ミッション破壊作戦~刃を其の手に

作者:犬塚ひなこ

●グラディウスの使い方
 クリスマスに訪れたゴッドサンタは撃破され、平和が訪れた。
「おめでとうです、皆様。無事にパーティーも出来ていいこといっぱいですね」
 雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)はにこやかに仲間達を見つめ、話があるのだと切り出した。
 現在、敵を倒した事で手に入れた『グラディウス』の使い方が判明したのだ。
 グラディウスとは長さ70cm程の光る小剣型の兵器だ。だが、それは通常の武器としては使用できない。その代わり魔空回廊を攻撃して破壊できるという機能を持っているという。
 通常の魔空回廊は時間がたてば消失するのでグラディウスで破壊するまでもない。しかし、固定型の魔空回廊となれば話は別だ。
「特に現在日本各地の『ミッション』の拠点となっている『強襲型魔空回廊』を破壊できればデウスエクスの地上侵攻に大きな楔を打ち込めますです!」
 リルリカはぐっと掌を握り締め、今が好機だと告げる。
 グラディウスは一度使用するとグラビティ・チェインを吸収し、再び使用できるようになるまでかなりの時間が掛かるようだ。
 しかし、今回手に入れたグラディウスにはすぐに使用可能な物が多数あり、それを使用して一気にミッション地域を解放する『ミッション破壊作戦』を行える。
「皆様、どうかよろしくお願いします。グラディウスを使ってミッション地域をデウスエクスの手から取り戻してください!」
 どの場所のミッションを攻撃するかは向かう者の決断に任せられる。
 そうして、リルリカは更なる詳しい説明を初めてゆく。
 
●ミッション破壊へ
 強襲型魔空回廊はミッション地域の中枢にある。
 それ故にに通常の方法で辿りつくのは難しく、今回はヘリオンを利用した高空からの降下作戦を行うことになる。
「強襲型魔空回廊の周囲は、半径30mドーム型のバリアにつつまれています。ですがバリアにグラディウスを触れさせばいいのです!」
 つまり集った八人のケルベロスが、グラビティを極限まで高めた状態でグラディウスを使用して強襲型魔空回廊に攻撃を集中すれば、場合によっては一撃で強襲型魔空回廊を破壊することも可能なのだ。
 たとえ一回の降下作戦で破壊できなくてもダメージは蓄積するため、最大でも十回程度の降下作戦を行えば、強襲型魔空回廊を確実に破壊する事ができる。
「強襲型魔空回廊の周囲には強力な護衛戦力が存在します。ですが、高高度からの降下攻撃を防ぐことはさすがにできないようでございます」
 そして、グラディウスは攻撃時に雷光と爆炎を発生させる。
 この攻撃はグラディウスを所持している者以外に無差別に襲いかかるため、強襲型魔空回廊の防衛を担っている精鋭部隊であっても防ぐ手段はないだろう。
「回廊を破壊したら、皆様は雷光と爆炎で発生するスモークを利用して撤退してください。貴重なグラディウスを持ち帰るのも、今回の作戦の重要なことですっ!」
 また、魔空回廊の護衛部隊はグラディウスの攻撃の余波である程度無力化できる。されど完全に無力化する事は不可能なので破壊を防ごうとする強力な敵との戦闘は免れられない。
 幸いにして混乱する敵が連携をとって攻撃を行ってくる可能性は低いので、此方が連携を行う事で早急に倒せばいい。
「皆様がどの地域に向かうとしても現れる敵は強力です。それなので時間が掛かりすぎて脱出する前に敵が態勢を整えてしまったときは……降伏するか暴走して撤退するしか手が無くなるかもしれません」
 その覚悟も必要だと告げ、リルリカは真剣な眼差しを向けた。
 攻撃する地域を選ぶのは此処に集った者達だ。ミッションの地域ごとに現れる敵の特色があるので、攻撃する場所を選ぶときの参考にするのも良い。
 此方からの攻撃を受けた敵は混乱状態ではあるが、強敵ほど抜け出すのは早い。強敵との戦いは必ず発生すると考え、準備を整えるべきだろう。
「デウスエクスは今もミッション地域を増やし続けています。もしこれが今まで以上に広がれば……たいへんなことになります。でもでも、リカは皆様の力があれば絶対に大丈夫っていつも信じてます!」
 リルリカは信頼の宿った瞳に仲間達を映して笑顔を浮かべる。そうして、行きましょうと告げた少女は皆をヘリオンに誘った。
 敵の侵攻を食い止める為――今こそ、ケルベロス達の強い心と意志が必要な時だ。 


参加者
ミライ・トリカラード(朝焼けの猟犬・e00193)
東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)
ジャニル・クァーナー(白衣の狩人・e20280)
レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)
アレックス・アストライア(煌剣の爽騎士・e25497)
真神・小鞠(ウェアライダーの鹵獲術士・e26887)
レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)
ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)

■リプレイ

●決行
 天から地へと降りゆくのは雨の雫。
 冬の空気は雨粒によって更にしんと冷えていた。
 空を往くヘリオンが目指すのは静岡県にある日本平デジタルタワー。テレビ塔として機能していたその場所が突如として異形の建造物に変貌したのは記憶に新しい。
 ジャニル・クァーナー(白衣の狩人・e20280)は近付く塔を見つめ、双眸を細めた。
「此処を長い間、好きにさせていたがそれも終わりだ」
「さあ行こう! ミッション破壊作戦の、反撃の始まりだ!」
 ヘリオンの窓辺、から景色を指差したミライ・トリカラード(朝焼けの猟犬・e00193)は強い思いを抱いた。その隣、真神・小鞠(ウェアライダーの鹵獲術士・e26887)は胸がざわつくような雰囲気を感じ取り、掌を強く握って気持ちを落ち着かせる。
「こういう特別な依頼ってすごく緊張するかも……いつも以上に頑張らないとね」
 その声に頷いた東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)はデジタルタワーを拠点とするドリームイーターへと思いを馳せてゆく。
「シャドウウィドウを撃破してみんなの記憶を、命を守るのです」
 菜々乃の傍らにはウイングキャットのプリンがついており、尻尾を逆立ていた。
 かの敵が狙うのは記憶の忘却。
 アレックス・アストライア(煌剣の爽騎士・e25497)は不安を抱く仲間を勇気付けるべく、敢えて明るく笑ってみせる。
「壊してやろうぜ。可愛いあの子と愛の記憶を失うわけにはいかないからな!」
「愛の……? でも、それも悪くない意気込みだな」
 ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)はアレックスの言葉に小さく笑み、戦いへの気概を抱く。そんなとき、手元に視線を落としたレイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)がふと呟いた。
「それにしても、グラディウス……小剣型の兵器、か」
 バリアを破り、壊すべき回廊への攻撃を担う武器を見つめたレイリアはその柄を確りと握る。これこそがデウスエクス共の進行を止める好機だ。
 いよいよ降下地点が迫る中、レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)は静かに瞳を閉じた。外では雨が降っており、雨音が微かに聞こえる。
(「止まない雨はない。そんなこと、前は信じられなかったな」)
 レスターの記憶の空はいつも泣いていた。
 ある時は雨、ある時は血の雨。だが、今なら信じられる。己を受け入れてくれる人達に出会え、居場所を得た今だからこそ、雨は止むと思えるのだ。
 顔をあげたレスターは仲間達に合図を送る。
 行こう、と彼が光の翼を広げれば、ジャニルをはじめとした仲間達も立ち上がった。
「我等の咆哮を届けてやろう! ジャニル・クァーナーの名を刻め!!」
 そして――ジャニルに続いて降下口を蹴り上げた仲間達は次々と降下を始める。
 まず目指すのは塔周辺を包み込むバリアだ。
「言いたい事は全部グラディウスに乗せてぶつけよう!」
 ミライがいの一番にバリアへと飛び込めば、菜々乃やアレックス。小鞠が其処へ続く。塔を守る障壁に亀裂が走り始め、ルトは手にした刃を強く握った。
 ルトが戦う理由はこれ以上、理不尽な悲しみを増やさない為。だからこそ今はこの胸に宿る想いを掌の中の刃へと託し、進むのみ。
 どこまでも速く、速く。それはまるで風を切って飛ぶ一羽の隼のように。
「――いっけえぇぇぇぇぇぇ!」
 全身全霊の叫びと共に、グラディウスという番犬の牙が障壁に突き立てられる。
 次の瞬間、魔空回廊へ続く道が開かれ、ミッション破壊作戦は真の始まりを迎えた。

●相対
 仲間達は回廊の中枢を目指して駆け抜ける。
 障壁を破った事によって周囲には雷光と爆炎が広がっていた。更にジャニルとレイリアがバイオガスを使用する事によって、若干ではあるが敵の視界を奪っていた。
 これで邪魔をしにくる護衛部隊の雑魚は突破できるだろうが、この塔に巣食うドリームイーターまでも無視することは出来ないだろう。
「此処は我等ケルベロスが制圧する! 待つがいい、我らの牙が届くまで!」
 ジャニスは高らかに宣言し、仲間と共に周囲の気配を探った。
「敵は記憶に関係する能力らしいですね。楽しかった事とか名作に出会った時の嬉しさとか無くしてしまうのでしょうか」
 菜々乃が気を張り、前方を見据えたそのとき。
「ケルベロス……私の『忘却放送』の邪魔をしに来たか」
 大仰な口調で語る声が響き、黒衣の女性が姿を現す。彼女こそが件の夢喰いだと確認したレスターとルトは敵の出方を窺った。
「出たな、シャドウウィドウ!」
 ルトが差し向けた視線は鋭く敵を貫く。対する夢喰いは邪魔だけではなく回廊ごと壊しに来たのだと悟り、そうはさせぬと身構える。
 その背後には渦巻く魔空回廊が見えた。おそらく回廊にダメージを与えるにはシャドウウィドウを倒すか、不意を突くかのどちらかしかないだろう。
「立ち塞がるっていうのなら、一足先に地獄行きだよ!」
 ミライは先手を取られる前にと駆け、炎を纏った一閃を解き放つ。しかし、ミライの動きを察した敵は一撃をひらりと躱した。
「ケルベロスども、お前達の記憶も忘却させてやろう!」
 反撃として放たれたのは魔力の波。
 咄嗟にアレックスがレイリアを庇い、菜々乃もルトの前に立ち塞がる。その途端に衝撃が前衛を包み込み、痛みが走った。
 すぐにジャニルが満月の力を宿す癒しを放ち、仲間を癒す。
「防戦に徹することしか出来なかった我々だが、やっと攻撃に転じることが出来る。サンタとやらに感謝する日が来ようとは」
 ジャニルは感慨深く呟き、仲間の背を支える為に身構えた。
 その間にレスターが銃弾光線を打ち込み、菜々乃もプリンと共に攻勢に移る。
 応戦の様子を見ていた小鞠は敵の強さを感じ取った。されど怯んではいられない。強く意気込んだ小鞠はシャドウウィドウの前に飛び出し、気合を入れた一撃を放つ。
「小鞠必殺、肉球ぱんち!」
「続けて行くぜ。大切な記憶は奪う権利は誰にもないんだ!」
 其処へアレックスが連携を重ね、相棒のウィングキャットに呼び掛けた。構えたディケーに信頼の視線を送り、アレックスは爆風を巻き起こす。味方の士気を高める煙を受け、レスターは銃口を敵に差し向けた。
「……忘却、か」
 色眼鏡の奥から夢喰いを見据える瞳の中で、感情が揺らぐ。
 レスターの胸裏に浮かぶのは過去。苦痛と絶望の生き地獄。あの記憶が焼き尽くされるならば、と思う気持ちもあった。だが、今はそれを良しとしない自分が居る。
 ルトは仲間の呟きから仄かな心情を察し、唇を緩く噛み締めた。
 今まで様々なデウスエクスと戦ってきた。そのどれもが人々の純粋な想いを利用し、踏み躙っていた。
「確かに、嫌な事を忘れられるなら……それは魅力的な甘い誘いかもしれない。けれど、オレは人の心を弄ぶ奴らを許せない!」
 相手が私利私欲の為に記憶を奪おうとしているドリームイーターならば尚更の事。許したくない、と強く語ったルトは戦籠手を振りあげ、敵を思い切り殴り抜く。
 衝撃に女は揺らぎ、憎々しげに此方を睨み付けた。
「忌々しいケルベロス共め……」
 刹那、夢喰いはシャドウフォッグを解き放つ。燃え上がる炎はミライを狙っていた。しかし、すぐにアレックスが飛び出して炎の一撃を代わりに受けた。
 ありがとう、と告げたミライは其処にできた隙を突いて高く跳躍する。
 旋刃の一閃が敵を更に揺らがせる中、痛みを受けたアレックスへとジャニルが再び癒しの力を施した。
 魔空回廊への攻撃の道を開くべく、ケルベロス達は目の前の敵を屠らんと狙う。
 攻防は幾度も続き、その度に癒しの力や補助が巡った。レイリアとルトが率先して斬り込み、小鞠とレスターも確実に攻撃を当てていく。だが、転機は急に訪れた。
「小癪な者共よ。これで倒れるが良い」
 シャドウウィドウは片手を高く掲げ、再び魔力の波動を解放する。
 危ない、とレイリアが皆に注意を呼びかけるが既に衝撃は其々の元に向かっていた。それは一瞬のこと。波動は前衛の体力を容赦なく削り、そして――。
「悪い。ちょっとばかり無茶をし過ぎたかも、な……」
「ごめんなさい、私も――」
 あまりの衝撃が襲った為、防護役を担っていたアレックスと菜々乃がその場に膝をついてしまった。大怪我にまでは至っていないが、戦い続ける事は叶わぬだろう。
 菜々乃達は相棒猫達に後の事を任せ、後方に下がる。
 誰も戦いを甘く見ていたわけではない。だが、これが強敵相手の戦いなのだろうと感じ、ミライは戦線を支えてくれていた仲間達に感謝の念を送った。
「まだまだ。せめて魔空回廊への攻撃だけでも!」
 仲間が倒れようとも未だ諦める時ではない。ミライが紡いだ言葉に頷き、小鞠とレイリアは気を引き締めた。
 形勢はやや不利だが、負けたわけではない。
 仲間達は視線を交わしあい、本来の狙いである魔空回廊を見つめた。

●魂の叫び
 此方の目的は一つ。たとえ敵が倒せずとも、中枢を破壊すること。
 眼差しで以て次の動きを確かめあったケルベロス達は今までとは違う攻勢に出る。
「記憶を失った、愛する者同士が相争う光景で埋められる欠落など、どうせロクなものではあるまい。仮に奪ったとしても、魂に刻まれた想いまでは奪えまい!」
 レイリアは敢えて挑発めいた言葉を紡ぎ、敵の気を引いた。
 そして、プリンとディケーは倒れた主人達の分まで癒しと防護に回り、懸命に戦い続ける。破鎧の衝撃を与えるレイリアに続き、ジャニルも地獄の矢を敵に放ってゆく。
「ジャニルを煩わせるな」
 落とした言葉と共に爆炎が弾け、其処へ小鞠による月光の斬撃が迸る。
「あなた達には分かんないかもしれないけど、思い出ってすごく大事なものなんだよ。それを自分勝手な理由で奪うなんて許さないから!」
「忘却こそが、それだけが欠落を埋められるはずだ」
 対するシャドウウィドウは痛みを受け、己の痛覚を忘却させていく。
 レスターは忘却への思いを再び胸に浮かべ、敵を睨み付けた。そう、忘れていい記憶など絶対にない。弟との日々も、定命化して得た仲間と居場所も、そこで育んだ絆も、今のレスターを形作るものだ。
「体が血を流しても、心が血を流しても、挙句涙が枯れても過去の痛みが今に繋がるなら、俺は『今』を選び取る! ストレインは――恵みの雨だ!」
 己の思いを言葉にかえ、レスターは魔弾を解き放った。終止路の死十字の名を冠する一閃が夢喰いを貫いた刹那、ルトが真っ直ぐにジャンビーアを構える。
「凍りつけ! お前の罪も、その魂も!」
 異世界を繋ぐ扉が開かれ、現れた氷柱がシャドウウィドウを縫い止めるように刺し穿った。更にミライが地獄の炎で魔法陣を描き、敵を鎖で絡め取る。
「おのれ、厄介な……」
 大仰な口調のまま、夢喰いは此方を睨む。
 過去も記憶も確かに大切だ。しかし、欠落を埋めたりしなくとも未来は創っていける。絆を、愛を紡いでいける。だから、とミライは高らかに宣言する。
「人間をなめるなよ! たとえ記憶を奪われたって、人間はキミらの思い通りにはならないさ! そしてボクらがいる限り、キミらには何も奪えないし奪わせない!」
 何故なら、自分達はケルベロス。――地獄の番犬、神伐の執行者。
「この一手だけでも、くらえええええええっ!!」
 ミライは叫び、両手で握りしめたグラディウスを大上段に構えて一気に駆けた。
 その切っ先は敵ではなく、その背後の回廊に向けられている。
 同時に駆けたジャニルが、レスターが、小鞠が、其々の魂の叫びと共に全力で渦巻くそれに刃を振り下ろしてゆく。
 レイリアも思いを強く抱き、グラディウスを振りあげた。
「我が居場所は戦場のみ。この身が貴様達や己の血に塗れようと、敵を滅ぼすまで決して折れぬ刃となろう!」
 彼女に続き、ルトも刃を向ける。きっと、この一撃は決定打にはならない。それでも、これがケルベロスの反撃の狼煙となるとルトは識っていた。
 たった一撃でいい。今は届かなくても構わない。
 ただ、みんなの未来を切り拓く事を信じて――其の刃は確りと振るわれた。

●決意
 次の瞬間、雷光と爆炎が迸った。
 だが――予想通りと言うべきか。魔空回廊は壊れず、衝撃が散ったのみ。
 確かな手応えはあったが、倒れている者もいた現状では破壊には力が及ばなかったのだろう。戦況的にも疲弊している今、これ以上の戦いは無謀に思えた。
 今は目先の敵の撃破や決死や玉砕の覚悟よりも、次へと繋げる手を優先すべき時。今こそ撤退の時だと感じたミライは仲間に呼びかける。
「っと、今は目の前のことに集中しようか。無事に帰るまでが作戦だよ!」
 悔しさはあれどミライは先陣を切って駆け出した。直前にかなりの衝撃を与えていた為、シャドウウィドウが追いかけて来る事もないはずだ。
 ルトは戦う力を失たアレックスに肩を貸し、同じくレイリアが菜々乃の手を引いた。魔空回廊の破壊までには至らなかったが、グラディウスは全員が手にしたまま。それゆえに作戦は完全なる失敗ではない。
 殿を務めるレスターは刃が起こす爆炎に紛れ、敵の目を掻い潜った。
 そうして、追撃を免れた仲間達は回廊の外へと脱出する。
 領域の外は未だ雨が降り続いていた。十分な距離を走ったために既にデジタルタワーは遠く、後は迎えのヘリオンを待つのみとなる。
「ありがとな。助かったぜ」
 手当てを受けて起き上がったアレックスが仲間達に礼を告げれば、小鞠がこちらこそと首を振って答えた。
「皆を守ってくれた怪我だから、お礼を言うのはこっちだよ」
「つまりは名誉の負傷だね!」
 ね、と小鞠が微笑むと、ミライもその通りだと明るく話す。そして、菜々乃はタワーとその周囲に広がる景色を見つめた。
「いつかこの地域にも平和を、再び娯楽を楽しめる安全な時間を取り戻すのです」
 菜々乃の決意を聞き、ジャニルは深く頷く。
「しかし、同時に疑問だ。デウスエクスを殺し得るケルベロスと言う存在。我々は一体……何者なのだ」
 ふとそんな思いを抱いたジャニルだったが、その答えは誰も持ち得ていない。真実はきっといつか見つかる。そう信じたかった。
 そうして、ルトとレスターは空を振り仰ぐ。冷たい雫が身を濡らしたが、きっとこれは悲しみの雨などではないはず。何故なら、これまでの選択に悔いはないからだ。
「同じ雨でも俺が降らせるのは赦しの雨でありたいな」
「次こそは、必ず――!」
 レスターの言葉に続き、ルトは再戦への思いを抱く。たとえ記憶の地獄に灼かれ続けたとしても、自らや人々に宿る記憶は大切だと思えた。
 レイリアもまた、遠い塔を眺めて敵への思いを言葉に変える。
「一度標的としたからには奴は必ず倒す」
 記憶を忘却させ、欠落を埋めることを目的とするシャドウウィドウ。彼女を必ず屠ってみせると誓い、レイリアはそっと瞼を閉じた。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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