冬咲きの向日葵

作者:小鳥遊彩羽

 そこは、車一台がやっと通れるような細い道を抜けた先にある、外からやって来る人も稀な山間の小さな集落だった。
 人口は数十人程度、そのほとんどが年老いた者達であったけれど、誰もが穏やかな日常を送っていた、そんな場所だった。
 ――だが、そんなありふれた日常は、突如として終わりを迎えた。
「た、助け……」
 腰を抜かした老人の額に突き付けられたレーザーライフル。その銃口が眩い光を弾けさせると同時に、鮮やかな血の赤が噴き出した。
「――もっとこう、華のある仕事がしたかったのだけれど」
 ライフルを降ろし、こともなげに言い放ったのは一人の女。くるりと巻いたツインテールの金髪に、黒い瞳。ぴったりとしたボディスーツに身を包み、両手両足にメタリックブルーの機械兵器を装着した、一目見てダモクレスとわかる女だった。
 今しがた撃ち抜いた老人が、『最後』の一人だったのだろう。
 見れば集落のあちらこちらに、同じように倒れて動かない住民達の姿があった。
 辺りに満ちるのは、凍るような静寂。
 そこにはもはや、生きる命の気配は微塵も感じられなかった。
 ――ただ一人、ダモクレスの女を除いては。
「一先ず、任務完了よ。次のターゲットを探しに行くわ!」
 そう言って、女――『ヒマワリ』は、どこへともなく移動を開始したのだった。

●冬咲きの向日葵
 ダモクレスの新たな指揮官達による、地球の侵略。
 トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)が告げたのは、全部で六体の指揮官のうちの一体、『ディザスター・キング』の名だった。
 ディザスター・キングは、六つの軍団の中で最大の主力軍団を率いて、グラビティ・チェインの略奪及びそのための襲撃に特化した作戦を展開している。それは襲撃前の予知を不可能にさせるほどのもので、事実、阻止出来なかった被害が既に出始めているのだ。
 そして、そのディザスター・キングの配下の一人が、広域殲滅型ドール・『ヒマワリ』と呼ばれる女性型のダモクレスであるとトキサは続けた。
「残念ながら、最初の襲撃事件はもう起きてしまったことで、その被害を食い止めることは出来ない。けれど、この襲撃の後、次の襲撃に向かう時ならば、迎撃が可能だよ」
 このまま放置しておけば、次々と被害が広がるだけである。
 つまり、何としてもここで止めてほしいのだと、トキサは真剣な眼差しでケルベロス達を見やった。
 ヒマワリは山間にある限界集落と呼べる小さな村を襲い、数十名の住人達を一人残らず殺害した。そしてその後は、次のターゲットを求めて山を降りるとのことらしい。
「どこかへ行こうにも、地図があるわけじゃない。だからヒマワリは取り敢えず、普通に徒歩で山を降りているみたいなんだ。勿論、道に沿ってね」
 集落から続くのは、車一台が通るのがやっとと言えるような細く狭い道。そこを抜けさえすれば、比較的広い道に出ることが出来る。
 その辺りで待ち受けていれば、いずれヒマワリは姿を見せるだろう。そこならば、十分に広い場所で戦うことが出来るし、周囲の通行止めについては、必要ならば警察に連絡しておくとトキサが頷いてみせた。
 敵はヒマワリのみで、配下の存在は見受けられない。
 両手両足の武装を用いての攻撃が主なものとなり、それなりの強さを持ち合わせているようだとトキサは告げる。
「あと、大事なことが一つ。敵はグラビティ・チェインの略奪を目的としているから、迎撃する時には、まず『相手を逃がさない』ようにすることを念頭に置いて欲しい」
 逃走が難しいと判断したならば、ヒマワリはすぐにケルベロス達との戦いを始めるだろう。そして、一度戦闘が始まれば、以後は逃走などは行わず、全力でケルベロスを倒すべく戦いを挑んでくるのだそうだ。
「犠牲となってしまった人々のためにも、必ず倒して欲しい。……それは、皆にしか出来ないことだから、――どうか、頼んだよ」
 説明を終えたトキサは最後に静かにそう告げて、ケルベロス達へ後を託した。


参加者
ラウラ・ロロニ(荒野の琥珀・e00100)
福富・ユタカ(殉花・e00109)
エニーケ・スコルーク(戦馬乙女・e00486)
橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)
トリスタン・ブラッグ(ラスティウェッジ・e01246)
ベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)
ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)
西城・静馬(創象者・e31364)

■リプレイ

 無慈悲な殺戮の余韻が、遠く離れたここまで伝わってくるようだった。
 元より森に棲まう鳥や獣達ですら息をすることを恐れているような重苦しい静寂が落ちる中、ケルベロス達は二手に分かれてその時を待ち受けていた。
 隠密気流を用い、あるいは森の木々と同化するような色を纏って。
 ケルベロス達は可能な限り、自分達の気配を隠すことに力を注いだ。
 その作戦が功を奏し、ダモクレス――広域殲滅型ドール・ヒマワリは待ち伏せをされていることに気づかぬまま、『仕事』を終えた集落から続く道を辿ってケルベロス達の前に現れた。
「――誰?」
 ヒマワリが足を止めるのと、四人のケルベロスが彼女の行く手を塞いだのはほぼ同時。
「お前を、裁く者だ」
 黄水晶の瞳に怒りの火を灯し、福富・ユタカ(殉花・e00109)はいつもと違う口調で言い放った。
 ユタカが惜しみなく放つ純粋な殺気を察したのか、ヒマワリが纏う気配には一分の隙もなかった。
「このような所で無駄話をしている暇はないのだけれど――」
「変わらないわね、ヒマワリ。会いたくなかったわ」
 四人の中に橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)の姿を認めるや否や、ヒマワリは驚いたように大きく目を瞬かせる。
 だが、それも一瞬。すぐにその表情は、見下すような笑みに変わった。
「そういう貴方は随分と間抜けな顔になったこと。――生きていたのね、裏切り者のギルティローズ! それとも、ハンドレッド? まさかこんな所で会うなんて!」
「その名前で呼ばないでくれるかしら。……今の私はレプリカントの橘・芍薬よ。ギルティローズでもハンドレッドでもないわ」
 忌々しげに吐き捨てる芍薬の傍ら、ラウラ・ロロニ(荒野の琥珀・e00100)はヒマワリをじっと注視しながら、少しでもおかしな動きがあればすぐに攻撃に移れるようにとさりげなく立ち位置を変えた。
(「被害を……食いとめなければ……」)
 ラウラの金色の瞳に宿るデウスエクスへの確かな憎しみを、ヒマワリも感じ取らないわけではなかっただろう。
 一方、西城・静馬(創象者・e31364)は穏やかに微笑みながらヒマワリの動向を見つめていた。
 ディザスター・キング――この度地球への侵攻を開始したダモクレスの中でも、主力とされる軍団を率いる指揮官の名を、静馬は脳裏でなぞる。
(「その名に恥じぬ強敵のようですね。油断せずに参りましょう」)
 何気ない立ち居振る舞いから感じられるのは、目の前のダモクレスが決して油断ならない相手であるということだった。
「お前が罪なき命を奪ったのはわかっている。……こんな村から狙うとは、まさかグラビティ・チェイン回収の有利条件に気付いたのか!?」
 ユタカが仕向けたのは、言わばはったりだ。グラビティ・チェインの回収を主目的とする相手に対し有益な情報を握っていると匂わせて、少しでも意識を引きつけようとしたのだ。
 しかし、ヒマワリは全く興味を示す様子はなく。
「何を言っているのかわからないけれど、そんなもの、殺して奪えばいいだけでしょう?」
「――っ!」
「そこを退いてくださる? わたくし、先程も申し上げた通り、こんな所で無駄話をしている暇はありませんのよ」
 例え目の前にいるのがかつての『姉妹』と言える相手であっても、今のヒマワリにとってはそれよりも優先すべきことがある。
 このままでは逃走を許してしまうだろう。だからこそ、仕掛けるべきは今だと判断した静馬が、身につけていた黒い手袋を外して掲げ、投げ捨てた。
 ヒマワリの目の前に晒される静馬の腕。機械仕掛けのそれは、かつて彼女と同胞だったということの証。
「申し訳ありませんが、ここが終点です。この道も、あなたの任務も……」
 地面に落ちた手袋、それこそが『合図』であり、同時に茂みに身を潜めていた残りの四名が、一斉にヒマワリの背後を塞ぐように躍り出る。
「なっ――!?」
「息が詰まりそうでしたのよ! 貴女の血の臭いでね!」
 突然背後から現れた気配と声。それに驚愕し振り向いたヒマワリの足元から灼熱の溶岩が噴き出した。
 それは鎧装騎兵でありながら自宅警備員としての側面も併せ持つエニーケ・スコルーク(戦馬乙女・e00486)の『明日から本気を出すという誓いの心』が溶岩に変わったものだが、その熱に思わず飛び上がろうとしたヒマワリに、トリスタン・ブラッグ(ラスティウェッジ・e01246)が伸ばしたケルベロスチェインが絡みつく。
「逃がしません!」
 鎖を握り締める手に無意識に力を込めながら、トリスタンは黒鎖を手繰ってより一層ヒマワリを締め上げた。
(「ここで仕留める……逃がすわけにはいきません」)
 これ以上の暴虐を、許せるはずなどない。
 既に、このヒマワリという一人のダモクレスの手によって、多くの人々が犠牲となった。
 ありふれた今日の先にある明日を見ることのないまま、望まぬ最後を迎えてしまった。
 ――叶うならば、殺められた人々を救いたかった。
 ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)の胸中に込み上げるのは、罪なき命を守れなかったことへの後悔と、それを奪った敵に対する怒りだった。
「この身は、力無き人々を守るためにある。――我が怒りをこの刃に込め、せめて仇は討たせてもらうぞ」
 鉄の塊で出来た長大な剣に地獄の炎を纏わせ、勇ましく馳せたヴァルカンは己が内から湧き上がる怒りごと刃を叩きつける。
 少数ならば許されるというものではないし、かけがえのない命を絶った罪を許すつもりなど毛頭ない。
「――逃がさねぇよ。その命をもって、罪を償って貰う。……絶対にだ」
 音も立てずにヒマワリへと肉薄していたユタカの、普段は髪の下に隠している『瞳』が明滅し、放たれた鋭い眼光が機械の身体を切り裂いた。
 メディックの位置についたベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)が、光り輝くオウガメタルの粒子を放ち、前衛陣の超感覚を呼び起こしていく。
 芍薬とは以前から既知の仲であるベルノルトがこの戦いに身を投じたのも、宿敵を妹と呼ぶ彼女を気にかけていたがゆえのこと。
(「彼女達にとっての家族とは――」)
 先程からの二人のやり取りを見るに、デウスエクスにとっての家族とは、人とはその在り方が違うのかもしれないとベルノルトは思う。
 だが、いずれにしても必要なのは復讐ではなく、悲劇の連鎖を止めること。
「これ以上の悲劇を生み出さぬよう、迷いは断ちましょう。……屍を積み上げた貴方を、見過ごす術はありません」
 ヒマワリを真っ直ぐに見つめ、ベルノルトは静かに告げた。

 戦闘態勢へと移行したケルベロス達は、畳み掛けるように攻撃を繋いでいく。
「ヒマワリよ、お前は許されざる罪を犯した。芍薬殿の旧知といえど容赦無用」
 ヴァルカンが放ったオーラの弾丸が牙を剥いた次の瞬間、ケルベロスチェインからドラゴニックハンマーに持ち替えたトリスタンが、ドラゴニック・パワーの噴射により勢いを増したハンマーを振り抜いてヒマワリを打ち据える。
 ユタカが刃のように研ぎ澄まされた達人の一撃を放ち、ほぼ同時に反対側から踏み込んできた静馬が、刀に雷の霊力を纏わせて神速の突きを繰り出した。
「あなたに未来なんていりませんのよ。自らの行いをあの世で悔いながら死ぬがいいですわ!」
 エニーケがアームドフォートのレーザー砲から発射した光線には、ヒマワリへの揺るぎない殺意が込められていた。
 ボクスドラゴンのトゥルバに同じ盾役を任せ、ラウラはゲシュタルトグレイブを手にヒマワリとの距離を詰めた。
 目の前にいるのは仲間の敵。ケルベロスの敵。
 ――倒さなければならない『敵』。
 だからラウラはそのために武器を取り、仲間を護るために戦場を駆ける。
「お前、は……デウスエクス。……だから、ララたちが、たおす……」
 ラウラが繰り出した超高速の突きが稲妻を帯びてヒマワリを穿つ。感情の揺らぎが窺えないラウラの黄金色は、けれど確かに倒すべき敵の姿を映していた。
 こちらも同じくテレビウムの九十九に味方の守りを指示すれば、九十九はまずは一発と言わんばかりに凶器のツールナイフを手にヒマワリの元へ。
「ガツンとやっちゃって!」
 九十九がヒマワリへ殴りかかるのと同時に、芍薬も動いた。
「逃がさないわよ、あんたは私が冥土に叩きこんでやるわ! ――いくわよ、インシネレイト!」
 掲げた手に熱のエネルギーが集まり、ヒマワリの身体へと押し当てられた掌の放出口から注ぎ込まれる。
「ローズ、やっぱり貴方、『ハンドレッド』じゃない!」
 それは『かつて』の、彼女の異名。熱を帯びて赤く輝く芍薬の手に、ヒマワリが愉しげに笑う。
 奇襲は成功したが、ヒマワリはすぐに体勢を立て直した。
「貴方達にわたくしが止められると思って?」
 挑発めいた物言いは生来のものなのだろう。
 すると、ヒマワリの背を覆う装甲が大きく展開し、そこから放たれた光が前衛を凪いだ。
 クラッシャーの静馬とユタカに向けられた光を、サーヴァントのトゥルバと九十九が受け止める。
「橘さん、お手をお借りしてもよろしいですか」
 薬液の雨で痺れを流しながら、ベルノルトは一人では足りないと芍薬を呼ぶ。
「いいわよ、ほら、九十九も手伝って!」
 九十九の顔に、皆を励まそうとする明るい動画が映る。それを横目に、芍薬は星辰の剣で守護星座の光を描いた。
 戦いに興じるヒマワリを見つめながら、不思議なものだと静馬は思った。
 人型の彼女に心や感情といったものは感じられないけれど、かつて人型ですらなかった自分はこうしてレプリカントとなり、心を手に入れた。
 その違いは、きっと本当にささやかなものにすぎないのだろう。それこそ一歩間違えていれば、彼女と自分の立場は逆だったかもしれないのだ。

 ヒマワリが繰り出してくる威力ある攻撃の前に最初に倒れたのは、懸命に皆を守っていた九十九とトゥルバ――サーヴァント達だった。
「戦えない者達を殺せて満足かしら? 所詮その程度の力しかないのでしょうね!」
 挑発めいた言葉を向けながら、エニーケはアームドフォートの主砲を一斉に解き放つ。
「うおおっ!」
 トリスタンが砲撃形態に変形させたハンマーから竜砲弾を放ち、ヴァルカンが流星の煌めきを灯した蹴りを炸裂させて機動を奪う。それらをまともに受けたヒマワリの背後に影のように忍び寄ったユタカが螺旋を籠めた掌を触れさせた。
 内側から爆ぜる衝撃に揺らぐヒマワリへ、エニーケが問いかける。
「聞きたいことは山ほどあるのですけれど、私と同じ灰色の髪をした女ダモクレスについて何か知りませんかしら?」
 問う声に対し、ヒマワリはほんの少し何かを思い出すような素振りを見せてから、そっと口の端を釣り上げた。
「知っていると言ったらどうするの?」
 エニーケは息を呑み、アームドフォートの砲口を向けた。
「答えなさ――ぐ、うっ……!」
 だが、求めた答えの代わりにエニーケを貫いたのは、ヒマワリが、おそらくは村人達を殺した時に使ったものと同じレーザーライフルの光だった。
 ヒマワリは迷いなく、エニーケの肩口に銃口を突きつける。
「エニーケ!」
 芍薬が叫んで駆け出し、ラウラも動いていたが、二人が間に割って入るより先にヒマワリがもう一度動いていた。
「貴方達は『わたくし達』が、貴方達が求める答えをくれると本気で思っているの?」
 知っていたとしても、デウスエクスには答える理由も義理もない。
 肌を灼かれ、その場に崩れ落ちたエニーケには、最早立ち上がる力が残っていないようだった。
 だがそれはヒマワリとて同じ。表情こそ余裕めいて見えるが、身体は既に既に激しく損傷している。状態異常を重ねることにより、戦いが始まった直後と比べてその動きが鈍っているのも明白だった。
 ケルベロス達は確実に、ヒマワリを追い詰めていた。
「これは……お前が、ころしたひとたちに、与えた痛み……」
 ラウラが放った影の弾丸が、ヒマワリに刻まれた傷口から毒を注ぎ込む。
「……お胸の装甲が貧相だと、お脳のCPUまで貧しくなるのかしら?」
 それでも強がっているのか芍薬を煽るヒマワリに、
「誰が貧乳だ、ぶっ飛ばすぞフライングアホドリル!」
 対する芍薬はすっかり素の口調で、容赦なくリボルバー銃の引き金を引いた。
「そろそろ終わりも見えてきたでしょうか……心を知らず、使命に盲目的に生きる……それもまた一興」
 パチリと火花が散るのを見て、静馬は握り締めた拳を天へと突き出した。
「冬咲き日輪草よ、烈日の如き我が一撃に身を焦がせ――アマテラス」
 静馬の拳が眩い閃光を放ち、グラビティによって増幅された無数のナノマシンの煌めきがヒマワリを全方位から打ち据えた。
「……ッ、わたくしが、こんな所で」
「貰ったァ!」
 膝をついたヒマワリの顔が、とうとう苦痛に歪む。その隙を逃さず力強く踏み込んだトリスタンの腕が、瞬く間に不気味な怪物のそれへと変じていた。
 それは、かつてトリスタンが沼の巨人から奪い取った力。夜毎人を喰らうとされる邪悪な巨人の如く振るわれた拳が、壊れかけた機械の身体に叩きつけられる。
「塵ひとつ残さず、消えろ」
 全身を覆うオウガメタルを鋼の鬼と変え、ユタカはその拳でヒマワリの装甲を砕く。
 すぐさま横合いからヴァルカンが迫った。
「煉獄より昇りし龍の牙――その身に受けてみるがいい!」
 猛る声が響くと同時、ヴァルカンは内なる地獄を解き放った。瞬く間に巨大な炎龍へと変じたヴァルカンが、ヒマワリへと喰らいつき空を翔ける。
 万物一切を焼き尽くすが如き無慈悲な業火の奔流に呑み込まれたヒマワリの身体が、力なく地面へと投げ出された。
「擬似的な感情プログラム……心とは、何を指すのでしょうね」
 ふと、そんな呟きを落とし、ベルノルトは今しがた魔術切開を施した芍薬とヒマワリを交互に見つめた。
 もしも彼女の心に迷いや揺らぎがあるのなら、ベルノルトは、引導を渡す刃を代わるつもりでいた。
 けれど、ベルノルトの瞳に映る芍薬の眼差しには、何の迷いもないことがわかるから。
(「……どうやら、大丈夫そうですね」)
 だからベルノルトは静かに、戦いの終わりを見届けようとしていた。

 そして、芍薬は静かにヒマワリへと歩み寄る。
「――ローズ」
「命乞いでもするかと思ったけれど。……さよなら」
 真っ赤なリボルバー銃を額に突き付け、芍薬は迷いなくその引き金を引いた。
 乾いた空の下に響き渡った銃声は、一つの物語の終わりを告げる音。
 糸の切れた人形のように転がったヒマワリの身体が、砂のように崩れて消えていく。
 ほんの少しだけ心が痛いと感じられたのは、せめてもの幸いだっただろうか。
 やがて全てが消え去った後、芍薬はぽつりと呟いた。
 ――心を手に入れた今だからわかる。
「あんたのこと、『嫌い』だったわ、ヒマワリ――」

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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