兵なくした指揮官は

作者:飛翔優

●蘇りしは指揮官のみ
 吐息すらも凍てつくような、釧路湿原奥地でのこと。月の見えない空の下、湿原の魔神・テイネコロカムイが虚空に向かって手を伸ばした。
 いざなわれるようにして、人型の影が形を成していく。
 球体関節が目立つ手足に、軍服にも似たカラーリング。インカムと思しきヘッドフォンを身に着けたその影の名は、ダモクレス。
 双眸には人非ざる光が灯り、他に何かを映すことはない。
 駆動音は響かせど動く気配はないダモクレスに、テイネコロカムイは呼びかけた。
「そろそろ頃合ね、あなたに働いてもらうわ。市街地に向かい、暴れてきなさい」
 五体の深海魚型死神が呼び出され、ダモクレスの周囲をめぐり始めていく。
 ダモクレスはゆっくりと立ち上がり、示されるがままにホバー移動し始めた。
 やはり、双眸には何も映してはいないけど。
 何かを語ることもないのだけれど……。

●ダモクレス討伐作戦
 足を運んできたケルベロスたちと挨拶を交わしていくザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は、メンバーが揃ったことを確認して説明を開始した。
「場所は釧路湿原近く。第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスが、死神の手によってサルベージされ、暴れだす事件が起きようとしている」
 サルベージされたデウスエクスは釧路湿原で死亡したものでは無い様子。故に、釧路湿原という場所を選んだことには何らかの理由があると思われる。
「もっとも、急いで対処しなければならないのはサルベージされたダモクレスの方だ」
 このサルベージされたダモクレスは死神により変異強化されており、周囲に五体の深海魚型死神を引き連れている。
 目的は、市街地の襲撃。
「幸い、予知によって侵攻経路は判明している。湿原の入口あたりで迎撃すること可能だ」
 周囲に一般人もいない。故に、戦いに集中することができるだろう。
 続いて……と、ザイフリート王子は地図を広げた。
「待機場所はここ。待ち構えていれば、深海魚型死神を引き連れたダモクレスがやって来るだろう」
 ダモクレスの姿は、球体関節が目立つボディと軍服と思しきカラーリング、ヘッドフォンのようなインカム、及びホバー移動が特徴的な人型。
 戦いにおいてはサポートに非常に秀でており、マルチプルミサイルに似た攻撃の他、ブレイブマインに近い性質を持つマシンボイス、サークリットチェインに近い性質を持つナノマシンを用いてくる。
 一方、深海魚型死神はダモクレスのサポートを受けながら、前線に立って攻撃を行ってくる。技は、体力を奪う噛み付き、複数人を毒に侵す怨霊弾、自らの傷を癒やしつつ毒などを浄化する為に泳ぎ回る、の三種だ。
「また、このダモクレスは意識が希薄であり、交渉などはほぼ行えないと思われる。そのことも留意し、ことにあたってくれ」
 以上で説明は終了と、ザイフリート王子は資料をまとめた。
「殺戮を許すわけにはいかない。死神の思惑を潰すためにも、どうかよろしく頼む」


参加者
ティクリコティク・キロ(リトルガンメイジ・e00128)
星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)
天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)
イピナ・ウィンテール(折れない剣・e03513)
英・虎次郎(魔飼者・e20924)
マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)
クルーアル・フローラル(其の掌は何を攫む・e25724)

■リプレイ

●白き吐息がたゆたう場所
 風の音だけが遠くに響く、冬の夜。吐息すらも凍てつかせる氷点下に抱かれながらも、ローザマリア・クライツァール(双裁劒姫・e02948)は余裕を保っていた。
「ここが釧路湿原……思ったほど寒くはないのね」
「ふむ、拙者は少々冷えるのでござるが……カイロだけでは足りなかったでござろうか」
 出身地の差か、天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)は体を抱いていく。
 けれど、視線を釧路湿原の果てから外すことはない。この場所へやって来るだろう、深海魚型死神を引き連れたダモクレスを迎え撃つために、警戒のアンテナを張り巡らさせ続けていく。
 話を聞く限りでは、そのダモクレスは指揮官機。死神に一人呼び起こされ、兵もなく送り出された司令塔。
「……兵士を、仲間を失った将、ですか……」
 イピナ・ウィンテール(折れない剣・e03513)は瞳を閉ざし、静かな息を吐いていく。
 再び立ち上がったという点で、共通している自分とダモクレス。けれど、自分とは違い、ダモクレスの意思は……。

●戦う隣に仲間はなく
 一陣の風が駆け抜けた時、小さな音が世界に生まれた。
 耳を傾ければ、バーナーから火が吹き上がっているような音色だと分かる。
 ケルベロスたちが即座に身構えれば、音色は確かな形をなしていく。
 球体関節が目立つボディ、軍服と思しきカラーリング。ヘッドホンのようなインカムに、ただただ前だけを見据えているマシンアイ。
 五体の深海魚型死神を引き連れたダモクレスが、ケルベロスたちのいる方角へとホバー移動で近づいてきていた。
 マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)は瞳を明滅させていく。
「知らん奴だな、それが救いか」
 ミサイルポッドを展開し、ダモクレスたちの進路上に照準を合わせていく。
「SYSTEM COMBAT MODE」
 告げると共に、幾つものナパームミサイルを発射した。
 白煙が夜闇に道を描く中、星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)は拳を握りしめる。
「我が魔力、汝、救国の聖女たる御身に捧げ、其の戦旗を以て、我等が軍へ、勝利の栄光を齎さん!」
 青の長髪を白衣をたなびかせ、豊かな膨らみをたゆませながら、その身を炎に焼かれた救国の聖女のエネルギー体を召喚。
 聖女は戦旗を激しく振るい、前衛陣に抗うための加護を与えていく。
 受け取りながら、イピナは刀を引き抜いた。
「死神に拾われてまで揮おうとする、あなたの将としての力……見せてもらいます!」
 精神を研ぎ澄まさせ、ダモクレスを見据えていく。
 瞳の中、ミサイルを打ち込まれ爆炎に飲み込まれたダモクレス。次の刹那には爆煙を払い、小さく口を動かした。
 深海魚型死神たちが戦場を抱く爆煙を貫いて、前衛陣へと向かっていく。
 体当たりを打ち込まれていくさまを観察しながら、ティクリコティク・キロ(リトルガンメイジ・e00128)は小さな息を吐き出した。
「今はまだ軽いみたいだね。ダモクレスの指示が重なればどうなるのかはわからないけど」
 もっとも、無視できるほどではない。
 薬液の雨を降らせ、前衛陣の治療を始めていく。
 浴びながら、英・虎次郎(魔飼者・e20924)は深海魚型死神を跳ね除けた。
「……焼き魚にしてやるよ」
 嫌悪の籠もった言葉とともに、炎に染めた黒鎖を振るう。
 深海魚型死神に、炎の証を刻んでいく。
 すかさず、イピナが刀を横に構えながら踏み込んだ。
「……」
 揺らめく桜吹雪を散らしながら、炎に染まった深海魚型死神に一斬、二斬と刻んでいく。
 鱗を幾つか剥がされながらも戦意が衰える様子のない深海魚型死神に、マークは照準を合わせていく。
「……」
 武装を、ガトリングガンへと切り替えていく。
 姿勢を、若干低いものへと変えていく。
「Confirmed sighting……Fire!」
 けたたましい音色とともに、爆煙の弾丸をばらまいた。
 虚空を駆ける弾丸は炎に染まった深海魚型死神に着弾。炎の勢いを増加させ、動きも若干だけれど鈍らせていく。
 ――夜闇に、その赤色はよく目立つ。
 クルーアル・フローラル(其の掌は何を攫む・e25724)は優雅に踏み込み、襲いかかった。
「……」
 深海魚型死神が地面に叩きつけながら、ダモクレスへと視線を向けていく。
 目を細めたのは、思ったから。
 ――ただ力を振るうだけの心無き存在……私と何が違うというのでしょう。

 ダモクレスの指揮を受け、少しずつ動きの精度を増していく深海魚型死神たち。
 もっとも、俊敏に……というほど動けるものはいない。
 逐一、加護を砕いていく者がいるから。
 指揮が重ならなければ複数でも受けきれる。可能な限り、被害は収束させたほうが良いのだと、クルーエルは口元に指を当てていく。
「クスクスクス……」
 深海魚型死神たちをあざ笑い、虚ろなる瞳を向けさせた。
「さあ、おいでなさいな」
 手を伸ばせば、炎に染まる個体を先頭に四体の深海魚型死神たちが向かってきた。
 嘲笑の影響を逃れた一体は、日仙丸のもとへと向かってくる。
 日仙丸は顎が開かれた瞬間に踏み込んで、口の中に横に構えた剣を差し込んだ。
 剣を噛み砕かんほどの衝撃が、腕を伝い全身へと駆け抜けていく。
 全て、足から地面に逃していく。
「……なるほど、たしかに少しずつ上がってるでござるな」
 深海魚型死神を援護する、ダモクレスの指揮。
 多くを聞き取る事はできないけれど、深海魚型死神の動きによどみがない点から、それは的確なものであるのだろう。
 あるいは、そう……。
 ……かつて、このダモクレスがそうしていたように……。
「……あの指揮官の戦争は、まだ終わっていないのね」
 ローザマリアはため息を吐きながら、炎に染まる深海魚型死神に掌を向けていく。
 力を込める前に、深海魚型死神は炎に蝕まれ灰と化した。
 すかさず右側の個体へと狙いを移し、竜のオーラを解き放つ。
 力強き顎に飲み込まれた深海魚型死神が熱き炎に抱かれていく中、マークがライフルを腰だめの構えた。
「Second Target Lock……Fire」
 まばゆき光条が、炎に抱かれた深海魚型死神を飲み込んでいく。
 直後、闇が深くなる。
 日仙丸操る、暗きスライムが空を覆ったから。
「早々好きにはやらせないでござるよ」
 言葉とともに、スライムは四方八方にはじけ飛ぶ。
 深海魚型死神に張り付いて、加護を溶かし始めていく。
 炎に抱かれた深海魚型死神が高度を落とす様も見えたから、クルーアルは踏み込んだ。
 熱き炎で焼き尽くし、静かな息を吐き出していく。
 生まれたのは、僅かな静寂。
 ダモクレスのホバー音だけが聞こえる、静寂。
「……私にはまだまだ力が必要なの。ここで立ち止まる訳にはいかないわ」
 残る深海魚型死神を片付けダモクレスを倒すため、クルーアルは向き直る。
 治療を欠かさず、加護を破壊し、時にかばいあったケルベロスたち。深海魚型死神たちの数が減るごとに、攻撃の勢いも増していった。
 されど焦る様子は微塵も見せず、ダモクレスはナノマシンを散布する。
 もっとも……深海魚型死神の傷は深く、重い。
 ローザマリアは二本の刀を構え、跳躍。
 瞬く間に懐へと入り込み――。
「劒の媛たる天上の御遣いが奉じ献る。北辺の真武、東方の蒼帝、其は極光と豪風を統べ、万物斬り裂く刃とならん――月下に舞散れ花吹雪よ!」
 ――深海魚型死神が後方へ逃れんときびすを返した瞬間、自身もまた背を向けていく。
 二本の刀を納め、鍔を鳴らす。
 桜が散る。
 深海魚型死神を幹とした、咲誇こることのない色褪せた桜が。
「……さあ」
 一瞥もせず、ローザマリアはダモクレスへと視線を移す。
 ただ静かに微笑みかけていく。
「始めましょう。終わりの、初まりを」
 後は、再び兵を失った指揮官だけなのだと告げるため……。

●兵を失い指揮官は
 兵を失った指揮官は、自らも武器を携え抗いゆく。
 白き煙を吐くミサイルの群れが、前衛陣へと降り注いだように。
「っと!」
 バク宙を刻み爆発県内から逃れたイピナは、翼をはためかせながら刀を握りしめる。
「残るは、あなただけです。……仲間たちの下へ送って差し上げます」
 羽ばたき、滑空。
 虚空の中、舞い踊るような軌跡を描きダモクレスに切り込んだ。
 剣舞は光の軌跡を描き、固きボディにラインを描く。
 動じることはない様を見据えながら、虎次郎は木刀を炎に染めた。
「操り人形なんざおたくだって不名誉だろう?」
 堪ったもんじゃないよな、と同情の言葉を投げかけながら、炎に染めた木刀を振り下ろした。
 関節部に食い込み、金属の体に炎をもたらしていく。
 炎が揺らめくたび、塗装がこぼれ落ちていく。
 攻めるに容易いと攻撃の勢いが増中、ティクリコティタは虚空に向けて回し蹴り!
「部下も居ない指揮官なんて、存在価値ないでしょ。あの世に送り返してやる」
 生じた突風が、ダモクレスを五メートルほど吹き飛ばした。
 ユルはアームドフォートを展開し、立ち上がっていくダモクレスに突きつける。
「……ああ、そうだな」
 照準を定め、呼吸を止めた。
 白衣がなびく。
 女性らしい膨らみが、心地よいほどに揺れていく。
 轟音とともに打ち出された砲弾は、誤る事なくダモクレスの中心へとぶち当たった。
「……配下も無く役目も終えたキミはもう休むべきだよ」
 落ち着いた調子で告げる中、ダモクレスは砲弾を押しのけ立ち上がった。
 表情一つ変えること無く、再び数多のミサイルを打ち上げていく。
 降り注いでくるミサイルを、日仙丸は剣を振るい切り払った。
 爆煙に紛れながら距離を詰め、剣を突き出していく。
「……指揮官……援護に特化しているというのはその通りで、随分と御しやすいみたいですね」
 ダモクレスの頬に、薄い傷跡を刻み込んだ。
 直後、爆煙の中から飛び出してきた黒鎖がダモクレスの左肩を貫いた。
 その姿勢のまま力を込めながら、虎次郎は背後に視線を送った。
「終わらせてやってくれ。こいつの、望まぬ戦いを」
「ええ……」
 呼応し、クルーアルが軽い足取りでダモクレスとの距離を詰めていく。
 鎖が振り払われていくさまが見えたから、大地を蹴り、横を抜けて背後を取った。
「今しばらく、我慢してくださいませ」
 固く拳を握りしめ、背中を思いっきりぶん殴る。
 前方へよろめくダモクレスを、ケルベロスたちは迎え撃った。
 反撃はない。
 重なる呪縛が動きを止めてくれたから。
 すかさずティクリコティクは、フラスコを傾けていく。
 黒き液体を開放し、ダモクレスを飲み込ませた。
 煙が上がる。
 火花も散る。
 溶けゆくダモクレスを、ローザマリアが縦横無尽に切り裂いた!
「……これにて終戦よ、指揮官殿――Do widzenia」
 返答はなく……代わりとでも言うかのように、ダモクレスは耳障りな音を立てながら倒れていく。
 ティクリコティクはスライムを手元に戻し、ダモクレスのもとへと歩み寄った。
「あの世から無理やり引っ張り出されて、こんな気持ちの悪い魚に指揮をする。こんなのお前がやりたいことじゃないだろ? 楽しくないだろ?」
 返答はない。
 起き上がろうとする様子もない。
 ただ、虚空をじっと見つめていて……。
「ま、良かったな。それももう終わりだ。あの世で本当の部下が待ってんだろ? 今度は迷子にならずにとっとと帰れ」
 ティクリコティクが告げた。
 ユルもまた歩み寄り、時計を取り出していく。
「現刻をもって貴殿は其の任務を解かれる、そのまま日の出の時間まで待機せよ」
 ダモクレスが、マシンアイをユルへと向けた。
 力強く頷いていく様を移したか、静かに目を瞑っていく。
 在るべき姿に還ろうとしているダモクレスに、マークが手向けの言葉を投げかけた。
「もうアンタの戦争は終わった。安め、永遠に」
 ケルベロスたちに見守られながら、ダモクレスは完全に機能を停止して……。

●いつか辿り着く場所に思いを
 静寂の訪れた、月が輝く夜の釧路湿原。
 ユルはダモクレスの残骸から視線を外し、小さく肩をすくめていく。
「結局は自己満足でしかないんだけどね」
 はたして、ダモクレスは安らかに機能停止することができただろうか。
 様々な言葉をかわしながら、戦場の修復といった事後処理を行っていく。
 地面を修復する中、ティクリコティタが小さなため息を吐き出した。
「……釧路湿原を死神が選んだ理由はなんだ? ゴッドサンタの例もある。この湿原に死神勢力の何かが封じられているのか……?」
 未だの事情が見えてこない、黒幕の足跡。
 機体を調べてもそれらしきものは見つからず、今は推察するしかない。だから……。
「……ゆっくりと休みな」
 虎次郎が小さく呟いた。
 安らかな眠りへとついたダモクレスに。
 死んだ奴が生き返るなど、あってはいけないことなのだから……。

作者:飛翔優 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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