灰色の男と万色の小瓶

作者:譲葉慧

 妙に夕焼けが映える日だった。朱に染まる空と長く伸びる影と、街並みは濃い朱と黒に彩られている。
 その街の片隅に、だいぶ前に閉鎖されたビルがあった。取り壊されるでもなく打ち捨てられたような形のビルは、どういう訳か近所の悪ガキどもすら近づかない。
 おかげで、良からぬ者が潜むには、おあつらえ向きの隠れ家となっていた。
 今も、夕日射し込む中で3つの影が密談を交わしている。
「あなた達に来てもらったのは他でもありません。殺して貰いたい者がこの街にいるのです」
 マジシャン風の姿をした長い金髪の女性が、配下と思しき2名の男を前に語る。彼女の顔は螺旋を象ったマスクで半ば隠れており、表情を量るとすれば、唯一見える妖艶な口元からしかない。
「貴女のお言葉のままに、ミス・バタフライ。標的はどこです? 直ちに仕留めてまいりましょう」
 配下達も、ミス・バタフライと似た、マジシャンの服装をしているが、灰色ただ一色であるのが違いであり、異様でもあった。
「標的は万年筆の色インクを作っている男です。あなた達はまず、その者と接触し、その技を見極め、我がものとするよう試みるのです。その後、殺しなさい。この作戦は先々で私達が覇権を得る為の助けになるはずです」
 この作戦と覇権の因果関係はいまいち見えてこないが、配下達はそれでも心から納得した様子のようだった。
「私どもには想像もつきませんが、貴女はきっと先の世界が見えるのですね。必ずや良い報せをお持ちしましょう」
 配下が破れた窓から街中へと消えた後、一人落陽を見るミス・バタフライの唇は、既に作戦が成功したかのように満足げに笑んでいた。
 
 ヘリポートでは、マグダレーナ・ガーデルマン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0242)が己の予知内容に頭を悩ませていた。
「何とも不可解なデウスエクスだ……」
 周囲のケルベロスに怪訝な顔でその内容を聞かれ、マグダレーナは気を取り直して語り始める。
「螺旋忍軍のミス・バタフライという者がいてな。奴は一見関係ない人を殺そうとするのだが、どうも、それが後々で戦況に大きな影響を与えるらしいのだ。阻止しなければならないのは確かだが、全くその筋書が読めないのがどうもな……」
 マグダレーナは歯切れ悪く言い淀んだが、奴の意図などどうでもよい、と無理矢理自分を納得させて先を続けた。
「狙われる相手は、珍しい仕事をしている者だ。奴の配下の螺旋忍軍がその者に接触し、仕事の内容や、時にはその手業を得ようとする。今回は、これだ」
 そう言い、マグダレーナは持っていた箱をケルベロス達に開けてみせた。中にはガラスのインク瓶が並んでいる。虹の順番に並ぶ色インクは、見ているだけでも目を愉しませてくれる。
「美しいだろう? これは万年筆のインクなのだ。狙われるのは、このインクを調合した者で、田中さんと仰るご老体だ。彼を護り、2体の螺旋忍軍を倒してもらいたいのだ。頼めるか?」
 ケルベロス達の是認の言葉にマグダレーナは礼を言い、七色のインク箱を大切に鞄にしまいこんだ。どうやら相当気に入っているらしい。
 螺旋忍軍達を迎撃するにあたり、どのような戦法をとるべきか。方策を探るケルベロスに、マグダレーナは二通りの作戦を提示した。
「まず一つは、田中さんの身辺を終日警護しつつ、螺旋忍軍達を迎撃する方法だ。ただし、奴らの狙いはご老体なので、避難させると標的を別の者に変える」
 そうなれば予知も及ばないだろう。田中氏の身は危険だが、彼の身辺を常に警護しつつ、螺旋忍軍の接触を待つことになる。
「そしてもう一つ。ご老体が襲撃されるまでに3日ほど間がある。その間にお前達が彼に仕事を習い、それなりの技量を身に着けて囮となる方法だな」
 こちらの方法ならば、田中氏の身辺は安全だが、職人を名乗る以上、3日の間に気合を入れて技を覚えなければならないかもしれない。
「両作戦のどちらを選ぶかは任せる。ケルベロスならば、いずれも達成可能な作戦だと思うのでな。己の心の赴くままに選ぶといい」
 そして、マグダレーナは一枚の紙を取り出し、万年筆で見取り図らしいものを描きだした。青緑色の線は、田中氏の調合になるものだろうか。
「ご老体の店だ。壁際に色インクの瓶が並んでいて……ここに調合机。彼はここで、客の求めに応じた色を調合してその客専用のインクを作っている。ほぼ一日彼はこの店に居るので、螺旋忍軍も店に現れると見て良い」
 しかし、店内で戦闘となると、脆い瓶は大半割れてしまうだろうな。
 ケルベロスの誰かがそんな事を言った。
「ああ。人の命には代えられないが、痛ましいことだ。だが、螺旋忍軍に職人と思われたならば、修行の一環として別の場所へ向かったり、他にも奴らの信用を逆手に取って先の一手を打てるかもしれない。その辺りの立ち回りは、得意なのではないか?」
 にやりと笑い、次は大立ち回りの話だ、とマグダレーナは螺旋忍軍の戦術について語った。
「奴らは2体。螺旋忍者の技と、螺旋手裏剣、エアシューズを装備しているな。片方は搦め手で、もう片方は遠距離からの狙い撃ちで攻めて来るはずだ。甘く見て対応を怠ると痛い目を見るから気をつけてな」
 私が予知しえたのはこれで全部だ、と広げた紙を畳んでしまい、マグダレーナはヘリオンの搭乗口を開けた。
 勇み立っている様子のヘリオンを宥めつつ、彼女はケルベロスを中へと誘った。
「正直ミス・バタフライの狙いなど分からぬが、奴らの小細工は取り敢えず潰す。それで万事解決だ。訳のわからん理屈にはこれが一番の策だな」


参加者
榊・凛那(神刀一閃・e00303)
三和・悠仁(憎悪の種・e00349)
アルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000)
狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)
レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)
伊佐・心遙(ポケットに入れた飛行機雲・e11765)
汀・由以子(水隠る竜・e14708)
月井・未明(彼誰時・e30287)

■リプレイ


 螺旋忍軍のミス・バタフライが暗躍する。予知を受けて、ケルベロス達は被害者の住む街に潜入した。
 穏やかな街の雰囲気は、デウスエクスの標的である日本にあっても、荒事とは無縁だったゆえなのかもしれない。しかしついに、デウスエクスの手がこの街にも及ぶこととなったのだ。
 狙われるのは、この街で万年筆のインクを作っている田中氏という老年の男性だ。ミス・バタフライは彼の手業と命を得んがため、配下をこの街へと差し向けるという。彼らの戦いに、彼の技術がいかほどの影響を与えるのか想像もつかないが、それだけのメリットが、ミス・バタフライにはあるらしい。
 彼女の狙いは、始まりの小さな事件を起こし、それを発端として巡った因果が大きく戦況を優勢へと変じることだと、出立前にヘリオライダーに説明されている。その現象をバタフライ効果と呼ぶのだと、汀・由以子(水隠る竜・e14708)は街を行く道すがら、仲間達に語った。
 その話を聞き、榊・凛那(神刀一閃・e00303)は街の賑わいから、ふいと目線を外し、行く手へと戻した。この先には田中氏の店があるはずだった。
「明日の遠い街の嵐は分からない。けど目の前の犠牲を見て見ぬ振りなんてできないよ」
 一見素っ気ない口ぶりだが、真っ直ぐ前を見ている凛那の眼差しは、口とは裏腹に決然とした光が灯っている。由以子は笑み、凛那の言葉を引き取った。
「そうね。ミス・バタフライの狙いはともかく、まずは目の前の人を助けたいところね」
 二人の遣り取りに、三和・悠仁(憎悪の種・e00349)も、この事件を予知したヘリオライダーの言葉を思い出した。小細工は取り敢えず潰せばよい。彼女はそう言っていた。
 どんな複雑な企てをしようとも、端から潰し尽くし、そうして辿り着いた頭も潰せば、すっきりと片付く。すべきことは至って単純明快、分かりやすくて、良い。
 デウスエクスは完膚なきまでに潰し殺すまでだ。悠仁の右目に宿る地獄の炎に憎悪の薪がくべられ、彼の心の裡をじりじりと灼けつかせた。
 
『田中インク店』は、街の中心から少し離れた場所にあった。古びた建物だが、良く手入れされている。ウインドウ越しに店内が見え、初めての客でも入りやすそうだ。
 ケルベロス達は、客が居なくなった時を見計らい、田中インク店へ入った。店主の田中氏は8人という大所帯の客を、この街の佇まいに似た、穏やかな笑顔で出迎えた。
「こんにちは。おれ達はケルベロスだ。きみを助けに来た」
 平坦な口調で、月井・未明(彼誰時・e30287)は、端的に目的を告げる。ケルベロスは、デウスエクスと戦う者。未明の言葉だけで、自分の身に起ころうとしている事を、田中氏はうすうす悟ったようだった。
「デウスエクスがね、田中さんのインク作りを盗みに来るんだよ。だから、わたし達が田中さんの振りをして、デウスエクスを倒すから心配しないでね」
 くるりと大きな瞳で、伊佐・心遙(ポケットに入れた飛行機雲・e11765)は屈託のない笑顔で田中氏を見上げた。
 未明と心遥、二人の少女がこれからの作戦を説明する。デウスエクス……2人の灰色の男が店に現れるまでの間に、ケルベロスが田中氏にインク作りを教わり、職人として田中氏の代わりに灰色の男達と接触する……。
 灰色の男に狙われている以上、ケルベロスの言葉通りにするしか道はない。そうと理解しつつも、動揺は消しきれない様子の田中氏に、未明は陽色の瞳で、田中氏の目をしっかり見据えた。
「かならず、お守りする。この場所を壊させたりもしない。どうかご助力願いたい」
 強い意思が溶け込んだ瞳の輝きは、その言葉を裏付ける、いや、言葉よりも雄弁な誓いの印であった。
「わかりました。皆様にご協力いたしましょう。ですが、修行は少々、厳しいですよ」
 ケルベロスを出迎えた時と同じ、穏やかな笑顔で田中氏は請け合った。


 善は急げということで、ケルベロス達は早速修行を始めた。染料の取り扱いや、混ぜ方など……灰色の男を職人と納得させるには、さわりだけの技量ではいけない。真剣にインクの取り扱いを学んでいる仲間達を横目に、アルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000)は、田中氏に開けた人気のない場所、例えば倉庫――がこの近辺に無いかを尋ねた。
 幾つか候補地を教わると、彼は一人、店を出る。それは戦場の選定のためだが、同時に脆い色彩達から離れるためでもあった。ガラスのインク瓶は、ナイフのたった一振りで棚から飛び散り、粉々に割れてしまう。そして流れ出たインクの色彩はすべてが混じり合い、黒色の溜まりを作るだろう。
 書き物をするには、その黒一色で足る筈だが、敢えてそれを脱する人の心、それを実現した手業は美しいものだ。触れて壊してしまうなら、遠くで眺めるにとどめ、離れた地で略奪者とまみえよう。壊す者の本分は戦場で振るわれるのがふさわしい。
 アルルカンが店内を一瞥すると、彼の背を追っていた悠仁と目が合った。その目は「後でまた」と言っている。彼も手空きの時に候補地を回るつもりのようだ。
 猶予期間は3日。戦場の選定は手分けした方がよい。悠仁に同じく目で応え、アルルカンは人の流れの中へと消えていった。

 インクの色調合は、まず少量ずつを混ぜ合わせ、納得のいく色合いに仕上がったら、同配合率で本作製するのだそうだ。万年筆インクの定番ともいえる黒、青黒にも、微かな色味の違いの幾種類かを常に置いているのだと、田中氏は言った。その配合について習った後、今度はこの店の顔でもある、様々な色合いの配合に挑戦する。
「おー! すっごく綺麗な色!」
 調合用の皿に広がったインクが混じり合うにつれて、元の色合いを失い、新たな色に生まれ変わる……その移り変わりに、狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)は歓声を上げた。
「楓さんでも作れるっすかねー!」
 早速調合皿とスポイトを取り出して調合にかかる。まず目指す色を想像しながら、元となる色を選ぶ。心遥も棚から赤色と青色を選んだ。作りたい色は決まっていた。一日に別れを告げる陽の光に少しずつ流れ込む夜色。黄昏のほんの一時だけ、空を染める色。空の移ろいと同じようにインクを混ぜ合わせ、心に残る黄昏の光景を辿るのだが、眼と心両方にぴたりと決まる色に出会うには、腰を据えて取り組む必要がありそうだ。
「あんたがお客の要望を聞いて、調合することが多いのか?」
 レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)は田中氏へ尋ねた。店の建物の旧さは、彼の職人としての歴史とも思えた。調合にまつわる、客との思い出も多いだろう。
「基本はそうなのですが、自分で調合したいと仰るお客様も多うございますね。大事な方の瞳の色をインクに留めて、ずっと愛用なさっておられる方ですとか……」
 自分にとって大切な色を創り、瓶詰めにしたいという思いは、ケルベロスもまた同じだった。レスターも、忘れ得ぬ色、しかし二度と見ることは無いだろう藍、故郷の海の色を己の手で創る為、慎重に一滴ずつインクを混ぜた。
 レスターが一息つき、手元から目を上げると、由以子が調合する瑠璃色が目に止まった。これは深い海の色だと笑む彼女に、レスターは目元だけで微かに笑み返した。同じ海の色でも微妙に色合いが違う。それは人と同じだな、と内心でごち、彼は作業へと戻った。
 薬の調合で手慣れた手つきで、未明は調合を終え、早速試し書きをしてみる。万年筆のペン先が、滑り良く紙の上に朝焼けの色を描いた。筆圧により出る濃淡のグラデーションは、日の出から陽が昇りきるまでに移ろう空の色にも似ていた。手で書く文字は、書き手のこころを映し、実はとても表情豊かだ。繊細な色が伝えたい思いを共に語ってくれるのなら……未明は、小瓶に調合したインクを詰めた。瓶の中で朝焼けの光が揺れる。この手業を生み出した職人を死なせはしない。その為にはまだまだ修行が要る。自在に色を操るため、未明は直ぐ次の調合を始めた。
「どのような色をお探しですかな?」
 調合元のインクに迷う凛那が、苺色だと答えると、田中氏は棚から幾つかのインク瓶を取り出し、凛那に渡した。目指すのは赤みのある色だが、意外にも青系のインクも混じっている。この色は、仕えてるお嬢様にプレゼントしたいんだと語る凛那に、田中氏はラッピング用の品もご用意いたしましょうと微笑んだ。
(「定番の色も覚えたし、メイドとしてよそ様にお手紙をしたためる役にも立つよね」)
 お嬢様の元に戻る時のことを思い、凛那もにっこりと笑んだ。


 職人の元で集中修行していたケルベロスは、灰色の男達が現れる日を迎えた。修行した甲斐があって、ケルベロス達は見習い職人として一通りの調合を会得している。
 アルルカンからも戦場を選定した旨、連絡が来ていた。店からさして遠くない、倉庫街の一角だ。彼の調べによれば、かつては街の中心に近かったが、今は街の中心が移ったため利便が悪く、あまり使われていないのだそうだ。
 悠仁達も人払いの手はずのため、アルルカンの待つ戦場へと先行し、田中氏が避難した後の店には灰色の男が疑念を持たないよう、小人数が残っている。そうして全てが整った店に、遂に灰色の男達が現れた。
 頭から足先まで灰色なのが、違和感を感じさせる。この店内ではそれが更に際立っていた。
「店主の田中さんでいらっしゃいますか?」
 灰色の男の一人が、レスターへ向けて尋ねた。彼らは田中氏が男性なのを知っているようだ。是認するレスターに、男達はインク作りを学びたいと真摯な面持ちで語る。殺気は今のところなく、言葉に偽りはなさそうだ。
 ケルベロスとデウスエクスの調合修行は、お互い真剣そのものであった。灰色の男達は仕事の飲み込みも早い。黒色の調合を終え、次の作業に取り掛かるタイミングで、凛那は材料の在庫を確かめる風で、チェストを覗き込んだ。
「……あ、染料切らしてる。ごめん、取りに行くから、手伝ってくれる?」
 特に疑問を持った風もなく、男の1人が凛那に続く。もう1人の男にも心遥が声をかける。
「たくさん材料を運びたいから手伝って!」
 応じた2人の男とケルベロスは、倉庫街へと向かう。道中疑念を一切抱かれなかったのは、アルルカンの戦場選定の巧さによるものだろう。開けた場の中心で先導する3人が止まった時、やっと男達は周囲の静けさに違和感を感じたようだ。
 その様子を合図に、ケルベロスは広場にぱっと散り、男達を取り囲んだ。


「……一緒に勉強するだけにしておけばよかったのに! 職人さんに危害を与えるっていうなら、楓さんの敵っすよ!!」
 楓の放った刃は灰色の男を襲うかに見えたが、違った。仲間達に向かい飛んだ無数の刃は螺旋の力でその周りに留まった。護りの刃ではない。ぎらつく切っ先は明らかに獲物の急所を狙い、飛び回っている。次いで未明もライトニングロッドに秘められた雷の力を解放した。空に向け放たれ、緞帳の様に仲間の前に垂れこめる雷の壁は、灰色の男が繰り出す搦め手を破る手助けになるはずだ。
 ケルベロス達が初手で攻めと護りの態勢を整えるのと同様に、後方に下がった灰色の男はもはや何も語らず、前に立つ男に向けて、護りの技を施した。螺旋忍術で男の姿がぶれている。
 分身の術だ。こちらの搦め手も通じにくくなる――だが、それは螺旋忍者の技に通じる悠仁の読み通りだ。彼は凝血剣ザレンを構え、数多の血を吸ってきた鉄塊剣は、血の赤さで脈動する。振り下ろされた剣は、男とその分身を諸共に圧し切った。
 護りを破られた男は、氷の力を乗せた螺旋忍術を返礼に悠仁へ放つ。戦場で同じ立ち位置にあるから彼を標的にしたのだろうか。レスターは男と悠仁の間を遮るように立ち、口元のほんの端で笑った。
「揃って詰まらねえ色しやがって」
 巨大な鉄塊剣『骸』が、その外見に反した疾さで翻る。敢えての真正面、大上段から振り下ろされた一撃が、男の意識を無理矢理にレスターへと向けさせた。レスターと男の視線が絡み合う。それで良い。あんたも正面から来ればいい。もう一度、レスターは口元だけで笑った。
「せめて退屈な戦いはするなよ」
 搦め手と攻撃と。灰色の男達の挙動から、由以子は彼らの役割分担を読み取った。
「攻め手は両手に螺旋手裏剣を持った男だ!」
 危険度は攻め手の方が高い。由以子は掌を差し伸べ、竜語魔法の一、ドラゴンの炎の力を戦場へと喚んだ。竜形の炎は、攻め手の男へ舞い降り、丸ごと焔で包み込み、追従した楓の刃も炎を纏い、男を切り裂き炎の勢いを強める。
 由以子の攻撃を皮切りに、仲間達の攻撃が攻め手の男に集中する。反面、灰色の男達の攻撃は、楓とレスター、2人の護り手によって半ばを分散されてしまう。
 搦め手の男の操る炎と氷は、未明が生み出した、満月に似た光にすぐに融かされる。しかもウェアライダーの操るこの光は、仲間の破壊衝動を刺激し攻めの力を高める力まで持っているのだ。
「師匠の命と技を、奪わせはしない……守ってみせる!」
 凛那は練り上げた心の力を、裂帛の気合と共に、攻め手の男へ叩きつけた。吹き飛ばさんばかりの衝撃が男の全身を打ちのめし、彼は衝撃でよろける。
 攻め手の男が弱ったのを認め、心遥は黄昏の色をした銃弾を己のグラビティから生み出し、バスターライフルにこめた。吸い込まれるように飛んだ弾は炸裂し、戦場を黄昏の光で包み、攻め手の男の命を黄昏の先の世界へと送る。
(「この色にどれだけ近づけられたかな」)
 心遥が試行錯誤を重ね、その手で創ろうとした色彩は、すぐに退き、昼光が戻って来る。残された搦め手の男は、動揺を隠せぬ様子だが、最期まで退くつもりはないようだ。
「良い覚悟ですね。そうでなくては、私も戦い甲斐がありません」
 陽を喰らう大神、月を喰らう大神、その名を受けたナイフを双手にアルルカンが、搦め手の男へと迫る。振るわれた刃は、斬撃と言うよりも精密作業のごとく、男の体幹と手足、そして首との境を正確に捉えた。
 男から流れ出る血が地面を濡らす。だが、血だまりが広がる時間は、そう長くはないだろう。アルルカンは次の攻撃の機を狙い、間合いを図る。次にこのナイフが男を裂くときが、終わりだ。彼の予感めいた思いは、限りなく確信に近かった。


 全てが終わった戦場から、ケルベロス達は田中氏の元へと戻ってゆく。そうして最後に残ったのは悠仁だった。彼は自分が調合したインク瓶を取り出した。
 地に残る血の跡は、次第に瓶の中身と同じに色合いに変じている。鮮血とは違うどす黒い赤、あの日を染め上げた、世界の色だ。そして、いつか自分もこの色の中に沈むのだ。だが、その日は今日ではなかった。悠仁は朱殷色の瓶をしまうと、次なる戦いのため、平穏を取り戻したこの地を後にした。

作者:譲葉慧 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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