ホワイト・ラビット・クリスマス

作者:絲上ゆいこ

●雪降る街の雪うさぎ
 綿のような柔らかい雪が街へとこぼれ落ちる朝。
 玩具の刀を片手にゴミ箱の中や路地裏まで覗き込み、何かを探し歩く少年。
「此処にもいないかー。……でも、でも! 僕が絶対にみんなを守らなきゃ……!」
 帽子をしっかりと被り直してから、少年――シルバは注意深く周りを見渡す。
「いるなら出てこい、雪うさぎ!」
 刀を抜いてシルバが叫ぶと同時に、彼の背より巨大な鍵が生えた。
 心臓を穿ったその一突き。
 しかし、彼の身体には傷ひとつ付くことは無い。
「私のモザイクは晴れないけれど、……あなたの『興味』にとても興味があります」
 少年より鍵を引き抜きながら呟いた、ボロボロの黒いローブに身を包んだ白い女。
 ――パッチワーク第五の魔女・アウゲイアスは、その場で崩れ落ちた彼を見る事も無く踵を返す。
 その傍らに白いもこもこが転がった。
 
●キラースノーホワイトラビット
「そういう訳でっ! ドリームイーターに『興味』を奪われて現実化してしまった男の子、――シルバさんの『興味』……雪うさぎが街で暴れちゃうのよ!」
 遠見・冥加(ウェアライダーの螺旋忍者・en0202)が、勢いをつけて拳を握りしめるとうさぎフードの耳が跳ねた。
「空から振ってきた雪みたいなウサギが、雪を食べて雪だるまのように膨れ上がり。それでもお腹が膨れないウサギは人に目をつけて――……って映画を見て、信じ込んだシルバクンが見回りをしていた所を、ドリームイーターに襲われて逆に雪ウサギが現実化しちまったみたいだなァ」
 ぱらぱらとB級映画の紹介本をめくっていたレプス・リエヴルラパン(レプリカントのヘリオライダー・en0131)が、本を閉じてケルベロスたちを見やる。
 『興味』から生み出されたドリームイーター、雪うさぎ。
 このうさぎは1体だけで、生み出された当初は手のひら程の大きさだ。
 しかし。降り積もる雪を食べ、巨大化したうさぎは美味しい物を求めて人を襲うようになるのだ。
「小さい内は食事を邪魔しなければ何もしてこないが、邪魔されると怒り邪魔者を排除しようとするようだ。……しかし、放っておいても一時間もすれば巨大化して人を襲い始めるぞ」
 手のひらの上に、白いうさぎの資料を映し出すレプス。
 庇護欲を誘う綺麗な赤い瞳に、ふわふわもこもこの白い毛皮。
 うさぎの画像が手のひらの上でゆっくり回り、地図の画像へと切り替わる。
「その雪うさぎはひとりぼっちが寂しくて最初はうさぎが沢山いる場所に現れるそうだ、っつーわけでこのウサギカフェの前で雪をモリモリ食ってるぞ。終わったらウサギカフェで遊んできてもいいんだぞ、俺も行きたかった。行きたかった」
 少しだけ悲しい瞳をしたレプスは二回言った。
 どうやらヘリオライダーは忙しいようだ。
 細く息を吐いてから、本を手にとった冥加は視線を床に落とす。
「……ひとりぼっちで寂しいなんてちょっとだけかわいそうだけれど、楽しいクリスマスに人を襲われたらもっとかわいそうだわ」
 一つ頷いて、冥加は顔を上げる。
「『興味』を奪った魔女はもう居ないみたいだけど、雪うさぎを倒せばシルバさんも目を覚ますわ。シルバさんにとっても楽しいクリスマスにしてあげなきゃいけないわよね!」
 彼女はへにゃっと笑いケルベロス達を見渡した。


参加者
ラズ・ルビス(祈り夢見た・e02565)
ジエロ・アクアリオ(贖罪のクロ・e03190)
月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)
八上・真介(徒花に実は生らぬ・e09128)
祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)
幾島・ライカ(スプートニク・e22941)
流・優月(止まない雨・e27709)
ピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330)

■リプレイ

●ぴょんぴょんぶうぶう
 昇が避難誘導を行う中。
 ピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330)の張ったキープアウトテープで囲まれた路地の雪上を、巨大なウサギが転がる。
「めっちゃ雪食ってたけど、美味しいのかな、雪」
 ……食べても食べても満たされないってのは、ちょっと可哀想でもあるが。
 やや凍った眼鏡を指で拭ってから銀影を握り直した八上・真介(徒花に実は生らぬ・e09128)が、揺れるマフラーと共に跳ねた。
「まあ、ドリームイーターだし、仕事なんでな。――疾く往け」
 それに、何より寒い。
 振り抜かれた銀影に絡みつく魔力が爆ぜんばかりに膨れ上がり、雪うさぎを飲み込んだ。
 その上を2つの水球が空を泳ぐ。
「――頑張りたまえ、君に加護あれ」
 白と黒の蛇が絡みついた杖を真横に構えたジエロ・アクアリオ(贖罪のクロ・e03190)の、癒しと加護が仲間を包み込んだ。
 彼はうさぎを改めて眺め直し、マイペースに呟く。
「しかし随分大きいけれど……可愛いなあ。そうは思わないかい、クリュ」
 主の質問に応えているのかいないのか。
 水龍めいたボクスドラゴンのクリュスタルスはブレスを吐き出した。
 勢いにぽてんぽてんと更に転がったうさぎは、ぶう! とあまり可愛くない鳴き声をあげて、びりと空気を震わせる。
 その瞬間、衝撃波が駆けた。
「確かに見た目は愛らしいでありますが、暴れられるのは困るであります!」
 仲間をかばうべく飛び出したのは、幾島・ライカ(スプートニク・e22941)だ。
 腕を交わす形で上げたガード。
 テレビウムの小麦粉が癒しを瞬時に重ねる。
 その身で衝撃を受け止めたライカの後ろから祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)が杭を片手に、うさぎと距離を詰めた。
「……大人しく雪だけ食べていればいいものを。……そうもいかないのならば祟るだけだ」
 逃げだそうとうさぎが跳ねるが、突然足が縺れた様子で転がる。
 ――ビハインドの蝕影鬼の金縛りだ!
「……弔うように祟る。祟る。祟る祟る祟る祟る祟る祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟……封ジ、葬レ……!」
「覚悟でありますっ!」
 そのまま黒い髪をばさりと振ったイミナはうさぎを押さえ込み、杭を穿ち。
 重ねる形でライカのスパイラルアームが叩きつけられた!
「ふわふわなうさぎさん……、しかしドリームイーターです。――ほろびよ」
 足元に転がってきたうさぎを見下ろしたピヨリはバックステップ。容赦なくぴよこボムを叩きつける。
 当たるとこれはすごく熱くて痛いのだ。
 救急箱の形をしたミミックのエイドがぴょんと跳ねるとその爆炎ごとウサギを喰らった。
「――……逃がしてあげません」
 銀色の雨が振る。
 メスを指の間に構えたラズ・ルビス(祈り夢見た・e02565)が大量の刃を放つ。
 エイドの隙間から出てきたピヨコが慌てて逃げ、逃げそこねた雪うさぎは麻酔薬のたっぷり塗りつけられた刃に穿たれる。
「う、ううーっ、寒ーいっ!」
 肩にはファミリアの黒猫。寒冷適応付のニットポンチョに帽子。
 あったか装備は万全な筈の月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)だが、視覚の寒さには敵わない。
「かわいいは正義っていうけど、今日だけはなし! 一気に終わらせるからねっ、――猫の牙だからって侮ったら後悔するよっ!」
 いくらかわいくても、……ちょっと、……だいぶ、やりにくいけれど。
「惑わされないんだからっ」
 振り払うように吠え、獣めいた動きで彼女は金獅子の牙を模した爪を振るう。
 逃げ道を無くす形で回り込んだ流・優月(止まない雨・e27709)はぼんやりと首を傾げ、握りしめた惨殺ナイフを空を割くように真一文字に泳がせる。
「――堕ちて、貫く。空の、涙」
 魔力がそよぐ。月光が固まったような、白い白い白銀の刃が空より降り注ぐ。そして見えぬ獣が喰らい駆けた。
「きゅっ」
 小さく喉を鳴らした大きなうさぎは、ぼろりと雪玉が割れるように崩れ落ちる。
 パズルを崩すように、モザイクとなって風に溶け消えて行く雪うさぎ。
「……人を襲ったりしないなら、そのままにしておいて、あげられるのに……」
 しかし、敵を倒さなければ目覚めない被害者がいるなら、やっぱり倒さねばならぬのであろう。
「……なんだか、悲しい」
 ナイフを片手にぶらりと携えたまま。優月の呟いた声音も、雪風に解けて行く。

●白銀の庭
「ううっ、動き回ってだいぶあったまったけどっ! やっぱり雪をみてると寒いものは寒いぃっ……、いくよチロちゃんっ!」
 ニットポンチョの裾を揺らして、黒猫を抱いた縒がカフェの方へと駆ける。
 雪の積もった公園に生まれた、大小様々の雪うさぎ。
「フフフ。兎はね、多ければ多いほどいいのよ! こう、目をね、横につけるのがコツなのよ」
 自信満々に言い放ち、雪を丸める芙蓉の横には真介。
 2人はひたすらうさぎを量産していた。
「似て……うーん、何かが違う……」
 芙蓉のうさぎ姿を思い出し、雪うさぎを造形中の真介は空を仰ぐ。
 ……思えば美術の成績はいつも2か3だった。
「いやこう……、これは割りと良い線いってる……と思うんだけどな」
 呟きながら無心で作業する真介。
 その横で小さな眼鏡チャームを取り出し、雪うさぎの一体に装着させた芙蓉はにんまり笑った。
「ねぇ、見なさいよ。お前を思い出してつい買っちゃったの」
「ん?」
 彼の視線が眼鏡雪うさぎに移った瞬間。
 芙蓉は白いうさぎへと変身し、見事に雪うさぎの中に紛れ込んだ。
「あ、眼鏡……、……あれ? 芙蓉……?」
 一瞬でその姿を晦ました彼女を探し、真介は公園を歩きだした。
 雪うさぎと、ウェアライダーのうさぎ。
 耳をぴんと立てたままぺたぺたと冥加は形をつくる。
「冥加さん、雪うさぎです?」
「うふふ、姫うさぎよっ」
 冥加に声を掛けたのは月。
 その背に隠れてわくわくした表情をしているのはビハインドの櫻だ。
「なら王様も一緒がいいですね」
 月も並んでしゃがみ雪を丸めだし。櫻も小さな雪うさぎを隣に並べだす。
「何匹作れば寂しくなくなりますかね?」
「数は多い方が良いわ。雪の王国よっ」
 勢い良く手を挙げた冥加に、櫻もぴょんと跳ねて賛同すると月は楽しそうに笑った。
「……遠見、朔望。 それ、雪うさぎ?」
 優月の言葉に、冥加と櫻がコクコクと頷く。
「そうよ、ここに雪うさぎの国を作るのよっ」
「ん。僕も、作ってみようかな」
 優月も並んでしゃがみこみ、雪を丸めだす。
 雪は好きだ。
 それに、皆が作った雪うさぎは沢山増えていたけれど。
 ――さっきの子がもう寂しくならないように。
 もっと、もっと。たくさん、たくさん作ってあげよう。
 結局。寒さに震え、気づかれない寂しさから真介の足をたしたししている所を芙蓉は確保されていた。
 仕切り直すように、彼女はこほんと咳払いを一つ。
「この一年。春に桃、梅雨に睡蓮。秋に紅葉を見たのよね。……夏の運動会は変わり種だったけど」
 小さな小さな雪うさぎを掌に載せて、芙蓉は悪戯げに微笑む。
「――この雪で四季一巡だわ。ふふ。次の春も、付き合って頂戴な?」
 過去に四季を共にすると約束した2人だ。
 掌に雪うさぎを受け取った真介は、小さく頷いた。
「……うん」
 沢山ならんだ雪うさぎ。
 眼鏡雪うさぎの横には、花の付いた帽子を被った雪うさぎが並んでいた。

●ようこそうさぎカフェ
 営業を再開したうさぎカフェ。
 落ち着いた色で統一された店内も、今日はクリスマスオーナメントで飾り付けられている。
「お疲れ様ー」
「はいっ、おつかれさまであります!」
 四人掛けのテーブルに腰を落ち着けたライカとフェリシティ。
 そして彼女達のサーヴァント、小麦粉とボクスドラゴンのそば粉はメニューを覗きこんでいた。
「フェリス、うさぎカフェって初めて! お山に暮らしていた頃は野うさぎとかと遊んでたんだけどね」
 フェリシティの膝上には看板うさぎが一匹。
 耳元を擽るように撫でると、目を細めたうさぎは耳をピクピクと揺らす。
「ライカは本物のうさぎさんは初めて見たでありますよ!」
 撫でられるうさぎを興味深そうにライカは覗き込み、うさぎのウェアライダーさんと接する事は日常的ではありますが、と付け加えて首を傾ぐ。
「そう言えば、フェリスさんはどの動物さんなのかライカは知らないのであります」
「フェリスはね、狼!」
「狼さんでありましたか!」
 元気にぴょこんと耳を立てて返事したフェリシティに、ライカは目を輝かせて返事をするが。フェリシティがあっ、と思い出したように声を挙げる。
「あっ、でも可愛いからと言って別にこの子達を食べたりしたりとかは……、だ、大丈夫!」
 ライカは一瞬きょとんと瞬きしてから、へにゃっと笑った。
「確かにうさぎさんはふわふわで美味しそうでありますが……」
「た、食べたりしないよっ!?」
 慌てた様に重ねるフェリシティ。
 そこで重ねた座布団の上でメニューを眺め続けていたそば粉が服の裾を引き、小麦粉がお菓子メイキング動画を流しだした。
「って、あっあっそば粉ごめんね」
「あっあっ小麦粉、わかりました、先に注文でありますね」
 待ちきれない様子のサーヴァント達の為に、彼女たちはメニューへと再び視線を戻す。
「何が良いかな? うさぎさんは何食べたい?」
「お店のおすすめお菓子を注文するっすよう、あったかいミルクティと、……それにこの子たちのお菓子も!」
 うさぎとサーヴァントと少女たち。
 彼女たちのお茶会は始まったばかりだ。
「おじゃましま~す。お姉さんも、うさぎさんすき?」
 先程人払いをしていた姿を見かけたロイ。
 気まぐれか突然にょきっと声を掛けたひなみくは、許可もそこそこに前の席へと腰掛けた。
「君も好きなのか?」
 気にした様子も無く、目線だけでロイは応え。
「うん、わたしもだよ~! あっ、紅茶飲んでるの? ケーキ頼む? うさぎさんの奴がいいよね!」
「何を頼もうかまだ悩んでいてね。ん? ああ、そのうさぎの奴でいい、勿論だ」
 怒涛の勢いで話しかけるひなみく。
 相槌を打つロイの目線はその足元、くるくると回るミミックへと落とされる。
「あっ! 踊ってるタカラバコちゃんは気にしないでね、 綺麗なおねいさんを見ると踊る癖があるんだよ! 」
「それじゃあ君のそばにいる間ずっとタカラバコは踊っているんじゃないのか?」
「わたしには踊ってくれないんだよ……」
 ひどいよねえ、とひなみくが笑い。そうか、と真顔で頷くロイ。
「それよりお姉さんはどんなうさぎさんが好き?」
「好み……、そうだな」
 表情を崩し、考え込むロイ。
 初めての邂逅。2人の談話は暫し続くのであろう。
 ハチミツを落とした甘い紅茶の香り。優月が紅茶をくるくるとかき混ぜる。
「うちにはシュトレンとおすすめのお菓子を紅茶ください! あ、コットンハートさんは何に……」
「おぉ……」
 縒が注文をするその横。
 ピヨコを頭に載せたピヨリは、注文する手を止めたまま感嘆の声を漏らす。
 膝上に座り込んだ看板うさぎが人参スティックを齧る音にあわせて、ピヨリの耳もぴょこぴょこ動く。
「わぁ……」
 ウェアライダーのうさぎと、動物のうさぎ。
 2人の動きに縒も思わず声を漏らし、一本の小松菜をピヨリの膝上へと伸ばした。
 鼻をひくつかせてからうさぎが小松菜を齧りだす。
「か、かわいい……」
「……触ると、怒るかな?」
 撫でてみたくて手をうずうずさせている優月。
 ――うさぎって……どんな味がするのかなあ……。
 ピヨリの耳の動きに誘われるように、ふと抱いてしまった疑問。
 看板うさぎにゆっくりと落とされる縒の視線。丸みを帯びた黒い三角耳がぴくぴくと揺れる。
「わーっ、いやいや、違う、違う!」
 食べちゃダメだし!
 ふるふると首を振って一人で百面相をする縒。
「……え、違う……? お菓子を、別の、に……?」
 シュトレンを口に運んでいた優月が、首を傾げて縒の顔を見た。
「お菓子はそのままでお願いーっ!」
「私はうさぎケーキをお願いしましょうか」
「うさぎのお肉のっ!?」
「にんじんです。おいしくて栄養がありますよ」
 肉食獣の本能は繊細な様子だ。
 慌てた縒の声に、ピヨリのどこまでもマイペースな言葉が重なる。
「うん、紅茶も美味しい、な」
 同席する2人の会話を聞きながら紅茶を啜った優月が、満足げに頷いた。

●冬のある日
 クィルとジエロの前に並んだシュトレンと紅茶。
 クリュスタルスはサービスで貰った林檎口に運んでいる。
「ええと……、初めて見たのですが……、これはパン?」
「シュトレン……菓子パン、かな?」
 初めてみる食べ物に2人共顔を見合わせていたが、最初に手に取ったのはクィルだ。
「パウンドケーキのようにも見えますね。――ん、すごく生地がしっかりしてます」
 本場ではゆっくりと寝かせて長期保存する為に、バターとお酒のシロップで甘さもカロリーも相当な重さで仕上げるシュトレン。
 しかし、日本向けにカフェで食べやすい様にアレンジの加わえられたこちらは、ふんわりとラムの薫るフルーツが少しだけ大人の味だ。
 一口サイズ小さく切り分け、フォークにシュトレンを刺したクィルはジエロを見上げる。
「おいしいですよ、ジエロ。はい、あーん」
 クィルからのあーんに、ジエロは少しだけはにかみ応える。
「本当だ、とても美味しいよ」
「良かったです。 ……あっ、うさぎさんにご飯もあげられるのですね、あとで僕もあげたいです」
「勿論」
 はたと気づいたクィルの提案。快諾するジエロたちとうさぎとの邂逅は食後のお楽しみ。
 うさぎを膝上に載せて、嬉しそうにはにかむクィルの姿はジエロの記憶のフィルムに。
 そっと彼に気づかれないように撮影した、ジエロとうさぎの動画はクィルのスマホに。
「……えへへ、宝物ができました」
 満足げに呟いたクィルに首を傾ぎ、ジエロは笑む。
「ふふ、――君を誘って本当に良かったよ」
 暖かくて、幸せな時間はゆっくりと流れ行く。
 可愛いうさぎラテアートを前に朱砂は露骨に眉を潜めていた。
 どうも小動物は苦手だ。
「……あらゆるものは祟りに繋がる。……クリスマスもまた呪いの日だ」
「いや待て世界中でメリーってる時に何故祟る」
 朱砂の横でうさぎに人参を与えていたイミナは真っ直ぐに淀んだ瞳で呟いた。
「この人参スティックを糧として、ウサギも今日という日をしっかりと呪うと良い」
「小動物に祟られたらたまったもんじゃねぇな……」
「全く、祟りたいほど愛らしいというのに勿体の無いことだ」
 ブロッコリーをうさぎに与える姿を横目に、イミナは雪の張り付いた窓をコンと叩く。
「……外は雪だ、このクリスマスの夜に行う丑の刻参りはきっと素晴らしいものになる。……メリー祟リマスというやつだ」
「聞いたことのねぇタイプの祝い方を聴いちまったなあ」
 イミナが楽しいんでいるならある意味正……しいとはいえないよなあと、考えつつ。シュトレンを一切れ朱砂は頬張った。
「……むむ、ワタシのシュトレンにちょっかいを出そうとは、余程祟られたいと見える」
「あまりに美味そうだったから、つい、な。ミンスパイを半分渡すから許せ」
「……代価あるのか、ならば仕方ない。……確かにミンスパイは戴く」
「っておい」
 元々大きいものでも無い朱砂のミンスパイは、イミナに頬張られ皿の上から消える。
「ああ……まあいいか」
 しかし、これで祟りが回避できるなら儲けものかもしれない。
「どれも美味しそうですね。何を注文いたしましょうか……もう、お決めになりましたか?」
「とりあえず温まる為に紅茶と、焼き菓子は……アップルパイを」
 なるほど、と頷いたラズは、無表情のままじっとメニューを眺めている。
 そんな彼女の様子に、瞳を細めた悠仁はポップアップになったおすすめ表記を指差した。
「迷うなら、シュトレンにしてみたら?」
「確かにオススメの品は心が動きます……そうですね、そういたしましょうか。……それと、その」
 おず、と切り出すラズ。その表情は感情に乏しくはあるが。
「うさぎのご飯は、どうしましょうか?」
 悠仁は喉を鳴らして苦笑する。
 もしかしたら、彼女的にはそちらが本題だったのかもしれない。
「……わざわざ『動物の友』まで用意してるんだから、頼まない選択肢はないんじゃないか?」
「あ、それは、その、……ありがとう、ございます」
 生真面目に言ったラズに、小さく首を振ってから悠仁は注文を店員に伝えた。
「なんだか……見透かされたようで、少し気恥ずかしい、ですね」
 視線をウサギに向けたラズは、少しだけ表情が普段より柔らかく見える。
 ――こういう時間も、悪くないな。
 肩を竦めた悠仁は、口元だけで笑んだ。
「ねえねえ、見てみて!」
「やりますね、シルバさん」
 目覚めた少年が、大きな雪だるまを拵えてカフェでくつろぐケルベロス達に大きな声で呼びかけた。
 ピヨリの中の対抗心が芽生えた様子で、ピヨコを支えてピヨリが立ち上がる。
「えっ、こんなに寒いのにまた外にいくのっ?」
「……雪、楽しい、よ?」
 目を丸くする縒に、優月は首を傾げる。
 ケルベロスたちの戦いは続くが、こんなあたたかいお休みの時間があっても良いだろう。
 看板うさぎが、縒の膝の上で大きな欠伸を一つした。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 8
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