滅びという名の救済活動

作者:木乃

●救いの手
 吐息も白く染まる釧路湿原で、テイネコロカムイは口元に弧を描き、永き眠りにつくデウスエクスに呼びかける。
「起きなさい」
 深海魚のような死神達が戯れるように周囲を浮遊する中、それは大地に描かれた光る魔法陣から浮かび上がる。
 現れたのは真っ白いハトと牧師を合わせたような姿。
 平和の象徴を皮肉った風刺画のようにも感じられ、荘厳な姿も禍々しい死のオーラを帯びたことで異様な迫力を帯びている。
「哀れなビルシャナ、あなたの望みをもう一度叶える機会をあげるわ」
 白い指先が示す方に、ビルシャナも緩慢な動きで顔を向ける。
「あなたの力を以て、この先の街を滅ぼしなさい」
『ホロび、スクいを……』
 虚ろな瞳は生者の気配を感じたのか、ゆっくりと歩き始める。
 下級死神もそれに随伴し、滅びという名の救済をもたらさんと行動を開始した。
 
「釧路湿原の近くに出没しているというテイネコロカムイが、また新たなデウスエクスを呼び覚ましました。やはり第二次侵略期以前に死亡していたデウスエクスのようですが、釧路湿原で死亡した訳ではないようですの」
 オリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)は『なんらかの意図があって運ばれたのではないか』と推測している。
「サルベージされたのは『滅びは世界を救う』を教義にしたビルシャナです。例に漏れず変異強化されている上に、数体の下級死神を連れて襲撃するつもりですわよ」
 末法思想。さまざま宗教で示唆されているが、これも集合無意識の産物なのだろうか?
「侵攻経路は既に把握しておりますので予測ルート上で待ち伏せることが可能ですわ。避難の呼びかけも必要ありませんので、全力で迎え撃ってくださいませ」
 概要を説明すると、話は件の敵に移る。
「ビルシャナの他に下級死神が3体、噛みつく程度の行動しかしませんわ。主力のビルシャナは聖書のような洋書から子羊の群れを呼び出して強化状態を解除したり、本に書かれた一節を唱えてトラウマを引き出そうとします。さらに自身に似た鳩を飛ばして下級死神を回復させますのよ」
 遠距離からの攻撃を得意とするビルシャナだ、前衛が近接攻撃を当てるためには深海魚型死神を先に退けなければならないだろう。
「迎撃地点は釧路川付近。背の高い草もありますが戦闘行動に支障はないと思いますわ」
 安心して戦いに臨んで欲しいと言い、オリヴィアは細い眉を吊り上げる。
「滅びを救いとするビルシャナ、それを利用しようとする死神。どちらも多くの被害をもたらす存在に違いありませんわ」
 ケルベロスの力を以てして、この『救済活動』を阻止して欲しい。


参加者
ミライ・トリカラード(朝焼けの猟犬・e00193)
西水・祥空(クロームロータス・e01423)
アルメイア・ナイトウィンド(星空の奏者・e01610)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
八崎・伶(放浪酒人・e06365)
鷹野・慶(業障・e08354)
軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)

■リプレイ

●北の大地で
 薄い雲に覆われた鈍色の重苦しい空、眼下に広がる釧路湿原は凍えるような寒さと静寂した空気に包まれていた。
 ケルベロス達は迎撃地点に移送されると、釧路川のせせらぎが冷たさを思い起こさせ肌を粟立たせる。
 凍える体をさすりながら得物を手にすると、ビルシャナの出現をじっと待ち続けていた。
「テイネコロカムイも結構長いこと暗躍してるよね!」
 寒さで鼻先が色づくミライ・トリカラード(朝焼けの猟犬・e00193)は敵に痛手を与えられていると思えず、戦況の不可解ぶりに頬を膨らませる。
 隣にいる八崎・伶(放浪酒人・e06365)もボクスドラゴンの焔を懐に入れて寒さを凌ごうと試みていた。
「どんだけサルベージされてんだろうな」
「わざわざ釧路湿原へ運んでくるということは、なにか目論みがあるのでしょうが……」
 西水・祥空(クロームロータス・e01423)が顎をなでつつ唸っていると、手持ち無沙汰なアルメイア・ナイトウィンド(星空の奏者・e01610)も帽子をいじり始める。
「酉年だからサルベージした、ってわけじゃねーよな?」
 死神が地球の風習に興味があるとは思えないが、年始から酉年を礼賛するビルシャナが出現していただけに、アルメイアがそう言いたくなるのも無理はない。
「しっかし、滅びが救済になると思うたぁ随分な頭だな」
 伶が冷えきりそうな体を捩らせていると、ゆらりふらりと歩き回るウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)が視界に入る。
「ビルシャナ、の、本意は、『全ては衆合無(カタルシス)へと至るまで、の暇潰し』、でしたか」
 食指があまり動かないのか、ウィルマはだらんと首を傾げるように揺らす。
「もっと、も、もし元が人間であれば、あれはあの人、自身、の願、い……」
「滅びこそ救いって言ってる奴が、死にぞこなってりゃ世話ァねぇやな」
(「死者を蘇らせるなんざ、死の『先』を望むモンとしちゃァありがた迷惑もいいトコだ」)
 独り言のように続ける彼女に軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)が横目を向けて口を挟む。
「ハッ、要は全部なくなっちまえば誰も困らねぇからぶっ壊すってことだろ? 自己満じゃねーかよ」
「救済の押し売りはお断りしておりまーす……なーんて」
 不快さを隠そうともしない鷹野・慶(業障・e08354)に反してエリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)は肩を揺らし笑っておどけてみせる。
 寒さを紛らわせるように言葉を交わしていると、遠巻きに迫る人影が――浮遊する三つの浮遊物を伴いながら近づいてくる。
「……おう、来やがったな!」
「一丁やってやろうか」
 伶は懐から焔を解放して身構え、アルメイアも帽子を目深く被り直して不敵な笑みを浮かべた。

●滅びの光
「さぁ、開戦といきましょう」
 二振りの鉄塊剣をたやすく持ち上げながら祥空は一気に間合いを縮めると、突出してきた死神に精密な一撃を加える。
『スクおうぞ、コンジョウのクルしみより』
「まあ生憎、と、救いの方は間に合っています、ので、他を当たってくだ、さい」
 ビルシャナの言葉に嘲るように薄く笑うウィルマは両手の如意棒を手繰りながら巨大な剣を呼び出し、祥空の頭上から突き刺すよう仕向けると別の死神が飛び込んで受け止める。
「そんなに突っ込まなくてもぶん殴ってやるぜぇ?」
 固い地面を蹴りつけ、徐々に加速をつけるエリオット。
 頬をひりつかせる外気を物ともせず、前面に躍り出ると死神3体を一斉に蹴散らし
「もう一度地獄に突き落としてやるぜ!」
 隊列が乱れた隙にアルメイアがStarlight Himmelを祥空の狙った1体に振り下ろす、氷点下を超す凍結に死神の動きが鈍る。
『メツボウ、それこそジンルイのサイキにヒッス』
 どす黒い瘴気を発するビルシャナは抱えていた本を開き、中から飛び出した真っ白い鳩は一直線に死神へ飛びついた。
 取り込まれるようにその身を埋めると死神は瘴気を帯びていき、甲高い奇声をあげてミライに牙を剥く。
「き、気持ち悪っ!?」
 割り込んだ双吉がブラックスライムの翼を外殻にして受け止める。
「仲間を守るなんて最高に『徳』な行為、やり損う俺じゃあねぇぜェ!」
 広げる勢いで押し退けながら双吉は掌に螺旋の力を込め
「皮肉としちゃあ上々だが、しかし、来世行きを邪魔すんのは笑えねぇなァ死神共ォッ!!」
 飛び出した波動は死神を捉え、表皮の大部分を凍りつかせる。
『ホロびよ。カイキせよ。サイリンのトキはチカい』
「うっせぇ鳥頭だぜ」
 飛び回る死神を目で追いながら、慶は身の丈ほどある絵筆を招来させて宙に描くと顔のない死神が顕現して漂う。
「ユキ、あいつに集中攻撃!」
 慶の描いた死神は吸い込まれるように自身に似た死神の喉元に喰らいつき、ウイングキャットのユキが傍らで身を緩やかに翻すと、それに反して飛ばしたリングは急速に死神の横っ面にぶつかる。
「そんな姿じゃ何言っても説得力なんて無いね!」
 救世の求道者というにはあまりにも醜悪、あまりにも歪んでいる。
 しかしミライの言葉にビルシャナが耳を貸すことはない、ケルベロスチェインは鋭角に動いて一斉攻撃を浴びる死神を捕らえる。
「よしっ、捕えた! 今がチャンスだよ!」
 力いっぱい引き寄せれば拘束から逃れるべく、死神も強風に晒される凧のように無軌道に暴れ回る。
「俺と焔で支援する、皆は攻撃に集中してくれ」
 伶の放つ小型無人機の群れがエリオット達の元に向かうと、誤認した死神達は無人機にも噛みつき始めた。
 その隙に攻撃を死神1体に向けて攻撃を集中させようと試みるが、他の死神が割り込んだり、ビルシャナが回復させたりと予想通りの膠着状態に持ち込まれていく。

 善戦でも苦戦でもない、微妙な膠着状態が続く。
『マヨえるモノに、ハメツへのミチを』
 ビルシャナの本から子羊の群れが溢れでると、鳴き声をあげて一斉に双吉達に突撃していく。
「クソッ、全然集中できやしねェ!!」
「こっちまで来るのはどうにかならないのか、こいつら」
 感覚を研ぎ澄ませようと双吉は集中してみても、子羊に噛みつかれたり小突かれたりそれどころではない。伶がアルメイア達に祝福の矢を放つも、同様に妨害を受けてしまい強化効果は持続させづらい。
「そろそろ、おいとま、してもらいま、しょうか」
 蓄積されたダメージを補いきれなくなった死神にウィルマが精神を一点集中させる。落ちろ、爆ぜろ失せろ悶えろ消えろ――!
 突然の発破に動きが止まった死神をウィルマの百節棍が迫り、ぐしゃぐしゃのミンチになるまで追い縋り消失させる。
「ようやく一体かよ、生き返ったからって張り切りすぎだぜ」
 それが望んだものではないとエリオットも理解しているが、これから実行しようとしていることを思えば同情できるとも言い難い。バトルオーラを放出しながら、そのまま追うようにエリオットが走り出す。
「黒炎の地獄鳥よ、我が敵を穿て!」
 地面を蹴り上げた直前、獄炎に包まれてエリオットの右脚が燃え盛る。射られた矢の如く猛烈な勢いで肉薄すると同時に死神を蹴り貫いてみせた。
『ブンメイをハカイせよ、クちハてよ』
 再び白鳩を放ち死神の傷が癒えていくが、即座にアルメイアが懐に潜り込む。
「ぶっっっ飛ばす!!」
 闘気とグラビティ・チェインを込めたアルメイアの拳が顎を突き上げると、死神の帯びた瘴気を霧散していく。
 悪あがきをしようというのか、そのままアルメイアの左腕に喰らいつこうと大口を開けるが
「本願投影。シアター、展開(オン)ッ!!」
 双吉の叫びと共にふわふわ髪のツインテール美少女が割り込む。
 突然の闖入者だろうが死神はそのまま肩口を噛みつく――ものの、歯応えがない。
 ――まさか自身が『喰らわれる側』になったとは思うまい。
「変態思想のビルシャナじゃなくても、自我の吹っ飛んだ死神のスレイヴでも、本能レベルの『かわいらしさ』からは逃れられねぇぜ?」
 直後、美少女が消えてタールスライムの大口に変貌し、丁寧に咀嚼された死神は跡形もなくなっていた。
 残す死神は1体、ビルシャナもより攻撃的な行動が増えていく。
 ビルシャナが生気のない瞳を蠢かせて慶に向ける。
『……ナンジ、ハメツのムこうへラクエンをモトむる』
 ざわ、ざわざわざわ――慶は虚空に目を向けて歯を食いしばり始める。
「く、来るな、お前は俺を、俺を……!!」
「落ち着け、そいつぁ幻だ!」
 急に大槌を振り回し始めた慶の異変に伶は攻性植物の聖光を浴びせて落ち着かせるが、この冷たい空気の中でよほど強いストレスを感じたのか、額にうっすら汗が浮かんでいた。
「どかんと行っちゃうよ!」
 気炎をあげるミライは死神に意識を集中させてグラビティ・チェインを発破させると、大きく減速していく。
 焔とユキがそれぞれ攻撃を仕掛け、止まった隙に祥空が間合いを詰める。
「無駄にあがいても苦痛なだけですよ」
 止まった的に当てるのはいとも容易い、最上段からライトキング・ハーデースを叩き落せば、祥空の倍以上はあるであろう重量と後押しする加速が死神を両断してみせた。
 ぐちゃと不快な音を立てて墜落した死神は、冬の風に飲まれてその身を消失させていく。

「さて、お待たせいたしました」
『ホロびこそ、セカイをサイセイさせる』
 冷ややかな眼差しの祥空に対し、全くもって返答にならない返事がかえってくる。
「救済を続けんのもいい加減疲れただろ。……救いが欲しいか? 余計なモン見せやがって」
 眼光も鋭く睨みつける慶の目には明らかな怒りが感じられ、反してウィルマはわずかに口元を歪めた。
「さぁ、さ、聞いてない、で、できれば押し切っていきま、しょう――さようなら」
 ようやっと本丸を制圧できると、口元を歪めるウィルマが楽しげに蒼炎をまとう大剣を時空から引き抜くと同時に振り下ろす。
 ビルシャナが横に飛びのいたとみるや、双吉が動いた。
「逃がしゃしねェぜ!」
 着地点を狙って双吉が螺旋氷縛波を放つと、直撃したビルシャナの僧服がピシと凍り始めて徐々に浸食していく。
「潰す、ぜってぇ潰す、虫ケラみてぇに潰す……」
 子羊の群れを飛び越えながら慶がユキの援護を受け、次いでアルメイアがギターを握りしめて挟撃をかける。
「おう、特別だ、まず貴様から滅んでいいぜ、焼き鳥野郎ッ!! 微塵に砕けなーーーーッ!!」
 左右から連続して重い一撃が加わり――ゴキリ、と鈍い音が響いてビルシャナの血反吐が地面を汚す。
『クノウするモノにオワりを、ライセこそキュウセイのヨとなる』
「……っ!?」
 ミライを見つめながら紡がれる一節、トラウマは自分以外が見ることも知ることも出来ない。
 首を抑えて後ずさるミライの異常に伶はすぐに気づいた。
「他人が嫌がることをしちゃあいけねぇって教わらなかったのか、鶏頭?」
 広域に伸びる攻性植物が清らかな光を放つ実でミライ達を照らすと、
 その隙にビルシャナも自身に似た鳩を本から呼び出して負傷を癒し始める。
「あーっと、まだまだ続いちゃう感じ?」
「となればやることはひとつでしょう」
 守りの固い死神3体を相手にした後とあって疲労が隠せないのはエリオットだけではない、祥空が言い終わる前に正気に戻ったミライが先手はもらったと飛び出していく。
「一気に畳みかけちゃおう! ヘルズゲート、アンロック……じ、ご、く、に――落ちろおおおおおっ!!」
 劫炎が描いた魔法陣から現れたのは炎をまとう巨大な三本の鎖、ビルシャナめがけて大蛇のように大きくうごめきながら迫るそれをビルシャナは足場に飛び越えていく。
「死神に踊らされてるっていうのに、気づいてねぇんだもんな」
 エリオットのオーラが掌に収縮していく――鎖の上を跳んでいくビルシャナめがけて放てば、光の軌道を描きながらビルシャナの脇腹に食らいつき大きく体勢を崩す。
「――我が地獄を治めし可憐なる乙女達に願い奉る。神討つ力を我に与え賜え」
 追いすがる祥空の周囲、旋回する九色の炎を纏う九口の刃が敵を捕捉。
 橙、青、白、緑、黄、赤、水、紫――桃色の刃が次々に心臓めがけて殺到した。
『クノウ、す、タマシ、に、スク、い……――』
 落ちていくビルシャナは死のオーラに飲み込まれるようにして落着寸前に姿を消した。
 灰は灰に。塵は塵に。死者は在るべき場所へ。

●疑問は浮けど
 静けさを取り戻し、一呼吸置くと肺の中まで冷たい外気が入り込んでくる。
「では。お休み、なさい。今度、は、衆合無(カタルシス)まで。ゆっくりできると、いい、ですね」
 すっかり御役御免といった風にウィルマはローテンションに戻り、襟元を手で詰める。
「にしても、死んだ場所関係なしに出土するんだな」
「わざわざ釧路湿原でサルベージする意味があるんかねェ?」
 アルメイアが呆れたように漏らすと双吉も疑問を口にするが、答えは探してみるしかないだろう。
「教義的にロクな奴じゃないってのはわかるが、こき使われてたってのはねぇ」
「……まあ、気に喰わねえけど放っとく訳にもいかねえしな」
 エリオットがビルシャナの消えた辺りを見つめる瞳には僅かに憐みの色が映り、慶も少し思うところがあるようだ。
「……ふ、ふぇくしっ!」
 ミライがブルッと体を大きく震わせて、鼻をすすっていると伶が空をみやる。
「雪が降りそうだ、これで風邪引いたらシャレにならないな」
「帰りましょうか」
 北の大地の冬は長い、祥空達は暖かい空間を求めて早足で市街に向かい始めた。
 湿原は変わらず静寂を保っている。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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