巨大な市営公園。
季節であれば色とりどりの紫陽花で溢れるエリアも、今は冬。そこに可愛らしく主張する花は無い。
代わりにあるのは光。光の絨毯のようなイルミネーションが冬の名物となっているのだ。
ゆえに、寒い季節であるにもかかわらず人は多かった。
ズシンッと地面が揺れると同時に、パキパキと小さな電飾が割れる音が響く。
その中心にあるのは白く輝く金属の体――ダモクレス。
居合わせた人々は刹那、硬直した。
翼が圧を噴き、近くにいた一組の男女へと接近する。
「え、あ……」
「に、逃げっ――」
男女が我に返った時にはもう遅い。
刃と化したブースターが円を描き、男の足を斬り裂いた。
「あ、がっ、がぁあああああああああああああああああああああああ!!??」
「そんな……そんなっ、嫌、嫌ぁぁぁぁぁ!!」
立てなくなった男は傷を抑えながら絶叫し、女は男に縋りつく。
チャキリ。
女の後頭部に銃口が押し当てられ――弾けた。
己の痛みも忘れ、スローモーションのようにゆっくりと倒れていく女を男は呆然と眺めるのみ。
それに構わず、ダモクレスは男の髪を掴み、軽々と持ち上げた。
「性能確認だ。まだ付き合ってもらう。安心しろ。惨めになるほど、なにもかもを使ってやる」
緑のツインアイがイルミネーションに埋もれることなく、ブンッと音を立てて輝いた。
「早く来い、ケルベロス。その全てを俺に晒すがいい」
河内・山河(唐傘のヘリオライダー・en0106)の顔色が悪い。
もとより白い肌から、血の気が完全に消えてしまっている。
「指揮官型ダモクレスが、動き始めてしまったようです」
動き出した指揮官型ダモクレスのうちの一体『踏破王クビアラ』が配下を送り込んできた。
クビアラは配下とケルベロスを戦闘させ、得たデータから己とその配下の性能向上を目論んでいるという。
ケルベロスの全力を引き出し、より確かなデータから自分たちの強化に繋げるつもりだ。
「目的の為なら……一般人を徹底的に痛めつけることも、人質をとることも、躊躇しないようです」
唐傘の柄を握る山河の手に、ぎゅっと力が加えられる。
「あちらの目的は、皆さんの力を暴くこと。せやけど……あれは、あの行為は、見逃すわけにはいきません」
山河が予知した未来は、夜の市営公園に現れた『ゼクス・ディガンマ改』が一般人を殺すというもの。
己の力を確認するように、見せつけるように。惨たらしい殺し方であったと山河は言う。
「敵は一体で、配下はおりません。目的が目的やから、戦闘が始まれば一般人への攻撃はせぇへんでしょう」
しかし、一般人の救出や避難に手を割いたり、戦闘データを取られぬように実力を隠すような素振りを見せれば、ケルベロスに本気を出させようとするだろう。
すなわち、一般人に危害を加えるということだ。
「戦闘データを取らせへんようにするには、短時間で撃破するのが有効やと思います。……手を抜いて戦って、データの信憑性を下げるいう手もありますけど、周囲の一般人に被害が出ることを前提に注意して戦う必要があるでしょう」
くるり、山河は唐傘を回す。
「もう一つ。普段の皆さんならやらへんような戦略をとるいう方法もあります。データの信憑性を下げつつ、皆さんも色んな戦術の実験を行うことにも繋がります」
とはいえ、敗北しては意味がない。この方法を選ぶのであれば、充分な検討が必要になる。
「嫌でも敵の手のひらの上で踊らなあかん……ほんまに嫌な手口です。皆さん……どうかお願いします。惨劇を、止めてください」
参加者 | |
---|---|
天尊・日仙丸(通販忍者・e00955) |
イピナ・ウィンテール(折れない剣・e03513) |
レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510) |
鳴神・命(気弱な特服娘・e07144) |
ゼクス・ディガンマ(人に近づいてしまったピノキオ・e12889) |
プロデュー・マス(サーシス・e13730) |
レオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411) |
二階堂・燐(鬼火振るい・e33243) |
●猟犬
ズシンッと地面が揺れた。
居合わせた人々が硬直していることに構わず、白いダモクレス『ゼクス・ディガンマ改』は近くの男女にツインアイを向けた。
翼のようなブースターがボッと圧を噴いた、その時――。
「そこまででござるよ。拙者たちが相手でござる」
天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)の声が響いた。
歪んだ悦びを表すように、ダモクレスのツインアイが強い光を放つ。
「来たか」
「貴様の好きにさせてたまるものか」
白いダモクレスを見るゼクス・ディガンマ(人に近づいてしまったピノキオ・e12889)の声は常よりも硬い。
その横を追い越すように、レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)の魔銃が目にも止まらぬ速さで弾丸を吐き出した。
「やらせやしねぇよ、ガラクタが……!」
銀の瞳は怒りで燃え、その視線は片時もダモクレスから離れない。
「データ収集と力量試し、どちらも取るとはなかなかに欲張りな奴でござるな」
「上等だよ。だがな……やろうとした事の重さ、身をもって思い知らせてやるよ」
日仙丸が発生させた爆風を追い風に、鳴神・命(気弱な特服娘・e07144)は駆けた。
「ケルベロスだ、望み通り来てやったぞ」
腰を軸に大きく鎌を振るった。
白いダモクレスはブースターを回転させ、虚ろを纏った鎌の一撃を殺す。
金属と金属がぶつかる音に顔を顰めながらも、命は跳び退った。
それを追うように超加速した白いダモクレスの前にプロデュー・マス(サーシス・e13730)が立ちはだかる。
「貴様らで性能確認が出来る、役得というものだな。クビアラ様も良い役割を振ってくれたものだ」
「性能確認? 自身の能力すらも分かっていないのか? 面白い冗談だ、指揮官型に言われてのこのこ出てくるだけある」
一気に前衛を薙いだ白いダモクレスの背中に、プロデューは地面に手をつけ、嘲笑うような挑発の言葉を投げた。
ダモクレスは乱された様子を欠片も見せない。
「怒れよ我が心! 地獄よりも熱く! さぁ! 足掻いたところで逃れる道理はもはやない。燃え尽きろ、我が罪過に縛られて!」
プロデューの腕を伝って、蘇芳色の攻性植物が異常な繁殖を見せる。覆い茂った植物がダモクレスを絡めとると同時に、地獄の炎が植物を舐めるように這い、その体を焼いた。
「達者な口だな。見え透いた誘いにのこのこ出てくるだけある」
そう言い返すダモクレスの背後に、イピナ・ウィンテール(折れない剣・e03513)が迫る。
空の霊力を帯びた刃が首を斬る直前、ダモクレスは硬質な体を反転させ、正面からその一撃を受け止めた。
「人々を盾にされれば、誘き出されざるを得ない……我々の事をよく調べていますね」
「調べるまでもない。貴様らは幾度も我々の動きを邪魔してくれたのだからな」
「……ならば当然、知っているはずですね。自らが受ける報復を」
「大層な自信だな」
「そりゃあな。当たり前だ」
割って入ったのは男の声。
ダンッとレオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)は力強く地面を蹴った。
両足が宙に浮いている僅かな間に、体を覆う流体金属が鋼の鬼へと姿を変える。
「こんばんわ、そして『さようなら』だ。生きて帰れると思うなよブリキ野郎」
すかさず、二階堂・燐(鬼火振るい・e33243)が畳みかけた。
怪しく青白い輝きを放つ刀で、卓越した技量から成る一撃をくれてやる。
「どうもこんばんは、ケルベロスです」
さらに、敵意で覆った挨拶も重ねる。
そこかしこから聞こえる悲鳴。視界にちらちらと映り込む、逃げていく一般人。
彼らへ投げようとした避難勧告を、燐は声にする前に飲み込んだ。
避難を促す言葉一つ割くだけでも守ろうと考えた者たちに累が及ぶかもしれない。及ばないかもしれないが、その可能性に賭けるわけにはいかない。
敵の注意をこちらに引き付ける為にも避難誘導は行わない。全力で仕掛けるのだと、ケルベロス達は決めたのだから。
●獲物
激しい攻防が始まった。
敵が何者であろうと、ただ撃ち砕くのみ。
そう思いながらも、ゼクスには気になることがあった。
敵のことだ。
何故、ケルベロスに興味を示しているのか。
そして、何故レプリカントとしてのゼクスの名を名乗っているのか。
一歩駆けるごとにパキンパキン、電飾が割れる。さらに踏み出せばパキリパキリ、緑の失せた紫陽花の枝が折れる。
それらの音をかき消すように、赤い炎を纏った駆動式の刃が甲高いモーター音を上げる。
「答えろ、なぜ貴様はその名を語る?」
「ほう?」
すかさず白のダモクレスはブースターを逆噴射させ、距離を取る。叩きつけんと振るわれたゼクスの刃は空を裂いた。
「この名は、レプリカントとして生きる事を選んだ俺の証だ。確かに、貴様は本来の俺の改良型だろう。かつての俺よりも強化が施されている、それは認めよう」
剣を引き戻し、体勢を立て直すと、ゼクスは探るように己と同じ名を持つダモクレスに視線を向けた。
「ならばなぜ、貴様は、『ゼクス・ディガンマ』を名乗る?」
「くっ、くくっ」
「何笑ってやがんだ……!」
星が散りばめられた夜空へと、レイは跳び上がる。自らの足に流星の煌きを乗せた蹴りを見舞う。
針の穴に糸を通すかのごとく緻密な一撃に白のダモクレスが吹き飛ぶ。
しかし、地面に叩きつけられるよりも先に身を低くし、体勢を整えた。
「もう一度だけ聞くぞ。何笑ってやがる」
「逆に聞いてやる。貴様らの名は、誰がつけたものだ?」
ダモクレスは翼のようにブースターを広げる。
「その男のように自ら名付けたモノもいるだろうが、殆どの輩が与えられたものだろうよ。俺もそうだ。名付けたモノに聞けっ!」
「っ!!」
一足でイピナとの距離を詰める。刃と化したブースターが弧を描き、その後を追うように血が舞った。
足元の枝に、地面に、砕けた電飾に血がかかる。
「これはいかん、螺旋の加護をここに!」
声量豊かな日仙丸の声音に緊張が走る。
破壊から癒しへと展示させた螺旋の力を宿し、イピナの傷に触れる。
イピナは感謝の言葉を告げながら、自らの血でぬめる手を拭う。左右の耳を彩る月と、星のイヤリングが髪の下でチリリと軽やかに鳴った。
「お返しします。のんびりデータ収集する余裕など、与えませんよ」
イピナの白刃もまた、円を描く。風を切る鋭い音が金属を斬る音でかき消される。
ダモクレスの懐に跳び込んだプロデューがナイフを翻した。斬り裂いた部位から噴き出した循環液がプロデューの顔を濡らす。
「っ、はは、はははははっ! いいぞ、もっとだ! もっと見せろ!! 全てを晒せ!!」
自分たちを分析しようなどと。ダモクレス側もまた大それたことを考えたものだ。
走る燐の薄手のケルベロスコートが、夜風と共に靡く。
「いいだろう。思う存分、嫌というほど、味わっていくがいいさ!」
タタッ、軽やかでありながら力強く、燐はダモクレスの体を踏み蹴った。高々と跳び上がった燐の背には欠けた月。
「あなたに僕の心は変えられない。――この世界を壊すというのなら、この一太刀を凌いで、やってみればいい! ……なんつってみたり」
巨大な鬼火の刃を眼下の白へと振り下ろした。
流れるように、命の跳び蹴りが繰り出された。電飾の明かりが失われ始めた中、流星の煌きが一条の光となる。
立て続けの攻撃に回避が間に合わず、ダモクレスは舌打ち代わりにツインアイを明滅させた。
レオンはダモクレスの反応に意識を向けていた。
ダモクレスの反応から読みとれる感情は、主に戦えることへの喜び。しかし、徐々に苛立ちが見え始めているようにレオンは感じた。
敵はこちらに見切られないように技を繰り出しているだけのようで、それ以外の法則性は見えない。
ただ、運悪く逃げる人々に攻撃が向かわないようにと、しばしば後ろを気にしていたレオンの様子はダモクレスも気付いていた。
「余所見とは随分余裕だな。そこらにいる一体でもくびり殺してやろうか?」
レオンの地獄化した左目が激しく燃え盛る。ドロドロとした怒りという名の激情の証だ。
「……そんな暇なんぞ与えるか。『地獄』を見せてやろう。これが、君が奪おうとした命の熱量だ」
●番犬
畳みかけることの出来るタイミングで攻めきれない。癒しの機会を逃してしまう。絆が結ばれていれば、その『間』も読み取れたのだが――。
全力で押し切ることを選んだケルベロスにとって、それは小さな亀裂であった。
時間が重ねるにつれ、亀裂は徐々に大きくなっていく。
誰よりも痛感している日仙丸の額に脂汗が浮かび始めた。
ダモクレスの超加速に対抗するように、ライドキャリバー『ファントム』がエンジンの音を高らかに響かせながら真正面からぶつかった。
敵の突進から命を庇った体に大きな傷が刻まれる。
『守』に重きを置いている者達の消耗が激しい。白のダモクレスから生命力を度々奪い、自己回復も行っている分、プロデューの傷が比較的浅いくらいだ。
しかし、それでも日仙丸は柔和な表情を崩さない。
「私は後回しで構わない」
「助かるでござるよ。ここが拙者の踏ん張りどころでござるな。男児の意地、お見せいたそう」
「頼もしい限りだ。ならば私も意地を見せようか」
プロデューと日仙丸の目が合うことはないものの、口角は同じように吊り上がっている。
日仙丸の分身がゼクスに沿うのに合わせ、プロデューの裂帛が冬の冷たい空気を震わせた。
「は、はははははははははははははっ! まだ立つか! まだ打つか! 面白い、貴様らはどこまでも使いでがある!」
言葉に反し、もはや喜びよりも苛立ちが勝っているのが分かる声音だ。
ケルベロスも消耗しているが、それはゼクス・ディガンマ改とて同じこと。
損傷が酷く、バチバチと細かな火花が散る脚部にジグザグの刃を差し込んだレオンは、傷をより歪なものへと広げる。
その後ろから迫る燐の姿を認め、咄嗟に身を翻そうとしたダモクレスだが、それは叶わなかった。足が言うことを聞かなかったのだ。
「っ、小癪な!」
「今だ、徹底的にやってやれ」
「ナイスだぜ、レオンくん。……ご期待にお応えして、真っ二つだ!」
燐が繰り出した達人の一撃が白い体に一文字を刻む。
内部の配線が大きく露出し、また火花を散らす。
体の前で交差させた二丁の銃から、レイが高密度のエネルギーを発射。着弾する寸前に五つに分かれた魔弾が、敵の体に叩き込まれた。
「ハッ……自慢のブースターがオシャカだな。俺の魔弾を甘く見るな……!」
レイの言葉通り、翼のようだったブースターの外装はほぼ剥がれ落ち、残された白はごくごく僅か。
もはや駆動音はノイズでかき消されているほどだ。
「役目もは、果タせず……貴様らヲ、一体モ、壊せ、壊セヌ、などなどナド……オのれ、オノレ、オノrrrrrrrrrrr」
ガクリガクリと身を揺らしながらも、白いダモクレスの敵意は変わらない。
血が流れ続ける傷を抑えながらイピナが声を上げた。
「幕引きをお願いします!」
応じるようにゼクスの胸部ハッチが開かれ、地獄の炎がその全身を覆う。
「…………これが俺の、「切り札」だ」
放たれた一撃は確かにゼクス・ディガンマ改を打ち貫いたのであった。
倒れたダモクレスのツインアイからは光が失われている。
「敵を知り、己を知ればなんとやらと言いますが……どこの星でも、兵法に変わりはありませんね」
イピナはふらつく体を叱咤しながらも敵の残骸を調べる。『情報の記録装置』や『情報の送信装置』の存在を確認したのだが、それらしきものは見当たらなかった。
ダモクレスの横で膝をついたゼクスは何を言うでもなく、その体に触れた。熱も音も無くなったダモクレスからは、最早何も得られない。抱いた疑問は未だゼクスの中で燻っている。
傷だらけになった相棒の体を労るように、レイはポンポンと撫でてやった。帰ったらピカピカに洗ってやる、なんて言いながら。
唯一、自分以外を癒す術を持つ日仙丸は、戦闘の余波で壊されたイルミネーションのヒールでなかなか忙しそうだ。
徐々に光を取り戻していく足元を眺めながら、命はグッと拳を握りしめた。
「ふざけんじゃねぇ……てめぇらの好きにさせねぇよ、なめんじゃねぇよ」
押し殺したような呟きに、燐とレオンは揃って空を見上げた。地上に人工の星が輝いていてもなお、空の星は美しかった。
作者:こーや |
重傷:イピナ・ウィンテール(剣と歌に希望を乗せて・e03513) ゼクス・ディガンマ(人に近づいてしまったピノキオ・e12889) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年1月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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