酉年様事件~こけっこー

作者:こーや

「あー、やっと初詣だよ……」
 参道を歩く男は腰をさすりさすり。
 10日を過ぎてようやくの初詣となったのは、年末年始と言う仕事上の大敵と戦っていたからである。
 拝殿の賽銭箱の前についても男は腰をさすりさすり。
 ポケットから取り出したるは500円玉。硬貨が放つキラリとした輝きは、新年に相応しい新しさを物語っている。
 というわけで、いっちょぽいっと。
「無病息災、無病息災……最低でも腰痛とグッバイの一年を……」
 パンパンと手を叩き、男は熱心に祈る。
 すると――。
「こけえええええええええ!!」
「ふぁっ!?」
 いかにも鶏な感じの叫び声が男の頭に響き、同時に男の全身が光に包まれる。
 もうもうと上がる煙が晴れると、そこにはやっぱり酉年っぽい感じのビルシャナの姿。
 新たなビルシャナはその場の一般人に一喝。
「酉年祝え! 健康に過ごすには、筋トレが必要! 腰痛対策にもまずは筋トレ! 筋肉をつける為には鶏ささみ! 鶏偉大! ゆえに、酉年をあがめるのだ!」

「酉年やねぇ」
 河内・山河(唐傘のヘリオライダー・en0106)は小さな鶏のぬいぐるみをつついている。
 にっこりと笑うと、山河は唐傘をくるり一回転させた。
「酉年様いうビルシャナが出ました」
 なんでもこのビルシャナは12年に一度だけ、特別な力を得る能力があるのだという。
 酉年を祝う人々の祈りを奪って急速に力を付けた酉年様は、集めた力を利用して神社でお祈りを捧げた人々を『酉年ビルシャナ』に変貌させて配下にしようとしているのだ。
 配下としたビルシャナ達を使ってグラビティ・チェインを手に入れようという魂胆だ。
「そういう訳やから、酉年ビルシャナは日本各地の神社に発生します。被害が出る前に倒してください」
 このビルシャナは強制的にビルシャナ化させられているだけなので、撃破さえすれば救出も可能だという。
 ただし、今回で撃破しなくてはいけない。逃がしてしまえば、ビルシャナ化が定着してしまい、元に戻れなくなってしまう。
「酉年ビルシャナには、『酉年を褒め称える』発言をした人を最優先して攻撃するっていう、ちょっと変わった性質があります。周囲に一般の方がおっても、皆さんが酉年を褒め称えながら攻撃すれば、彼らには見向きもせぇへんでしょう」
 酉年を褒めさえしておけば一般人は狙われないため、避難誘導も必要ないだろう。酉年を上げて上げて上げまくっておけばいい。
 説明する山河はどこか楽しそうだ。
「一般の人らに皆さんのカッコええ姿見てもらうことも出来る思いますよ」
「なんだかヒーローショーみたいだね。ちょっとわくわくするかも」
 朝倉・皐月(萌ゆる緑・en0018)は拳をぐっと握ると、集まったケルベロス達を振り返った。
「願いを利用する悪者を、ばーんっとぶっ飛ばすヒーローになってみない?」


参加者
東名阪・綿菓子(怨憎会苦・e00417)
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)
八朔・楪葉(雲遊萍寄・e04542)
エンミィ・ハルケー(白黒・e09554)
スミコ・メンドーサ(グラビティ兵器技術研究所・e09975)
弥生・春花(手裏剣大好き・e23829)
カリュクス・アレース(ごはんをおやつをくださいまし・e27718)
アザゼル・デビルフィッシュ(無力な奴隷少女・e33709)

■リプレイ

●こっこー
「酉年あがめるべし! べき!!」
 ケルベロスが神社に到着すると同時に、ぶわーっとした光からこけーって感じで酉年ビルシャナ爆誕。
「初詣にて願い事をする、年始らしいことをしただけでビルシャナになってしまうとはなんて恐ろしい……」
「トレーニングは良い事かもですが……そんな健康のお願いまで目を付けられたら、大変なのです」
「ビルシャナですからね。何をやっても不思議ではありません」
 弥生・春花(手裏剣大好き・e23829)と機理原・真理、八朔・楪葉(雲遊萍寄・e04542)のやり取りを背中で聞きながら、色んな意味でやる気に満ち溢れたスミコ・メンドーサ(グラビティ兵器技術研究所・e09975)が叫ぶ。
「鶏肉は偉大であーーーーーるぅ!!!!! じゅるり」
「なにか危ない期待してない……? 今はビルシャナだけど、人間だからね……?」
「勿論分かってるよ、安心して。じゅるり」
 朝倉・皐月(萌ゆる緑・en0018)が突っ込んだそばから、再度あふれ出そうな涎を拭うスミコ。
 到着前に『これって、あれだろ? ふつーに酉をほめちぎればいいんだろ? ダイジョブ、ダイジョブ。まかしといて』なんて言っていた彼女が、ばっちり鶏肉フルコースを想像していたのは本人のみが知る。
「酉年最高! 一番好き! 僕の名前も鳥っぽいし!」
「酉年が一番好きとか分かってるな! よしよし、理解のある男にはビルシャナビームをプレゼンツッ!」
 黒地の手袋に覆われた手をメガホン代わりにしたピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)のいる前衛へ、酉年ビルシャナびかっと発光。
「うわっ!?」
 ピジョンはテレビウム『マギー』と共にすかさず仲間を庇う。
 聞いていた通りの反応とはいえ、褒めて殴られるなんて理不尽すぎて驚くしかない。
「鶏肉は健康を重視するのであればとても素敵な食材です! 酉年と共に鶏肉をも讃えるのです! 素晴らしや、鶏肉様!」
 酉29様ばんざいの新年あけましておめでとうございますを旨に、庇われたカリュクス・アレース(ごはんをおやつをくださいまし・e27718)はマギーの背後から懸命に声を上げた。
 全力でごはんをたたえていくつもりである。
「健康重視にも良い肉の上に、豚とか牛に比べるとお手軽価格! 家計の強い味方! 献立にお困りの奥様方を救うのはやはり酉年である! もっと褒めてこうぜ!」
「酉年、を褒めながラ、にわとりさン、と戦う……わぉ、アンビバレンツ」
 自分への一撃はライフルを盾代わりにして凌いだエンミィ・ハルケー(白黒・e09554)の抑揚は不規則。表情にも変化はなく、感情は読み取りづらい。
 鳥居を潜る前にも周囲を見回したが、楪葉は今一度視線を周囲へ向けた。
 参拝客は突然のビルシャナ登場、かーらーの戦闘開始に目を白黒させているが、怯えは見えない。
 ビルシャナの注意がケルベロスへ向かっているのは一目瞭然。ケルベロスが避難を促さないこともあって、さほど危険を感じていないようだ。
 ほぼ全ての参拝客、それどころか宮司やら巫女まで観戦する姿勢である。商魂たくましい屋台のおじさんお兄さんおばさんお姉さんたちは移動販売の準備を進めているくらいだ。
「そのあたりは、危ない、です……も、もう少し離れて……はっ、はい、そのくらいで」
 アザゼル・デビルフィッシュ(無力な奴隷少女・e33709)が少しばかり近すぎた参拝客に注意を促す。
 素直に従ってくれるのがありがたい。
 ぐんっとカリュクスは一足で距離を詰める。高速演算で導き出した構造的弱点――腰に一撃を見舞う。
「はうあっ!?」
「痛いわよねー、辛いわよねー? ぎっくり腰にヘルニア、怖いわよねー?」
 有ること無いこと言わせれば日本随一を自負する東名阪・綿菓子(怨憎会苦・e00417)の言葉には容赦がない。そんなものドブに捨てたと言わんばかりである。
 描いた守護星座で最前を駆ける仲間達に異常に抗う力を付与した綿菓子の唇はにんまりと弧を描いていた。

●けっこー
「ヤキトリ、テリヤキ、油で揚げたてタルタルソースもさらによし!!! やっぱ酉が一番でございますよ!」
 スミコの超重の一打を間一髪のところでビルシャナは躱す。動くたびに羽毛が舞うのが実に鬱陶しい。
「あ、鶏ささみ、良いでスよね。ヘルシー、で、美味しイ」
「僕も酉年に鶏肉食べて筋肉つけるぞー!」
 エンミィはやや電子的な声音で、ピジョンは元気よく。
「すげぇ、よくわかんねぇけどすげぇ!」
「何の味方してるのか分かんなくて何か面白い」
「お腹すいてきた!!」
 形容しがたい戦闘風景は、観戦中の一般人にウケている模様。やんややんやと盛り上がっている。
「ギャラリーいる中で戦うって、落ち着かないなぁ」
 なんてピジョンは言うものの――。
「でも、楽しそうですね」
 友人である玄梛・ユウマにはバレてしまうものである。
 ユウマが散布した紙兵の加護を受けながら、アザゼルはするりとビルシャナの眼前に躍り出た。電光石火の蹴りが、ビルシャナの急所たる腰にずぎゃっと叩き込まれる。
「腰っ、腰がっ、腰がぁぁぁぁ!」
 ビルシャナ、痛む腰をさすりさすり。
 その間にも後ろまで下がったアザゼルがぼそり、呟く。
「その身体で鍛えれば、きっと……引き締まった美味しい鶏肉が出来るのでしょう……」
「俺を食べる気とか言わないよねっ!?」
 ビルシャナのつっこみにスミコの体がびくりと跳ねた。
「……め、めっそうもない! ボクはただ、偉大なる鶏肉をほめちぎってるだけですよ! ……じゅるり」
「違う奴が反応したー!? しかも全然誤魔化せてないーーー!?」
 びゃーっと滝のような涙を流すビルシャナ。
「皆褒めるの上手だねー」
「少し……いえ、大分違うと思いますよ」
 感心した様子の皐月にすかさず楪葉がつっこむ。勘違いは早々に正す必要があるものだ。
 そんなやり取りにくすりと笑みを零した春花がトンッと跳び上がった。
「少し止まってもらおうか」
 腰を軸に上体を捻り、静電気を蓄えた手裏剣を放つ。十字と卍が重なった手裏剣はバチバチと音を立て、ビルシャナに襲い掛かった。
 こけこけ悲鳴を上げるビルシャナの背後で、跳び上がった影がさらに一つ。
「酉年、は、商売繁盛の年らしい、ですネっ! 経済効果ばつぐン、景気回復! みんな嬉しイ、とっても素敵な年、でスよー!」
 流星の煌きと重力、おまけに酉年を褒める言葉を添えたエンミィの跳び蹴りがビルシャナを打つ。
 エンミィが着地すると同時に、その右手から楪葉が蹴りを繰り出した。
 衝撃にふらついたビルシャナが体勢を立て直す頃には、もう楪葉は後方へと下がっている。
 ビルシャナ、悔しそうにダンベルをぶんぶんと振り回す。
「随分と物騒なものを振り回すな」
「どのくらいの重さ、なんでしょうか……」
 中衛の春花と後衛のアザゼルは酉年アゲアゲに参加せず、観察やつっこみという重要な役割にまわっている。勿論、戦闘はちゃんとこなしているが。
 ただ、同じく後衛である綿菓子はと言えば――。
「干支の序列一位たる子年より優れ、竜虎の名を冠する辰年寅年より偉大なる酉年! その理由!」
「嬢ちゃんその理由言ったげて!」
「一富士に次ぐ二鷹と謂われるように鳥は何かと縁起がよい!」
「ワオ!」
 エンミィもここぞとばかりに上げに行く。
「酉年、は、申年と戌年、の間。仲の悪イ、お猿さん、ト、犬さん、の間なんテ、とても勇気、がありまス! 申年さんと戌年さん、のケンカを止めたり、するのかモしれませン。酉年、強い、酉年、えらイ!」
「申年戌年の間に立ち犬猿の仲を取り持つ懐の深さ!」
「偉大なる懐、あったかいなりー!」
「インドでは酉年は神鳥ガルーダを指す! つまり神!」
 持ち上げすぎて宙に浮くのではないかと思えるほどにあげまくる。しかもドヤ顔。このままだと、綿菓子はビルシャナを褒め殺す仕事に就いてしまうかもしれない。
「まあ、なんと言うことでしょう。かつては140cmだった私も、酉年のお陰で171.4cmになりました」
 なんて胡散臭い宣伝文句のような援護は楪葉のもの。
 酉年になってからだとかは言ってないので嘘ではない。生まれてから19年、140cmだったころもあったのだから。
「最高級ルビーは鳩の血のような赤だからピジョンブラッド。つまりこれは鳥が最高の輝きと言うことだよね!」
「ちょ、酉年偉大過ぎない? 他の干支から嫉妬されるわー、困るわー、ヤバいわー」
 太陽の光を受け、常よりもさらに輝く銀の針と糸がビルシャナの足元を縫い付けた。
 しかし、ピジョンの言葉はまんざらでもない様子。別に攻撃されて気持ちいいとかではない。はず。

●こけっこー
 ああ、あんまりだ。カリュクスは思う。
 唐揚げ、焼き鳥――食欲を誘う甘美なる香りが、そこかしこから漂ってくるのだから。
 身に着けている鈴がメイチューメイチューと音を立てている。確かに命中しているが、命中しているのは匂いと言う打撃。しかもカリュクスの胃袋にクリティカル。
 そんな彼女の視界の片隅で、見知った黒豹の男が片手を上げた。
「よ」
 転瞬。玉榮・陣内は気配を殺し、死角からビルシャナの腰に一撃を見舞う。
 声にならぬ悲鳴を上げたビルシャナは、嘴をぐっと噛みしめてダンベルを鳴らす。実は鐘だったらしいが、ぎっくりぎっくりと、一部の人間の心を抉るような音色は誰がどう聞いても美しくない。
「お前らもぎっくりになれーーーーーー!!」
 エンミィはひらりとスミコの前に躍り出て、音の暴力をその身に引き受けた。
「くっ……すごイ攻撃、さすが酉年でス!」
 相手の攻撃をも利用してアゲるというエンミィの高等テクが光る。
「耳障りな音だ」
 呟いたのは春花。その手中でくるりと手裏剣が回る。
 なんてったってこの場のケルベロスの平均年齢は四捨五入して21歳。ぎっくりの恐ろしさを知らない者ばかりだ。
 観戦している一般人の中には、攻撃されたわけでもないのになんか胸だとか腰だとかが痛くなった人もいたらしいが気にしてはいけない。
 お構いなしに真理がビルシャナの腰を打つ。
「ええい! めんどくさい!! 今すぐ料理してるれるわぁああ!!!!」
 言うや否や、スミコは懐に飛び込んで卓越した技量をもってハンマーを一閃。
「それどっちの意味!?」
「聞くのが怖いですね」
 ビルシャナがつっこんだ間に、楪葉はジグザグと腰を掻き切る。
「ケルベロス容赦ないな!?」
「だがそれがいい」
「いいぞもっとやれー! 憧れるかかどうかは別だけどー!」
 なんてヤジが一般人から飛ぶ。
 楪葉と入れ替わりに距離を詰めたアザゼルは、その重量をものともせず十字の斧を大きく振りかぶる。大地を断ち割るほどの強烈な一撃が叩き込まれ、ビルシャナはこけーっと悲鳴を上げた。
 綿菓子は相棒たる琵琶を抱いたまま、腕を振り上げた。途端、全身を覆う金属が光の粒子を放つ。
 それによってピジョンの感覚が研ぎ澄まされる。
 痛みのあまり翼をばたばたさせているビルシャナが、次にどう動くのかがよく見える。
 ピジョンは何かを堪えるように目を閉じ、古代語を紡ぎあげる。
「干支素人は黙っとれ――」
 みーっと放たれた石化光線がちゅどーんと命中すると、ビルシャナはばたーんっと石畳に倒れ込む。
 ビルシャナの体からぼんっと音がしたかと思いきや、白煙が上がった。もうもうと立ち込めた煙が晴れると、そこにいたのはビルシャナではなく被害者である男。
 戦闘が終わったのだと察した一般人達は拍手し、口々にケルベロス達をたたえる。
 熱狂的な歓声に、アザゼルが少し恥ずかしそうに頬を染めるのであった。

「大丈夫なようですね。よく眠っています」
 被害者の介抱をと思った楪葉だが、特に外傷もないようのだと分かると胸を撫でおろした。
「こ、こし……こし……いたい……い、いたい……」
「……夢見は悪いようですが」
「なんでだろうね?」
 皐月は本気で理由が分からない模様。
 そんな皐月の後ろではエンミィが傘回し一般人に披露している。
 いつの間にやら綿菓子が姿を消したことに気付いたカリュクスが、そのことを春花に尋ねると――。
「ご馳走したいからと、焼き鳥を買いに行かれました」
 近くにいたスミコがすごい勢いで春花を振り返った。
 可笑しそうに笑うピジョンの肩で、杖から姿を変えたヤモリが不思議そうに首を傾げる。
「折角ですから……お参り、しませんか?」
 アザゼルの提案に全員が賛意を示す。
 かくして酉29ビルシャナもとい酉年ビルシャナ事件は無事解決となったのであった。

作者:こーや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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