登山道を上った山奥に位置するそのキャンプ地は、連休の初日ということもあって家族連れや行楽仲間などで賑わっていた。
調理施設が充実しており、バーベキューやカレーといった定番メニューは勿論、近くの川で獲った川魚の焼ける匂いが鼻孔をくすぐる。焼き立てのパンにバーベキューの肉と野菜を挟んだハンバーガーに、子どもが大はしゃぎする光景は微笑ましい。
そんな行楽地の平和は、異様な存在の出現によって終止符を打たれてしまった。
蒼い甲冑。いや、装甲なのだろう。少女の面影に似つかわしくない重装甲に身を包み、両手に抜き身の剣を携えた姿は異質の一言に尽きる。
周囲からの視線を気にすることなく、蒼い少女らしき存在は明るく朗らかな声で言う。
「グラビティ・チェイン集め、始めよっか♪」
そして、虐殺が始まった。
ものの数分も経たず、その場にいた十数人は全て斬り刻まれ、原型を留めない遺骸へと変わり果てていた。
蒼い装甲を纏ったダモクレス、ハミシィ・サヤフは傍らのテーブルに残ったバーベキューの串とハンバーガーを気紛れに手に取り、口にする。
「んー、ゴミみたい。こんなので活動できるのって不思議だけど、こんなのを好むってもっと理解できないなあ」
咀嚼したハンバーガーを吐き捨て、ハミシィは動く者の無くなったキャンプ場を後にした。
「さーてとっ。次は何処がいいかなー♪」
まるでハイキングを楽しむ少女のように、ハミシィは満面の笑みを浮かべ軽やかな足取りで次なる獲物を求めるのだった。
ケルベロスに緊急の要請を掛けた静生・久穏は、緊張した面持ちのまま話し始めた。
「指揮官型ダモクレスの一体である『ディザスター・キング』の配下によって、多数の犠牲が出てしまいました……」
久穏が語る事件は、指揮官型ダモクレスの地球侵略が開始された事を意味している。その中でも、『ディザスター・キング』が率いる主力軍団は、有力な配下による襲撃でのグラビティ・チェイン略奪を担う。
「襲撃を行ったダモクレスは、蒼い装甲で二振りのゾディアックソードを駆使して戦う、ハミシィ・サヤフです」
ディザスター・キングの指揮下にあるダモクレスの襲撃を防ぐことは困難であり、ヘリオライダーが事前に察知することも出来なかった。
「山奥のキャンプ場が襲われ、そこに居た人達は1人も助かりませんでした……」
沈鬱な表情と声で事実を報告する久穏は、けれど、と続ける。
「ハミシィ・サヤフは次の標的を求めて移動を開始しました。このままではより大勢の犠牲が出てしまいます」
それだけは何としても防がなければならない。
不幸中の幸いだが、ハミシィ・サヤフは登山道を下るため、途中で迎え撃つ場所には困らないだろう。
「ハミシィ・サヤフは強敵ですが、配下は連れていません。勝算は十分にあるでしょう」
勿論、侮って掛かっては勝てるものも勝てないだろう。余裕は無いが、ケルベロスが真剣に挑み勝ち目のない敵ではないということだ。
「ただ、ハミシィ・サヤフの目的はグラビティ・チェインの収集です。このため、皆さんと遭遇した際には撤退するでしょう」
ハミシィにとって、ケルベロスとの戦闘を不要に行う理由はない。交戦し撃破するためには、何らかの方法で敵の退路を塞がなければならない。
逆に敵の撤退を不可能にしてしまえば、目的達成のためにはケルベロスを撃破することが必須であるとして、全力で戦いを挑んで来るだろう。
「念の為、皆さんが戦う際に一般の方が迷い込まないよう、彩音さんにお手伝いをお願いしました」
久穏は偶然現場付近に居たケルベロスに連絡を取り、この戦いに一般人が巻き込まれない配慮を行っていた。
「ここで取り逃がしてしまっては、被害は拡大してしまいます。犠牲になった方達の無念を晴らすためにも、ハミシィ・サヤフを撃破してください」
起こってしまった事態は、いかにケルベロスであろうと覆せはしない。しかし、これから起ころうとしている悲劇を未然に防ぐことは出来る。
新たな惨劇を喰い止められるか否かは、全てケルベロス達の双肩に懸かっていた。
参加者 | |
---|---|
ワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300) |
楡金・澄華(氷刃・e01056) |
ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142) |
ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827) |
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801) |
アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828) |
キーア・フラム(黒炎竜・e27514) |
霧山・和希(駆け出しの鹵獲術士・e34973) |
●待伏せ
心地良い陽光に照らされた登山道を、1人の異形が軽やかな足取りで歩いている。
人に似て人ならざるその異形は、ハミシィ・サヤフと言う名のダモクレスだ。
重厚な装甲を除けば少女のような容姿のハミシィは、陽気に鼻歌を口ずさんでいた。その様子からは、つい先刻十数人もの人々を虐殺したばかりとは思えない。
聳える草木の合間を縫うような登山道を進むハミシィは、草木に紛れ自身へと視線を注ぐ存在に気付いてはいなかった。ただ潜んでいるだけであれば気取る事も出来たかも知れないが、隠れ潜む者達はそうされないよう工夫を行っていたからだ。
しかし、ハミシィを陰から視認するケルベロス達は、何も手出しせず通過する姿を見送った。
「……標的が通過した」
万が一にもハミシィに察知されないよう、十分に距離が離れた上で、かろうじて通信相手が聞き取れる声量でそう告げる。
この先でハミシィを待ち受ける仲間達に連絡を行ったティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)は、必要最低限の伝達しか行わなかった。その前後には複雑な心境があったのだが、言葉に表しはしない。或いは、出来なかったのだろうか。
右目を閉じて通信に集中していた君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)が、音も無く仲間達に合図を送ったすぐ後に、ケルベロス達が木々に隠れながら囲む登山道にハミシィが現れた。
ハミシィを待ち受けていたケルベロス達は、即座にその前方を塞ぐよう立ちはだかる。
「ここから先には決して行かせなイ……。ワタシは、ヒトを守る」
静かに、しかし確かな怒りを湛えた眸の宣言。
「この先だけじゃない。貴女は、もう何処へも行かせないわ。覚悟してもらうわよ」
冷静な気質のキーア・フラム(黒炎竜・e27514)もまた、ハミシィの凶行に対して静謐なる怒りを燃やしていた。地獄と化した背中の翼がその内心を表しているかのように、揺らめいている。
「生まれたてならまだしも、アンタはもう人を殺した。それは明確に、うちらの敵になったということや。もう、許してもらえるとは思いなさんな」
片刃となった黄金の槍の切っ先を突き付け、ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)がハミシィの罪業を以って断罪を唱える。
けれど、そうしたケルベロス達からの怒気や敵意の一切を意に介さず、ハミシィは踵を返した。
ケルベロスと自身との戦力比を考慮して、撤退を選択したのではない。そもそも、対応する意図が無いのだ。ハミシィの担う役割において、ケルベロスとの戦闘など支障でしかないのだから。
●挟撃
だが、ケルベロス達がハミシィの思い通りに事を運ばせるはずがない。
「ふははは、まんまと掛かったな、ダモクレスめ! ここがお主の墓場……お、おっと。これではどちらが正義の味方か分からぬ! と、とにかく! 妾達は汝の悪行を断罪すべく天が遣わした正義の死者! 汝の邪悪、我等が刈り取ってくれようぞ」
仰々しい物言いのアデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)を始め、後方にも前方と同数のケルベロスが包囲網を形勢していた。
「どうしても逃げたいなら、僕達を倒すしかないぞ。もっとも、させはしないがな」
この瞬間までほぼ初のケルベロスとしての活動に緊張していた霧山・和希(駆け出しの鹵獲術士・e34973)だが、こうして敵と相対した途端に戦士としての面持ちに変貌していた。
「此処が貴様の死地である。さしずめ、貴様は蜘蛛の巣に囚われた羽虫も同然ぞよ。貴様がしでかした罪業のケジメというヤツを付けて貰おうぞ」
泰然とした佇まいで、アデレードとはまた異なる大物としての貫録を見せるワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)。傍らに従うシャーマンズゴーストすら、どこか風格を纏っているように思える。
前後をケルベロスに囲まれたハミシィに、退路は残されていない。登山道を逸して草木を掻き分け進むことは勿論可能だ。だが、それではケルベロスに無防備な背中を晒してしまう。ほんの僅かとは言え、動作にも制限が課される状況でそれは致命的だ。
「私達はケルベロス。倒せば、貴様の求めるものも多く手に入るぞ」
ハミシィが登山道を逸れて逃走する可能性はまず無いが、それでも0ではない。その微かな可能性を潰すため、楡金・澄華(氷刃・e01056)は挑発を口にする。
おそらく、ハミシィはケルベロス達の立ち位置、周囲の環境など様々な要因を有機的に組み合わせ自身が執るべき行動を思索していたのだろう。
けれど、そうしたあれこれは全てハミシィの脳裏から消え去った。たった1人を目にした瞬間に。
「ティーシャ! ティーシャじゃない! こんな所で会えるなんて、すっごい偶然! あ、それとも私に会いに来てくれたの?」
しばらく会っていなかった最愛の家族と思いがけない再会を果たしたかのように、ハミシィは喜色満面にはしゃぐ。およそ、ケルベロスとデウスエクスが対峙した様子とは思えない。
事実、ハミシィが笑顔を向けるティーシャは、ハミシィの妹であった。
「……会いに来た。そう、ハミシィ姉さんを倒すために」
力強いとは言い難いティーシャの宣言は、逡巡を振り払い目の前の相手を敵として認識するため、自分に言い聞かせるかのようだ。
「可愛いティーシャにそんなコト言われるなんて、お姉ちゃんショック。駄目な連中と関わってると、悪い影響を受けちゃうのね」
大袈裟な動作で衝撃を受けたと表現するハミシィだが、ティーシャを見る目はあくまでも優しい。人間の基準に当てはめるならば、だが。
「待っててね、ティーシャ。今悪いヤツらをやっつけちゃうから! それから、みんなのトコロに一緒に帰ろうね♪」
とてもそうは聞こえないが、ハミシィはケルベロス達に宣戦を布告したらしい。
迂闊に攻撃を行えば包囲網に綻びが生じる可能性があるため、手出しせずにいたケルベロス達だが、ハミシィに逃亡の意思が無くなった以上はそれを危惧する必要はない。
怪しく輝く剣を手にケルベロスに襲い掛かるハミシィを、ケルベロス達は全力で迎え撃つのだった。
●封鎖
山中でケルベロスとハミシィが対峙している頃、麓では2人のケルベロスが登山に赴いて来た観光客を留めていた。
「この先は危険です。落ち着いて、焦らず避難してください」
登山道を登った先は、ケルベロスとデウスエクスの戦場となっている。その旨を説明し、フローネは丁寧な対応で避難を促していった。
その甲斐あって、さしたる混乱もなく登山客達は帰路に着いていった。
登山道の封鎖が完了した今、戦場に一般人が紛れ込む危険は無くなっただろう。
「後は、あっちの首尾次第ね……」
彼方の戦場を見据え、彩音は姿の見えない仲間達の武運を祈るのだった。
●絶技二刀
ハミシィが繰り出す二刀の剣技は、達人という形容すら生温い。尋常ならざる技量であった。
「邪魔だから、さっさと死んでよ」
ティーシャ以外のケルベロスに向けるハミシィの視線も声音も、路傍の石に向けるそれと大差無い。繰り出す剣技の凄絶さとは正反対だ。
守りに有利な立ち位置の3人にとってすら、ハミシィの一撃は軽んじることが出来ない威力を有している。
「その武技、称賛に値するぞよ。惜しむらくは、ここで散り失せる命運にあることよ」
立て続けにハミシィの剣を受けたなら、耐えられないかも知れない。傍らのタルタロン帝が祈りでワルゼロムの傷を癒すが、安心は出来ない。尊大な口調での挑発は、その事実を押し隠すためのものだ。
圧倒的なハミシィの実力に、ケルベロス達は気圧されてしまいそうになる。
「よォし、盛り上がってきたァ!! アンタとはどうあっても相容れん。ここで倒す!」
精神的に遅れを取ろうとしていたケルベロス達を、ガドの咆哮が鼓舞し盛り立てた。ただ気勢を上げただけではなく、前衛に立つ仲間達の攻撃威力を底上げする効果を有している雄叫びだ。
ガドの咆哮は気後れしようとしていた仲間達の精神を立て直した。ケルベロス達がハミシィを見据える瞳には、もはや揺らぐことのない決意の光が宿っている。
ただ、当のガドだけはハミシィの胸部を敵視していたりするが。
ハミシィへの反撃の口火を切ったのは、蒼く輝き雪のような刃紋の長刀と漆黒の妖刀を携えた澄華であった。武器は異なるものの、二刀流同士が相対する形だ。
「ここが貴様の終着だ。刀たちよ、私に力を……!」
澄華の愛刀に眠る力が解放され、空間ごとハミシィの装甲が断ち切られる。
「……」
ハミシィには及ばないものの、澄華の技量もまた卓越したものだ。だが、ハミシィがそれに対して抱いた感情は、突起に引っ掛けて気に入っていた衣服が裂けたという程度のものであった。
「ティーシャ以外には無関心のようダナ。ヒトを殺して来た時も、そうだっタのか……」
星座の重力を宿した眸の斬撃と背後から現れたビハインドのキリノの攻撃を受けても、やはりハミシィは小石に躓いた程度の反応しか見せなかった。
かつてはハミシィと同じダモクレスであった眸にとって、目の前の敵は自分が至っていた可能性の1つでもある。そうならなかった喜びを抱き、それ以上に虐殺への怒りが地獄と化した右腕を包む青白い炎となって燃え盛っている。
「妾を無視するとは、どうやら見る目がないようじゃのぅ。まあよい、その蒙昧がお主を破滅へと導くのじゃ」
控えめなサイズの胸を大いに張りながら、アデレードは雷の壁を構築し前衛の味方を護る。何故だか、その姿をガドが微笑ましい眼差しで見守っていたりするのだった。
確かにアデレードの言う通り、ハミシィは依然としてティーシャ以外のケルベロスに注視していない。戦いに於いて、それは致命的な瑕疵であるだろう。
「見るまでも無いと……。ハミシィ姉さん、相変わらず強いな」
ドラゴニック・パワーの噴射で加速したティーシャの殴打を避けたハミシィは、やんちゃな妹をあやす姉と表現するのが相応しい表情を浮かべている。
「行くわよ、オーガ、キキョウ! さぁ……貴女が弄んだ命の報いを受けなさい……っ!!」
オウガメタルと攻性植物の武装を展開し、キーアはハミシィを攻める。
だが、ティーシャから視線を外していないというのに、キーアの攻撃も避けられてしまった。
ハミシィにとっては、ティーシャに構う事に比べて他のケルベロスへの対処は優先度が低く位置付けられているのだろう。
さらに数度の攻防を経てもなお、ハミシィのその姿勢が揺らぐことはなかった。ただ、レプリカントである眸だけは、ティーシャとは異なる理由で僅かに意識が向く存在であるようだった。
「やっぱり、こういう悪い例が近くにいるのが良くないのかな。死ね」
同様の武器、同質の攻撃でありながら、威力と精度は桁違いの一撃が眸を襲う。
妹以外のレプリカントは、抹消すべきものであるようだ。まるでそれが己の使命であるかのように、執拗にティーシャを連れ帰ると告げるハミシィにとっては、ある種目障りな存在なのだろう。
「つくづく身勝手なやつだ。……動くな。壊せないだろうが」
無辜の人々を虐殺し、今また己の都合で他者を殺そうとするハミシィ。その振る舞いは和希でなくとも到底受け入れられるものではない。
蠢く異形の術式によって産み堕とされる複数の魔法剣は、ここで確実に仕留めこれ以上の惨劇を防ぐという和希の意思を体現したかのように、ハミシィに殺到しその身体を侵す。
ケルベロス達の攻撃の一撃一撃は、ハミシィを倒すには些か以上に力不足であるという事実は否めない。だが、蓄積した痛みとそれに付随する悪影響は、遂に劣勢を打ち破るに至ったのだった。
●姉妹離別
「今じゃ。お主等、畳み掛けよ! 妾達の正義を成し示し、平らげるのじゃ!」
ハミシィの放った大量のミサイルを被弾した和希へ、生命を賦活する電気ショックを飛ばしたアデレードは、これ以上戦いが長引けば戦線が崩壊すると痛感せざるを得なかった。
(「ダモクレスどもも本格的に侵攻を開始するつもりなのかのぅ?」)
唐突なダモクレス勢力の活動にアデレードは疑問を抱くが、今はこれ以上考える余裕はない。自身も深手を負い、キリノは戦闘不能となって消えてしまっている。もう一度受ければ自分か和希が倒れ、立て直すことは不可能だろう。
だからこそ、この時点で決着を付けるのだと仲間達を促した。
「おう! 任せといてや!」
周辺を囲む木々を利用し、ガドは死角からハミシィに肉薄する。
「うりゃぁ! あの世でアンタが殺した人達に詫びて来ぃや! あと巨乳死ねやぁ!!」
音速を超えるガドの拳が、ハミシィを強かに打ち付けた。殺戮の犠牲になった人々の無念、そして自分の妬みを込めた、強烈な拳撃であった。前半はともかく、後半は仲間の中にも条件が当てはまる者がいるのだが……。
「ワタシはお前にやられはしナイ。ティーシャも、お前の好きにハさせン。地獄ノ炎が、貴様を焼き尽くス」
眸が発する地獄の炎が強化繊維で出来た靴を覆い、通常よりも遥かに威力を増した蹴撃をハミシィに見舞う。
ハミシィへ眸が抱く深い怒りの感情。もしこれが他種族のデウスエクスであったなら、同じだけの怒りを抱いたのだろうか? 胸に渦巻く憤怒が特別なものなのかどうかは、この戦いを終え冷静になって省みなければ答えは出ないだろう。
「人の命は、貴女達が活動するための資源じゃないわ……」
普段は一般人との関わりを極力排するキーアにとって、どうして自分はここまで怒りを抱くのか、そんな客観的疑問もある。デウスエクスへの復讐という行動原理とは、明らかに異なるものだ。
この疑問もまた、今この場で答えを導き出せはしないけれど。
「塵も残さず燃え尽きろっ!!」
キーアの両掌から莫大なグラビティが収束し、黒い炎となってハミシィに絡み付くように燃え上がる。
「グラビティ・チェイン集め、妹の連れ戻し。お前の役割、存在意義など知った事か! さっさと壊れろッ!!」
捕食モードに変形したブラックスライムでハミシィを丸呑みにしようとする和希には、既に戦闘前の新米気質は影も形もない。ケルベロスとしての実質的な初陣であるこの戦いを経て、精神的な成長を遂げていた。
ケルベロス達の集中攻撃は、確実にハミシィを追い詰めている。その手応えが、より一層に攻勢を苛烈なものにする。
ワルゼロムの御業がハミシィを鷲掴みに縛り、澄華の刃が斬り伏せる。
「さあ、報いを受ける刻であるぞ。貴様に引導を渡すのは、貴様が求め焦がれた妹が相応しいであろう」
「ティーシャさん。あなたの手で終わらせるんだ」
倒れ伏したハミシィを前に、ワルゼロムと澄華はティーシャへ決着を促した。
少しだけ迷いのある足取りでハミシィの前に立ったティーシャだが、一瞬だけ瞑った瞳を開いた後には、懊悩は振り払っていた。
「さよならだよ。姉さん……」
破砕アームに換装した腕で、かつて共に過ごした姉を掴み、粉砕する。この時の感触を、ティーシャは忘れることはないだろう。
戦いはケルベロスの勝利に終わった。この場の全員が、そう確信した。……ただ1人を除いては。
「いいえ、一緒に帰るのよ! ティーシャ!! 番犬から私達と同じに戻って!!」
ハミシィを討つにはまだ足りなかったのか、限界を超えてなお執念で動いたのかは判別できないが、時に肉体が限界を超えてなお魂が肉体を凌駕し戦闘を継続することのあるケルベロスにとって、さして不思議な事態ではなかった。
2つの星座の超重力が宿ったハミシィの渾身の十字斬りは、ティーシャの意識を奪い倒して余りある威力であった。
命の危機に瀕したケルベロスが潜在能力を暴走させデウスエクスと化すように、ティーシャをダモクレスに戻そうとしたのだろう。
ケルベロス達の一斉攻撃によって今度こそ絶命に至ったハミシィは、己の命を賭してティーシャを同胞に回帰させたという確信の笑みを浮かべていた。
崩れ落ちたティーシャの身体には何の変化もなく、ハミシィの切望は叶わなかったが、その事実を知らず満足と達成感を抱いて逝ったことは、ケルベロスへ敗北にも似た苦い感情を植え付けていた。
「ティーシャさんを頼む。私は、殺された方達を弔って来る」
重傷を負ったティーシャの救護と搬送を仲間に託し、澄華はハミシィに殺された人達の弔いに向かった。犠牲者をそのままにしておくには、あまりにも忍びない。
キーアは念の為に、ハミシィから今後のダモクレスの動向を探る手掛かりがないか調べたが、遺体は消滅し後には砕けて使い物にならない二刀の剣が残されているだけだった。
一番大きな刃の破片は、ティーシャの身体に突き刺さっている。まるで、形見だとでも言わんばかりに。
作者:流水清風 |
重傷:ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年1月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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