濃厚たまごをめしあがれ

作者:遠藤にんし


 雪に閉ざされた山の奥の奥、その店はある。
 ――否、『あった』と言うべきか。
 こだわりの飼料を使い、丹精込めて育て上げた鶏たちの産む卵。その卵を使った料理を提供するカフェを作ってから、まだ一年も経っていない。
 山奥にありすぎて、冬場は客がまったく来なかったことが原因――それは悔しくて、店主の女性は唇を噛む。
「冬は卵の旬なのに……」
 鶏たちはまだ養鶏場にいるが、年明けには売りに出す。
 せっかくの店を、鶏を手放すことになってしまって溜息をつく女性……気付けば、彼女の正面には第十の魔女・ゲリュオンの姿がある。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 女性の胸に突き刺さる鍵――女性が意識を失うと同時に、一体のドリームイーターが立ち上がる。
 

「『後悔』を奪うドリームイーターのお出ましだ」
 高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は告げ、現場までの地図を広げる。
「場所は山中にある卵専門のカフェ。もう潰れてしまったお店だが、今はドリームイーターによって営業再開している」
 このドリームイーターが何か事件を起こす前に、撃破しなければいけない――告げ、冴は詳しい情報に移る。
 
「このドリームイーターは店員として店内にいる。店に入ってすぐ戦うこともできるが……店のサービスを受けることをお勧めするよ」
 今回は、店で提供される卵料理を楽しむ、ということになるだろうか。
「オムライスや卵かけご飯といったフードメニュー、プリンやシフォンケーキのスイーツまで様々なようだ」
 それらを食べ、店を満喫することで、ドリームイーターの戦闘力も減少するのだという。
「みんなが店を満喫した上でドリームイーターを倒せば、店主の女性も少しは救われた気分になるはずだ」
 ドリームイーターを倒し、女性に前を向いてもらうために――言って、冴はケルベロスたちを見送るのだった。


参加者
ツヴァイ・バーデ(アンデッドライン・e01661)
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
上里・藤(レッドデータ・e27726)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)
西・竜彦(虚勢恬淡・e32459)
十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149)
長篠・ゴロベエ(二律背反・e34485)
マーリン・ジェローム(現在進行形魔女・e34742)

■リプレイ


「本当に旨いモン食いたかったら労苦を厭わねえって輩、居ると思うンだが」
 僕とか、と語るのは西・竜彦(虚勢恬淡・e32459)。
 雪山の往路だというのに竜彦の歩みが軽やかなのは、この先に美味しい美味しい卵料理が待っていることを知っているから。
 上機嫌で進む竜彦の後ろ、十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149)はきょろきょろあたりを見回してつぶやく。
「聞いちゃいたけどすげー山奥にあるんだな……」
 びゅうと風が首に吹きつけ、思わず首を縮こまらせる刃鉄。
「店主はどうやって越冬しているのだろう……」
 四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)が気にしたのはそのこと。自給自足にしても不足はあるはずだが、買い物にも困りそうな立地だ。
 千里同様、長篠・ゴロベエ(二律背反・e34485)も店と店主を気にかけていた。
「この店宣伝が悪かったのか物理的に行けなかったのかどっちだろうか?」
 立地が悪くとも流行する店は多くあるというのに……と思い悩んでも、もう潰れてしまったものは仕方ない。
 考えるゴロベエも、料理を食べるだけで敵を弱らせることができる点については役得だ、と待っている卵料理に想いを馳せている。
「タダ飯喰らえるっつーんだから楽しい依頼っすよね!」
 デウスエクスをぶっ飛ばせるということもあって、ツヴァイ・バーデ(アンデッドライン・e01661)もどこか浮かれ調子。
「興味は尽きませんケド、魔法で迷惑行為はNGデス」
 マーリン・ジェローム(現在進行形魔女・e34742)はといえば、待ち受けるサービス以上にドリームイーターへと意識が向いている。
 マーリンがケルベロスとしての任務に臨むのはこれが初めて。気合を入れるマーリンの横、比良坂・陸也(化け狸・e28489)はゆらと狸の尻尾を揺らしている。
「ここッスね」
 上里・藤(レッドデータ・e27726)の目の前には、卵料理の店がある。
 店には明かりが灯っている――足跡もない雪を踏んで、藤らは店内へと入った。

「予約はないんだが宜しいかな?」
 竜彦の問いにドリームイーターは何も発さぬまま、彼らを店内に通した。
 淡色の木目テーブルには真っ白なクロスが敷かれ、その上に乗る皿も白。
 それらの色が淡ければ淡いほどに、供される料理の濃厚な黄色が鮮やかに映えた。
「うんとても美味しそうです。では頂きます」
 ゴロベエが合掌すると、一同も倣う――まずはオムレツやスクランブルエッグなどの、卵料理から。


 ゴロベエが大盛りのオムライスにスプーンを差しこむと、流れ出ない程度の半熟卵がふるふる震えた。
「うわ、美味そう……こっちも美味いな」
 店で出せる限りの卵料理を注文した刃鉄は卵焼きに大根おろしを添えてひと口、幾層もの美味の余韻を感じつつスプーンに持ち替えてオムライスも口に運ぶ。
 実家では日本食ばかりだった刃鉄――母親が洋食料理が苦手だったからだが、記憶の中にオムライスがないわけではなく。
「ちょっと懐かしい味に似てたかもなあ……」
 既に遠くなってしまった記憶、答え合わせも出来ない母の手製料理。
 思い出のものよりも上質な素材で作られたオムライスも、刃鉄にとって『一番』のものではない。
 竜彦は茶碗蒸しを匙に乗せ、三つ葉の風味と共に卵の旨味を堪能。
 口中に残る香りをぬる燗で流せば、気分はもう夢心地――だが、竜彦の口は食べるために。
 批評家ではないただの客として、黙したままに食べ続ける竜彦。
 しかし顔に刻まれた美味の感想は、誰の目にも明らかなものだった。
 藤はテーブルを立ち、オープンキッチンの様子がよく見えるカウンターに陣取っている。
「何も入れないプレーンのやつ、あと玉ねぎ入れたのと……ほうれん草とベーコンのと」
 藤の言葉を受け、ドリームイーターはフライパンに油を引き、溶き卵を流し入れる。
 卵液が手元で固まり、固まり切らない半熟オムレツとして完成されていく様子は藤にとっては魔法のようにも思えた。
 こうして料理が出来ることへの憧れはあるものの、練習中に焦がされてしまう卵への申し訳なさが先立つ。いつかは、こんな風に――思う藤の目の前に、要望通りのオムレツが並んだ。
「次はスクランブル! イタダクよ♪」
 マーリンのリクエストにお応えしたスクランブルエッグもとろとろで、続いて取り出した卵は溶かずにご飯を乗せたまま。
 卵かけご飯に醤油を垂らすのは陸也。
 艶のある白米の上に乗る卵は醤油によって茶色に変わったが、それでも主張の強い黄色がそこここに覗く。
 白米を時には包み、時には混ざりあう――暴力的な味は、先ほど食べていた塩だけの卵焼きや鶏肉・銀杏入りの三つ葉ナルト乗せ茶碗蒸しに勝るとも劣らない。
 千里は卵の湯気を感じつつ、テーブル中央に陣取るマカロンタワーをひとつ口に運ぶ。
 ホットミルクセーキも含めて甘さと甘さの饗宴となっていたが、胸焼けもない。
「はー……やっぱり甘いものにはいやしの魔法があるね……」
 ツヴァイはピータンやバロットといった変わり種を食べてみたくもあったのだが、さすがにそれらはメニューにない。
「仕方ないっすね、卵の味が分かるっつーことでプリンでも食っとくか」
 退屈しのぎといった風情でマカロンをつまむうち、ドリームイーターは卵のデザートを手に姿を見せた。


「ふむ、うむ、中々良い仕事をしてるっすねえ」
『ぎっしり』という形容をしたくなるほど卵の濃厚な味に興味を惹かれて、ツヴァイはプレーン以外のプリンにも手を伸ばす。
「なんか目移りして困るッスね」
 チーズ入りオムレツを食べていた藤だが、プリンも美味しそうで困り顔。店に来た目的を忘れてはならないと思いつつ、魅力的な卵たちに目移りしてしまう。
「こっちにもプリン頼むぜ」
 数あるプリンの中から陸也は抹茶プリンを選択。
 竜彦は甘い物より酒の肴。卵黄の味噌漬けの後は卵かけご飯で〆として、甘い厚焼き玉子を前にしている。
「これもすっげえ濃いな……」
 オムライス、茶わん蒸し、卵焼き、卵かけご飯、その他もろもろをきっちり完食した上で刃鉄はプリンを堪能中。
 残さず綺麗に食べる様子に爽快感すら覚えつつ、ゴロベエはプリンを食べ――刹那、幻影を視た。
「卵から何か生まれる……ヒヨコか?」
 否。もうひと口食べ、ゴロベエは気付く。
「鳥の子だ。俺はこの料理の虜だ!」
「cakeもバッチリね!」
 ふわふわのスフレパンケーキはマーリンと千里のもの。
「……もっと早く渡来してタラ、常連にもなれたかもしれまセンけど……」
 残念そうな表情のマーリンだが、パンケーキをひと口食べればとろける笑顔に変わる。
「この味……やっぱりくせになるね……」
 濃厚カスタードクリームも添えて、味に飽きる前にマカロンでリフレッシュ。
 プリンはプレーンも良いが、苺やチョコ味も悪いものではない、とツヴァイはスプーンを動かす。
 苺やチョコレートといった卵以外の素材にもこだわりがあるのか、味がしっかり立っている。だというのに卵の味も負けずに、喧嘩もせずに立っているのは流石の一言だ。
「ふぃー、くったくった」
 たっぷりの卵料理でお腹はいっぱい。満足げな陸也は、さてと席を立つ。
「もう帰ってよくね」
「そりゃ名案、ではあるんすけどねー」
 ツヴァイもプリンを綺麗に食べ負え、ゴロベエはエッグノッグを飲み干して合掌。
「ご馳走様でした。いや美味かったです」
 ケルベロスたちの告げる賛美の言葉には何の偽りもない。
 美味しそうに食べる様子と、その言葉にドリームイーターはモザイクの頭を縦に振る……どこか満足げな姿に、ケルベロスたちも安堵するのだった。


 食器を片付け、それとなくテーブルも脇に寄せ、そして戦いが始まる。
「さ、始めるっすよ!」
 言うが早いか、ツヴァイは地獄から現したゲシュタルトグレイブをドリームイーターへと突き立てる。
 ドリームイーターの悲鳴は濁りきっている。白と黄色のモザイクの指先はツヴァイに掴みかかり、地面か壁に叩きつけようと猛る。
「ごちそうさま……それと……さようなら……」
 それを押し留めたのは、振るわれる腕とは逆方向から向かってきた千里のナノナニックハンマー。
 細腕からは想像もつかない超重量級の一撃の後、藤はポケットからケルベロスカードを取りだす。
「うし、そろそろ本来の目的に戻りますか」
 握り潰されるケルベロスカード――光輪を背に浮かべる藤の手元、ドラゴニックハンマーは砲撃形態へと歪む。
 轟音は一発。残響すら呑み込むのは、陸也の生み出す霧だ。
「カミサマカミサマオイノリモウシアゲマス オレラノメセンマデオリテクレ」
 絡みつく霧がドリームイーターから力を奪う――弛緩した一瞬の隙間に、刃鉄は駆けだしていた。
「疾きこと風の如しってな!」
 刹那でも隙を見せるなら、刃鉄の入り込む余地はある。
 刃の滑るたびドリームイーターのモザイクは崩れ落ちる。モザイクだった屑を握り締め、竜彦はドリームイーターに肉薄する。
「食事の礼と云っちゃなんだが、君には拳を馳走しよう。遠慮しなさんな。お代は結構!」
 地獄の炎を纏う拳がドリームイーターの腹の真ん中を貫く。
「燃え尽きろ!」
 更にゴロベエの焼ける蹴撃が加えられ、マーリンはタブレットを起動する。
「私のグリモアはコレね! 私のFavorite、【FIREWALL】!!」
 タブレット上に浮かび上がるのは呪文――奏でれば、指向性を持つ炎を纏った魔力の壁がせり出した。
「BeCareful! 近づきすぎると火傷じゃ済まないよ?」
 ドリームイーターの背後にも出現する炎の壁――こんな時でも明るさを失わない声と同時に、壁はドリームイーターに迫って焼き潰す。
 黒魔術の顕現に陸也はほうとうなずいて、命令を発する。
「槍騎兵よ、続け! 急々如律令!」
 凍れる騎士の吶喊――焼け爛れたドリームイーターの体に、凍れる騎士の兵装はあまりにも痛い。
 ――不意に、総てが白の中にかき消える。
「畏れろ」
 声は藤のもの。ヤタガラスの光輪、尾羽の顕現は神々しく、畏怖をかき立てられて仕方がない。
 光と熱量の突進。視界を潰されながらも、竜彦もドリームイーターへと立ち向かう。
 肉薄、再度叩きこまれる拳。
 勢いに乗るかのように出現した攻性植物はドリームイーターを締め上げ、接近するがために攻撃を受ける竜彦を刃鉄は光の盾で守る。
「おらおら、しっかりやれよ!」
「ああ、助かるよ」
 柔らかな笑みと共に返す竜彦。
 ゴロベエは戦場を見回し、癒しの必要がないことを確かめる――『あの場所に帰るために!(ハウスオブザニート)』の出番は今回はなさそうだ。
 よろしい、ならば攻撃だ。
「必殺! 超重双斬!」
 星座の力を伴う斬撃が叩きこまれ、そのダメージに気を取られたドリームイーターは迫る千里に気付くのが遅れた。
「気づいたときにはもう遅い……さよなら」
 引いた刀からの刺突から流し込まれる重力エネルギーに、ドリームイーターの腕が膨れ、破裂した。
 マーリンの掲げる魔術記録用・改造端末【グリモア】から流れ出るのは洗脳電波。
 気の狂いそうな電波にのた打ち回るドリームイーターをそっと撫でるのは、真っ白な炎だ。
「アンタの罪を数えろ、って奴っすよ!」
 撫で、抱きつく炎――逃れる術などはどこにもなく。
 ドリームイーターがいた場所には、わずかな灰燼が残るばかりだった。

 ……ドリームイーターの撃破により、店主だった女性も意識を取り戻す。
「食器洗い……まだだったね……」
 ヒールグラビティの持ち合わせがない千里は、ドリームイーターが残していた洗い物のためキッチンへ。
「美味しかったっすよね」
 千里の洗った食器を拭きつつ、藤は言う。
 店内では、意識を取り戻した女性に刃鉄と竜彦が声をかけていた。
「ま、うまかったぜ。これならまた食べてえなあ」
「ご馳走様。文句のつけようがない味だったよ、女将」
 出来る事なら、また再起して欲しい――そんな願いを込めた言葉に、ツヴァイもうなずいている。
 ケルベロスたちならばこんな山中でも厭わず来るのではないか、と提案するのはゴロベエ。
「ただし店主さんに奴らを虜にできる自信があるならな」
 茶目っ気のある言葉に、女性の顔には笑みが浮かぶ。
「山奥でなくてもっと都市の場所でやってみるべきかもしれないデス」
 店の再起そのものはケルベロスではなく彼女の仕事。
 マーリンもそう助言をし、応援の気持ちを一心に伝える。

 ――また、どこかで美味しい卵料理が食べれたら。
 そんな想いを胸に、ケルベロスは山を後にするのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。