ミッション破壊作戦～誰が為に剣を振るうのか？

■リプレイ

●誰が為の剣
　東京都千代田区神田町上空。
　飛行高度ギリギリの空は澄み渡り、ヘリオンの機内に流れる空気はとても澄んだ物であった。東京の空とは言え、この高度まで来ると清涼とすら思えてくるから不思議だ。
「とは言え、やはり冬ですわね。寒いですわ」
　眼下に広がる古書店街を視界に収めながらエニーケ・スコルーク（戦馬乙女・e00486）は白い吐息を吐く。その手は無意識の内に、腰に差した光剣に触れていた。
　光剣の名前はグラディウス。魔空回廊の破壊を可能とする決戦兵器の一つだ。
　これを用いて自分達は眼下に広がる街に巣くうデウスエクスの一角、ドリームイーターの魔空回廊を破壊する事を選んだのだ。
「流石に緊張は隠せない、か」
　ミチェーリ・ノルシュテイン（青氷壁の盾・e02708）の独白は咎める響きではなく、むしろ自嘲の様に聞こえた。
「なに。魔空回廊にぶっ放して敵を倒してさっさと離脱する。いつもとやる事は変らねぇよ」
　不遜の如き台詞を口にするのは七種・徹也（玉鋼・e09487）だった。太々しさすら感じる態度は、ヘリオン内を包む空気を払拭するかのように軽やかに響く。
　ケルベロス達が口数少ないのは、緊張の表れだった。
（「……当然、ですよね」）
　赤堀・いちご（ないしょのお嬢様・e00103）が内心呟く。
　此処にいる誰しもグラディウスの行使は初めてのこと。当然、ミッション地域破壊作戦そのものが初めての経験である。練習もリハーサルもないぶっつけ本番に挑む大変さは、普段の芸能活動を通してもいちご自身が理解している。平常心、との言葉がどれ程難しいモノか、それこそ、言うや易し行うは難しだった。
　目を向ければ、ロベリア・エカルラート（花言葉は悪意・e01329）は抜き身のグラディウスに黙祷している。彼女なりに全力を出す為のルーティンなのだろうか。
「さて。時間であります」
　ヘリオン内に設置された時計に視線を送り、クリームヒルト・フィムブルヴェト（輝盾の空中要塞騎士・e24545）が降下ハッチの前に歩み出た。彼女の眼前で、ゆっくりと降下扉が開いて行く。
「敵陣中枢に突入し一撃離脱。実に痛快な作戦。血肉沸き立ちますぞ」
　びゅうびゅうと吹く風に乱れる髪を押さえながら、尾神・秋津彦（走狗・e18742）が目を輝かせる。準備は完了し、定刻になった。泣いても笑ってもこの扉が開き切れば、飛び降り、グラディウスの力を解放する――決められた手順を行うだけだ。
「グラディウス……その真価を今、我が前に」
　アリシア・メイデンフェルト（マグダレーネ・e01432）の呟きは静かに紡がれ。
　そして、八つの影が、ヘリオンから神田町に向け、飛び降りたのであった。

●魂の咆哮
　それは、八つの光条だった。
　ケルベロス達の紡ぐ各々のグラビティはグラディウスによって増幅され、魔空回廊を穿つ。光の矢となったそれらが貫くのは、古書店街の中心部を包むドーム型のバリアだった。
　響く轟音は、ケルベロス達の紡ぐ魂の咆哮。
　それは、デウスエクスによって蹂躙された彼らの、反撃の狼煙だった。

「デウスエクスに大切な人を奪われるのはもう嫌です！」
　いちごの叫びは母との別離だった。目の前で大切な人を失った痛み。それがいちごの抱く心理的外傷でもあった。
　だから叫ぶ。故に叫ぶ。自身に痛みを与えた侵略者への憎悪を。
　喪失の痛みを叫ぶのは、いちごだけではない。
「親を殺した敵を表舞台に引きずりだして殺す……その為の一歩として今のこれを叩き潰す！」
　鞘から抜き放ったグラディウスを掲げるエニーケの咆哮もまた、同じ痛みだった。馬に蹴られて死んでしまえ、とばかりに放たれるグラビティは彼女の想いの強さを現すかの様でもあった。
　二人に対し、秋津彦とクリームヒルトの両名はグラディウスに己の生き様を込める。
「枉事罪穢、祓い捨てる――回廊と云わず地軸まで一刀両断してくれます！」
　秋津彦の一刀は先祖より受け継いできた狼の誇り。人を害する存在は許容出来ない。それが彼の叫びだった。
「槍よ！　悪しき神を打ち砕くのであります！！」
　クリームヒルトの祈りはデウスエクスの脅威から人々を守ること。その爪牙が地球に住む人々を害すると言うのならば、己は槍を持ち、彼らを守護する盾とならん、と叫ぶ。
「私は闘争を否定する者、故に手を汚す者」
　アリシアの声は静かに響く。魂の叫びとは声量ではない。己が意志を燃やし、それを叩き付ける事だ。彼女の呼びかけに応じ、グラディウスはより一層、強い輝きを帯びる。
「この一撃は最初の楔！　何れはお前達の喉元へと、止めの道を押し開く！」
　冷徹な自身の仮面をかなぐり捨てたミチェーリは鬨の声を上げる。光条が纏う氷の輝きは、彼女が喚んだモノ。光と冷気が交わり、巨大な槍を形成する。
「てめえらにバッドエンドの結末を書き記してやる。この星から消え失せろォ、ドリームイーター！」
　徹也が口にした感情もまた、デウスエクスへの憎悪だった。己の大切な半身を奪った罪は何れ贖わせると、地獄に置き換えた左腕から、獄炎を吹き出させた。
「その内ゲートごとブチ壊しにしてあげる。コレは挨拶代わりに取っておきなよ！」
　ロベリアの宣言は両腕に視線を落とした後、放たれた。己が家族を、そして両腕を奪ったデウスエクスへの憎しみは確かにある。だが、同時にそれに囚われるつもりも無かった。自身と同じ境遇の存在を生まない。生ませない。それが、彼女の選んだ道だった。
「いけぇぇぇ！」
　咆哮が響く。光条が煌めく。
　八人から放たれた八つの力は神田町の一角を覆うドームに触れると、力を解放した。
　縦横無尽に吹き荒れる力は雷光と爆炎を伴った破壊の力。ケルベロス達の想いが、魂の叫びが、魔空回廊を破壊せんと駆け巡った。
　――だが。
「未だ、魔空回廊は健在であります」
　光翼を広げ、地面に降り立ったクリームヒルトが血が滲む程、唇を噛み締め言葉を零す。
　目前に広がるドーム上のバリアは健在。奥に広がる魔空回廊は半壊こそ確認出来たものの、沸き立つ古書の形をしたドリームイーター群は、以前と変わらず出現している。
「どう、して？」
「やっぱり、一筋縄じゃ行かねぇか」
　茫然と紡がれたいちごの呟きに、輝きを失ったグラディウスを納刀した徹也が応える。
　グラディウスの力は魂の叫び。故に、紡がれたケルベロス達の想いが弱かった訳ではない。だが、彼らの選んだ魔空回廊そのものは強大だった。強大過ぎた。だから、彼らの想いを全て束ねても破壊にまで至らなかった。それだけの話だ。
「……それでも、後嗣に託す事は出来ます」
　口惜しそうに言葉を紡ぐエニーケのグラディウスもまた、光を失っている。更に攻撃を重ねれば、魔空回廊の破壊は可能かも知れないが、如何せん、今はその力を有していない。
「撤退を！」
　秋津彦の判断は速かった。自分達の力で魔空回廊の破壊に至れなかった。ならば、今、自分達が取れる最善手は一つ。
　この場所から離れ、グラディウスを無事に持って帰ること。
「それには、彼奴を撃破する必要があるようですね」
　目の前に現れたデウスエクスを見据え、アリシアが呟く。まるで怪鳥の如く両翼を広げるそれは一冊の本だった。否、書物の形をしたデウスエクス――ドリームイーターであった。
「我、欠落した記述を埋める為……素晴らしき書の記憶を求める者也……」
　声が響く。それがドリームイーターから発せられている文言である事は明白。
　何故ならば、その声は彼らが幾度とも無く、耳にした声でもあったからだ。
「白紙の書――」
「相手は一体。……強行突破します」
　敵の名を紡ぐロベリアの声と、静かなミチェーリの声が重なった。

●白き紙は出でませり
　ばらばらと綴り紐が解け、無数の紙片が周囲に舞う。紙吹雪に似たそのグラビティはしかし、飛び交う紙片の全てがモザイクに覆われている事から、ドリームイーターの攻撃手段である事は明白だった。
「気を付けて！」
　己のサーヴァント、シグフレドと共に身構えるアリシアの警告よりも早く。
「――っ？！」
　いちご、エニーケ、ロベリア、徹也の後衛から短い悲鳴が上がった。
　ドリームイーターの本領は精神攻撃。心理的外傷の発掘は彼の侵略者の得手だった。
　まして、失った家族を想起し、その想いを力に変えた四者だ。剥き出しとなった想いは、ドリームイーターにとって、恰好の獲物だったのだ。
「こいつ、強い」
　ケルベロスの紋章が描かれた旗を掲げた秋津彦が独白する。流石は魔空回廊護衛部隊の一員。ヘリオライダーの予知にあった『強力な』と言う文言は、伊達ではないと言う事か。
　だが、それでも止まる訳に行かない。生きて帰る事を決めた。ならば、幾ら敵が強くとも、それを諦める理由にならない。
「何れ駆逐してくれます！」
　今はその時を信じて戦うだけだ。自身で成し遂げる事の出来なかった口惜しさを呑み込み、召喚した御業の炎で白紙の書を牽制する。
「フリズスキャールヴ、行くでありますよ！」
　自身のサーヴァントに呼び掛け、共に駆けるクリームヒルトは得物の槍で痛烈な一撃を穿つ。主人の呼び掛けに応えたフリズスキャールヴは自身の画面に励ましの動画を投影すると、ロベリアの元へと駆け出した。
「お母さん……」
　涙目で幻影を振り払い、いちごは桃色の霧を放出、自身の傷を治癒する。霧と共に幻影もまた消失していくが、心を襲う虚無感は茫然自失する程、強かった。ブレスを吐くサーヴァントのアリカも、心配そうな視線をいちごに向けている。だが、その彼女もまた、幻影に溺れる存在だ。その表情は何処か、悲痛な色に染まっていた。
「よくも、私の思い出を、穢しました、わね」
　エニーケもいちごと同じくして虚脱状態から立ち直る。失った筈の両親を紡ぐ幻影は未だに晴れて無くとも、自身の行いはただ一つと、竜砲弾を白紙の書に叩き付けた。
「我を守護せし十三の祝福、万象を癒せし力よ、顕現せよ。我は以て望まぬ終焉を拒絶する者なり」
　そしてアリシアはシグフレドと共に徹也の傷、そして彼が抱える幻影を癒すように治癒の力を紡ぐ。あらゆる災禍を癒し、循環する魔力は彼の痛みを軽減した。
「助かった」
　短い礼を述べた徹也は流星煌めく飛び蹴りを白紙の書に叩き付ける。主人の後を追うたたら炊きもまた、炎を纏った体当たりを白紙の書に敢行していた。
「吹き荒れます。――いざ」
　続くミチェーリもまた、流星を纏った飛び蹴りを白紙の書に見舞う。二重の蹴撃に切り裂かれた白紙の書はバタバタとその場で羽ばたく。まるで、痛みに呻いている様だった。
「イリス、防御は任せたよ」
　己のサーヴァントに呼びかけたロベリアは白紙の書を捕らえるべく、ケルベロスチェインを放つ。イリスもまた、主人と同じく白紙の書を縛ろうと、己の霊力を総動員し、金縛りを仕掛ける。
　ケルベロスの猛反撃に、白紙の書の動きが止まった。
　だが、それも一瞬のこと。
　再び空中旋回を始めた白紙の書は紙片を束ね、鍵剣の如くケルベロス達を貫く。ケルベロス達が帰還を目的とする様に、自身は彼らを帰す気はない。そう示すかの様な一撃だった。

　それでも猛攻は、何れ途切れる。
　強化されたデウスエクスとは言え、ケルベロス八人の攻勢に晒され、無事な筈はなかった。
「当然、です」
　盾役として、白紙の書の攻撃、その矢面に立ったアリシアが荒い息を吐く。その傍らにいたシグフレドの姿は既に無い。幾多に渡る紙鍵の攻撃によって、その身体を消失していた。
　傷付いていたのは彼だけではない。ロベリアのビハインド、徹也のライドキャリバー、そして、クリームヒルトのテレビウムと言った盾役を担ったサーヴァント達は悉く消し飛び、相方の主人達も消耗が激しい。だが、それでも、勢いは未だ、ケルベロス達の方が優勢だった。
　それを否定すべく紙片が吹き荒れる。モザイク塗れの吹雪はケルベロス達の身体を切り裂いていく。
「――アリカさん」
　己の受ける痛みよりも、サーヴァントが消し飛ぶ方が痛いといちごが叫ぶ。大切なモノの消失はいちごが忌避する事だった。身体を襲う痛みよりも、心の痛みに悲鳴を上げそうになる。
　続く紙鍵の一撃はミチェーリの肩口を貫いた。魔導装甲ホロドナヤ・ブローニャ毎自身を貫いた痛みに歯を食いしばり、耐える。
　それが強化種の矜持。だが、同時に、終焉だった。
「終わらせます」
　ミチェーリの選択は、白紙の書の拘束だった。己の肩口を貫く紙鍵を両の手で掴み、動きを束縛する。
　勝つ為の矜持は彼女も同じだ。
（「痛みはあげます。ですが、勝利は譲りません」）
　ダメージよりも勝利を優先するトナカイの乙女の気魄に、白紙の書の動きが一瞬だけ、静止する。
　そこにケルベロス達が殺到した。
「この脚で蹴り殺してあげますわ。もうご存知かもしれませんが…馬に蹴られたら痛いじゃすみませんわよ？」
　エニーケの蹴りは白紙の書の身体を蹴り飛ばし。
「逃さねェぞ……避けられる物なら避けてみろ！」
　浮かび上がったその身体を、徹也の左拳――それを構成する地獄の一撃が追撃する。
「地獄に吹くこの嵐、止まない嵐を見せてあげる」
　ロベリアの悪意は地獄を無数の刃へと転じた。獄炎の刃は舞い散る花弁の如く翻り、白紙の書を切り裂く。
「嵐と狼、双つの暴威――その身に刻まれよ」
　そして狼の狩りを再現した霊剣術が駆け巡った。颶風と雷霆を浴びせる嵐の如き二連撃は白紙の書を地面に叩き付け、その身を焦がしていく。
　その一撃が止めだった。疾風と雷撃を受け、白紙の書が完全に動きを停止する。
「やった、でありますな」
　さらさらと崩れ、光の粒へと化していくそれを見送りながら、クリームヒルトが見送りの声を上げた。

●道は開かずとも繋がる事を信じて
「やっぱり、悔しいね」
　撤退は迅速に。だが、その途中で秋津彦が零した言葉に、ケルベロス達は頷く。困難な任務だとは判っていた。ダメージを与え、無事帰還。グラディウスも失われていない。成果としては上々。だが、それでも口惜しい物は口惜しい。
　柴犬大の馬に転じたエニーケが嘶く。慰めか、それとも悔悟か。それを推し量る事は出来なかった。
「前を見ましょう」
　頭上を飛ぶヘリオンを見上げ、ロベリアが微笑を浮かべる。
　此度、この魔空回廊の攻撃を選んだのは自分達だけではない。自分達はその礎になったかも知れないが、無駄に終わった訳ではないのだ。
「そうですね。一足飛びの成功とはなりませんでしたが……」
　それでも、一歩進める事は出来た。アリシアの呟きに、いちご、徹也、クリームヒルトが顔を綻ばせた。
「そろそろ、戦域の離脱ね。……ヘリオライダーに連絡を入れましょう」
　ミチェーリの言葉は清々しいまでに響く。
　それは、困難な任務から帰還したケルベロス達へ向けられた福音の様でもあった。

作者：秋月きり	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年1月11日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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