闇よりも深き慈愛

作者:朱乃天

 とある地方の集落にある、数多の命が安らかに眠る墓地。
 夜の静寂は、死者の安寧を守るかのように、得体の知れない畏怖の念を抱かせる。
 この地に眠るのは、天寿を全うした者もいれば、若くして命を落とした者もいる。
 更には、この世に産まれてくる筈だった魂も――。
 この地方には、古くから語られてきた伝承が今も残されている。
 我が子を身籠ったまま亡くなった女性の魂は、妖へと変じて蘇り、祟りを齎すと云う。
 子供の顔を見ることもなく、宿したまま共に死を迎えた無念の御霊を鎮めんと、墓地の奥には祠が祀られている。だが残した未練は凄まじく、夜中になると祠の傍らで、赤子をあやす女性の霊が彷徨い出るらしい。
 そうした噂を聞きつけた一人の男性が、興味に惹かれて深夜の墓地に足を踏み入れる。
「へぇ……こいつはいかにもって感じだね。妖怪が出るって話もまんざらじゃなさそうだ」
 男性は民俗学を専攻している大学生だ。妖怪に関する伝承も研究対象であり、『彼女』に一目逢いたいという期待感が、彼の探究心を一層駆り立てる。
 風がざわめき、鴉の声が不気味に響く。まるで男性を異界に誘うかのように、異質な空気が周囲に立ち込める。 
 男性の気持ちが昂るに連れて心拍数が早くなり、脈打つ鼓動の音も大きくなってきた。
 しかしその時――男性は胸に妙な違和感を覚えた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 どこからともなく聞こえたのは女性の声だ。そう認識した瞬間、男性は意識を失い、その場に倒れ込んでしまう。
 声の主である、闇色の衣を纏った女性――第五の魔女・アウゲイアスが、男性の心臓に刺した巨大な鍵を引き抜くと。そこには一つの影が顕れる。
 影は儚げな女性の姿を形成し、その両手には、貌の無い赤子が抱きかかえられていた。

 人の興味や好奇心はどこまでも、いつの時代も尽きないものである。
 しかしそうした興味を奪われて、ドリームイーターになる事件が発生してしまう。
「メアリ、この妖怪のこと知ってるわ。確か『ウブメ』って言うんでしょ?」
 メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)が灰色の瞳を輝かせながら、日本の生活で培った知識を得意げに披露する。
 彼女の言葉に、玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)は大きく頷いて、今回の事件の説明をする。
「そういうわけでこの調査で判明したドリームイーターは、『姑獲鳥』の伝承によって生まれたモノなんだけど……何だかとても痛ましい話だね」
 産まれることも、産むこともできなかった、母子の悲しい物語。
 しかし其処に至る興味によって、異形の存在として産み落とされたのは皮肉な話だ。
「このドリームイーターは、無貌の赤子を抱えた女性の姿をしているよ。その背中には、鳥のような黒い翼が生えているんだ」
 ドリームイーターは自分の噂話をしている者に引き寄せられる性質がある。まずはその点を利用して、戦い易い場所に誘き出すと良いだろう。
 そしてドリームイーターは姿を現すと、手にした赤子を抱いてほしいと頼み込んでくる。その願いに応じず断った場合、姑獲鳥は相手を殺そうと襲い掛かってくる。
 何れにしても倒さなければならない敵である以上、戦う以外に選択の余地はない。
 戦闘になると、姑獲鳥は翅を矢のように飛ばしたり、慈愛の心を振り撒くことで相手の心を惑わそうとする。また、赤子が発する泣き声は、聴く者の精神を狂わせるらしい。
「伝承は、その地域の慣習や、生活の根幹部分から生じているものだけど。それを悪意ある形に歪めてしまうのは、許せるべきではないと思うんだ」
 シュリは表情こそ変えないが、語る言葉には、夢を喰らう者への怒りが込められていた。
 敵を倒せば、被害に遭った男性も目を覚ますことだろう。
 些細な好奇心が自分自身のみならず、関係ない人々をも殺めることのないように――。 
「物語はね、ハッピーエンドで終わるのが一番なのよ」
 決して悲劇なんかで終わらせない。メアリベルはそう言って、子供らしい無邪気な笑顔を浮かべるのだった。


参加者
リーフ・グランバニア(サザンクロスドラグーン・e00610)
篁・メノウ(わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬ・e00903)
メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)
九十九折・かだん(供花・e18614)
レクト・ジゼル(色糸結び・e21023)
十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)
グレッグ・ロックハート(泡沫夢幻・e23784)
セレティル・ルミエール(閉ざす閃光・e25502)

■リプレイ


 人の命の終着点。数多の魂が安らかに眠る場所。
 静謐なる空気に包まれていた墓地も、今宵は些か賑わしくなってきた。
 漆黒に閉ざされた空間の中で、淡い明かりが仄かに灯る。
 ひいふうみ……全部で八つの灯火が、迷える魂を探すかのように揺らめいて。木々のざわめきと鴉の鳴き声が不気味に木霊し、来訪者達を異界へ誘うように出迎える。
「メアリ知ってる、姑獲鳥は日本の妖怪。赤ちゃんを産めなかった女性の霊。……なんだか哀しいお話ね」
 異国の地で生まれ育ったメアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)が、日本に来てから知った一つの伝承。本来は架空の存在でしかなかった妖怪が、ドリームイーターの手によって現実世界に具現化されてしまったのだ。
 そうした異形のモノを倒すべく、この地に集った八人のケルベロス達。彼等はまず姑獲鳥を誘き出そうと、噂話をし始めるのであった。
「斬り付けたら五位鷺だった、などと言う昔話もあるが……よもや、本物に出会える機会が訪れるとはな……」
 リーフ・グランバニア(サザンクロスドラグーン・e00610)が目を輝かせながら、逸話に関する蘊蓄を得意気に披露する。元々『うぶめ』が日本の妖怪で、『姑獲鳥』は中国の、女の子を攫う鳥女なのだが、それがいつしか混同されてしまったのだと。
 リーフが熱く語る話の数々を、篁・メノウ(わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬ・e00903)が大きく頷きながら聞き入っていた。
「色々変遷したり、何かと合体したりしてバリエーションがあるけれど。今回のは割とオーソドックスなのみたいだね」
 メノウも伝承に関する話を、事前にインターネット等で調べていたので、知識はしっかり学習済みだ。とは言え今回の敵はドリームイーター、呪いではなく物理的に殺しに来るのが厄介だと溜め息を吐く。
「姑獲鳥。逢いたいな。親子にもなれなかった、哀れな話だ」
 九十九折・かだん(供花・e18614)が茫洋とした眼差しを虚空に漂わせ、件の噂話に思いを巡らせる。
 伝承と言えば、神鹿を殺した罪に問われて、処罰された我が子を弔う母の歌――十三鐘の話を思い出し。子を想う母の愛がどれ程深く、その願いがどれ程儚いか。
 かだんは何処か遠くを見るように、不意に寂しそうな表情を浮かべるのだった。
「子供の顔を見たかったと……妖になるほど子を想う母親がいるんですね」
 それほどまでの方なら会ってみたいと、レクト・ジゼル(色糸結び・e21023)が姑獲鳥の存在に興味を抱く。幼少時、親に捨てられ孤児となったレクトにとって、そうまでして子を想う母というのが羨ましい程だ。
「母親……か。覚えてさえおらぬその存在は、妾にはあまりにも現実感がないのう」
 十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)は噂話を興味深げに聞きながら、思わず小声でぽつりと呟いた。
 幼い頃に親を亡くしたうつほは、母親の愛を知らずに今日まで生きてきた。だから余計に愛情の深さというものに、感心せずにはいられなかった。
 夢喰いを呼び出す原因となったのは、一人の青年の興味から。グレッグ・ロックハート(泡沫夢幻・e23784)はメノウやうつほと一緒に、気絶した青年を墓地の外へと運び出す。
「古くから伝わる伝承を、大切に思うが故の探究心……か」
 敵に目を付けられたとは言え、純粋な好奇心は自身とは縁遠いものだと憧憬を抱きつつ。青年を安全圏に避難させたグレッグは、神経を張り巡らせて警戒の目を光らせる。
「ん。難しい事は、私には分からない、けど」
 普段は口数の少ないセレティル・ルミエール(閉ざす閃光・e25502)が、慎重に言葉を選んで語り出す。
 こうした想いは、本人だけの秘め事で十分な筈だ。気絶している青年の興味も、祠に眠る魂の無念も。決して他人が貶めて良いものではない、と。
 揺らぐランプの灯火を、セレティルは赤い瞳でじっと見つめて決意を強く抱くのだった。
 刹那――風が強く吹き抜け、鴉が遠くへ羽ばたいていく。そして闇の中から人影が顕れて、ケルベロス達の元へ近寄ってくる。人影は憂いを帯びた女性の姿で、その両手には幼い赤子が抱きかかえられていた。


「どうか、少しの間……この子を、抱いてやって、下さい……」
 今にも消え入りそうなか細い声で、ケルベロス達に懇願する女性。だが彼女の両手の中にある赤子には貌が無い。産まれる子の顔を見ることなく亡くなった、そのことの表れだろうか。切なそうに訴え掛けてくる女性の願いを即座に断ったのは、かだんだった。
「お前は子供なんて産んでいないよ。それはお前の子供なんかじゃ、ない」
 突き放すように言い捨てるかだんの言葉に、女性の形相は一変して険しくなっていく。女性の背中から黒い翼が生えて、威嚇するかのように大きく広げ、『姑獲鳥』がその本性をケルベロス達の前に曝け出す。
 ――さあ、おいで。堕ちて来い。
 かだんが姑獲鳥に手を差し伸べる。彼女の内に滾る地獄が、楓吹雪のように舞い散って。姑獲鳥の盛る激情を、自らの下へと引き寄せる。
 姑獲鳥の怒りを感じ取ったのか、無貌の赤子が突如喚くように泣き出した。その声は脳に直接響いて締め付けて、慟哭を聴くかだんの顔が苦痛で歪む。
「こんなのはまやかしだよ! その痛み、あたしが取り除いてあげる!」
 メノウが星の力を宿した剣を地面に突き刺すと、星座が描かれ眩い光と共に邪なる力を祓い除け、加護の力を付与させる。
「可哀想な姑獲鳥さん。愛しい我が子をその手に抱きたかったでしょうに。でも……アナタとアナタの赤ちゃんは、もう死んでいるのよ」
 非情な現実を突き付けるかのように。メアリベルが死を齎す大鎌を、姑獲鳥目掛けて投げ付ける。旋回する刃は生命を貪るように、姑獲鳥の身体を荒々しく斬り刻む。
「所詮、お前は影……学生の思い描いた幻像だ」
 例え妖怪と言われても、所詮は紛い物に過ぎないとリーフが説き伏せる。敵が激昂した直後の僅かな隙を狙い、瞬時に踏み込み刃を走らせる。蒼く澄んだ刀身は、魂を断つ刃となって霊体のみを斬り付ける。
「――溶け込むように空へと唄え」
 澱んだ瘴気を清浄なる風に。レクトが召喚した一陣の風は、晴れた冬空の如く澄み渡り、討つべき敵へと導く風の道を作り出す。
「我が子の貌が無くとも、愛おしそうに抱える姿……これが愛の深さというものかのう」
 その身が滅びても尚、我が子を慈しみ、育みたいという想い。唯の興味から産まれただけの存在とは言え、うつほは姑獲鳥に底知れない畏怖を感じ取っていた。
 しかし相手は夢喰いモドキであることには変わりなく。紙兵を周囲に展開させて、敵の攻撃に備えるのだった。
「悲劇性のある伝承程、人を魅了するものかもしれないが……。それを利用するのは、余り良い趣味とは言えないな」
 古くから継がれる伝承は、その地に住む人々の、永きに渡る想いが込められている。その本来の在り方を歪めて悪用するのが許せない。グレッグは発する言葉こそ平静を装うが、心に燻る憤りをぶつけるように、流星の如く煌めく蹴りを炸裂させる。
「伝承を穢す貴女のことは、気に入らない。だから……同情も、手加減も、してあげない」
 淡々とした喋り方で決して表情には出さないが。セレティルは静かな怒りを込めて姑獲鳥を睨み付け、刃の如く研ぎ澄まされた回し蹴りを放つ。
「どうして、そこまで拒絶するのです……。この子が、そんなに忌まわしいのですか……」
 途切れ途切れに小さく呟きながら、姑獲鳥が漆黒の翼を羽ばたかせ、憎悪を宿した翅の矢を飛ばして攻撃を仕掛ける。
 赤子をこの手で抱くことが出来なかった未練。その怨念が込められた呪詛の矢を、レクトが身を盾にして受け止める。
「……仲間達にも、それぞれを想う人がいるんです。その人達の為に、俺が必ず守ります」
 普段は優しく柔和な青年も、この時ばかりは勇ましく。彼の心に応えるように、ビハインドのイードが脇から飛び出し、姑獲鳥に刃を振り翳す。
 その後にうつほが凝縮させた気を全身から放出させて、溢れ出る癒しの霧でレクトの傷をすかさず治療する。
「死んで尚、子を欲するのも母の愛なのかしら。メアリのママも、きっと痛くて辛い思いで……それでもメアリを産んでくれたの」
 メアリベルが亡き母への想いを口にして、傍らで見守る黒衣の婦人に視線を送る。少女にママと呼ばれたビハインドは、メアリベルの意思に従うように姑獲鳥と対峙し、強烈な思念を絡ませ自由を奪う。
「あたしにはまだ、子供を産めずに死ぬことがどれほど悲しいか、わかんないけど……」
 夜に溶け込むような黒い刃を空に翳して、メノウが凛と締まった剣士の顔で立ち向かう。
「お前の在り様が似て非なるものだってことくらいはわかるぞ、ドリームイーター!」
 ――篁流剣術”三日月”。剣から放たれた一閃は、姑獲鳥の肌を鋭く裂いて、真っ赤な雫が鮮やかに飛散した。
「お前達だって、何も、誰かを傷付けたい訳じゃないだろうに。こんな悲劇は、さっさと終わらせちまおうか」
 かだんが憐憫の眼差しを姑獲鳥に向けながら、繰り出す攻めは一切の容赦も一片の慈悲も無く。腕に降魔の力を纏わせて、飢えた心を満たすべく、姑獲鳥の身体に捻じ込み生命力を啜り喰らう。
 戦いの最中にリーフはふと瞼を閉じて、精神を集中させる。敵は虚像、語りかけは無意味――なのだが。
「我等の言葉、誰かに届いているのだろうか……」
 目の前にいる化生の者は、夢喰いの創造物でしかない筈だ。そうと理解しながらも、見えざる何かの気配を錯覚させる。リーフは違和感を覚えながらも、それらを払拭するように、竜爪のナイフを振るって薙いでいく。
「そうだ、迷ってはいけない。俺達の役目は、敵を倒すことのみだ」
 グレッグが努めて冷静に。常に最善を意識し戦況を見極めながら、次の手を打つ。全身を覆う白銀の金属体と融合し、鋼の拳を振り上げて全力の一撃を叩き込む。
「それがケルベロスの務め、だからね。偽物の亡霊なんかには、負けない」
 番犬としての誇りを胸に抱いて。セレティルがその身に微かな燐光を纏いつつ、戦場を駆ける風となり、疾風の如き蹴撃を見舞わせる。


 ケルベロス達の怒涛の攻撃に、姑獲鳥は抵抗するも次第に追い詰められていく。それでも我が子を守ろうと、庇うような仕草で情を誘い、番犬達に慈愛の心を植え付けようとする。
「何故じゃろう……。こんなにも、狂おしい程悲しくなるのは……」
 その様を見て、うつほの胸元の傷がひどく疼いた。生まれた時より俗世と隔離され、親の顔を知らず育った彼女にとって、間近で目にする母の愛情は――とても切なくて苦しげに、うつほの胸を締め付ける。
「清き風、邪悪を断て! ――回復術、”禍魔癒太刀”!!」
 彷徨う心を呼び覚まそうと、メノウの声が高らかに響く。刃から生じた真空は、うつほに取り憑く妄念を掻き消し浄化させていく。
「さて、そろそろ在るべき場所へ還しましょう。すみません、こんなことしか出来なくて」
 姑獲鳥の悲しい想いを癒せはしないが、せめてひと思いにと。レクトが全ての闘気を拳に圧縮させて打ち込めば、星を綴る青い閃光となって姑獲鳥の想いを打ち砕く。
「なあ、お眠り。そしてまた、生まれておいで」
 誰も傷付かず、傷付けることなく、その子が愛しく抱かれるその為に――。かだんが慰撫するように囁いて。煉獄纏いし脚を高く掲げると、首筋を狙って豪快に振り下ろす。
「夢が叶うよう、せめてメアリが子守唄を唄ってあげる。生まれ変わったら、今度はちゃんと親子になれますように――」
 メアリベルが紡ぐ歌声は、哀愁漂う常世の調べ。赤黒く染まった禍々しい斧を手に、祈りを捧げるように、魂を解放せんと肉体の枷を断つ。
「これで終わらせる。だからもう――諦めて」
 冬の凍てる空気に、セレティルの声が冷たく響き。転瞬の間に、少女の身体が宙に舞い、加速しながら姑獲鳥を狙う。体躯を捻り遠心力を乗せ、脚を鞭のように撓らせて、威力を増した渾身の一撃を蹴り落とす。
「来たれ我が守護、大白鳥よ! 湖の乙女が鍛えし王の聖剣を我が手へ!!」
 リーフが召喚呪文を唱えると、彼女の掌に光の粒子が集って、白鳥座を司る聖剣と成す。
「白鳥の騎士(ローエングリン)の名に於いて、貴方達を導こう!! ――瞬き逝け!!」
 騎士の誇りである剣を握り締め、リーフが正面から飛び込むように間合いを詰めて、刃を十字に翻して忌むべき異形を斬り祓う。
 ケルベロス達の猛攻を浴び続け、瀕死の状態にある姑獲鳥の前にグレッグが歩み寄る。
「加減はしてやれないからな……精々楽に死ねるよう祈る事だ」
 無愛想に言葉を吐き捨て終えたグレッグの、左腕を補う地獄が烈しく燃え盛る。それは沈着冷静な表面とは裏腹に、心の内に秘めた熱い闘志を顕しているようであり。
 魂弔う紅蓮の拳が姑獲鳥を穿ち貫くと、瞬く間に焔の奔流が飲み込んで――哀れな母子の血肉と魂を、全てを灼き尽くして葬った。

 戦いは終息して剣戟は止み、戦場と化した墓地は再び静寂を取り戻す。
 墓地の奥には小さな祠が祀られており、メノウは喧騒に巻き込んだことを詫びるように手を合わせ、死者の魂の安寧を祈る。
 天に召された夢喰いと、祠に眠る姑獲鳥に安らかなれと。レクトもまた、祠の前で瞑目して暫し黙祷する。
「白き翼に従い、その翼で向かうが良い。南十字は、快く貴方達を迎えるだろう……」
 リーフが夜空を見上げると、そこには満天の星が輝いていた。魂が辿り着く先、数多の星の群れに一礼し、哀悼の意を捧げるのであった。
 うつほにとって記憶の中にすらなく、永劫に触れ合うことのなかった、母親という存在。もしも逢えていたのなら、どんな顔をして、どんな声で話し掛けてくれただろう。
 金色の双眸に映る星を仰ぎ見て、想像でしか逢えない母親の姿を朧気に思い描いた。
 廻り芽吹いた生命の蕾は、花を咲かせて実を結ぶ。かだんは一輪の花に祈りを込めて、祠の脇に静かに添える。この花も、そうした廻りの一つだと。
 亡くした生命と育まれる生命。廻り流転する魂は、時には数奇な運命に導かれていく。
 メアリベルは隣に寄り添う貴婦人の手を握り、改まって感謝の意を示す。
「ママのおかげでメアリは命を貰えた。人生を貰えた。大事な人達に出会えた」
 これからも、精一杯生きるから。ありがとうの言葉を添えて、少女はにっこり微笑んだ。
 ――ママ、大好き。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。