散華に連なる蝶の羽ばたき

作者:深淵どっと


「あなた達に使命を与えます。とある華道家の人間に接触し、その技術を可能な限り習得した後に殺害しなさい」
 薄暗い、どこか室内だろうか。声は静かに響き渡り、それに促されるようにして2つの人影が立ち上がった。
「グラビティ・チェインの奪取は任せます。いずれにせよ、この事件は巡り巡って私達の侵略を助ける事になるでしょうから」
 華美な衣装に身を包んだ女と、長身痩躯のピエロ姿の男。2人の螺旋忍軍は恭しく頭を下げる。
「イエス、ミス・バタフライ」
「あなた様の仰せのままに……!」


「次の螺旋忍軍の狙いは華道家、って事らしいぞ……なぁに考えてんだかねぇ」
「ふむ……風が吹けば何とやら、と言うが……どうやらそういう効果を狙える力があるようだな、ミス・バタフライと言う螺旋忍軍には」
 アッシュ・ホールデン(無音・e03495)からの報告を受け、フレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)は小さく頭をひねる。
「まぁ、いずれにせよ、一般人が狙われる事になりそうだ。キミたちにはそれを阻止してもらいたい」
 ミス・バタフライの配下2体はある街にいる華道家の技術を調べ、習得し、最終的には殺害しようとしているようだ。
 そして、どういう結果に繋がるのかは不明だが、その殺害はいずれケルベロスたちに不利な状況を生み出すトリガーとなるらしい。
「不明瞭な部分は多いが、まずは一般人の命を優先するべきだろう」
 しかし、問題は件の華道家に襲撃の事を事前に話してしまうと、螺旋忍軍は標的を変え被害を防げなくなってしまうと言う点だ。
 そこで、とフレデリックは今回の作戦の肝を説明する。
「目論見が早めに知れたのは幸いだった、お陰で華道家にはこちらが一足先に接触できる。そこでキミたちには3日ほど前から件の華道家に接触、事情を説明した上でその技術をできるだけ習得してもらいたい」
「……もしかして、螺旋忍軍の狙いをケルベロスに逸らそうって事か? 3日そこらでどうにかなるもんかね?」
 アッシュの懸念は最もではある。
 螺旋忍軍の狙いをケルベロスに移すには最低でも見習い程度の技量は必要になるだろう。故に、それなりの努力は必要だ。
「だが、取れる手段は取るに越した事は無いからな、やる価値は十分あると僕は思っている」
 無論、この作戦はただ敵の目を逸らすためだけではない。
 ある程度の技量があれば、その技を習得しにきた螺旋忍軍の隙を突く事も可能だろう。
「この作戦がどの様に影響を及ぼすのか想像もできないが……何にしてもやる事は一つだ。頼んだぞ、ケルベロスの諸君」


参加者
鈴代・瞳李(司獅子・e01586)
ラティクス・クレスト(槍牙・e02204)
アッシュ・ホールデン(無音・e03495)
ルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)
舞原・沙葉(生きることは戦うこと・e04841)
彼方・走(イカロス・e29385)
十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149)

■リプレイ


 事件が予知された日より3日前。ケルベロスたちは件の華道家の元を訪れていた。
 出てきたのは和装に身を包んだ老齢の女性。しかし、一つの技を極めた人間と言うのは、やはり雰囲気から異なる。
 その佇まいにはどこか気品があり、彼女こそが目的のその人物であると窺える程だ。
「そういう事でしたら……私でお力になれるなら」
 彼女は事情を聞けば、一つ頷き、ケルベロスたちの話を快諾する。
 こうして、3日間に渡る華道修業が始まったのだった……。
 とは言え、ほとんどは華道なんて触ったこともない素人の集まり。まずは先生から基本を学びながら、できる範囲で作品に触れていく。
「どうだろう? この鮮烈なるプロポーション。紙一重で芸術の域に達していると、僕としては思うよ」
「わー、凄い! 剣山ってこういう使い方もできるんだ!?」
 そびえる剣山、正しく山の如し。敷き詰めた剣山の上に剣山を乗せ更に剣山を積み重ねた上に添えられた一輪の花。アルシェール・アリストクラット(自宅貴族・e00684)作の一品である。
 念のため補足しておくと、多分剣山の使い方としては間違っている。が、確かに前衛芸術的と言えばそう見えてくるから不思議だ。
「いや、ルリナのそれはそれで凄いと思うんだが……え、これ、一体どうしたらこうなるんだ?」
 一方、ラティクス・クレスト(槍牙・e02204)は驚いているルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)の作品を覗き込む。
 筆舌しがたい。まずは『楽しく自由に』と先生からの教えを忠実に守ったお花タワーがそこに鎮座していた。
 新手の攻性植物です。とか言われても受け入れられそうである。子供は自由だ。
 そんな自由かつ間違いや迷走を恐れない傑作を前に、ラティクスは製作途中の自分の作品に目を向けた。
 彩り豊かに飾るわけでもないが、鮮やかさに欠けるほど質素でもない。先ほど先生には初めてにしては上手いと褒められはしたものの……。
「地味じゃねぇ?」
「っ……い、良いんだ……どうせオレは刺すことしかできないんだから」
 横から見ていた十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149)はまだ花を選んでいる最中だったが、、つい本音をそのまま零してしまう。
 確かに前の2人に比べてしまうと派手さには欠けるが、本来はこれでいい筈なのである。
「いや……刺すだけと言うのも中々、難しいわ」
 剣山に直立する花の茎を横からじっと眺めながら、彼方・走(イカロス・e29385)は微かに眉根を寄せる。
 動きはしっかり見て覚えた。しかし、それだけでは表現までは学べないらしい。奥が深いものだ。
「まぁ、先生も好きに作ってみろって言ってたんだ、良いんじゃないか?」
「アッシュはなんだか手馴れているようだな」
 一喜一憂する仲間たちの様子を見つつ、丁寧に仕上げていくアッシュ・ホールデン(無音・e03495)の動きは舞原・沙葉(生きることは戦うこと・e04841)の言うように、どこか手慣れている風であった。
 実際、その出来栄えも仲間たちより一歩上を行っているようにも見える。
「ん? いやぁ、俺は……」
「アッシュは『先生』の作品をよく見て、真面目に学んでいたからな。舞原もすぐ追いつくさ」
 苦笑するアッシュの代わりに答えたのは恋人の鈴代・瞳李(司獅子・e01586)だった。
 どこか含みのある言い方だが、その表情は穏やかだ。
「ふむ……そうだといいんだが。いや、仮にそうでなくとも、やれるだけはやってみよう」
 どんな結果になったとしても、それが螺旋忍軍の目論見を止めるための手段であったとしても、真剣で取り組む。それこそが、沙葉の『道』の進み方だった。
 無論、それは彼女だけではなく。各々が自分らしらを花に込め、作品を仕上げていく。
 そして、そんな3日と言う時間は過ぎていった……。


「ごめんくださいませ」
 そして、当日の朝。予知通り、螺旋忍軍はケルベロスたちの前に姿を現した。
 華道を習いたい、と言う奇怪な容姿の2人に対応したのは、最も呑み込みの早かったアッシュとその補佐として同行した瞳李だった。
 まずは基礎をこちらから教えると申し出たところ、螺旋忍軍はこれを承諾。どうやら、作戦の第一段階は上手くいったようだ。
「では、そろそろ先生のご指導を……」
「まぁ、そう焦るな。その前に外に出て、直接華に触れてみようじゃないか」
 軽く基礎を教え終わったアッシュの申し出に螺旋忍軍の2人は一瞬だけ顔を見合わせた後、頷き返す。
 先に外に出ていった2人を見て、アッシュは瞳李に向けてわざとらしく軽く肩を竦めてみせた。
「どうやら、まだ疑われてはいないみたいだな。……しかし、俺が華道家を護る事になるとは、何の因果だろうなぁ」
「案外、小母さんがお前を呼んだのかもしれないな。さぁ、行くぞ」
 内心で思案するようなアッシュの背を軽く叩き、瞳李も螺旋忍軍を追って外に出る。
「……よし、行ったな。それじゃあ先生はこっちに」
「あの2人は大丈夫なのでしょうか?」
 螺旋忍軍たちが出て行ったのを確認し、別室に控えていたラティクスとルリナが先生の避難を開始する。
「大丈夫! ボクもみんなもケルベロスの有名人さんなんだよ。だから安心してね!」
 ルリナの言葉と真っ直ぐな瞳に、先生は納得したように頷く。
「なるほど、それがあなたたちが本来進むべき『道』と言うことですね……ご武運を」
 先生を安全な場所まで連れていき、2人はその言葉を背に仲間の元へと向かうのだった。
 一方で、アッシュと瞳李が螺旋忍軍を案内したのは仕事場からは少し離れた場所だった。
「……ここは? 花は無いようですが」
「あぁ、そりゃあそうだ。原理は知らんが、過程の一つとしか見てないやつが通っていい道じゃないからな」
 華道を教わる最中、事前に調べたこの場所なら思いっきり戦っても被害は少ないだろう。
「――あなた達は、ケルベロスですか!」
 もう偽る必要は無いと全開にしたグラビティ・チェインに、螺旋忍軍もようやく状況を理解する。
「小賢しい真似をしてくれる!」
 先に動いたのはミス・バタフライ配下の女。出された指示に追従してピエロ姿の螺旋忍軍はアッシュに向けて無数のナイフを投擲する。
「悪いがお前たちの目論見は阻止させてもらう。今だ!」
 曲芸顔負けの不可解な軌道を描くナイフの嵐を、瞳李が受け止める。
 急所を的確に穿つ刃に、鋭い痛みが全身を走る。だが、全ては作戦通り。
「隙だらけだぜっ!」
 瞳李の合図で物陰から飛び出したのは刃鉄。勢いそのままに繰り出される飛び蹴りはその名の如く鋭く、刃のように敵を斬り裂く。
「ひとまず予定通りね。このまま片付けましょう」
「あぁ、思い知らせてやろうじゃないか。奪うばかりしか頭にない連中にさ!」
 同じく事前にこの場に潜んでいた走とアルシェールが戦列に加わる。
 そして、2人から支援を受けつつ刃鉄と入れ違いで螺旋忍軍に斬りかかるのは、沙葉だ。
 オウガメタルの放つ粒子によって研ぎ澄まされた感覚と、鮮やかな爆炎によって高められた気迫は、卓越した剣の技をより速く、鋭く走らせる。
「花には蝶が付き物というが…貴様たちのような毒蝶はお呼びではない。早急に駆除させてもらう」


「こうなればケルベロスだけでも!」
 戦闘開始時の状況は敵が2体に対し、こちらは6人。地の利はあれど、優勢とは言い難い。
「隊列は崩すな! ルリナとラティクスもすぐに来る筈だ!」
「ひとまずはそれまでが僕たちの正念場ってところだね」
 数ではまだケルベロスが有利と言え、戦力的には分が悪い。
 それにかこつけるように、螺旋忍軍の猛攻が矢面に立つ瞳李とアルシェールを襲う。
「でも……やられっぱなしとは思わない事だ!」
 攻撃の合間を縫ってミス・バタフライ配下の螺旋忍軍を捉えるのは、アルシェールの執事でもあるビハインドの霊的な力による金縛り。そして、瞳李の放つ無数の弾丸。
「トーリたちに続くぞ。俺が足を止める、一気に叩き込め」
 降り注ぐ砲弾の雨は瞳李の弾幕に合わせてアッシュが放ったものだ。
 舞い上がる土煙と衝撃に、螺旋忍軍も迂闊には動けない。
 そこに一斉攻撃をしかけるケルベロスたち――だが。
「気を付けろ、上だ!」
「なっ!?」
 声と同時に刃鉄の頭上に影が落ちる。見上げれば、そこにはピエロ姿の螺旋忍軍が土煙を抜けて襲い掛かってきていた。
 華麗な錐揉み回転と共に繰り出される強烈な打撃。しかし、直撃の瞬間それを遮るような障壁が刃鉄を守った。
「よ、良かった、間に合ったみたい!」
「大丈夫か? 立て直してから反撃に移るぞ」
 刃鉄を守ったのは、避難を終え駆け付けたルリナが鎖で描いた守護の魔法陣だ。
 続けてラティクスの展開するドローンが仲間たちを治療していく。
 半手ほど遅れは取ったものの、これで五分。そして、一度傾いた流れはそう簡単には覆らないものだ。
「ルリナ、回復は臨機応変に行くわよ」
「うん、危ないのはピエロさんの方かな? ボクもできるだけ邪魔するよ!」
 配下の螺旋忍軍はあくまであのピエロの攻撃をサポートするのがメインのようだ。
 ならば、過剰な回復よりも状況に応じてピエロへの妨害も必要だろう。走のヒールに合わせ、ルリナはブラックスライムをピエロ姿の螺旋忍軍へと放ち、その動きを阻害する。
「そろそろ決めさせてもらうぞ!」
「まずはお前からだ!」
 一瞬の隙を突いたラティクスの蹴撃が螺旋忍軍を地面に叩き付ける。重力を伴ったその一撃は、脱出困難な檻だ。
 そして、その檻ごと敵を斬り裂く、沙葉の剣閃。それはただの一度では終わらない。
「このまま……押し切る!」
 幾重にも連なる斬撃の嵐を前に配下の螺旋忍軍は反撃する事も退く事もできないまま、遂に力尽きる。
 残るはピエロ姿の螺旋忍軍のみ。こうなってしまえば、最早勝敗は決したも同然だ。
 ラティクスの残したドローンによる援護と破壊のルーンが与える力、ルリナや走がヒールの合間に与えた攻撃によってピエロは完全にペースを乱されている。
 ミス・バタフライ配下の指揮も無く、まだ戦力の欠けも無いケルベロス8人を相手に勝てるはずなどなかった。
「さっきはよくもやってくれたな、こいつはお返しだ!」
 一気に劣勢を強いられたピエロの懐に、刃鉄が潜り込む。
 振り上げられたナイフよりも早くその無防備な腹を、鋭い竜の爪が穿つ。
 最後の一撃をその身に浴びた螺旋忍軍は、ぐらりとその長身を揺らし、血の花と共に地面へ倒れるのであった。


 できる限り影響がないように場所を選んだものの、戦いの痕は皆無とはいかない。
 一通りのヒールを終え、ケルベロスたちは先生のもとへと戻っていた。
「すまない、先生」
 瞳李の短い謝罪には、ここを戦場にしたことや、結果的に華道を利用したこと。様々な意味が込められている。
 それらを全てわかった様子の上で、先生はケルベロスたちに小さく頭を下げる。
「いいえ、むしろ私の方こそ感謝しなくてはなりません。守ってくれて、ありがとうございます」
 そして、その視線をケルベロスたちから、この3日間で作られた作品へと移していく。
「あなた達にはあなた達の道があります。アルシェールさん、ルリナさん、時にはあなた達のように自由な発想で」
 普通ならば、華道としては認められないような2つの華。
 だが、それは枠に囚われ過ぎないからこそできる、世界で唯一の方法だ。
「それでも、ラティクスさんや走さんの華のように、道の進み方に迷う事もあるでしょう」
 不器用ながら手探りでも自分なりにその在り方を示した2つの華。
 それはお世辞にも出来が良いとは言えないが、自分ができる精一杯を表した全力の形だ。
「その時は、瞳李さんや沙葉さんのように、素直で実直に、前を見て進んでください」
 先生の教えを忠実に守り、成すべき事に向かって進んだ2つの華。
 それは、不安定な道を確かに踏みしめ、真っ直ぐ歩くための意思だ。
 最後に先生はアッシュと刃鉄の華へと目を向ける。
「そして、忘れないでください。あなた達の近くには、いつでもあなた達を想っている人がいることを……」
 アッシュの、全くの素人とは思えない整った華。刃鉄の方は扱いが難しいかすみ草を使った作りで、やや雑多な出来ではあるものの、どこか温かみがある華だ。
 その華の向こうに誰の姿を見ていたのか。それは、手掛けた者達しか気付けないかもしれない。
 それは、あるいは既に過去となった人物かもしれない。あるいはずっと身近にいる誰かなのかもしれない。
 そして、あるいは……。
「……初依頼の仲間が貴方達で良かったわ。ありがとう」
 帰り際、走は端的に、しかし真っ直ぐと仲間たちに告げる。
 肩を並べ、命を賭して戦った仲間たち。例え交わる道は一期一会であっても、それもきっと先に進むためのかけがえのない繋がりなのだろう。

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。