賢く愚かな夢追い人

作者:stera

「あぁ! 全てを知りたい、解き明かしたい、何もかもすべてをっ!!」
 男は今日も頭かかえ思い悩む。
 自分に理解し難い事がある、それが許せなかった。
 少し早めに会社を退社し、気分転換に出てきた近くの公園。
 ベンチに座り込み、男は大きくため息を付いた。
 
 『あなたって、本当に女心のわからない人ね』
 『……貴方、人を愛するって事も現象としてしか話さないのね……』

「すべての事象には何かしら理論があるだろうぉお! なんで、あんなに怒るんだ、なんであんなに悲しい顔をするんだ?! ……俺は、全てを知りたい、何もかも理解できる存在となって、皆を幸せにしたいんだ! 全ての人を救う神のような存在に成りたいんだ!!」
 一人ブツブツ叫ぶ。
 それから、また深く溜息を付いた。
 そんな事を言いながら、自分でも『全てを知る』などということは、不可能な夢であることは悟っていた。
 その賢さゆえに、大きすぎる夢にただ酔いしれるだけの存在にもなれない愚かな男。
「分かっているよ、もう僕にだって限界なんだ……でも、でもっ!」
 どうしても、叶えたい。
 男にとって、全てを知る存在と成る事は、叶えたくても叶わない、諦めきれない大きすぎる夢……。

「あなたの夢、興味があるわ」
 不意に声をかけられ顔を上げると、赤い頭巾の少女が立っている。
 手には大きな鍵……疑問が頭を駆け巡り、なにか声を発しようとしたその前に……男の左胸には深々と鍵が突き刺され、少女は心を抉じ開ける。
「……私のモザイクは晴れないけれど、あなたの願いはとても素敵ね」
 微笑む少女。
 意識を失った男は、しずかにそのままベンチに深く座り込む。
 入れ替わるように産み出されたのはドリームイーター……。
「さぁ、叶えましょう? その夢を」

「大変っすよ! やっぱり悪い予感が的中したっす!」
 黒瀬ダンテは、そう言って集まっていたケルベロスの達の方へ駆け寄った。
「自分、屋川・標(声を聴くもの・e05796)さんから、気になる男が居るから注意して欲しいって言われてたんっすよ! なんでも、周囲から変人だって噂されてる男で、叶えられない大きな夢を抱え込んで、一人思い悩んでるって話だったんす。ドリームイーターは強い夢の力に惹きつけられるじゃないっすか。ここ最近の積極的なデウスエクスの襲撃を考えると、ヤバイと思ってたんっすが、予知っちまったんっすよね。奪った夢を元にして現実化したドリームイーターが、事件を起こす前に、そいつを倒して、夢を奪われた犠牲者も助けてほしいっす」

 ダンテが言うには、敵は白衣を着た人型で、頭部がモザイク化しているという。
 遠距離・近距離どちらの攻撃も備えているようだ。
「自宅近くの公園のベンチで襲われて、男は意識を失くすようっす。産み出されたドリームイーターは、知識を求めて近くの図書館へ向かっているみたいっす。そこにいる人を片っ端から襲うつもりみたいっすね」
 今から急いで向かえば、ドリームイーターが図書館を襲撃する10分前に着くことが出来そうだ。
「図書館自体はそんなに大きくないんで、1階の出入り口は正面と非常口の2箇所しか無いっす。2階建てで、2階は自習室と視聴覚室になってるみたいっす。正面ロビーの螺旋階段が中から唯一上にあがれる場所で、非常口が一箇所、外階段に繋がってるっす」
 図書館には学校帰りの学生を中心に、1階と2階自習室合わせて数十人居るようだ。
「被害にあった男は、図書館から20分ほど離れた場所にある自宅近くの公園で、ベンチに座り込むようにして意識を失ってるっす。あ~、普段からよく座り込んでブツブツやってたみたいっすから、近所の人も見かけても『またか』と思うのか、まさか男に意識がないとは思わないみたいっすね。人通りもそれなりにある安全な場所っすから、夜までそのままじゃ流石に誰か気がつくだろうし、ドリームイーターさえ倒してしまえば、男が何か危険な目に遭う事は無いっすよ。なんで、どうか皆さん、産み出されたドリームーター退治、お願いします!」


参加者
天宮城・蒼希(そらを見る人・e00299)
ファン・バオロン(蒼眼の獄焔龍・e01390)
星澄・ノエル(天体観測機械人形・e02687)
ヴェルセア・エイムハーツ(無法使い・e03134)
シルヴィア・アルバ(真冬の太陽・e03875)
屋川・標(声を聴くもの・e05796)
エフイー・ゼノ(闇と光を両断せし機人・e08092)
エルム・ユークリッド(夜に融ける炎・e14095)

■リプレイ

●避難指示
「俺は、蒼鴉師団所属、ケルベロスの天宮城・蒼希だ。この図書館にデウスエクスが迫っている。係員や俺たちの指示に従って避難して欲しい!」
 図書館に駆けつけるなり、天宮城・蒼希(そらを見る人・e00299)はそう叫ぶ。
 何事かと慌てる人々。
「君たちを狙って、デウスエクスがこちらに向かっているんだ。急ぎ避難して欲しい」
「あまり時間がないんだ、急いで2階に避難してくれ」
 カウンターの司書達に、屋川・標(声を聴くもの・e05796)とシルヴィア・アルバ(真冬の太陽・e03875)がそう言った。
 それを聞いた図書館内の人達は、青ざめた顔でバタバタと動き出す。
 動揺を隠せない学生。
「安心してくれ、必ず俺たちが守ってみせる!」
 蒼希は、そう力強く言う。
「さぁ、2階へ! 大丈夫、私達が付いている。戦闘終了まで決して降りてこないように」
 エフイー・ゼノ(闇と光を両断せし機人・e08092)もそう声をかけた。
「非常口側に待機してもらい、可能なら逃げてもらうことも視野に入れるべきかな?」
「いえ、ここは奥に居てもらったほうがいいわ。守りやすいもの。手分けして、2階の人達に声をかけましょう」
「了解」
 エルム・ユークリッド(夜に融ける炎・e14095)と、星澄・ノエル(天体観測機械人形・e02687)は、2階にいる人達を中心に避難を呼びかける。
「ここは危険ダ、デウスエクスが来ていル。近づくんじゃないゼ!」
 ヴェルセア・エイムハーツ(無法使い・e03134)は、図書館周囲をそう叫びながら1周し、外を歩く人にも警告と避難を促した。
(「例の『鍵』のドリームイーター……やっぱリまた出やがったナ。チッ、すぐに行方を追いたいとこだガ、そうもイかねえ。とっとトここヲ片付けるゼ」)
「大丈夫だ、安心しろ。さ、守ってやるから2階に行くんだ」
 震える女子学生に声をかけ、そう言って励ますファン・バオロン(蒼眼の獄焔龍・e01390)。
 足元に誰かが落としていった本を見つけ、拾い上げると棚に戻した。
(「ここの蔵書にも、できるだけ被害は出したくないものだ。必ず、入り込まれる前に仕留めてみせる」)

●知識を貪る者
 時間を気にしながらの避難誘導。
 ともかく図書館に居た人達を2階へ逃したケルベロスの仲間達は、すぐに入り口をかためた。
 駐車場の車の影から、なにか塊のようなものが飛んできたのは、その直後だ。
 四角いモザイク模様がエルムを取り囲む。
「クッ」
 『なにか』を奪われていく、不気味なダメージがエルムを襲う。
 すかさず、前衛の仲間達に紙兵散布する蒼希。
(「身を隠しながら仕掛けてくるとはね、あのままじゃやりにくい惹きつけてみるか」)
「俺の夢、興味がないか? 憧憬と希望に溢れた夢、『ロマン』ていうやつをさ」
 蒼希が、敵にむかって大声でそう語りかけるように言った。
 ファンが、飛び出すタイミングを窺う。
 白衣を着たモザイク頭の目がどうなているかは分からないのだが、くいいるような視線を感じる。
 ファンは、飛び出し一気に間を詰めた。
「真武館拳士、ファン・バオロン。真武道源流・真武活殺法にて。一芸、披露仕る!」
 名乗らず仕掛けるのは武人の恥、凛とした声を響かせ、彼女は必殺の一撃を初手に繰り出す。
「これは断じて研ぎ澄まされた技ではない。これは決して磨き抜かれた術ではない。これは、ただの『災い』だ……!」
 無為(エンド)、弱い敵なら一気にその、存在を消されるところだが……、現れたドリームイーターは、何事もなかったかのように立ち続ける。
 ヴェルセアは、後方からドラゴニックミラージュを放つ。
「本日は閉館ダ。まタおととい来ナ」
 敵は図書館の中にいる人達を狙ってきた、ここでその狙いを反らし中に入れないようにすることが、ともかく優先されるべきだ。
「見敵必殺―心の隙に付け入る悪よ……ここで断つべし!」
 エフイーの日本刀が、緩やかな弧を描く。
 足を斬られ、身体をぐらつかせるドリームイーター。
「カルピィ!」
 標が叫んだ。
 シルヴィアのテレビウムの画面が眩しい光を放つ。
 スモーキン・サンセットを振り上げた標。
 燻した真鍮色の斧が、輝き振り下ろされる。
 ポンと飛びのいた標の影に控えていたシルヴィアが、敵の前に躍り出る。
「サンキュ、標! さて、これで終わりにしようか!」
 シルヴィアのしなやかな足が敵をとらえた。
 まともに攻撃を食らったドロームイーターだが、それでも倒れる気配がない。
「これでもダメなのか?!」
「呆れるくらいタフな奴だね」
「><」
 ノエルはじっと敵を見つめていた。
(「知りたいという欲求が、こんなものを生み出すなんて……」)
 人の心が分からない、知りたい気持ちは自分にも分からなくはない、夢を奪われた男性には、知ってもらいたいことがある。
 その為にも、ここでこの敵を倒さなければ。
 回復の手立てを断つために、殺神ウイルスを投射するノエル。

●決着
 地獄化した翼をバサリと羽ばたかせたエルム。
 近づく敵、頭部のモザイクが揺らぐと、大きく口を開けたかのようにポッカリと穴があき……噛みつかれるところを飛び込んで助けたのは、いつも小脇に抱えているロウジーだった。
 エルムを庇ったロウジーは、大丈夫、と言う代わりに面倒臭そうな顔で見上げるとフンと鼻を鳴らす。
「別に……」
 そんな顔をしなくても、ちゃんと分かっている。
 炎翼の一片(ホムラヒトヒラ)、背中から癒やしを伴う炎を抜き取り、ファンに投げる。
 ファンは、ポンと地面をけると、勢いをつけ敵のみぞおちに強烈な蹴りを放つ。
「今だ!」
 ペタペタと、蒼希のミミック・ミミーが敵の前で立ち止まり蓋をあけると、中から財宝のようなものがばら撒かれ、敵は初めて見るその美しい物体に心奪われたのか、動きが鈍る。
「頼むよ」
 蒼希のファミリアロッドが、元の姿である鴉に戻ると更に敵を惑わすように、その周りをジグザクに羽ばたいた。
 標が高く飛び上がり敵を急襲すれば、シルヴィアもまた高く中空に身を躍らせると重力を込めた一蹴を叩き込む。
 フッと、まるで湧き出たかのように、気づいた時には敵の真後ろに回り込んでいたヴェルセア。
 気配を殺し、チャンスをうかがっていたのだ。
「お前ハたちまち消え失せテ 二度と誰にモ会うことはなイ」
 敵の身体はグラリと傾き、前のめりになる。
「図書館ではお静かにドウゾ、断末魔はお控えくださイ」
 ヴェルセアは、ニッと嗤う。
 素早く懐に駆け込んで、エフイーは刀に手をかけた。
「これで終わりだ」
 引き抜きざまの一閃、敵は両断されドサリと地面に倒れる。
 再び立ち上がらないことを確認し、刀を収めるエフイー。
「……やっと、倒れたようね」
 ノエルは襟元のリボンをキュッと結び直す。
「逃げている人達に、早く安全を教えてあげないと。きっと、わたし達の勝利を心待ちにしているだろうから」
 言葉少なめにそう言ったノエルは、スタスタとしかし穏やかな表情で図書館の方へ歩き出す。

●そして戦いが終わり……
「さぁ、もう安心だ」
 エフイーは避難していた人々に手を差し伸べる。
 ちょうどアイズフォンに応答があった為、片目を閉じるエフイー。
「あぁ、こちらエフイー。ダンテか? 無事敵を討伐した、これから図書館の復旧を始める」
 戦闘による建物への損害はほぼないが、慌てて避難した時に落とした書籍や引っ掛けて倒した花瓶、避難するスペースを確保するために移動させた視聴覚室の机や椅子など、ちょっとした片付けは必要だろう。
「なに、損傷といったほどの被害は出ていない。今回の被害者のいる公園の方へ数人の仲間が向かった。いずれ皆で合流してからまた連絡する」
(「よかった。中に入り込まれていたら、この絵本だってどうなっていたかわからないものね」)
 ノエルは、子供用の読書スペースで足を止めていた。
 可愛らしい絵柄の絵本を手に取る。
(「人の心は分かりにくいもの……喜怒哀楽、それだけで単純に表せない心。表情に感情の出る人、そうでない人……あの男性が分からないように、きっと他の人にもわからない……。でも、まずは言葉や文章にすることで伝わることがあるのかも……きっと、絵本(ここ)には『ひとのこころ』のヒントが詰まってる」)
 ノエルの口元は、自然と微笑む。
 翼をしまったエルムは、黙々と乱雑に端に寄せた机や椅子を並べ直していた。
 被害者に対しては、改めて声をかける言葉が見つからず、ここに残ったのだ。
(「おおよそ現実味のない夢だ。諦める以外仕方のない夢だろう」)
「ニャフン」
 すでに並べ終わっていた机の上で、白い手の上に顔を乗せ、くつろぎアクビするロウジーは、マッタリと羽を休め、リングの嵌まる尻尾をパタパタとさせている。
(「少しでもいい、その願いがいつか何かの実を結べばいいだろうな」)
 その頃、倒れている男に逢いに行ったケルベロスの仲間達は、公園のベンチでちょうど意識を取り戻したばかりらしく、まだ少し朦朧とする頭を抱えた男を見つけていた。
「気がついたかい?」
 穏やかに、標が声をかける。
「……貴方達は?」
 力なくそう聞き返した男に、標は自分たちがケルベロスであることを、そしてこれまでのあらましを伝えた。
「そう、でしたか。ご迷惑をおかけしたようですね……すみませんでした」
 謝る男に、蒼希は言う。
「何かを知りたいと思うのは、決して悪いこととは思わないよ。だけど、それで周りが見えなくなるなら、それは探求心じゃなくて、ただの自己満足だ。それに、大切なのは知ることじゃなくて、理解することだと俺は思うよ。だってさ、ただ知ろうとするだけじゃ、前には進めなかっただろ?」
 どうだい? と、男に思考を促す蒼希。 
「夢は大切だが、心の在り方も学ばなければ人を幸せには出来んぞ。人を幸せにしたいという望みそのものには、どんな理論があるというんだ? もし理論があったとしても、それはとても単純な理由ではなかったのか? 救いたいと思いやってのことではなかったか?」
 腕組みをしながら、ファンはそう尋ねる。
「全てが知りたイ、ねエ……。定命に縛られル『俺たチ』には過ぎた願いだゼ……」
 ヴェルセアは、そう言って皮肉っぽく笑う。
「人の限界っテやつナ……この定命の鎖ガ重く感じテそうなっちまったんなラ……俺たちハ似た者同士かもナ」
「大きすぎる夢……出来るならそれを叶えたいという気持ち。分かるような気もするよ。だけど……」
 標は男の目を見ると笑顔で言った。
「見るだけの夢があってもいいんじゃないかな。出来ることを、その時に出来ることをただ続けていけばいいんじゃないかって思う。もしかしたら、その夢を見てるのは1人じゃないかもしれないしね。一人では無理な夢も、同じ夢を見る人が増えれば……叶うこともあるんじゃないかな?」
「同じ夢を見るのは、一人じゃない。皆でみる、夢……」
「ほら!」
 シルヴィアは、男の前に図書館で見つけたチラシを差し出す。
「お前に必要なのは知識じゃない、心だ! だから物語を読めよ、想像力があれば人の心が理解できるだろ?」
 今月のオススメ、と見出しが書かれたその紙。
 本来は心を持たないレプリカントですら心を理解する者は居るのだ、もともと心を持つ者が、心を理解できないはずはない。
「心身を鍛えるというなら、力になってやるぞ? 武門を極めるものとして、心を鍛えるというのは日々の鍛錬そのものだからな」
 ファンは、力強くそう言った。
 やがて、ケルベロスの仲間達と話すことで、男は何かしらの『答え』を見つけたようだ。
 見ず知らずの自分を救おうと、動いてくれた人が居る。
 デウスエクスとの戦いに身を投じ、その都度一つ一つ、一人ひとりに手を差し伸べるケルベロス達……吹っ切れたのか、男は落ち着いた笑顔で深々と頭を下げた。
「ほんとうに、ありがとうございました。他のケルベロスの皆さんにも、そうお伝え下さい。やれることを1つずつ、やっていこうと思います。皆さんのように、全部を救おうとして何も出来ないのではなく、まずは手を差し伸べられるところから、1つずつ」
 こうして、ケルベロスの仲間達はドリームイーターを打倒し、男の心も救ったのだった。

作者:stera 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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