黒き獣再び

作者:秋桜久

 深夜の交差点に、体長2メートルはある巨大な魚のような怪物が3体現れ、ゆっくりと歩道橋の下を潜っていった。
 青白く発光する鱗を点滅信号が赤と黄色と交互に照らす。それが死神だと知らなければ、美しいと感じる者も居たかもしれない。だが、丑三つ時に出掛ける人は居らず、ただ静けさだけが場に満ちていた。
 歩道橋を潜り抜けた怪魚は光の軌跡を帯びながら何かの模様を描く。ふつりと光が途切れたソコには、魔法陣のようなものが浮かび上がり、その中心から、過去のものとは別のウェアライダーの死体が召喚された。
 見た目は同じ黒い獣であるが、以前よりも体は大きく、赤い瞳はより狂気じみていて、口からは唾液と意味をなさない咆哮だけが漏れるだけだった。

「秋田県秋田市中心部で死神が活動を活発化しているようだ」
 鷺宮・晃士(の刀剣士・e01534)が口火を開く。この場所には少し前に同じように死神が現れる事件があったばかりで、彼もその事件に関わった一人だった。
「死神といっても、かなり下級の死神で、浮遊する怪魚のような姿をした知性をもたないタイプです」
 過去現れた怪魚型死神と同じタイプ。今回は、どうやらケルベロスによって殺されたデウスエクスの残滓を集め、その残滓に死神の力を注いで変異強化した上でサルベージし、戦力として持ち帰ろうとしているようだ。とセリカが晃士の後を引き継ぐように説明した。
「それを防ぐため、急いで出現ポイントに向かって頂きたいのです」
 過去に倒した敵の欠片から生まれた敵を倒すために。

「残滓を集めて作られたデウスエクスですので、能力は以前と同じウェアライダーと同等だと思われます」
 但し、ただ残滓を集めただけではない。それに力を加え、より強力になっているという。協力になればなるほど、知性は失われて本能で動く獣と化しているようだ。
「怪魚型『死神』は、『噛み付く』ことで攻撃します」
 下級とはいえ死神だ。油断して倒せるほど甘い敵ではない。だが、決して倒せない相手でもない。
「周辺状況については、すでに避難勧告がでていますので、周囲を気にせず思う存分戦うことが出来ます」
 住民が安心して暮らせるようになる為にも、ここで負の連鎖は終わらさなければならない。
「一度死んだデウスエクスを復活させ、更なる悪事を働かせようとする死神の策略は許せません。皆さん、どうか力を貸してください」


参加者
メルキューレ・ライルファーレン(青百合レクイエム・e00377)
桜乃宮・萌愛(オラトリオの鹵獲術士・e01359)
鷺宮・晃士(地球人の刀剣士・e01534)
ロゼリア・アクエリアス(喪失の叛逆者・e02610)
妻良・賢穂(自称主婦・e04869)
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟・e07023)
志藤・巌(壊し屋・e10136)

■リプレイ

●甦る悪夢
「やれやれ、当たって欲しくない予想が当たったって感じだなー」
 あの時と同じ場所に立ちながら、鷺宮・晃士(地球人の刀剣士・e01534)は、敵が現れるであろう方向を見据えた。
(「まぁ、気がつけたのは幸いって感じだな、あいつらの狙いなんて、全部打ち砕いてやるぜ……!」)
「死神も節操がありませんわね……」
 困ったものですわ、と溜息をつくのは妻良・賢穂(自称主婦・e04869)。一見主婦のような出で立ちだが、実は独身という変わった経歴を持つドワーフだ。
「復活させられたウェアライダーさんには気の毒ですが、もう一度眠って貰いますわ」
 それでも思うことは仲間と同じ。一度死んだ魂を無理矢理引きずり起こされるのを黙って見てはいられない。
「死神……そして、狼型のウェアライダー……か」
 神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟・e07023)は複雑な思いを抱えたままここへ来た。彼の両親は死神に殺された。今回の死神は下級であるから自分が追っている敵ではないだろう。だが、それでも。
「同族の死体を弄ぶ奴は気に食わねぇ」
 許せない、高ぶる意識が右腕を疼かせ、煉は無意識に拳を強く握リ締めた。
「同感だ。一度死んだ奴を蘇らせるなんざ、命を馬鹿にしてるとしか思えないぜ」
 ぶっきらぼうに答えるのは志藤・巌(壊し屋・e10136)。彼には守れずに無くした命があった。だからこそ、死神の行動は赦し難いものだった。
(「そのふざけた目論見、ブチ壊させてもらおうか」)
「あれが今回の……」
 現れた敵を前にして、ロゼリア・アクエリアス(喪失の叛逆者・e02610)は呟いた。女性と見間違えるほど綺麗な顔立ちに、大切な人を守ろうという決意が滲んでいる。
 桜乃宮・萌愛(オラトリオの鹵獲術士・e01359)は普段しまい込んでいる翼を、敵の接近と共に静かに開いていった。
「この翼に誓ってこの戦い勝利します」
 身体がふわりと宙に舞う。蒼い小さな薔薇を散りばめた髪が風になびいて、夜空に香りを乗せて流れていった。
「さぁ、いこうか……」
 自分を奮い立たせるようにエヴァンジェリン・ローゼンヴェルグ(真白なる福音・e07785)は呟き、眼前の敵に向けて武器を構えた。
「一度閉じた物語……そのページを思うがままに書き加える行為は無粋でしょう」
 終わりあるからこそ美しい、とメルキューレ・ライルファーレン(青百合レクイエム・e00377)は思う。
 失いたくなかった命は、たくさんある。ここにいる者たちの中にも。でも失ったものは戻らない。だからこそ、それを背負い先に進んできたのだ。
「死者は、然るべき場所で眠りなさい」
 言葉に呼応するように、黒き獣は首を反らし、夜の闇に大きな咆哮を響かせた。
 それが再びの戦いの合図となった。

●敵は死神
 晃士はヒールドローンの群れを操り、前衛陣の防御を厚くしながら死神の1体を抑えに走った。
 煉はハウリングで死神たちの足止めをしつつもう1体へ。
 長く伸ばしたハニーブロンドの髪を髪を揺らしながら、エヴァンジェリンが残りの死神に時空凍結弾を放つ。これで1体ずつ死神を抑える陣形が整った。
 過去の戦闘に習い、ディフェンダーで敵を抑え、1体ずつ倒していく作戦だ。だが以前とは異なり、サーヴァントなどの頭数の差や配置の違いがある。それがどう影響するのか。ケルベロス達にはまだ分からない。
 死神も攻撃を受けるだけではない。晃士が受け持った死神が噛み付き攻撃を仕掛けた。
「くっ!」
 だがドローンの盾もあり、ダメージは浅い。
 澄んだ水を凍てつかせた青銀の瞳を細め、メルキューレが攻撃後に隙がある死神に時空凍結弾を撃ち込んだ。横っ腹に弾を受けた死神は激しく尾びれを左右に振り、空中でもがく。
 萌愛は死神に各人が付いたのを確認し、抑える者の居ない獣に牽制として熾炎業炎砲を放つ。
「こんなものをよみがえらせて……悪趣味もいいところ早々に元の世界へ還りなさい」
 炎弾が獣に命中し炎で包む……だが、炎に巻かれながらも怯むことのない瞳が炎の中から不気味な光を放っていた。萌愛は背中に冷たいものを感じながら、翼を羽ばたかせ、後方へ引いた。
 別の死神が煉に噛み付きそうになるのを、ロゼリアが氷結の螺旋を放ち凍らせる。鱗の一部を固まらせた死神が動きを鈍らせるのに合わせ、巌がセイクリッドダークネスをお見舞いする。光輝く左手で引き寄せた敵を、漆黒纏いし右手で粉砕。文字通り粉砕された鱗を撒き散らしながら宙を舞う。
 やったか!? と誰もが思った瞬間、獣が満月に似たエネルギー光球を死にかけの死神にぶつけ、傷を癒した。光球を受けた死神は回復しただけではなく、より凶暴に歯を尖らせてケルベロス達を睨み付けた。
「癒やすだけが仕事じゃありませんわ!」
 掌から敵群に巨大光弾を発射しながら賢穂が叫ぶ。凶暴になった敵を叩きに行くか迷ったが、敵がまだ複数居る以上は、纏めてダメージを与えることを優先することにしたのだ。攻撃は死神達に命中し、動きを乱れさせた。
「死神の思い通りにはさせない…っていうか死体復活とか趣味悪いんだよお前ら」
 未だ回復を受けていない目の前の死神を早期に倒すべく、晃士は斬霊斬を放つ。清浄なる霊力を纏った刀が死神の体に朱色の線を描く。
 死神は切り口から血の如く怨念を吐き出しながら、空中で体を転じ、死の淵から最期の一撃を、自らに大きな傷を負わせた敵に放とうとする。猛スピードで口をがばっと開いて突進……!
「生憎だが、簡単に受けるつもりはないぜ」
 先程の賢穂の攻撃の影響もあって、死神の全力を掛けた攻撃は失敗に終わった。
 ズドッ!
 回避された先に待っていたのは、ロゼリアのケイオスランサー。死神の額に、鋭い槍の如く伸ばしたブラックスライムが突き刺さり、死神は『死』を迎えることとなった。
「はっ、てめぇらをぶっ殺すために手に入れた新しい右手だ。冥府の海になんかにゃ還さねぇぜ?」
 このまま一気に死神を倒そうと、煉が凶暴化した死神の口に右手を突っ込み炎弾を炸裂させた。
「燃え尽きな……フレイムグリードっ!」
 地獄の炎が内部より死神の体を焼いていく。逃れようとするが、突っ込まれた手が縫い付けるように抑え付け、逃げることも叶わない。このまま焼き尽くされて終わるかと思った瞬間。
「何っ!?」
 再度、獣により死神は回復されてしまう。凶暴化という余計な付属つきで。
「あっ、ぐあああああ!!」
 力を得た死神が、自分に傷を負わせた敵に牙を剥いた。抑え付けていた腕が逆に噛み千切られそうになるのを、ギリギリのタイミングで引き抜いた。だが腕はズタズタに引き裂かれ動かすこともままならない。。
「治療はお任せくださいな!」
 賢穂のジョブレスオーラが包む。全快とはいかないが、動けるまでに回復した煉はほっと息をついた。因縁の相手がまだ居るのに、ここで倒れてなんかいられない。賢穂に感謝の目を向け、再び敵に向き直るのだった。
(「まだ1体か」)
 自分の役割である死神を抑えることを重点に、周囲に目を走らせていたエヴァンジェリンは、複数の敵の力を削いだ方が良さそうだと、ナパームミサイルでの攻撃を選択した。ミサイルポッドからばら撒かれた焼夷弾は、死神たちを炎に包む。
「生き物の一生は一つの物語と謳い、その終わりを捻じ曲げる死神には興味はあります」
 メルキューレは静かに言葉を紡ぐ。
「ですが……無粋な行為を行う貴方たちに好意はない」
 静かに繰り出された音速を超える拳。憐れ吹き飛ばされた死神は、吹き飛ばされた瞬間に生を終え死に至った。死体は暫く地面に横たわっていたが、やがて灰が風に飛ばされるように消えて無くなった。
 このチャンスを逃すまいと判断した萌愛の熾炎業炎砲が残りの死神を燃え上がらせる。
「……沈め!」
 ドドドドドドドド!!!
 轟天嵐打。巌の嵐のような蹴りと拳の連続攻撃が死神の体に息つく間もなく叩き込まれる。左右上下、拳拳蹴り蹴り拳……絶え間なく繰り出される打撃に、死神は耐え切れず、意識も体も霧散した。

●黒き狼
 死神を倒し切り、一同の間にほっとした空気が蔓延した。そこにぽっかり空いたような空気にいち早く反応したのは萌愛だ。
「皆さん、気を付け……きゃあ!?」
 警告を発したが遅かったようだ、前衛陣──メルキューレ、晃士、煉、エヴァンジェリン、巌──は黒き獣……狼のハウリングによりダメージを受けてしまった。強力だと言われる敵だけあって、列攻撃でも一定以上のダメージを前衛陣にもたらしたのだった。
 即座に賢穂の紙兵散布が飛ぶが、全快には遠い。
「これでどうだ!!」
 ロゼリアがケイオスランサーで攻撃を仕掛けるも、既に同じ攻撃を見ている獣には易々と避けられてしまう。地を蹴り、宙でくるりと一回転して歩道橋の上に音もたてずに降り立つ。死神が消えても……いや、消されたからこそ、より本能に従い、目の前の敵を消すことに力を注いでいるように見受けられる。
「お前達の好きには……やらせない!」
 賢穂の癒しで動けるようになった晃士が狼に向け駆け込む。
 それを見て咄嗟にエヴァンジェリンがマインドシールドを施す。……これが分かれ目だった。
「くらえぇぇぇ!!」
 エヴァンジェリンから援護を得た晃士は、道路を走り助走をつけて上方にジャンプした。歩道橋の上に位置する狼に絶空斬を決めようとする。萌愛の炎で付けられた傷跡を正確に、自らの刃で斬り広げようと刀を振るい──。
「ぐっ、うあぁぁぁぁぁ!?」
 狼の爪の餌食となった。
 晃士が攻撃を仕掛けると同時に、狼は歩道橋の欄干を蹴って下方へ落下していたのだ。自然と自らの能力から重力を右前足に集中。ウェラライダー特有のスピードで、避けようもない高速で繰り出された一撃は晃士の体に寸分違わぬ状態で打ち込まれた。重量のある一撃は敵を地面に叩きつけ、アスファルトに蜘蛛状の跡を刻み付けた。
「あ……ぐぅ……」
 晃士の体は衝撃でバウンドし、割れたアスファルトの上に横たわった。その後ぴくりとも動くことはなかった。
「鷺宮さん!?」
 賢穂が主婦的機械修理術秘で一か八かの回復を試みる。回復というよりツッコミに近い技に狼は驚き一歩引いた。萌愛は敵の隙を無駄にすることなく、仲間の身柄を後方へと下がらせ、巌が攻撃を受けないよう守りに入る。
 それを横目に見ながらロゼリアは螺旋竜巻地獄を放つ。例え見切られようとも敵の気を引ければそれで十分だ。
 敵に態勢の立て直しなど与えない、とメルキューレはドレインスラッシュで、敵を攻撃すると同時に自己回復を図っていた。
「てめぇ!!」
 煉の怒りのブレイズクラッシュが叩き込まれる。僅かな時間差で連続攻撃を受けるとは思っていなかった狼が、予想外の攻撃を受けて戸惑っている。やるなら今がチャンス。
「おらぁっ!!」
 巌の降魔真拳が狼の顔にめり込む。牙が数本折れ、口から血を吹き出す。
 体勢を崩した狼は、再度ハウリングで自分に攻撃を仕掛ける者たちの動きを止めるべく動き出した。だが時は既に遅し。
 敵の意図を見抜いた萌愛が仲間に警告を発し、警告を受けた前衛陣は攻撃を見切って回避した為、ダメージを抑えることに成功。その受けたダメージも、賢穂の紙兵散布、エヴァンジェリンのスターサンクチュアリが癒し、メルキューレにロゼリアが分身の術で回復を施した。
 十分動けるだけの力を取り戻したメルキューレが、必殺技『リコリス・ラディアータ』を放つ。
「せめて、安らかな眠りを」
 青白い光を纏った斬撃で対象を切り裂く。切り裂かれた箇所から花開くように氷が広がる。一定の広がりを見せた後に氷は砕け、破片がさらなる傷を負わせる。堪らずに狼は血を撒き散らしながら後退する。
「今です!」
 ずっと後衛より敵の動きを探っていた萌愛が声を上げる。時間が経てば今日つけた傷が消されてしまう。簡単に傷が治されてしまっては、今までしてきたことが無駄になる。だからこそ、今この時を逃してはならない。
「これが親父から受け継いだ、俺の牙だっ!」
 奥義『天星狼牙』父が煉に残した降魔真拳の奥義。
 狼の姿をした黒き獣を炎が覆う。
 無理矢理死神に引きずり出された魂は、炎にその一片までもを燃やされ喰らい尽くされ……元のあるべき場所へ還って行ったのだった。

●爪痕
「これで終わったんだよね?」
 蜘蛛の巣状にひび割れたアスファルトや、戦いの爪痕を修復しながらロゼリアは確認するように仲間に問う。
「今回は。……ですが、再び同じような事件が起こる可能性は否定出来ません」
 メルキューレが静かに応じながら、死神が倒された場所に佇む煉の姿を見る。
 食い千切られそうになった右手が嫌でも過去の記憶を呼び覚ます。あの時の恐怖か、怒りか、自分でも分からない震えが体を支配し、煉は暫くそこから動けそうになかった。
 巌は還って行った狼を思い浮かべながら、そっと手を合わせた。
「お前も災難だったな……言えた義理じゃねェが安らかに眠ってくれ」
 狼は望んで蘇生させられたわけじゃない。無理矢理呼び起こされたのだ、死神に。
「ご一緒させてくださいませ」
 巌の隣に賢穂が並んで合掌する。もう二度と甦ることがないように、ゆっくりと眠れますように、と目を伏せて祈るのだった。
「俺が助かったのはエヴァンジェリンのおかげだな」
 萌愛に支えられながら晃士が感謝の言葉を述べた。
 攻撃を受ける前のエヴァンジェリンのマインドシールドが晃士を救ったのだ。勿論、その後の賢穂の回復と萌愛の退避行動もあればこそだが。
「気にするな、仲間だろう」
 エヴァンジェリンが笑みを浮かべ、萌愛も微笑んで仲間の顔を見た。
 建物の隙間から射した光が歩道橋を照らし出す。
 夜明けはもう近い。

作者:秋桜久 重傷:鷺宮・晃士(守護の剣閃・e01534) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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