●小さな指示
一枚の指示書を差し出し、女性が言った。
「この女性と接触、その仕事内容を確認し、可能ならば習得した上で殺しなさい」
「はッ、かしこまりました。ミス・バタフライ!」
指示書を受け取った道化師姿の男性は、そこに書かれた写真と説明書きに素早く目をを通した。
「ふむ、登山……ですか?」
「あら、知らないの?」
ミス・バタフライと呼ばれた女性がクスリと笑う。
「ボルダリングっていうのよ」
●そこに岩があるから
螺旋忍軍のミス・バタフライが起こそうとしている事件は、珍しい職業をしている一般人のもとに現れて、仕事の情報を得たり習得した後に殺そうというものである。
これ単体で見れば、大局的に大きな事件ではないが、巡り巡って大きな影響が出る可能性があるというのだ。
「もちろん、そうでなくても一般人を見殺しにすることは出来ません」
ヘリオライダーの茶太の言葉にケルベロスたちが頷く。
「それで、今回狙われるのは岩登りの女性ですね」
日本語で言うとなんだか妙な感じだが、大きなカテゴライズとしてはロッククライミングという。
「中でも純粋に登ることを目的にしたものをボルダリングっていうみたいです。競技もありますよ」
細かい話をするといろいろ長くなるので、とヘリオライダーの茶太はその辺をさっくり割愛した。
今回の被害者になる女性は元々はボルダリングの選手だそうだ。普段はボルタリングジムでトレーナーもしているのだとか。
「問題は、どうやって迫る螺旋忍軍を倒すか、ですが……」
たとえば女性を避難させた場合、別の対象を探しに行くなど螺旋忍軍の動向が掴めなくなってしまう。何か、女性を標的から避けつつ撃破する方法が欲しい。
「あ、はい。みなさんがボルダリングを教えられるようになればいいんですよね」
もう流れはだいたい周知済み。
幸い、螺旋忍軍が現れる数日前から女性に接触することは可能で、女性もトレーナーという立場上教えを請う分には問題ないだろう。
「数日しか時間はありませんが、そこそこの実力を身につければ女性の身代わりになれます」
螺旋忍軍はふたり、どちらも道化師のような姿をしているのですぐに分かるだろう。
現れるのは町の近郊にある山の岩場。ちょうど女性が登るのを日課にしている場所だ。
螺旋忍軍を騙し、自分たちが教える立場にさえなってしまえば。
「もうこっちのものですね」
茶太が笑う。
分断、奇襲、嫌がらせ、遠慮などすることはない。優位なのだから。
「まあいろいろ説明しましたが、やることは同じです」
茶太の言葉にケルベロスたちが頷く。
「デウスエクスは撃退してやりましょう!」
そして、早速身支度を調え現地に向かうのであった。
参加者 | |
---|---|
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813) |
シグリット・グレイス(夕闇・e01375) |
リリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775) |
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001) |
ディートヘルム・ベルネット(銀色の魔物・e04532) |
隠・かなめ(霞牡丹・e16770) |
颯・ちはる(悪徳・e18841) |
水限・千咲(斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る・e22183) |
●訪問
早速、件のジムへとやってきたケルベロスたち。事情を説明すると、ボルダラーの女性は快諾してくれた。
危機が迫っていることもそうだが、単純にボルダラー人口が増えるのは喜ばしいようだ。
「ぼ、ボーリング……? の平和はわたしがまもります!」
「大丈夫です! 初めてですが頑張ります! それで、何から斬れば良いのでしょうか!」
自信満々に宣言し始めるリリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)や水限・千咲(斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る・e22183)を見て、シグリット・グレイス(夕闇・e01375)は本気で頭を抱えた。
「おい誰だ、こいつらを連れてきたのは……!」
「リリウムちゃん、ボーリングじゃなくてボルダリングだよー」
「お前もその格好なんなんだ」
「? 女装だけど」
さらりと質問に答えるウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)。今回狙われるのが女性ということで、身代わりを務められるようにとのことである。
問題があるとすれば、Tシャツにズボンといった出で立ちで、スポーツだから化粧もしていない。これが女装と言えるのかどうかという点である。
「ピンクのマニキュア塗ってるから」
それで押し通す予定。
「ホントね~みんなやる気あるのかしら」
颯爽と自宅警備員の正装(上下ラインジャージ)に着替えた鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)が胸を張った。
「おう、随分と自信あるじゃねーか」
おニューのシューズの紐を結びながらディートヘルム・ベルネット(銀色の魔物・e04532)が言う。こちらもやる気は十分だ。
「へーきへーき、動画サイトで下調べとイメージトレーニングはばっちりよ」
「体力は?」
「お察し!」
「ダメじゃねーか!」
残るは忍者組。このふたりは身軽だし慣れていそうだから戦力としては期待できる。
「ええっ、鉤爪縄とか苦無使っちゃダメなんですか?」
だが隠・かなめ(霞牡丹・e16770)はいろいろ持ち込んだアレとかコレとかいろいろ没収されてた。
「この方が使い慣れているんですが……ああ、返してください」
「ちはるちゃんもちふゆちゃん使って登りたいけど……ダメ?」
そして颯・ちはる(悪徳・e18841)も無茶なこと言って怒られていた。ライドキャリバーのちふゆさんは素直にみんなの飲み物を買ってくることにした。
人それをパシリという。
「はあ……」
シグリットの胃だけが心配。
●ライズアップ
一行はボルダリングの出来る、作り物の壁がある部屋へと移動した。と、そこでリリウムだけ別の男性トレーナーに連れられて部屋の隅へ。かくして、そこにあったものは。
「ジャングルジムですー!」
「お嬢ちゃんはこっちで遊ぼうねー」
少し怪訝に思ったウォーレンが女性に尋ねる。
「あれは?」
「ええ、うちのジムは託児所も用意しているんですよ。ちゃんとトレーナーが見ているので安心してください」
「なるほど託児……」
そして気付いた。それはつまり、戦力外通告に等しいと。
身長110センチちょっとの7歳じゃ手足が短すぎるから仕方ない。
というわけで、女性に説明を受けて、簡単な所から登ってみることに。
「平らに斬り飛ばして歩きやすくするんですね!」
「いやお前何を聞いてたんだ」
今にも抜刀しそうな勢いの千咲を、シグリットは慌てて制した。
「え、違うんですか……では、どう斬れば……?」
「よし分かった、まずは刀を置け」
「私に死ねと!?」
「違う、そうじゃない」
そろそろ話が通じない辺りに気付くべきである。彼と彼女の常識は違うのだ。
「ええと、腕は伸ばして足は曲げて……あははは、カエルみたい」
割と筋のいいひとりがちはるだ。壁にべたりと張り付いて笑ってる。
「それから、伸ばしたい腕の方の足を上げてひっかけて、それから腕を伸ばす、と。おおっ、安定するねっ」
基本の動きである。楽、というわけではないがしっかりと登れるとおもうと気分がいい。
「初めてで慣れていないせいか、やはり力をすごく使いますね」
同じく順調に登っているかなめが言った。言うまでもなく、ふたりとも順調とはいえ結構な体力を使っている。
「これはお腹が空いてきます……はッ、ミス・バタフライもこれを狙って……!」
「え、どゆこと」
「お腹が空くとごはんが美味しいです。食べ物の美味しい食べ方をわかっているのは侮れません」
「あー、うん、そうだね」
さらにやる気を出して登っていくかなめを見送ったちはるは曖昧な返事をした。
「でも、そんな感じで考えてる方がいいのかもね……こんな技術が役に立つ場面が来ないに越したことはないし、な」
ちょっとだけ表情を変えつつ、追いかけていった。
「ふむふむ、わたし気付いちゃったわ」
「何にだ?」
ゆっくりと少しずつ登ってる纏が、自分のやや後ろを追ってきているディートヘルムに話しかけた。
「どのような順番で、どのルートで登っていくか。迷路とかパズルみたいに知的要素が強いみたいね」
「なるほどな」
「それならわたしの得意分野ってことよ!」
「そうかそうか……じゃあまず俺の支えから独立してくれ」
実はずっと下から支えてあげてたイケメンお兄さん。
「……」
「……」
「あ、もうだめ。落ちる」
「なんでだーッ! っていうかこっち落ちて来んなーッ!」
纏の背面ダイブに巻き込まれてディートヘルムもろとも地上へ落下。彼は下敷きになったのだ。
スポッターは落下に巻き込まれないように注意しなくてはなりません。
「うわあ、痛そう。でもなんかちょっと嬉しそう、かな?」
「放っておけ」
ウォーレンが言うが、下の惨事には目もくれずにシグリットは上を目指すことにした。だが、なかなか調子よくは登れない。上の突起に手をかけるも滑ってしまう。手に力が入らなくなってきているのだ。
「くっ……」
体を動かすのが得意な妹や修行大好きなあいつにはちょうど良いのだろうが。
「しっかり。ほら見られてるよ」
言われて振り返ってみると、リリウムがジャングルジムのてっぺんでドヤ顔をしてアホ毛を尖らせていた。
「ふふーん、わたしのほうがたかいです!」
「……!」
シグリットはこのときほど自分の運動不足を呪ったことはなかった。
そして何故か千咲は壁の下で素振りを続けていたのであった。
●テイクオーダー
ボルダリングの手ほどきを受けて数日、ケルベロスたちが近所にある岩場を登れるようになった頃(数人除く)、その日は訪れた。
今日も挑戦しようと岩場に来たところ、見慣れない2人組に出会ったのだ。見た目からして螺旋忍軍なのは明らか。教えも乞うてきたので間違いない。
「なるほど、そういう競技なのか。だいたい分かった。だが……アレは一体」
螺旋兄が横にやると目をやる。シグリットがやたらカクカクした歩きをしていた。
「……俺は放っておいてくれ」
「いやしかし」
「筋肉痛なんです」
「そ、そうか。それはなんだかすまない」
察してと言わんばかりにかなめが言うと、兄は謝った。
「ではこっちは……」
逆側に目をやる。千咲が輝かせた乙女の瞳で抜き身の刀を片手に微笑んでいた。
「病気みたいなものだから触れないでいてあげて」
「そ、そうか。それはなんだかすまない」
察してと言わんばかりにちはるが言うと、兄は謝った。
「それじゃ、早速だが挑戦してみないか」
「いいだろう、やってみよう」
やたらと生傷だらけのディートヘルムにツッコミを入れるのは避けて兄は頷いた。だが、ここでウォーレンが注意をする。
「あ。そんな靴じゃあダメだよ。ボルダリング用のがあるから履き替えて」
「む、分かった。仕方ない」
「とはいえ服装はそこまで拘らなくて良いのよ、パンツ1枚で登るとかでもしない限り、ね」
纏がなんか言ってる。
「いえ、やっぱりパンツ1枚もいいかもしれないわむしろ脱げ」
「どうしてそうなった!」
「ぼるだらーならじょうしきです!」
さすがにこれには兄も苦言。しかしここでついに弟が口を開いた。
「……兄者」
「どうした弟よ」
「俺……脱ぐ」
「やめろ、早まるな!」
弟には任せられないので兄がひとり登ることにした。
「ふふん、わたしについてこれるかしら」
颯爽と登り始める纏だが、のろのろのたのたしている間に、兄がひょいひょい登り追い越していく。
「……うるさい、見せてんだよ!!」
「なんで俺に怒鳴る」
黒のレース、何がとは言わない。とりあえずシグリットがとばっちり。
「ぎゃー!!」
そして唐突に叫び声が響いた。弟の声である。すぐさま兄が振り向くと、弟の返り血を浴びた千咲がいい笑顔で立っていた。
「残った弟さんから! 斬りました!」
「なんでだー!!」
「いやー、なんでって言われてもねえ」
やっちゃったものはしょうがないので、ちはるも便乗してさくっと一撃。
「弟ーっ! くっ、いったい何がおきている!?」
「空腹……いえ、運動の後のご飯は何よりのおかず! その中でもボルダリング……登山に目をつけるとは中々やりますねっ」
「そんな話はしていない!」
さらにかなめも加わって、兄の声が響き渡る中、弟が一方的にボコられる。そうして兄の注意も完全に引けたところで次の行動だ。
「リリちゃん、今よ!」
「はーいですー!」
合図をうけて、いつの間にか岩の上にいたリリウムが金だらいを投下。兄に直撃。
「ごっぱぁー!」
頭から地面に墜落。しかしリリウムの追撃は終わらない。ばばっと絵本を開く。
「今日のえほんはー! あれー、知らなようなみたことあるような」
風を纏った銀髪の女性。揺れる長髪から鋭い目が覗く。
一言呟いたり、ポーズを取ったりすると何故か他の人に見られてて恥ずかしい思いをしちゃうくーるびゅーてぃーこめでぃー。
「たあいな……」
ゴチン。
「ぎゃわー!! なにするんですかー!」
リリウムにゲンコツだけして銀髪の女性は消えた。
上での出来事はつゆ知らず、地上では襲撃が始まっていた。
「悪いがここで仕留めさせてもらうぜ!」
「ぐっ」
獣人へと姿を変え、一気攻勢に転じるディートヘルム。兄はまだ起き上がれない。だが今がチャンスだというのに。
「もーだめー」
「ぐへぇ!」
真上から纏が落下してきて潰れた。
「なんで俺の上ばかりに落ちてくんだ!」
「下にいるからでしょー」
「くくっ、ここで味方同士で足を引っ張るとは愚かな! 我が刃なる蹴撃の餌食よ……とと」
立ち上がり足を振りかぶった兄だが、不意に動きが止まる。
「エアシューズ脱いでたアアアア!!!」
叫んだところで、その頭に岩場を跳ね返ってきた跳弾が命中した。
「騙すのは忍びないとは思うが……バカなのか。こいつらバカなのか?」
「そこは素直で正直っていってあげようよ」
あきれかえるように言うシグリットに、ウォーレンが螺旋掌を兄に叩き込みつつ答えた。
早くも無力化された螺旋忍軍の兄弟が倒されるまで、そう時間はかからなかった。
●町を見下ろせる場所で
無事兄弟を倒し、ある程度落ち着いてところでシートにいくつもの飲み物を乗せたちふゆさんが戻ってきた。
しかしその頃にはケルベロスたちは全員岩場の上に登り切っていた。
ちふゆさんは絶望した。
「ボルダリング、楽しかったです!」
いい笑顔で千咲が言った。
「斬ったり、斬ったり斬ったり……それから斬ったり!」
「ごめん、そんなボルダリング知らない」
本当に何故そんな感想がでるのか。ちはるには理解できず、ただお昼ごはんのおにぎりを頬張るしかない。
「あ、思いつきました! そのおにぎり貸して下さい!」
「いいけど、何?」
「オニ斬り、ですっ!!」
すぱーんと千咲がおにぎり真っ二つ。
「いや、つっこまない、つっこんでなるものか……!」
「美味しいですよね、おにぎり」
「いやそーいう話じゃないよ!?」
かなめが唐突に会話に乱入してきたのでつっこんでしまった。
「螺旋忍軍……ミス・バタフライ。何とも怖ろしい敵です。山頂で達成感を包まれつつ食べるご飯の美味しさを狙ってくるとは……」
おにぎりもぐもぐ。もひとつもぐもぐ。さらにもぐもぐ。
「バタフライ効果とは一体……」
「たぶんそこはもう考えちゃダメなのよ」
頭を抱えるしかないシグリットを纏がそっとなだめた。何がどう因果を巡るか、想像しようがない。でもたぶんごはんのおいしさは関係ないと思う。
「とはいえ、一理あるよね。だから僕たちもお昼にしようよ」
「わーい、ごはんですー!」
「おにぎりにサンドイッチ。ドーナツもあるよ」
ウォーレンがランチボックスを広げると、リリウムが飛びつくようにやってきた。どこにこんなもの持って岩を登ってきたか聞くのは無粋だ。
「大宮のおにーさんと闇の組織のおねーさんもいっしょにたべましょうですー」
「待て、なんで俺が大宮出身ってことで定着してんだ!」
「ん、今なんつった? 何か言った? 言ってないよね」
「ひゃわあふわわわわ」
がっしりと身体をホールドされ、右からディートヘルムに、左からちはるに、アホ毛をピンピン弾かれてリリウムはメトロノームの如く揺れる羽目になった。
「アーメン」
そして纏は大人しくそれを見守るのみ。
「まあ、ほどほどにね」
そんな様子を苦笑いしながら眺めていたウォーレンの元に、かなめからそっと両手が差し出された。
「おかわり?」
「はい」
「どうぞ」
「いただきますっ」
みんな自分勝手に行動しているのに、妙な連帯感があるのが不思議なものである。これも運動のあとのテンションによるものなのかも、などと思いながら景色を見渡しウォーレンはサンドイッチを口に含んだ。
「ま、これでいいんだろうけどよ」
アホ毛いじりに飽きたっぽいディートヘルムもまた岩の下を見下ろしつつ呟いた。
「なんか、ボルダリングが出来るようになったのかどうかはいまいちわかんねぇな」
たぶん、その言葉をしっかり否定できる人は今この場にいなかった。
作者:宮内ゆう |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年1月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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