お砂糖宝石箱

作者:古伽寧々子

 シルクハットに長い金髪を揺らす女の声に、転がるように飛び出した二つの影は、肌触りの良さそうな着ぐるみパジャマ的衣装に身を包んだ、少年少女。
 白猫の少女は好奇心旺盛な瞳を瞬き、黒猫の少年は切れ長な眼差しを真っ直ぐにミス・バタフライに向ける。
 まるでサーカスの曲芸師のよう。
「この街には、砂糖の宝石を作っている職人がいるの」
「お砂糖?」
「宝石?」
「そう。その人間と接触し、仕事内容を確認――可能ならば習得した後、殺害しなさい」
「グラビティ・チェインを取ってくるんですね!」
「グラビティ・チェインの有無は問わないわ」
 白子猫の問いにミス・バタフライがそう答えたので子猫な二人が顔を見合わせる。けれど、二人はこくりと頷き合い、ミス・バタフライをもう一度、まっすぐに見詰めた。
「……意味はよく、わからないですけど」
 黒子猫がそう言い、それでも、二人の瞳に疑いの色はない。
「ミス・バタフライが言うのなら、間違いなんてないんですもんね?」
「尽力します」
 白猫の少女は挑戦的な視線を向け、黒猫の少年がそっと瞳を閉じる。
 その様子に、ミス・バタフライは満足げに頷いた。
 
「ミス・バタフライを知ってる?」
 詩・こばと(ミントなヘリオライダー・en0087)はことん、と首を傾げるとケルベロスたちを見回した。
 螺旋忍軍の一人、ミス・バタフライ。
 珍しい職業をしている一般人の、その仕事の情報を集めたり、習得した後に殺してしまう……街のどこかの片隅で、忘れられてしまうような事件。
 けれど、それを見過ごすことは何か別の災厄を招きかねない。
 ――そうでなくても、『誰か』の死を見過ごすわけにはいかない。
 こばとはぱちぱちと大げさに瞳を瞬いて、
「彼女が目を付けたのが、お砂糖のお店ね」
「それもただのお砂糖じゃないんですよっ」
 力を込めて、エルトベーレ・スプリンガー(朽ちた鍵束・e01207)がこばとの説明に食い込むように割って入った。
「琥珀糖、っていうんです!」
 見た目は宝石そのもの。食べれば甘い。
 まるで、魔法のようなお砂糖だ。
 店内には、大きな結晶が煌めいていたり、小さな欠片を小瓶に詰めたものや、飴細工と組み合わせてアクセサリーを模したものまで並べられていて、ぱっと見はまるで天然石と見間違うほど。
「きれいで甘いなんてすばらしいですよね……!」
「エルトベーレの言った通りだったわ」
 うっとりするエルトベーレの周りで、りっちゃんもカイもハイルさんも一緒に瞳をキラキラ輝かせている――その様子に、頷いて見せるこばと。
「だから皆には、その職人さんを守って螺旋忍軍を倒してきて欲しいの」

 螺旋忍軍と接触するには、狙われる一般人――つまり、お砂糖の魔法使いを警護して現れるのを待つ。
 もしくは、
「螺旋忍軍が現れるまで3日、あるわ」
 だからその間に、お砂糖の魔法使いに師事し、仕事を教えて貰い、それなりの技術力を身に着けて、自分たちが職人だと勘違いさせることが出来れば、螺旋忍軍の狙いをこちらに変えさせることができるかもしれない。
 そうすればお店も、店主も傷付けなくて済む。
 だから、
「頑張って修行して、甘くて素敵な宝石を作るのもいいと思うの」
「確かに、素敵ですね……!」
 期待を含んだこばとの瞳に、エルトベーレは笑って頷いた。
「みんなのことを職人だと思い込ませることが出来れば、二人を分断したり、先制攻撃したりするのも難しくないと思うわ」
 悪戯っぽく笑って、こばとは言う。
「そうなったらもう、勝ったも同然ね?」
 店の裏には広い河原があるので、そこならば一般人を巻き込まずに戦うことができるだろう。職人としての技術をきちんと身に着けていれば、勘違いした螺旋忍軍をそちらに誘導するのも容易だ。
 現れる二匹の子猫は、お砂糖の宝石にも、興味津々ななようだから。
「決まりね」
 ケルベロスたちは瞳を見交わし、頷き合う。
 お砂糖の宝石を作るには、『待つ』のが大切。
 色とりどりの煌めきを――その手で、作り出して。


参加者
エルトベーレ・スプリンガー(朽ちた鍵束・e01207)
来栖・カノン(夢路・e01328)
天矢・恵(武装花屋・e01330)
天矢・和(幸福蒐集家・e01780)
アッシュ・ホールデン(無音・e03495)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
ドミニク・ジェナー(激情サウダージ・e14679)
保村・綾(真宵仔・e26916)

■リプレイ


 街の片隅にあるお店は、今日ものんびり営業中。
「うっわぁ……すっごく綺麗。本当に宝石みたいだねぇ……」
 ショーウインドウに飾られた宝石の数々を覗き込んだ天矢・和(幸福蒐集家・e01780)は、吐息と共に声を吐き出した。
 これが本当は甘いお砂糖だなんて、誰が思うだろう?
「螺旋忍軍の者達はこれを量産して売りつけようとしておるのじゃな。せこい奴らなのじゃ」
 ……と言うのが本当かどうかは分からないけれど、腕を組んで言うウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)うんうん、と保村・綾(真宵仔・e26916) が頷いている。
「悪い猫には奪わせないのじゃ」
 猫のウェアライダーとして、そんな悪い猫を許す訳にはいかないのだ。
 そんな三人を横目に見て笑んだ天矢・恵(武装花屋・e01330)は、店の扉をゆっくりと開いた。
 鼻をくすぐる、ほんのりと甘い香り。
 甘すぎず、優しい。
「いらっしゃい」
 店主らしい老人がふわりと笑みを浮かべてこちらを見……その人数に不思議そうに、首を傾げて見せる。
 その姿に、恵は自分たちがケルベロスだということ、この店を狙うデウスエクスがいること、そして店主の命も危ないことを手短に確実に説明する。
「俺達が代理で店番をし迎え討ちたい」
 そして、結論。
「店もお前も護ってやるぜ、代わりに弟子にしてくれ」
「一生懸命やるけェ、是非教えてもらえンかのォ?」
「よろしくお願いしますっ」
 ドミニク・ジェナー(激情サウダージ・e14679)が柔らかな声音を選んで言い、来栖・カノン(夢路・e01328)がぺこんっと頭を下げるのに、ふむぅ、とそれまで黙って聞いていたお砂糖の魔術師は、うん、と頷いた。
 他ならぬ、ケルベロスの言葉なら間違いない。
 それに、その輝く瞳は興味津々と言った風だから。
「お入りなさい」
 嬉しそうに、ケルベロスたちを厨房へと招いてくれる。
 さあ、修行を始めよう。

 寒天とお砂糖を煮込んで、型に詰めて固める。
 固まったら切り分けて、型抜きして、さらに乾かす。
 難しい工程ではないけれど、手を抜くこともできない。
 メモを手に必死の表情なのはエルトベーレ・スプリンガー(朽ちた鍵束・e01207)と恵に、ドミニク。師匠の一挙手一投足を見逃すまいとウィゼも真剣な面持ちだ。
「職人は気温なども考慮するからのう」
「そうだねぇ、難しいところだねぇ」
 アッシュ・ホールデン(無音・e03495)は正確に師匠の手順を忠実に再現するように作業を進めていた。
 その手先はなかなかに器用なのだが、突出するほどの才能がない自覚はあって――だからこそ、基本に忠実に行くのが大切なのだ。

「前に、たまたま体験させてもらったことがあってのォ」
 ドミニクが目指す琥珀糖は雨の色。
 青のような、グレーのような。落ち着いた色に鮮やかな紫陽花の色が混じる。透き通っていて、それでいて落ち着く優しい色。
「じゃあ、ドミニク先輩ですねっ」
「経験がちィとばかしあるっちゅーだけじゃし。大して皆と変わらンよ」
「ふふ、ちょっとだけでも先輩は先輩ですから」
 恥ずかしそうにするドミニクに、嬉しそうに笑うエルトベーレ。
 その手の中では青い色をいくつも混ぜて重ね合わせた、夜のような色の琥珀糖が出来上がっている。
 どう? と寄り添うファミリアたちに示して見せれば、「まだかなー」と嬉しそうに宝石を覗き込んでいた。
「綺麗な宝石じゃのォ」
「一粒食べたら、一粒朝が近付くような気がしませんか?」
 朝が来たらまた、大切な人たちに会えるような――淋しい夜が、ちょっぴり寂しくなくなるような、そんなイメージ。
「前の時はどんなイメージで作ったんですか?」
 鼻歌交じりに訊くエルトベーレの言葉に、うぅん、と小さく唸ってからドミニクは小さく曖昧に呟いた。
「……オレンジとピンクのグラデ」
「オレンジとピンク? それって」
 聞き返したエルトベーレとぱちん、と目が合う。
 向かい合う深い橙の瞳に、桃色の瞳の色が映り込んだような気がして、エルトベーレは思わず瞳を瞬いた。
「なんでもないですっ」
 ドミニクの頬が微かに赤いのに、エルトベーレも照れてそっと視線を外すことになった。

「わ、わ、保村さんの、夜空を金魚が泳いでる……! とっても素敵なんだよ!」
 自分がステキなのを作るのもいいけれど、人のだって気になっちゃう。
 綾の作業をそっと覗き込んだカノンは、思わず声を上げた。
 だって、少し暗い青空に、明るい三日月、お星さまの金平糖と、ひらひら優雅に泳ぐ真っ赤な金魚。
「お空の海! なんてどうじゃろう?」
 褒められた綾はえへへ、と嬉しそうに笑って、カノンの手元を覗き込む。
「カノンあねさまもお空の色? とってもキレイじゃのう」
「うん! 中に小さなお花とか入れてみたんだよ!」
 酸っぱそうなレモンの色、明るく晴れた空の色。
 透き通った中には小さな小さなお花が散らされていて、可愛らしい。
「きゅいー」
「にゃ」
 うむうむと、頷くボクスドラゴンのルコ。二人の琥珀糖を優しく見詰めるウイングキャットの文。なんだか二人も嬉しそうだ。
「……そういえば」
 あ、と気付いたようにカノンが瞳を瞬く。
「ルコと保村さんの目の色ってそっくりなんだね!」
「ホントじゃ、カノンあねさまとかかさまの瞳も同じ色じゃのう」
 お月様の色の、綾とルコの瞳。
 青空の色の、カノンと文の瞳。
 それぞれに、それぞれの瞳を見合わせて、思わずくすりと微笑んだ。

「さすが恵くん」
 ぱちぱちと瞳を瞬いて、和は嬉しそうに声を上げた。
 花屋兼喫茶店花鳥のパティシエ、恵の菓子作りは手慣れたものだ。
 とはいえ、息子の寝る間も惜しむ職人気質は誇らしい反面、父はちょっと心配だったりもする。
 花の水分が邪魔だと聞けば、ドライフラワーを使う念の入れよう。
 お陰で、身長を越える琥珀糖の大樹、という超大作は何とか3日で完成させることができた。
「……出来た」
 ふう、と一息つく恵を横目に、和は食紅を入れた深い緋色の琥珀糖をライトの明かりにかざして笑んだ。
 それは、眩いばかりに輝いて。
 あの日を思い出す。――そう、
「恵くんが生まれたとき、嬉しかったな。――ボクと同じ瞳の色」
 絶対に忘れない、そう思ったあの時と同じに煌めく赤の瞳が笑ったので、和は笑み返して軽く首を傾げた。
「それとね、ほら、ショコラオランジュ風! なんてどお?」 
 オレンジピールを閉じ込めて、最後にチョコ掛けた変わり琥珀糖。
「これなら珈琲にも合いそうじゃない?」
 得意の珈琲に合う、落ち着いた味だ。
「珈琲に合うものができたなら実際に淹れて食ったらどうだ」
 恵は椅子から立ち上がり、周囲に声を掛ける。
「皆も休憩にしないか」
「うん、皆も素敵なのが出来たみたいだしね」
 思い思いに作り出された、お砂糖の宝石たちを眺め、和は目を細めた。


「今日はお休みなんだ、ごめんねー明日また来てくれると嬉しいな!」
 和の柔らかな声音が、来店した客に告げる。ひらひらと指先で客を見送って頷く。
 常連客に先手を打って連絡を入れた成果もあり、客足はごくごくまばらだ。
 三日の修業期間はあっという間に過ぎ、当日になっていた。
 恵の作ったツリーに皆の作ったいろんな琥珀糖を飾って、まるで煌めくようなツリーのよう。
 そんな風にウインドウ越しに見間違えるはずのない、シルエットが見えた。
 ふかふかパジャマな、情報の通りの黒猫と白猫の二人組。
 ケルベロスたちは顔を見合わせ、頷き合う。
 声を掛けたのはエルトベーレだった。
「お砂糖の宝石、気に入りました? 良ければ一緒に作ってみませんか?」
「せっかくなら猫の琥珀糖でも作るか」
 恵が口を挟めば、子猫たちが瞳を輝かせる。
「猫」
「作れるの?」
 黒猫と白猫が顔を見合わせる。
 早速、子猫たちの修業が始まった。

 すっかりケルベロスたちを職人と勘違いしたらしい子猫な二人は、修行に夢中だった。
「琥珀糖を乾燥させると触感が美味しくなるのじゃ!」
「うむ、大事な工程じゃな」
 綾の言葉に、ウィゼが頷く。
 河原の風で乾燥させるために一緒に運んで欲しい、と綾が頼めば、黒猫は黙ったままこくりと頷いた。
「あ、あたしもっ」
「嬢ちゃんはこっち手伝ってくれるか? 仲いいみたいだし、手分けして覚えた方が早いだろ」
 白い子猫がトレイに手を伸ばそうとするのに口を挟むのはアッシュ。
「うんっししょーが言うなら!」
 アッシュの言うことを鵜吞みにする白猫を置いて、それぞれに琥珀糖を並べたトレイを手に、河原へと向かう。

 ひんやりとした風が吹き抜けていく。
 現れた人影に気付いて、ぴょっと影が飛び出した。
 河原に隠れていたルコがカノンに、文が綾に寄り添うのに――黒猫の少年が眉根を寄せる。
「螺旋忍軍、この3日間で習得したあたしの技術はどうじゃったかのう?」
 ウィゼが胸を張って、ニッと笑って見せる。
「つまり、師匠じゃないってこと」
「……ケルベロスじゃからのォ」
「ふぅん」
 ドミニクの言葉に、そっか、と黒猫は素っ気なく呟いた。
「許してあげるわけにはいかないんだよっ」
 仲間たちを鼓舞するカノンのブレイブマイン。
「俺だって負けられないね!」
 あくまで感情の乏しい物言いの、黒猫のエアシューズが火を吹く。

「大人しゅうせンなら、喰い千切ってやらァ」
 ドミニクのブーツが河原の砂利を食む。
 リボルバー銃から打ち出される連射は、音がひとつに聞こえるほど早く、確実に敵を打ち抜く。
「りっちゃん、カイ、ハイルさん!」
 ごめんね、と小さく呟いて、エルトベーレはファミリアたちに声を掛ける。
 もし違う出会い方をしていたら、なんて――そんな『もしも』は無意味だけれど。でも、思わずにはいられない。
 惑わすような三匹の動きは軽やかに、敵の動きを奪っていった。


「今日の黄金の果実は天草なのじゃ♪」
 寒天の加護が皆の傷も癒してくれる、ハズ。
 なんて楽しそうなウィゼに黒猫が眉根を寄せる。
 与えた傷もすぐ癒されてしまう。7対1は分が悪い。
 白猫も一緒なら、負けないのに。
「――ッ」
 それでも、と食い下がる黒猫の螺旋氷縛波が恵を狙う。
「くっ」
「かかさまっ」
 身構える恵。お願い、と綾の声が飛ぶより先に文がその攻撃を庇う。
 ふるり、と痛みを振り払うようにして、文は返す刀で黒猫へと飛び掛かった。鋭い爪がその肌を切り裂くのと同時に、綾は握り締めていたスイッチを力強く押す。
 黒猫の身体に張り付けられた、見えない爆弾が弾けて爆音を立てる。
「これで終わりだ」
 その間に距離を詰めた恵が、神速の一太刀を浴びせる。
「――白」
 呟く声が、空気に溶けていく。
 ドミニクはその姿を見届け、眉根を寄せてスマホをタップした。
 伝えるべきは、店の彼へ。

「そうそう、焦がさないように弱火で、焦らずゆっくりな。折角だ、上手く作って少年を悔しがらせてやろうじゃねぇか」
 アッシュがそう言った、次の瞬間――胸ポケットのスマホが震えるのに、思わず手をやって確かめる。
 一度。
 軽く唇を噛み締め、アッシュは鍋を掻き混ぜる白い子猫に用意していた言葉を投げた。
「なあ、帰ってくるの遅くないか」

「黒はどこ?」
 河原の異変に、白猫が眉を潜める。
「黒に何したの」
 戦闘の空気を感じた白猫の声が微かに震える。
「お前は何をするつもりだったんだ?」
 アッシュの低い声が問い返す。
「そう、そうだね」
 殺す者は同時に、殺される危険もはらんでいる。
 そんなこと、螺旋忍者は知っている。ケルベロスだって、知っている。
「ケルベロスなら手加減しない」
「お互い様、だな」
 奪い、奪われる関係だから見過ごせない。
「負けないんだから――っ」
 悲鳴のような、声と共に白猫がめちゃくちゃに投げ付けるのは、手裏剣の雨。――いや、嵐。
 けれど、圧倒的な差は明らかだった。
 ケルベロスの集中砲火を浴びて、無事だと言えるほど強くはない。
 恨めしそうな視線で見上げる白猫に、ほう、とアッシュは息を吐き出した。
 ほんの短い時間とはいえ、情が沸かないわけもない。
「悪かったな」
 流れるようなアッシュのその動きは流星の如く、白猫を打つ。
 その一瞬の隙を見逃さずに息を吸い、和が自らの書いた小説の一説を諳んじる。
『その瞬間、僕は恋に落ちた事を知った。そして、この気持ちから……もう、逃れられない事も』
 言葉の込められた魔法の弾丸が打ち出される――それは、寸分違わずに白猫を打ち抜き、その小さな身体を吹き飛ばした。
「黒、黒……ごめんね」
 膝からがっくりと崩れ落ちた少女は、そのまま深く眠りの底に落ちていったのだった。


 静けさを取り戻して、店はいつも通りの生活を取り戻していた。
 和が貼り付けていた『臨時休業』の張り紙を外して、それがもう不要なことに頷く。
「協力に感謝する、迷惑を掛けたな」
「可愛い弟子がいっぱいできたしねぇ」
 丁寧に頭を垂れる恵の言葉に、けらけら笑う師匠は何だか楽しそうだ。
「弟子と呼んで貰えるなら嬉しいのじゃ」
 ウィゼは満足げにこくりいて見せる。
 自慢の弟子に、少しはなれただろうか。
 アッシュは自らが手作りした琥珀糖を陽に透かして、息をつく。
 陽に透ける、濃いピンクと明るい黄色は寒緋桜と菜の花の色。ホワイトデーには、もう少し腕を上げることができるだろうか。
 できるなら、極上のものを返したい。
「そだ、保村さん、よかったら交換しよう?」
「うむ! 交換しちゃおうなのじゃ!」
 ラッピングした琥珀糖を大事そうに抱き締めて、嬉しそうなカノンに、綾もにっこり笑顔で応える。
 ずっとずっと、綺麗で食べるのがもったいないと思っていたけれど、やっぱり美味しく食べてあげるのが一番だから。
 金魚鉢を模した琥珀糖の出来栄えは大満足で、だからこそ、誰かに食べて欲しいと願うのだ。
「おいしくて甘い宝石、これからもいっぱい作ってほしいのう!」
 綾がきらきらと瞳を輝かせる。
「ああ、もちろん」
 いつだって構わないけれど、と笑って、
「また作りに来てくれるんだろう?」
 可愛い弟子たちに、師匠はにっこりと笑い掛ける。
「ベーレは何を買ったんじゃ?」
「これです」
 ドミニクに問われ、じゃーん、っとエルトベーレが取り出して見せたのは橙の琥珀糖の小瓶。
「飾っておく用ですっ」
 その橙の色は、誰かさんの眼差しの色にとてもとても、よく似ている。
「偶然じゃのォ」
 自分も買うつもりだ、とカラン、琥珀糖の小瓶詰めを振って見せ、ドミニクは笑む。
 こんな風に、大事なものや思い出を、一緒に詰め込んで行けるなら――どんなにか幸せだろう。
「素敵なお菓子、教えて貰っちゃったね」
「帰って特訓だ。ホワイトデー商戦に間に合わせるぜ」
 意気揚々と告げる恵に、和は嬉しそうに頷いた。

 甘い煌めきを手に、ケルベロスたちは店を後にする。
 また、訪れる約束を胸に。

作者:古伽寧々子 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 0
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