ミッション破壊作戦～光あれ

■リプレイ

●緑
　ヘリオンから白咲・朝乃（キャストリンカー・e03561）は真下を見下ろした。
　８人のケルベロスが定めた目標――奥飛騨平湯大滝がそこにある。
「女の子と空中散歩っていうのもイイよねー」
　なんて言うイリヤ・ファエル（欠翼独理のエクシア・e03858）だが、僅かに目が泳いでいる。オラトリオでありながら飛行を得手としない彼は、降下に対しても及び腰だ。
　とはいえ３人の女性達がいる。情けない姿を見せる訳にはいかないから、なんとかカッコはつけている。
　朝乃の後ろから大滝を見下ろしながら、国津・寂燕（刹那の風過・e01589）はペットボトルに入った最後の一口を煽った。
「大仕事だねぇ」
「景気付けになった？」
　寂燕が空けたペットボトルを、桃湯・花蓮（言葉のピンボール・e32916）が受け取る。元々は花蓮が皆に配った栄養ドリンクだ。
「ああ、丁度良かったよ」
　その言葉に笑みを返した花蓮は、仲間の隙間から目的地を覗き見た。
　ドドドドドと水が落ちていく。雄大な瀑布は温泉郷の中にある。現に、ここまでの間に温泉の湯気が立ち上っているのが見えた。
「なつかしいなぁ」
　花蓮の実家は温泉宿。記憶の中の景色とは重ならないが、故郷のことを思い出すには充分だ。
　柳橋・史仁（黒夜の仄光・e05969）は木製のペンダントと、同じ紐に通してある指輪を見やる。
　史仁もデウスエクスによって大事な人と離れることになった。
「他人事ではない、な」
　ギュッと２つの思い出を握りしめると、降下に備えて服の下にしまう。
「ありがとう、美味しかったよ」
　栄養ドリンクを飲み終えたメイザース・リドルテイカー（夢紡ぎの騙り部・e01026）の表情は柔らかなもの。けれど、目は鋭く輝いている。
　英国紳士はレディに敬意を払うもの。ゆえに、瀑布に巣食った『敵』に対して抑えきれない怒りがある。
「行こう」
　小さく、けれどはっきりと朝乃が呟く。激情は朝乃の内にもある。それが声からもにじみ出ている。
　仲間が頷いた気配を背中に感じながら、朝乃はヘリオンの縁を蹴った。
「あいつを野放しにした私の責任。ここで絶対果たすよ！」
「出来るだけすんなりと終わせるとしよう」
　ひらりと寂燕も後に続く。
　この場の解放を希望したのは朝乃。だから、降下しながらも声を張り上げる。
「一人ででもぶち壊すよ！　皆の出番ないかもね！！」
　その意気込みに、まさに今ヘリオンから飛び立たんとしていたシア・ベクルクス（秘すれば花・e10131）はふわりとほほ笑んだ。
　朝乃は１秒たりともバリアから目を離さない。そこにいる、今はまだ見えぬ敵を射抜くように睨み付けている。
「フェイタルブーケは私自身の手で止める！！」
　両手で構えたグラディウスを、全身全霊でバリアへと叩き込んだ。
　走った雷光に目を細めたメイザースの、１つに纏めた長い髪は風圧で巻きあがっている。
　髪に花を宿すオラトリオとして、攻性植物と共に戦う番犬として。
　そしてなにより騙り部呪術医の名に懸けて。
「地球に巣くったこの『病巣』、残らず綺麗に取り除いて見せよう」
　左側頭部を彩っていた赤い花が見る間にグラディウスを握るメイザースの左腕を覆う。
「さあて、剪定のお時間だ。義憤の女神の裁きを受けるといい！」
　蔓触手でしかと結びつけたグラディウスがバリアに突き立てられた。
　発光。ついで炎が上がる。
　それをしかと見届けた史仁は、利き手にあるグラディウスへと意識を傾ける。
　攻性植物がいつまでも繁殖していると悲しむ誰かがいることを史仁は知っている。
　だから、この先の誰かに任せるつもりなど毛頭ない。
　救いたいと願う者がいる。それで充分。
「師の名にかけて全力で挑ませてもらおう」
　襲い掛かる風圧に構うことなく、史仁はグラディウスを振りかぶった。
「その命、輝くのはここまでだ」

●白
　ギメリア・カミマミタ（俺のヒメにゃんが超かわいい・e04671）には確信があった。
　フェイタルブーケの被害者は猫が好き。女性なのだから、猫が好きなのは間違いない。
　その確信がギメリアを駆り立てる。
　女性の被害を防ぐことは猫達の為でもある。故にギメリアは闘うと決めたのだ。
　共に降下するウイングキャット『ヒメにゃん』の姿がギメリアの背を押してくれる。
「先の戦争で虚月を倒した際、改めて誓った！」
　瀑布の音に、風圧にも負けぬとばかりに声を張り上げる。
「これ以上寄生による被害者を出さず、人と猫が幸せな世界を創ると！　可愛い世界中の猫達よ、俺に力を貸してくれッ！！」
　ベクトルは他のケルベロスとはちょーっと違えど、魂の熱量では負けない。
　突き立てたグラディウスが生んだ爆炎をさらに広げんとばかりにシアが続く。
　緑の髪に色づくはふわりと丸い黄色いミモザの花。
　最初は植物の攻性植物化を防ぎたかっただけ。けれど、今のシアには友と呼べる尊い人が沢山いる。
　少し目を閉じれば、鮮明にその姿を思い描くことが出来るほどに身近な存在。
　犠牲となった人も、きっと誰かの友だった。友が姿を消したことで泣いた人はどれだけいるのだろうか。
　そのことを思えば、シアの金色の瞳が揺れる。
「これ以上の悲しみは防ぎます。絶対に！」
　シアの声で花蓮の脳裏に再び故郷の景色が蘇る。
　故郷の景色はこことは全く違う。だが、どこかへ行けばこの景色を故郷とする人がいる。
　攻性植物がここに居座っている限り、ここを故郷とする人達は里帰りが出来ない。それは、とても寂しいことだから。
「ひどい！　信じらんない！　ふんっさーーーーーい！！！！！」
　怒りのこもった手が握るグラディウスの先端をバリアへと向ける。
「グラディウスウルトラスーパーファイヤーサンダーつきさしてハンマーでどんがりアタックーーーーー！！！！！」
　花蓮自身も説明できないが、とにかく怒りを力に変えて叩き込む。
「花鳥風月、四季を彩る花なれど仇成すなら屠るのみってね。悪いけどここは返して貰うよ！」
　このままでは安心して温泉に来ることも出来やしない、と添えたのは風流を愛する男がゆえ。
　それだけではない。なによりも、囚われた人を救いたいと願う者もいるのだ。
「だから俺達が必ず破壊する！」
　寂燕のケルベロスコートが爆炎で巻き上がる。バサバサとはためくその裏地には和柄の花。
　景色ではなく寂燕のコートを目で追っていたイリヤは、眼前に迫ってようやくバリアへと視線を移した。
　戦う力のない女の子たちを危険にさらすわけにはいかない。危険の目は摘まなくてはならない。
　それに囚われのお姫様たちを助ける為でもある。
　だからこそ、降下と分かっていてもこの作戦に参加したのだ。
　男だから、ではない。
「ボクたちはケルベロス……力無き人を守る刃だ！！」
　声音に普段纏わせている軽薄さは微塵もない。切り込むような鋭い気迫がバリアに打ち付けられた。

●紫
　トトトトトトトトト、トンッ。
　土が着地の衝撃を和らげる。８人の着地はほんの数秒ずれただけ。
　この場を守るバリアは未だ頭上にある。けれど、手応えはあった。
　無言のまま、事前に決めていた通りの方角――西へと走り出す。目指すは高山市市街地へと通じる道路。
　護衛戦力の動揺が煙越しでも分かる。
　湯煙とはまた違う熱風の中、腰を落として走るケルベロスを見咎めたのは１人、否、１体の攻性植物。
「どこへ、いくの……？」
　か細い声。
　立ち塞がる姿を、歯噛みする想いで朝乃は睨み付ける。
「いかないで……おいて、いかないで……かえ、り、たい……か、え、して…」
　この地域に巣食った攻性植物フェイタルブーケ。繁殖し、次々と女性に寄生している忌むべき存在。
　シアは痛ましげに目を伏せ、『成功』の花言葉を持つネモフィラの加護を最前に立つ仲間へ送る。
「花の加護がありますように。……さあ、咲いて、散りましょう」
　髪にマーシュ。左腕に彼岸花。そしてネモフィラの加護。
　魔力で硬球を練り上げながら、変わった形の『両手に花』だね、などと言うメイザース。その目はやはり剣呑に輝いている。
「レディに寄生しあまつさえ人質にとはいい趣味だねえ？」
「ブーケっていうけど中身は最悪だよね。お姫様を引き留めていいのは王子様だけって決まってるんだけどー？」
　イリヤの言葉に同意を示すように、メイザースは喉を鳴らして低く笑う。
「その通り。二度とこの地に根を張らない様に欠片も残さず焼き尽くしてあげようか！」
　放たれた光球が、駆ける攻性植物の尾のように伸びた蔓を消し炭へと変える。
　史仁のドラゴンの幻影がフェイタルブーケをさらに追う。
「いや……いや……たすけ、て、かえりたい、の……！」
　縋るような声。
「帰ろう。帰るんだ。君も、俺達も」
　史仁は幻影を放ったばかりの掌をグッと握りしめた。
　寂燕がばら撒いた礫の隙間を縫うように、花蓮は全速力で走る。
「うっっだぁぁぁあああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ！！！！！　ひとの身体さひっついてばりで、このかばねやみがー！」
　大きく振るわれたドラゴニックハンマーが攻性植物の体を打つ。
　華奢な体がくの字に折り曲がる。
　それでも女はブーケ状の花に彩られた顔を上げ、腕を伸ばす。
　ざわざわと伸びる毒々しさを湛えた緑が朝乃を捉えんとしたその時、白銀の盾を構えたギメリアが立ちはだかる。
　蔓に侵されながらも、ギメリアは猫のことを考えて痛みを堪えた。
　それに応えるべく、朝乃はフルートに口を付けた。
「溺れるほどの春を奏でてあげる！」
　奏でるは暖かな春の曲。紡ぎだした音が音符上の弾へと姿を変え、植物へと向かう。
　ヒュパッ、イリヤが散布した紙兵が最前を駆ける仲間に守護を与える。
　その間に体勢を立て直したギメリアの槌に炎を纏った猫型の波動が宿る。ギメリアがそれを投擲すると、ひめにゃんの尻尾の輪が後に続いた。
「新年早々実にえらいぞヒメにゃん！　最高だぞ！」
　ハートが乱舞しそうなほどの熱い声にシアはくすりと笑みを零した。
「今回復致しますわ」
　仄かに花の香りがする衣装をふわりと翻し、黄金の輝きを仲間に送る。
　そうしながらも、ちらと思う。
　未だ漂う煙の中でも目立つブーケのような攻性植物。あれは、どれほどの数を増やしているのだろうか、と。

●赤
　ボクスドラゴン『ぷわぷわ』の一撃を弾いたフェイタルブーケにイリヤが迫る。
「操られてるだけの女性を傷つけるのは気が引けるからね……見目麗しい方なら猶更さ！」
　地獄から生み出した炎に包まれた刃が植物を薙ぐ。
　ケルベロス達は強敵を相手にしても押しの手を緩めない。
　回復の殆どをシアに委ね、７人と２体は攻撃を重ね続けた。
　速攻で敵を倒し、グラディウスを確実に持ち帰る。その為に、多少の無理には目をつぶることを選択した。――最後の手段も辞さない覚悟で。
　時間にして僅か数分。
　互いに底が見え始めた。
「おね、がい、かえして、かえして……」
「散り急げ。無粋なだけの花で女の子を飾るもんじゃないよ」
　寂燕の白刃が花を削る。
　１度、２度、３度、４度。刃が繰り出されるたびに近づくフェイタルブーケの底。
　ケルベロスの限界も近い。
　けれど、先に落とせる。相手はもう死の間際にいる。
「絶対に、果たすよ。次こそは。この次が駄目なら、その次で！　果たすまで、何度だって！！」
　繁殖したこの植物を絶やす。
　この地域と、捕らわれた女性達を救う為にも。
　朝乃が繰り出した蔓は攻性植物を締め上げる。ギリと締め上げられたフェイタルブーケは、見る間に茶色く変色し、女の体から離れていった。

　解放された女性にすぐさま花蓮が駆け寄った。弱々しいが息はある。
　女性の様子を一瞥したメイザースは、この状況で治療をしなくてはならないほどではないと断じた。
　奥飛騨温泉郷を訪れた女性観光客の１人だろう。
　朝乃が女性を背負う間、安堵の混ざった眼差しで史仁は見守る。
　徐々に煙が晴れてきているが、急げば無事に離脱出来るだろう。
「さあ、退きましょう！」
　シアが進めば植物が避けてくれる。その道をケルベロス達は一心に進み、大滝を後にするのであった。

作者：こーや	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年1月11日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 4
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