酉年様事件~とりのそらねははかるとも

作者:柊透胡

 年末年始は家族揃って田舎の祖父母の家で過ごすのが毎年のお約束。だから、初詣が随分と遅くなってしまうのも、これまた毎年のお約束だ。
(「競技カルタが、もっと上手くなりますように……」)
 近くの神社が平安歌人を祀っていると知ってから、樋川・空音の初詣はここ数年決まっている。
 元々、百人一首が好きだった空音は、高校生になって競技カルタを知った。忽ちその魅力に取り付かれて、部活はカルタ一色の3年間。勿論、大学生になっても、社会人になっても続けたいと思っている。
 そして、いつかクィーンに……それが空音の、夢だったのに。
「が……は……」
 突如、境内で身を捩らせる空音。振袖袴の少女の影が変貌していく――。
 コケコッコォォッ!
 振袖袴はそのままに、空音はビルシャナと化していた。真っ白の羽、小さなとさかが雌鶏らしいが、雄叫びのような朝告げの鳴き真似に、参詣していた人々はギョッと立ち止まる。
「百人一首の『鳥』と言えば、鶏! 無情な朝告げにどれだけの恋人が涙して別れを惜しんだか!」
 儘ならぬ逢瀬に燃え上がる恋心! 切なる恋の名歌の立役者と言って過言でないのだ!
「故に、競技カルタの守り神は酉年様なのです! さあ、皆さん! 酉年様を崇め奉りましょう! 幸い酉年は始まったばかり! 酉年様を讃え祝わなければ!」
「あんた、何を言って――」
 唖然とした初老の男性が、空音が――酉年カルタビルシャナが投げたカルタ札に切り裂かれ、火達磨となって崩れ落ちる。
「さあ、酉年様にグラビティ・チェインを捧げましょう!」

「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 ヘリポートに集まったケルベロス達を、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は静かに見回した。
「『酉年様』というビルシャナが出現しました」
 ナンダソレハ――ケルベロス達の何とも言えない面持ちに、創は何処か憂鬱そうに溜息を吐く。
「『酉年様』は、12年に1度だけ、特別な力を得る能力があるそうです。どうやら、酉年を祝う人々の祈りを奪って急速に力をつけたようですね」
 酉年様はその集めた力を利用して、神社で祈りを捧げた老若男女を『酉年ビルシャナ』に変貌させて配下とした。そして、配下に虐殺させる事で更なるグラビティ・チェインを得ようとしているのだ。
「酉年ビルシャナは日本各地の神社で発生します。被害が出る前に撃破をお願いします」
 尚、酉年ビルシャナは、強制的にビルシャナ化させられているだけなので、撃破する事で救出も可能のようだ。
「但し、今回で撃破出来なければ、ビルシャナ化が定着してしまい救出出来なくなります。特に説得などは不要ですし、可能な限り、今回で撃破するようにして下さい」
 創がタブレット画面に映したのは兵庫県下の神社。何でも、平安歌人を祀っているらしい。
「酉年ビルシャナとなってしまった方の名前は、樋川・空音さん。振袖袴を着た白い雌鶏、という外見ですので、見間違える事は無いでしょう」
 高校3年生の彼女は競技カルタ部の元主将。既に進学も決まっており、大学でも競技カルタを続けたいようだ。
「その所為か、この酉年ビルシャナはカルタ札を武器としています」
 熱い恋歌のカルタ札で敵を焼き払ったり、片恋の恨み言を歌ったカルタ札で毒を齎したり。
「後は……札を取る払い手で鍛えた狙い済ました一撃は、中々の威力です。迂闊に接近しない方が良いかもしれません」
 戦場となる神社の境内はそれなりに広い。玉砂利が敷かれているが、門から本殿を繋ぐ石畳の上なら、足回りも気にせず戦えるだろう。
「実は、酉年ビルシャナには『酉年を褒め称える』発言をした相手を最優先で攻撃する性質があります」
 理屈は定かでないが、より強力なグラビティ・チェインを得る為、らしい。
「ですから、周囲に参詣客がいても、皆さんが酉年を褒め称える発言をしながら戦えば、一般人が狙われる事はありません」
 狙われなければ、避難の必要もない訳だ。
「酉年ビルシャナの出現は昼下がりの時間帯で、混雑する程ではありませんが、他にも参詣客はいるようです。犠牲者は出ないに越した事はありませんね」
 元凶の酉年様は、初詣に来た参詣者の願いを奪って力を蓄えたようだ。人々の純粋な願いを利用するとは、到底許し難い。
「これ以上、新年を祝う人々の願いが悲劇とならないように……皆さん、どうぞ宜しくお願い致します」


参加者
シアライラ・ミゼリコルディア(天翔けるフィリアレーギス・e00736)
ヒューリー・トリッパー(笑みを浮かべ何を成す・e17972)
知井宮・信乃(特別保線係・e23899)
シフォル・ネーバス(アンイモータル・e25710)
レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)
西城・静馬(創象者・e31364)
見塚・重安(朱の弾頭・e33784)
巡命・癒乃(白皙の癒竜・e33829)

■リプレイ

●酉年カルタビルシャナ出現!
 コケコッコォォッ!
 長閑なる昼下がり――振袖袴のまま、うら若き乙女がビルシャナと化した。雄叫びのような朝告げの鳴き真似に、参詣者らはギョッと立ち止まる。
「待ちやがれ!」
 だが、樋川・空音――が変じた酉年ビルシャナが何か言うより早く、見塚・重安(朱の弾頭・e33784)が立ち塞がる。
「ガンダーラから来るのに神社なのですか……今更ですが、本当に節操ないですね」
 続いて、境内に足を踏み入れた西城・静馬(創象者・e31364)は呆れ顔。だが、コミカルな事件も多いとは言え、ビルシャナは鎌倉の一件以降、犠牲者を出し続けている。
「酉年ビルシャナの大量発生が、良い意味での転機となれば良いのですが……」
「……ったく。めんどくせぇよな」
 静馬と対照的に外見も言動も荒っぽい重安だが、その実、人がいい青年だ。
(「カルタとかよく知らないけどな。何かに打ち込めるってのはいい事だと思うぜ。助けない訳にはいかないだろ」)
「初詣……そう言えば、大晦日はもう終わったのでしたかしら?」
「もうとっくに、明けましておめでとうですけど」
 シフォル・ネーバス(アンイモータル・e25710)の惚けた呟きに、戸惑いを浮かべる巡命・癒乃(白皙の癒竜・e33829)。真白のシャーマンズゴースト、ルキノと並んで小首を傾げる。
「おめでたいと言えば、あのビルシャナを倒せば、中の人は助かりますね」
「でしたら、頑張らないといけませんわね」
 ビルシャナに憑かれた者も助かるならば重畳。お昼ご飯を食べたかどうかはさて置いて、身構えるシフォルよりバトルオーラが立ち上る。
「ビルシャナが願いや欲望につけこんでくるなら、多くの個人的な祈りが渦巻く初詣なんか、確かに格好のイベントですわね」
「年の初めの祈りは特別なもの。それを利用するなんて……許せませんね」
 頷いたシアライラ・ミゼリコルディア(天翔けるフィリアレーギス・e00736)は、ゾディアックソード『Oratio Eurydice』を握り締める。
「シグナスも頑張って」
 シアライラの激励に、ボクスドラゴンはハタリと尾を振った。今日は彼女とお揃いのロザリオに替って小さな酉年の絵馬を下げ、花飾りの上からトサカを模した帽子を被っている。ボクスドラゴンは喋れないので、酉年コス(?)でアピールアピール♪ 何だか嬉しそうなのは気の所為では無いだろう。
「酉年様を讃え祝う、その邪魔をするか!」
 敵と認識したのだろう。ケルベロス達の睨みつけ、ビルシャナは懐からカルタ札を取り出す。
「競技カルタ……そんなスポーツがあるんだね」
「試合の様子を見たことがありますけど、皆袴姿が綺麗ですよ」
 文字通りの鶏頭となってしまっては、色々と台無しだけど。
「本当に、ビルシャナも何という事を……!」
 凛とした眼差しも鋭く、知井宮・信乃(特別保線係・e23899)は日本刀と拵えも似た斬霊刀を抜く。
「だからこそ、彼女を止めなきゃ」
 喩え人間に戻れても、青春を賭したカルタで人を殺めては一生の心の傷となるだろう。
 レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)自身、百人一首は好きだ。僅か31文字に込められた四季折々の情感は味わい深く、古人の喜怒哀楽や心の機微も今と似通っていると知れて親しみが湧く。
(「前途有望な人生をこんな所で、ましてやこんな形で終わらせちゃいけない」)
 空音の命と夢を守り抜く、それが成すべき事と思い定めて。
「また、ビルシャナかとは言いませんが……折角の新年ですし」
 士気を高めるように、バトルガントレットを打ち鳴らす。ディフェンダーとして、戦線に立つヒューリー・トリッパー(笑みを浮かべ何を成す・e17972)。今回の作戦は、いつもに増して敵の攻撃に晒されるだろう。ペインキラーも準備している。
「お祓い、させてもらいますよ」

●集中の意義
 今の所、酉年ビルシャナはケルベロスに敵意を向けている。だが、本来は、グラビティ・チェインの収奪が目的。その矛先が何時、一般人に向くか知れない。
「いやぁ、本当に羨ましいですねぇ」
 だから、ヒューリーは口を開く。ビルシャナの気を引く為に。
「酉年生まれの人って、洞察力に優れていますし、細かい所にも良く気がつきます。客観的に物事を見て判断が出来、論理的です」
「ああ、干支だと酉に限るよな」
 ヒューリーに同調する重安。スターゲイザーに続いて月光斬を放つ。
「っ!」
 ローリングソバットによろけながらも、緩やかな弧を描く斬撃はかわすビルシャナ。生憎と酉年ビルシャナの初期位置も石畳の上。意識して敵を誘導するにはそれなりの策を要するか。
「酉年生まれ、が素晴しいのではありません。酉年そのものが至高なのです!」
 そう答えながら、接近したヒューリーへビルシャナの「カルタのトリ手」が一閃する。素早くも正確な払い手だ。
「……っ」
 衝撃に身を震わせた。ディフェンダーの身で防具耐性も合致して尚、被ったダメージはけして侮れぬと感じた。となれば、敵のポジションは恐らく。
「クラッシャー、ですか」
 刹那、心配そうに眉根を寄せた癒乃だが、予定通りにメタリックバーストを前衛へ。ファイティングポーズを取ったルキノは神霊撃を繰り出したが、使役修正故か、怒りを刻むに至らなかったようだ。
(「シグナス、可愛い♪」)
 ヒョコヒョコ揺れるとさか帽子に、思わず笑みが零れるシアライラ。シグナスのボクスブレスに続き、琴座を描くスターサンクチュアリが前衛に異常耐性を齎す。
「ただカルタ札をまき散らすだけのビルシャナにするなんて、『酉年様』も芸がないですね」
 辛辣を呟く信乃は、まずは比較的得意の螺旋氷縛波で小手調べ。全身を「光の粒子」に変えたシフォルの突撃が続く。
「皆さんは避難して下さいませ!」
 酉年称賛は仲間に任せる事にする。代わりに、参詣者に避難を呼び掛けた。
「狙い澄ました一撃、ねぇ……」
 敵はクラッシャーでなり立てビルシャナと言えど、今はデウスエクスだ。初手から全ての攻撃が当る程甘くは無さそうだ。
「どちらの狙撃の腕が一流か試してみるかい」
 不敵に赤茶の双眸を細め、バスターライフル2丁を構えるレスター。弾幕を張るように連射する。その実、単体に範囲攻撃の制圧射撃は勿体無いが、狙撃手として譲れぬ拘りがあるのだろう。
「変性ナノマシン『ソトオリヒメ』投射――」
 漆黒のコートを羽織り、二振りの日本刀を構える静馬は、更に光の羽衣を纏う。
「心に写るは色褪せども消えぬ想い――紡げ天女の唄を、優しき光の中で失われし色彩を喚び起こせ」
 ナノマシンの衝撃波は、幻覚を強いるようだが……ジャマーのポジションでも、効果が現れるには時間が掛かりそうか。
「いやぁ、酉年は、果実が極限までに成熟した、つまり物事を極めたことを表しているんですよ。素晴しいですね」
「さすが酉年だな、いつもよりも鳥肉がおいしい気がする」
 更に称賛を重ねるディフェンダー2人。案の定、気を好くした酉年ビルシャナのカルタ札は、バトルガントレットを交差させたヒューリーに爆ぜた。炎の熱は、慕情に……似てない事は無い、気がする。
 すかさず、癒乃はウィッチオペレーションを施し、禁縄禁縛呪を編むシアライラ。
(「どうせなら『よをこめて』の歌に因んで、言い逃れの誤魔化しは許しませんよ、くらいは言ってもらわないと」)
 皮肉と共にサイコフォースを念じる信乃。シフォルのドラゴニックスマッシュが風を切り、レスターのバスタービームが切り裂くように迸った。
 バッドステータスは常に発動する訳ではない。応酬に指天殺を繰り出すヒューリーだが、石化はかなり発動率が低い。静馬が重ねる心算の催眠の業も同様。ケルベロス達の用意した技は厄も多彩であり、その分、肝心の発動率が抑え気味となる状況に陥る事となる。
「酉年生まれの人は五徳を備えているとも言いますね。因みに、五徳とは知・信・仁・勇・厳の事です」
「へぇ、俺のお神籤が大吉だったのも酉年の所為かもな」
 ビルシャナを真っ二つにするにはまだ遠い。苛立ちを堪え、重安は『酉年』を褒める。
「やっぱり、酉がいいよな」
 時にカルタ札が舞い、払い手が飛ぶ。その標的はヒューリーに集中したが、重安とサーヴァントも庇った。メディックの癒乃はヒールに専念せざるを得なかったが、他が攻撃に集中出来たのは大きいだろう。
「さあ、酉年様にグラビティ・チェインを!」
 酉年ビルシャナはしぶとかった。それでも、じわりじわりと当り出す攻撃を支えに、ケルベロス達は集中打を浴びせ続けた。

●称賛の果て
「五徳を備える酉年の人は、洞察力に優れ、細かい所にも……」
 幾度目かの称賛――ヒューリーはハッと口を噤んだ。最初と同じ内容を喋ろうとしていた事に気付いたのだ。
「……」
 フォローの言葉が思い付かず、顔を顰める重安。酉年の称賛など、個人で思い付くにも限りがある。
 折角、ケルベロスのディフェンダーが2人いるならば、或いは、酉年を賞賛するタイミングをずらしても良かったかも知れない。被ダメージも平均化し、メデックの範囲ヒールもより効果的だっただろう。
 何より、1つずつ称賛ネタを披露する事で、より『安全』に戦える時間延ばしにもなった筈だ。
「酉は『取り込む』に通じるから、運もお客も取り込んで商売繁盛に繋がるんですよね! 私の会社も酉年に感謝しなくちゃ!」
 ボクスドラゴンがもふもふと酉年の絵馬をアピールするも、ビルシャナの視線が外野に流れるのを見て取り、咄嗟に信乃は声を張る。
「ええ! その通り!」
 嬉々としたビルシャナの叫びと共に、ブンッ! とカルタ札が唸りを上げる。悲恋が齎すのは、心殺す毒。
「俺の目が黒いうちは仲間は倒させねえぞ」
 射線を遮りながら、重安は荒っぽく啖呵を切った。内心、安堵は否めない。
「大丈夫。いざとなったら、私達もフォローするよ」
 請合うシアライラだが、こうなったら、称賛ネタが尽きる前に――ケルベロスの攻撃が殺到する。
「カルタは殺人の道具じゃない! そんなふうな使い方をしたら和の心が泣くよ!」
 盾ならぬ身で庇う事は叶わぬし、酉年の称賛せずして標的となる事も無い。だが、飛来するカルタ札をを撃ち落とさん勢いで、バスターライフルを構えるレスター。
「この涙は罪を穿つ、地に堕つ蝶を断つ!」
 口付けが銃と青年の魔術回路を繋ぐ。地獄化した涙の弾丸がビルシャナに見せるのは、群舞する蝶の幻。
「カルタは早さが勝負だそうですね。私も居合いの早さでは負けません!」
 気合一閃! 身に秘めたグラビティ・チェインを破壊力に変え、信乃は愛刀を以て切り払う。
「苦痛よ、苦しみよ! あまねく世界の根源よ! 眼前の歪んだ願いを塗りつぶせ!」
 シフォルの水の礫は『咎人の水』。世界に溢れる苦痛を乗せて放つ。周囲に害が及ぶ自体となれば……脳裏に二文字が過るが、理性の箍を外す大前提は自身と仲間の『絶体絶命』だ。簡単に取れぬ手段だからこそ、今は懸命に畳み掛ける。
「燃え盛る太陽よ、煌々と輝く月よ、夜空に瞬く無数の星よ。大いなる力を与えたまえ!」
 天空に祈りを捧げるシアライラ。降り注ぐ敵を浄化し自らを癒す光は、ケレスティス家伝承の業だ。
「酉年って、12年に一度の特別な年ですね。私は生憎酉年ではないので、年男年女の人が羨ましいです」
「酉は飛躍する、良い意味合いがあるけど、貴方は鶏、飛べるの?」
 最後まで周囲に気を逸らさせない為にも。おしとやかに笑むシアライラに対して、幼さに違う淡々とした口ぶりで言い放つ癒乃。冷淡な言葉を掻き消すように、ブレイブマインのカラフルな爆発が幾筋も上がる。
「酉の空音で人の耳は欺けても、番犬の鼻は誤魔化せん――彼女は返してもらう」
 静馬がふわりと纏う光の羽衣が、幻惑誘う音色を奏でる。
「聞け、天女の声を……忌まわしきその姿を引き寄せし、己の青き夢を呼び醒ませ」
「……っ」
 重ねに重ねたナノマシンの衝撃波が、ビルシャナ自らにカルタ札を撒くのを強いた、その瞬間。
「まったく、拳骨ですよっ」
 「聖なる左手」で引き寄せたビルシャナを、ヒューリーは「闇の右手」で強かに殴り付ける。
「くだらねえ因果を今絶ってやるぜ!!」
 眼光鋭く睨み据える重安より、裂帛の気合が迸る。
「断つ!!」
 敵を、ビルシャナを真っ二つにせんと。愛刀を袈裟懸けに振り下ろした。

●とりのそらねははかるとも
 羽を撒き散らして倒れた酉年ビルシャナは、見る間に縮んでいった、ように見えた。
 真白の羽が霧散した後には、元の人間の姿に戻った空音。まだ意識を喪っている。
「外傷は、見られませんね」
 戦闘時はいっそ辛辣でさえあった癒乃だが、空音を診る挙措は丁寧だ。ウィッチオペレーションを施せば、程なく空音の目蓋が震える。
「……私、は?」
「良かった。もう大丈夫」
 不安げな空音に、優しく微笑むシアライラ。神社をヒールして回っていたケルベロス達は、空音が起き上がったのを見て周囲に集まる。
「手荒ではありましたが、お祓いさせてもらいました」
 事情を端的に説明して、彼女に羽織を掛けてあげるヒューリー。その所在なさげな背中を、シグナスがそっと支えている。
「折角の晴れ姿。傷めずに済んで良かったです」
 よくお似合いですよ、と信乃に褒められて、面映そうな彼女の表情が微笑ましい。
「助けて頂いて、ありがとうございました」
「今回は災難でしたけど。ビルシャナに目をつけられる程、あなたの気持ちは本物ということですわ」
 ビルシャナ関連では犠牲者も少なからず。だが、今回は憑かれた当人も助けられた。それがシフォルには嬉しい。
(「これも歳神さまのご利益だったりするのですかしら……あら?」)
 満足げに境内を見回したシフォルの表情だが、不意に怪訝を浮かべる。
「ええと……ごめんなさい、今日は何の集まりでしたかしら?」
「し、シフォルさん?」
 唖然とした面持ちで、癒乃はルキノと顔を見合わせる。三歩歩くと物忘れ、人はそれを「トリ頭」という。
「君には競技カルタを極めてほしい。長く険しい道かもしれないけど……好きって気持ちはきっと無敵だから」
 一生を懸けられるものに出会えた事は幸運と思うから。レスターは心から応援する。
「お前の夢、叶うといいな。がんばれよ! 何かあったら、助けに行くぜ」
 重安のもっと直截的な激励に、空音は再度、感謝を口にした。
 そんな彼女の傍らに、静馬は拾い集めたカルタ札を置く。ビルシャナが撒いた百人一首は、今はもう変哲の無い紙札だが、きっと当人には大切なもの。
(「夜をこめて鳥の空音は謀るとも……ですか」)
 喩え局地的な勝利だとしても、勝鬨を上げ続けよう。其がケルベロスの務めなのだから――才女と名高かった女流歌人の歌札を眺め、レプリカントの青年は新年の決意を新たにした。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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