酉年様事件~ただキミに逢いたくて

作者:秋月きり

 正月の風景もすっかり色褪せた一月も十の日々が過ぎた頃合い。人気がちらほらと残る境内にパンパンと柏手の音が木霊する。
 両手を合わせ、直立不動の青年は、周囲の奇異な目もなんのその。一心不乱に願い事をぶつぶつと呟いていた。
「彼女が欲しいです。彼女が欲しいです。彼女が欲しいです。彼女が欲しいです」
 それはもう、懇願とも言うべき願いだった。
 出会う機会がない。いざ、婚活を始めてもモテない。気がつけば二十も半ば近く。その為、焦っていた。焦っていたが、打つ手もなく、今は神頼みしか出来ない。
(「年男の今年こそ、彼女いない歴イコール年齢を脱却したい!!」)
 切実だった。その割に元旦や三が日内の初詣ではなく、この時期の初詣になった辺りで青年のルーズさが伺えた。
 そんな切実な願いは果たして。
 一筋の落雷が応じるかの如く、青年を打つ。それは願い事が聞き届けられた瞬間だった。

 雷に打たれた青年はむくりと起き上がった。
 外傷はない。服も髪に焦げた様子はなかった。
「我は衆中一切を救済する! 伴侶を求めるのは自然な事! そして酉年であるこの一年、年がら年中我を崇め奉り、祝うのは当然なのだ!」
 むしろやられていたのは頭――否、存在そのものだった。
 鶏にも似たビルシャナと化した青年は一声吠えると、境内に残る参拝客に炎の羽根を見舞う。標的はカップル、そして同性。彼女に相応しくなく、ましてや酉年様を崇めない奴らなど、灰燼に帰すに相応しい存在だった。

「酉年様というビルシャナが出現したわ」
 ヘリポートに集ったケルベロスを前に、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)が切羽詰まった声を上げた。
 彼女曰く、このビルシャナは十二年に一度だけ特別な力を得る能力があり、酉年を祝う人々の祈りを奪って急速に力を付けたようなのだ。
「で、その集めた力を利用して神社の参拝客を『酉年ビルシャナ』に変貌させてしまったようなの」
 日本各地の神社等に出現した酉年ビルシャナの目的は人々を殺害し、更なるグラビティ・チェインを奪取する事だ。無論、放置する事は出来ない。
「酉年ビルシャナは強制的にビルシャナ化させられているだけなので、撃破すれば救出は可能よ。ただ、時間が経てばビルシャナ化が定着してしまい、救出が出来なくなるから、今回で撃破して欲しいの」
 上手く行けば一人の犠牲者すら出さない。その言葉に、共に説明を聞くグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)がほっと安堵の吐息を零した。
「みんなに担当して貰うのは、大分県の神社に現れた酉年ビルシャナね」
 恋人が欲しい、と願った青年がビルシャナ化してしまったようなのだ。
「操るグラビティは炎の羽根の攻撃と、祈りの光によって自己回復するみたいね」
「……いつも通りのビルシャナですね」
 グリゼルダの零すツッコミに、まぁね、とリーシャが苦笑する。
「で、いつも通りじゃないところの説明をするわね。酉年ビルシャナはより強力なグラビティ・チェインを獲得する為、『酉年を褒め称える』人を最優先で攻撃する性質があるの。神社の境内に数名、参拝客が残っているけど、みんなが酉年を褒め称える発言をすれば、一般人から目を逸らす事が出来るわ」
 つまり、避難誘導を考える必要がない、との事だった。
「それと、彼女が欲しいと言う願いに呼応したグラビティも気を付けた方がいいわ。具体的に言うと、愛を囁かれると惚れちゃいます」
「催眠ですね。キュアが必要そうです」
 勿体振ったリーシャの言葉に対し、冷静な分析を行うグリゼルダだった。看過されたヘリオライダーはちょっとだけ、切なそうな表情をしていた。
「ともあれ、新年を祝う人々の願いが悲劇とならないよう、みんなの力を貸して欲しいの」
 こほんと空咳を行ったリーシャは気を取り直したように、真摯な表情をケルベロス達に向ける。
 そして、いつものように送り出すのだった。
「じゃ、いってらっしゃい。みんなが無事、ビルシャナの野望を挫くって信じているわ」


参加者
三和・悠仁(憎悪の種・e00349)
エニーケ・スコルーク(戦馬乙女・e00486)
佐竹・勇華(は駆け出し勇者・e00771)
天津・総一郎(クリップラー・e03243)
鏡月・空(月下震天・e04902)
神宮寺・結里花(目指せ大和撫子・e07405)
芹沢・響(黒鉄の融合術士・e10525)
龍造寺・天征(自称天才術士・e32737)

■リプレイ

●酉年のキミ
「我は衆中一切を救済する! 伴侶を求めるのは自然な事! そして酉年であるこの一年、年がら年中我を崇め奉り、祝うのは当然なのだ!」
 神社の境内に響く宣言に、集ったケルベロス達は眉を顰める。
(「新年早々、こういう幕開けか……」)
 派手な外見のビルシャナ――酉年ビルシャナを前に、三和・悠仁(憎悪の種・e00349)は独白する。
(「まぁ、ビルシャナだし……」)
 続けて浮かんだ考えはケルベロスの誰もが抱きそうなものだったが、それは良くないと頭を振って打ち消した。デウスエクスはデウスエクス。核となった無辜な青年が、そして遅い初詣に来た人々が犠牲になろうとしている今、彼のデウスエクスを放置するつもりは毛頭にない。
「また変なビルシャナが……」
 悠仁が呑み込んだ言葉をぽつりと口にするのは佐竹・勇華(は駆け出し勇者・e00771)だった。
「いや、変だからビルシャナなんだろうけどさ」
 それは、天津・総一郎(クリップラー・e03243)談。偏見に満ちた、だが、概ね間違っていない感想に、一同は呻いてしまう。
「午年は九年後ですわよね……」
 酉年ビルシャナの出現にエニーケ・スコルーク(戦馬乙女・e00486)が悔しさを滲ませる。馬のウェアライダーとして、思うところがあるのだろう。流石に午年ビルシャナは存在しないと思うが、そこは謎多き侵略者。存在を完全に否定する事は出来ない。悪魔の証明は難しいのだ。
「ふ。我が丑年は四年後よ」
 張り合う意味があるのかは不明だが、龍造寺・天征(自称天才術士・e32737)が自慢げに胸を張る。浮かべる笑顔はとても素敵で、突っ込む気力を根こそぎ奪っていく。
「猫年はないもんなぁ」
 エニーケと同じくウェアライダーの芹沢・響(黒鉄の融合術士・e10525)がぽつりと零した。ちなみに種族こそは猫のウェアライダーであるが、彼自身の干支は卯年だった。
「別に酉年だろうと戌年だろうとどうでもいいっす」
 干支談義を始めそうな仲間達を神宮寺・結里花(目指せ大和撫子・e07405)が制する。とは言え、彼女自身、干支そのものをどうでも良いと考えている訳ではない。今年が実家で大きな祭典のある巳年でなくて良かった、と安堵している様子からも、それが伺えた。
「ともあれ、犠牲者を出す訳に行かない。新年早々だけど、初デウスエクス退治と行こう」
 鏡月・空(月下震天・e04902)が上げた鬨の声に一同は頷く。その後に彼から零れた「まったく、ビルシャナって奴は……」と言う呟きは聞かなかった事にした。
 これ以上、ビルシャナの狼藉を許す事は出来ないのだ。ケルベロス達は各々の得物を構え、駆け出していく。

●ただキミに逢いたくて
「クケェー」
 ケルベロスの眼前で、酉年ビルシャナが甲高い声を上げる。悲鳴にも似たそれは、彼によるグラビティの行使――詠唱でもあった。
「やらせるか!」
 手裏剣の様に放たれた炎の羽根は、割って入った総一郎の光の剣『輪廻』によって弾き飛ばされる。
「な、何奴?!」
「地獄の番犬、ケルベロスです。貴方を退治しに来ました」
 当然の如く飛ぶ誰何の声に、律儀に応えたのはグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166) だった。彼女の背後で援護にと馳せ参じた、うずまき、真理、鈴、ユルの4人が力強く頷く。
「なっ。……かわいい」
「いや、第一声がそれなのは可笑しいだろう?」
 ビルシャナから零れた言葉に、思わず響が突っ込んでしまう。ビルシャナに憑依された青年の気持ちを考えれば、その意味は分からないでも無いけど、と冷や汗が零れた。
 境内に集ったケルベロスの内、八人は女性だった。何れも眉目秀麗――いわゆる、美女美少女である。彼女いない歴=年齢のビルシャナ、と言うか中の人が色めき立つのも無理はない。
 境遇には同情を禁じ得なかった。判るぜ、と肩叩きぐらいはしてもいいのではないだろうかと思う程であった。
(「いや、それでも奴は敵だ。敵!」)
 沸き上がる同情心を抑える。己のサーヴァントである黒彪が向ける視線が何処か、生温かい気がするのは、気のせいと思いたい。
「いやー、酉年様は大したものですね!! まさしく、酉年を祝う為に相応しいお姿です!」
 突然上がった絶賛は、空からだった。
「な、何を……」
 酉年ビルシャナは訝しむ声を上げるものの、僅かに朱に染まった頬はひくひくと動いており、効果覿面さを覗かせている。
 ヘリオライダーの弁に依れば、酉年ビルシャナは酉年を、そして大元のビルシャナ、酉年様を褒め称える存在からのグラビティ・チェイン奪取を優先するとの事だった。故に空は紡ぐ。酉年への賛辞を。
 その隙をサポートに駆けつけた四名が駆け出す。彼女達を目端で追ったケルベロス達は、避難誘導を彼女達に託し、自分達はビルシャナの牽制に集中する事にした。
「酉年! 酉っていいですよね! どこまでも飛んでいけそうな年になりそうで素敵!」
 空に続いたのは勇華だった。キラキラと輝く瞳と共に口にする美辞麗句は、ビルシャナの自尊心を刺激していく。
「そう。酉年とは凄いものなのだ!」
 天征の賞賛は仁王立ちと共に発せられる。
「酉年とは完熟した状態を指すようだな! つまりは十二支で一番優れていると言っても過言ではないだろう! つまりは酉年こそ最強!」
 流石酉年。凄いぞ酉年。
 上から目線の物言いだったが、ビルシャナにとっては気に障る事ではないのだろう。にへらと鶏の顔がだらしなく緩みきってる。
「酉年、本当に素敵ですよね。『鳥』でも『鶏』でもなく、『酉』であるあたりに深みを感じると言うか」
 追撃は悠仁からだった。字としての美しさを上げ、絶賛する彼にそう言う見方もあるのか! とビルシャナ側がむしろ、目から鱗とばかりに歓喜の声を上げる。
「えーと、そうっすね。酉年……酉……鳥、鶏肉」
 賞賛の言葉を探す結里花の思考は、何時しか鶏肉へと導かれてしまう。如何かとは思ったが、ええいままよと、そのまま賞賛を続ける。
「鶏肉は良いっすよね、ヘルシーだし割と安いし色んな料理に使えるっす。焼いてよし、煮てよし、揚げてよし……と。まあ、何やかんや牡丹肉とか牛肉よりかは好きっすよ」
「ですね! 卵も素晴らしいです!」
 同意の声はグリゼルダからだった。褒めている事は間違いないが、そのアプローチは如何な物か。
 ……その筈だった。
「うむ。牛や豚に比べ、安価で美味しい。鶏は庶民の味方。唐揚げはおやつにも良し、おかずにも良し、だからな。ああ、ブツ切り肉最高!」
 まんざらでも無さそうにビルシャナが頷く。流石は唐揚げや鳥天に代表される鶏肉をソウルフードとする大分県人が元になったビルシャナ。鶏肉に賭ける情熱は追随を許さなかった。
「うむ。うむうむ。皆の賞賛はよく分かった。ならば、私も応えなければならぬ!」
 気を良くしたビルシャナは掌に、無数の炎の羽根を浮かび上がらせる。その切っ先が向くのは、今まで酉年を褒め称えていた存在、ケルベロス達だった。
(「攻撃される為に相手を褒めるってどんな苦行だよ!」)
 総一郎は唸りながら輪廻を盾へと展開、防御の力を己に付与する。そこに手裏剣の如く飛来する炎の羽根は、彼の内心を肯定する様に、恐るべき速度で突き刺さる。
(「だが、それももうすぐ……」)
 避難活動が完了すれば、ケルベロス達が囮になる必要はない。そして、その避難活動は順調そのものだった。キープアウトテープを用いて万が一の再入場を防ぐ手腕には感心すらしてしまう。
(「もう、大丈夫ですわね」)
 もはやビルシャナに一般人を害する事は出来ない。そう判断したエニーケは、己の得物である斬馬刀――グリュックスヒューゲルを振るう。その様は戦旗を振る聖女を彷彿させた。
「今年はあなた達が主役ですわよ! 良かったですわね!」
 酉年への揶揄にも似た絶賛と共に、仲間達へ自由な力が宿っていく。
 それが起点となった。
「嘘ですよバーカ!!」
「な、何だと!」
 空による突然の掌返しに、ビルシャナが悲鳴の様な声を上げる。共に叩き付ける重厚な一撃は、ビルシャナの身体を宙に舞わせた。
 身軽に地面に降り立つビルシャナへの追い打ちは結里花から。お払い棒による突きを後方へ跳躍で躱したビルシャナはしかし。
「当たらないと思いましたか。このお祓い棒、伸びるんですよ!」
 急激に伸びた突きの一手は、ビルシャナの顎を強打し、身体を後方に叩き付ける。がこんと、石畳に後頭部を強打するいい音が響き渡った。
「お、おおおおっ?!」
「だ、大丈夫ですか?」
 両翼で後頭部を押さえながら、ごろごろと地面を転がり呻くビルシャナへ、グリゼルダが思わず心配の声を上げたのは仕方ない事だった。
「キミは何て優しい人なんだ……」
「――って、ちょっと待って!」
 勇華の注意はしかし、一瞬だけ遅く。
 瞬く間にグリゼルダは頬を朱に染め上げ、上気した瞳でビルシャナを見つめていた。

●キミを愛してる
「ああ、愛しき人。今こそキミに告げよう。――愛している、と」
「――はい」
 大仰なビルシャナの台詞に、グリゼルダがコクリと頷く。目はグルグルと回り、どう見ても催眠状態であったが、誓う愛の効力は本物。愛の為と施す緊急手術は、ビルシャナの身体を癒していく。
「って、駄目だよ!」
 電光石火の襲撃をビルシャナに見舞いながら、勇華が正気に戻れと呼びかける。だが、相手は恋を煩い、そしてビルシャナと化す事で得た愛の力だ。呼びかけ如きで解ける束縛ではない。
「いや、これは愛の力だ!」
 能力を使用したビルシャナが強く主張する。無理矢理ではない。愛とは与え与えられるものなのだから。
「いや、グラビティの時点で攻撃だろ?」
 オーラでグリゼルダへ侵食するグラビティを解除しながら、冷静に指摘する響。相手を想ったり想われたりするのが愛ならば、そこに攻撃の余地は無いはずだ。多分。
「そんなのが愛など、片腹痛……ああ、今回は別に説得しなくて良いのか」
 悠仁の放つブラックスライムがビルシャナに喰らい付く。
「ククク。最強の干支が我が生まれ、丑年で有る事を思い知らせて……のわっ?!」
 続く天征の煌めく飛び蹴りはしかし、ビルシャナの炎に阻まれ、相打ちの結果に終わった。ギロリと鶏の目が天征を睨む。酉年を馬鹿にする者は殺す。その目がそう語っている……様に思えた。
「待て。待つのだ、ビルシャナよ! やはり酉年が素晴らしいな!! うむ、酉年万歳だ!!」
「如何にも! そして、お前のグラビティを酉年様に捧げてやろう!」
 現実はシビアだった。褒めても馬鹿にしても命が狙われる理不尽に、思わず呻いてしまう。
「そうだ! ケルベロス達よ! 貴様らのグラビティ・チェインと、そして嫁の両方を手に入れてやる!」
 最後の台詞は少し余分だったが、ツッコミを許さない勢いでビルシャナが叫ぶ。

 炎が舞う。光が舞う。言葉が舞う。
 口上に昇る愛の囁きは都度、三回程。その度に、エニーケが、勇華が、結里花が頬を染める。
「見境無しだな。あいつ」
 呆れるべきか。哀れむべきか。唸る総一郎に天征が解説する。
「いや。攻撃役と回復役を狙うのは、戦術的に正しいと我は思うぞ!」
「その通り! 決して好みを優先している訳ではない!」
 執念とも呼ぶべき攻撃は、ディフェンダーである総一郎や空が間に割って入る事すら不可能としていた。決して薔薇色な空間を彩る可能性に身体が動かなかった訳ではないのだ。
「だが、誰でも口説くのはナンパであり、浮気だ」
 お前の言う愛とはそれで良いのか? と悠仁が問う。言外に告げていた。お前はハーレムを作りたかったのか、と。
「ぐぐぐっ」
 嘴の橋から泡を零しながら、ビルシャナが呻く。己の願いと授かった能力の乖離に、自我が崩壊――する程、彼の精神は弱くなかった。
「いや、でも、ハーレムの中心とか男なら憧れるだろう?」
 胸を張り、断言した。……それが、自身の終焉になるとは、彼自身、予期出来る筈もなかった。
「へぇ」
「そう」
「ですか?」
 冷たい言葉は、自身を援護していた筈の女性達から掛けられる。
「残念ながら、催眠状態は絶対って訳じゃないからなぁ」
 あちゃぁと響が視線を逸らす。同じ男として、これからの惨劇を目にしたく無かった。
「甘くほのかな味をご堪能あれ!」
 エニーケの振りまくキャンディのイメージは、自身とグリゼルダ、そして後衛を務める悠仁や響、天征の傷を癒していく。
「迅きこと、雷の如く!! はためけ! 雷装天女よ!!」
 羽衣の如き形を取る結里花のバトルオーラは雷となり、その身体を包む。舞うように連打をビルシャナの身体に叩き込む様は、宙を泳ぐ天女を彷彿させた。
「この一撃で決める! うおぉぉぉぉぉ!!! 勇者パァァァァァンチ!!!」
 そして勇華は高く高く、天へと調薬する。重力に引かれ、自由落下に突入した彼女の拳が捕らえるのはビルシャナの身体。重力によって加速された勇者の拳が、ビルシャナの身体を貫く。
「――ぐぇぇぇ!」
 だが、敵も侵略者デウスエクスである。滅ぶまいと自身の傷を光で癒す。続けて放つ囁きは、再び自身の虜囚にせんが為の語り掛けだった。
 だが、その言葉が最後まで紡がれる事はなかった。それを遮ったのは、五月蠅い迄に響く高笑いと、待ち構える少年の声だったのだ。
「ふはははは! 龍造寺家七千年の歴史にて引き継がれし研鑽の結晶! その身に受けてみよ! 顕現せよ! 機神竜ガルファイド!!」
 龍造寺家長年の歴史の結晶、ただし、ちょっと年月にサバを読んだ一撃はビルシャナの身体を吹き飛ばし。
「【氷結の槍騎兵】と【悪戯猫の召喚】を除外し召喚! ぶった斬れ! 『蒼氷の猫武者』ッ!!」
 響の召喚した二足歩行の猫侍は、氷の刀でビルシャナを袈裟斬りにする。
「心を込めた俺からの贈り物、涙を流して受け取りやがれ!」
 もはや瀕死のビルシャナへ総一郎からプレゼントと称した拳のラッシュが叩き込まれる。撒き散る羽毛には何処か、血の色が混じっていた。
「牙を剥け、我が内より来たる憎悪の声、叫び、慟哭。潰えた夢の更に彼方、最早訪れる事無き希望を噛み殺せ。――【憎悪を刻め我が枝よ】!!」
 そして、禍々しき凝骨斧セザルビルがその命を刈り取るべく、叩き付けられる。悠仁から吹き出す猛毒の怨嗟はビルシャナの身体を侵食し、羽毛の先まで食い破っていく。
「慈悲は要らないようで」
 止めの一撃は空だった。ボロ雑巾を彷彿させる外見となったビルシャナに見舞うはまず、蹴り。次に蹴り。そして蹴り。幾多にも及ぶ蹴りを送る彼は、どことなく楽しそうな笑みを浮かべていた。
「たとえ、恋人が、出来た、としても、自分の、思い通りになるという、その根性、叩き直してやるううううッ!!」
 言葉が尾を引く。そう。恋人を望むのは自由だ。だが、好き勝手出来ると思ったら大間違いだ。相手を思いやる事が出来ない愛情など、長続きする訳がない。
 物理的な説得を終えた空は晴れ晴れとした顔で宣言する。
「あー。すっきりした」
 その背後で光に包まれたビルシャナは、さらさらと崩れるように光に溶けていくのだった。

●平和な午後
 柏手の音が響く。
 ついでに参拝をしていかない? との勇華の提案に乗ったケルベロス達は、思い思いに願い事を頭に描く。
 世界平和、仲間達の事、将来の事、そして、健康の事。
 なお、本職巫女である結里花は初めての参拝になるグリゼルダに、その方法を手取り足取り伝授していた。
(「今年も元気でいられますよーに。そして友達と仲良く出来ますように」)
(「何もかも守れる自分になれますように」)
(「皆を支えられる事が出来ますように」)
(「お友達と今年も仲良く過ごせますように」)
(「今年こそ彼女が出来ますように)」
 そんな中、一人、柔らかな視線を向けるユルにグリゼルダは問う。何をお願いしたのですか、と。
「グリくんが危ない目に逢わないように……かな?」
 さっきのビルシャナの攻撃は危なかった。思わず避難誘導を投げ出して殴りかかりに行きそうだった。その言葉を呑み込んで、笑って応える。
「そう言えばグリゼルダたんはどんなお菓子が好きですの?」
 突如のエニーケの問いに目を白黒させたグリゼルダはえっーと、と指折り数えていく。
 洗脳から目を覚まして一年程。その間に出会った物事は驚きの連続で。ご馳走も、そして甘味も、まだまだ彼女を飽きさせていない。
「甘いモノも良いけど、俺、鶏が喰いたいな」
 待ちくたびれた、と声を響が上げる。
 彼の隣に佇む天征がクククと笑い声を上げたのは次の瞬間だった。
「大分県には唐揚げ屋と言う希有な商売が成立しているのだ! どれ、我が買ってきてやろう!」
「いや、みんなで行けば良いんじゃないかな?!」
 駆け出しそうな彼を、苦笑い混じりに空が引き留める。
「……ともあれ、移動は彼が目を覚ましてから、だな」
 悠仁の指し示す先にはすやすやと安らかな寝息を立てる青年の姿があった。
 ビルシャナと化した青年はしかし、そんな事が無かった様に安らかに眠っている。
 やがて目を覚ました彼は、自分を覗く無数の顔を前に、どんな表情をするだろうか。
 少しだけそのときが楽しみだと、自然に表情が綻んでいた。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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