夜泳ぐ

作者:Oh-No

 怪異が夜を泳いでいた。
 夜の湿った空気のただ中をゆらゆらと。
 2mほどもある巨大な怪魚だ。3体が連れ立って泳いでいる。
 怪魚は死神である。青白く光る姿が街灯のまばらな路地に浮かび上がっていた。
 怪魚たちは、鎌倉大仏殿高徳院近くの交差点に到着すると、交差点の中ををぐるぐると周るように泳ぎ始めた。不規則にゆらぎ、時にはジグザグに進む。そうして泳ぐ怪魚の軌跡が交差点に残り、奇っ怪な魔法陣が浮かび上がる。
 魔法陣は完成に近づくほどに、徐々に強い光を放つ。終いには急速に光量を増していき、閃光となって放たれたあと、魔法陣の中心には新たなる異形が召喚されていた。
 異形の羽毛に包まれた姿は、まさにビルシャナのものである。だが腕は翼の様になり、人間よりは鳥にずっと近づいている。なにより異なるのは、理解不能と言われるビルシャナに対し、実にわかりやすい情動を放っているところだ。
 それを一言で表せば、狂気。
 知性をかなぐり捨て、狂える瞳で周囲を睥睨し、声高に吠え立てる。そこにビルシャナらしい威厳は一欠片も存在していなかった――。
 
 
 シルク・アディエスト(巡る命・e00636)の懸念は正鵠を射ていたのだ。
「鎌倉奪還戦の戦場では、数多くのデウスエクスが命を散らしました。私には、死神たちがこの魂を見逃すとは思えなかったのです」
 そして予想通りに、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が死神の活動を予知したのである。
「動くのは、怪魚の姿をした下級の死神です。知性は持たず、ただ役割を果たすだけの存在のようです」
 鎌倉に現れた死神は、鎌倉奪還戦で死亡したデウスエクスをサルベージし、戦力としようとしているようだ。サルベージされたデウスエクスは変異強化され、元よりも強力な力を有している。ただし、代償としてなのかはわからないが、かわりに知性を失って。
「敗北の傷を少しでも埋め合わせようということでしょうか。ですが、生と死を弄ぶような死神の行為を見逃すわけには参りません」
 シルクは淡々と語るが、瞳には静かな怒りを滾らせている。
 怪魚は主に噛みつくことによって攻撃を行う。サルベージされたビルシャナは、種族固有の技を用いて戦うようだ。また、事件が起きる周辺にはすでに避難勧告が出ており、一般人を巻き込むなどの心配をせずに戦うことが出来る。
 戦場となる交差点はあまり広いとはいえないが、戦闘に支障はないだろう。
「死神を討ち果たし、生と死の連鎖を正しましょう。死を知ることの出来たビルシャナに、再び安寧を与えましょう。死神の思い通りになど、させるものですか」
 そういってシルクは拳を握りしめたのだった。


参加者
東名阪・綿菓子(求不得苦・e00417)
シルク・アディエスト(巡る命・e00636)
殻戮堂・三十六式(語る名も亡き骨董品屋・e01219)
安理・真優(サキュバスのトリガーハッピー・e01498)
エル・エルル(アウラ・e01854)
千斉・アンジェリカ(空墜天使・e03786)
井伊・異紡(地球人のウィッチドクター・e04091)
深景・撫子(ドラゴニアンのウィッチドクター・e13966)

■リプレイ


 10月も半ばとなれば、夜の空気は寒いほどだ。
 決戦から一月ほどが経過した鎌倉だが、傷痕はまだそこかしこに残っている。落ち着いて復興に当たることが出来れば、傷も癒えるのだろうが、
(「一つ終わっても、また一つ問題が起こる。キリがありませんわね」)
 深景・撫子(ドラゴニアンのウィッチドクター・e13966)が胸中で呟くように、デウスエクスたちが地球の都合に迎合するわけもなく、問題は日々発生し続けている。
 今日の相手は死神だ。戦場跡で蠢く死神の活動を止めるために、ヘリオンから降下したケルベロスたちが夜を駆けていく。
 低空を飛行する、千斉・アンジェリカ(空墜天使・e03786)は、頬を撫でる風の冷たさに身震いした。
 いや、震えは寒さではなく、武者震いであったのかもしれない。
(「せっかく眠りにつこうとしてたのに、無理やり起こすだなんて許せない! 正義の鉄槌☆、くらわせちゃうんだから!」)
 アンジェリカの心は、死神に対する怒りに満ちていたのだから。
 昼間なら観光客でごった返していただろう狭い通りを抜け、角を曲がる――。
「キャッ」
 目前で弾けた閃光に、安理・真優(サキュバスのトリガーハッピー・e01498)が小さな悲鳴を上げた。
 だがその細い声は、閃光に続いて響き渡ったビルシャナの咆哮の前にかき消されてしまう。
「――――――――――!!」
 地の底から吹き上がるような叫びが、ケルベロスたちの耳朶を打つ。それは偽りであろうと再び生を受けての歓喜か、あるいは望まぬ覚醒を厭うての怒号か。
「やれやれ、せっかく寝てた奴をわざわざ起こすんじゃねえよ。……ゆっくり眠らせといてやれ」
 殻戮堂・三十六式(語る名も亡き骨董品屋・e01219)が、微かに眉根を寄せてぼやいた。
 エル・エルル(アウラ・e01854)も憤りを隠さない。
「まったくだよ、死という安息から無理に起こして利用するなんて……。さすが死神、エゲツないね。みんな仲良く地獄に送ってあげよ。ねーっ?」
 エルが同意を求めるように、傍らにいる相棒のボクスドラゴン、フルートの瞳を覗き込むと、フルートは短く鳴き声を上げて主に応えた。
「あのビルシャナさんも、かつてはなんちゃら明王って称されていたかもしれないわけよね。それが夜動く屍と化して街を彷徨うだなんて、見るに忍びないわね」
 東名阪・綿菓子(求不得苦・e00417)は、八重歯を覗かせて不敵に笑う。
「それにゾンビが出るには時期が早いもの。ハロウィンに出直して来なさいな」


 死神たちはどうやら、闖入者の存在に気づいていたようだった。召喚をしたビルシャナを伴って、悠々とケルベロスたちに向き直る。
 対して、シルク・アディエスト(巡る命・e00636)も堂々とその姿を晒し、苛烈な意志に満ちた視線で敵を見据えて駆け出した。
「死者は自然へと還り二度と戻らぬからこそ、今を生きる命は尊いのです。アナタ達にも生きていたことの尊さを教えて差し上げますね」
 軽やかに空に身を躍らせて、ビルシャナに煌めく飛び蹴りを見舞う。反動を利用して離れた位置に着地したシルクは、死神たちに告げた。
「そして、アナタ達の死を以って、生死の連鎖を正すとしましょう」
 同時に他の仲間たちも動き始めていた。井伊・異紡(地球人のウィッチドクター・e04091)は死神とビルシャナの動きを見て、狙うべき相手を見定める。
(「それにしても――」)
 ビルシャナと死神を前に、異紡は考える。どうして、これほどまで心がかき乱されるのだろうか。
 死から蘇ったデウスエクスは、一度は終わってしまった存在に他ならない。そして、死者の復活を為した、死神という存在。異紡の中から消えない『喪失』を、それらの存在が刺激する。
(「死神とはいったい何なのか。魂はどこへ行くのか。何故連れて行くのか」)
 徘徊する死者を前に、異紡は思いを巡らせる。否応なく、考えさせられる。
 その間にも身体は動いていた。吠え立てるビルシャナに、広げた手のひらを押し当てる。自分の心の内よりすくい上げた『喪失』が、世界にリフレインを刻む。
 それは焔となって燃え上がり、ビルシャナを炎に包み込んだ。

 死神よりも先にビルシャナに攻撃を集中させるのが、ケルベロスたちの作戦だった。とはいえ、死神を野放しにしておくわけにはいかない。
「よう、寝覚めが悪くてすまねえなビルシャナ。すぐまた眠らせてやるから。……ゆっくりお休み」
 そうビルシャナに声を掛けてから、三十六式は気だるげな瞳と縛霊手の巨大な腕を、3体の死神に向けた。
「さて、俺は眠りを邪魔されんのが一番嫌いなんだよ。それをやらかしたら、どうなるかくらいは分かるな?」
 5本の指を反らすくらいに大きく開いた縛霊手の掌から放たれた光弾が、死神たちを巻き込んで爆発する。
 さらに、重ねて同じ光弾がもう一撃。こちらは綿菓子の縛霊手から放たれたものだ。
「他の方々の邪魔はさせないわよ。お魚さん、あなた達の相手は、わたがしが引き受けた!」

 ビルシャナ目掛けて撫子の手から放たれた護符が、飛びゆく最中に青白き騎士へと変じる。
「貴方にはもう一度、眠っていただきますわ。今度こそ、おやすみなさいませ」
 撫子の言葉に呼応して、現出した騎士が手にした氷結の槍でビルシャナを串刺しにする。
 けれどそれは一瞬のこと。怒り狂うビルシャナが腕を振れば、たちどころに騎士の姿は掻き消える。そしてビルシャナは、攻撃を仕掛けてきたケルベロスたちを血走った目で睨んだ。
 ビルシャナに残されているのは、ただひたすらに破壊の意思のみ。ビルシャナらしく惑わすような言葉を語ることもなく、狂的な暴力だけを振りまく存在と化している。
「――――――――――!!」
 言葉にし難い咆哮とともに、孔雀の姿形に炎が膨れ上がり解き放たれた。その先には、アンジェリカの姿があった。
 だが――。
「盾なら、私とフルートがなるからっ」
 その射線上にエルが割って入り、交差させた両腕で炎を受け止める。
「だから、攻めの剣はお願いね!」
「わかった、あんじゅちゃんに任せて!」
 守ってくれたエルに応えて、エルの影から飛び出したアンジェリカが無骨で巨大な剣を振り下ろす。地獄を纏った刃が、ビルシャナの羽毛をズタズタに切り裂いていく。
 そこに撃ち込まれる数多の弾丸。
 長い金髪をたなびかせて駆ける真優が、両手にそれぞれ握った二丁のリボルバー銃を乱射している。
(「細かいことは考えなくていいかな。ちゃっちゃと行くよ♪」)
 視界の隅では、相棒のテレビウム、アイラザートが怪魚を相手に、手にした凶器を振り回している。アイラザートには、ディフェンダーとして死神のほうに回ってもらっているのだ。
(「アイラちゃん、いつもすまないね」)
 その活躍に応えるためにも、早く目の前の敵を倒さなければ。
「さ~て、みんなでビルをブッ飛ばして世界を救おう!」
 真優はあっけらかんと景気よく叫ぶのだった。


 交差点を鮮烈な光が奔った。ビルシャナの放った強烈な破壊の光だ。それに抗するように展開された雷の壁が、ケルベロス達へのダメージを和らげる。
「回復はお任せ下さいませね。皆様の事は頑張って支えてみせますの!」
 ライトニングロッドを構えた撫子が、味方を鼓舞した。
 ビルシャナの攻撃は激しいが、ケルベロス達は五分以上で戦えている。綿菓子と三十六式の2人が死神たちにあまり仕事をさせず、うまく押さえ込んでいるのもある。
 戦力の多くを割いて積み重ねた攻撃は、ビルシャナを着実に追い詰めていた。
「大丈夫、今、空に還してあげるから」
 そう告げるアンジェリカが、地獄で補われた声を恐ろしげに響き渡らせ、ビルシャナの余力を削っていく。
 腰に下げたランプを揺らしてエルが投じた鎌が、ビルシャナを切り刻む。
 ビルシャナは羽毛を撒き散らし、血を撒き散らしながらも、ケルベロスたちに反撃せんとその力を振るうことを止めない。
 けれど、それも終わりだ。
 物陰に走りこんだ真優が両手に握ったリボルバー銃を軽く振ると、シリンダーが外れてこぼれ出た薬莢が地面で跳ねた。空いた弾倉に手慣れた手つきで、手早く弾薬をリロードする。
 今なら行ける。上がりきったテンションの中で、真優のスイッチがカチリと入った。
「右銃に6発、左銃に6発……合わせて12発の弾丸が、アンタ達の意地を砕くアタシの牙だよ。超えられるものなら超えてみなッ!!」
 飛び出して、ビルシャナに狙いを定める。『願い』と『祈り』の銘を持った二丁拳銃の引鉄が引かれ、装填したばかりの弾丸が飛び出していく。
 死に瀕したビルシャナが、真優が1発撃ちこむたびに追い詰められていく。
 ――そして弾倉が空になる前に、ビルシャナの身体は地に倒れ伏していた。

 残るは3体の死神のみ。
「ビルシャナは眠ったか。あとはお前らだけだな。……いい夢見て眠れるとは思うなよ?」
 縛霊手の巨大な腕を巧みに操って、怪魚の身体を殴り飛ばしながら三十六式が静かに言う。表情だけを見たならば気怠げで、仕方なしに戦っているようにも見える三十六式だが、その実、堅実かつ着実に仕事をこなし続けていた。
 復活させたビルシャナを倒されて、死神たちがこの場に残る理由は無いようにも思われた。けれど、怪魚の姿をした死神たちは逃げることをせず、淡々とケルベロスたちに立ち向かう。
「貴方達の役目はもう終わりですわ。自分の意思すら持たず、本能の赴くままに命を弄ぶような事……見過ごすわけには参りません」
 そんな死神に向けて、撫子は半透明の『御業』を放つ。『御業』は死神を絡めとらんとまとわりつくが、宙を泳ぐ死神は身体をくねらせて無理矢理に加速。
 怪魚の顎門を大きく開いて、噛みつかんとシルクに飛びかかってきた。
 普通ならば身体を引くところだろう。けれどシルクは躱そうともせず、それどころか逆に貫手をその口の中へと突き込んだ。
「――ッ!」
 そして口早に呪文を唱える。一拍置いて、怪魚の口の隙間から漏れだす閃光。堪らず怪魚はシルクの腕を吐き出して、のたうち回った。
 ゼロ距離で怪魚の口内に直接ドラゴニックミラージュを放ったのだ。シルクの腕も無事とはいかず、やや焦げている。
 のたうつ怪魚には、異紡が追撃を仕掛けた。
「消えていく。失っていく。焔によって焼けていく――」
 文言を唱えるたびに、異紡の心の底より湧き上がる喪失。それを汲み上げて、幾度だろうと世界に思い出させるのだ。自らの親代わりだったデウスエクス、その存在を喪失した瞬間の焔を世界に再演させるのだ。
(「僕の『喪失』を押し付けるのだ。喪失よ、死神へ届け」)
 怪魚は異紡の掌が触れたところから燃え上がる。やがて力なく崩れ落ち、生を散らし、炎の中に消えていった。

「あの世に送る前に、地獄の炎がどんなものか体験させてあげる」
 エルは大きく吸い込んだ息を、灼熱の炎として吐き出した。相棒のフルートも同時に焔の息を吐き出して、2方向からの燃え盛る炎が死神を焼く。
 これでさらに1体の死神を倒した。
「大丈夫です、あと少しだけ頑張りましょう……!」
 撫子は溜めたオーラで仲間の傷を癒やす。
 残る死神は1体のみだが、まだ反撃を諦めてはいない。ぐるりと交差点の周囲を大きく回りこむように泳ぎ、体勢を立て直そうとしている。
 それを許すまじと、綿菓子とシルクが砲の照準を合わせた。
「死んだあとにすら救いがないなんて、本当に救われないわ。あなた達死神は、まったくもって気に入らないのよ」
 綿菓子は感情を隠すことなく、死神へのいらだちを露わにする。
「さあ、死を与えましょう。アナタの命を輝かせるために。――ご安心を。死神であろうと、その輝きは些かも減じませんとも」
 シルクの一見穏やかな言葉の中には、隠し切れない狂的なものが滲み出ている。
 綿菓子が構えるけれん味にあふれたアームズフォートと、シルクが構える洗練されたアームズフォート。
 対極的な2つの砲から破壊の奔流が吐き出されて、死神に殺到する。
 そして、着弾。
 爆風が途切れた後には、もはやその姿はかけらも残っていなかった――。


「ふう、終わりましたね」
 静かに息を吐き出したところで、シルクは自分の顔をまじまじと見つめる綿菓子に気がついた。
「どうされました?」
「いや、元に戻ったなって」
「……?」
 何かあったのかと尋ねてみたが、いまひとつ要領を得ない。
 綿菓子にとってみれば、シルクが戦闘中に見せる激しい一面がすこし意外だったのだ。
(「そういうところも含めてのシルクさん、ということね」)
 うんうんと1人納得している風の綿菓子を前に、シルクは疑問符を浮かべ続けるのだった。

「もういいよな、俺は帰るぜ。さっさと一眠りしてぇしな……」
 大きなあくびを一つ、それから着流しの裾を翻して、三十六式は交差点を後にする。
「ああ、お疲れ様」
 異紡はその背を静かに見送ってから、再び思考の泉の畔で佇んでいた。
 死神や死んだデウスエクスを巡る疑問。それらに応えが見つかるまで、異紡は『喪失』し続けるのかもしれない。

「戦争の後始末、無事完了、かな?」
 エルは死神が消えた後を見つめながら、小首を傾げた。次が無いとは断言できないが、死神の目論見が一つ泡となって消えたことだけは間違いない。
「そうですわね、今日のところはもう大丈夫だと思いますわ」
 撫子が安心できる、穏やかなほほ笑みを浮かべて応える。
「また現れたって、アタシがぶっ飛ばすし! アイラちゃんもまだまだいけるよね?」
 真優はテレビウムを抱き上げて、底抜けの明るさで笑った。
 エルもそれにつられて笑いながら、人気のない周囲に目を向ける。寂しげな町並みに感じるけれど、事態が収拾されて人が戻ってくれば、また活気を取り戻すだろう。
(「こんどこそ、鎌倉に平和な時間が続きますように」)
 傍らに寄り添うフルートと共に、エルは願う。

作者:Oh-No 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。