飴細工の瞬刻

作者:柚烏

 身を切るような冬風が、豊かな金糸の髪を空へと舞わせていく。己の髪が踊るのを何処か面白そうに眺めながら、螺旋の仮面を被った女は深紅の唇を開き、忠実なるしもべ達へと命を下した。
「……あなた達に使命を与えます。この街に飴細工職人として技術を磨いている者が居るようです。その人間と接触し、その仕事内容を確認……可能ならば習得した後、殺害しなさい」
 グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ、と悠然と微笑む女の傍――恭しく跪くのは、まるで鏡映しの双子のような奇術師。了解しました、と告げる彼らの声は、機械の如く完璧に調和している。
「ミス・バタフライ――一見、意味の無いこの事件ですが」
「これも巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがす事になるのでしょう」
 ――再び風が吹いて、黄金色の煌めきが一瞬視界を埋め尽くした後。彼女らの姿は宙に溶けるように消えていて、やがて青白い燐光を放つ蝶がひらりと、小さな羽ばたきを起こした。

 首元に巻かれたマフラーを所在なさげに弄りながら、銀冠・あかり(夢花火・e00312)は何かを口にしようとしては呑み込んでを繰り返していた。けれど意を決したように頷くと、か細いようでいて空に染み入る声を静かに響かせる。
「ぁ……あのっ。飴細工の特殊な技術が狙われる、って……聞いたんですけどっ」
 うん、とあかりに頷いたのはエリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)。彼が予知した事件は、あかりがもしかしたら――と思っていたものであり、ある程度の予測がつけられたから、今回の詳細な予知が行えたのだと言う。
「そうなんだよ。螺旋忍軍のミス・バタフライがまた動くみたいでね……今回は飴細工職人を標的にするようなんだ」
 ミス・バラフライ――彼女が起こそうとしている事件は直接的には大した事は無いのだが、巡り巡って大きな影響が出るかもしれないという厄介な代物だ。
 この事件を阻止しないと、まるで風が吹けば桶屋が儲かると言う諺のように、ケルベロスに不利な状況が発生してしまう可能性が高いのだ。それはまるで、蝶の羽ばたきが嵐を引き起こすと言う、バタフライエフェクトにも通じるものがある。
「彼女の配下は、珍しい職業の一般人……今回は飴細工職人の元に現れて、その仕事の情報を得たり、或いは習得した後に殺そうとするから。皆にはこの事件を防いで貰いたいんだよ」
 此方に不利な状況を発生させないのは勿論、デウスエクスに殺される一般人を見逃すことは出来ない――故にやるべきことはふたつ。一般人の保護と、ミス・バタフライ配下の螺旋忍軍の撃破となる。
 一般人を警護しながら敵と戦うのは苦戦を強いられるだろう。しかし、今回は襲撃までに3日ほどの余裕がある。その間に弟子入りをして技術をものに出来れば、自分たちが囮となって螺旋忍軍を迎え撃つことが可能だ。
「狙われているひとは朱堂・雪乃さんって言う女性で、飴細工職人だったお爺さんの跡を継いで技を磨いているみたいだね」
 ――その境遇を聞いたあかりの瞳が、切なげに揺れたのはまぼろしだっただろうか。雪乃は引退を決めた祖父の技術を途絶えさせたくないと、真摯に飴造りに打ち込んでおり、今は祭りの屋台などで腕を振るっているらしい。その指先は魔法のように飴にいのちを吹き込み、瞬く間に動物や花などを生み出していくのだ。
「なんかね、食べるのが勿体無いくらいの……芸術品みたいな出来栄えのようなんだ」
 あるものはあたたかな陶器のように、またあるものは精緻な硝子細工のように――飴細工ひとつ取っても色々あるようだ。囮になる為には見習い程度の力量は必要になるが、技術的な指導は雪乃が行ってくれるので努力あるのみだ。
「で、囮になることに成功した場合、螺旋忍軍に技術を教える修行と称して、有利な状態で戦闘を始めることが可能になるよ」
 材料を取りに行くなど理由をつけて、戦い易い場所に誘導したり、分断して奇襲を仕掛けたりも出来る。螺旋忍軍は奇術師の姿をしたふたりで、双子のように息の合った連携を仕掛けてくるようだが、分断されれば思うように力を発揮出来ないだろう。
「あ、じゃあ誘導とかで人手が必要なら、俺も連れて行ってくれないか?」
 ひょいと、其処で挙手したのはヴェヒター・クリューガー(葬想刃・en0103)で。飴細工に興味津々の彼は、無事に事件を解決出来たら手作りの飴細工片手に、近くの神社を散策したりするのも良さそうだなと笑った。
「初詣には早いけど……その頃になると、屋台も沢山並ぶんだろうなあ」
 飴細工には技術も勿論必要だけど、感性を大切にして欲しいと雪乃は思っているようだ。同じ手順で同じものを作っても、ひとつひとつ微妙に色合いや表情が違うもの。他の芸術品と違って、飴は口にすれば甘く溶けて消えていく、その刹那の瞬間を慈しんで欲しいのだと。
「あ、えと……なんだか、それは……」
 ――まるで花火のようですね、と。刹那の夜空を彩る大輪の花を思い浮かべたあかりは、ふんわりとはにかむような笑みを浮かべ、蝶の羽ばたきを止めることを決意したのだった。


参加者
銀冠・あかり(夢花火・e00312)
天見・氷翠(哀歌・e04081)
キアラ・カルツァ(狭藍の逆月・e21143)
ヴィルベル・ルイーネ(綴りて候・e21840)
保村・綾(真宵仔・e26916)
アリシア・クローウェル(首狩りヴォーパルバニー・e33909)
畔上・司(識師・e33916)

■リプレイ

●受け継がれていく絆
 年の瀬を迎えた街は、慌ただしい雰囲気を漂わせつつも――新年に向けての準備が着々と進み、ひとびとの足取りも弾んでいるように思えた。
 そんな昔ながらの下町の一角に、工房を構える飴細工職人の女性が居て。今回は彼女の技術と命が、螺旋忍軍の標的となってしまったのだ。
「相変わらず節操ないよね、お蝶夫人」
 目深に被ったフードの奥から、ヴィルベル・ルイーネ(綴りて候・e21840)が零した言葉は、蝶の羽ばたきで嵐を起こそうと企む黒幕に向けてのもの。白い吐息がふわりと宙を漂うのを見届けてから、畔上・司(識師・e33916)は少々立て付けの悪い、すりガラスの戸を叩いて来訪を告げる。
(「……此処の職人も、脈々とその血筋と技術を受け継いできたのだろうか」)
 どうぞ、と聞こえて来たぶっきらぼうな声に、司はふと我に返り――そうして、がたがたと音を立てて木戸を開いていった。途端、ふわりと甘い飴の香りが鼻をくすぐり、何処かレトロな丸ストーブの上では、しゅうしゅうとヤカンが湯気を吐き出しているのが見える。
(「ぁ……、何だか、懐かしい……感じ」)
 そのちいさな飴細工工房は、歴史を感じさせつつも大事に使われているのが窺えて――銀冠・あかり(夢花火・e00312)は、かつて過ごした日々を思いそっと相貌を和らげた。
 思い出すのは火薬の香、それは祭のさざめきを運んでくるもの。祖父を慕い飴細工職人となったと言う工房の主――朱堂・雪乃の境遇は他人事に出来ず、あかりは彼女の力になりたいと強く願った。
「受け継ぐって、絆だよね。そうしてずっと繋がってきたのかな……」
 一方で、ぐるりと工房を見渡す天見・氷翠(哀歌・e04081)は、目に見えないそれについて想いを馳せ、その菫青石の瞳に微かな悲哀を宿らせる。血の繋がった家族も、身近なひとびとも――彼女は幼い頃に全て喪ってしまったけれど。それでも今は新たな絆を、大切なひと達と共に築くことが出来た。
(「朱堂さんの絆に触れて、それを守れたら……」)
 そんな氷翠の想いに気付いたヴェヒター・クリューガー(葬想刃・en0103)が、一緒に頑張ろうなと頷く中――一行は挨拶をしてから雪乃に事情を説明して、弟子入りをしたいのだと願い出る。
「職人の技術……とても素晴らしいものです。彼奴等が何を考えているのかは知りませんが、それを簒奪されるのは宜しくありません」
 普段の快活さを漂わせつつも、アリシア・クローウェル(首狩りヴォーパルバニー・e33909)は礼節を欠かさぬよう確りと振る舞い、人付き合いが不得手そうな雪乃にも臆せず対応していった。
「それに作戦とは別に、私は飴細工好きで……やってみたい」
 真摯な表情で氷翠がそう告げると、保村・綾(真宵仔・e26916)も猫耳をぴんと立てて、雪乃を守りたいのだと精一杯背伸びをする。
「職人さんの技術をすぐになんてとんでもない事だけれど、出来る事は十全にやるのじゃ……!」
 ――その綾のひたむきさ、そして修行の難しさを理解している様子に雪乃は感じ入ったようで。彼女は一行に向き直ると、数日間の修行を行うことを告げて、よろしく頼むと深々とお辞儀をした。

●その手が生み出す飴細工
「家事は好きですが、飴作りは初めてですね……」
 そうして早速、熱した飴と向き合うキアラ・カルツァ(狭藍の逆月・e21143)は、捏ねることで風合いを変えていく様を興味深く見つめていて。仲良しのキアラと一緒に頑張ろうと、フリューゲル・ロスチャイルド(猛虎添翼・e14892)はきらきらと瞳を輝かせながら、鋏や串などの飴細工道具の使い方を習っていた。
「先生に認めてもらえるように、ボクがんばるよ!」
 子供らしく、興味を持ったことには一生懸命に取り組むフリューゲルは、一つ一つきちんと覚えていった成果が現れてきたようだ。徐々に思うような形が作れるようになってきた彼は、手元の写真を参考にしながら友達の姿を飴にしようと奮闘している。
「リューくんのお友達は……ドラゴンさん?」
「うん、鈴蘭って言うんだよ! 喜んでくれるといいなぁ」
 ふわふわの毛並も上手く表現された鈴蘭とは、フリューゲルの友達のボクスドラゴンだ。キアラはどんなの作るのー、と話題を振られた彼女はと言えば、一枝に咲く桜の花を丁寧に作っていた。
(「本当は藤も作りたかったんだけど……」)
 藤も桜も、キアラが姉と慕う大好きなひとを思わせる花だ。そんな風にして和気藹々と飴作りをするふたりを眺めながら、ヴィルベルも作るのであれば――花が良いかと指先を滑らせた。
(「薄く儚いけれど、だからこそ綺麗な花弁を束ねたい」)
 ――甘く溶けていく花のかたちは、薄紫の薔薇。捻れ磨き上げられて生まれていくその花弁は、まるで己の角か心そのもののようだと彼は思う。
「折角作るなら、純粋に綺麗なものを作りたいですね」
 一方のアリシアは、自分になら出来ると信じて集中力を高め、雪乃の所作をじっくりと観察しながら細工の技術を磨いていった。独創性も出そうとアリシアが作った飴は鯉――流線形の美しさにこだわり、水の中から昇っていくようなシャープさは、芸術作品としても高い完成度を誇っていると雪乃も驚いたようだ。
「デザインや透明感、艶、シャープさなど技術の正確さ……洗練されているか」
 事前に書物で下調べしていた司は、それこそが飴細工の品評会で重視される要素なのだと知った。そう、かたちの美しさは理解出来るのだが――雪乃が言う感性と言うのが、正直彼にはよくわからずにいる。
「……自分が綺麗だと、誇れると思うものを作れば良い、ということだろうか」
 ふと視線を巡らせた先には綾が居て、彼女はお手伝いに来てくれた千歳と一緒に、熱々の飴と格闘していた。
「アメがあつい……! けれど素早く丁寧に……!」
「そうそう、どんどん固まっちゃうから手早く手早く、ね」
 慣れると熱さも平気になるんだけれど、と呟く千歳は、飴屋を営むだけあって手際が良い。日頃から色々な飴を見せて貰っている綾は、あねさま――千歳の作る飴のように綺麗で美味しくて、幸せな気持ちになれるものを作れたらと思っているようだ。
「作ってくれる職人さんは、ステキな魔法使いみたいなのじゃ!」
 だから食べた人が喜んでくれる姿を思い浮かべて、綾は飴作りを続ける。モデルにするのはかかさま――ウイングキャットの文で、可愛らしい猫の飴を見た千歳は雪乃との世間話を止めて、綾の頑張る姿に魅入っていた。
「……ステキな魔法使い。私もお爺ちゃん、否、師匠の飴作りを見て、そう思っていたな」
 ぽつりと呟かれた雪乃の言葉に、あかりはそっと顔を上げて。己をじぃっと見つめる澄んだ青の瞳に促されるようにして、雪乃はぽつぽつと思い出を語り始めた。
 ――手の中で自在にかたちを変える飴を見ると皆笑顔になって、泣いていた子もいつしか泣き止んでいた。思い描いたものがかたちになる喜び――自分の為にたったひとつの飴を作ってくれるのが、特別な感じがして大好きだったと雪乃は言う。
「その……俺も、祭りの屋台で……よく、見てましたっ」
 顔を綻ばせるあかりは、月下香を白黒の羽が囲う意匠の飴を根気よく作りながら頷いて。雪乃から細部についてのアドバイスを受けつつ、完成度を高めていった。一方で氷翠が作るのは、梅と雪結晶にお月様――雪月花を思わせる飴細工だ。
(「淡く控えめに、飴の持つ透明感を大事に……かな」)
 こうして見ていると、皆それぞれに作り上げるものは違う。その違いこそが感性の違いなのだろうかと思った司は、知らず雪乃に問いかけていた。
「……雪乃、桔梗の花を作る事はできるか?」
 時間も技術も足りないかもしれないが、いつか渡したい人がいるのだと――そう言った司に、雪乃はお前次第だとだけ静かに返す。
「できるか、ではなく。お前が作りたいと思うのなら、それでいい」
 ――そうして修業期間は瞬く間に過ぎていって、最後に其々がこしらえた飴細工を確認した雪乃は、合格だと頷いた。
「朱堂さん、修行楽しかったよ。受け継いだ絆、教えてくれて、ありがとう」
 最後に氷翠が伸ばした手を、雪乃が照れくさそうに握りしめた後――一行は飴細工職人として、螺旋忍軍を迎え撃つことになったのだった。

●月夜にさよなら
 その日は雪がちらつく寒い夜で、敵を誘き出す場所は事前にあかりやヴィルベルが下見をしていた、近所の空き地に決めておいた。そうしてお客を装って現れた、螺旋忍軍の青年たちに一行は職人として対応――質問にもそつなく答え、作成した飴細工を見せて作り方を説明すると、彼らは本物の職人であると信じたようだった。
「それじゃ次は、一人ずつ詳しく教えるから……材料の買い出しに一緒に行こうか」
 やがて頃合いを見てから、さりげない様子でヴィルベルが相手を引き離し、一行は二手に分かれて螺旋忍軍を工房の外へと連れ出す。その間にも軽い世間話をして、怪しまれぬように応対するのも忘れない。
「そう言えば、どんな飴細工を作りたいのかな?」
「……今にも羽ばたきそうな、蝶の飴を」
 意味深に告げた螺旋忍軍の答えにも、ヴィルベルは表情を変えず鷹揚に頷いた。そうしている内に、工房に残ったもう一方の仲間たちも、そろそろ十分に離れた頃と判断して行動に移る。
「うーん、ちょっと買い出しに時間かかってるみたいだし、先に道具の手入れの仕方覚えちゃおっか」
 自然な様子でフリューゲルがそう声を掛けると、氷翠は飴に屑等が混入しないよう、手入れ道具は別所に置いているのだと付け加えた。ならば――と司は皆に素早く目配せをして、被害が出ない場所まで連れていくことにする。
「……さて、ここなら雪乃さまの工房も巻き込まないのじゃ」
 ――そして一方、先に誘導を終えた綾たちは螺旋忍軍を逃がさないよう取り囲み、敵が状況を把握する前にアリシアが刃を閃かせた。
「飛んで火にいる何とやらとはよく言いますが……貴方達にはここで果ててもらいます」
 理由はおわかりですね、とあくまで丁寧に告げる彼女は、今や隠し切れぬほどの殺気を纏わせていて――可憐な首切り兎は魂を喰らおうと、月夜に鮮やかな飛沫をはね上げて踊る。
「貴様らは……職人では無いのか?!」
 動揺しつつも螺旋忍軍は手裏剣を構えるが、連携を得意とする分、単独での戦いでは上手く力を発揮出来ないようだ。明らかに精彩を欠いた敵の動きを見たヴィルベルは、手早く片付けて合流しようと頷き、万花の精霊を召喚して数多の黒薔薇を差し向ける。
「咲き誇り、散り誇れ……愚者の薔こそ貴様に相応しい」
 その足を縫い止められつつも、敵は螺旋の軌跡を描いて手裏剣を放つが――その一撃はキアラによって防がれた。鎮魂歌をうたう彼女が生み出すのは、皓い焔――それは浄化の光となって己の傷を癒し、その間にも綾は文と協力して、星々を駆けるかの如く身軽な蹴りを放つ。
「かかさま、一気に決めるのじゃ!」
 流星の軌跡を描いて綾の踵が叩きつけられると同時、文の鋭い爪が螺旋忍軍に襲い掛かった。それでもふらつく足取りで敵は立ち上がろうとするが、其処であかりが意を決して、手持ちの式札を一斉に展開する。
「ぇと、ぁの、俺、これからミルさんとお出かけの予定があるんです。だから……」
 と、懸命な様子で彼が伝えるのは、大切なひとが如何に素敵で、一緒に居ると楽しいかについて。そんな訳で待ち合わせに遅れたら大変と、あかりはありったけの鬼火を召喚して標的に突撃させた。
「その、つまり……ミルさんは最高です!」
 ぐふぅと呻いて、無粋な輩が燃え尽きたのを見届けたヴェヒターは『お、おう』と頷き、あかりの邪魔だけはするまいと決意したようだ。
 そんなこんなで素早く片割れを倒した一行は、もう一方の仲間たちの元へと合流――其方も上手く敵の攻撃を凌いでいたようで、絶望しない魂の歌をうたうフリューゲルが、槍騎兵の一撃を確りと受け止めていた。
「雪代、皆を守ってくれ」
 相棒のオルトロスにひと声かけてから、司は具現化した光の盾でフリューゲルを防護する。それでも回復が追い付かない時は、駆け付けたビートが施術を行って助けてくれた。
「大丈夫! きっと上手くいきますよ」
 うんと氷翠は彼に頷いて、御業を操り敵を呪縛していく。其処へ飛び出したのはアリシアで――両の手に握られたナイフが禍々しい輝きを放ち、血塗れの舞を艶やかに繰り出した。
「アリシアが刻んであげるんです。むしろ喜びながらあの世に行くといいでしょう」
 ――できるだけ、いい声で鳴いてくださいね? そして月に狂う獣の囁きと同時に、銀の刃が獲物を刎ねた。

●祭が近づく神社にて
 こうして無事に飴細工職人の命は守られ、避難していた雪乃は皆に感謝の言葉を述べた。良かったら近くの神社にも寄っていって欲しい――そう言って手を振った彼女と別れてから、一行は間もなく新年を迎える境内をのんびりと散策することにした。
「リュー、凄いな。友達たくさんなんだね」
 フリューゲルの誘いを受けてやって来た蒼志は、鈴蘭のご主人様で。彼の頭の上に乗っかる竜の姿を、キアラとセレスが微笑ましく見守っている。
「ね、ね、これ僕が作ったの、鈴蘭にあげるねー!」
 其処でフリューゲルは、修行の成果の飴細工を取り出して――自分そっくりの可愛い飴を貰った鈴蘭は大喜びの余り、蒼志の頭からフリューゲルの頭へと転げ落ちていった。
「ふふ……あ、少しは上手にできたから、私もお姉ちゃんにプレゼント」
「わ、すごい。キアラは本当器用ね。凄く嬉しい」
 と、キアラも姉を想って作った桜の飴細工を贈り、セレスはゆっくりと、飴を片手に屋台の準備が進む境内を歩いていく。新年を迎えれば、此処も人でごった返すのだろう――焼きそばや綿飴にリンゴ飴、思い浮かべればお腹も空くと言うもの。
「千歳あねさま! 綾、ネコのアメ作ったのじゃ! どうじゃろう……?」
 一方で綾も千歳に飴細工を披露し、良かったら食べて欲しいのだとどきどきした様子で感想を待つ。綾から飴を受け取った千歳は、ふわりとした笑みを浮かべて――上手に出来ているわと言って優しく髪を撫でた。
「流石、猫の特徴をよく掴んでいるわよね。特訓の成果が出て良かったわね、綾」
「うむ、千歳あねさまのアメも美味しいけど雪乃さまのアメも……あっ、う、浮気じゃないのじゃ!」
 ――そんな綾たちの賑やかな声を聴きながら、元気な猫がいたなあとヴェヒターは氷翠に笑いかける。遠くでアリシアが散策しているのを捉えつつ、氷翠は雪乃から貰った飴を神社に奉納していった。
(「どうか、悲しむ人が少なくあります様に。痛む人々が和らぎます様に……」)
 鈴の音を響かせて氷翠が祈りを捧げる中、ヴェヒターもひよこ飴を奉納して神妙な様子でそれに倣う。――どうか、隣にいる彼女の哀しみも和らぐように、と。
「……ありがとう、司。これ、犬ですか」
 やる、と言われて鼎が受け取ったのは、司が作った飴細工――の失敗作だった。問いかける通り、ちょっと歪んだそれは犬のように見えなくもないが、嬉しそうな気配を隠さない鼎に司は溜息を吐く。
「……おい、なんでそんなに嬉しそうなんだ」
 それには答えず、鼎はちょこちょこと司の後をついて行って――やがてふたりは、並んで神社の前まで辿り着いた。
「願掛けが出来るのでしたっけ。司、何かお願いするんですか」
 僕等が神頼みするのは何だか面白いと呟く鼎に、司は逆だろ――とぽつりと零す。
「俺たちだからこそ、神に祈るんだ」
 ――お疲れ様、と互いを労うのはあかりとミルフィーユ。すげぇカッコ良かったと言いつつ、自分の頬を軽く引っ張るミルフィーユへ、あかりはおずおずと手作りの飴細工を差し出した。
「少し歪、ですけど……貰ってくれます、か?」
「あーぁ……もっとイイもん作れよ、バーカ」
 そう返しつつも、飴細工をくるりと回すミルフィーユの顔には笑みが零れて。白い翼の細工に愛おしげにキスをする彼は、この世で一番幸せだと言って空を仰ぐ。
「俺も、いつか……彼女みたいに、立派に跡を継げるのかなぁ……」
 祭の足音が聞こえそうな神社の石段で、不安げに瞳を揺らすあかり――そんな彼の掌へ、ミルフィーユはそっと口づけて天使の祝福を与えた。
「なぁ、今より更にキレイな花火が空一杯に上がるの……俺に見せてよ」
「……ミルさん、その。俺、頑張るね」
 ――これ、俺が作ったの。そう言って薔薇の飴細工を手渡すなんて、まるで告白みたいだなとヴィルベルは苦笑する。
「まさかお前から、花を贈られるとは思わなかった」
 釣られて笑うナディアも、きっと深い意味などないと知っているのだろう。けれど甘い花は彼らしいと頷き、ふたりは暫しの間、手を合わせて神様との内緒話を楽しむことにした。
「どんなお願いした?」
「……人に言うと効力が薄れるから、秘密だ」
 素っ気なく答えたナディアは、踵を返して参道へと歩き出す。どうせ自分の願いは教えてくれないんだろうと、ヴィルベルを見つめる瞳に、少しの不満を湛えながら。
(「……願う事など、思いつかなかったよ」)
 ああ――けれど、素直に聞けるようにと願うのも良かったかなと。夜空に輝く月を見上げながら、ヴィルベルは静かに吐息を零した。

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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