ミッション破壊作戦～怒りを込めて振り下ろせ

■リプレイ

●怒りを込めて……
　空を見上げている者がいたら、きっと驚くことだろう。
　なにもない空間に十個の影がいきなり出現したのだから。
　もちろん、本当に『なにもない』わけではない。そこにはハイパーステルス・モードで姿を消したヘリオンがいた。
　そのヘリオンから飛び出した十個の影の正体は、八人のケルベロスと二体のサーヴァント。
　彼らは風を切って降下した。
　オークたちが巣食う奈良触手神社に向かって。

「ドラゴンに与する汚物どもの拠点は一つ残らず破壊してやる。まず、手始めに――」
　ドワーフの角行・刹助（モータル・e04304）はグラディウスを握りしめた。
「――ここからだ。古都奈良の風情と景観、取り返させてもらうぞ」

「グラディウスよ、力を貸してくれ」
　黒豹の人型ウェアライダーの深山・遼（結び玉・e05007）はグラディウスを握りしめた。
「女の命のみならず心を蹂躙するオークども。奴らからこの地を解放する力を！」

「ほんと、あいつらがここに居座ってから、随分と経つわね。いいかげんうんざりよ」
　狐の人型ウェアライダーの犬嶋・理狐（狐火・e22839）はグラディウスを握りしめた。
「あいつらのやることなすことすべてが腹立たしいけど、なによりも許せないのは、不純な動機で建てた気色の悪い建物を『神社』と騙ること！」

「同感です」
　オラトリオのアウラ・シーノ（忘却の巫術士・e05207）はグラディウスを握りしめた。
「信心もなしに信仰の場を装うという悪行、一人の巫女として……いえ、神道のみならずずべての宗教の徒の代弁者として、断じて許してはおけません！」

「徒党を組み、自らの薄汚い肉欲のためだけに生きる穢らわしい豚どもよ。あんたらに同情すべき点があるとしたら、それは唯一つ――自害の自由すらないってことだ」
　人派ドラゴニアンの椿木・旭矢（雷の手指・e22146）はグラディウスを握りしめた。
「だから、俺が代わりに終わらせてやろう。恥に塗れたあんたらの人生を」

「ケルベロスとかデウスエクスとかもう関係なしに――」
　人派ドラゴニアンのメルーナ・ワードレン（小さな爆炎竜・e09280）はグラディウスを握りしめた。
「――誘拐して強姦して、挙句に生まれた子供を殺すなんて、そんなのに絶対に許せないでしょ。命を舐めるなぁーっ！」

「オークとか……もう、無理！　生理的に無理！　本当に無理っ！　できることなら、根絶やしにしたいです！」
　オラトリオの早乙女・スピカ（星屑協奏曲・e12638）はグラディウスを握りしめた。
「豚禰宜様、お覚悟ぉーっ！」

「なぁーにが禰宜じゃ！　祈祷しろ、オラァァァ！」
　ドワーフの神籬・聖厳（日下開山・e10402）はグラディウスを握りしめた。
　そして、なぜか衣服をすべて脱ぎ捨てた。

　強襲型魔空回廊を構成するバリアにグラディウスの切っ先が触れた。
　空に八つの火花が散り、光の球体が生じ、それらが大きく膨らんで一つになった。
　その間、一秒にも満たない。
　耳を劈く轟音。
　目も眩む閃光。
　そして、爆風。
　もっとも、グラディウスを手にした八人の戦士が体感したのは轟音と閃光だけ。爆風は、見えざる障壁に遮られた。
「とうっ！」
　と、聖厳はポーズを決めて着地した。全裸で。
　他の者たちも次々と着地していく。
　全員が揃った頃にはもう轟音の残響は消えていたが――、
「な、なにが起こったブヒー！？」
「地震ブヒ？　雷ブヒ？　火事ブヒ？」
「いや、きっと敵襲ブヒよー！」
「敵襲？　どこの勢力ブヒ？　ねえ、どこの勢力ブヒィ？」
　――慌てふためくオークたちの声があちこちから聞こえていた。
　グラディウスとバリアが接触した際に大量の爆炎と雷光が生じたため、視界は制限されている（だから、オークたちはまだケルベロスを捉えていないだろう）ものの、皆は感じ取ることができた。
　強襲型魔空回廊の存在を。
「破壊できなかったか」
　旭矢が呟いた。口をへの字にしているが、結果に不満を抱いているわけではない。この表情がデフォルトなのだ。
「でも、手応えはありましたよ」
　スピカが手の中のグラディウスを見下ろした。溢れんばかりだった力が感じられなくなっている（時間が経てば、また充填されるらしいが）。つまり、その力の分（プラス皆の想い）だけ魔空回廊にダメージを与えることができたということだ。
「確信できました。この降下作戦を何度か繰り返せば、いつか必ず魔空回廊を破壊でき……」
「見つけた！　見つけた！　見つけたブヒィー！　今の爆発は貴様らの仕業ブヒねー！」
　耳障りな叫び声がスピカの言葉を遮った。
　そして、爆炎と雷光の奥から声の主が姿を現した。
　腐臭を発する体を神主のような衣装で包んだオーク――豚禰宜様である。ただし、ダンジョンに現れた残霊と違い、袴は浅葱色だ。首領格の豚禰宜様とは違う個体なのだろう。
「ふん」
　恐れげもなく豚禰宜をねめつけて、刹助が鼻を鳴らした。
「豚のくせして人間の猿真似してやがる」
「猿真似じゃないブヒ！　この衣装はオークの伝統ある……」
　豚禰宜の怒りの言葉が途切れた。
　アウラの存在に気付き、意識を持っていかれたのだ。
　いや、正確にはアウラではなく、彼女が身に着けている巫女装束に。
「ブゥーヒッヒッヒッヒッヒッ！」
　豚禰宜はいきなり笑い出した。
「やっと！　ついに！　ようやく！　巫女がやってきてくれたブヒィ！　このチョッカイ様が徹底的に可愛がってやるブヒよぉー！」

●怒りを燃やし……
「ひどい腐臭を漂わせてるな」
　チョッカイと名乗る豚禰宜の哄笑に気圧されることなく、遼がメタリックバーストを発動させた。光輝く無数の粒子がオウガメタルから放出され、前衛陣を包み込んでいく。
「しかし、血の色くらいは鮮やかなのだろう？」
「確かめてみましょう！」
　ゲシュタルトグレイブを手にして、スピカが戦列から飛び出した。全身を包んでいたオウガ粒子が舞い散り、光の軌跡が空間に刻まれる。しかし、それは逆方向の軌跡に塗り潰された。彼女は素早く後退したのだ。豚禰宜に稲妻突きを放って。
　飛び出す前の位置に戻った瞬間、豚禰宜の腹部から血煙があがった。遼の予想に反して、鮮やかとはいいがたい色だ。
「ブッヒィー！？」
　豚禰宜は情けない声を出してよろめいたが、すぐに体勢を直して、背中の触手群を振り回した。
「えーい！　この程度の痛みでは消えぬブヒよ！　巫女を穢せるという喜びはぁー！」
「この身を穢したくば、穢すがいい！」
　と、アウラが気丈な声で応じた。
「それで私の魂まで穢せると思うなら！」
「え？　いや、べつに魂とか心とか興味ないブヒよ。俺は常に肉欲一択、カラダオンリー」
「……死ね、けだもの」
「ブッヒィー！？」
　アウラの御業に禁縄禁縛呪で掴まれ、またもや情けない声を発する豚禰宜。
　しかし、なんとか御業の捕縛から抜け出し、反撃に転じた。
「絡め捕る攻撃なら負けないブヒ！　そぉーれ、巻き巻き巻きいーっ！」
　何本もの触手が波打ち、不気味な音を立て、アウラに伸びていく。
　だが、彼女には届かなかった。
　メルーナが間に入り、盾となったからだ。
「うっ……」
　触手に絡みつかれて、メルーナは呻いた。
　苦しげに。
　そして、恥ずかしげに。
　そう、豚禰宜の触手攻撃には、標的を恥ずかしがらせる効果があるのだ。
　だからといって、副次的なダメージが生じるわけでもなければ、動きが制限されるわけでもなく――、
「――ただ、恥ずかしさが込み上げてくるだけ？　意味ないじゃん」
　恥ずかしがると同時に呆れ返りつつ、メルーナは触手から逃れ、ウェポンオーバーロードを用いて自身の傷を癒した（彼女は前衛に陣取っていたが、作戦の性質を鑑みて、ヒール系グラビティに重点を置いていた）。
「ブヒヒヒヒッ！」
　頬を微かに紅潮させるメルーナを舐めるような目で見ながら、豚禰宜は満足げに笑った。彼からすれば、相手を恥ずかしがらせるという効果は『意味ないじゃん』と切り捨てられるものではないのだろう。
「乙女が頬を羞恥に染める様は堪らんブヒィ。巫女でないのが惜しいが……まあ、構わないブヒ。あの巫女と同じような装束を着せた上で辱しめてやるブヒよ。おまえも！　おまえも！　おまえも！」
　メルーナからアウラに視線を移し、更に遼とスピカと理狐を次々と触手で指し示していく。
「他の奴らは切り刻んで、鹿の餌にしてやるブヒ！」
「ちょっと待て」
　憮然とした面持ちで聖厳が口を挟んだ。全裸で。
「わしも『他の奴ら』扱いか？」
「あったりまえだブヒ！　俺は着衣派にして和装派！　風情も色気もない素っ裸の下品な女には微塵もそそられないブヒ！　てゆーか、それ以前にロリだかババアだか判らないドワーフなんぞ、眼中にないブヒィー！」
「失礼な奴だ」
　聖厳（六十二歳）は豚禰宜の懐に飛び込み、地裂撃を叩き込んだ。全裸で。
　その間にもう一人のドワーフの刹助（六十一歳）がメルーナにエレキブーストを施し、メディックのポジション効果によるキュアで恥ずかしさを消し去った。
「あ？　余計なことをするなブヒィー！」
　と、刹助に向かって怒鳴る豚禰宜の前から聖厳から飛び退り、入れ替わるようにして理狐が突進してきた。
「『眼中になし』という話なら、世の女性すべての眼中にオークはないと知りなさい」
　そう言い放って、理狐は日本刀を振り下ろした。声音は冷たいが、斬撃は熱い。刀身が炎を纏っているからだ。『狐炎　－纏－（コエン　マトイ）』という名の高威力のグラビティである。
　刃が豚禰宜の皮を裂き、炎が豚禰宜の肉を焼いた。
　彼女に続いて攻撃を仕掛けたのは旭矢。その手の中でドラゴニックハンマーの『赤日』が砲撃形態に変わった。
「理狐の言うとおりだ。女の子はおまえらなんぞ見向きもしない。それでも振り向いてほしいというのなら――」
　轟竜砲が放たれ、爆炎が豚禰宜を包んだ。
「――百回生まれ変わって、交換日記からスタートしろ」
「ふざけるなブヒィー！　なにが交換日記だぁー！」
　怒声とともに豚禰宜が爆炎から飛び出し、木刀じみた笏を振り下ろした。ただし、相手は旭矢ではなく、遼だ。遠距離を攻撃する術がないので、後衛に陣取る旭矢には手出しできないのである。
　しかし、遼は動じなかった。少なくないダメージを受けたにもかかわらず。
「ひきちぎれ、夜影」
　そう言って、遼は愛刀『巌穣左文字【黝仁】』を抜き放った。
　その横を一陣の風が走り抜けた。
　ライドキャリバーの夜影だ。
　四半秒ほど遅れて、遼も走り出す。
「ブヒィエェェェー！？」
　豚禰宜が絶叫した。地に垂らしていた数本の触手を夜影のキャリバースピンで轢き潰され、『黝仁』による月光斬で腱を断ち切られて。
　ほんの一瞬、残光の弧線が宙に描かれた。『黝仁』の黒い刀身の軌跡。
　その一瞬が過ぎ去ると、別の光が閃いた。
　アウラが惨殺ナイフを手にして、惨劇の鏡像を用いたのだ。
『黝仁』の軌跡と同様にナイフの閃きもすぐに消えた。標的にしか認識できないトラウマの幻覚を残して。
「お、おまえら、なんだブヒィ！？」
　具現化されたトラウマを前にして、豚禰宜が目を剥いた。
「もう来るな！　集まってくるな！　俺たちが募集しているのは巫女さんであって、オークじゃないブヒィーッ！」
　どうやら、奈良触手神社に集まってきたオークが見えているらしい。仲間が多すぎるが故に獲物が行き渡らない（現時点で獲物はゼロだが）という事態は彼にとって悪夢も同然なのだろう。
「どうしてオークしか来ないブヒィー？　豚野郎はもう沢山だブヒィー！」
「豚が豚を厭うのか」
　せせら笑いながら、遼にエレキブーストをかける刹助。
「こういうのも同族嫌悪って言うのかな？」
　首を捻りながら、遼に気力溜めをかけるメルーナ。
　彼女たちの視線の先で豚禰宜は旭矢の旋刃脚を食らい、理狐の螺旋掌を食らい、そして、聖厳の『裸神活殺八荒震脚（ラシンカッサツハッコウシンキャク）』なる蹴り技を食らっていた。全裸のドワーフが神主姿のオークを責めるという実にカオスな光景。
　そのカオス具合に少しばかり圧倒されながらも、スピカが『火蒼（カソウ）』の呪文を唱えた。
「蒼き炎よ、かの者の罪を焼き払え！」
　豚禰宜の体が青い炎に包まれた。

●怒りをぶつける
「俺は死なんブヒ！　死なんブヒィー！　巫女たちを穢しまくるという夢を叶えるまではー！」
『火蒼』を始めとする諸々の攻撃で傷だらけになりながらも、豚禰宜は果敢に触手を繰り出した。
　またもや、狙いはアウラ。
　しかし、一回目と同様、盾に阻まれた。
　今度の盾役はボクスドラゴンのミカンだ。
「きゅ～ん」
　頬を赤くして、もじもじと身悶えするミカン。羞恥攻撃はボクスドラゴンにも有効らしい。
　その様子を見て、メルーナが呟いた。
「……かわいい」
「いやいやいやいや！　かわいいかもしれないけど、俺が求めているのはこういうのじゃないブヒー！　こういうのじゃないブヒィィィ～ッ！」
「もう黙りなさい」
「ブヒッ！」
　理狐にスターゲイザーを撃ち込まれ、豚禰宜は無様に転倒した。
「さっき、百回生まれ変われと言ったが――」
　立ち上がる暇を与えることなく、旭矢が『雷の手指（ライノシュシ）』を発動させた。
　空から幾条もの稲妻が伸び、その名の通りに指を思わせる動きで豚禰宜を攻撃する。
「――百回ともなると先が長いよな。一回目は手伝ってやる」
「ブヒヒヒ～ン！　か、か、かけまくもかしこきしょくしゅのおおかみ……」
　豚禰宜は祝詞らしきものを唱え始めた。ヒールのグラビティだろう（これを最初から多用し、仲間が集まってくるまでの時間を稼げば、戦闘を有利に進めることもできたかもしれないが）。
　しかし、祝詞を紡ぐ声は途切れた。聖厳やスピカが付与したパラライズが働いたのだ。
　そして――、
「とどめはまかせる」
「はい」
　――旭矢の言葉に応じて、アウラが惨殺ナイフを振った。
　フレイムグリードの炎弾が唸りをあげて飛び、豚禰宜の胸板を貫く。
「巫女が好きブヒィィィィィ～ッ！」
　豚禰宜のチョッカイは逝った。
　彼なりの『魂の叫び』を残して。

　恐慌をきたしたオークたちの声はまだそこかしこから聞こえてくるが、近付いてくる気配はない。むしろ、着地した時よりも声々は遠のいている。
「上手くいったわ。敵が単純な奴でよかった」
　豚禰宜の死体を理狐が憐れみと蔑みの目で見下ろした。戦闘の間、彼女とアウラは豚禰宜を巧みに誘導していたのだ。オークの群れから離れた位置にまで。
「とはいえ、いずれは奴らもわしらに気付くはず。長居は無用じゃ」
「ええ」
　遼が聖厳の言葉に頷き、夜影にまたがった。
　土煙を上げて夜影が走り出し、他の者たちもそれに続く。
　後方を警戒しながら。
　そして、己に誓いながら。
　この地に必ず帰ってきて、強襲型魔空回廊を破壊する、と。

作者：土師三良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年1月11日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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