鈴音が斬霊刀『緋焔』で斬り込み、弘前・仁王が遠距離から攻撃を加えていく。仁王はスンの機械分だけを狙っているが、それはファンを慮ってのことだ。
「いっけぇ、師匠ーっ!」
「でも、真琴ちゃんも言ってたように無理はしないでね」
 ファンに声をかけると同時にヒールを施しているのは暁星・輝凛とノルン・コットフィアだ。
「仲間に恵まれているようだな、ファン・バオロン」
 嘲りを含んだ言葉をファンに投げつつ、スンはノーグに掌底を打ち込んだ。ノーグの『ルナティッククロー』を何度か食らい、怒りを付与されているのだ。
「しかし、仲間に頼っているうちは二流よ。真の強さを得たければ、孤高の道を行け。朱に交わって赤くなっていては藍より青くなることはできんのだ」
「偉そうなことを言ってるけど、アンタも――」
 ノーグが背中の得物をまた抜いた。今度は日本刀ではなく、斬霊刀の『孤狼丸』。放たれた技は絶空斬。
「――イマジネイターとかいう奴の下で仲間とつるんでるんだろ?」
「我らイレギュラーズの絆は鋼よりも強い。貴様たちが興じているような馴れ合いとは違う」
「今、貴方はその『馴れ合い』に苦戦しているわけですが……」
 揶揄の言葉とともに打ち出された織櫻の螺旋掌がスンに命中した。
 だが、スンは倒れない。踵で雪面を抉るようにして、なんとか持ち堪える。
 その傷だらけの体に雨が降り注いだ。毒液の雨。アイビーが『降りしきる雨のように(フォーリン・ラブ)』を発動させたのだ。
(「もしかしたら、貴方は良い人だったのかもしれない」)
 先程は言えなかった言葉をアイビーは改めて心中で述懐した。イレギュラーたちの絆について誇らしげに語った狂戦士を見ながら。
(「でも、関係ない。人を害するなら、罪を重ねるなら……すべて灰にするか、溶かし尽くす……絶対に……」)
 そして、声を出さぬ彼に代わって、フェルが叫びを発した。
「焔よ! 我が前に立ちふさがる壁を貫け! ブレイズ……インパクトッ!」
 地獄の炎を纏った拳を叩きつける。だが、それだけでは終わらない。命中すると同時に拳から炎が伸び、一条の刃となってスンを抉り抜いた。
 拳ばかりではなく、フェルの心中でも炎は燃えていた。怒りの炎だ。あちこちで事件を起こしているダモクレスの六つの軍団に対する怒り。
 スンの片膝が地に落ちた。両肩が小刻みに震えている。痛みに悶え苦しんでいるのではない。
 彼は笑っているのだ。
「感じるぞ。貴様らの怒りを……だが、まだまだ足りんな。もっと激しく燃やしてみせろ」
 スンはファンを見やり、腕を伸ばした。信徒の頭に優しく手を置く教祖めいた所作。同時に、母親にすがりつこうとする幼子のようにも見える。
「ファン・バオロン! 貴様ならば、怒りがもたらす力の強さが判るはず。俺に対する怒りがあるからこそ、貴様はそこまで強くなれたのだからな。そう、貴様の弱さを削ぎ落とし、切り捨テ、消シ去り、生温い世界と決別させタノはこの俺ダ! 貴様ニトッテ『師父』トハ俺以外ニナイ!」
「黙れ!」
 と、激昂するファンの肩に小さな手が置かれた。
 五六七の手である。
「落ち着かれたしっす」
 口調はいつもと同じだが、顔は五六七らしからぬ無表情だ。
 無表情のまま、バイナリコードが羅列された目でスンを見据えて、五六七は轟竜砲を発射した。
 続いて、巌が降魔真拳を叩き込んだ。得意の『爆震脚・壊』はあえて使わない。状態異常を過度に付与すると、敵がまた疑似ルナティックヒールを用いるかもしれないからだ。
「マダマダ……コレカラダ……」
 降魔真拳で生命力を吸い取られながらも、スンは再び膝を上げようとした。
 その前にソネットが立ち塞がる。彼の視界を塞ぐように。
 ソネットのバトルガントレットが光った。セイクリッドダークネスを仕掛けたのだ。
 スンは紙一重で躱したが――、
「……やれ」
 ――それを見越していたかのようにソネットは声をかけた。
 友に向かって。
「おう!」
 ソネットの体に隠されていた死角からファンが飛び出した。一気に間合いを詰めて、降魔真拳を打ち出す。
 バトルガントレットに覆われた腕が刺し貫いた。
 スンの左胸を。
 父の親友だった者の左胸を。
 三人目の師父の左胸を。
「安らかにとは言わんが……眠れ、鋼虎(ガンフゥ)師父」
 ファンは腕を引き抜いた。
 かつて『ガンフゥ』という名前だった戦士はゆっくりと頽れた後、背中から地面に倒れた。天を仰ぐ瞳はもう赤くない。怯えた猫を思わせる目。強さを追い求めずにいられない弱さが露呈した目。
 命を失ったその視線を追うようにファンは空を見上げて、誰にも聞こえない声で呟いた。
「――」
 今は亡き許婚の名前を。
 境内に差し込む朝日が雲に遮られ、雪が降ってきた。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 14/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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