紙の本のおばけ

作者:氷室凛


 少女は読んでいた本をパタンと閉じると、椅子から立ち上がった。
「少し寂しいけど……そろそろ覚悟を決めないとね」
 少女は幼いながらも読書家であった。彼女の部屋には背の高い本棚がいくつも並んでおり、どれも本がぎっしり詰まっていた。
「今までありがとう。……さよならっ」
 大事そうに抱えていた分厚い本を、少女はおもむろに紙袋の中へと突っ込む。
 彼女は数百に及ぶ蔵書を全て捨てることを決心したのだ。この部屋にある本は全てタブレットの電子書籍で読むことができる。そしてこれ以上紙の本を増やし続けるといずれ置き場がなくなってしまうのだ。悩んだ末の苦肉の策であった。
 少女は今にも泣き出しそうな顔で、蔵書をひとつひとつ紙袋に詰めていく。
 その時、背後でガタンと物音がした。
 少女は不審に思った。今この部屋には自分の他には誰もいないはずだ。
 おそるおそる振り向くと、一冊の本が宙に浮いていた。
 それはお気に入りの一冊。少女が何度も繰り返し読んだ大切な本だ。
 その本はみるみるうちに巨大化し、勉強机ほどの大きさになった。そして表紙がばっくり裂けて口が現れ、その鋭い牙で少女の首筋に噛みつく。


 と、そこで目が覚めた。
 布団で寝ていた少女はガバッと起き上がり、寝ぼけまなこをこする。自分の部屋だ。
 本棚は空っぽだった。数日前に蔵書を全て捨てたことを思い出す。
「何だ……夢かぁ~」
 額の汗を拭い、ほっと安堵する少女。
 だが、ふと見ると部屋に見知らぬ女性の姿があった。
 その女性――第三の魔女・ケリュネイアは手にした鍵を少女の胸に突き刺す。
 鍵は心臓を貫いたものの、少女はケガもせず死にもしない。これはドリームイーターが人間の夢を得るために行う行為なのだ。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 ケリュネイアはそう言うと部屋の窓を開けた。驚きを奪い取られてしまい、布団にパタリと倒れ込む少女。その体が発光した次の瞬間、窓の外には少女の夢に登場した化け物の姿が具現化していた。
 紙の本のおばけが、ふわふわ宙を漂いながら夜の街を進んでいく。
 少女は深い眠りに落ちている。ドリームイーターを倒さない限り彼女は永遠に目覚めることはない。


「子供の頃って、あっと驚くような夢をよく見たりしますよね! 理屈は全く通っていないのですが、とにかくビックリして夜中に飛び起きたりとか……そのビックリする夢を見た子供が、ドリームイーターに襲われて『驚き』を奪われてしまう事件が起こっています!」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちの前で笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が説明を始める。
「『驚き』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようですが、奪われた『驚き』を元にして具現化されたドリームイーターが、事件を起こそうとしています。被害が出る前に対象を撃破して下さい!」
 ドリームイーターを撃破すれば『驚き』を奪われてしまった被害者も目を覚ますだろう。
「なお、敵が使用する技は『熾炎業炎砲』、および『禁縄禁縛呪』に準拠したグラビティです」
 ドリームイーターは相手を驚かせるのが好きなので、指定されたエリアの周辺を歩いていれば向こうから近づいてくるはずだ。
 現場への到着予定時刻は夜になる見込み。夜なので人通りが少ないとはいえ、現場は市街地。何かしら人払いをしておくと安心して戦えるはずだ。
「街の人々を守るため、そして眠っている少女を救うため、ドリームイーターを撃破してください。それでは、よろしくお願いします」


参加者
泉本・メイ(待宵の花・e00954)
サクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412)
香坂・雪斗(スノードロップ・e04791)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)
緋・玉兎(天才たまちゃん・e22809)
長谷川・わかな(はんにゃー・e31807)
榊原・一騎(灼熱の闘拳士・e34607)

■リプレイ

「自分の大事にしてた本が自分に襲い掛かってくる夢なんて……物凄いびっくりしたやろね。眠ったままなんて悲しいし、しっかりドリームイーターを退治せんとね!」
 静かな夜の街を歩きながら、香坂・雪斗(スノードロップ・e04791)はおっとりした口調でつぶやく。少女は捨てた本に相当な思い入れがあったはず。そこへ付け込んで感情を奪うとは実に悪趣味だ。
「ドリームイーターって欲しがる割に行動が他人任せっていうか、他人から奪うことしかしないですよねえ」
 ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)はロングコートを翻し、こう続ける。
「もうちょっと自分で何とかしようと思う気持ちがあれば、社会復帰というか……異世界からの友人となれそうな気もしないでもないですが、そんなこと言ってる場合じゃないですね、今は」
 彼らは光源を手に歩を進めていく。やがてドリームイーターの出没圏内へと足を踏み入れた。
「本のお化けなんて面白くてちょっぴりロマンチック。蔵書も夢を見るのかどうか、ボク達にも教えて欲しいよ。ね、マルコ?」
 ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)はかたわらのぬいぐるみをそっと撫で、殺界形成を展開する。しばらくすると辺りから完全に人の気配が消え失せた。
 静寂が満ちた薄暗い夜の街は少し不気味だが、人通りがないため戦闘にはうってつけの場所かもしれない。ケルベロスたちは付近を歩き回り、敵が出てくるのを待つことにした。
「夢でビックリしたら驚きを奪われちゃうなんて、おちおち夢も見てられないね! 皆が安心して眠れるようにドリームイーターさんには帰って貰わなきゃね!」
 長谷川・わかな(はんにゃー・e31807)はランプを片手に辺りをきょろきょろ見回しながら、続ける。
「電子書籍かー、場所を取らないから便利でいいんだけどね。紙の本のページをめくる時のワクワク感はやっぱり捨てがたいものがあるよねー。図書館の古い本の匂いとか好きなんだー、私」
「電子書籍でまとめて読めるとはいえ、今まで読んできた本をまとめて捨てるのは相当辛かっただろうね。夢で本の怪物が出てくるなんて、よほどの罪悪感があったのかな。……まぁとにかく、一刻も早く目覚めさせてあげないとね」
 そう言って榊原・一騎(灼熱の闘拳士・e34607)はくせっ毛を撫でつける。
「『驚き』……? ハッ!! しょせん子供の夢じゃろ? そんなもんちょろいんじゃ。よゆうじゃろー、よゆうよゆう!」
 だぼだぼのスーツを着た緋・玉兎(天才たまちゃん・e22809)は鼻で笑いつつも、夜ということもあり実は内心ビクビクしていた。
 ケルベロスたちが警戒しながら辺りを歩いていると、物陰から突如ドリームイーターがぬっと飛び出してきた。
 勉強机ほどの大きさの、古びた分厚い本。表紙にぎょろりと目玉が浮き出て、下の方が裂けて口が現れる。ドリームイーターはその牙だらけの口でニイッと笑ってみせた。
「ひいっ……!」
 玉兎はなんとか声を押し殺したものの、すでに涙目。軽くちびっていた。彼女は何とか誤魔化そうと足をくねくねさせ、もじもじしている。
 これにはドリームイーターのほうも驚いたのか、さささ、と二十センチほど彼女から距離を取った。
「ドリームイーターさんがびっくりしてる……!?」
 泉本・メイ(待宵の花・e00954)は目を丸くして玉兎の方を見る。そこでようやくメイは事態を飲み込み、はっとした。
「た……たたた大切な本がお化けになって悲劇を起こすなんて、絶対駄目だよ! 被害を出したらもっと哀しい事になる。ちゃんと終わらせなくちゃ」
 とりあえず何も見なかったことにして誤魔化そうとするメイ。
「大事な本の思い出が、悪さをすることのないように……ここで止めさせていただきますね」
 サクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412)は穏やかに言って、敵へ微笑みを向けるのだった。

「うわー、すっごいモザイクばかりの本ですよ!? どういう夢の取り方したんですかね? ……夢の奪い方でどう姿形が変わるのかは解りませんが、世に害をなす以上は討たせていただきますよ! お覚悟を」
 ジュリアスは先手を打つべく駆け出す。
「まずはその装丁を打ち抜きましょうか」
 ゆらゆらと宙を漂う巨大な本に向けて、ジュリアスがナイフを振り下ろす。その刃に稲妻が走り、突きと共に弾けた。
 宵闇が光源と雷に彩られる。ジュリアスは着地し、さっと下がる。その時ふと彼は敵の攻撃を察知した。
「気をつけてください!」
 ジュリアスが叫んだ瞬間、ドリームイーターの炎弾が飛んできた。
「モザイクだらけの本ってなんだか別な感じに思えるよね……変なものを考えてるわけじゃないから!」
 一騎は魔人降臨を自身にかけつつ、仲間たちの前に躍り出る。そして拳を振り上げ、両手のガントレットで炎弾を叩いた。
 跳ね飛ばされた炎弾が地面に落ち、火柱が吹き上がる。あわよくばそのまま敵に打ち返すつもりだったが、弾くのが限界だった。一騎は敵を睨みながら、熱を帯びたガントレットに息を吹きかける。
「さーてと、ドリームイーターさんのお出ましだね。迷わず成仏してよね!」
 わかなは秋桜をかざしてライトニングボルトを放つ。まばゆい一筋の雷が飛び出していく。
 そしてメイも稲妻を光らせた槍を手にして、一直線に駆けていく。
 二人のグラビティが同時に着弾し、閃光が走った。煙と火花が飛び散る。しかしドリームイーターはなおも健在である。
 そして敵が攻撃に出ようとしたところで、ボクスドラゴンのエクレールが雷の息吹を吐いた。不意を突かれたドリームイーターは一瞬動きが止まる。
 その隙にサクラは一気に距離を詰め、両手で勢いよく槍を突き出しブレイズクラッシュを放つ。戦いの中にあってもサクラは笑みを絶やさない。心のどこかで強い敵との戦いを求めているのかもしれない。
 業火を宿した槍をもってしても、敵を貫くことはできなかった。やはり普通の本のように簡単には突き破れない。
「確実に当てて削っていきましょう」
「了解や!」
 サクラの呼びかけに雪斗が応える。
 ドリームイーターは宙を漂いながらゆっくりと近づいてくる。雪斗は手の平を向けてドラゴニックミラージュを放った。竜の幻影が現れ、炎の息吹で敵を丸ごと飲んでいく。
 ドリームイーターはくるくると回転して炎を吹き飛ばすと、白い鎖を放ってきた。
「おっと、その攻撃は通さないよ。もっとボクの相手をして?」
 ニュニルは腰に巻き付けたぬいぐるみを揺らしながら仲間の前に飛び出し、自らの体で鎖を受け止めた。
 体に絡みついた鎖が、きつく圧迫してくる。近くで見ると白い鎖には何やら微細な文字が記されている。どうやら本のページを折り合わせて作られた鎖のようだ。
 グラビティ・チェインによって強化されているためか、鋼よりも硬い。簡単には振りほどけなかった。
 ニュニルは唇を噛みしめ、ボクスドラゴンにヒールを施させた。鎖はなおも体にまとわりついているが、彼女は何とか耐え凌ぐ。
「お、おばけは怖いじゃろ反則じゃろ……」
 玉兎は空中でガタガタ震えながら詠唱を紡ぐ。
『ファ、ふぁみ……ふぁみみっ……ふぁみみあっ』
 しかし恐怖のせいか噛みまくっている。
「玉兎さん大丈夫だから! 落ち着いて!」
 わかなが心配そうに見上げる。
『ファミリアシュートォォォ――! で、できたのじゃー♪』
 ようやく詠唱を紡げた玉兎は嬉しそうに空中でくるりと一回転して大量のファミリアロッドを宙に浮かべる。ぽんぽんぽんっ、と全ての杖がコウモリの姿に戻り、次々と羽ばたいて飛び出していく。
 コウモリの群れはニュニルの体に巻きついていた鎖を断ち切り、それから敵へ向かって飛んでいった。
 いくつもの黒い小さな影がなだれのように襲い掛かった。

 本の姿をしたドリームイーター。見た目はともかく、その戦闘能力はなかなかのもの。油断はできない。ケルベロスたちは少女の悪夢を消し去るべく、協力し合って確実にグラビティを当てていく。
 ドリームイーターは口を歪めてニヤリと笑うと、炎弾を打ち出してきた。
 それを見たサクラはフレイムグリードを放つ。二つの炎弾が飛び交い、互いに標的を捉えて炸裂した。サクラとドリームイーターは爆風に飲まれていく。
「砕け、ブーストナックル!」
 一騎は煙に紛れて突っ込み、拳を打ち込む。ドリームイーターは視界が悪い中でも反応し、かろうじて一騎の拳をかわした。
 しかし飛び退いた先には雪斗が待ち構えていた。
「俺らには、街の人と女の子を護るっていう使命があるから。悪いけど、一切容赦せぇへんよ?」
 スノードロップの花を具現化する雪斗へ、ドリームイーターが炎弾を打ち込む。
 しかし雪斗は気にせず距離を詰める。普段はおっとりしている彼であったが、ひとたび戦闘が始まれば積極的に突っ込んでいくタイプなのだ。
『この花を、キミへ。――もたらされるのは、<希望>でも<慰め>でもないけれど』
 雪斗は炎に焼かれながらも片手をかざし、敵に向けて花を放った。ふわりと甘い香りが漂う中、人食い花と化したスノードロップが白く可憐な花びらを広げてドリームイーターに食いつく。
「イケナイ本は人力でシュレッダーにかけてやります!」
 ジュリアスはナイフを振りかざしてジグザグスラッシュを放つ。奮戦の甲斐あってすでに敵には多くのBSが累積しているため、その効果は絶大。
「こんなに沢山毒が増えたら、キミも驚いてくれるかな。驚く感情はあるのかい?」
 続いてニュニルも横から近づき、シャドウリッパーを叩き込む。彼女はもちろん電子書籍も使うが、紙の媒体も好きだ。本とぬいぐるみに囲まれた生活に、ひそかな憧れがある。
 ジュリアスとニュニルのグラビティによってドリームイーターはBSをさらに上乗せされてしまった。
 敵は狙いを定めて白い鎖を放ってきた。勢いよく飛び出した鎖はジュリアスの肩を貫いていく。
「気合を入れていくよ! 皆! もうひと踏ん張り頑張ろう!」
 わかなは杖を思いきり振り回して鎖を破壊した。そしてサキュバスミストを発動し、エネルギーを宿した霧を放ってジュリアスの肩の傷を癒していく。
 わかなは身構え、敵を見据える。
 ドリームイーターが再び炎弾を飛ばしてきたが、玉兎は口から炎を吐き出して相手のグラビティを消し飛ばし、そしてそのまま敵を焼いていった。
「捨てられちゃうのは、どんな理由があってもやっぱり嫌だよね。でも捨てるのもきっと辛かったと思うの。無限に本を並べられる魔法の本棚があればいいのに……」
 炎が消え去ると、メイはドリームイーターに歩み寄る。そして反撃する余力すら残っていない敵へ――巨大な本の表紙に触れた。夢を見た少女が誰かから譲り受けた物なのか、よく見るとかなり年季が入っている。
「紙の本、捨てられちゃったんだ……仕方なくても、何だか哀しいね」
 気のせいだろうか。心なしかこの本もどこか寂しげに思える。
 メイはとどめを刺すべく『耀く銀漢』を放つ。目を閉じると脳裏に蘇るのは星降る夜の記憶。
 徐々に輝きを増していく閃光が敵を飲み込み、やがて音もなく消し去っていった。
 辺りには再び静寂が舞い戻る。
「ああ残念……もっとボク達を驚かせて欲しかった。ごきげんよう、次は静かな図書館で逢えますように」
 ニュニルはスカートの裾を直しながら言った。
「お化けさん、夢の世界に帰ってね おやすみなさい……紙の本とさよならしても……きっと夢中で読んだ記憶は消えないよ」
 メイは花束を供え、そっと静かに祈る。
「女の子も、これで目を覚ましてくれるよね!」
 雪斗がつぶやく。これからも少女がたくさんの物語に出会えるよう、願うばかりだ。
「今回の犯人も驚きがほしいのなら、此方に喧嘩を売って頂ければ『こんな筈ではなかったのに』というレベルの驚きを差し上げますのに。奥手な方です」
 ジュリアスは肩をすくめ、こう続ける。
「……しまった、今日はランプばかりで夜食を持ってきていません。どこかで補給できればいいのですけれど……」
「久しく読書なんてしていませんでしたね。何か食べながらゆっくり本でも読みたい気分ですね」
 サクラはふわりと笑い、こう言い添えた。
「本の厚さや重さ……読み終わった後、自分の知識に入ったものの重さ。スペースはとりますが、そういうものも大事だと思います」
 動き回って小腹が空いたケルベロスたちは、ひとまず空腹を満たすため繁華街へと向かうことにした。
 その道中、少女の家の前を通りかかった。窓から部屋を覗き込むと、少女はすやすや眠っている。驚きを取り戻した今なら、朝になれば目を覚ますだろう。その安らかな寝顔を見ていると、無事にドリームイーターを倒せてよかったと改めて安堵する。
「今度は良い夢がみられるといいね♪」
 わかなはそう言い残し、その場を後にした。

作者:氷室凛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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