酉年様事件~ビルシャナカメラマン、現る

作者:砂浦俊一


 千葉県浦安市の、とある神社。
 1月も10日を過ぎ、初詣に来る人もまばらだ。その中に、一眼レフのカメラを携えた三十代ほどの男性がいた。
「やっと初詣に来れた。昨年末からずっとバイトだったからなあ」
 彼は売れないカメラマン、撮影の仕事よりも、それ以外のアルバイトで食いつないでいた。カメラを持参したのは、初詣のついでに神社の風景を撮るためだ。
「さて、お参りだ。酉年生まれの自分です、同じ酉年の今年こそはカメラマンとして食っていけますように、っと」
 お賽銭を投げ入れた彼は、熱心にお参りする。
 その瞬間だった。
「その願い、聞き入れたぞ!」
 彼の頭にその言葉が雷鳴のように響き、直後に姿が『酉年ビルシャナ』へと変貌した。
 裃の着物姿に、背中には七福神の並んだ大きな熊手を背負い、首からは愛用のカメラを提げている。
 この光景に、初詣に来ていた人たちは呆然とする。
「酉年なら一年中酉年様を崇め奉って祝わなければならない! 酉年を祝わない人間どもは、ブチ殺して死体の写真をインターネットで公開してくれる!」
 そして酉年ビルシャナは初詣に来た人々へと襲いかかる。
「そうだ、私は死体専門のカメラマンになるのだ!」
 

「明けましておめでとうございます、本年もよろしくお願いします、なのです」
 集まったケルベロスたちに、ヘリオライダーの笹島・ねむは恭しく頭を下げた。
「実は『酉年様』というビルシャナの動きが活発になったのです。このビルシャナは12年に一度だけ特別な力を得るらしく、酉年を祝う人々の祈りを奪って急速に力をつけたのです。この集めた力を利用して、日本各地の神社でお祈りを捧げた老若男女を『酉年ビルシャナ』に変貌させて配下とし、人々を殺害して更なるグラビティ・チェインを得ようとしているのです。この『酉年ビルシャナ』は、強制的にビルシャナ化させられているだけなので、撃破すれば救出も可能です。ただ撃破できなければ、ビルシャナ化が定着して救出できなくなってしまうのです」
 救出できるのなら、ここは助けたいところである。
「ビルシャナ化するのはカメラマンの男性なのですが、一般人を虐殺して死体の写真をインターネットで公開するという、とても酷いことを企んでいるのです」
 死後も辱められるとは、被害者は二重に殺されるに等しい。
 何としても阻止せねばならない。
「場所は千葉県浦安市の神社です。敵は午前9時に出現、ビルシャナ閃光、孔雀炎、清めの光を使うのです。また神社には幼児を含めた一般の方々が、5人ほど初詣に来ているのです。『酉年ビルシャナ』は、より強力なグラビティ・チェインを得る為に『酉年を褒め称える』発言をした相手を最優先で攻撃します。なのでケルベロス側が酉年を褒め称える発言をしながら戦闘をすれば、周囲の人々が狙われる事はありません」
 この点に留意すれば、一般人の避難よりも戦闘に専念できるだろう。
「どうか初詣に来て新年を祝う人々に悲劇が訪れないよう、皆さんの力を貸してほしいのです」
 ねむの言葉に、ケルベロスたちは頷いた。


参加者
風空・未来(けもけもベースボール・e00276)
花凪・颯音(欺花の竜医・e00599)
小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)
ヤクト・ヴィント(戦風闇顎・e02449)
天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)
アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)
メーリス・サタリングデイ(希望の歌・e10499)
ステラ・アドルナート(明日を生きる為の槍・e24580)

■リプレイ


 千葉県浦安市、午前9時。
「酉年なら一年中酉年様を崇め奉って祝わなければならない! 酉年を祝わぬ人間どもはブチ殺して死体の写真をインターネット上で公開してくれる!」
 酉年ビルシャナへと変貌したカメラマンが、家族連れの初詣客へとにじり寄る。
 まだ幼い子供は恐怖に震えながら父親にしがみついた。
「おまえたちの死を、酉年様に捧げ……なんだ?」
 酉年ビルシャナは、遠くから聞こえてくるヘリの爆音に気づいた。
 それは高速でこちらへ接近してくる。比例して爆音も大きくなる。そして神社上空に留まり、ローターの巻き起こす風が境内の枯れ葉を散らした。
 ケルベロスたちが乗るヘリオンである。
 機体のハッチが開き、ケルベロスたちが境内へと降下する。
「間に合ったようだな」
「酉年どうこうはともかく、ビルシャナは本当に面倒くさいなぁ」
 先陣を切って着地したのはヤクト・ヴィント(戦風闇顎・e02449)、次いで風空・未来(けもけもベースボール・e00276)。酉年ビルシャナと、初詣客たちの間に割って入る。
「それに神のおわす地を穢そうとするとは、不逞の輩にも程がある。信ずるモノは違えど俺も又信仰に寄り添う者、良いだろう、座す高き者に代わって貴様の命でその蛮行を償わせるとしようか」
「もう大丈夫、あなたたちは少しの間、離れていてください」
 降下後、天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)と花凪・颯音(欺花の竜医・e00599)は初詣客の盾になるように立つ。
「さてはケルベロスか!」
「その通り、ケルベロス参上だよ!」
「うー。寒いな、しかし。ホッカイロ持ってくれば良かったで」
 ぶんと振って戦乙女の大鎌を構えたステラ・アドルナート(明日を生きる為の槍・e24580)の横では、小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)が朝の空気の冷たさに身を震わせていた。
「死体写真家って人は確かに居るには居るけど、自ら手を下してるんじゃただの殺人鬼でしかないわね」
 冷えた朝の空気よりも凍てついた眼差しを、アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)は酉年ビルシャナに向けた。
「黙れい! 死者は酉年様を讃えるための生贄なのだ! そして私は死体写真家としての名声を得る、これぞ一挙両得!」
「私利私欲丸出しだよね。ねー、ホッピー」
 手にしたフライドチキンを食べながら、メーリス・サタリングデイ(希望の歌・e10499)はサーヴァントのホッピーに話しかける。
「それはもしやフライドチキンか?」
「ボク、チキンは大好きだよー! おいしーもん! あ、食べる?」
 問われたメーリスが、食べかけのフライドチキンを酉年ビルシャナに向ける。
「誰が食べるか! 牛や豚ではなく鶏肉を好む点は評価してやるが、私が食べたら共食いではないか! そうだな、貴様らは火あぶりにして酉年様へ献上する!」
 そう宣言したビルシャナは、もはや初詣客には見向きもしない。ケルベロスのみを視界に入れていた。


「くらえ、必殺、ビルシャナ閃光!」
 突如、ビルシャナの全身が強烈な光を放ったように見えた。
「っていきなりかい!」
 まさかの先制パンチに真奈が驚きの声を上げるが、ケルベロス側には何のダメージもない。それもそのはず、酉年ビルシャナは手にしたカメラのフラッシュを焚き、シャッターを切っただけだ。
「わははははっ、驚いたかな? 戦いの前に、貴様らの間抜け面をフィルムに焼き付けておきたくてな。驚きの表情、しかと撮ったぞ! 後で貴様らの死体の写真と一緒にネットで公開してやろう!」
 高らかに笑うビルシャナの声が、ケルベロスたちには耳障りだ。
「性格わっるーい……どうせなら可愛い顔を撮ってよ!」
「ははは、これは一本取られたようだ」
 メーリスは頬を膨らませ、ヤクトが指で眼鏡をそっと直す。しかし彼の声も顔も笑ってはいない。
「生憎、私は死体になる気は無いから。それと後でフィルムは回収させてもらうわよ。デジカメだったらデータを消してやる」
 酉年ビルシャナに向けるアイオーニオンの眼差しが、永久凍土もかくやというレベルで凍てついていく。
「デジカメ? バカを言え、カメラは銀塩に限る!」
 酉年ビルシャナが、手にした一眼レフのフィルムカメラを掲げてみせた。
「そのこだわりと一緒に叩き潰すしかないね」
「うん、どうせならフルスイングで」
 酉年ビルシャナの舐め切った挑発にステラは怒りで髪を逆立たせ、未来は手にした名打者の赤バットを構えた。
 ケルベロスたちと酉年ビルシャナが火花を散らし、場の空気が煮えたぎっていく。
「ひとまず、その木陰に隠れていてください」
 颯音が初詣客を離れた場所にあった神社の太い神木へと誘導した直後、陽斗がビルシャナへとスターゲイザーを放つ。
「そういや酉は酒の字の元にもなっているとか。酒が折角美味く飲める年を穢す意味でも許せねぇなっ」
 陽斗の一撃が、今度こそ戦闘開始のゴングとなった。
「君たちの背は僕が支えよう、但し無理は禁物だよ?」
 続けて颯音が前衛のクラッシャー陣へとメタリックバーストをかける。
「その自慢のカメラ壊せばいいのかしら? 元に戻った時に可哀想だからやらないであげるけどね」
 前に出たヤクトが敵に一撃与えるタイミングを見計らい、その後ろからアイオーニオンがペトリフィケイションを叩きつける。
「ぬうっ、体が重い! 小賢しいまねを!」
 酉年ビルシャナが反撃に出ようとしたその時、示し合わせたように真奈とメーリスが声高々に叫んだ。
「酉年って、物事が極まった状態だとも言うから、最強の年よな」
「うんうん、それに酉年モチーフのキャラクターって可愛いよねっ! ゲームやアニメだと羽生えてて可愛いし、卵のカップに入った酉年モチーフのデザートとかも喫茶店で見たことあるよ!」
「なんと!」
 酉年ビルシャナの注意が2人に向く。
「酉のつく年は商売繁盛に繋がる言うからな、商売するにはもってこいの年やな」
「そうなの? 流石酉年! 可愛いし、イケてるし、お仕事も上手くいくなら言うことなし、最高だねっ!」
 注意を引くための罠が見え見えの会話だが、酉年を讃えられて機嫌を良くした酉年ビルシャナはそのことに気づかない。
「なんだ、おまえたちは酉年の良き理解者であったのか。では私もそれに応えねばな。さっきは間抜けな顔を撮ってすまなかった、今度は可愛く撮ってやる。その後でひと思いに殺してやろう」
 酉年ビルシャナが悠長にカメラを構えた、その直後。
「戦闘中ってこと忘れたのかな?」
「悔い改めて!」
 背後からステラが稲妻突きを、未来がドラゴニックスマッシュを酉年ビルシャナに浴びせる。
「う、後ろから襲うとは卑怯な! 手元がブレて撮った写真が台無しではないか!」
 背後からの攻撃と、撮影を邪魔されたこと、どちらに酉年ビルシャナは怒っているのだろう。
 その両方かもしれない。


「我が怒りを受けてみよ! くらえ、必殺、ビルシャナ閃光! 今度は本物!」
 言葉通り、強烈な光のプレッシャーがケルベロスたちを襲った。
「ふはははははっ、これは撮影の照明に用いるには強力すぎるな!」
 防具で閃光を耐えたものの、ケルベロスたちの負傷も目立つ。
 これも12年に一度の特別な能力を得た酉年様が配下へと与えた力なのか、それとも売れないカメラマンである男性の積年の思いが凝縮されたものか。
「お兄ちゃんたち、お姉ちゃんたち、がんばってー! 負けないでー!」
 閃光が消えた後で、幼い子供が神木の陰から飛び出し、ケルベロスたちに精一杯の声援を送った。慌てた父親が、我が子を抱えて再び神木の陰に引っ込む。
「……子供の前で格好悪いところは見せられないな」
「まるで新春ヒーローショーの気分だね。よーし、ホッピー、がんばろう!」
 ヤクトが反撃の螺旋掌をビルシャナに浴びせ、メーリスはホッピーを自らの護衛につかせると自身は癒しのラベンダーで負傷者を癒やす。
「おばちゃんたちが悪いやつはすぐ倒したるさかい、安心して隠れててや!」
 神木の陰から顔を出してケルベロスたちを見守る子供に真奈は手を振り返すと、酉年ビルシャナへと突撃する。
「これは痛いで」
 エクスカリバールをぶん回す彼女の撲殺釘打法が、酉年ビルシャナを斬り裂いた。ズタズタにされた裃の着物と、羽毛が舞う。
「なんの、これしき!」
 酉年ビルシャナが片膝をつく。この機にケルベロスたちは一気に畳みかける。
「もう少し大人しくしていて、羽根とか色々バサバサと騒がしいから」
「その身に刻め、全力全開の一撃……!」
 アイオーニオンのドレインスラッシュが酉年ビルシャナの生命力を奪い、ステラの拳から放たれた一振りの巨槍が、酉年ビルシャナの胴にめり込む。
「と、酉年様から偉大な力を頂いたのだ……ここで散ってなるものか! おおおおおっ、酉年を讃えよ!」
 口から血を撒き散らしつつ、酉年ビルシャナが孔雀炎を放つ。
「八百万の神がいようと、この地に座すのは唯の一柱。そして俺が信ずるのも又一柱」
 自身も又一族の祀る神の力を借り受けて戦う為、信仰を穢す行為を陽斗は嫌う。彼の手は異形の鋭い羽を持つ腕に変わり、酉年ビルシャナの胴体を斜めに引き裂く。
 深手を負った酉年ビルシャナが数歩、後ずさった。落ちていた石に足を取られて転び、首から下げていたカメラも地面に落ちる。
「まだ負けはせぬぞ……っ」
 なおも酉年ビルシャナは瞳に闘志を燃やして立ち上がる。
「行こう、ロゼ。暴虐は此処で止めなくては」
 サーヴァントのロゼに敵へと牽制のブレスを放たせ、颯音自身は未来にエレキブーストをかける。
「夢っていうのは最後は自分で叶えるもの。誰かに強制されて叶えるものなんかじゃない!」
 未来がバット型のドラゴニックハンマーを構える。
「一勝負、完全燃焼!」
 風空ノ一・心撃。心を込めたフルスイングが、喝を入れるように酉年ビルシャナの頭を打った。
 ナイス、バッティング。
 昏倒した酉年ビルシャナから、その力が霧散していく……。


「うう……なんだか新年早々悪い夢を見ていたような……」
 酉年様の力の影響から解放されたカメラマンの男性が目を覚まし、周囲を見回した。
「意識ははっきりとしているようですね。何処か痛むところはありませんか?」
 医者らしく、颯音が男性に身体に異常がないかを尋ねる。
「いえ、特には……そういえば、夢の中であなたがたと戦っていたような……もしかしてあれは夢ではなかった?」
「いや、夢だよ。悪い夢だ。きれいさっぱり忘れな。だが忘れたらいけない夢もある。願い続けるのなら、道は遠くともきっと叶うさ」
 気合いを入れるように、陽斗が男性の背中をぱんと叩く。
「は、はいっ」
 勢いが強すぎたのか、男性が目を白黒させる。
「これ、大事なものなのでしょう? 落としたらダメよ」
 アイオーニオンは男性に地面に落ちていたカメラを差し出す。
「すみません、大切な商売道具なんです、これ」
 男性が愛用のカメラを受け取る。なおフィルムは、彼が気絶しているうちにポケットの中に入っていた予備のフィルムと交換、回収済みである。
「必要な時にこれを使ってよ。夢は、自分の力で引き寄せて叶えるモノ。だから、もっと一杯、色々な事に挑戦してみてよ!」
 未来は男性にケルベロスカードを手渡し、にっこりと微笑んだ。
 荒れた境内や本殿はヒールの効果によって修復されつつある。
 現場に居合わせてしまった家族連れの初詣客は、ケルベロスたちに何度も頭を下げていた。
「ねえねえ、これは何なの? 持たせて持たせて!」
 幼い子供は、ケルベロスたちの武器や防具に興味津々の様子だ。
「君が持つにはちょっと重いかな……」
「お腹空いてない? フライドチキン、食べる?」
 ヤクトは苦笑しつつもその子の頭を撫でてやり、メーリスはどこからともなく取り出したフライドチキンを見せる。
 幼い子供は喜んでフライドチキンを受け取った。
「せっかく神社に来たんやし、願い事でもしてくか? 初詣がまだなのも、おるんやろ?」
 真奈が皆を参拝に誘う。
 鈴を鳴らし、賽銭箱に賽銭を入れて、二礼二拍手一礼。各自、祈願する。
 その後でステラがにっこりと微笑む。
「みんな、少し遅れたけど明けましておめでとう! 今年も宜しくね!」
 誰もが明るく幸せになれる年になりますようにと、彼女は願っていた。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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