酉年様事件~銭ゲバでも神は神?

作者:あずまや

 ぱんぱん、と大きく手をたたく音。
「商売が、うまくいきますように」
 神社には似つかわしくない、きっちりとしたビジネススーツ。金のネクタイピンが日の光を反射してきらりと光った。
「これでいいだろう。遅く来て、かえって良かったぜ。人、全然いねえし」
 そう言った彼の体が、謎の光沢に包まれていく。
「な、なんだこれ……!」
 それが彼の『人間としての』最後のことばとなった。
「しっかしよぉ、年神様に対する賽銭、足りないんじゃねえか、コレ」
 彼はじっとりと笑った。
「もっと、敬意を示さなきゃいけねえよなあ?」 

「新年早々、分けわからんのが出てきよったで」
 高松・蒼(にゃんころヘリオライダー・en0244)は焦って額に汗を浮かべている。
「『酉年ビルシャナ』っちゅう奴がおるらしい。こいつは、12年に1度だけ特別な力を得るんや。それが、今年、酉年や。新年を祝う人間の祈りを奪って、どんどんパワーアップしよる。初詣に行った人間のグラビティ・チェインをちょっとずつ吸収していただけやったらしいんやが、今度は強制的に参拝客からグラビティ・チェインを奪い取っとるらしい。対象になっている神社は全国にめちゃくちゃある。さっさと何とかせんと、日本中大混乱や!」
 彼は大きく息を吐いた。
「幸い、今回ビルシャナにされたおっさんは、強制的にビルシャナにされただけみたいやから、きっちり倒してやれば救出も可能。ただ、倒されんかった場合は、ビルシャナ化が定着して助けられなくなる。頑張って、人間に戻したってや」

 蒼は、ふう、と漏らした。
「酉年ビルシャナは、より強力なグラビティ・チェインを集めるために、『酉年を褒め称える』発言をした相手を最優先で攻撃する性質がある。ケルベロスのみんなの行動次第では、一般人を大々的に避難させんでも済むはずや」

「ビルシャナになったおっさんは、かなり若いのに会社のお偉いさんみたいや。助けたあとで突っついたら、ジュースくらい奢ってもらえるかもしれへんで。……情けは人のためならず、や無いけれども、しっかり頑張ってな」


参加者
平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)
クリス・クレール(盾・e01180)
レーン・レーン(蒼鱗水龍・e02990)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
ヒナタ・イクスェス(世界一シリアスが似合わない漢・e08816)
マティアス・エルンスト(レプリフォース第二代団長・e18301)
浜咲・アルメリア(シュクレプワゾン・e27886)
ユエ・シュエファ(月雪花・e34170)

■リプレイ

●讃えよ!
 ぎょろりとした目に赤い顔。近頃では歌舞伎座か、そうでなければ荒れる成人式くらいでしか見ることの出来なくなった羽織袴。どんど焼きの季節を過ぎてもなお飾られる、いかにも目出度い正月飾り。
「参拝者諸君、酉年を敬いたまえ」
 参道のど真ん中で、彼はばさばさと翼をはためかせる。まばゆい後光がさし、まるで本物の神様のようだ。もちろん、参拝客は異形のそれに恐れをなして、走って逃げていく。
「んん、方針が間違っていたか?」
 彼は腕を下し、再び境内へと向かう。袖から財布を取り出して賽銭を放る。がらがらと鈴を鳴らし、二礼。ぱんぱん、と手をたたくと「どうか全人類が酉年を崇めますように」とつぶやいて、もう一度頭を下げた。
「酉年バンザーイ!!」
 ビルシャナはその声に驚いて振り返る。「ご利益が早い!」と口にしかけたが、彼のその思いは一瞬で砕け散る。
「くぁ! 流石酉年様! ペンぐるみが良く売れるのオチよ!」
「……変なご利益が来た」
 ビルシャナがそうつぶやいたのも無理はない。参道で彼をたたえていたのは、赤いペンギンの着ぐるみに全身を包まれたヒナタ・イクスェス(世界一シリアスが似合わない漢・e08816)だった。
「最高! 酉年様愛してるのオチよ!!」

 ビルシャナがぽかんと口を開けている間に、参道の入り口付近では避難誘導が始まっていた。平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)はあたりの道路にキープアウトテープを張り、新しく来る参拝者を止めている。
「みなさん、すぐにここから離れて! ビルシャナ注意報です!」
 彼の声を聞いた人々は、ざわついた。既に一度、一般客に紛れて本殿に近付きビルシャナの存在を確認したマティアス・エルンスト(レプリフォース第二代団長・e18301)は、実に落ち着いて整然と避難誘導を行う。クリス・クレール(盾・e01180)、ユエ・シュエファ(月雪花・e34170)も同じように避難を先導する。彼らの的確な指示によって、次々と参拝客は神社から退避する。もともと参拝客が多くなかったのも幸いして、避難は順調に進んでいた。

 彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)はレーン・レーン(蒼鱗水龍・e02990)に、小銭が詰まった紙袋を手渡した。
「レーンさん、これ、どうぞ」
「ありがとうございます、悠乃様」
「必ず、これはあとで警察に届けますので」
「わかっておりますわ」
 悠乃はそれを手渡して、「わたしも避難誘導のお手伝いをしてきます」と伝え、その場を後にした。
「さあて」
 レーンは紙袋の中に手を入れ、小銭を握りしめた。
「酉年様ぁっ!」
 ヒナタに目を奪われていたビルシャナが、そのことばに、はっとする。
「今度こそ普通の……」
 そう口にした彼が次に見たのは、自分に向かって矢のごとく飛んでくる無数の小銭であった。
「よっ、社長! 赤いとさかで縁起が良いですわね!」
「痛い痛い! 賽銭は攻撃道具じゃねえっ!」
「あら、喜んでくださると思ったのに、怒ってらっしゃる?」
「いやお金は嬉しいけど! 違うの! 小銭ぶつかったら痛いでしょ!」
 ビルシャナは顔をガードしながらちらりと境内を見た。「まだ、参拝客はいる……あの赤いペンギンみたいなやつと小銭の娘と、もう1人か」と彼は口の中でつぶやいて、「酉年は最高か?」と大声で問うた。
「ええ、最高ね」
 浜咲・アルメリア(シュクレプワゾン・e27886)が冷静に返す。ビルシャナは「ああ良かった、普通に敬ってくれるタイプの参拝客もいる」と安堵の表情を浮かべた。
「酉年の良い所を調べて来たわ。酉年の人間は、頭が良くて先見の明があり、特に仕事においては才覚を発揮するとのことね」
「ほう」
「まさしく、若くして社長となったあなたにぴったりだわ」
「……俺?」
「そうそう」
 アルメリアはゆっくりと本殿に近づく。その後ろで、すでに避難誘導を終えたケルベロスたちも、ビルシャナへと歩み寄っていった。
「商才のある酉年様、もうちょっとこちらへ来てくださいな」
「いいだろう」
 彼はアルメリアの誉め言葉にすっかり気をよくして、境内へと降りてくる。
「お前たちの酉年を敬う気持ち、よく分かった――いや、正直なんかよく分からないが、まあいいだろう」
 ビルシャナは両手を天に掲げ、「酉年様の糧となるがよい!」と声をあげた。グラビティチェインを回収するつもりなのだ。
「……あれ?」
 だが、彼の思った通りには、ことは運ばない。「喰らえ」とクリスは小さくつぶやくと、猛然とビルシャナに向かって駆け出す。そしてガードのなくなった腹に地裂撃がクリーンヒットした。ビルシャナは「ぐぶぅ」と情けない声を漏らして数メートル吹き飛んで地面に叩きつけられた。
「なんだ、弱いぞ」
 クリスはその場から砂埃を見た。だが、相手は仮にもビルシャナ。一撃程度ではさすがに倒せはしない。ゆらりと黒い影が立ち上がり、こちらへと向かって歩いてくる。ただ、油断したところへの一撃は相当に効果があったらしく、彼は右の羽で腹を押さえていた。
「突然暴力とはひどいな。弁護士を通して訴訟を起こさせてもらうぞ」

●崇めよ!
 和の纏ったオウガメタルが発光し、ケルベロスたちの神経が研ぎ澄まされていく。砂煙の向こうにいるビルシャナは、凛としている。年神様の風格というべきものなのかもしれない。だが、邪神にひるんでいる場合ではない。
「きちんと元の姿に戻して差し上げますわ!」
 レーンの腕がギュインとうなり、ビルシャナの羽毛を刈り取る。
「他者への暴力行為は許されるものではない! 正当防衛を行う!」
 ビルシャナは頭上に幾つもの氷の輪を作り出し、それをケルベロスたちに向けて放った。威力は大したものではないが、この寒い外で氷をぶつけられたヒナタは小さくくしゃみをして「くぁ」と鳴いた。
「ダメージレベル微弱、作戦続行に問題なし。……今のでビルシャナの軌道が読めた」
 マティアスは目を開き、ビルシャナの体躯を凝視した。彼にはすでに弱点が見えているらしい。果敢に飛び上がり、スターゲイザーを放つ。彼の踵はビルシャナの細い脚を狙っていた。
「んぉっ!?」
 ビルシャナはそれを避けることもできず、そのままその場に倒れこむ。
「今なら」
 悠乃がそう呟いて飛び上がり脚撃を放つ。瞬く間にビルシャナのもう一方の脚が砕かれた。
「き、君たちはなぜわたしに暴力を振るうんだ……! わたしが何をしたと言うんだ……!」
 ビルシャナの声に合わせ、神社の鈴がなり始める。
「何言っちゃってんのよ」
 アルメリアは七色の光を放って仲間を包み込んだ。
「これはあんたへの治療行為よ。人間に戻してあげるって言ってるんだから、おとなしく倒されなさい」
 合わせるように和がスターサンクチュアリを放ち、さらにアルメリアのウイングキャット、すあまが癒しの風を送る。
「何を馬鹿なことを!」
 ビルシャナが叫ぶ。
「わたしは正常だ! 酉年に酉年の神を崇めるのは普通だろ!」
「少し黙っておいたほうが、楽に済みますよ」
 ユエが放った電撃的な一発で、ビルシャナは体をがくがくと痙攣させた。脚は立つ機能を喪失し、体は痺れ、それでもなお精神は酉年ビルシャナの支配下に置かれているらしい。
「仕方ないですわね」
 レーンはその場に『落ちている』ビルシャナにドラゴニックミラージュを放つ。さらに悠乃が鎮火されない間に黒曜石のナイフで彼を斬り付けた。
 神社の鈴が、また一人でに鳴り出す。ケルベロスたちの耳に、正月の喧騒が再現される。まるで、ビルシャナとの戦闘などすべきではないというような、そんな気持ちにさえ――。
「くぁ! やかましいのオチよ!」
 そんな気持ちにはならなかったヒナタが、物干し竿で倒れているビルシャナをしばく。
「好機。畳みかける」
 マティアスはまっすぐに駆け、まっすぐにビルシャナに拳を叩き込む。傷だらけになったビルシャナは何とかよろよろと立ち上がり、天を仰いだ。
「あああ!!」
 絶叫が、境内中のあらゆる構造物をびりびりと振動させる。彼の背後に、金色の光が発生した。
「酉年を崇めよ! ビバ酉年! わたしは間違ってなどいない! 無用な治療は不要!」
 強烈な後光が目を焼いたが、アルメリアはじっとビルシャナを見据えていた。すあまが、精一杯翼をはためかせて風を起こす。
「行くよ」
 彼女は自分自身にそう言い聞かせるようにこぼすと、思い切り大地を蹴った。加速して加速して、光り輝くビルシャナのすぐ目の前に立ちはだかると、腰をひねり、肩を入れ、ビルシャナの腹部に重たい一撃をお見舞いした。
 光が止み、代わりにふらふらになったビルシャナが一体いた。
「あ、ヒナタ氏の左腕に、不明なユニットが無事接続された模様」
 ヒナタが自分の左腕を見る。巨大な鋼鉄の柱がぴたりとくっついている。
「……他人事乙!」
 彼はブーストによる推進力を加えて、暴虐な質量のフルスイングをビルシャナの頬に与えた。鳥は無残にもその場でぐるりと180度回転し、頭から地面に落ちる。
「無意味に足掻きなさい――まあ、それだけの力が残っていれば、の話ですが」
 ユエの絡絞樹がぎゅうぎゅうとビルシャナを締め上げた。
「そのまま丸焼きチキンにして差し上げますわ!」
 レーンの手に集められた巨大なエネルギー弾が、ビルシャナの体を焼き尽くす。さらに悠乃は黒光りするナイフでビルシャナに斬りかかる。
「聞こえました。動きの源、命の流れ……あなたの核は、そこですね」
 深々と刺さったナイフを引き抜くと、どばぁっと体液があふれ出した。
「……相手を見て、喧嘩を売ることだ」
 マティアスの頭上に現れた無数の大剣が、ビルシャナをバラバラにしていく。
「これで終わりだ――!」
 クリスの纏い手が地獄の炎に包まれていた。それまでの攻撃で既に反撃するほどの力も残っていなかったビルシャナは、彼の一撃によって完全に沈黙した。北風が吹いて、土埃が舞った。

●奢れよ!
「はぁぁぁっ!!!」
 ビルシャナだった男が飛び起きたのは、それから1時間ほど後のことだった。
「目が覚めたか」
 傍らで彼の傷を癒し続けていた和とクリスが、ぐったりした様子で男を覗き込んだ。
「ひぃぃ! く、来るなぁっ!!」
「誰がその傷治してやったと思ってんだ」
 和がじとっと男をにらんだ。
「……あ、あれ……傷が……ない……?」
「まあいいだろ、どうせ記憶も曖昧だろうし」
 クリスがそう言って、立ち上がった。
「き、君らが、助けてくれたのか……」
「まあ、いろんな意味でな」
 和も立ち上がり、ふう、と小さく息を吐いた。
「ありがとう、赤髪の少年、そして黒髪の少女」
「誰が少女だ!」
 和は社長の頭頂部を鋭い平手で打った。
「くぁ! 社長さん目が覚めたのオチね!」
 遠くからヒナタの声がする。彼は神前からペタペタと高速でやってきて、「全然起きないから、かれこれ1時間もお願いしちゃったのオチよ!」と言った。
「あ、ああ、どうも……」
 男はまだ混乱の中にあったが、どうやらヒナタがちょっとばかり普通ではないことは感じたらしい。
 やがて、境内のヒールを行っていたほかのケルベロスたちも社長を取り囲むように集まった。
「な、なんか、悪いね……」
 彼はぼつりと言って、それからようやく立ち上がった。
「じゃ、俺は、これで……」
「社長様?」
 レーンが甘えた声を出す。
「わたくしたち、ビルシャナっていうこわーい生き物に変えられちゃった社長様をお助けいたしたのですよ」
「は、はあ……」
 彼女はもじもじと上目遣いで彼を見た。
「……こんなxxxxx女子高生にジュースを奢ったら、きっとご利益、ありますわよ?」
「あ、ああ……」
 男の顔に困惑が浮かんだ。
「ちょうどいいですね、僕も今、なぜか喉がカラカラなんですよ。運動したせいですかね?」
 ユエがニヤリといたずらっぽく笑った。社長は少しの間黙っていたが、「……ああ、いい、いい!」と大声を上げた。
「君らは命の恩人だ、ジュースくらい幾らでもおごってやる! 溺れるほど飲んでくれ!」
「やったぁっ!」
 半ばヤケになった社長は、それでも最後に自分の財布を確認することを忘れなかった。そして「ひとつ!」と一層大きな声で言った。
「クレジットカード決済のできる店、そして、きちんと領収書切ってくれるようなちゃんとした店に行きます!」

作者:あずまや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。