キリギリスは憧れを失った

作者:青葉桂都

●公園の枯れた草原に
 街中にある広い公園ではもう草も枯れ、花壇にはテープがはられていた。
 冷たい風が吹く夜、それは音もなく公園に現れた。
 中心にいるのは1人のシスター。
 さらには3体の巨大でグロテスクな魚が周りを囲んでいる。深海魚を思わせる姿だが、その体長はゆうに2m以上もあった。
 死神と呼ばれるデウスエクスだと、ケルベロスならば気づく者もいただろう。シスターももちろんその仲間だ。
「そう……ここで、ローカストの戦士がケルベロスに殺されたのね」
 うっとりとした声を出したのはシスターだ。
 阿修羅クワガタさんと気のいい仲間たちがケルベロスたちと戦ってからもう数ヶ月も経過していた。この公園はローカストが戦いを挑んだ場所の1つなのだ。
「同胞を守れろうとして、力及ばず敗れた……ああ、いったいどれほどの無念に襲われたことでしょう」
 夢見るようにシスターは語る。
「ねえ、この方を回収してあげて。きっと楽しいことが起こると思うの」
 命じられた深海魚たちが、禍々しい光を放ちながら踊り始める。
 シスターは満足げに微笑んで姿を消した。
 やがて、深海魚たちの踊りが空中に魔法陣を描き出した。
 キリギリスの特徴を持つローカスト。だが、生前よりも腕や脚が奇妙なほどに黒く、太くなっていた。まるで鉄柱のように。
 透明だった羽もねじくれて黒が混ざり、ひしゃげた金網を無理やり羽の形にしたように見える。
「チェイン……グラビティ・チェイン……集め……なきゃ……よぉ……」
 うわ言のように呟きながら、ギリキンという名だったローカストの精鋭は動き出した。
 だがそこに、阿修羅クワガタさんに憧れた男の姿はもはやなかった。

●サルベージを阻止せよ
 数ヶ月前、阿修羅クワガタさんと気のいい仲間たちの1体が挑戦してきたとある都市の公園で、女性型の死神が確認された。
「阿修羅クワガタさんの配下を死神がサルベージするかもしれないと思って調べていたんです。そうしたら、『因縁を喰らうネクロム』という死神が動いているのがわかりました」
 ポート・セイダーオン(異形の双腕・e00298)は集まったケルベロスたちに説明した。
「ネクロムさんはアギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)さんの宿敵で、翼持つシスターの姿をしています」
 深海魚の姿をした死神がデウスエクスのサルベージをしていたことは、ケルベロスの間でも有名だろう。それを命じていたのはネクロムだったようだ。
「殺されたデウスエクスの残滓に、死神の力を注いで変異強化し、戦力として持ち帰るのがネクロムさんの目的です」
 急いで現場に向かい、阻止しなければならないとポートは告げた。
 ドラゴニアンのヘリオライダーが、ポートの調査から予知した情報をケルベロスたちへと語り始めた。
 サルベージが行われるのはとある都市の中心部にある広い公園。サルベージされるローカストがケルベロスに挑戦した場所だ。
 広く四角い草原の四隅に花壇がある。もっとも、冬なので花壇に花はなく、進入禁止のテープで囲われている。
 夜間の公園ということで一般人の姿はほぼない。念のための避難勧告も出ているので、戦闘に人を巻き込む心配はしなくていい。
 今から向かえば、サルベージされた直後には現場に到着できるはずだ。
「敵はキリギリスのローカストで、ギリキンと名乗っていました。元はケルベロスに正々堂々勝負を挑むような性格でしたが、今は知性を失って暴れまわるだけになっています」
 先日までローカストが餓えて暴走する事件も起きていたが、敵の状態はそれに近い。
 攻撃手段は3つある。
「まずはローカストダークナイトキック。防具を破壊する強烈な蹴りです。体力で劣る方が受ければ一撃で倒れることもあるでしょう」
 非常に強力だが、他の技に比べると多少当たりにくい。といっても、運がよければかわせることもあるという程度の話だが。
 両腕が生前より巨大化しており、それで敵を捕えようとすることもある。力任せにねじ上げられた傷は、治癒しにくくなる。
 また、羽をこすり合わせて絶望と死を想起させる曲を奏でる範囲攻撃を行うこともある。身も凍るような調べは、本当に聞く者の体を氷漬けにする。
「怪魚型の死神もその場に残って戦うようです。3体いて、噛み付いて生命エネルギーを奪い取る攻撃をしてきます」
 他に、泳ぎ回って態勢を立て直したり、怨念を集めた弾丸を爆発させて毒を撒き散らす範囲攻撃なども行ってくるようだ。
 ヘリオライダーが説明を終えた。
「以前の戦いでは、一般人に警告している間待っていてくれるような方でしたが、今なら容赦なく襲いかかってくるんでしょうね
 ポートは静かに首を振る。
 菩薩キリギリスと呼んで欲しいと望んだり、阿修羅クワガタさんへの憧れを語ることももうないのだろう。
「死神の戦力増強を放置はできませんし、おそらくは本人のためにもなると思います」


参加者
アギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)
ポート・セイダーオン(異形の双腕・e00298)
イグナス・エクエス(怒れる獄炎・e01025)
天月・光太郎(そらとほしとよるの果てで・e04889)
ノーザンライト・ゴーストセイン(ヤンデレ魔女・e05320)
志藤・巌(壊し屋・e10136)
メドラウテ・マッカーサー(雷鳴の憤怒・e13102)

■リプレイ

●夜の公園へ
 冷たい空気に覆われた夜の道を、ケルベロスたちは走っていた。
「敵とはいえローカストのサルベージは、どうにも複雑だな」
 言いながらも、アギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)の無表情からは、仲間たちは複雑な感情を読み取れなかった。
「……これをあの時(前回依頼)の皆が知ったら、どう思うのでしょうね」
 愁いを帯びたポート・セイダーオン(異形の双腕・e00298)の横顔に、ノーザンライト・ゴーストセイン(ヤンデレ魔女・e05320)が呟く。
「……決まってる」
「そうですね。互いの思いを熱くぶつけ合ったあの戦いを、あの時の思いを、これ以上汚させるわけにはいかないんです……!」
 意見はそれぞれであれど、少なくとも正々堂々戦おうというローカストの気概を否定する者はいなかったはずだ。
 ケルベロスたちは公園へと踏み込む。
 公園を照らしている街灯は、お世辞にも明るいとは言えなかったが、ケルベロスにとっては十分なものだ。
 暗く、冷たい公園で死神たちがキリギリスのローカストを囲んでいるのが見えた。
 すでに復活はなされているようだ。
「アリとキリギリスの童話は読んだことがあるけれども、あのキリギリスは随分と働き者のようね? 還してあげましょう、ギリキンの憧れてやまない阿修羅クワガタの下へ」
 ローザマリア・クライツァール(双裁劒姫・e02948)が向けるマリンブルーの瞳の先では、凶悪に変貌したローカストが獣のように息を吐いている。
 ケルベロスたちに気づいた死神たちが散開すると、ローカストの姿は皆の眼にはっきりと見えるようになった。
「かつての気のいい連中では無くなってしまったんだな。変わり果ててしまった姿を見るのも忍びない。死神の好きにはさせないぜ」
 暗視機能のついたゴーグル越しにイグナス・エクエス(怒れる獄炎・e01025)が地獄化した腕に武器を握る。
「正面から戦うのが好きなんでしょう? 私達が相手になるわよ」
 メドラウテ・マッカーサー(雷鳴の憤怒・e13102)の声で敵の存在に気付いたのか、ギリキンがケルベロスたちのほうへ足を踏み出す。
 きっと、もうこのローカストは戦いを楽しめないのだろう。ならばこそ、メドラウテはこの戦いを楽しもうと考えていた。
「阿修羅クワガタさんと気のいい仲間達、か……。デウスエクスにしては筋の通った奴らだと思っていたが、まさかこんな形で相対する事になるとは」
 志藤・巌(壊し屋・e10136)は鋭い眼光をギリキンへ向け、油断なく身構える。
「元々は敵だったとは言え、ああいう気のいい奴らが死んでからも使われてるのは忍びないってね。その操る楔、断ち切らせてもらおうか」
 天月・光太郎(そらとほしとよるの果てで・e04889)も前衛に出ると、剣を向けた。
「まァ、いいさ。きっちり壊してやろうぜ、天月」
 巌に声をかけられて、光太郎はうなづいた。
 ポートやイグナスも前衛に出て敵を迎え撃つ態勢を整えた。
 静寂の中、ノーザンライトがコインを弾く音が響く。
 その意味が分かるのは、かつてギリキンとの戦いに加わった者だけだろう。
 戦いの始まりを告げるものだったコインが落ちるのを待たず、咆哮のような叫びをあげて、ギリキンが跳躍した。

●死神たちを討て
 高々と跳躍したローカストは、イグナスへ向けて落下してきた。
 それを、巌がとっさに体で受け止める。
 数歩後ずさった巌に向かって死神たちが怨霊の弾丸をばらまいてきた。
 弾は炸裂し、前衛に立つケルベロスたちを巻き込む。
 ポートは毒を浴びながら、地獄化した双腕に地獄の炎を宿す。
「彼は変人でしたが、義を知る男でした。友のために戦う男でした。正々堂々を好む男でした」
 呟くたびに両腕に炎が燃え盛る。
「だから……わたし達の手で終わらせましょう。眠らせましょう。それが、かつて彼を倒したわたし達に出来ることです」
 ただ、憤りを感じていても、ケルベロスたちは感情に流されることはしない。
 まず狙うべき敵は、取り巻きである死神たちだ。
「止めます、必ず。……皆さん、すみませんが協力よろしくお願いします」
 言葉に答える間も惜しむように、ノーザンライトが氷河期の精霊を呼び出した。
 氷が魚たちを覆ったところへイグナスが2本のハンマーを振り下ろして爆発させ、さらに炎にも包む。桜吹雪の幻影をまといながらローザマリアも刀を死神たちに一閃させた。
 攻撃の間にアギトと巌は紙兵を作り出し、光太郎は星座の守護を展開して前衛たちを守らせている。
 ポートは仲間たちの守護が毒を軽減してくれるのを感じたが、それでも怨霊は体内で暴れて体力を削り取る。
 だが、彼女は苦痛を表にあらわさず、死神たちのうち1体に向かってバトルガントレットを装着した両拳を繰り出した。
「……燃えなさい!」
 地獄の炎に燃え上がる両手の爪が深海魚を引き裂いてさらに炎の勢いを強める。
 笑みを浮かべて放ったメドラウテのミサイルも、死神たちを捉えていた。
「敵は近接の間合いにいるわ。ただ、ギリキンが少し前に出てきているわね」
 死神たちが中距離を保って戦おうとしていることをローザマリアは仲間たちに伝える。とはいえ、積極的に前進しているギリキンは逆に範囲攻撃に巻き込めなかったようだ。
「どうやら威力よりも攻撃の効果を重視しているようだな」
 イグナスも仲間たちに伝える。
「ほっとくときついことになりそうだな。俺はギリキンを止めるから、予定通り魚を片付けてくれ」
 巌はローカストの眼前まで進み、対峙する。
 キリギリスの羽が奏でる不協和音は耳を抑えたくなるほどだ。
「……そんな姿にされて平気なのか?」
 言葉にグラビティ・チェインを乗せて、巌は呼びかけた。
 直接的な罵倒でないのは、誇り高き戦士であったという彼への最低限の敬意だ。
 仲間たちが死神に攻撃している間、ローカストを引き付けるのが彼の役目だ。
 守りを固めて攻撃を待ち受ける彼の体を、敵は異常な膂力でつかんできた。
 筋肉のしっかりとついた頑丈な肉体がまるで布切れででもできているかのようにひねりあげられ、締め上げられる。
「なるほど、すげえパワーだ。だが、やられるつもりはないぜ」
 バンダナのすぐ下で巌の鋭い眼光が敵の顔をにらみつける。
 両腕に力を込めてわずかにこじあけ、転がるように攻撃から逃れる。後方から飛んできた気が巌の体に活力を与えてくれた。
「ディアブロッサか……助かるぜ」
 アギトの回復であることを察し、巌は肩越しに手だけで謝意を示した。以前共に戦った時も頼りになる男だったが、今回も助けられることになりそうだ。
 巌がギリキンの攻撃を引き受けている間に、残る仲間たちは死神に攻撃を集中する。
 時折攻撃が外れることもあったが、イグナスが散布したオウガメタル粒子が仲間たちの感覚を覚醒させて、命中率を高めていた。
 メドラウテは宙を泳ぎ回り、回復を試みる深海魚たちに笑みを向ける。
 けれども笑っているのは表情だけだ。
「貴方達も使われているだけの使い捨てというところかしら?」
 死神たちにかける言葉は冷ややかなもの。
 泳ぎ回って振り切ったはずの氷を、ノーザンライトが飛ばした星座の幻影が再び死神たちに与え、ローザマリアの時空凍結弾がさらに強化する。
 そして光太郎は回復した敵の体力を、降魔の拳で奪い取った。
 メドラウテも軽快な動きで草の枯れた地面を蹴り、泳いで離れた敵との距離を詰める。
「まあ、うざったいから。消えてくださる?」
 移動しながら、彼女の白い肌が開いてミサイルポッドが現れていた。狙いをつける様子もなく無造作に放ったミサイルが、死神たちへと次々に着弾する。
 2体の深海魚が土煙の中から這い出てきたが、残る1体はそのまま動かなくなった。
 範囲攻撃で傷ついていた残る2体もすでにかなり弱っている。
 傷ついた敵がポートに食らいつき体力を奪おうとするが、一方は光太郎が受け止めた。
 イグナスの竜砲弾が止められた1体の動きを止める。
「崩れる。壊れる。砕ける。消える。無常の理、其の身に受けて……!」
 止まった瞬間、ポートの異形の腕が深海魚をつかんだ。叩き、潰し、ねじり――そして、最後に2つに引き裂いて、2体目を倒す。
 ノーザンライトは怒っていた。
 表情の変わらない彼女は、きっと見た目にはなにも考えていないように見えただろう。
 ……いや、実際なにも考えてはいなかった。怒りで頭が真っ白になっていたからだ。
 最後に残った死神が追いつめられるまでさしたる時間はかからない。
「目覚めろ獣の血よ。宿れ月の魔力よ。唸れこの手足……ウェアライドアーツ」
 泳ぎ回って回復しようとするがもはや焼け石に水。
 月の魔力を取り込んだ魔女が、狙いすました動きで泳ぐ先に回り込む。街灯の暗い明かりの中、光が幾度も線を描き、そのたびに打撃が敵を捕らえる。
「だから死神は、大嫌い」
 冷めやらぬ怒りの中、ノーザンライトは消えゆく死体を踏みつけた。
 ギリキンはまだ巌と対峙していた。
「菩薩キリギリスの代理。ギリキン……葬ってあげる」
 ノーザンライトはもう聞こえていないであろうローカストに告げた。

●再び無に還る
 戦場に不協和音が響く。
 光線で氷漬けにされながら、物理的な衝撃すら感じるほどの音。あるいは、それを意に添わぬ戦いへの嘆きの音と感じる者もいるかもしれない。
「あなたにも戦いを楽しんで欲しかったけど、気持ちが乗ってないのは本当に残念ね」
 凍らせたメドラウテが楽しげに戦っているのは、かつてのローカストに対する手向けか。
 アギトは死者の行動に感傷を覚えはしなかった。
 生命の終わりを集めるレプリカントは、生きていた時と、甦らされた後の死は、分けて考えるべきものだと感じていた。
 だからこそ彼はただ、なすべきことをなす。
「その剣は敵を絶つに敵わず、その鎧は守護には適わず。されど決して守るべきものを背にして屈することは無い。故に我等は――紅札騎士団」
 開くのは幻想書館に収められた1冊。歪められたアリスの物語『D-ALICE』。
 届かなかった手を届かせるために生み出された歪な物語から、アギトは無数のトランプを呼び出す。
 死神たちは倒れたが、ローカストはまだほとんど傷ついていない。
 それでも、アギトに支えられ、あるいは自分自身で回復して激しい攻撃をしのぎ、ケルベロスたちは戦いを続けていた。
 ローザマリアの幻惑の一閃、イグナスの竜砲弾が深海魚に続いてギリキンを捕らえる。脚が止まった隙を逃さずポートが炎の爪で敵を引き裂く。
 ノーザンライトの連撃や光太郎のナイフもその効果を増幅していた。
 傷ついている巌は降魔の拳でギリキンから体力を奪い取った。
 メドラウテの構えたバスターライフルから放つ光線はグラビティを中和する。
「気を付けて、キックが来る!」
 ローザマリアが警告を発した時、ギリキンはすでに闇夜へと跳躍していた。
 中和されてもなお強烈な勢いでもって降下する。
 光太郎はとっさに狙われた巌をかばった。
 彼自身も死神との戦いですでに傷ついていたが、ローカストの攻撃を引き付けていた巌ほどではない。
 痛烈な蹴りを受けた光太郎の足が公園の土にめり込み、土煙と共に後退させられる。
 だが、光太郎はそれでも不敵に笑って見せた。
「誰も倒れさせねえし、やらせねえっての……! 交わり、震えろ癒しの鼓動……!」
 巌と自分の気を共振させる。増幅させた癒しの力が、彼の傷を癒す。
「すまんな、天月。だが、そっちは大丈夫なのか?」
「志藤さんよりはな。まだまだやれるさ」
 強がっているだけだと気づかれなければいいと、光太郎は思った。
 8人がかりの攻撃はローカストの体力を見る間に削り取る。だが強力な敵の攻撃に、ディフェンダーの2人は限界が近かった。
 次の攻撃に耐えきれるかどうか――そう考えた矢先のことだ。
 異様に肥大化した両腕で自らの体を抱き、ギリキンが自分自身の体を締め上げる。
 ローカストの豪腕が自分の体を破壊していく。
「……ギリキン?」
 ノーザンライトの平坦な問いかけ。だが顔を上げたローカストにあるのは狂気のみ。
「……そう」
「幻惑の剣に惑わされたみたいね」
 ローザマリアは自分の技が効果を現したことを察していた。
「わかってる。もし一瞬でも意識を取り戻したら、言いたかったことがあっただけ」
 ほとんど変わらない魔女の表情から心は読み取れないが、なにか思うところがあったことくらいはわかる。
 イグナスが地獄の炎で敵を食らわせる。
「ここで、止まりなさい……!」
 炎の中に踏み込んで、ポートの豪腕が傷ついたキリギリスの体を幾度も砕く。
 脚部を獣化したノーザンライトが跳んだ。
「真似に過ぎないけど……受けろ。ローカストブルースカイキック!」
 敵の蹴りと同じような体勢で叩き込んだ蹴りが敵をよろめかせた。タイミングを合わせてメドラウテが抜き撃ちに凍結光線を放つ。
 敵にも限界が近いのが見て取れた。畳みかけて、一気に終わらせるつもりでローザマリアも因果と応報を司る一対の斬霊刀の柄に手をかける。
「今度こそ、安からかに――もう、怠惰でいてもいいのよ」
 腕を重力から解放し、不可視の高速斬撃を連続して放つ。一閃ごとに街灯の明かりを反射して周囲に微かな煌めきを散らす。生じた真空波がローカストを切り刻んだ。
 最後の力を振り絞ったギリキンの攻撃を、巌がどうにか耐えた。
 だが、アギトは回復ではなく攻撃に回った。
 胸元から放つ光線がローカストを撃つ。
 イグナスは、アギトの判断は正しいと考えた。もう敵の反撃はない。
「死神に利用されない様に今度こそ完全に消滅させてやろう。それが手向けだ。喰らえ! ブレイジングエグゼキューション!」
 炉心の出力を限界ギリギリまで高める。
 集中したエネルギーに地獄の炎を上乗せし、弾丸のごとく接近。
 掌底で叩き込んだ炎がギリキンの体内を駆け巡り、各所から吹き出した。

●死者は炎の中に
 獄炎は夜の闇をあかあかと照らし、そしてローカストは炎の中に消え去る。
「生前、最期にくれた気遣い……ありがと。でも、やっぱ生きて欲しかったな。本当に、さようなら」
 消えていく炎へとノーザンライトが告げた。
「Do widzenia、働き者のキリギリスさん」
 ポーランド語でさようならを意味する言葉を、ローザマリアがかける。
「生きてる奴を殺して、死人も殺して、何度死なせればいいのやら、だ。次はいい人生を歩めよ」
 アギトが大きく息を吐いた。
「……おやすみなさい。静かに、眠ってくださいね」
 ポートも静かに一礼する。
 口々に言葉をかけるケルベロスたちに、応じる言葉はない。
 炎が消えると、もう死者の痕跡は残っていなかった。
 けれど、死者が安らかに眠ることを望まぬ者は、おそらくいなかった。

作者:青葉桂都 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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