双子鳥と終わりの夜

作者:秋月諒

●双子鳥が告げるには
 聞いたことがおありか? 双子鳥の話を。
 あぁそうさ、あの気まぐれな鳥のことさ。
 君が未来の秘密を望むなら、気をつけると良い。双子の鳥はやってきて、相応しい対価をかけて君を誘うだろう。
 少年のように愛らしい声で、少女のように可愛らしい声で。
「夜明けのその時まで、僕らを満足させて、か。らしいじゃんか。未来の秘密っつーやつをかけるにはさ!」
 森の中、青年は上機嫌に足を進めていた。片手には懐中電燈、足元はスポーツシューズ。ポケットに入れたスマホは切ってある。散々危ないと言ってきた幼馴染の着信が面倒になったからだ。
「命がけの追いかけっこに勝ちゃいいだけだってのにさ。この先のこと、ちょっとでも知れるなら、そいつが秘密ってもんなら……俺は挑むんだよ」
 青年は息を吐く。吐息が白く染まった。雪が降り出しそうだ。
 なだらかな坂を上り、見えたのは古びた水車小屋ひとつ。ひらけた空間ではあるが、双子鳥らしいものは見えてこない。
「スタートラインにはもってこいの場所だと思ったんだがな……ったく、もうちょっと他も回ってみるか?」
 息を吐き、腕の時計を見る。ーーその、時だった。青年の心臓を鍵が一突きにしていたのだ。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 いつのまにか青年の背後へと現れていた第五の魔女・アウゲイアスは、鍵をそう言って鍵を引き抜いた。ぐらり、と崩れ落ちる青年の横、羽ばたきが聞こえる。
「さあ夜明けのその時まで、僕らを満足させて!」
 そこに現れたのは二つの頭を持つ巨大な鳥。
 甘くあまく歌うように双子の鳥はそう言ってーー笑った。

●伝え
 はた、はたと赤いストラが揺れていた。ほう、と落ちた息ひとつ、紫の双眸は開かれる。
「双子鳥との命懸けの鬼ごっこなんて噂に挑戦者現れたりするかも……とは思ったのですが」
 本当に来ましたか、と声を落としたのは春日・いぶき(遊具箱・e00678)だ。青年の言葉に頷き、レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は顔を上げた。
「はい。いぶき様の情報通り、この森には『未来の秘密を教えてくれる双子鳥』の噂があるそうです」
 曰く、双子の鳥は未来の秘密を望むものの前に現れ、対価を求めるという。
「賭けるは命。夜明けまでの双子鳥との鬼ごっこをして、逃げ切れればというものだそうです」
 明らかに危険な香りはするのだがーーだからこそ、その噂に興味を持ち、挑もうとする人間が本当に出て来てしまったのだ。
「挑戦者は森に入り……その先で、ドリームイーターに襲われてしまったんです」
 不思議な物事に強い『興味』を持ち、実際に自分で調査を行おうとしている人がドリームイーターに襲われ、その『興味』を奪われてしまう事件がある。
「被害にあったのは、噂の調査と挑戦にやってきた青年です」
 青年は『興味』を奪われたのち、意識を失ったままだ。 『興味』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようだが、奪われた『興味』を元にして現実化した怪物型のドリームイーターは存在したままでいる。
「双頭の大きな鳥。姿は鶏に似て、動きは素早く、少女の声と少年の声で笑うようです」
「それが双子鳥、かな」
 ゆるりと視線を上げた三芝・千鷲(ラディウス・en0113)に、さて、どうでしょうか、とレイリは顔を上げた。
「この怪物型ドリームイーターは被害者の興味を具現化したような形をしているそうです。命がけの追いかけっこをしかけてくる双子鳥さんがモチーフになってることは、確かですね」
 このドリームイーターを倒すことができれば『興味』を奪われてしまった被害者も目を覚ますだろう。
「皆様に依頼です。この怪物型ドリームイーターによる被害が出る前に撃破してください」
 敵はドリームイーター『双子鳥』が一体。配下はいない。素早い動きから繰り出される蹴りや、鋭い風を放つという。
「他に鳴き声による攻撃もありますので気をつけてください」
 その他に、この怪物型ドリームイーターにはとある習性があるのだという。
「ひとつは、『自分が何者であるかを問う』ような行為をするということです」
 今回の場合、正解は『双子鳥』だ。正しく答えられれば見逃し、逆に、答えられなかったり、化け物だといえば怒って相手を殺してしまうのだという。
「上手く答えれば見逃して貰えるかもしれませんが、目的はこの怪物型ドリームイーターの撃破です」
 返答は戦いには影響してこない。
「他の人々が、正しく答えられるかは分かりません。これ以上に被害者を出すわけにはいきません」
 倒しましょう、とレイリは言った。
「双子鳥を。未来の秘密をかけて勝負を仕掛けてくるものが、何もかもを奪い尽くしてしまうその前に」

 今から行けば森に着くのは深夜になる。
 怪物型ドリームイーターは森の中を移動しているらしく、探索するのでは時間がかかってしまうだろう。
「そこで、もう一つの習性ですね。このドリームイーターは、自分のことを信じていたり噂をしている人がいると、その人の方に引き寄せられる性質があるようです」
 この場合だと、双子鳥の噂を、命がけの追いかけっこの噂をすれば良いだろう。
 戦場にはなだらかな坂の上、古びた水車小屋のある場所がひらけていて、木々も少ない。
 被害者の青年も水車小屋の近くに倒れているはずだ。
「坂の上からは、街を眺めることができるそうですよ」
 足元は草はあるが、戦いの邪魔になるようなものはない。夜の暗さには対策が必要だろう。
「興味も、思いもその方のものです。少なくとも、こんな風に好き勝手されるわけにはいきません」
 そう言って、レイリはケルベロスたちを見た。
「情報を頂きました。この事件を知れました。ですから、行きましょう」
 未来の秘密を望む人を、未来にたどり着く前に終わらせないために。
「皆様に、幸運を」


参加者
春日・いぶき(遊具箱・e00678)
道玄・春次(花曇り・e01044)
来栖・カノン(夢路・e01328)
月織・宿利(ツクヨミ・e01366)
千世・哭(睚眦・e05429)
ヒエン・レーエン(火守・e05826)
エトヴィン・コール(徒波・e23900)

■リプレイ

●夜の森
 夜の森に、足音だけが響いていた。白く染まる吐息を流す風さえ無い。夜の森はひどく静かだ。
 此処に、双子鳥はいるという。
 聞いた話を思い出しながら、春日・いぶき(遊具箱・e00678)はほう、と息をつく。
「未来の秘密とは、不思議な響きです。未来は、守ってあげないと」
 呟けば息は白く染まり、腰の明かりがゆら、ゆらと揺れた。なだらかな坂を登り辿り着いたその場所に、倒れている少年を見つけるのはさほど難しい事では無い。怪力無双で担ぎあげれば小さな呼吸だけが耳に届く。
「……」
 未来を望めるなんて、羨ましいこと。興味本位で吐露させたくなってしまう。
(「お知り合いが多いので、あまり意地の悪い所は晒さないように努めますが」)
 つまみ食いは、今日もお預けですね
 ふ、と落とした吐息が笑みのようにゆるく、夜に溶けた。
「このくらいか」
 一通り、照明の設置を終えるとガイスト・リントヴルム(宵藍・e00822)は周囲を見渡した。戦場として見る分には問題ないだろう。小さく、落とした息と共に襟巻で首元を守る。年々寒さが堪えるようになってきた。
(「しかし未来か」)
 相手の未来を知り得ながらも、命を、未来を摘み取る鳥。何故奪うのか、己等に未来が無いと知っているからだろうか。
 曰く、双子鳥は未来の秘密を望むものの前に現れ、対価を求めるという。命がけの追いかけっこ。
「命を賭けてまで知りたいとは、また好奇心旺盛なお兄さんやね」
 腰の灯を固定して、道玄・春次(花曇り・e01044)はほう、と息をついた。狐面の奥の表情は伺えぬまま、ボクスドラゴンの雷蔵とマフラーを後ろでぎゅ、と結んだ青年は小さく冷えた息を肺に落とす。
「双子かあ。自分と同じ顔がもう一つあるってどんな気分なんだろうね」
 いぶきも、聞く限りは双子だったなと、エトヴィン・コール(徒波・e23900)はちらりと視線を向ける。水車小屋では来栖・カノン(夢路・e01328)が少年にカイロを渡して、いぶきが上着をかけた所だった。
「足元も、危険そうなものは無さそうだね」
 三芝・千鷲(ラディウス・en0113)が最後の灯をかければ、じゃぁ、と月織・宿利(ツクヨミ・e01366)がカノンへと目をやった。
「未来の秘密、かあ。ボクとしてもちょっと気になるけど……でも、いつか誰かを殺しちゃうかもだったら、そうなる前に止めないとなんだよ」
 指先の冷えを今は置いて、少女たちは紡ぐ。
 この地に潜む、噂の具現を誘い出すために。

●双子鳥
「ね、ね、この森に、命を賭けた追いかけっこに勝ったら未来の秘密を教えてくれる鳥がいるんだって。一体どんな鳥なのかなあ」
 明るい調子でそう言って、カノンはくるり、と辺りを見渡す。
「命がけの鬼ごっこと、未来の秘密……。未来は重く、皆それを背負っているのね」
 双子鳥さん、いらっしゃい。
 そう紡げば、夜の空気がーー震えた。周りの木々は揺れていないというのに。
 来る、とヒエン・レーエン(火守・e05826)は思った。不可解な風は二人の近くでだけ起きていた。
「あそこ」
 小さく、千世・哭(睚眦・e05429)がその場所を示す。照らし出した夜の空気が歪みーーやがて、それは姿を見せた。
「聞こえたよ聞こえたよ!」
 姿を見せたのは二つの頭を持つ鳥であった。見目で言えば大きな鶏に近いだろうか。金色の嘴は歌うように言葉を紡ぐ。
「未来の秘密を望むもの。ならば答えて」
 二つの口は声を揃えて問うた。
「僕らはなぁに?」
 その問いかけに、カノンは視線をあげる。
「……むぇ、何者か、だって? そうだなあ……干支の鶏のパワーアップ版とか?」
 考えるように口を開きーーだが少女は視線を外すことはない。
 これは、ハズレの答えだ。
 ならば、この未来の秘密を紡ぐ答えはひとつ。
「間違えよ!」
 か、と双子鳥の瞳が光る青に変わる。
「それじゃ遊ぼう! 夜明けの時まで!」
 悪戯っぽいその声が響いた次の瞬間、強い羽ばたきと共に鋭い風が前衛を襲った。
「ーー!」
 眼前を炎が舞う。鋭い風に腕が切り裂かれ、痛みと共に熱が全身を駆け巡る。
「さあ、捕まえちゃうよ!」
 落ちた血に、双子鳥は笑う。たん、と鋭く地を蹴った双子鳥に、宿利は腰の刃を抜き払う。飛ぶように、一気に前へと出てきたドリームイーターへと向けるは白刃。
「華よ、散るらん」
 抜刀の音はなく、踏み込みさえ静かに宿利の刃は敵の急所を高速にーーそして的確に、切り捨てる。
「つかま……!」
 捕まえると、歌うように続く筈だった双子鳥の声が宙に消えた。飛び込み、着地する筈だった足から血が飛沫、ぐら、と体制を崩す。ざぁあ、と地を蹴る音がした。砂が舞い上がり、跳ねるように身を起こした双子鳥の前で夜の戦場はーー煌めく。
「生とは、煌めいてこそ」
 それは、硝子の粉塵。た、と前に、踏み込み行く前衛陣の傷が、血に触れて溶ける粉硝子によって癒されて行く。
「回復だわ!」
 指先から送る煌めきを見送って、いぶきは双子鳥の声に視線を合わす。ふ、と静かに笑った青年の前、行くのはガイストだ。伸ばした腕の、鋭さは腰の剣と同等に間合いを貫き伸びる。
 トン、と触れたそこ、次の瞬間、力が爆ぜた。
「未来の秘密には興味がない」
 驚いたように声をあげた双子鳥が笑う様を眼前に、ガイストは言い切った。
「あるとするならばこの先の未来、彼奴とまみえたその先に」
 低い声と同時に、腰の剣を抜く。あは、と双子鳥は笑った。
「いらなくたって遊んでもらうよ!」
 ぐん、と踏み込んで来る双子鳥の足を、ガイストは身を逸らして避ける。間合いを嫌うようにその身を動かした双子鳥が下草を踏み、戦場の真ん中に立つ。
 瞬間、空が震えた。
「!」
 は、と顔をあげた双子鳥が『それ』に気がつくよりも早く、ボクスドラゴンの雷蔵がブレスを放つ。ごう、と羽を焼く衝撃に、僅かにでも足を止めてしまえばそこは春次の視る戦場だ。
「雷鳴響きし空より来たれ。ーーちょっと痺れるかもしれんよ」
 声は静かに、されど絶対の力をこの地に呼び込む。
 空が吠えた。雷鳴轟き、雷の力を宿す精霊を召喚した春次の手が空を示す。
 次の瞬間、雷光の矢は未来の秘密をうたう鳥へと降り注いだ。
「キィイイイ!」
 甲高い声が響く。衝撃に羽が飛び散り、ぐん、と二つの頭を羽あげた双子鳥が春次を見据える。
「駄目だよ。止まるなんて許さない!」
「それは、こっちのセリフかな」
 声が、先に届いた。は、と横を見た双子鳥の、蹴り上げるような足を飛び避けて、エトヴィンは剣を振り下ろす。僅か、浮いた体のその落下の勢いのまま強引に振るい落とす剣に宿るのは空の霊力。一撃が、双子鳥の胴に沈んだ。
「ギィイ!」
 威嚇の声を耳にエトヴィンは剣を持ち直す。
「比翼の鳥ってこんな感じなのかな、って思うけど君はちょっとおいたが過ぎる」
 ひゅん、と鋭い音と共に、刃を滑った羽を落として、少年は言った。
「お喋りで無粋な嘴は、きちんと閉じてしまおうね」
「閉じる? 閉じるって!」
 それならそれなら。
 笑うように羽を動かし、踊るように足で地を蹴って、双子鳥は笑った。
「ずっとずっと、喋り続けてあげるよ!」

●夜明けを待たず
 羽ばたきと共に、双子鳥は飛び込んで来る。空を飛ぶ代わりに跳躍し、飛び上がった体から叩き込まれる蹴りを真正面、受け止めたカノンは後ろ手に構えていたゲシュタルトグレイブを突き出した。ひゅん、と響く鋭い音と共に、生じるのは稲妻。穿たれる光の中、ルコ、と声をあげた。
 すん、と鼻先をあげたボクスドラゴンは少女の槍の上をかけ、一気に双子鳥にタックルを叩き込む。ギ、と上がったのは双子鳥の声だ。暴れるように動いた羽を二人で避けきれば、僅かに受けていた傷からぱたぱたと血が落ちる。
 だが、それだけだ。
 双子鳥の動きは素早く、声も夜の戦場には賑やかすぎる程に響くけれどーー振り回されては、いない。加速する戦場に、足を止めることなくケルベロス達は一撃を確実に双子鳥へと届けていた。
「さあさ夜明けまで全力で駆け抜けるっすよ」
 哭は一気に双子鳥の間合いへと飛び込む。くん、と顔をあげた鳥が羽を広げれば、あてやすいね、と笑った千鷲の銃口が火を噴く。足止めを狙う一撃の横、己は前へと踏み込み行った哭の地獄の炎が唸り響く。
「永い夜を抜けた先に何があんの?」
 なんて、迎える朝はみたいけど。
「――教えてもらっちゃ詰まんない!」
 重い刃を振り抜き、血を燃やす。笑みを浮かべた青年は、鼓動を鳴らし、痛みも抱えて、燃え尽きるほどの勢いで一撃をーー叩き込む。
「キィイ」
 衝撃に、双子鳥が大きくその身を揺らした。こちらの刻んだ制約もあって、随分と相手の動きも鈍くなってきていた。
「あと少しか」
 完全に捉えるまでは。
 前衛から後衛へ、そうして最後中衛へと援護を届かせ符を舞わせたヒエンは仲間へと目をやった。
「無粋だよ。無粋ね」
 ヒエンの言葉に、ぱ、と双子鳥たちが顔をあげる。響く声は歌うようだというのに、向けられた視線は叩きつける程の殺意だ。
「もっと他のことで遊びましょう」
 甘い囁きが、ヒエンへと向けられた。中衛を一気に、崩すかのような囁きに一瞬、視界が歪む。急激に体力を奪うような感覚はーー毒か。
「ヒエンさん」
「大丈夫だ」
 いぶきの声にヒエンはそう言って、俺も大丈夫っすよ、と哭も不敵に笑う。視界は歪む、毒に小さく笑いーーけれど握る拳は、武器を持つ手はまだ動く。
「回復を」
 告げるいぶきが伸ばした指先が、薬液の雨を降らせ癒しを受け止めた仲間を、完全に膝を付かせようと飛び込む双子鳥の軸線に宿利が踏み込む。
「させない」
 同時に、腰を低め放つ刃と共に影が落ちる。カノンとルコだ。流星の煌めきを力に、一気に落ちるカノンの蹴りが双子鳥に沈む。
「キィイ!」
 威嚇の声に、伸びた嘴を避けるように身を飛ばせば次に踏み込み来るのはエトヴィンだ。二振りを抜き払い、薙ぎ払う剣に双子鳥が身を引く。
「逃がさないよ」
 避ける、その分を身を前に倒すことで踏み込んで、エトヴィンは一気に双子鳥を薙いだ。
「キィイ……!」
 斬撃に、響く声がぶれる。苛立ちを隠さぬ鳴き声は、もっと遊ぶんだから、と少女の声で春次の耳に届く。
「流石に夜明けまでは付き合ってあげられんよ」
 春次の掌からドラゴンの幻影が飛び立つ。
「やって寒いもんな」
 は、と顔をあげた双子鳥の眼前で炎は炸裂した。雷蔵のブレスと共に竜の炎が戦場を満たす。夜の空気が一瞬熱を持ち、舞い上がった木の葉を目の端にケルベロスたちは双子鳥へと踏み込む。その動きの素早さで、くる、と舞うように一撃を避けられても、着地のその場を狙って向けた一撃は最早逃げられはしない。
「まだよ、まだ。満足してないんだから!」
「そうですか」
 ですが、といぶきはその手にナイフを落とす。
(「頼もしい方々の背中を守るのは光栄な事ですが……双子鳥と遊ぶのも楽しそうなんですよね」)
 今は回復の必要は無い。そうなれば、攻撃に出るのもひとつーー手だ。双子鳥の動きは今、確かに鈍っている。最初程の素早さは無く、あと一手打てれば戦場の流れは完全にこちらのものになる。
(「ちょっとぐらいはしゃいでも、大目に見てもらえますよね」)
 一撃を躱し、反撃の跳び蹴りをガイストが避けたそこで、いぶきはナイフを構える。キラ、と光る刀身に映し出された暗闇に、駄目よ、と双子鳥が声をあげる。暴れるように動いたドリームイーターの前、たん、と踏み込んでいたのはーーヒエンだ。
「燃え落ちろ……っ!」
 その声と同時に地獄の炎が燃え盛る。手足に、尾に纏った炎と共に叩き込んだ打撃に、双子鳥の羽が散った。空中で、きら、と消え失せる羽に、駄目よ、まだ遊ぶのだと響くその声に、もう、と哭が告げる。
「終わりっすよ」
 夜明けのその前に、照らし出されたこの夜の戦場で。
 炎を、氷を、刻み込んだ全ての制約をより深く届けるように哭は刃を振り下ろす。一撃に、ぐら、と傾いだ双子鳥は、抜刀の音を聞く。
「――推して参る」
 それはガイストの剣。
 冴えた剣閃。薙ぎ払う一撃に、太刀風劈いて生まれるのは翔竜。
「竜、が」
 竜よ、と続く声は食らいつく衝撃に食い破られた。羽が散り、せめてと生じた風さえ食い破り夜闇に閃く龍は未来の秘密を歌う鳥をーー食いちぎった。

●未来の秘密
「満足な夜、だっ……」
 身を揺らし、ドリームイーター・双子鳥は森に崩れ落ちた。舞い落ちた羽を追うように光となって消え失せれば、囁くような風だけが森に帰ってきた。
「未来というだけでも不確かな物に、秘密ときたか」
 帰ってきた静寂の中、ヒエンは息を吐く。
 何が明らかにされるのかぴんと来ないのは、これまで然程迷った覚えさえないせいだろうか。
 選択肢の存在も感じない人生で大半を過ごして来た。今は、未来というのが不確かなものだと認識する程度には、自由でーーその先に更に秘密があるとしたら。
「想像もつかんな」
 男は苦笑いをこぼす。
 揺れる吐息をおって足元を彷徨っていた視線に、お邪魔でなければ、ですが、といぶきは目を覚まし、未だ何か考えているような少年を見た。
「一緒に散策ついでにお聞かせ願えませんかね」
「——そう、だな」
 草を蹴り、歩き出しながら落ちたのは探し人、という言葉だった。
「みんなが俺に死んだーって言ってた奴が生きてるっぽくてさ」
 バカ親父、と息をつく。
「追っかけて行くべきか、それとも今じゃないのか。無茶すんのだけは分かってたからさ、知りたかったんだ」
「今は、どうですか?」
 静かに問いかけたいぶきに少年は肩を竦めた。分かんねぇ、と苦笑めいた声が落ちればエトヴィンは少年のスマホに電源を入れて、差し出した。
「秘密ってのはさ、他者から聞き出すより自分で解いた方がきっとずっと楽しいものだよ」
「自分、で」
 なぞるように落ちた言葉に、エトヴィンは言った。
「心配してくれる存在は大事にしないとね」
 立ち上がったスマホに不在着信が並ぶ。げ、と上がった少年の声にふ、と笑ったのは誰だったか。
「雪か。道理で寒い訳だ」
 指先にひとつ受け止めれば、今更ながらに寒さに気がつく。
「まずは明日の天気から知らんとならんか?」
 冗談めかしてヒエンは笑った。夜の空が、その色彩を変えてゆく。

「夜くんは、未来を知りたいと思う?」
 降り始めた雪に手を伸ばしながら、宿利は傍の人を見上げた。
「私はね……君が幸せに笑う未来を紡ぎたい」
 吐息が白く染まる。
「でも、今は先がどうなっているかは、知らなくて良いの。未来は自分で紡ぐものだと思うから」
 頬に触れる冷たさがどこか遠い。交差した視線の先、柔らかく笑んだ夜は頷いた。
「決められた未来へ向けて進む一足ずつは、驚きも感動も何処か薄れてしまいそうで」
 先が知れたらもう生きたいとは思わないかもしれないな。
「……」
 静かに届いた言葉に、宿利は夜の手をぎゅ、と握った。少し寒いからと理由ひとつ白く染めて。
「……ほら、気を抜くとそうやって、何処か遠くに消えてしまいそうなんだもの」
 唇から零れ落ちた彼女の言葉に夜はそっと手を引く。冷えているね、とひとつ言って、自分のコートで包むように後ろから抱きしめた。
「俺も君も、永き時の流れの中では一つの事象に過ぎないけれど」
 吐息が染まる。白く、ふたつ。
「こうして感じる温もりは確かなものだから、君と紡ぐ未来はきっと温かだと信じられるよ」

「……! わ、見て見て!雪なんだよ!」
 雪を掴んで見ようと、カノンは手を伸ばす。指先に触れてゆく白に、明日の朝も、積もってるといいなあ、と少女は舞う白を見上げる。
「カノンちゃんには、知りたい秘密があるん?」
 雪に喜ぶ姿に、ふと自分の弟妹を重ね微笑ましげに笑みを零したキソラはそう声をかけた。伸ばした少女の手のひらに、雪が、乗る。
「……」
 今でさえみんなに秘密がいっぱいなのに、未来の秘密だなんてきっと、大嫌いな兄さん絡みのことに決まってるんだよ。
(「大体今も、沢山の劣等感とか、絶望とか」)
 口の中、紡いだ言葉を溶かして、カノンは悪戯っぽい表情で笑った。
「未来の秘密、かあ、どうだろ。やっぱり恋模様とか気になるかもなんだよ?」
 白い羽を雪が滑る。青い影を落とす髪に雪が乗る。
「はは、カノンちゃんも悩める乙女だねぇ」
 小さな背をぽん、と叩き、笑いを誤魔化してキソラは言った。
「先を語る事は出来ねぇが、相談ならいつでも聞くからな」

 あたたかな焚き火の中、パチ、と音がした。
「おや、でも暖かいからといって寝てはダメですからね? 夜に捕まってしまいますから、つねりあって起きていましょう」
 悪戯っぽく笑ったレクトに降る雪が悪戯に揺れた。小さな焚き火を小屋の前に、哭と二人身を寄せ合って朝が来るのを待つ。夜の空が色彩を変え、長く落ちた影と日差しにほう、と二人落ちた息が重なった。
「おはようございます、哭さん。今日もステキな1日にしましょうね」
 朝日の眩しさを肌に、レクトは一番にそう言った。
「おはよう」
 頷いた哭の赤い髪が揺れる。気がつけば雪が止んでいた。
「明け方の、人々が動き出す頃かその前か」
 坂から見下ろす街は、静かさで満ちていた。ふ、とガイストは笑う。朝焼けに染まる街を見届け、ケルベロスたちは歩き出した。
 次の新しい朝に。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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