パクチーってなんだよ和名カメムシソウのくせに

作者:蘇我真

 長野県の某所、見渡す限り緑が広がる山間部のパクチー畑にそのビルシャナは現れた。
「パクチーってなんだよ和名カメムシソウのくせに!」
 畑に青々と育ったパクチーを無造作に踏みつぶし、踏みにじり、唾を吐く。
「あ~くせえ! カメムシみたいな臭いがプンプンするぜ! だから俺はパクチーが嫌いなんだよ!」
「畑に何を!!」
 野良仕事をしていた農夫が気づいてビルシャナに文句を言うが、取り巻きの人間たちによって瞬く間に取り押さえられてしまった。
「俺たちの邪魔をするな! こんな野菜を育てるから日本がオーガニック的になっちまうんだ!」
「そうよそうよ! パクチー女子が来るって信じてたのに全然流行らなかったじゃない!」
 取り巻きの男女も口々にパクチーへの恨み言を叫びながら、ビルシャナの蛮行をサポートしてしまう。
「こんな畑、燃やしちまおう!」
「やっ、やめてくれ! 火事に、火事に!!」
「パクチーは根絶させてやる! ハーッハッハッハ!!」
 農夫の絶叫とビルシャナの高笑いが、長野の山に木霊するのだった。

「パクチー。和名はカメムシソウもしくはコエンドロ。コリアンダーとも呼ばれるハーブの一種だな」
「中国ではシャンツァイですよ」
「ああ、あとは中国パセリとも呼ばれているな」
 パクチーの呼び名について話していた星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)とホンフェイ・リン(ほんほんふぇいん・en0201)だが、依頼内容を確認しにケルベロスたちがやってきたのに気付くとすぐに襟を正した。
「パクチーを異常に嫌悪するビルシャナが長野県のパクチー畑を襲撃する未来が見えた。皆にはこれを阻止してもらいたい」
「パクチーがダメって人もいるのはわかりますけど、さすがに畑を荒らすのはやりすぎなのですよ!」
 パクチー畑を襲撃するのはビルシャナ化した人間のほかに、理念に共感した人間の信者が10人ほど。
「ビルシャナ化した人間の主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、戦わずして配下を無力化する事ができるかもしれない」
 ビルシャナの配下となった人間は、ビルシャナが撃破されるまでの間、ビルシャナのサーヴァントのような扱いとなり、戦闘に参加する。
 また、ビルシャナさえ倒せば元に戻るので、救出は可能だが、配下が多くなればそれだけ戦闘で不利になるだろう。
「『パクチーよりくさやのほうが臭いから、先にくさやを滅ぼそう』とか、そういう説得ですね!」
「……まあ、インパクトがあればなんでもいいが。それはホンフェイ、お前の欲望だろう」
「いやー、あの臭いはやっぱりちょっと遠慮したいのです」
 ホンフェイはこの前くさや人間を倒しに行ったのだが、その悪臭にすっかりやられてしまったようだった。
「……話が横に逸れた。そういう訳で、戦場は山間のパクチー畑になるだろう。見晴らしは良い、隠れたり障害物になったりといったものはない。ただ全体的にパクチー臭いことは想像に難くないな。気をつけて行ってきてくれ。頼んだぞ」
「みんなでシャンツァイを守りましょう!」
 頭を下げる瞬の横、同行するホンフェイは握りこぶしを振りかざした。


参加者
ベルフェゴール・ヴァーミリオン(未来への種・e00211)
クレム・オーディル(夢葬の柩・e00533)
白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)
ジルカ・ゼルカ(ショコラブルース・e14673)
フェリシティ・エンデ(シュフティ・e20342)
リュリュ・リュリュ(リタリ・e24445)
出雲・連夜(駆けるは宵闇の帳・e26505)

■リプレイ

●ヘリオン内は地獄
 ヘリオンから事件の起こる付近へと降り立ったケルベロスたち。
 クレム・オーディル(夢葬の柩・e00533)は見渡す限りのパクチー畑を見て、嘆息する。
「いくらパクチーが嫌いだからって言っても、ここ全部焼くってのはある意味すげぇな」
「これから毎日燃やされたらたまったものじゃないですね。なんとしてもビルシャナたちを阻止しないと……」
 決意を表す白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)の後ろで、ベルフェゴール・ヴァーミリオン(未来への種・e00211)が死んだ魚のような眼をしていた。
「ヘリオン……ニオイ、すごかったね」
 ベルフェゴールの口数は少ない。表情変化に乏しい彼だが、その短い言葉からはヘリオン内のニオイが本当に厳しかったことを物語っていた。
「すごいだろう、かの英国面が誇るマーマイトは」
 ニオイの発生源はリュリュ・リュリュ(リタリ・e24445)の持つビンだった。蓋がしてあってもなお、その悪臭が漏れ出る凶悪な兵器、それがマーマイトだった。住んでいるアパートの管理人に食べさせられて痛い目に遭ったことから思いついたらしい。
「やっぱりこういうのはビンじゃなくて缶詰じゃないとダメなの……そば粉、大丈夫?」
 自らのサーヴァントであるボクスドラゴンに問いかけているのはフェリシティ・エンデ(シュフティ・e20342)。彼女もまた、謎な缶詰を手にしていた。嫌な予感しかしない。
「香草は焼くとまた香りが一段と強くなりますからね」
 他人事のようだが出雲・連夜(駆けるは宵闇の帳・e26505)もパクチー料理を手にしている。もちろん香るパクチー臭。顔をしかめる面々だが、連夜は平気なようでパクチーをもしゃもしゃと食べていた。
「ビルシャナも過激なやつらだが、ここだけ見るとどちらが過激かわからんな……」
 思わずつぶやくクリスティ・ローエンシュタイン(行雲流水・e05091)だったが、その気持ちは決まっている。
「まあ、毒を以て毒を制すという言葉もある。過激な行動を取る相手に対しては多少やりすぎてもばちは当たらんだろう」
 仲間たちのインパクトある説得手段については不問する方針だ。
「は、はやくビルシャナたちに臭いのを全部押し付けるよ!」
 間違った方向にやる気を出すフェリシティ。そのとき、周囲を探っていたジルカ・ゼルカ(ショコラブルース・e14673)が声を上げた。
「おっ、来たね。ビルシャナたち。さ、ペコラ、撃沈してるとこ悪いケド、フードに隠れててね」
 ケルベロスたちに遅れてパクチー畑へ突進してくる一団の影。
 その先頭は鳥人間、ビルシャナに相違なかった。

●説得は地獄
「なんだお前ら、パクチー派か!」
 ビルシャナはパクチーを食べている連夜を見てそう決めてかかってきた。
 流石に呆れた様子で首を振るベルフェゴール。
「違う……」
「じゃあ我らパクチー絶対燃やす派だな!」
「世界にはその2つの派しかないの……?」
 首をかしげるしかないベルフェゴールの横、クレムが待ってましたとばかりにパウンドケーキを取り出した。
「さぁ、とりあえず食べてみろよ」
「えっ、どういう話の流れなのこれ」
 困惑するビルシャナの口めがけてパウンドケーキを叩き込む。
「むぐ、むぐぐ……い、いきなり何を……」
「どうだ美味いだろう? 俺が手間暇をかけて焼いたケーキだからな」
「う、美味くなんかないやい、俺は美少女の手料理しか食いたくないんだい」
「最低ですねこのビルシャナ」
 佐楡葉の吐き捨てた言葉にビルシャナの信者のひとり、元パクチー系女子も同意の頷きを見せる。
(これは説得チャンス……!)
 佐楡葉はすかさずドン引きした元パクチー系女子へとローズヒップティーを差し出す。
「薔薇って美しいですよね。絢爛と咲き誇り、けど鋭い棘は迂闊に触れる事を許さない――最近そんな女子に惹かれる男性が多いそうです。そう、次の流行は薔薇系女子! 艶やかでツンとした態度こそ至高の女子の在り方です!」
「はあ……そんなの聞いたことないんですけど」
 見るからに不信感バリバリのパクチー系女子。パクチーで痛い目を見たからこその反応だろう。
「貴方の口パクチー臭いですね。燃やしてやろうか」
 せっかくのチャンスだったが、暴言で結局説得をフイにする佐楡葉だった。
「まったく、いきなりパウンドケーキを食わせるとかどういう教育を受けてきたんだ。口内の水分を全部持っていかれたじゃないか」
 佐楡葉のローズヒップティーを代わりに受け取り飲み干すことで復活したビルシャナ。それを見てクレムは胸を張る。
「おまえが完食したそのケーキ、なんとパクチー入ってたんだよ」
「オエエエエエ!!!」
 ビルシャナが吐いた。
 な、パクチーも案外美味いだろ? そう言おうとしたクレムだったが、想像以上の拒絶反応に絶句する他ない。
「吐くなよきたねぇな! 食べ物を粗末にしやがって!」
「パクチーは人の食うもんじゃねえ!」
「なんという言い草。せっかく作ってくれたオーディルの気持ちも考えたらどうだ」
 厳しい口調で指摘するクリスティ。ビルシャナは大きく首を振る。
「人の嫌いなものをだまして食わせる方がよっぽど悪いだろうが!」
「それは確かに。オーディル、無理強いはいけない」
「てめぇはどっちの味方なんだ!」
「まあまあまあ、みんなチョコでも食べて。ストレス社会にはチョコだよチョコ」
 間に入ったジルカが好物のチョコを面々へと手渡す。ビルシャナは受け取りつつも不審気な目を向ける。
「パクチーチョコだったりしないだろうな?」
「……パクチーとチョコレートって、合うかな。今度やってみよう」
 その言葉を聞いて、ジゼルのフードの中で息をひそめていたウイングキャットのペコラが軽く身震いした。
「まあ、あったら珍味だろうね。あなたは珍味って知ってる?」
 かと思えば、ジゼルは芝居がかった口調でビルシャナへと説く。
「ヘンな味じゃなきゃ意味ないの、フツーに美味しかったら、存在意義なんてないの。このニオイこそ、貴重なダイヤだ、って証明みたいなもんでしょ。つまり、そこのおねーさん」
 次に元パクチー女子を指さす。
「貴女の気にしてそうなホクロが、キュートなのと同じ。そこのおじさんはその困ったビール腹が、チャームポイントなのと同じだよ!」
「私のホクロがキュートだなんて……ぽっ」
 元パクチー女子は瞳にハートマークを浮かべてジルカを見る。サキュバスの色香にやられたのか、中性的な美少年がストライクゾーンだったのかは定かではない。
「よし、次はこのリュリュが説得しよう!」
 言いながらリュリュがベジマイトの蓋を開け、
「世の中にはね、もっと臭いものがたっくさんあるんだから……えいっ!」
 フェリシティは大きく息を吸い、頬をリスのように膨らませてからエピキュアーチーズの缶を開けた。
 ベジマイト。それはビール酵母の搾りカスで作られた、いわばイギリスの納豆。独特の臭気が鼻をつく。
 エピキュアーチーズ。世界で一番臭いとも言われるチーズ。アラバスター数値は1870Auにも上る。
 そのふたつのニオイが混ざり合って――
「「「オエエエエエエ!!!」」」
 地獄絵図だった。えづいて今にも吐きそうなビルシャナたち。ケルベロスたちは耐えているが、予断を許さない状況だ。
 一刻も早く説得を終えなければ、ケルベロスとしてお見せできない状況になってしまう者が出てしまうかもしれない。
 それまで沈黙していた連夜が、咥えていたパクチーを引き抜きビルシャナへと突きつける。
「ほら、こんなにパクチー臭するんですから燃やしたらどうなるか想像つくじゃないですか。カメムシソウですよ? カメムシソウ。きっと燃やした匂いで失神するぐらい強烈ですよ何早まってんですか、馬鹿じゃないです?」
「いやでもこの状態だし、臭い酸素を燃やしたほうがいいんじゃないかな~って……」
 口答えするビルシャナに、連夜は更に驚愕の事実を突きつける。
「だいたいなんで長野なんですか。パクチーの生産量第一位は静岡らしいですよ」
「え……おい、おまえがパクチー畑が長野にあるって言うからここまできたんだぞ!」
 慌てた様子のビルシャナが信者の一人へと怒鳴り散らす。
「それは……『パクチー畑』で検索したら上から3番目に長野県ってあったから、つい」
「手抜きかよ! ちゃんと調べろよ!!」
「しかも生産量は年々増えているんです。燃やしても燃やしても第三第四のパクチーが現れます。その度に失神するんです?」
「そう、消すと増える……それがこの世の理」
 連夜の説得に佐楡葉も援護射撃を飛ばすと、ビルシャナとその信徒は仲間割れを起こし始めた。
「ちょっとミスしたくらいでそんな怒ることないじゃないですか、実際ここパクチー畑なんですし!」
「ガキの使いじゃないんだぞ! 察してやっておくんだよ、指示待ち人間か!! ここ終わったら今度はお前らだけで静岡まで燃やしにいけよ!!!」
「ひどい! もうこんなヤツにはついていけない!! やめだやめだ!!! おい、みんな帰ろうぜ!! 撤収! 撤収ー!!」
 肩を怒らせ引き上げていく元信者たち。その場に残されたのはケルベロスたちとビルシャナ1体。
「……とりあえず、戦おうよ」
 気まずい沈黙を打ち破るようにベルフェゴールが呟いた。

●バトルは天国?
「俺は悪くねえ! みんなパクチーってやつの仕業なんだ!」
 ひとりになってもなお、ビルシャナは孔雀炎でパクチー畑を燃やそうとする。
「そんな酷いことはさせないよ!」
 フェリシティが割って入り代わりにその炎を全身で受ける。
「きゅー! きゅー!」
「大丈夫だよそば粉、フェリスはこの程度じゃやられないから!」
 ボクスドラゴンを落ち着けながらグラビティで紙兵を作り、散布する。
「炎ってのはこうやるんだよ!」
 ケルベロスたちの背後に爆発が巻き起こる。リュリュの起こしたブレイブマインだ。
 士気を高めたケルベロスたち、爆風に背を押されるかのように連夜がビルシャナへと肉薄する。
「くっ!」
 孔雀炎を放とうとするビルシャナだが、孔雀の炎を連夜の冷気を纏った腕が握りつぶす。
「氷牙は逃がしません……貫け、氷牙掌!!」
 腹、鳩尾に突き立てた腕が背中から生えた。
「よくも……ッ! よくもよくもッ!!」
 それでもビルシャナは止まらない。
「避けて」
 貫手を放った連夜は、ベルフェゴールの声を背中に聞いて即座にスライディング、ビルシャナの股下をすり抜ける。
 ベルフェゴールによる抜き撃ちからのクイックドロウ。先ほどまで連夜の身体があった場所を弾丸が通過し、ビルシャナの腕を狙い過たず撃ち抜いた。
「ぐうっ、後ろからちょこまかとッ!!」
 ならばとばかりに今度は八寒氷輪を展開するビルシャナ。
「届かねぇよ」
 しかし、氷はクレムの生み出した星の聖域を阻めない。お返しとばかりにファミリアロッドを突き付ける。
「死ってのは、こう届けんだよ」
 クレムの周囲の温度が下がった気がした。目には見えないが確かに『そこ』にある御業を放つ。それは呪いのようにビルシャナの身体にまとわりつき、傷を生み出していく。
「なっ、これは、いったい……!?」
 見えない御業だけではない。目の前に、死を象徴する大鎌もあった。
「きみに、あげる」
 ジルカのアダマスの鎌だ。スナイパー2人による死を運ぶ連携プレイ。
「彼岸花の方が手向けには良かったかもしれないが……」
 クリスティは佐楡葉へと目くばせする。
「白羽、行けるか?」
「回復の必要もないし、いいですよ」
 薔薇の茨鞭を生み出し、振り上げる佐楡葉。
「言ったじゃないですか。次は薔薇系女子が来るって」
 佐楡葉のDependent Roseにクリスティが氷花鏡月を合わせる。
 砕け、舞い散る氷の花弁。直線的な花弁の間を縫うように、薔薇の棘茨が伸びていく。
「あ、がっ……!」
「悔いてその生涯を終えるがいい」
 ビルシャナの胸に、氷の薔薇の大輪が咲く。
「薔薇、いいニオイだ……最期がパクチーじゃなくて、よかっ――」
 口元に微笑みを浮かべて、ビルシャナはこと切れる。
「……もしかして、ただのニオイフェチだったんじゃないかな?」
 パクチー畑に被害がないことを確認しつつ、ベルフェゴールはそう呟くのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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