酉年様事件~ゴールデン酉年様

作者:あき缶

●多忙を極めても底辺
 森下は、いわゆるブラック企業に勤める青年である。
 働けど働けど、残業代が出ない。出ないどころか休日も出勤させられる。なお、手当は出ない。
 今日はようやく、ようやく、ようやく手に入れた貴重な貴重な休日であった。
 一日眠っていたかったが、社畜精神ここに極まれりと言えば良いのか、毎日の出勤時間には目が冴えて、どうにも眠れなかったので、近所の神社に時期遅れではあるが初詣にやってきたという次第である。
 賽銭を入れて、パンパンと手を打ち、森下が一心に願うことなどただ一つ。
「金持ちになりたいです! 働かなくても生きていけるだけの不労所得が欲しいですううう!!」
 必死に祈った彼を、酉年様ビルシャナパワーが包み込んだ。
「コケッ!?」
 黄金色に輝くなんともおめでたいニワトリっぽい酉年ビルシャナがここに爆誕する。
 ビルシャナは大声で叫んだ。
「酉年に金持ちになりたいなら、一年中酉年様を崇め奉るコケー! グラビティ・チェインを捧げるコケーー!」
 そして、神社にいる人々を片っ端から殺して回るのであった。

●十二年に一度の酉年様イヤー
 酉年様というビルシャナがいるのだと香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)は言う。
「十二年に一回だけ特別な力をゲットできるビルシャナらしくてな。今年、酉年やん? 酉年を祝う人の祈りを奪ってパワーアップしたらしいんよね」
 そして、祈りの力を使って、神社に詣りに来た人を『酉年ビルシャナ』に変えて配下としているらしい――甚だ迷惑なビルシャナである。
「被害が出る前に酉年ビルシャナをやっつけてほしいんよね。新しい年が始まって早々人死にも勘弁してほしいやん?」
「そうじゃな。しかし、酉年ビルシャナになってしまった人は助けられぬのでは……?」
 話を聞いていたユーデリケ・ソニア(幽世幼姫・en0235)が首を傾げると、いかるは笑顔で首を横に振る。
 酉年ビルシャナは強制的にビルシャナ化させられているだけなので、今なら撃破すれば人間に戻すことが出来るらしい。
「ビルシャナ化が定着してない、ビルシャナになりたての今やからこそ、なんとかなるんや。ここで逃してしまうともう戻しようがないから、絶対ここで倒さなアカンよ」
「なるほど、今回は首尾よくいけば誰も本当に死なずに済むのじゃな! 頑張らねばなるまいのう!」
 ユーデリケは心底嬉しそうに何度も頷く。
 ちなみに、酉年ビルシャナは『酉年を褒め称えている者』から攻撃するそうだ。ケルベロスが酉年を褒め続けながら戦えば、ビルシャナは一般人を襲わないので、避難させる必要はない。
 いかるが担当する酉年ビルシャナは、ブラック企業で働く過労の男性が変化したものだ。
「新年早々、久々の休みの日に、ムリヤリビルシャナ化させられるなんて、可哀想すぎるわ……」
 まだ大学生のモラトリアム期間を満喫中のいかるは、社会人って大変なんやね、と嘆息一つ。
「うむ……。助けてやらねばならぬな」
 ユーデリケは神妙な面持ちで頷くのだった。


参加者
鵺咬・シズク(黒鵺・e00464)
エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)
マチルダ・ベッカー(普通の女子大生・e09332)
小豆・善哉(懐古する我楽多・e20199)
カティス・フォレスター(おひさま元気印・e22658)
アーシィ・クリアベル(久遠より響く音色・e24827)
獺祭・鴻(ゴーストライター・e27911)
シンシア・ミオゾティス(空の弓・e29708)

■リプレイ

●だいぶ正月気分も抜けてきましたね
 金ピカと光り、コケコケと鳴き喚くビルシャナの爆誕に、まばらな参拝客たちが逃げようとした時、ケルベロスは石段を駆け上がって境内に到着する。
「うわ、なんだか神々しい!」
 キンキラとしている敵を見て、アーシィ・クリアベル(久遠より響く音色・e24827)は目を瞬かせる。
 そして急接近の後、月光の軌跡を刃で描いた。
「金粉塗ってるワケじゃないんだね! ちゃんと羽毛が金色なんだ!」
 近寄って興味深く眺めたアーシィは、ふむふむと観察結果を口にした。
「コケェ!?」
 急な攻撃にビルシャナは泡を食って、ゴールデンな輝きをビカァッとばかりに放つ。
「ビルシャナって本当、勝手なのですね……。酉年にお参りしただけで信者扱いって、迷惑な感じなのです」
 手助けにやってきたレプリカントは、アーシィを庇うと無表情で敵を見つめ、呟いた。
「くうっ、目がくらむね……。見た目や光は金色でも中身は相当ブラックらしいねぇ。同情するよ」
 とっさに目を庇った鵺咬・シズク(黒鵺・e00464)は、反撃だとばかりに刀を抜いて達人級の一閃を見舞う。
「わわっ! 新年早々なんだかすごいのが来たね、ゆうれいさん」
 小豆・善哉(懐古する我楽多・e20199)はビハインドのゆうれいさんを見上げた。
 顔にニワトリのお面を被ったゆうれいさんは、コクリと頷く。
 サーヴァントから同意を得て、善哉はぐっと拳を固める。
「新年からこんな事件、絶対止めないとね!」
(「そもそも酉年の有難みというものがよくわかりませんが……お正月を過ぎたら毎年特別何か変わるというのものでもないですし」)
 首を傾げ、カティス・フォレスター(おひさま元気印・e22658)は内心疑問を抱くも、それはそれ。
「助けることのできる命があるのなら。それを無視することはできません」
 ケルベロスとして、目の前にデウスエクスがいるならば、そしてそれが理不尽な理由で変化したもので、まだ助ける余地があるならば――対峙しない理由など無い。
 どかんと爆音を伴い、おめでたい感じの七色の煙が立ち昇る。エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)が、先程のビルシャナの攻撃による損傷を少し癒やしたのだ。
「あの男性の貴重な休日を守る為にも頑張りましょう。えっと……酉は商売繁盛に繋がる……。じゃあ今年は絶対安泰じゃないですかー」
 エレの後ろでウイングキャットのラズリが、同意を示すようにニャァンと鳴き、ばさりと清浄の翼をはためかせた。
「よっし、褒めるっ!!」
 元気よく行動宣言、シンシア・ミオゾティス(空の弓・e29708)はピコピコとウサミミを動かしながら、
「とり年って酉って書くんだ? 鶏さんのことだからそっちの字だと思ってたけど、なんか特別な感じがしてカッコイーね!」
 と中に文字を書きながら跳び回り、ついでのように気咬弾を放った。彼女に合わせて、ウイングキャットのネコがリングを飛ばす。
「さて、今年最初の人助けすっかなぁ……」
 のっそりと獺祭・鴻(ゴーストライター・e27911)は背を伸ばすと手早く戦言葉を唱えた。
「人助けのために酉年ヨイショ……っと」
 胡乱な三白眼を巡らせ、鴻は酉年褒めを開始する。
「酉年っていいよなぁ~。鶏は可愛いし、なにより『酉』は『とりこむ』と言われ、商売などでは縁起の良い干支とされてるんだぜ」
 シャーマンズゴーストたるノジコは後ろで拝んでいる。拝む対象は酉年でも神社に祀られた神様でもなく、主人である鴻だが。
 カティスがビルシャナに流星の如き飛び蹴りを見舞う。ビハインドのタマオキナの念力はすんでのところで躱された。
 ビルシャナの中身はブラック企業の激務に喘ぐ社会人である。
「社会人は大変そうですね~、早く助けないといけませんね~」
 マチルダ・ベッカー(普通の女子大生・e09332)はのんびりと呟くも、真面目に顔を引き締めるとシャーマンズカードをシャッフル、一枚を選び出しカードの力を発言する。
 現れたのは槍騎兵。氷の力を伴い、刺突撃。
 ジョブレスオーラで鴻を包んだ善哉は、ふと隣のゆうれいさんを見て度肝を抜かれた。
「あれ? ゆうれいさん、そのうちわどうしたの?! どこから、いつの間に?」
 疑問符だらけの善哉は綺麗に無視したゆうれいさんは、大きな二枚のうちわを上げたり下げたり、水平に動かす。決して扇いではいない。あくまでスライドの動きである。
 黒いうちわには『酉年最高!』と『コケって!』という文字が蛍光テープで描かれていた。
 いわゆる、男性アイドルのライブでファンがアピールのために持っているアレである。
 喋れないゆうれいさんなりに酉年を褒めているようだ。ついでに念力でサイリウムも苦無よろしく投げつけている。
「そもそもコケってってなに、コケってって!? というか、サイリウムはそう使うものなの!?」
 善哉はツッコミし続けるハメになる。
「皆、すごいのう。酉年を褒めるとは、どうしたらいいものかと思っておったが……なるほど」
 シンシアに御業で守護をつけつつ、ユーデリケ・ソニア(幽世幼姫・en0235)は感心しきりであった。

●旧年中はお世話になりました
「コケエ! そう、酉年は商売繁盛につながるんだコケェ。社長の年頭挨拶にもよく使われるフレーズだコケ。ううっ、商売に励んでも励んでも……お給金は……うぬぬ、君もリッチになりたいだろうコケエエエエ!!!!」
 ビルシャナは血涙を流しながら、エレを洗脳しようと経文を読む。
「う、ううっ……確かに、お金は欲しいものではありま……あああ、ゴールデン酉年万歳……」
 脳をかき乱してくるビルシャナの言葉にエレは苦しんだ。
 なんとか気力を溜めて回復しようとしているエレの横を突っ切り、アーシィは雷電を彷彿とさせる速度で刀を突き出す。
「ぐふっ」
 と苦しむビルシャナに、畳み掛けんとシズクは螺旋の力を叩き込もうとするも、掌底はいなされた。
「くっ、伊達にデウスエクスじゃないってか……」
 エレは脳髄をかき回されるような苦痛を、なんとか笑って耐えながら、なおも言った。笑っていられるなら大丈夫だ、と自分に言い聞かせながら。
「成果が出る酉年、最強ですね!」
 ラズリが翼をエレにふりかけると、気分の悪さが軽減した。
「ええとあとは……ほら、年賀状に描くイラスト可愛くできるよね! 蛇さんとかはちょっとこわーく描いちゃいそうだし、これはアドバンテージだよっ!」
 シンシアが拳を振り抜いてビルシャナを天高く吹っ飛ばし、空に舞い上がったネコが鋭い爪付き猫パンチで叩き落とすコンビネーションを見せる。
 境内の邪魔にならない場所で固まっていた一般人たちが、歓声を上げた。
「たーまやー」
 何か違う。
「年賀状にペンギンさんの絵が描かれてるんだよー? インコも可愛いもんね!」
 アーシィがうんうんと頷きながら同意して、シンシアの言葉を強めた。
「くぅ~! さす酉!! 酉年パイセン流石っす」
 もはやよくわからない煽てをしつつ、鴻は回転しながらビルシャナに体当たりをかました。
 ついでにノジコの爪がビルシャナの霊魂にダイレクトアタック。
 カティスの足が火柱でビルシャナを焦がし、玉砂利がタマオキナの念力でビルシャナに当たる。
 続いて、マチルダのグレイブがビルシャナを串刺しにした。
「コケエッ、マジ焼き鳥になるコケ、やめるコケ!」
 エレに善哉のオーラが届く。ゆうれいさんはさっきまで投げていたサイリウムをブンブン縦に振り出した。
 つまり、ビルシャナの背後からサイリウムで殴打しているのである。
「ゆうれいさんん!?! やっぱりサイリウムの使い方おかしくない!?」
 ゆうれいさんは主に向けて、親指をビッと立てた。
「いやいやサムズアップされてもわかんないよ!?」
 善哉はツッコミきれず、もはや息切れしそうな勢いである。
 ユーデリケは既にあっけにとられている。あっけにとられつつも、ちゃんとシズクを御業の鎧で保護するのは忘れない。

●頑張りますので、どうぞ本年もよろしくお願いいたします
 過労の幻影が、まだ社会人になっていないケルベロスを苛む。いわゆる女子大生のマチルダと未だ幼女なユーデリケである。
「うう~、終電がなくなっちゃいました~……また会社に泊まるんですか~」
「や、やすみがないのじゃ……『さんじゅうれんきん』なのじゃ……かえっておふろにはいったら、すぐしゅっきんなのじゃ……」
「しっかりしてください! 幻です! まだ昼ですから電車はありますし、ちゃんとお休みもありますからー!
「っていうか、労働法違反な気がするね、三十連勤は! 一ヶ月会社行きっぱなしじゃん!」
 エレと善哉が必死にトラウマを除いて回る。
 後ろでゆうれいさんは楽しそうにサイリウムアタック継続中である。
「さっきのは森下さんのトラウマそのものなのでしょうか……」
 困った人を助けるためのケルベロスの力――あのような形で困っている人にはどうしてあげればいいのか。マチルダは心を痛めながらも、今は森下をビルシャナの力から引き剥がすことが最優先だと、シャーマンズカードを一枚引き出す。
「お願いします」
 マチルダが放ったカードは騎士型の蒼光となってビルシャナに殺到する。
 タマオキナに庇われて、トラウマの餌食にならずに済んだカティスは、銀のリボルバーにてヨモギ型攻性植物弾をシズクに撃ち込む。
「狩猟の女神の名の下に、我らに仇なすものを討つ助けとなれ!」
「よし、ギャラリーもいるし、今度こそ……鳥らしく天まで吹き飛びな!」
 カティスが渡したヨモギの補助により、シズクの螺旋の力は今度こそビルシャナをふっとばす。
 ビルシャナがぶつかった衝撃で石灯籠が砕け、ギャラリーが派手な演出に歓声を上げた。
「クリーンヒット! おっと、気合が入りすぎたか?」
 シズクは、粉微塵になった石灯籠を見て苦笑を漏らす。
「あっと……でも、あとでヒールすれば大丈夫ですよね」
 マチルダは一瞬焦りかけたが、ヒールの存在を思い出して安堵する。ちょっとファンシーになるのはご愛嬌だ。
「もう褒めなくても良いかなっ? そろそろオシマイにしちゃおう!」
 目を回しているビルシャナに、シンシアはぴょんと跳び上がって、空中から矢を放つ。シンシアの引き出しから、酉年を褒めるネタが切れたのは内緒だ。
 ネコのリングもビルシャナを強かに打つ。
「よっし、一気に決めちゃおう!」
 アーシィの握る星河の刀身が湯気のような冷気を放つ。
「戦場で私の前に立ちはだかるというのなら……。いきます!」
 アーシィの動きは誰の目にも止まらない。ただキラキラと日光に輝く細かい氷がビルシャナを横一文字に切り払うような軌跡を描いていた。
「コ……、ケェ……」
 ずしゃあとビルシャナが倒れ伏すと同時に、青年の姿に戻った。
「こいつが気の毒なリーマンか……」
 鴻はため息を吐くと、のそのそと森下に近寄る。
「大丈夫かー? とりあえず助かったんだし、命あっての物種だ。仕事に殺される前に転職をお勧めしておくんだぜ」
「へ? は? えっと?」
 自分の境遇が分かっていない森下は、へたり込んだまま、ぱくぱくと口を開閉させるしかなかった。

●今年も良い年になりますように
「やっほー、元気ー?」
 と、呆然としている森下の顔の前で、笑顔で手を振って見せたアーシィも言葉を考えた末、同じことを言う。
「うん、まずはお仕事変えよう?」
 マチルダも頷く。
「ビルシャナから無事に元に戻る事が出来たのは幸運な事ですから、お体を大切にして下さいね~。この機に転職も考えられてみては~?」
 森下は突然ケルベロスに囲まれた上に、転職を強く勧められるのに目を白黒させた。
「え? え? ビルシャナ? 転職?? 一体、何が……」
 ケルベロスに口々に事情を説明された森下は、自分の身に降り掛かった不幸と、九死に一生を得たことに納得する。
「そうですね。一回死んで生き返ったようなもんですし、勇気を出して、仕事辞めます!」
 晴れ晴れとした顔で石段を降りていく森下を見送ったカティスは、ふぅと息を吐いた。
「では、せっかく神社に来たんですし、私もお詣りしておきましょうか」
「そうですね~」
 マチルダはカティスの言葉に賛同し、まずは破壊してしまった施設をヒールしてから……と、エレと後始末を始めた。マチルダを手伝いながら、善哉はそう言えば初詣がまだだったと思い当たる。
「いい機会だし、俺たちもお詣りしていこうか、ゆうれいさん」
 ゆうれいさんは、うちわやサイリウムをカバンにまとめつつ、主人の提案に笑顔で頷く。突拍子もない戦い方をしたサーヴァントだが、本人が楽しそうなら良しとしておこう。
「初詣とか何年ぶりかな~。そういやユーちゃんも地球の新年は初めてか」
 鴻に話しかけられ、ユーデリケはそういえば神社に詣るのは初めてであることに思い当たる。
「おお、そうじゃ! はじめての初詣じゃな! そう思うとなんだか、ご利益が大きそうな気がするのじゃ」
「わ、皆、お詣りするの? 楽しそう! シンシアもするっ! するっ! なにお願いしようかなっ?!」
 戦闘後のお楽しみの気配を察知したシンシアは、はしゃいでピョンピョンと石畳の上で跳ねた。
「出店もあるしな。綿菓子でも買っていくか……。ユーデリケも一緒にどうだい?」
 甘味と聞いて、ユーデリケの目が輝く。勢い込んでユーデリケは、シズクの誘いに大きく頷いた。
「行くのじゃっ!!!」

作者:あき缶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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