星鯨

作者:藍鳶カナン

●星鯨
 震えが来るほど美しい夜だった。
 街灯りひとつ届かぬ原野のただなかで振り仰ぐのは、何者にも遮られぬ冬の星空。
 凍てつき冴ゆる夜気が唯ひとり原野に立つ女の身を芯から震わせ、その寒さ故に限りなく澄みきった星空の美しさは、きっと誰もの魂を芯から震わせる。
 涯てなき天穹は純粋な黒、満天に銀砂を振り撒いたかのような星屑が瞬き、煌き、もしも触れられたなら今にも降り注いできそうなほど。――だからこそ、と女は小さく笑った。
「逢いにきたわ、星鯨」
 星瞬く夜空に唄い、悠々と星空を泳ぐ鯨、星空の王。
 世界に唯ひとりの王は、冬の星が綺麗な夜、雲ひとつない星空へと唄いかける者に逢いに来る。女が求めているのはそんな噂話の星鯨。
「けれど星鯨が求めているのは同族の仲間、それ以外は出逢ったものすべてを殺してしまう――って話だっけ。でもいいわ、その姿を見てみたいもの。その唄を聴いてみたいもの」
 寒さゆえか別の何かゆえか己を抱きしめるようにして、けれど女は迷わず笑ってひときわ大きく星空を振り仰ぐ。
「おいでなさい星鯨、あなたに逢えるなら殺されたって本望よ」
 言葉に続くのは星空へと響く唄。
 だがそれは、最初の一音で不意に途切れた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 忽然と原野に現れた第五の魔女・アウゲイアスが、女の心臓を穿った鍵を引き抜いて瞳を細めた。ぷつりと意識の途切れた女が崩れ落ちればその傍らに、宙を泳ぐ鯨が現れる。
 雪の如く白いからだに淡い星の煌きを纏い、星瞬く夜空に唄って宙に躍る。
 世界に唯ひとりきりの、星鯨。

●孤独な王様
 震えが来るほど美しい話だった。
 星瞬く夜空に唄い、悠々と星空を泳ぐ鯨、星空の王。
 世界に唯ひとりの王は、冬の星が綺麗な夜、雲ひとつない星空へと唄いかける者に逢いに来る――。
「その話、だけなら、とても、綺麗、だったの、です、けれど。――ね、ベガ?」
 夜色の毛並みと純白の翼を持つウイングキャットをぎゅっと抱いて、リラ・シュテルン(星屑の囁き・e01169)は眉を曇らせた。
 星鯨の噂を聴いた時に感じた胸騒ぎが、現実となって生まれくる。
「けれど、誰かの命が奪われるまえに予知できたのはリラさんのおかげだからね。大丈夫、今なら間に合う」
 そう告げたのは天堂・遥夏(ウェアライダーのヘリオライダー・en0232)。
 夜の原野で女性の『興味』を奪った魔女の姿はもうないが、奪われた興味から現実化した星鯨のドリームイーターが事件を起こす前に倒すことは叶うのだ。勿論意識を失ったままの女性も星鯨を倒せば目を覚ます。
 向かう先は凛と夜気が冴ゆる冬の原野。
 魂を芯から震わせるほど綺麗な星空のもと、噂通り唄を歌えば星鯨が現れる。
「街灯りひとつ届かない原野だからね。誰も来たりしないから、思う存分全力で戦って」
 星鯨のドリームイーターの方も『出逢ったものすべてを殺してしまう』という噂のままに襲いかかってくるはず、と遥夏は続けた。
 星の潮を吹いて氷の凍気を振り撒き、星の波で相手を呑み込み動きを封じる星鯨。
「一番厄介なのはヒールかな。かなり強力だからね、下手すると長期戦になると思う。けどあなた達なら大丈夫。そうだよね?」
「はい。皆さんが、お力を、貸して、くださる、なら、大丈夫、ですっ!」
「合点承知! 一緒に解き放ちにいきますなの~!」
 迷わず頷いたリラが仲間達へ微笑みかけたなら、真白・桃花(めざめ・en0142)の尻尾の先がぴこんと跳ねた。
 解き放ってこよう。奪われた興味も、生まれながらに孤独な星鯨のいのちも。
 そうして無事に終えられたなら、と遥夏が言を継ぐ。
「時間は取れると思うから、少し星空を眺めてくる? 折角の景色だしね」
「――はい!」
 世界に唯ひとりきりの、星鯨。
 倒せば元となった興味は女性のもとへ還るのだろうけど、星鯨の心は星空へ還るような、そんな風に思えたから、リラは改めて仲間達を見回した。
「往きま、しょう。全てのひとを、全てのこころを、救う為、に」
 ――世界に唯ひとりきりの星鯨へ、逢いにいこう。


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
閑谷・レンカ(アバランチリリー・e00856)
リラ・シュテルン(星屑の囁き・e01169)
真柴・隼(アッパーチューン・e01296)
雨之・いちる(月白一縷・e06146)
ピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)
クー・アアルト(レヴォントゥレット・e13956)
ゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)

■リプレイ

●星鯨
 震えが来るほど美しい夜だった。
 凛と冷たく澄みわたる夜気はぴんと張りつめた弦にも似て、皆の唄に震わされれば透明な響きを濁らすことなく星空まで届けてくれるよう。
 ――逢いたい、と。
 希って星空へ唄を贈るなんて、まるで恋みたい。
 凍てつき冴ゆる夜の底、冬の原野で星空を仰ぐゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)が『興味』を奪われた女性の熱情に、それを呼び水に浮かんだ面影に心を震わせた、刹那。
 涯てなき漆黒に銀砂の星々瞬く空に、神々しいほどの白が翻った。
「嗚呼、星空の王のお越しだ」
 星空を大海の如く泳ぐ白鯨、星の煌き纏う星鯨を空色の瞳に映し、極北の冬を識る身には慕わしい夜気に眦を緩めていたクー・アアルト(レヴォントゥレット・e13956)は、王へと謁見の礼をとり、双子座の双剣を抜く。
 星鯨が鳴いた、その瞬間だった。
 深海へ潜る様を思わす降下と同時に噴き上げられる凍てる星の潮。一瞬で地上へと降りた星鯨の迫るような巨躯と美しさ、そして前衛陣に降りそそぐ凛冽な煌きに瞳を瞠り、
「こんな噂に出逢うなんて、ほんとリラらしいね!」
「ふふ。メリルも、そう、思う? ベガも、そう、みたい」
 夜色ドレスを淡く透かす御業の鎧を纏ったメリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)が声をあげればリラ・シュテルン(星屑の囁き・e01169)は小さく笑み咲かせ、仲間の盾となって懸命に翼を羽ばたかすウイングキャット越しに、星鯨をまっすぐ見つめる。
 ――こんばんは、星空の王。
 嘆きからすべてを護る決意とともに少女が握り込むのは爆破スイッチ、七色の星雲めいて爆ぜた彩風に乗り、雨之・いちる(月白一縷・e06146)が空に舞った。
「さあ、孤独な星鯨を空に還してあげなきゃね」
「勿論! 偉大なる王を空の座へと送り届けようぜ!!」
 凍て夜に靡く月白の髪はさながら流星の尾、煌く星となった娘の蹴撃が星空の王の巨躯を震わせた刹那、大地から噴き上がったのは真柴・隼(アッパーチューン・e01296)が描いた星の聖域の光。
「なら私はアンチヒールを!!」
「お願いね! ピリカもがっつり行っちゃって!!」
「はーいっ! 星鯨さん、星いっぱいの空へ還してあげますからねっ!!」
 前衛に燈る三重の輝きを翔けた極小の彗星はゼルダが撃ち込んだ小さなカプセル、星鯨へ神殺しのウイルスが撒かれた次の瞬間には、閑谷・レンカ(アバランチリリー・e00856)の撓やかな指先が夜風を撫で、ピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)へ魔法の木の葉を纏わせる。
 森の魔法に高められた力のまま、少女が叩き込んだ星の十字が星空の王へ幾重もの痺れを刻み込んだ。けれど彼女に続かんとしたクーの意識が凍りつく。
 星天十字撃が使えない。代わりにある力は、星の聖域を描くもの。
 だが惑いも一瞬、愛刀でなく極夜のオーロラめいた光を翻し、
「王よ、貴方を討たせてもらう」
 討つ以外で彼を孤独から解き放てぬ詫びを込め、輝く気咬弾を迸らせた。
 光弾に喰らいつかれた王が星空へ躍りあがる。
 雄大な星鯨の跳躍、大きく海面を波打たせるよう宙を打った巨大な背が起こすのは、星屑煌く魔法の波濤。クーへ襲いかかる星の波へ柚子色テレビウムが飛び込むが、彼が波を引き受けた瞬間――星の聖域の一部が砕けた。
「そっか、王様ってメディックだっけ……!」
「ええ、キュアもブレイクも標準装備よ! 頼りにしてるわ、小さな護り手さん達!!」
 皆へ聖域を描かんとしていた隼の手が僅かに惑うが、盾たる仲間を信じてレンカは迷わずジャマーたる隼の力を高めるべく森の魔法を贈る。けれど護り手がすべて庇えるわけでないことは百も承知。
 星の波も潮も加護を砕く破魔を孕み、星鯨が唄えば刻んだ厄も幾つか消えるはず。
 厄の重ねがけに過度の期待はできず、加護の維持に拘ればそのぶん攻撃の手を割かれて、戦いがより長引く危険性が増す。
 だが、浄化と破魔を揮えるのは此方のメディック達も同じだ。
「氷も、麻痺も、わたし達が、浄め、ます。だから、皆様は、攻撃、を……!」
「癒しながら加護も付与するわ! 頑張って、あるふれっど……!!」
 冬枯れの野にリラが咲かせるのは星虹の爆風、ゼルダは婿なテレビウムの背に祈りを注ぐ想いで星の聖域の輝きを織り上げる。
 天には数多の星が瞬き、地にも幾多の星が咲く。
 星空の王から降りそそぐ氷の星屑や押し寄せる星の波濤に此方も星で抗いながら、誰もが天地の星の狭間を翔けるような攻防を重ねれば、星鯨が癒しを謳った。
 響き渡る唄は鳴き声で哭き声のよう。
 深く豊かな音律のうねりは大らかで、なのに寂しげで。
 ――まだ見ぬ仲間を、呼んでるの?
 胸に迫る唄に息を呑む。
 けれど即座にいちるは凛と意識を澄ませて状況を把握した。ウイルスに威を殺されてなお強大な癒しが星鯨の厄も幾つか浄化し、治癒力を高める加護を燈す。
 己のハウリングフィストの命中率はかなり低い。だが殺神ウイルスならその三倍。
「ブレイクは任せていいかな? その代わり絶対アンチヒールは叩き込むから」
「了解ですよっ! どーんと行っちゃいますねっ!」
「うん、任せて! わたしの破剣もまだ生きてる!」
 月光と六花煌く輝きの裡から放ったいちるのカプセルが星空の王を直撃すれば、続け様に飛び込んだピリカが星鯨を吹き飛ばす勢いで破魔の拳を揮い、後衛から狙いを研ぎ澄ませたメリルディも夜色ドレスの裡から小瓶を取りだすと同時、甘い煌きを解き放った。
 御業の破剣を乗せて爆ぜたのは金平糖の流星雨。
 甘やかに煌いて降りそそぎ、数多のスタードロップが星空の王のいのちを喰らう。

●星芒
 震えが来るほど美しい唄だった。
 凍てる煌き降らす星の潮は氷点下の朝に輝くダイヤモンドダストを思わせ、圧倒的な煌き押し寄せる星の波は遥か星海の彼方まで攫ってくれるかのよう。
 なのに、潮と波のあわいに時折響く星の唄が何より強くレンカの心を震わせる。
 大いなる流れにも似た旋律は何処か優しく懐かしく、それでいて切なくて――。
「共鳴、してる? そんな顔してるの~」
「そうね。でもきっともっと深く響きあえるわ」
 同じ狙撃位置をとった真白・桃花(めざめ・en0142)の声にレンカは頷き、精鋭ゆえ反応速度にも優れる仲間達が星鯨の加護を砕いたと見た瞬間、掌中に極小の星を生んだ。
 精鋭陣より練度で劣るのは承知の上。けれど、だからこそ。
 極限まで研ぎ澄ませた意識で星鯨を捉え、その魂まで見透かす心地で見定め、立ち位置の恩恵も乗せ確実に王を穿つ小さな星。彼の奥深くで爆ぜた神殺しのウイルスは呪いでなく、愛し子を解き放つための祝福だ。続く桃花の銃声も祝砲の如く響いた。
 五人のウィッチドクター達が撃ち込むウイルスが強力な星唄の癒しを大きく抑え込む。
 対し、此方側の癒しは。
「十二分、だな。頼もしいね」
 古代の神話息づく極北の地、ラップランド。原初の世界の大気の乙女、彼女の癒しの風をそこから招く必要はなさそうと微かに笑んで、冬森の狩人たるクーはこの夜に極東の原野を馳せる。王の孤独そのものを狩るべく放つは、今ただひとつの攻撃技、気咬弾。
 だけど孤独に癒しを唄う声に、歯痒さがクーの胸を軋ませる。
 その言葉が、唄が解れば。
 ――貴方の心に、もっと寄り添うこともできるのに。
 凍てる夜に光を交錯させる戦いのうち、潮と波のあわいに響く星唄が頻度を増していく。それは星空の王もヒール不能ダメージの蓄積には抗えぬ証だが、抗えないのは此方も同じ。特に皆の盾として奮戦するサーヴァント達に癒えぬ傷が嵩むけれど。
 前中衛を越え癒し手を狙い始めた星の潮を波を春花色のボクスドラゴンが果敢に阻んだ。星鯨が揮うのはすべて魔法、ゆえに魔法耐性を備えた箱竜にはまだ余裕がある。
「プリムえらいっ! つよいっ! その調子でみんなをがっつり護ってねー!!」
 弾む声音で相棒を励まして、弾む足取りで駆けてピリカが叩き込んだのは小さく強く煌く神殺しのウイルスカプセル。唄の癒しを阻む力が解き放たれると同時、ゼルダは流れるよう妖精の弓を引いた。
 番える矢は妖精の祝福と癒し、
「今は私だけで大丈夫そう。リラさんも攻撃をお願い!」
「はいっ、ここは、お任せ、します、ね!」
 祈りにも似たゼルダ自身の想いをも重ねた祝福の矢が箱竜を癒しあげ、決然と星空の王を見据えたリラは小さな小さな神殺しの星を捧ぐ。
 同族しか、受け入れぬ、気高くも、寂しい、星鯨。
 在るべき場所へ、お還り。
 命を削る星に抗い星空の王が唄う。星空に躍りあがる雄大な跳躍で宙を打ち星波を生み、翻る胸びれ返す尾びれが凍てる夜風に星の波飛沫を散らす。
 凄いな、と隼が金の瞳を輝かせた。
 夜闇に魔法のダイヤモンドダストを煌かす星の潮すらも、彼のいのちの息吹。
「力強いのに儚げで、片時も目を離したくない――って、地デジも思うだろ?」
 顔画面の目に星をきらきらさせて同意するテレビウムに隼は破顔して、キャスターとして楽しげに原野を跳ね回る小さな弟分と一緒に飛び込む王の懐、駆動音唸る刃で傷を広げれば血飛沫の代わりに散る夢のモザイクも星のいのちの煌きを咲かす。
 どうしようもなく惹きつけられる。
 孤独にして孤高な、その心のありようにさえも。
 けれどそのありようが、美しくて、悲しいね。
 白い呼気でそう呟き、いちるも躊躇うことなく斬り込んだ。
「掬んで、開いて。てのひらで踊ってくるくると――」
 ひそり夜風に遊ばせた指先から星々の狭間に陽炎めいた糸が踊る。紡ぐ彼女だけの魔法は虚喰召還ならぬ繰繰利糸遊、けれどそれこそが、この星の夜を翔けるケルベロス達の中での最大火力。
 吐息の詠唱が成った刹那、星鯨を搦めとっていた糸は無数の氷の刃となって、絶大な威で巨躯を貫いて、星空の王を大地に墜とした。
 だがなおも星鯨は夜空へ躍りあがる。いのちを振り絞るよう生む波、吹く潮、癒しの力を減じられても鳴いて哭く声だけは深みを増す星の唄。
 あなたに逢えるなら殺されたって本望よ。
 迷わずそう笑ったという女性の気持ちが解った気がして眩しげにゼルダは笑んだ。
「ゼルダ!!」
「大丈夫……!!」
 眩暈がしそうなほど鮮やかに煌く星の波濤が襲い来るけれど、切迫したレンカの声に笑み深めた唇が瞬時に詠唱を紡ぐ。防具の性能にも援けられつつ放った白銀の矢が星屑の銀嶺を翔け昇って貫いて、波濤を相殺した。
 輝く星霧が霧散する。誰もがとまらずに力を解き放つ。
 大地から解き放たれ流星となったいちるの蹴撃が星鯨を大地に叩きつけ、力一杯跳躍したピリカが星の天地に十字を描く斬撃を打ち込んだ。
 二つの星座の超重力、その衝撃に翻った巨大な尾びれが地を打って煌きを散らす。
「命の輝き、しっかり目に灼きつけておかなきゃな!」
「私もそのつもり。見届けるわ、最後の最後まで」
 瞬きなんて捨てて星空の王の懐へ飛び込む隼、唸る駆動式の刃が星鯨の護りごとその身を裂いたなら、続けて滑り込んだレンカが極大の魔力を叩き込んだ。爆ぜる飛沫は血ではなく星色モザイクの煌き、咲くのは光の曼珠沙華。
 星が咲く花が咲く。
 高く噴き上がって降りそそぐ氷の星屑、恐らく星鯨の最後の力だろうそれに蓮花の宝石を煌かせ、メリルディが奔らせた透ける御業が星空の王を捕えて掴んで離さない。
「行けるよリラ! とどめを!!」
「ええ、メリル!!」
 ――愛しい、愛しい、綺羅星よ。どうか、わたしに、力を貸して。
 肩へ舞い降りた翼猫と祈り重ねれば、淡い青に煌く星々がリラ達を包むよう咲き溢れた。煌きが紡がれ星屑の矢となって、まっすぐ夜を翔け星空の王を撃ち貫く。
 王は至近で見る花火の如く、けれど熱も音もなく静かに光となって爆ぜ、夜風に消えた。
「さようなら、星鯨」
 貴方のこと、忘れない、わ。
 最後に残った淡い淡い、まぁるい煌きが、空へ昇って星々に融けた。

●星穹
 震えが来るほど美しい星だった。
 遠く遠く、気の遠くなるほど遥か彼方で煌いているはずなのに今にも零れ落ちてきそう。
「ジョゼちゃん、くじら座ってどれ?」
「くじら座はあそこ」
 隼が訊けば、意地っ張りな月暈の少女にも途端に誇らしげな笑みが咲き、白い指が南西の夜空を指して踊って星座を描きだす。心臓の星、ミラは変光星なの、と紡いた声がひときわ熱を帯びた。周期的な膨張と収縮で明るさが変わる様は、
「凄いと思わない? 本当に心臓が脈動してるみたいでしょ?」
 目を凝らした僅かひとときで体感できるものではなかったけれど、いつもつっけんどんな彼女が嬉々と語る様が隼の頬も眦も緩ませる。
 満天の星々、凍てる硬質な煌きに、次々いのちが吹き込まれていく。
「――うん。ね、もっと教えてよ」
 涯てなき空を翔ける、星のいのちのことを。
 夏夜には天使の翼を羽ばたかせ、彼を抱えて空と湖の星の狭間を渡ったけれど。
 今日は地上から見よっか、とメリルディは彼の南瓜頭を見上げた。
「それにしても寒いなぁ……ちょっと、いい?」
「勿論。此方へおいで」
 片腕にくっつく彼女の愛らしさに南瓜の仮面の下で笑み、もう片手で紳士がふわり踊らす奇術。何処からともなく現れたとても見覚えあるマフラーにメリルディが飛びきりの笑みを咲かせたから、スケキヨは柔らかに囁いた。
 一緒に巻こうか。
 きっと、すごく暖かいと思うんだ。
 戦いの熱が引けば凍える指先の冷たさを思いだしたけれど、彼の姿を天色の双眸に映せばいちるに春を思わす笑みが咲いた。
 寒さや暗さ、幾つもの言い訳で照れを隠し、いちると信倖は手を繋ぎあう。
 冬の澄みきった大気の底から仰ぐ星空には瞬きも忘れるほどの煌き。透明な音をきらきら響かせ零れ落ちてきそうな星達の中ひときわ青白く輝く星に瞳をとめ、
「あ! シリウスみっけ」
 明るく声を弾ませた少女が青年を冬の大三角探しに誘った。
「どっちが早く見つけられるか、競争ね!」
「競争か、受けて立とう!」
 顔を見合わせ互いに破顔し、せーので勝負開始。いちるが勝てば帰るまで手はこのまま。信倖が勝てば帰った街でコンビニ肉まんツアー。
 けれど肉まんツアーなら、手は最後まで離さずに。
「プリム見て、ぎょう座があるよっ! あっちはピ座かなっ!」
 相棒を抱っこして面白星座探しに励みつつ、ピリカがちらりと桃花の様子を窺えば、
「ばぁん」
「きゃー!?」
 指鉄砲でピリカを撃つ真似をした桃花が竜しっぽの先を弾ませた。
「ふふふ~。欲しい幸せはね、自分からあげるのがおすすめなの~」
 話し相手が欲しいなら自分から声をかけ、仲良くなりたいなら自分から手を伸べる。
 誰かにあげたものは巡ってくる――そう言ってたものね、とくすくす笑みを零すのは婿なテレビウムと一緒に夜色スープポットを開けていたゼルダ。
「ね。竜のお嬢さん、地球人のお嬢さんにボクスドラゴンさん、温かいスープはいかが?」
「ああん、そんなのメロメロになっちゃうに決まってるの~!」
「わあい、いたたきまー……あっそうだ私いちごとうふいっぱい持ってた!!」
 これ一緒にどうですか、と少女が取りだせば楽しげな笑声が弾けて咲いた。
 ――星鯨もこんな風に、色んな種族のみんなに逢えて嬉しい、って思えたなら。
「ほんとね。温もりお裾分けしたら温もりのお裾分けもらっちゃったわ」
 多めに持ってきたブランケット、その温もりを仲間にお裾分けすればゼルダの小さな婿にあったかスープを差し出され、レンカの眦も勿論緩む。温もり羽織った桃花と笑み交わす。
 冴ゆる星空は限りなき無窮、振り仰げば無数の星々が視界いっぱいに迫るようで、なのに己が吸い込まれそうで。
 不思議、と隣で声が零れた。
「ふっ……と。誰もいない世界に放り出されたみたいな気持ちになるの~」
「いいのよ、きっとそれで」
 竜翼を震わせた娘にレンカは柔い微笑でこう紡ぐ。
 ――独りだと思い知ることは、いつかふたりやみんなになるために必要なことだもの。
「リラさんとベガ君には、これなんてどうかしら」
「わ、素敵、です……! ありがとう、ござい、ます!」
 甘い金銀の星のかけら、金平糖。ゼルダのお裾分けを胸に抱く翼猫と分け合って、リラは星空を仰ぎ見た。星鯨の心が還ったのなら、父と母の心もこの星穹にあるだろうか。
 父様、母様。わたしは、もっと、強く、なります。
 ――たいせつな、ものを、護りたい、から。

 恋人に抱擁されれば、衣服も肌も透かして心の芯までぬくもりが染むかのよう。
 ――嗚呼、そうだ。私には貴方がいる。
 改めて確かめた幸せは、孤独な王が気づかせてくれたもの。
 淡い薔薇色が頬に燈るのを自覚しつつ、クーは見上げた先のルムアの笑顔に微笑み返す。熱砂の国生まれの男が極北の国育ちの娘に語るのは、東の星語り、七夕伝説。
「僕なら星の河に隔てられても、星の海さえも泳いで貴女に逢いに行きます」
 命を終えたとしても、生まれ変わって、必ず。
 彼がそう語るから、
「私も、また貴方と出逢えるのなら、死さえも、怖くない」
 心の芯に刺さった永遠に融けぬ氷の針もが融けだす想いで、クーは笑みを咲き誇らせた。怖れから解き放たれる心地。
 たとえそれがドリームイーターでも、星鯨の心も解き放たれたのなら。

 この先は、星空の王も幸せでありますように。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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