招かれざる虚

作者:犬塚ひなこ

●手招く闇
 廃墟デパートの奥深く、夜中に動き出す死のマネキンが居る。
 それはよくある怪談であり誰も本当には信じていない話だった。しかし、或る夜に噂話を本気で信じた少年が廃墟に忍び込むことから事件は始まる。
「確か動くマネキンが出るのは紳士服売り場の奥だったよな……」
 懐中電灯で廃デパートの二階に向かった少年は、そっと歩を進めていた。されどその表情は好奇心と興味でいっぱいに見える。
 そして、辿り着いたのは役目を終えた男性型マネキンが大量に置かれた場所だった。あるものは転がり、あるものはポーズを取らされたまま放置されている状態はたとえ動かぬものでもあっても不気味だ。
「うわ……でもこれは動かないから怖くないし普通だよな」
 それから少年は暫し動くマネキンがないかと探していたが、もちろんそんなものがあるはずはない。彼が諦めて帰ろうとした、そのとき――。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 唐突に背後から声が響き、少年の胸に大きな鍵が突き刺さった。
 声の主は魔女アウゲイアス。相手の心を覗き、興味の力を奪った魔女はそのまま踵を返して去ってゆく。少年は倒れ込み、苦しげな呻き声を零しながら意識を失った。
 そして、その場に新たな影が生まれいずる。
 その影は少年が思い描いていたような動くマネキン。カタカタとぎこちなく動き出したそれは虚ろな無表情のまま、廃屋となったデパートを彷徨いはじめる。
 
●廃墟の奥に
 パッチワークの魔女が少年の興味を奪う事件が発生した。
 とある少年が抱いた動くマネキンの怪談から生まれたドリームイーターが廃墟を飛び出し、人を襲うという。それがヘリオライダーによって予知された未来だ。
「それで、オジサン達がその事件を解決しに向かう訳だねぇ」
 比良坂・冥(ブラッドレイン・e27529)は軽い調子で事件のあらましを語り、集ったケルベロス達に協力を願った。仲間から同行の意志を感じた彼は満足そうに一度頷き、手にしていた煙草を咥えて一服する。
 それじゃあ、と煙を吐き出して冥が語るのは今回の戦いについてだ。
「敵は夢喰いが一体。動く男性型マネキンだよ」
 その大きさは成人男性程度。せめて女性型だったら雰囲気もあったのにと冥は冗談めかした。彼が煙草を再びふかすと、その際に片羽が僅かに揺れる。
 しかし、彼は敵は一体でも油断はできないと語った。
「敵の動きは一見ぎこちないらしいけどねぇ。催眠に武器を封じたりと、なかなか厄介なのが面倒かなぁ。でも皆と一緒だから心配はないでしょ?」
 そういって戦いに思いを馳せた冥は双眸を細める。一瞬だけ其の赤い瞳に普段とは違う光が宿った気がしたが、冥はすぐに口の端を緩めて笑った。
 戦いに関しては協力しあえば問題ないが、肝心なのは敵の居場所について。
 マネキン型ドリームイーターはまだデパート内を出ていないようだが、夢の主となった少年が倒れている二階には居ないらしい。おそらく一階部分にいるのだが敷地はそれなりに広い上に現場には照明がない。
「敵を闇雲に探しても仕方ないからさぁ、そこで誘き出しが必要なんだよねぇ」
 曰く、このドリームイーターは自分の事を信じていたり噂している人が居るとそちらに引き寄せられる性質があるらしい。うまく誘き出せば有利に戦えると告げ、冥は説明を終える。そして、軽く腕をあげて伸びをした彼は仲間達を見つめた。
「そういうことでよろしく頼むねぇ。オジサンも張り切っちゃうから」
 深夜の廃墟に忍び込んだ少年は確かに少しは悪い事をしてしまった。だが、それは純粋なる興味の結果である。信じることは悪くない。
 そう話した冥は仲間達に、行こうか、と告げて歩き出した。
 倒すべきは招かれざるモノ。闇を屠る為に今こそ己の力を揮うべきなのだと――。


参加者
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)
マニフィカト・マクロー(ヒータヘーブ・e00820)
ジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)
百鬼・澪(癒しの御手・e03871)
カリーナ・ブラック(黒豚カリー・e07985)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
スピノザ・リンハート(忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678)
比良坂・冥(ブラッドレイン・e27529)

■リプレイ

●空虚
 そこは閉じられた世界。何も始まることのない、虚無の場。
 闇で満たされた廃墟の中に灯るのは幾つかの明かり。ぼんやりとした光の中に浮かぶ光景を眺め、ジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)は感想を零す。
「なんだ、聞いてたよりも随分物騒な話になってるじゃないか」
 嘗て人で賑わう場所だったはずの此処は今や、妙な噂のあるただの廃墟だ。どうせならこうなる前にマネキンが勝手に動き出していれば潰れずに済んだかもしれない。
 冗談めかしたジョージの言葉を聞き、玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)は動くマネキンについて思いを巡らせた。
「こう、自動的にポーズとかとってくれたりしたら便利そうですよね」
「でも……こわい。ゴスロリを着ていてくれればこわくないのに……」
 ふるふると首を振り、カリーナ・ブラック(黒豚カリー・e07985)はウイングキャットのかまぼこを強く抱きしめる。こうして翼猫を抱えれば少しは怖さが和らぐのだが、力が入っている故にかまぼこはとても苦しそうにしていた。
「確かに表情も感情もなく動き回るマネキンは子供心に恐ろしく感じるかもしれないな」
 するとマニフィカト・マクロー(ヒータヘーブ・e00820)はカリーナに案ずることはないと告げ、緩く首を振って目を伏せた。ただの人形だといえばそれまで。いまどき動く人形も珍しくもないだろう。
 されど、それが夢喰いとあらば滅するべきだ。
 そうして、比良坂・冥(ブラッドレイン・e27529)は煙草の煙を吐き、口火を切る。
「――『終ワラセテ』って知ってる?」
 丁度こんな風に匣の中身が残ってしまったたデパートの前で、不意に手首を握られる。其処で足を止めたら負け。『終わらせて』と縋られ、握り潰された手首の痛みと流行遅れの恰好をしたマネキンの嘆きが終の記憶となる。
 冥の話に関心を寄せ、ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)は相槌を打った。噂にて敵を誘き寄せる最中、彼は視界の端に見える壊れたマネキンを見遣る。
「その話は知らなかったな。人形には魂が宿る……とも言うしな」
 ルビークは今にも動き出しそうなそれを暫し見つめた。微かな音にも止めてしまった足に、招かざるものが来てしまったなら、それは誰の終いになるのか。
 思考が巡りゆく先、次の噂を語るべくスピノザ・リンハート(忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678)が口をひらく。
「ある男が店で、一体のマネキンが着てる服全部を買っていった。そして、その日からそのマネキンが夢に出るようになった」
 それは耳元で囁くのだという。自分の身ぐるみを剥いで置き去りにしたお前が憎い、自分も連れていけ。毎日、毎晩、男の気が狂うまで、ずっと。
 スピノザの話を聞き、百鬼・澪(癒しの御手・e03871)は震えを抑える。
 怪談は苦手だが、他人に弱みを見せるのはもっと苦手だ。少し青い顔になりつつも平気なふりをした澪の隣ではボクスドラゴンの花嵐が心配そうに見上げている。
 そんなとき、澪はふと自分達以外の気配を感じて顔をあげた。
「入り口は私達がキープアウトテープで塞いで来ましたから、この気配は人ではなく……」
「敵が来たの。かまぼこ、戦いの準備だよ」
 カリーナもはっとして気配を探る。おどかしにこないでね、できればそっと来てね、と願っていた少女の思いが通じたのか。マネキンは柱の影から姿を現し、不規則に体を揺らしながらゆっくりと近付いてきた。
 おそらくはケルベロス達の様子を窺っているのだろう。
 咄嗟にユウマが身構え、マニフィカトも即座に布陣につく。同じく敵を見遣ったジョージは肩を落とし、青黒の力をその身に纏わせた。
「……やれやれ。御出ましか」
 ――終わらせて。
 実際に目の前の敵が言ったのではないとわかっているが、ジョージは冥から聞いた話を思い起こし、奇妙な同情を感じる。
 一方、冥もまた仲間と似て非なる思いを抱いていた。
 片羽を広げた彼が廃墟にやたら馴染むのは自分を終焉った存在だと定義する故。
「それじゃあ、始めようか」
 鞘に納められたままの刃の柄に手をかけ、冥は敵を見据えた。
 刹那、闇夜に沈む廃墟の戦いが始まりを迎える。

●虚聞
 辺りを照らす灯は夜の色に交じり、闇と光の境界を作り出していた。
 此方を敵と見做した敵が動いた機を察し、ルビークは床を蹴って駆け出す。地獄化した左腕の影炎が闇に揺れた瞬間、間合いがひといきに縮められた。
「――そこ!」
 ルビークが敵の懐へ鉄塊剣による重い一撃を放った瞬間、マネキン人形の手足が素早く伸ばされる。交差する一閃。互いに衝撃を与えあった両者は同時に後方へ引いた。
「行きます!」
 其処に続きユウマが旋刃の一閃を放ち、マニフィカトが魔斧を振り被る。
「それにしても、男の人形とは」
 せめて女性型であった方が、と冥が事前に語っていたことを思い出したマニフィカトは首を左右に振った。そして、振り下ろした刃が光り輝く呪力を放つ。
 敵がルーンの力によって穿たれた間隙を縫い、スピノザが分身を出現させた。それらは後方の仲間達の守護にあたり、防護の力が高まる。
 更に澪が片手を頭上へとたおやかに掲げ、詠唱を始めた。
「白苑、賦活」
 淡い言の葉が落とされれば、治癒の効果を持つ真白の花が周囲に咲き乱れる。触れれば雪のように消える花は光の軌跡を描きながら前衛達を包み込んだ。
 澪が援護に回った分をカバーするようにして、花嵐が体当たりに向かう。お願いね、と相棒竜に微笑んだ澪は更なる癒しの準備を整えてゆく。
 敵が体勢を立て直そうとする中、次に動いたのはカリーナだ。
「マネキンは、いろんな服で着飾って、ひとに見てもらうのがお仕事なの」
 だから、人を襲ったりしてはいけない。カリーナは思いを言葉に込め、黄金の果実を実らせた。後衛に放たれた加護は聖なる光となって仲間を守護する。
 かまぼこは主人からの援護に胸を張り、しっかりと構えた。だが、カリーナは不気味なマネキンにまだ少しの怖さを抱いているようだ。
 それに気付いたジョージは血の一閃を放ちつつ、少女に大丈夫だと告げた。
「幽霊や動くマネキンよりも、人間の方がはるかに面倒なもんだ」
 その際にジョージの口元に皮肉な笑みが浮かぶ。
 そして、冥は強固な防護を作り上げるべく、紙兵を仲間達に向けて散布する。
「終焉ってるのに、死ねないって残酷だよねぇ」
 マネキンを見遣った冥が何気なく落とした言葉には含みがあるように思えた。ユウマは僅かに首を傾げたが、今は戦いの最中。
 今は攻勢に移るべきだと考えたユウマは敵との距離を詰めに向かう。
「それにしても、マネキンの噂はどこから広まったのでしょうか?」
「確かにな。暗がりの古いマネキンとか、動かなくても普通に不気味だろ」
 続いたスピノザがユウマの声を聞き、よくそんな所に来る気になったな、と件の少年を思った。そして、スピノザは敵の足元の重力に作用する一撃を打ち込む。
 動きを止められたマネキンに、ユウマによる炎の蹴撃が見舞われた。
 仲間達の連撃に目を細め、ルビークは先ほど受けた傷を自ら癒しに回る。自らの業は墜えぬ夢。ルビークは心臓を掴み、その胸の炎を灯す。
「夢喰い――この地獄をも焦がれるか」
 それは守りたい者の為に使う誓いの炎。見る間に熱き焔が燃え上がり、ルビークの身に鋭い力を宿した。
 すると、敵が更なる攻撃に出る。相手の次の狙いはマニフィカトだ。
 絡繰のような動きでマネキンは素早く動いた。まるで刃を振り回すかのような鋭利な衝撃が彼の腕や脚を切り裂き、血を散らせてゆく。
「なかなかの力だ……。だが、不格好だな。私ならばその辺りの木偶などよりも、余程購買意欲をそそるモデルになろうというものだがね」
 冗談を口にするマニフィカトだが、飛び散った血が彼の角を赤く汚した。
 されど、それにも構わずにマニフィカトは次の手に移る。高々と跳び上がり、敵の頭上から力任せに振るうのは重い斬撃。
「すごいの……。カリーナも、がんばるね」
 仲間の攻撃に圧倒され、カリーナは控えめながらも感嘆の声をあげた。しかし、すぐに自分も負けていられないと意気込む。軽い身のこなしで駆けたカリーナの、ゴシックロリータ調のスカートが揺れる。
 次の瞬間には流星の煌めきと重力を宿した一撃が敵を貫いていた。
 そこから戦いは激しく巡り、幾重もの攻防が重ねられた。
 ジョージとユウマ、花嵐が仲間の守護に徹し、その傷は澪とかまぼこが癒す。
 敵もモザイクを施すことで自らを癒したが、スピノザとカリーナが回復の分を削る勢いで的確な一撃を打ち込んでいった。そして、ルビークとマニフィカトが全力の力を揮う間に冥が敵の行動阻害を狙う。
 澪は何度目かの癒しの力を行使しながら、仲間の背を見つめる。
「皆さんが其々の役割を果たしてくださっているから、私も力を揮えます」
 ねえ、と澪が呼びかけると花嵐も真白の角を揺らして応えた。澪と匣竜の意志が通っている様を見たユウマは頼もしさを覚える。
 ユウマは敵の横へ回り込み、大剣を振り上げた。その間にもマネキンはカタカタと奇妙な音を立てて動いている。
「デウスエクスもお化けに似た物だと思えば怖くはないのですが、不気味ですね」
 斬撃を見舞ったユウマがふと感想を零すと、冥が独り言めいた言葉を落とした。
「流行遅れのマネキンもさ、誰にも手にとってもらえない売り物もさ無為でヤクタタズ。いっそ鉄球ぶつけて無に帰してやるのが最期の慈悲かもね」
 普段の彼からは想像出来ぬほどの冷たい声だった。同時に、冥の裡には声にしない思いが燻っていた。彼が納刀したままの刃で敵を穿てば、その動きは鈍くなってゆく。
 しかし、敵の攻撃は止まない。
 ジョージは狙われたスピノザを庇い、虚無の力を敢えて受け止めた。
 意識を歪ませる催眠の力が体を駆け巡る中、ジョージは痛みと歪みに耐える。
「動き出すような根性があるくせに、自分でケリを付けられずにだらだらと生きている。まったく、そういう奴が誰よりタチが悪いんだ」
 そう口にして、惨劇の鏡像を映したジョージの言葉には自嘲が込められていた。
 だが、その催眠も澪がすかさず癒す。形勢が悪くなる前に手を打つと決め、スピノザは再び己の力を紡いだ。
「おっと、これ以上はやらせねーぜ?」
 敵を縛り付ける重力が展開され、マネキンは満足に動くことも出来ず傾ぐ。
 そして――今だ、とスピノザが仲間に呼びかけた声が廃墟に響き渡った。

●虚構
 此処から先に待つのは悪夢の終焉のみ。
 冥は廃墟を改めて見回し、この雰囲気も棄てられた存在も嫌いではないと語った。
「ねぇ、壊れるまでおつきあいして頂戴よ」
 最期まで遊ぼう、と告げた冥は絶空の一閃を放ち、終わりへの布石を作る。
「むざんに廃墟に残されたままなんて、なんだか……かわいそうなの」
 実際のマネキン達を思ったカリーナは敵を見遣った。放置された存在は可哀想でも、目の前のそれは倒すべき相手だ。鋼の鬼を纏ったカリーナはかまぼこに、行こう、と告げて敵に向かった。
 少女と翼猫の連撃が打ち込まれ、ユウマも其処に続いてゆく。
「一切、手加減はしません……!」
 大剣を片手で軽々と振るいあげたユウマは鋭い一撃で敵を切り裂いた。人形は回復行動に移ろうとするが、澪が殺神ウイルスを打ち込むことで抑える。
「終わらせましょう。後はお願いします」
「ああ、任せとけ!」
 微笑んだ澪からの信頼を感じ取り、スピノザが時すら凍らせる弾丸を解き放った。ジョージも連携を重ね、徐々に近付く終わりを思う。
「さて、これはここで終いだが……自分が『終わる』のは、一体何時になることか」
 皮肉を込めた言葉と共にジョージは破鎧の衝撃で敵を穿った。
 其処に生まれた大きな隙を狙い、マニフィカトは海若魔法を発動させてゆく。
「――吾が海神の不滅の神話に、不滅なる祝福のあれ」
 瞬く間に敵が魔力の水球に閉じ込められ、強大な圧力によって押し潰されていく。マニフィカトが創りあげた水牢は人形を捕らえ、決して離さない。
 堅牢な水に映し出されたのは虚ろな存在。
 おそらく、次の一撃が最後になるだろう。そう感じた澪とカリーナは攻撃動作に入っているルビークに思いを託す。ユウマやスピノザ、冥も彼を見つめ、終焉を願う。
 仲間の眼差しを受けたルビークは掌を敵に差し向け、竜語魔法を紡ぎあげた。
「喰らえど、人の夢を見ないお前に勝機はない」
 これで歪んだ夢は終わり。
 そう告げるかのように竜の幻影が放たれ、炎が戦場に広がる。そして、全てを焼き尽くす勢いで爆ぜた炎は悪夢の化身を打ち破った。

●ウツロ
 興味から生まれた存在は消え去り、辺りには本来の静けさが戻る。
 澪は静かに目を閉じ、一瞬だけ瞳を伏せた。されどすぐに瞼を開いた彼女は花嵐の頭をそっと撫で、仲間達の方へと振り返る。
「これで私達の役目は果たせましたね。皆さん、無事ですか?」
 澪が皆を見渡すと、マニフィカトが大事はないと答えた。ジョージも誰にも大きな怪我や痛みが残っていない事を確認した後、小さく呟く。
「怪談もこれで終わりか」
 そして、此処にはきっと何も無くなる。噂も、願いも、無為な生も。
 それ以上語らぬまま佇むジョージ。その後方ではカリーナとかまぼこが周囲の様子を眺めていた。どうせなら残っているマネキンに洋服でも着せてやりたかったが、商品に成り得る物は廃業と共に撤去されていたらしい。
「廃墟だけど、こわれてるのはかわいそうだから……ヒールはしておこう、かな」
 カリーナは癒しの力を紡ぎ、建物の傷を癒していった。
 澪とルビークも少女を手伝い、何とか危険がない程度にまで廃墟を修復した。そうして、肩の力を抜いたルビークは二階に続く階段を指さす。
「少年を起こしに行くか」
「そうだな。こんな場所、さっさと離れるに限るぜ」
 彼に同意したスピノザは歩き出し、夢の主が倒れている場所を目指す。ユウマも階段を上がり、マニフィカトも少年の保護へと向かう。皆の後についていくその際、ルビークは困った様に眉を下げ、今夜の戦いを思い返した。
 虚ろなる存在。其の終焉は如何に。
 浮かんだ考えについての答えは出ない。そんな思いをどことなく感じ取った冥はふと立ち止まる。それに気付いたユウマが手招きをして彼を呼んだ。
「冥さん、行きましょう。皆さん待ってますよ」
 仲間の声に、ああ、と頷いた冥は戦場だった空間を振り返り、呟く。
「狡いなぁ。先に冥府――そっちに逝くなんてさ」
 廃墟の中に零れ落ち、消えていったのは誰にも届かない声。その言葉を何に、何処へ向けたのかは紡いだ彼自身しか知らない。
 招かれた死。招かれざる心。移ろう虚無は今も未だ、其処に在る。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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