死都の魔物

作者:氷室凛


 廃墟と化したビル街。人の姿は見当たらず、辺りは不気味なほどに静まり返っている。
 そんな死都を、一人の少女が歩いていた。
 周囲を見回してみたが、やはり人の気配はない。
「えっ!?」
 その時、背後でガサリと音がした。
 振り返った先にいたのは――巨大な狼。
 黒い毛並みに覆われた体。真紅の三つ目。ナイフのような鋭利な牙。
 人間を軽く丸のみしてしまいそうなほどに大きい。
「ひっ……」
 狼の口元にはべっとりと血が付着していた。まさか今しがた人間を食べたばかりなのだろうか。
 赤く染まった牙を剥き出しにしたまま、狼はゆっくりと近づいてくる。


 と、そこで目が覚めた。
 布団で寝ていた少女はガバッと起き上がり、寝ぼけまなこをこする。自分の部屋だ。
「何だ……夢かぁ~」
 ほっと安堵する少女。
 だが、ふと見ると部屋に見知らぬ女性の姿があった。
 その女性――第三の魔女・ケリュネイアは手にした鍵を少女の胸に突き刺す。
 鍵は心臓を貫いたものの、少女はケガもせず死にもしない。これはドリームイーターが人間の夢を得るために行う行為なのだ。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 ケリュネイアはそう言うと部屋の窓を開けた。驚きを奪い取られてしまい、布団にパタリと倒れ込む少女。その体が発光した次の瞬間、窓の外には少女の夢に登場した化け物の姿が具現化していた。
 巨大な狼の姿をしたドリームイーターは、悠々と夜の街を歩いていく。
 少女は深い眠りに落ちている。ドリームイーターを倒さない限り彼女は永遠に目覚めることはない。

「子供の頃って、あっと驚くような夢をよく見たりしますよね! 理屈は全く通っていないのですが、とにかくビックリして夜中に飛び起きたりとか……そのビックリする夢を見た子供が、ドリームイーターに襲われて『驚き』を奪われてしまう事件が起こっています!」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちの前で笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が説明を始める。
「『驚き』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようですが、奪われた『驚き』を元にして具現化されたドリームイーターが、事件を起こそうとしています。被害が出る前に対象を撃破して下さい!」
 ドリームイーターを撃破すれば『驚き』を奪われてしまった被害者も目を覚ますだろう。
 ドリームイーターは相手を驚かせるのが好きなので、指定されたエリアの周辺を歩いていれば向こうから近づいてくるはずだ。
「なお、敵が使用する技は『ブラックインヴェイジョン』、『ケイオスランサー』に準拠したグラビティです」
 現場への到着予定時刻は夜になる見込み。夜なので人通りが少ないとはいえ、現場は市街地。何かしら人払いをしておくと安心して戦えるはずだ。
「街の人々を守るため、そして眠っている少女を救うため、ドリームイーターを撃破してください。それでは、よろしくお願いします」


参加者
マイ・カスタム(重モビルクノイチ・e00399)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
志藤・巌(壊し屋・e10136)
マロン・ビネガー(六花流転・e17169)
フレア・ガンスレイブ(ガラクタ・e20512)
ウェイン・デッカード(鋼鉄殲機・e22756)
キーア・フラム(黒炎竜・e27514)
リョウ・カリン(蓮華・e29534)

■リプレイ

「夢としちゃ悪夢の部類なんだろうが、だからって奪われていいモンじゃあねぇよな」
 静けさが満ちた夜の街を歩きながら、キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)が言った。
「どうせなら出る場所も廃墟にしといてくれたら雰囲気サイコーなのに……」
 廃墟好きのキソラは思わずそう呟く。寂れた廃墟を歩く狼というのは、それだけで絵になりそうだ。
「むー、ビル街に三つ目の狼ですか……ホラー映画の世界です。怖くは無いです……無い筈なのです?」
 マロン・ビネガー(六花流転・e17169)はふわふわ飛びながら、上空から辺りを見回す。今のところ敵の姿は見えない。どこかに身を隠しているのだろうか。
「三つ目の狼……随分と凶悪な姿の怪物ね……。放っておくと、夢の通りに街を破壊しようとしたりするのかしら……? もっとも、そんな大それた事する前にすぐに無に還してあげるけどね……」
 そのかたわらで黒い翼をはためかせて飛んでいるのは、キーア・フラム(黒炎竜・e27514)。幸いにも街の人通りは少ない。
「『驚き』ですか……。生み出したドリームイーターを放置するほうが私には驚きなんですけれど、魔女の目的はなんなのでしょうか……」
 フレア・ガンスレイブ(ガラクタ・e20512)は地上を歩きながら、念のため周囲に人影がないか確認する。
「お話を聞く限り、『驚き』と言うより『恐怖』に近い気がしますが、……でも、よく考えるとお化け屋敷でも驚かされますよね。実はよく似た感情なのでしょうか。……心って難しいです」
 フレアは難しい顔で言うのだった。
「新年早々、デウスエクスも忙しいね。感情を学ぶにしても、もう少し方法を選ぶべきだと思うよ」
 マフラーに顔をうずめながら、ウェイン・デッカード(鋼鉄殲機・e22756)は淡々とした抑揚のない口調で話す。人間の持つ感情の機微については彼もまだ勉強中の身である。
 歩き始めてから数分ほど経った頃、ケルベロスたちの前に突如巨大な狼がぬっと現れた。
 黒い毛並みに真紅の三つ目。わざわざ自分から出向いてきたドリームイーターは、牙を剥き出しにして威嚇してくる。
「……敵の見た目がオーソドックスな獣なだけに、事前に知ってると『驚き』は薄いなあ……」
 マイ・カスタム(重モビルクノイチ・e00399)は仮面の下からのぞく口元に苦い笑みを浮かべる。
「夢で見た化け物と現実にご対面……不謹慎だけど、ちょっと興味のわくシチュエーションだね。ま、今回の敵のお目当ては興味じゃなくて驚きなんだけど」
 そう言ってマイは重斬刀を構える。
「黒い毛並みの三つ目の巨狼……こんなのが出てくれば誰だってびっくりするよね」
 青を基調としたチャイナドレスに身を包んだリョウ・カリン(蓮華・e29534)は、すぐに殺界形成を発動する。
「ずっと寝たままってのもかわいそうだし、何より、自分の夢から生まれた獣が誰かを傷つけたなんてなったらトラウマになりかねないし、パパっと退治して起こしてあげよう!」
 と、身構えるリョウの横で、志藤・巌(壊し屋・e10136)は鋭い目つきで敵を睨みながらこう言った。
「パッチワークの魔女……か。前はエライ目に合わされたが、今回はぶちのめすだけ。シンプルでやりやすいぜ」
 巌は両手のガントレットを勢いよく打ち合わせる。
「さァて、一丁死合うとするか!」

「行くわよ、オーガ、キキョウ! 悪夢を喰らい尽くしなさい……!」
 キーアは攻性植物を突き伸ばし、ドリームイーターの体を縛り上げて圧迫する。
 その拘束が解けた瞬間、ドリームイーターは体を一回転させて尾を打ちつけてきた。黒い霧を宿した尾が、キーアを弾き飛ばす。
 彼女は路地を転がっていった。
「ひいっ……!」
 後方にいたマロンは驚いてのけぞりつつも、気力溜めを発動する。
「狼って要するに、大きな野良犬みたいなものですかね……?」
 彼女は温かな光を飛ばしてキーアの傷を癒していく。
「お前の相手は私だよ!」
 マイは目元からレーザーポインターのような赤い光線を放った。その光は敵の目のひとつに命中し、眼球を焼き切る。
 いきなり眼を潰されドリームイーターは一瞬動揺したようだったが、残る二つの目でケルベロスたちの姿を捉えるとすぐに飛びかかってきた。
 キソラはその場に佇んだまま両腕を伸ばす。向かってくるドリームイーターの頭を掴んで止めようとしたが、しかし力では敵わず彼は後方にじりじりと押されてしまう。
『――潰せ』
 キソラはそのままゼロ距離で手の平から雷を放つ。轟音と共に雷鳴が走り、溢れた雷の束が敵の体を包み込んで握り潰すようにして締め上げていく。
 雷に蹂躙される敵へ、リョウが狙いを定める。彼女はベルトに差し込んだ如意棒を引き抜き、突きを繰り出した。
 リョウの手元で紅色の如意棒が伸び、ドリームイーターの腹部に打撃を加えた。
 そして、よろめく敵へ巌が駆け寄ってセイクリッドダークネスを放つ。彼は黒いオーラを宿した拳を振り上げる。
 するとドリームイーターも尾を振り抜いた。互いに相手の攻撃をかわしきることができず、双方のグラビティが体をかすめていく。巌は敵と共に痛み分けとなった。
 その時、味方の攻撃の気配を察知し、巌は素早く飛び下がる。
 それを確認すると、フレアは片手を掲げてフロストレーザーを放った。藍色に輝く凍結光線がドリームイーターを捉え、氷が弾ける。
 敵はフレアが放つ光を浴びながら、口元に黒い炎を光らせた。そのまま体が凍てついていくのも構わず、ドリームイーターは力を集束させていく。
「人から奪ったその感情の味はどうだい」
 ウェインはその仏頂面に静かな怒りを秘め、『射手の毒刑』を発動して敵の攻撃を妨害する。
 彼はまだ感情を学んでいる途中のレプリカント。だからこそ人間の感情を奪うドリームイーターには怒りを覚えるのだ。
 ウェインはまず銃撃を浴びせて敵の体に青白い十字架を刻んだ。それから駆け出し、十字架めがけて飛び蹴りを放つ。
 ドリームイーターは走り出してかわそうとしたが、ウェインはその動きを追尾していく。彼はそのまま渾身の蹴りを叩き込んだ。肉を裂き、骨まで届こうかという一撃。

 その後も夜の市街地での戦闘は続いた。敵味方ともにダメージを重ねていく中、戦況は若干ケルベロス側が押してるようにも見える。だがドリームイーターはまだ何か力を隠しているようにも思えた。
「っ……危ない!」
 危機を察知したマイは仲間たちの前へ飛び出す。
 ドリームイーターは口を大きく開けて黒い炎を吐き出してきた。猛り狂う凶暴な炎が視界を覆い尽くさんばかりに広がっていく。
 複数の味方が巻き込まれると面倒だ。マイは両手を広げて気合で受け止める。
「まだまだ!」
 テレビウムにヒールをさせつつ、彼女自身も咆哮を上げてシャウトで自己回復する。
「犬じゃないけど……狂犬病とかはお断り! なのですっ!」
 マロンはダッシュで敵に近づいていく。
「ドリームイーターでなければ保健所に……あ、業務時間外でした! 残念ですが倒すのです」
 もふもふな黒い毛皮を名残惜しそうに見つめながら、マロンは片手を振り上げる。
 その手にはこんがり焼けた熱々の高級トースト。バターたっぷりのパンはマロンクリームや生クリームで彩られ、栗の甘露煮がのっている。地味に材料費がかさみそうなそのトーストを、マロンは思い切り敵に投げつけ、ドリームイーターの顔面にぶつけた。
「どうして食べてくれないんですか!? 完食しない悪い子はお仕置きです!」
 マロンは不機嫌そうに言ってドリームイーターを蹴り飛ばす。
 続いてウェインは敵の元まで駆け寄ると、手にしたハンマーを振りかぶってドラゴニックスマッシュを放った。エネルギーの噴射によって急加速したハンマーが、敵の背をしたたかに叩く。
 骨が軋むような音を響かせながらも、ドリームイーターは体当たりをして何とかウェインを弾き飛ばす。
「今回は魔女が原因であって、そこのドリームイーターさんには罪も恨みもありませんが……いたいけな少女の為に、討たせて頂きます」
 フレアはアームドフォートの砲口を全て敵へと向け、神経を集中させて狙いすました。
「彼女の人生はまだまだ新鮮な『驚き』に満ちているはずなんです。返して貰いますよ」
 全ての砲口が一斉に火を噴き、銃火が光って轟音が鳴り響く。内気で引っ込み思案な彼女も、大切な何かを守るためなら勇敢に戦うことができる。
 砲弾が次々と飛び出し、敵の周囲の地面が派手に吹き飛ぶ。
 ドリームイーターは甲高い遠吠えと共に粉塵の中から飛び出すと、口から黒い炎を吐いてきた。
「わんころがぎゃんぎゃん煩いってぇの」
 キソラはとっさにスターゲイザーを繰り出し、グラビティの相殺を試みる。半身を炎に覆われながらも、彼は辛うじて味方の被弾を食い止めた。
「黒き炎で無に還りなさい……っ!!」
 キーアは両手をかざしてメギドフレアを放つ。その手から漆黒の炎が勢いよく飛び出していった。
 それを見てドリームイーターも再び黒い炎を吐いてきた。同じ色のグラビティが激突し、不気味な闇色の炎が夜空に舞い上がって四方に弾けた。
 キーアは両手に力をこめる。すると黒炎がわずかに威力を増し、ドリームイーターの体に届いた。彼女が放った黒炎は呪いのように相手の体に絡みつき、その全身を閉ざして焼き尽くしていく。
「ようやく弱ってきたようね!」
 ツインテールの髪をひらひら揺らしながら、リョウは一気に距離を詰めて陰虎影牙撃を放つ。
『陰を守護せし影の虎、その牙は精神を噛み砕く!』
 リョウが左手を突き出すと、その手に巨大な虎の影が浮かび上がった。影はドリームイーターに噛みつき、その肉体をすりぬけて精神のみを噛み砕く。
 倒れてもおかしくない一撃だったが、ドリームイーターは何とか立っていた。その体はすでに血まみれでフラフラだ。敵は気力だけで必死に持ちこたえている。
 ドリームイーターは体を小刻みに震わせながら、黒い炎を吐き出した。
「このまま一気にカタをつける!」
 巌は両腕を交差させて炎の波の中へと突っ込んでいく。
『地獄の底まで落ちていけ』
 巌は身を焼き焦がしながら肉薄すると、拳で敵の体を打ち上げ、それから続けざまに両拳で打撃を叩き込んでいった。拳を唸らせ、あらゆる箇所に、あらゆる方向から殴打を叩き込む。
 そして最後に片足を上げ、かかと落としを決めた。
 ドリームイーターはついに力尽き、その場に倒れ込む。
 やがてその体は一瞬発光し、爆散して欠片も残さず消え失せていった。
 敵の撃破を確認したケルベロスたちは、ひとまず安堵する。
 驚きを奪われた少女もこれで目を覚ますことだろう。
 幸い一般人に被害はなかったが、辺りにはグラビティによる破壊の跡が刻まれていた。キソラは片手を振り上げてヒール・グラビティを発動し、街の修復を始めた。
「……もうこんな時間ですか。次は普通の犬の夢が見られると良いですねー」
 ヒールを手伝いながら、マロンが呟く。
「心配ってわけじゃないけど……一応確認しておいたほうがいいんじゃない?」
 作業が終わると、キーアがそう切り出した。
 少し気がかりだったケルベロスたちは少女の様子を見に行くことにした。
 数分後、彼らは少女の家の前に到着した。
「…………」
 フレアとウェインは、遠巻きに部屋の中を覗き込む。七・八歳くらいの少女が布団の中で上体を起こして眠たそうに眼をこすっていた。
 二人は顔を見合わせ、そっとうなずく。
 少女の無事を確認したケルベロスたちは静かにその場を後にした。

作者:氷室凛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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