ナイトウォーク・バルーン

作者:七凪臣

●夢と虚
 道化師の姿をした金髪の女――ミス・バタフライは、彼女に従うユメとウツロに言った。
 海辺に建つ倉庫街の一角に、バルーンアートの匠がいると。その人間に接触し、まずは仕事内容を確認し。可能ならば技術を習得した後、殺害しなさい――と。
「グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
 ミス・バタフライの指令に、燃えるような赤の短髪男は「オーケー、任せといて」と軽い口ぶりで応え、隣の緑の長髪男は「私にお任せ下さい」と絵に描いたような仕草で膝を折った。
 赤のユメ、緑のウツロ。
 二人の螺旋忍軍は、これから自分たちが起こす事件の末は知らぬ。だがミス・バタフライの言うことだ。廻り廻って地球の支配権を大きく揺るがす事になるのだろうと確信している。

●狙われた幻想世界
「バルーンアートの達人を狙う螺旋忍軍が現れるかもしれない」
 そう危惧していたのは、きゅーと鳴く白いふわふわ毛並のボクスドラゴンを頭に乗せた花守・蒼志(月籠・e14916)だった。
 果たして彼の懸念は現実のものとなり。自らが知り得た情報を、リザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)はケルベロス達へ語り出す。
「狙われているのは、工藤慈深さんという方です」
 慈深はバルーンアートの達人だが、中でも夜空をファンタジックに再現するのを得意としている。
 蛍光塗料を塗った風船で星座や空想上の生き物たちを作り、ヘリウムガスを詰めた月や星の風船に連ねてぷかりと浮かし。仮初の夜闇を、心浮き立つ空間にしてしまうのだとか。
「プラネタリウムの絵本のようだと、小さなお子さんにも人気があるそうです。工藤さんの世界を歩けば、気分はちょっとしなナイトウォークですね」
 広さと高さを有し、暗幕を張って暗闇に出来るという条件を満たす彼女の作業場は、海辺の倉庫街の一角に。
 そこへミス・バタフライ配下のユメとウツロと名乗る二人の螺旋忍軍が訪れ、彼女の技術の習得、更には彼女の殺害を目論む。
「この事件を阻止できなければ風が吹けば桶屋が儲かるの原理で大事になってしまう可能性が高いですし、何より工藤さんを殺させるわけにはいきませんから」
 螺旋忍軍の確実な撃破をお願いします。
 言葉は願いの形をしているけれど、リザベッタの眼差しはケルベロス達なら必ずきっとという信頼に溢れている。

「ユメとウツロを倒すには、二つの策があります」
 一つは慈深を警護しながら戦う方法。もう一つは慈深に教えを請うて彼女の技術を習得し、自分たちこそが『バルーンアートの達人』という囮になって戦う方法。
「今回は螺旋忍軍が現れる三日前に皆さんを工藤さんの元へお連れ出来ます。修行に懸命に励めば、ユメとウツロを騙す事は出来るでしょう」
 単純に慈深を逃がしただけでは敵の標的が変わってしまう危険性を説明し、リザベッタはケルベロス達に決断を委ねる。
 間違いなく敵を釣れる慈深を囮にするのか。或いは、彼女の安全を優先し、慣れぬ修行に挑むのかを。
 そしてユメはノリと勢いだけで生きているような性格で、対しウツロは無駄に生真面目な性格に感じられたとリザベッタは言い、
「性格の違いを利用すれば、二人を分断して戦う事も可能な筈です」
 と策の一つを提示した。
 何せ場所は倉庫街。納得いく理由の一つでもちらつかせれば、一人を倉庫に残し、もう一人を戦い易い人気のない所へ連れ出すのも難しくはあるまい。
 もしくは片方を何処かへ連れ出す内に、もう片方を作業場である倉庫内で仕留めてしまうとか。
「此方も判断は皆さんにお任せします。どうぞ皆さんが一番がやり易いように」
 全ては皆さんの肩に掛かっているのですから、と。プレッシャーにもなりかねない台詞をさらりと口にし、そういえば、と少年紳士は思い出したように言い添える。
「慈深さんのバルーンアートのモットーは、『繊細に、けれど思い切りよく。想像力豊かに』だそうですよ」
 修行を行うなら助けになるかもしれない情報で締め括り、「さぁ、行きましょう」とリザベッタはケルベロス達をヘリオンへと手招いた。


参加者
鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)
アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)
連城・最中(隠逸花・e01567)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
花守・蒼志(月籠・e14916)
ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)
クラレット・エミュー(凍ゆゆび・e27106)

■リプレイ

●想像、創造
 橙色の風船の端と端とを右手と左手でそれぞれ持ち、無理のない程度に数回引っ張って。それからハンドポンプで空気を吹き込み始めた鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)は、視線は膨らみ始めたバルーンへ注ぎ、声はアリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)へ飛ばす。
「アリス、手伝い宜しくな。頼りにしてるぜ」
 しっかり者なヒノトなだけあり、予習はばっちり。けれど『習う』時に大事なのは、謙虚な姿勢。それも忘れぬヒノトだから、助けるアリスも真顔で向き合う。
「ヒノトは鳳凰を作るんだったわよね? なら、眩しさを表わすのに黄色を混ぜるのも、いいと思うの」
「成程!」
 体は橙、翼は先にいくにつれて、橙、朱、赤のグラデーション。完成形をそう思い描いていたヒノトは、アリスの細やかな指摘に一つ頷く。
 比べてみれば、より器用そうなのは少女の方。
(「なんで修行担当にならなかったんだ?」)
 そんなヒノトの疑問符には気付かぬ素振りを決め込みアリスは、助言の方に心血を注ぐ。
 慈深の工房を訪れてから二日目の午後。暗幕を開けて新春の眩しい光を取り込んだ広い倉庫内には、真剣でありつつも楽しい声が響いていた。
「ボクはねー、クラゲさんとか海の生き物を作りたいんだー」
 海のお月さまだから、夜空に浮かべたらきっと綺麗だよね! と、太陽の笑顔を振り撒くフリューゲル・ロスチャイルド(猛虎添翼・e14892)は、友人である花守・蒼志(月籠・e14916)に『そうだね』の肯定を貰うと、気合を入れて水色の風船をむんずと掴み、
「……最中、どうすればいいと思う?」
 フォローを申し出てくれた連城・最中(隠逸花・e01567)を振り仰ぐ。
「そうですね……」
 初日に慈深から説明を受けた事は全てメモに記した最中、資料として借りた海洋生物の図鑑を、眼鏡ごしに眺めて暫し沈黙。
 ぱたぱたぱた。最中の言葉を待って揺れるフリューゲルのゴールデンタイガーな尻尾と耳。メトロノームのようなその動きに、ぴんっと最中の中で閃きが生まれる。
「お月さまを模すのでしたら、内側が光るようにしたらどうでしょう? 光が淡くなって綺麗だと思うのですが」
「良いね!!」
 手先に自信がないからと直接の手出しは控える最中のアドバイスは、フリューゲルの想像力を更に掻きたて。あっという間に自分の世界に入る子供に、最中は頬を緩め――慈深に尋ねた。
「慈深さんはどうしてこの仕事を始められたのですか?」
 生徒としての質問半分、何かを創り出せる人への純粋な興味半分。そんな最中の問いに、慈深は思い出を振り返る。
「学生の頃ね、入院してた友人へのサプライズが成功したのが嬉しくて」
 そんなものだから失敗も山ほどしたわぁ、と回顧する女の弁に、今度はクラレット・エミュー(凍ゆゆび・e27106)は「ふむ」と得心ひとつ。
 流石は『職人』。その腕は得難いもので、同時に易々と奪われてはならぬもの。
「何でもない、ノーレ」
 考え込んだ様子に何をか案じたのか、ネモフィラの花冠で顔を隠した少女――ビハインドのノールマンに顔を覗き込まれたクラレットは穏やかに目を細め、それからザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)へ視線を移す。
 不要になったものを脇に避け、必要になったものをすっと差し出し。クラレットが手伝うザンニは、せっせと花だけを作り続けている。
 芸術の域まで昇華した物の奥深さは、一朝一夕で学び取れるものではなく。故に、ザンニはモチーフを絞ったのだ。
「ひたすらにやってみるっす。何が何でも作ってみせるという執念が大事!」
 楽天的なザンニ。その実、頗る真面目でもあったよう。どうせなら一面の花畑にしてみせるっすと、また一輪作り上げた花を掲げて――ふと、首を傾げた。
「ところで、クラレットさんはどんな花がお好きなんっすか?」

(「またしても蝶とやらの奇怪な企みか」)
「どうかした?」
 修行に手を貸す筈が、逆に気遣う声をかけられ。樒・レン(夜鳴鶯・e05621)は蒼志へ「いや」と何事もなかったように応える。
 いつか引き摺り出してでも勝負をつけたいと思う『敵』ではあるが、今は慈深を守る事に集中する方が先決。
 気持ちを入れ替え蒼志の手元を見遣れば、そこには黄色い虎が出来かけていた。
「ほぅ、見事でござるな」
 偽らざる本音をレンが零すと、年上の男ははにかみ笑い。仄かに紅潮した頬を誤魔化すように、頭上に鎮座していたふわふわ白毛のボクスドラゴンを、首の辺りに引き寄せる。
「ありがとう。虎座、とか。面白そうかなって」
「虎座、でござるか」
 耳に馴染みの獅子座ではなく、敢えての虎座。そこにはきっと、蒼志が添える想いがあるのだろう。
(「壊れやすくも美しい。静かに在る世界、か――」)
 暗幕の空と大地に煌く、願いや思いを託され輝く幻想世界。
 この忍務を果たした暁にこそお目にかかれるであろう光景を瞼に描き、レンはより強くあろうとする己が決意を新たにする。

●虚無を破り
「まず技術を! って人もいるし。これが作りたい! っていうのがあって初めて作れるって人もいるし」
 だから、まずは作りたい物を探しに行こう。モチーフは外に出るに限るよ――相応の実力を身に着けたフリューゲルの誘いに、赤髪のユメは「そんなもんっすか」と飄々と乗って来た。
「そうっすよ。やっぱり世界を観なきゃ、イメージは固まらないんっす」
「既存の知識だけでは想像力にも限界があるものですし」
 横に並んだザンニに、斜め後ろを歩くアリス。調子良さげな男は、二人の言葉にもいちいち「へー」「なるほどぉ」と適当な相槌を打ち、工房である倉庫から潮の香漂う外へ連れ出されるのに不信を抱く様子はない。
「つまり、インスピレーション探し散歩ってことで?」
「そうだ。俺達がよく行く秘密の場所に案内してやるぜ」
「そりゃぁ、ありがたいっす」
 先頭を行くヒノトが、くるりふさふさの狐尾を翻してダメ押し笑顔を向ければ、赤髪男は自分を囲う輪の中でひょいひょいと歩く。
 修行の成果をきっちり出したフリューゲルとザンニにヒノトのお陰で、ユメは状況をすっかり信じ切っていた。他の同道者たちは見習い仲間と思っているのだろう。
「にしても。随分、鉄屑ばっかの中っすねぇ」
「ここを抜けると良い場所があるんですよ」
 積まれたコンテナの中を歩きながらの問いには、最中がさらりと返した。
 そうして辿り着いた袋小路。
「あのさぁ、本当にこんなとこにモチーフがあるんっすか……?」
「あぁ、あるとも」
「……なっ!」
 ようやく振り返った男へ、最後尾にいたクラレットは微かに口元を緩め。枯木角を頭上に生やす竜族の女の青い双眸は、驚愕に見開かれるユメの目を見ていた。
 コンテナの壁の上から飛来したエプロンドレスの少女――ビハインドにユメは何をか悟ったに違いない。
「こいつはっ」
「――約束だ、君よ」
 けれど事態を飲み込みきるより先に、クラレットの指先から伸びた凍てた糸が、螺旋忍軍を囲う者たちに加護の力を結んでゆく。
「畜生、はめやがったな!」
 上がった非難に、アスファルトを蹴ったアリスは平らな声で応える。
「……貴方も殺しを生業にする者ならば。謀略や奸計に対する嗅覚をもう少し鍛えておくべきだった、わね」

「俺達の方は基礎からしっかりと教えるね」
「御教授、お願い致します」
 一つ一つ手順を説明する蒼志に、緑の長髪をきっちり整えたウツロは丁寧に頭を下げる。
 広い倉庫の中に、たった三人。がらんどうの空間の中では、小声さえもよく響く。だが修練の時から共に過ごした蒼志とレンの間には、不審の一つも感じさせないだけの余裕があった。
「ほぅ、あんたは俺よりも才能がありそうだ」
 見習いの一人と称したレンは、気安い空気を作ってウツロの手元を指差す。
「風船の選び方、結び方、捻り方。一つ一つを積み重ねてこそのバルーンアート、あんたには一流のパフォーマーになれるセンスがある」
「……そうか」
 褒められて、気分を害する者はそういない。しかも、真しやかな口ぶりなら尚の事。
「基礎こそ大事。此れから俺と一緒に学んでいこう」
「宜しく頼む」
 けれど、そんなレンとウツロの密な時間もすぐ終わる。
 不意に鳴り響いたのは、蒼志の携帯。一度きりで切れたコールに、蒼志とレンは目線だけで意を通じ。
「ただのワン切りだよ、困ったものだよね。集中力を途切れさせてごめんね」
 何事かと尋ねられる前に蒼志は言葉でウツロを制し。そのまま、「外に行った皆の帰りも少し遅いみたいだし。様子を見に行こうか」とウツロの起立を促した。

「いっくよー!」
 弾む鞠のように、けれど獣のしなやかさで。鋼の鬼と化した銀を纏ったフリューゲルは、拳の一打でウツロを激しく打ち据える。
「っく。斯くなる上は」
 鑪を踏んだ足が退路を求めるのに、いち早くアリスが走り出す。獲物を一度定めた鷹の目は、僅かな挙措も見逃さない。
「……逃がさないわ」
「ガァッ」
 中空を走る青の残影。幾重にもナイフで切り刻まれた螺旋忍軍は、仲間の骸の傍らに尻もちをつく。
 二人のデウスエクスを分断し、各個撃破する策は功を奏した。
 気付けば多勢に無勢。しかも逃亡難い地へ追い込まれていた螺旋忍軍が、万全のケルベロス達に長く抗う事など出来ず。まんまと罠にかかったウツロも、先んじて倒されたユメと同じ末路を今まさに辿ろうとしている。
「残念だったっすねェ」
 赤銅色の髪に風をはらんで鉄壁の上から飛来するザンニの蹴りが、ウツロの脇腹を穿つ。
「すまぬな――螺旋の力の修行は欠かしたことがないのでな、覚悟!」
 親しく言葉を交わした時を、もう過去に変え。選び抜いた禁縄禁縛の呪でレンは朱を吐く螺旋忍軍の身を苛む。透ける拳に鷲掴まれた体躯は、手折られる間際の細木に似て。
「行こう、鈴蘭」
 潜ませていたボクスドラゴンを呼び寄せた蒼志はドラゴニックハンマーを振り被り、定位置である蒼志の頭上からふわりと飛び立った鈴蘭は、渾身の体当たりを仕掛ける。
「騙し討ちですみません……いえ、おあいこでしょうか」
 謀ろうとしたのは、お互い様だと最中は言って、薄いレンズを隔てぬ視線で敵を見据え。
「命も技術も渡しはしない」
 紫電無影刃――持つ名の通り、影さえ残さぬ居合切りからの斬撃で、頽れるウツロの身から飛沫かせた血を霧に変えた。
「頃合いか、」
 癒しを要する仲間がいないのを確認し、クラレットはノールマンを見遣ってから濃いグレーの大地を蹴る。
『ノーレ』
 呼ばれた名は、きっと心でだけ。けれど通じる思いに、ビハインドはクラレットの流星蹴の直後に、ウツロの背後に出現すると青い花弁を散らす。
「……我らの負けか」
 呟きは小さく。だがそれをピンと立てた耳に拾ったヒノトは、肩に乗せていたネズミを指先へ走らせる。
「アカ、行くぜ」
 小さき動物の姿から、見る間に転じヒノトの掌中に収まる赤水晶を戴くロッド。
「猛ろ! 灼灼たる朱き炎!」
 澄んだ耀きに魔力を注ぎ、生み出した炎玉を二つに分かち。左右から挟み込むよう投じたそれで、ヒノトはウツロに永遠の終わりを齎した。

●膨らむ夢
 オレンジの親子クマに、翼の生えた白馬。角のある深藍の魚に、銀色の羅針盤。七色の星に手を取られ、温かな星座たちが仮初の夜空にまろやかな光を放つ。
「ね、ね、もしかしてボクを作ってくれたの?」
 金色のトラを見上げたフリューゲルは、星々の煌きを宿した瞳を蒼志へ向ける。
「うん。鈴蘭が一緒に飛んでみたいって言ってたから」
 ちゃっかりトラの背に陣取りご機嫌な白い箱竜を目で追う蒼志の声も楽し気で。
「それに。夜空にリューの毛並は炎みたいで綺麗だし。俺も友達を作ってみたかったんだよ」
「……!」
 嬉しい応えに、フリューゲルの心にもぽわりと優しい灯が点る。だって、温かくて綺麗な炎はフリューゲルも好きなものなのだ。
 重なる想いに、蒼志や鈴蘭への『大好き』も膨らませ。ゴールデンタイガーの少年はまぁるい海月を空に放つ。
 ゆらゆらと、また一つ増える夜の彩。風船だと分かっているのに、心の目は優しい夜空に見惚れてしまう。
「まあ、私が修行したところで習得は――なんだ、ノーレ」
 ゆるりナイトウォークを堪能していたクラレットは、少しばかりご機嫌斜めそうなノールマンの様子に首を傾げ――はたと思い至った。
「君も欲しかったのかい?」
 何となく察された気持ちに、ならばとクラレットは面倒見のよい少女の為に、夜空を一つ請う。
「慈深、おすすめはあるかい?」
 生憎と自分にそういう才はないから、と目尻を下げる女に、慈深は刹那の逡巡。それから、思いついた妙案に暗がりに明るく笑む。
「それなら、青い花園なんてどうかしら? ほら」
「っへ?!」
 突然、水を向けられたのは、青の小花が連なる星を手にしたザンニ。修行を手伝ってもらった礼に、クラレットが好きだと言ったネモフィラを、まるで傘のように編んだのだ。
「自分も夜とか星空は好きなんっすけど。人の手でこんな風に素敵な夜空を生み出せるなんて、職人さんはやっぱり凄いっすよね!」
 そんな中でお手製の星座を贈るのは、少し気が引けもするが。
「ノーレさんのイメージっす」
 差し出された光の花園に、目隠しの少女も微笑んだろうか?

 両親が生きていた頃は、術の勉強や修行。そこへ、家事に神社の手伝い等が、叔父に引き取られてから加わって。常に時間に追われるヒノトだが、初めて見る夢のような夜空に瞳奪われる姿は年相応。
「綺麗だなー! 絵本の世界に入り込めたらこんな感じかもな」
 そんなヒノトの感嘆に、彼の頭上という特等席を独占したアカは、長さを違えた五本の尾を優美にそよがせる鳳凰をじぃっと見上げ。アリスは賑やかな声を耳に、座した隅から存外に熱心な眼差しをバルーンアートの夜空へ向けていた。
(「私はこの空……好き」)
 星の見えぬ狭い都会の空は、キライ。でも、この夜空は森で見る澄んだものとは違うけれど、楽しくなれるから。
(「それはきっと、とても素敵なこと」)
 普段より瞳を輝かせ、アリスはこの国への好感度を一つ上げる。

 遠く届かぬ星々や、空想の生き物たちに囲まれるのは、まるで雲の船にでも乗るよう。
「本当に絵本の中みたいですね。子供が喜びそうだ――大人も、喜びますけど」
 ぽつり付け加えられた賛辞に破顔し、眼鏡をかけ直しながら軽い足取りで夜空をゆく最中の背へ「ありがとう!」と感謝を投げた慈深へ、レンは言う。
 これからもどうか、この美しい世界で沢山の人々を夢羽ばたく世界へ誘って欲しい、と。
 闇夜に瞬く星は、希望の光。
(「これからも、俺達が護り抜いていかねばな」)
 ――ケルベロスも、誰かにとっての星であれるよう。
 暗幕の空から注ぐ柔らかな光を身に受けて、夜鳴鶯な青年は胸に固める決意の輝きをまた明るくした。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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