もちもち年越しソバの秘密

作者:林雪

●ミスバタフライの指令
「この村に、この時期だけソバ打ちをする職人がいると聞いています。その食感はモチモチしていて、でもソバとしての風味も損なわない……あなたたち、そのソバ打ち技術を習得してきなさい。そしてその職人は始末なさい。グラビティチェインは好きにして構わないわ」
 ミス・バタフライがそう指示を与えると、傍らに控える、道化師の姿をした螺旋忍軍は神妙に頷いた。
「承知。そのモチモチ食感のソバ技術、必ずや持ち帰りミスバタフライの野望の一助とせしましょうぞ」
 見た目に反して口調は硬い。もう一人、ピエロに付き従う形で控えるのは派手な着物を尻っぱしょりにして着、髪を団子にして上げた螺旋忍軍。どうやら綱渡りの軽業師であるらしい。
「モチモチ食感のソバが地球の支配権を揺るがす……楽しみですな」

●ソバの村
「12月は時間が過ぎるのが早いよねえ。楽しいこともいっぱいあるけど忙しくて。でもさ、大みそかはちょっと気分が落ち着くじゃない? 除夜の鐘が聞こえて、年越しソバ食べてさ」
 ヘリオライダーの安齋・光弦が、大掃除の途中だったらしい割烹着姿のまま説明を始めた。
「もう知ってる人も多いと思うけど、螺旋忍軍ミス・バタフライがまた事件を起こそうとしている。なんかね、このミスバタフライの起こす事件って直接的には大した事は無いんだけど、バタフライ効果ってやつだね、巡り巡って大きな影響が出るかもしれないんだ」
 今回事件が予知されたのは、福井県のとある村である。
「この村にね、年越しソバの時期にだけソバを打つ名人がいるんだ。螺旋忍軍はなぜかこのソバ打ち名人に接触して、技術を習得してから殺そうとしている」
 ソバ打ち職人殺人事件を阻止しないと、巡り巡ってケルベロスに不利な状況が発生する可能性が高い。
「有利不利関係なく、そんなことさせられない。美味しいおソバのためにも村のひとたちの為にも、職人さんを保護して襲撃に来る螺旋忍軍の撃破して欲しい」

●螺旋忍軍襲来
 村の職人の正体は、実はエミコさんという名の、まだ20代の女性である。
「よそから嫁いできて村のおばあちゃんたちにビシビシ鍛えられてるうちに上達して、今じゃ村一番のソバ打ちなんだって。すごいよね」
 彼女を事前に逃がしておくのが身の安全には最もいい方法だが、そうすると標的が変わってしまって螺旋忍軍が他で事件を起こしてしまう可能性がある。
「幸い、エミコさんはケルベロスに協力的らしい。事情を話して事件の3日くらい前からエミコさんに弟子入りして、君たちが囮になるといい。うまくいけば螺旋忍軍の狙いを君たちに変えさせることができるから、最低限でも見習いソバ打ち職人に見えるように、猛特訓頑張って」
 笑顔で難問を突き付け、光弦は画面に2体の螺旋忍軍の姿を映し出す。どちらも顔は面で覆われているが、通常の螺旋忍軍とは一風変わった装いである。
「道化姿の奴が司令塔で、戦術を組んだり回復をしたりしてくるらしい。こっちの着物を着た軽業師みたいな奴はこの道化師の忠実な部下で、基本攻撃担当だ。2体一組で、連携されると強敵になっちゃう。君たちを職人だと信じさせることが出来れば、修行の一環だって言って分断したり、先制攻撃を仕掛けることも出来るかも。敵はソバ打ち場を狙って現れるけど、周辺の民家からはちょっと離れてるから避難誘導なんかは心配いらないよ」
 たかがソバ打ち、されどソバ打ちである。
「一見関係ない発端から、先の予測を立ててくるミスバタフライの能力は厄介だ。とにかく修行も戦闘も頑張ってね、ケルベロス! 終わったら自分たちで打ったおソバ食べておいでよ」


参加者
ラビ・ジルベストリ(意思と存在の矛盾・e00059)
長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)
狼森・朔夜(迷い狗・e06190)
風魔・遊鬼(風鎖・e08021)
白鵺・社(愛結・e12251)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
バン・トールマン(ヴァルキュリアの鹵獲術士・e25073)
鳴上・智親(花鎮の贄・e29860)

■リプレイ

●ソバ打ち名人エミコさん
 ぐい、ぐいと力強くソバを捏ねるエミコの姿を、八人のケルベロスたちがじっと見守る。
「……俺の祖父も、祖母がおせち作ってる間にこうして年に一度だけ年越しソバ作ってくれたんです」
 筐・恭志郎(白鞘・e19690)が懐かしそうに目を細めてそう言えば、狼森・朔夜(迷い狗・e06190)もいつになく穏やかな口調で呟く。
「うちもじいちゃんが打ってた……地元のソバ粉使って」
「お、あんたも東北? うちもだ。だから俺はうどんより断然そば派なんだよな」
 長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)にそう言われ、わかる、と頷く朔夜。
「ほうね、この村ではばあちゃんたちが打ってくれるんよ。私なんか全然名人とちゃうんやざ」
 そう謙遜するエミコだが、ラビ・ジルベストリ(意思と存在の矛盾・e00059)の眼力は誤魔化せない。
「……いや、よく見ればあの手首の返しやはり只者ではない。ああして、捻ることで、モチモチ……成程、手順は暗記した」
「なるほどね。で、次は次は? 他になんかお手伝いすることあるー?」
 白鵺・社(愛結・e12251)が、そば粉を纏めて一息ついたエミコの肩を軽く揉む仕草をしながら問うと、エミコは頬を赤くしバンバンッ! と社の二の腕を叩く。
「いやぁ~みんなイケメンやっちゃ~、照れるが!」
「うぉ、エミコさん力強っ……?!」
「大体ばーちゃんたちだって、イケメン大好きなんやざ。ほやでソバ打つときもその話ばかりしよるんよ」
「……イケメンの話すると、ソバが美味しくなるってことでやすかい?」
 熱心にメモを取っていたバン・トールマン(ヴァルキュリアの鹵獲術士・e25073)が驚きに目を見張るが、エミコはそのバンの背中を叩いて笑うばかりである。まだ20代だが立派なオバちゃんの貫禄。
「そうやってリラックスして打つことがコツ、ということでしょうね」
 鳴上・智親(花鎮の贄・e29860)が対照的におっとりと花が咲くように微笑んで、そう言った。
 確かに作戦の一環ではあるのだが、皆で台所に立つ時間、特にソバのような素朴なものを手作りする空間は心を豊かにするものがある。風魔・遊鬼(風鎖・e08021)の視線も、終始エミコの一挙手一投足に注がれていた。遊鬼の見立てでは、エミコのソバ打ちの秘訣は一瞬の集中力、拳法家の如きその集中力である。

●いざ修業
 ケルベロスたちの修業のモチベーションは高く、実に順調だった。素朴なソバそのもののようなエミコの人柄も、それに拍車をかけた。恐らくエミコはデウスエクスに自分が襲われることなど想像したこともないだろうし、出来れば一生そんな目に遭って欲しくない。皆、同じ思いで囮作戦を成功させるべくソバ修業に励み、三日が過ぎる。
 敵の襲撃予定日当日。
「……これじゃラーメン屋っぽく見えないか?」
 修業初日から、身嗜みには人一倍気を使っていた智十瀬が、ソバ打ち台の前で腕組みして見せる。頭にはタオル、尻尾も丸く髪ゴムでまとめて清潔感のあるスタイルである。
「……いや、ソバ打ち職人でも十分いける、だろう」
 ラビが何となく保証する、あくまでも何となく。
「よし、じゃあ作戦通りに。みんな、頼んだ」
「なるべく時間かせぎやすから」
 朔夜は修業時のエプロン姿から一転着流し姿、頭には手拭いを巻き、しかつめらしい表情を作りいかにも職人然と振る舞う。朔夜とバンのふたりは職人として敵を迎え入れてから敵を分断し、予め借りた小屋に連れて行って時間を稼ぐ役割を担う。他、室内に残るのは智十瀬と恭志郎と智親、社は最初から隠れて奇襲役、ラビと遊鬼は周辺警戒からそのまま屋外で様子を見つつ奇襲のタイミングを図る分担である。
 なので、ソバを打つのは室内組に任せればいいのだが。
「なんでぇえ!?」
 捏ねても捏ねても何故かソバが亜鉛の塊みたいになってしまう社が、鼻声を出した。エミコもこれには苦笑いである。
「不思議やっちゃね」
「皆の超美味しそう……なんでだ……?」
 フォローしようと近づいた朔夜と智十瀬も、ウッと言葉に詰まる。
「とりあえずその、物体Xみたいなの片付けとこう……」
「だな、敵が見たら不審に思うもんな……」
「えええん!」
 ついに半泣きの社を、智親がまあまあと背を撫でて慰めた。
 その時、窓の外の気配に気を配っていたラビが片手を閃かせて室内の仲間に合図する。敵の接近が近いのだ。
「……頃合いだな、エミコを」
「そちらは任せた」
 言い残して、ラビと遊鬼は影のように外へ出る。
「了解です。エミコさん、おばあちゃんたちのところまでお送りします。必ず守りますから」
「皆さんも、気ぃつけてね……」
 恭志郎がエミコを裏口から連れて、村の中心の集会場まで連れていく。その間に、ソバ打ち場へ二人連れのけばけばしい衣装の男たちが向かうのを、木立の隙間からラビと遊鬼が見張っていた。
「それにしても、あのナリで蕎麦職人に会いに来るのか? 意味がわからん」
 ラビの呟きを余所に、ふたりの螺旋忍軍はケルベロスたちの待ち構えるソバ打ち場に到着、道化師が軽くノックしてから引き戸を開く。
「いらっしゃい。ご見学の方ですか?」
 柔和な声で、頭に三角巾をした智親が声をかける。
『……ソバ打ち名人の方は、こちらに?』
 数人がいることで若干の警戒心を抱いたのか、敵が室内に視線を走らせる。怪しまれないように、智十瀬は一心不乱にソバを捏ね、朔夜とバンがその様子を腕組みして見守っている。社はソバ打ち台の下の物入れに身を潜めて息を殺している。緊張感を緩和するように、智親が笑顔を見せる。
「今お茶をお出ししますね」
『いや、茶は結構。我々はモチモチ食感のソバを打つ名人に会いに来た』
 そこへエミコを送り届けて裏口から恭志郎が戻った。
「名人なら、ソバ農家に買い付けに行ってます。作業見たいなら弟子の俺達で案内しましょう。せっかく来たんだし」
 ここから、分断作戦の開始である。
「……あんたらで大丈夫か? 妙なカッコしてっし。うちのソバ打ちは工程多くて大変だぞ?」
 額に汗してソバを捏ねていた智十瀬が敵をチラリと見てぶっきらぼうに言った。
『ソバは素人ですが、こう見えても我々も修行の道に生きております』
「そこまで言うならいいでしょう、ね、姐さん?」
 言ってバンが朔夜を見る。いつの間にか手にしていた木刀で自分の肩をトントン叩きながら敵を睨んでいた朔夜が、外に向かって歩き出す。
「……仕方ねえな。片っぽついてこい」
『……?』
「名人はソバ粉の鮮度に何より拘るんで。なのでお一方にまず粉挽きをしてもらいます。これが一番重要な部分、ですね」
 恭志郎が流暢に説明する。
『……お前はここで待て』
『承知しました』
 軽業師が短く頷く。道化師が、警戒しつつもゆっくりと朔夜について歩き出す。その後をバンが追ってソバ打ち場を出ていった。様子を見届けたラビが室内へ怪しくなく入る隙を伺う。
『それで、私は何を?』
「それは今から教えますよ」
 
●戦闘
『貴様ら! ケルベロス!』
 包囲されたと気付いた軽業師が外に逃げようとする。だが、その進路には飛び込んで来た遊鬼がいた。
「……鬼からは逃げれない」
 影のように視界を惑わす遊鬼の姿に惑わされた道化師の背後には、今帰宅した、という風情でラビが立っていた。
「お前、甘いものは好きか? ここに来るくらいなら辛党か? いずれにしても……味をみていけ」
 ラビの手から舞う魔力を帯びた角砂糖の破片は、周囲を覆う霧と化す。
『ぬぅっ!』
 奇襲を受けて焦った軽業師が防御を固めるが、元より火力で押し切る布陣を敷いたケルベロスたちの猛攻に晒される。踏み込んだ恭志郎の居合がかわされた、と思いきや鞘が激しく敵の脛を払った。
「よく見てた方がいいですよ」
 狭い室内では戦況が益々不利、と考えたか軽業師は外へ出ようと右往左往する。そこへ物入れの戸が盛大に開いて軽業師の進路を再度塞ぐ。滑り出した社は、既に朱凜を抜き払っていた。
「あーもう、狭かった! いきなり奥義でいっちゃうぞ」
 振りぬいた剣が敵を裂き、血飛沫が散る。
『むざむざやられるものか……!』
 避けきれぬまでも巧みに身を守る敵。先に恭志郎が痛打した脛を狙って智十瀬が盛大に蹴りを繰り出した。逃げられないように足から潰していこうというのだ。しかし。
『なめるなよ、ケルベロス!』
 傷に構わず、軽業師が大きく回し蹴りを放つ。
「チッ!」
 鎌のように旋回したつま先が智十瀬と遊鬼を掠め、暴風がラビの視界を遮った。衝撃をまともに食らってしまったのは智親、だが傷を厭わないのは同じだ。構わずに攻めに転じる。先まで穏やかでしかなかった笑みは艶を醸し、どこか酷薄さすら滲ませて黒い蝶を放つ。
「……さぁ、俺の手の中で踊れ……」
 一方、道化師は粉挽き小屋に到着していた。
 離れた場所に借りた小屋ではあるが、デウスエクスの脚力で本気を出せば1分もあれば元のソバ打ち場に戻れてしまうだろうと朔夜は見る。
『……成程、この臼を。しかし、挽いたばかりの粉がそこに積んであるように見受けられるが?』
「作業に集中しろ! 雑念がある内は良い蕎麦は作れん!」
「テメェ挽く前から口答えたぁいい度胸だ!」
『はて、噂のソバ打ち名人にしては随分と態度が横柄な』
 一歩、二歩と距離を取り始める道化師は、どうやら何かに気付いた様子である。背にしていた扉をかいくぐり、外に飛び出す。
「あっ、待ちやがれ!」
「バン、このまま追おう!」
 この場で二人で戦闘になるよりは仲間と合流してから、との判断は正しかっただろう。道化師を追って小屋を飛び出しながら、朔夜が携帯のコールを鳴らす。
(「筐、行ったぞ」)
 恭志郎のポケットで着信音が一度、高く鳴った。
「道化師が戻ります、削れるだけこいつを!」
 恭志郎がそう皆に告げ、攻撃は一層激しさを増す。
 ラビが飄々と言いながら鎌を振るい、社が剣でそれを追う。防戦を強いられ、よく耐える螺旋忍軍だったがケルベロスたちはそれ以上の力で押していく。倒れぬまでもその身はぐらつき、足の動きがどんどん重くなる。
『前景!』
 そこへ、軽業師の名らしきものを叫びながら道化師が戻る。後ろからはぴったりと朔夜とバンが付いている。
『頭! 逃げて下さい、ケルベロスどもの罠です』
『承知よ、全員倒すのみだ』
「逃げない心意気は褒めてやるけど、無謀だな!」
 言って智十瀬がエクスカリバールを振りぬいた。倒れた軽業師の傍らに、自ら道化師が飛び込んでくる。
「すいやせん、案外カンのいい奴で」
 とバンが詫びるが、戦況は明らかに有利だった。
「上出来だ。このまま押し勝てる」
 攻撃の手を止めず遊鬼が呟く。素早く戦況を見て取り、味方の回復に努める朔夜。
 よく耐え、最後まで頭である道化師を守って壁となり戦った軽業師だったが、ラビの一撃でついにその姿が床に沈む。
「こうして、敵を、捻ることで……モチモチにはならんな? ではうどん方式でいくとしよう! こうして! 力の限り! 敵を叩くことで! コシを出す!」
『おのれぇええっ! ふざけたことを!』
「忍法、影縫い」
 怒りに前のめる道化師に、バンがはいえんど銭湯『ぐらすへいむ』より持参した下駄箱鍵を投げつけた。もはや守りを失った道化師もまた、軽業師同様足の動きを止められていく。
「食らいな!」
 攻撃へと転じた朔夜が猛烈なスピードで敵の懐に入り拳を叩き込む。
『ガハッ……!』
「何を企んでエミコさんを狙ったのかはわかりませんが……許せることではありませんね」
 言い放った智親が遠距離からの斉射で追い討ちをかけた。
 猛攻のラストを飾ったのは、一発の蹴りだった。
「こんな年の瀬に、罪のない一般人を襲いに来たあんたが悪いんだ」
 いつ間合いに踏み込んだのか、ぐっとしなやかに身を低くした智十瀬が、掬い上げるように道化師を睨む。そのまま敵の顎を粉砕、低い声を短く上げて道化師は永久に沈黙することになった。

●今年も一年
 ヒールを終え、ようやく元の穏やかさが戻ったソバ打ち場に、ケルベロスたちが揃う。
「音を立てて食べるのがマナーというのはヨソでは聞いたことがない。それにしてもうまいなこれは……確かにモチモチだ」
 ズズーッ、ズズズーッ、と盛大な音をたててラビがソバを啜る。何故か下品にはならず、その表情には達成感が漂っていた。
 戦いを無事に終え、もう安心だと戻ってきたエミコが皆で打ったソバを切って茹でてくれたのだ。きゅっと冷水で締めたもっちり歯ざわりの太めの田舎そばが、ソバ打ち台の上に並ぶ。遊鬼がしばらくその美しいソバの山を見つめてから、箸を取った。濃いめのつけ汁が、よく絡む。
「ソバといえばじいちゃんのって思ってたけど、考えてみたらすごい贅沢だったんだな……同じくらい美味いや」
 朔夜も一口喉へ滑り込ませ、素直に表情を綻ばせる。その隣でソバを口に運んだ智十瀬もやはり同様の反応を見せる。
「うん、だいぶ成長したな俺たち、初日に打ったやつとモチモチ感が違うぜ」
「こりゃ、うちの銭湯で出したら喜ばれやすね。エミコさんのおかげっす!」
「皆さん、一生懸命やったげな」
 いつもの調子でエミコさんの隣の席をキープするバンの言葉に、照れくさそうなエミコ。
 賑やかなソバ打ち場の中で、一頻りソバの味を噛みしめるのは、恭志郎だった。
「何だか……祖父に一歩近づけたような、そんな気がします」
 照れていたのか祖母に気を使っていたのか、ソバ打ちを恭志郎には教えてくれないまま旅立ってしまった祖父のことを思いながら食べるソバは格別だろう。
 皆それぞれにソバに箸を伸ばす。智親はその楽しみを旅館『花綵』で味わうことにして、皆の為に茶を淹れた。
「お茶が入りましたよ。それと、甘いものも良ければご一緒に」
「待ってましたぁ~、わあ竹筒入りぃ」
 唯一、ソバ打ちを習得し損ねた社だったが皆のソバを堪能し、今度は智親の羊羹にロックオンである。
「あらーこのお茶美味しいわあ。ほやざ、ばあちゃんたちようけイケメンおるゆうたらけなるいゆうて。ちょっと電話するわあ」
 ウキウキのエミコがスマホを取り出した。どうやら他のソバ打ち名人おばあちゃんたちに集合をかけたようだ。
「よ、羊羹足りますでしょうか……?」
 慌てお菓子の数を数え出す智親の肩を叩いて、社がウインクする。
「いいんじゃなーい? おばあちゃんたちのお茶うけ、多分俺たちだからさ♪」
「ここは腕の見せどころっすよ」
 バンもニヤリと口端を持ち上げる。
 大切な人たちと年越しそばを食べながら、今年を思い、来る新年を思う。
 ケルベロスたちの戦いの日々の中に訪れた、安息のひと時であった。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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