絢爛なるホテルロワイヤル

作者:木乃

●擬態する女王
 都内一等地にあるホテルのラウンジ。
 社交パーティで賑わうその一角、男は美女に熱い眼差しを向けていた。
「ミス・ベルベットが居ると場が一層華やいで見えるよ」
「あら、ご冗談を」
 ベルベットと呼ばれた女は片眉を上げて男を一瞥する。
 葡萄酒のように深い赤髪、滑らかな白い肌とくびれを強調するドレス姿は艶めかしい。
 しかし、その名は偽りのもの――姿は液体金属による『擬態』だ。
 そうとは知らぬ哀れな男を尻目に美女はふと天を仰ぐ。
 (「帰投せよ? 色々な情報を入手したけど有益かはまだ疑問が…………そうだ」)
 すぐに表情を作ると男にしな垂れかかり上目遣う。
「少し酔ってしまったみたい……外に連れていって?」
 甘く囁くと男は誘いに乗り、人気のない路地へ誘われても疑うどころか期待さえしていた。
 ――まさか油断していたために、己の首を刎ねられたとは思うまい。
「いい手土産が出来たわ……グラビティ・チェイン、頂くわね」
 凶刃と化した右腕の血を振り払い、ディザスター・クイーンは蠱惑な笑みを浮かべる。
 
 オリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)はゴッドサンタの予告通り、指揮官型ダモクレスが地球侵略を開始したことを告げた。
「指揮官型の一体『コマンダー・レジーナ』は既に多くの配下を地球に送り込んでいたようですわ。着任と同時に、潜伏していたダモクレスが動きだしましたの」
 動き出したダモクレスの多くはそのまま撤退したようだが、その限りに入らぬ者も少なからず出ている。
「行きがけの駄賃として、グラビティ・チェインを略奪するダモクレスが多数予知されていますわ。今回は諜報型ダモクレスが潜伏する現場に向かって、これを撃破して頂きますわよ」
 現場のラウンジはパーティの最中で多くの一般人が歓談している。
「大半は20~30代の起業家や経営者ですわ。ウェイターや参加者に紛れる分には簡単ですので、給仕服や正装を用意しておくといいですわよ」
 そしてオリヴィアは『敵の特性』が最も厄介だと指摘する。
「個体名はディザスター・クイーン。液体金属で構成されており、その特性で海外の女優をベースに擬態していますの。『ベルベット・ローズ』という偽名で多くの社交パーティに出席、長らく情報収集を行っていたようですわ」
 クイーンは参加者として潜伏しているため見つけるのは容易いが――。
「放っておけば会場を出ると同時に、グラビティ・チェイン収奪のため一般人を連れだしますわ。男性ケルベロスが囮になることも出来ますが、正体がバレてしまえばその場で戦闘になるでしょう」
 だが『今回は情報回収の阻止が優先だ』とオリヴィアは諭す。
「クイーンは身体の一部を長剣や銃器に変化させて攻撃しますわ。ドレス部分も変形させて近寄った相手を斬りつけるようですから、ご注意くださいませ」
 情報収集を徹底させたコマンダー・レジーナは『情報』のもつ力をよく理解しているのだろう。
「ディザスター・クイーンは戦闘より諜報に特化した個体ですわ、機密情報も多数獲得している恐れがあります。確実に情報の回収を阻止してくださいませ」


参加者
カタリーナ・ラーズグリーズ(偽りの機械人形・e00366)
アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)
キルロイ・エルクード(放浪者・e01850)
星野・優輝(戦場は提督の喫茶店マスター・e02256)
紫藤・大輔(機甲武術師範代・e03653)
イリヤ・ファエル(欠翼独理のエクシア・e03858)
ユーカリプタス・グランディス(神宮寺家毒舌戦闘侍女・e06876)
マイア・ヴェルナテッド(咲き乱れる結晶華・e14079)

■リプレイ

●潜入
「状況はどうかな?」
 客室に隠れるアンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)の問いかけに、制服姿のカタリーナ・ラーズグリーズ(偽りの機械人形・e00366)は業務連絡を装ってインカム越しに返す。
「特に変わりないけど、遠巻きからだと会話はよく聞こえないね。みんな話に盛り上がってるから……」
 壁の花と化していたディザスター・クイーンが他の男性客に声をかけられるより先に、来場早々にマイア・ヴェルナテッド(咲き乱れる結晶華・e14079)が周囲の男性客をひきつけていた。
「あら、そういうのも素敵だと思うわよ」
 さすがに男性全員の気を引くことは出来なかったが、ラブフェロモンを使用していたら不自然な状況になっていただけに、使わなかった判断は賢明だったと言える。
 マイア本人もイイ男は居ないか品定めしているが、どうにもお堅い印象でしっくりこない。お眼鏡には適いそうもないようだ。
「星野くんに渡した集音器で話は聞こえるけど、様子は見えないからね~」
 カタリーナの視線の先には標的、クイーンとスーツ姿の星野・優輝(戦場は提督の喫茶店マスター・e02256)、彼の手引きで客室に誘導した後に倒す手筈だ。
 カタリーナ達の通信にユーカリプタス・グランディス(神宮寺家毒舌戦闘侍女・e06876)が加わる、彼女も給仕係にまぎれて会場内の様子を見ていた。
「先ほどドリンクを配膳するフリをして接近いたしましたが……」
「なにかあったの?」
 言い淀むユーカリプタスに同じく客室待機中のイリヤ・ファエル(欠翼独理のエクシア・e03858)が先を促す。
「さりげなく家族構成や事業内容を質問していました。直接聞きだして情報を得ているようでございます」
 なんとも大胆不敵で、しかしシンプルながら確実性が高い手口だ。
 出入口で入退室の確認を装って待機する紫藤・大輔(機甲武術師範代・e03653)もラウンジの奥に目を凝らし、様子を伺う。
(「絶対に逃がしてはいけない、データは戦術をたてる上で重要だからな……」)
 このような社交場では異業種同士の情報交換が多い。
 長らく潜伏しているクイーンが既に多くの情報を獲得していることは明らかだ。
 壁に寄りかかるクイーンはシャンパングラスを見つめながら会話を続ける。
「お若いのにやり手なのね」
「青二才ですよ、美しい女性に気をとられてしまうくらいには」
「あら、それは大変だわ」
 口説くたびに素っ気なく返される、きまぐれな態度に男の欲求は刺激されるのだろう。
(「ナンパとかそういうのは正直、苦手なんだよな……女性の押しに弱い自覚はあるけど」)
 それも暖簾に腕押しよりずっと良い、と思えてしまうのは惚れた弱みか。
 万一に備えて、優輝の傍にいたグループに紛れるキルロイ・エルクード(放浪者・e01850)も対応しづらさは見て取れていた。
(「襲いかかるならまず優輝からだろうが……お互い隙がないな」)
 二人の会話の輪に入り込む余地がないことが幸いだ、しかしクイーンが興味をもっているようにも感じられなかった。
 このままでは埒が明かないだろう、キルロイと同じように考えた優輝は次の一手を打つ。
「ベルベットさん、ケルベロスに会ったことは?」
 その一言にクイーンは眉ひとつ動かさず「ないわね」と短く返す。
「去年の暮れに大阪一帯が襲撃されたじゃないですか? 周辺地域も巻き込まれるかと言われていたのに……被害を大阪城周辺だけに抑えたのは、さすがとしか言えませんよね!」
 優輝は身振り手振りも大きくケルベロスの活躍、ケルベロスウォーでの実績を絶賛した。
 『デウスエクスならばケルベロスの情報に興味を持つ』だろうと。
 ――しかし、クイーンの反応は予想外に希薄なものだ。
「その話、年明けから色んな所で聞いてるわ。関西支社が占拠されかけた、とかね」
 彼女は今までも多くのパーティに出席していたのだ。
 公の情報で、特にケルベロスウォーは国内情勢でも関心が高く話題にあげる者は他にも居るだろう――情報収集に充分なほどに。
 想定外の状況に焦りを感じながら優輝は更に言葉を重ねる。
「そ、それは失礼しました。実はケルベロスのパトロンをしていて……彼らの活躍を自分のことのように思っていたので、つい自慢話のように」
「そう、私は知らない人より目の前の人に興味があるわ」
 そして囮という役割は『相手の油断を誘う』ことが重要だ、気を緩めさせるには隙が無さ過ぎた。

●強行
 接触して20分ほど経った。
 会場内は変わらず賑やかだが、飲みかけのグラスを弄ぶクイーンは退屈した様子で壁から背を離した。
「外の空気を吸ってくるわ」
 『話を打ち切りたい』と暗に示す申し出に、優輝は慌てて引き留める。
「もう少し話をしたいのですが、俺の部屋でどうですか?」
「風に当たりたいの、今は放っておいて」
 すげなく断るクイーンはグラスをスタッフに渡して人波を進んでいく。
(「チッ、収奪が難しいからって逃げる気か……だったら」)
 その時、キルロイが懐に手を忍ばせると――予備のシグナルボタンを手にクイーンと衝突する。
「おっと、すまない」
 欠片ほども悪いとは思っていないキルロイだが逃がす訳にいかない、追跡用の弾丸が撃てないなら直接貼ってしまえばいいと判断したのだ。
 キルロイに軽く会釈してクイーンがその場を離れると、そのままユーカリプタスに声をかける。
「あいつ外に出る気だ、客室の二人に外で待ち伏せ出来ないか連絡してくれ」
 ユーカリプタスは諾の意を示し、伝言をそのままアンノ達に伝えた。
「可能でございますか?」
「うんうん、予定と少し変わるけど殺れば万事解決だもんね~……あはっ」
 会場内にいたマイア達も様子に気づき、クイーンを追って動きだす。
 アンノ達はボクスドラゴンのクロクルを連れて客室を飛び出すと、非常口から勢いよく地上に飛び降りる。
 高所に吹き抜ける冷たい風を浴びながら着地すると、ホテル前のロータリーに走りだす。車幅も広く戦闘にも支障はないだろう。
 ――ロビーには黒いドレス姿の女性が小走りでイリヤ達のほうに向かってくる。
「ま、間に合った……!」
「よし、俺達もすぐに追いついてやるぜ」
 イリヤの通信に大輔が気炎をあげた返答を返すと、自動ドアが音もなく開きクイーンを解放しようとしていた。
「……なにか御用?」
「あはっ、随分人間の真似が上手いんだね。びっくりしちゃったよ」
 立ち塞がるアンノが嘲笑を浮かべるとクイーンは愛想笑いをひっこめ、細腕を長剣に変形させながら問答無用で斬りかかる。
 大槌の柄で刃を受け流しながら、アンノは細い腰を蹴り折ろうと中段の回し蹴りを入れて体勢を強引に崩す。
「ケルベロスか!?」
「見目麗しい方とはできればこういう出会い方はしたくないもんだね……!」
 後方からイリヤが獄炎の片翼から生み出した剣を握りしめ、クイーンめがけて振り下ろす。刃は白い肩口を斬り裂きドロリと水銀に似た金属が溢れ出る。
 焼け爛れるのも構わず転がり起きたクイーンは左腕にライフルの長細い銃砲を浮かばせ、精密な一射がイリヤの脇腹を掠めていく。
 ――クイーンの背後から殺到する足音が続々と迫っていた。

「結局いい男もいなかったし、ダモクレスも鹵獲できる魔術がないから興味が引かれないわねえ」
 マイアの結晶花『Amber Mistelten』から伸びる大きな果実が黄金の光を放つと果敢に攻め入る大輔達を照らし、逆光を浴びる優輝も光の盾で自身の防護を強化していく。
「ここで終いにしてやるぜ」
 勢いづく大輔の上段蹴りをヒラリと頭上にやり過ごすが、返す刀で本命の足刀が腹部を捉えて吹っ飛ばす。
「ぐぅぅ……どこで、バレたっていうの?」
「貴女の強欲さが招いた結果でございますよ、初歩中の初歩の凡ミスとも言えます」
 美貌を醜く歪めるクイーンにユーカリプタスは冷たく吐き捨て、爆風でイリヤ達をさらに鼓舞するとクロクルも自らの力をカタリーナへ注入していく。
「ラーズグリーズの名に懸けて、あなたを破壊するよ」
 白光の槍を手繰りながらカタリーナが剣戟を牽制する。
 その脇からミミックのトラッシュボックスが噛みつこうと飛び込むとクイーンが一歩飛び退いた一瞬、カタリーナは切れ目の残る肩口めがけて痛烈な刺突で風穴を開ける。
「逃がしはしないぞ、鉛女。そのツラ蜂の巣にしてやる」
 射撃と体術を組み合わせ、間合いを変えるキルロイの攻撃はクイーンの煌びやかなドレスを破り、撃ち合うごとにあられもない姿に変えていく。
「目障りね、退きなさい」
 深い切れ込みの入ったスカートを翻せば、元の色であるメタリックシルバーに変わり、飛びかかるサーヴァント達をカミソリのような鋭い刃で斬り払う。
「煉獄と魔弾の不死鳥……諜報型とあって話題は豊富だが、戦術効果には浅慮なようだな」
 イリヤの放つ紙兵に傷を塞がれながら優輝が氷と炎の魔力を収束させていく――融合した魔力は火花を散らし、閃光が直線に放たれてクイーンに更なる炎を焚きつける。
「液体金属の凝固と溶解は少し興味があるわ、あなたで試すわよ」
 アンノへ向かう追撃をライドキャリバーのファルコンが受け止めた隙にマイアが精霊魔法による吹雪を呼び起こし、クイーンの銃砲が凍結していく。
 炎を帯びながら凍りつく異様な状態のクイーンをカタリーナがさらに追い込む。
「流るるは一筋の閃光」
 華麗な跳躍から見舞う超高速の突き込みで傷を抉り、動きが止まった隙に大きく振りかぶる。
「――導くは夜空の光明。誓うは殲滅の契り!」
 薄闇を斬り裂く白光は流星のように鋭い残像を描いて、クイーンの液体金属で包まれていた鉄骨をも精密に刺し貫く。
「さあ、蠍の毒に痺れなさい!」
 一気に攻勢に出ようとユーカリプタスが躍り出て華麗な剣舞を見舞う、刃に潜む神経毒が液体金属に沁みるのか、クイーンの体勢が崩れかける。
 ――特別製の銀弾を仕込んだキルロイが動きの止まったクイーンの胸元に銃口を向ける。
「報いを受けろ」
 一発の銃弾は露出した白い胸元を深く貫き、体内で異常な激痛を生み出しクイーンも苦悶の声をあげる。
「……うぐ、あぁ!!」
「こいつで痺れな!!」
 ここまで身動きが取れなくなれば大輔も渾身の一撃を仕掛ける用意が出来る。
 稲妻を放つ征竜拳『ドラゴナックル』が大輔を中心に辺りを照らし、クイーンの腹部を抉り込むように打ち上げて細い体を宙に浮かばせる。
 ――ドサ、と地面に叩きつけられた女王をアンノは見下ろした。
「あはっ、キミはボクを知らないかもしれないけど、ボクはキミのことをよく知ってるよ~? もちろん、キングの事もね」
 アンノは『軍団の長』についてハッタリをかけるが、クイーンはおかしそうに口元を歪めた。
「……く、ふふ、それで? ……私と、遊んでる場合……?」
 なにも知らないのね――その確信を含んだ嘲りに、アンノの微笑は能面のように無機質になった。
「あはっ……キミの仲間もすぐにそっちに送ってあげるから、安心して死んでいいよ」
 アンノの両手に生じる力は反発しあい、同時に膨れ上がると――周囲数メートルを巻き込んでクイーンを消滅させる。
 残骸も跡形もなく消え失せ、その存在は記憶媒体ごと完全に抹消された。

 潜伏するダモクレス達はケルベロスの与り知らぬところでいまだ暗躍している。
 しかし尻尾を出したその時、地獄の番犬が喉笛を喰いちぎりに現れる。
 マイア達は新たな敵の出現に備えて、その場を後にした。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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