めしがたり

作者:遠藤にんし


 広めの店内には程よくテーブルが配置されている。
 テーブル間のしきりの代わりに置かれた本棚には、グルメ漫画がぎっしりと置かれている――傍目には、ごく普通のカフェレストランといった風合いだ。
 ごく普通の、居心地の良さそうな飲食店……だというのに潰れてしまったのには、理由がある。
「みんな好きだろ、飯語る系マンガ……流行ってるんじゃないのかよぉ」
 恨めしそうに呟くのは、店主の男性。
 そう、ここでは供された料理の美味さを全力でアピールする、コンセプト系カフェたったのだ。
「コンセプトはウケたと思うんだよ……問題は……」
 一体何がいけなかったのか、と本気で考えだす元店主。
 その背後から現れた第十の魔女・ゲリュオンは、背後から彼の心臓を鍵で突く。
「あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 命までは奪われなかったが意識を刈られ、倒れる男性。
 そのすぐそばに出現するドリームイーターを見て、ゲリュオンは唇を歪めるのだった。
 

 説明に、小瀬・アキヒト(オラトリオのウィッチドクター・en0058)は複雑な表情。
「面白いコンセプトだな……でも」
「ああ。売れそうにはない」
 高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)はうなずいて、ケルベロスたちへと呼びかける。
「店を潰してしまった店主の『後悔』を利用するドリームイーターが現れた。これを倒すのが、今回の目的だ」
 ドリームイーターは店主に扮し、店の近くを通りかかる人間を客として引き込もうとしているようだ。
「人通りの少ない道だから、一般人は巻き込まれずに済んでいるようだね」
 ここへ行けばドリームイーターと接触することが可能だろう。
「普通に戦って普通に勝つこともできるが、店を利用することでドリームイーターを弱体化させることもできる」
 店の利用――今回は、『食事をしながら同席者に美味しさを熱弁』になるだろうか。
「食べ物は店内でもある程度は用意できる……潰れてしまった店だから、キッチンを使ってしまっても構わないだろう」
 その他、持ち込むことも可能だという。
「店が潰れてがっかりしている人を、これ以上利用するのは許されないことだ。ドリームイーターを倒して、事件を解決して欲しい」


参加者
神崎・ララ(闇の森の歌うたい・e03471)
南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)
一津橋・茜(紅蒼ブラストヘイム・e13537)
颯・ちはる(悪徳・e18841)
天司・桜子(桜花絢爛・e20368)
サロメ・シャノワーヌ(ラフェームイデアーレ・e23957)
ミカ・ミソギ(未祓・e24420)
上里・藤(レッドデータ・e27726)

■リプレイ

●ごはんおいしい
「確かに面白いは面白いな、初めは」
 言いつつ、颯・ちはる(悪徳・e18841)はライドキャリバー・ちふゆに乗せていた材料をキッチンに置く。
「でもな……正直……面倒だろ、常時それ求められると」
 絶対に疲れるはず、と言いつつちはるはコンロに火を灯し、フライパンを乗せる。
 キッチンに低く響き渡る駆動音は、オーブンレンジから。レンジの中では、神崎・ララ(闇の森の歌うたい・e03471)の持ち込んだミンスパイを焼いている最中だ。
 無人で寂しげだったキッチンは、冬の気温もあいまって冷え切っていた――だが、ケルベロスたちが集まって作業をしていることで少しずつ温まってきた。
 炊飯器に寄り添って暖を取っているのはウィングキャットのクスト。ミカ・ミソギ(未祓・e24420)が炊飯器を開ければ、炊き立ての優しい湯気がミカの顔を包んだ。
 取り出したる茶碗は普通、隣に置く缶詰も普通――と思いきや、これらはゴージャスライフによって2割くらいパワーアップした品物たち。
「まずは定番さんまの蒲焼」
 湯気の立つご飯の上に蒲焼のつゆごと投下すれば、無垢な白米がじわりとつゆに染まる。
「照り映えるそれぞれのコントラストが既に美しい」
 常温保管できる缶詰は冷たくも感じられたが、白米に優しく包まれて温まりつつあった――そこを箸で掬い、かきこむ。
 込めの甘さ、蒲焼の塩気、さんまの風味……『食べている』を実感する、それは生きる実感にも似ていて。
「ツナもいいぞ」
 気付けば茶碗の中は空だったが、すかさずミカは米をよそい、ツナ缶(ゴージャス)を開缶。
「マヨ、醤油、卵、山葵、納豆、エトセトラ……」
 何と合わせてもいける柔軟性を持つツナ缶は、だというのに単体でもイケる。
 今日は醤油気分と醤油を垂らし、うんうん頷いてミカは食べ進める。
「うん、これこれ……こういうのがいいんだ」
「なるほど、美味しいね」
 どこか気品漂う箸使いでツナご飯(ゴージャス醤油)を食べていたサロメ・シャノワーヌ(ラフェームイデアーレ・e23957)も呟き、興奮の表明として上着のボタンを外す。
 ミカは無限に白米を食べているが、それを見越した量の米を炊いてある――煙を出すフライパンを前に支度を始めるちはるは、上里・藤(レッドデータ・e27726)へと声をかける。
「冷やご飯、分けてもらっていい?」
「任せてくださいッス!」
 炊飯器の中の白米は三等分。三分の一をもらったちはるは、手早く米を炒めだす。
 炒飯が仕上がるまでの間にと、一津橋・茜(紅蒼ブラストヘイム・e13537)はボイスレコーダーのスイッチをオンにしてから仰々しく丼を掲げる。
「デデーン!」
 効果音つきで出現したのは、邪神復かつ丼。
「今回ご用意したのはこのかつ丼! 蕩けるような甘さが円やかな風味と肉の旨味を引き出しています! ところでこの肉って何の肉ですかねぇ、牛っぽくはあるんですが」
「何ですかね……よく分かりません」
 南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)も食べてみるが、牛――に似ている、ということしか分からない。小首を傾げつつも、美味しいからと食べ進める夢姫。
 夢姫の丼が残りひと口くらいになった時、茜はぽつりと漏らす。
「ちなみに完食すると邪神が復活して胃袋が破裂します」
 ――夢姫が箸を取り落す音が、辺りに響き渡る。
「……HAHAHA、冗談です」
 爽やかな笑顔で茜が告げる頃には、炒飯も完成。
「頂きます」
 手を合わせ、藤はひと口――カッ、とその目が開かれ、口からは言葉が溢れ出る。
「これは、この適度に油を吸い込んで一粒一粒がパラッと炒められた見事な米……口のなかで解れるように広がっていきながらしっかりと存在感を主張する歯ごたえがまるで宝石のようだ――うまい!」
 ガッとスプーンに大きくすくい、食べ、すくい、食べ、赤茶けた瞳は爛々と輝く。
「だけどこのうまさは米だけじゃない! 風味が口内でふわっと弾ける角切りにされた豚肉、小さくされて食感を飽きさせないふわふわの玉子、よく火が通って甘みと旨みを凝縮したねぎ」
 夢心地から現実に引き戻すのは胡椒のスパイシーさ、と言葉は続く。
「胡椒というアクセントを加えられたこれらのコンビネーションが、スプーンを咥えた瞬間に口の中で暴れまわるんだ」
 がつがつと貪り、顔を上げ。
「わかるか」
「えっ」
 問われて戸惑い顔のサロメも、しかし食べれば唇を綻ばせて上着を脱ぎ捨てる。
「うーまーいーぞー!!」
 ちはるも叫び、笑顔を見せる。
「炒飯はしっかり熱したフライパンのおかげでいい出来栄え! 冷ご飯をレンチンして使ったのも良かったね! パラパラ! 具材も味見しつつ投入タイミングを測ったおかげでほんとにちょうどいい火の通り具合!」
 自画自賛しつつ、ちょこっと複雑な気分のちはる。
 藤の語りは、いまだ続いていた。
「ひとつひとつがそれだけで完成品のように仕上げられたパーツ、しかしそれらをまとめて一口で頬張るという贅沢――多彩な風味とコシのある歯ごたえが噛むたびに、嚥下するたびに、幸福感を演出するんだ!」
 長々とした語りに息を切らせば、すかさずララは冷水を満たしたコップを差し出す。
 喉を鳴らして水を飲み、藤は続ける。
「よく冷えた水で喉を潤して得られる清涼感がさらに炒飯を掻っ込む景気付けになるくらいだ」
 永劫に続けと願うばかりの幸福のひと時も、やがて終わりを迎える。
 ぱん、と手を合わせれば、ごちそうさまの合図だ。
「炒飯、ごちそうさまでした。めっちゃうまかったです!」
 三分の一のご飯を手に入れた天司・桜子(桜花絢爛・e20368)が作り出すのは、オムライス。
 チキンライスを手早く作り上げ、ララが割り溶いた卵を別のフライパンに広げて薄焼き卵。
「ミカさんには卵をプレゼントですよー」
 焼き鳥(たれ)の缶詰を食べているミカには薄焼き卵だけプレゼントで、オムライス風アレンジを提供。
「皆、お待たせだよー。オムライス出来上がったから、どうぞ沢山食べてねー」
 たっぷりのケチャップも添えて振る舞えば、ミカはそっちも食べたいとひと口を要求。
「ご飯づくしのようだが、サンドウィッチはどうかな」
 豊麗な胸元をあらわにしたサロメが作り出すサンドウィッチは、レタスとハムだけを挟んでいる。
「しっとりとしたパンに挟まれたシャキシャキのレタス……そして噛めばじわりと脂が染み出すハム」
 食感は三重奏でありながら、味はまとまりがあって実に美味。
 ご飯、パンと主食続きだったが、とちはるは餃子を焼きだす。
「美味しい! 肉! 肉汁! すげーです!!」
 目を輝かせて餃子を頬張る茜を見て、ちはるは満足そう。
「鶏から取った煮こごりをタネに混ぜたことで噛んだ時に肉汁が溢れるの!」
 レシピを聞いて、なるほどとララも感心した様子。
「加えて他の具材は野菜多めにしたのも正解! 満足感あるのに同時にあっさりしてるよ!」
 料理中も踏み台として利用していたちふゆの上で、ちはるは楽しそうに語る。
「口いっぱいに広がる旨み、正に絶品だね♪」
 まだまだ食べたりないとでも言うのか、ミカは小鍋を火にかける。
 鍋の中には汁ごとの鯖の水煮缶。
 くつくつと煮立った頃には深皿へよそい、煮立てる間に刻んだ長ネギを散らした上にバターを添える。
 最後に七味を添えれば、立派なおかずの完成だ。
「おお、美味しい!」
 桜子は思わず感嘆の声を上げる。
「缶詰も捨てたものじゃないねー」
 桜子の素直な称賛の声を受け、ミカは無表情ながらも胸を張るのだった。
 さて、食事の後にはデザートも欲しいところ。
 ぴったりのタイミングでオーブンレンジが音を立て、ララはミンスパイを手に現れる。
「さあ、召し上がれ!」
 フェスティバルオーラの効果もあってか、香ばしい焼き目のついたミンスパイは美味しそう。
「ミンスパイ、か。楽しみだよ」
 サロメに微笑みかけられて、ララは楽しそうに薀蓄を披露する。
「パイの中のフィリングはレーズンを多めにして、バターの代わりにスエットっていう牛の腎臓周りの脂を刻んだものを使ってあるの」
 昔はひき肉を詰めていた名残だそうよ、告げて、ララ自身もミンスパイをつまむ。
「んー、我ながら美味しいっ!」
 つられて桜子も口にして、あまり食べたことのない風味に目を細める。
「バターとも違うんだねー」
「これぞクリスマスって感じよね~!」
 クリスマスシーズンにはぴったりだと、ララは楽しく笑うのだった。


 ひときしり料理を楽しんだところで、ケルベロスたちは戦いに赴く。
 真っ先に動いたのは夢姫。
 翠玉の大鎌を振りかぶってモザイクを削り取れば、ドリームイーターも反撃しようと振りかぶる――そこを防ぐのは、サロメの仕事。
「お嬢さん、怪我はないかい?」
 美味しさに興奮するあまりあらわになった下着と、王子様めいた笑みはどこか対照的。ドリームイーターには凛とした瞳を向け、サロメは恋愛魔法を運用する。
「武器なんて、キミには似合わない」
 投げキスは魅了の魔法。
 魅惑の言葉と仕草にサロメがドリームイーターを惑乱させ、ミカも茶碗を置いて翼を広げる。
 青くあえかに光る翼の粒子が瞬き、制御機能を閾値限界にまで落とす――構成要素の変換・変換・変換・そして。
「振り切る、光閃の先へ」
 集束する光粒子量は上空から、そして藤は身を低めて囁きかける。
「畏れろ」
 溢れ出る水の暴力がドリームイーターを嬲り、恵みではなく奪い去るものとして顕現した。
 激しい水流に殴りつけられ、打ち据えられ、叩きのめされたドリームイーターへと、ララは歌声で立ち向かう。
「顕れるは世界のほつれ、導くは光の御標。――紡ぎましょう、あなただけの物語」
 クストの風がララの髪をふわりと広げる――幻影は、つい先刻の大阪城と、美食を前にしたケルベロスたち。
 合体する大阪城とケルベロス――そんな歌に背を押されるかのように、茜はブレスレット『赤獣の器』に手をかける。
「紅王クレナイノアカ――赤の手により我が血に染まれ」
 満ち溢れた赤のオーラは全身に。
 茜の右手がドリームイーターを切り裂けば、左手は引き裂く。
 ボタボタと地面にモザイクを垂らすドリームイーターへと肉薄するのは、ちふゆに騎乗するちはるだ。
 ちふゆは激しくスピンしてドリームイーターを轢き倒し、隙を狙ってちはるは真紅のリンゴをドリームイーターの口にねじ込む。
「美味しい美味しいリンゴなの! とっても刺激的な味なのよ!」
 その美味は、ヒトの、ケルベロスの、デウスエクスの理解を超えた味。
「……あの世まで飛んじまうくらい、な」
 処理しきれない情報に脳を破壊されるドリームイーターを取り巻くのは、花弁状のエネルギー体。
「桜の花々よ、紅き炎となりて、かの者を焼き尽くせ」
 愛らしい桜色は、桜子の命令によって紅蓮へと変わる。
 内側も、外側も破壊され尽くしながら、ドリームイーターはいまだデウスエクスとしての形を保っていた。
「これを避けらるかしら?」
 ならば、破壊してみせる――夢姫は告げ、幾枚かの手裏剣を同時に投げる。
 神速の一投は、一枚の手裏剣を投げたかのよう。
 一枚を避けてももう一枚が、それを避けてももう一枚が追い縋る――全てを避けきることなど、ドリームイーターには不可能なこと。
 螺旋影風車の前に破壊され、塵すら残さずに消えていくドリームイーター。
 綺麗に消えるその様子は、奪われた『後悔』が溶けていくようにも見えた。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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