正月飾りに和菓子は如何

作者:あずまや

 夕刻、ミス・バタフライはむっとした表情で男たちを見ていた。
「あなた達に使命を与えます」
 2人の男が彼女の前で膝をつき、話を聞いている。
「若い女の和菓子職人が、正月飾りを和菓子で作るらしいわ。あんこだから長持ちするんでしょうけど、クリスマス前に大変よねえ……。まずはその職人と接触し、仕事内容を確認してちょうだい。それからその技術を盗んで、殺害しなさい。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
「かしこまりました」
 片割れが頭を深々と下げた。
「この事件も、我々が地球を支配するために必要な1つの因果なのでしょうか」
 もう片方が目をしかと見開いた。
「もちろんよ」
 ミス・バタフライは腕組みをして、息を吐いた。
「いい? これ以上わたしを失望させないで頂戴ね」

 高松・蒼(ヘリオライダー・en0244)はヘリオンの窓から外を眺めている。
「まーた、ミス・バタフライっちゅう螺旋忍軍が動き出した。猫屋敷・子猫(ねこ・e33569)さんの予測した通り、若い女の和菓子職人が狙われるらしい。なんでも正月飾りを和菓子で作るんだとか……変わった職人やのう。敵はこの人の下で修行して、仕事のスキルを手に入れる。そん後にこのおっさんを殺すつもりらしい」
 蒼は腕を組んだ。
「相変わらずミス・バタフライの狙いは分けがわからんが……姉ちゃんの命を守り、螺旋忍軍を撃破してくれや」

「今回の螺旋忍軍の目的は、あくまでも職人さんの仕事のスキルや。自分らを囮にするんやったら、それなりに修行が必要やろうけど……和菓子作った経験があるんやったら、多少は楽かもしれん。今回は作業場も広いみたいやし、このクリスマス時期で人手も足りひんみたいやから、みんなで教わりながら仕事を手伝ってもええのかもしれん。そのへんは、職人さんと交渉してくれや」
 蒼は振り返る。
「職人さんは事前に遠くに避難させたらアカンが、戦闘には間違っても巻き込んだらあかんで。敵は2人。それぞれ相当に訓練を積んどるらしい。囮作戦自体の難易度は高くないが、各個撃破でもなかなか大変な戦闘になるかもしれへん。油断したらあかんで」

 蒼は腕を組んだまま壁にもたれかかった。
「敵はどちらも螺旋手裏剣を装備しとって、バランスもいいらしい。一撃もろたらなかなかしんどいことになるやろうから、回復はしっかりしたほうがええと思うで。奴らが襲いに行く和菓子屋は街の中心部にある、一番おっきな老舗や。店の外に出て戦うっちゅうのは、まず無理やろ。営業しとる昼間には人通りも結構あんねん。突然来よるお客さんにも被害が拡大するかもしれへんし、工夫は必要やろな……。今回は囮作戦よりは、どう戦闘をうまく回すかを考えたほうがええかもしれん」

 額に手を当て、うつむく。
「そろそろ敵さんも本腰入れてくる頃や。ここでばっちり叩いて、二度とミス・バタフライがわけのわかれへん作戦を立てんようにしてくれ」


参加者
秋草・零斗(螺旋執事・e00439)
ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)
相良・美月(オラトリオの巫術士・e05292)
フォルトゥナ・コリス(運命の輪・e07602)
天野・司(不灯走馬燈・e11511)
フレア・ガンスレイブ(ガラクタ・e20512)
詠沫・雫(メロウ・e27940)
猫屋敷・子猫(ねこ・e33569)

■リプレイ

●洋菓子の時代(クリスマス)は終わった
 仕込み場の隅で、フレア・ガンスレイブ(ガラクタ・e20512)が皿や仕込みに使った鍋などを洗っている。手際よく的確に洗われていくので、どれほど職人たちが急いで作っても、彼女は手を持て余してしまう。
「次の洗い物はなんでしょう」
 フレアに悪気はないのだが、そう言われると焦ってしまうのが性。相良・美月(オラトリオの巫術士・e05292)は「ご、ごごごご、ごめんなさいっ!!」と慌てて、あんこを練っていたボウルをひっくり返した。
「落ち着いてくださいませ、美月様」
 びしりとスーツを着こなした秋草・零斗(螺旋執事・e00439)は、その上から三角巾と割烹着を着ている。手つきはさまになっているのだが、「おばちゃん」的なものとは真逆の位置にいる彼に、その恰好はあまりにも不釣り合いに見えた。
「なかなか難しいわね」と、言ったのはフォルトゥナ・コリス(運命の輪・e07602)である。基本は理解しているだけに、その応用系のむずかしさがわかるということだろう。
「和菓子作りをしていると、なんだか心がすっきりとして、ほんわかした気持ちになります」
 詠沫・雫(メロウ・e27940)は穏やかにそう言うと、仕上げた一品を見て「うまくは作れないけど」と付け足した。
「そうですかね?」
 若い女職人が、雫の作ったそれを見て首を傾げた。
「皆さんとっても筋がいいと思いますよ。こころを込めて作った和菓子は、どれも世界で一品だけのもの。もっと自分の作る和菓子を、愛してあげてください」
 彼女のことばに、ケルベロスたちが自分の作ったものを見つめる。
「もっと、修行しなくてはなりませんね」
 零斗はそう言って自分で作った和菓子を口に運ぶと、皿を流し場へと持っていく。
「洗います」
 手を伸ばしたフレアに「結構でございます」と告げる。
「それよりも、折角ですからフレア様も少し教わってみてはいかがでしょう。……ケルベロスの責務は忘れてはなりませんが、しばし、こころを落ち着かせることができますよ」
 彼のことばに、フレアは照れくさそうにこくりとうなずいた。

 襲撃の予測がある当日の昼下がり。
 店頭に立っているのは、職人であった。囮作戦に足る実力にならなかったのではない。螺旋忍軍は職人が作業しているところを見に来るのであるから、ケルベロスたちは囮として和菓子を裏で作っているのである。職人の足元には、雫のボクスドラゴンであるメルが控えている。いざというときは身を挺して守る、ということらしい。数人の客がわいわいと帰省用の手土産を買っている。
「これもうまいなぁ……」
 ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)はカウンター越しに、職人に声をかける。片手にはこの店で一番売れているという最中饅頭。
「うち、ここのファンになるわ」
 ガドがにこりと笑うと、「ありがとうございます」と職人は深々と頭を下げた。
「本当に何から何までおいしいにゃー……」
 とろけた目でお茶をすすっているのは、猫屋敷・子猫(ねこ・e33569)である。彼女もこの店にあった試食を一通り全種類食べ、かなり満足しているようである。
「しかし、これが全部食べられるってんだから、すごいよな」
 天野・司(不灯走馬燈・e11511)はポケットに手を突っ込んだまま、ショーケースの中を覗き込んでいる。
「やらなきゃいけないこと、忘れちゃいそうにゃ」
 子猫が軽く笑った。
「冗談でも、それ言ったらあかんやろ」
 ガドが今度は羊羹に手を伸ばしながら笑った。
 そのとき、自動ドアが開いて、男の2人組が入店してきた。
「……!」
 司が彼らをちらりと見た。どうにも普通の客じゃない。彼女はガドに目配せをした。雫が作戦で考えていた通りに、ガドはそっと彼らの死角に入る。
「あの、すみません」
 男の1人が、職人に声をかける。
「ここに若い女の和菓子職人で、正月飾りを和菓子で作ろうとしている人がいると聞いていたのですが」
「ああ」
 職人は微笑んだまま、「今も仕込みをやっておりますよ」と答える。
「実はその様子を、見学させてほしいのです。わたしたちも隣町で和菓子の店を営んでいるのですが……」
 見え透いた嘘だが、ここは彼らの口に乗っておく。職人には、「何があっても、調理場に誘導するように」とお願いしていた。
「どうぞどうぞ」
 彼女は作戦通りに、恭しく螺旋忍軍を3人のケルベロスが待つ戦場へと案内したのである。
「こっちにゃ」
 子猫がメルと職人を連れていく。司が数人いた客にこれまた小さな声で事情を説明する。「マジかよ」と若い男は目を見開いて驚いた。
「一度帰ったほうがいい。必ず店と職人さんは守ると約束する」
 彼のことばに人々は動揺を隠せなかったが、やがて納得したように帰っていった。最後に、調理場にいる雫に代わって、ガドは店の周りにキープアウトテープを張り巡らせた。この間、わずかに1分30秒。ある意味では、このケルベロスたちの手際の良さも職人芸であるといえる。

●喰らえ、真心
 零斗がもちのようなものを作っている。透明度が高いので、求肥か何かだろう。大きさの違う、丸くて平たい二つのそれ。どうやら、これは鏡餅になるらしい。彼はさらに小さな橙色の球体を作り始めていた。
 雫は緑と鈍い黄色を重ね合わせ、中空の筒を作っている。そしてその一本の筒を、真ん中あたりで斜めに切る。立てると、一気に門松らしくなった。これからさらに華やかに飾り立てていくのであろう、薄く作られた色とりどりの寒天がすでに用意されている。
 フォルトゥナが作っていたのは、しめ縄だ。何本もの細く作られたやわらかい飴のようなものをねじり合わせ、大きなしめ縄を形作っている。
 一層目を引くのは、美月の作業スペースであった。
「師匠、すごいです」
 フレアは極力抑揚をつけて言う。
「そ、そうでしょうか……」
 美月が作っていたのは、花の咲いた盆栽のようにも見える「床の間飾り」と言われるものであった。ある意味では和菓子の王道的な花をモチーフにしている作品である。フレアの「師匠」ということばもあいまって、螺旋忍軍は美月を職人と勘違いしたようだった。
「あなたが、和菓子で正月飾りを作るという……」
「あ、は、はい……」
 美月はうつむきがちにお辞儀をした。今すぐ戦闘、ということでもいい。だが、極力油断させて、一方的に先制できるタイミングを伺うという作戦である。
「ぜひ、お作りになってみてください」
 美月は気持ちをぐっとこらえて、彼らを台の前に立たせた。

 螺旋忍軍に和菓子を作った経験はなかったと見えたが、やはり忍だというだけあるのか、飲み込みがとてもはやい。指示の1つ1つを理解し、正確に作り上げていく。主に美月が中心となって指導に入っているのだが、途中からさりげなく零斗やフォルトゥナ、雫やフレアも彼らに指導するふりをして接近していた。あとは彼らが一番油断したタイミングを見計らって、行動を開始するだけである。
「こんなものでしょうか」
 男が額の汗をぬぐった。
「そうですね」
 美月はちょっと離れて、その様子を見た。きれいには仕上がっているが、何かが欠けているような印象を受ける。
「……これではダメですね」
 雫は節を口ずさむ。螺旋忍軍の男の1人が聞いた。
「……何をうたっているんです?」
 彼女はこともなげに、こう返した。
「これ? 水を起こす、詠」
 途端、濁流が和菓子もろとも螺旋忍軍の1人を捉え、押し流す。
「なっ……!」
 激しい音に乗じて、店舗側から作業場へと、ケルベロスたちが移動してくる。
「……ほう、ようやく全員お揃い、ってことか……まったく、毎度毎度邪魔してくれるぜ」
 もう1人の男が螺旋手裏剣を構え、「死にゆくものに名乗るほどの名はない」と言った。
「それは、うちらのセリフや!」
 ガドが体にまとったオーラが飛び出して彼に喰らいつく。彼は片手に小さな傷を作りながら、それを薙ぎ払った。
「ぬるい!」
「それなら、これはどう?」
 フォルトゥナは飛び上がり、ソーラーフレアを振り下ろす。確かに斧の切っ先は螺旋忍軍の肩を捉えたが、男は顔色一つ変えない。それがどうした、と言わんばかりにそれを振りほどくと、「今度はこちらから行くぞ」と静かに言った。
「はぁぁっ!」
 男の拳が、まっすぐ子猫へと向かう。間一髪フレアが間に入り、その攻撃を受け止めた。彼の拳は妙な回転がかかり、彼女を内蔵から痛めつける。
「あ、ありがとにゃんっ!」
「大丈夫」
 フレアは苦しそうな声でそう言った。
「無理しちゃダメです……!」
 美月はオーラを溜め、フレアの体へと送り込む。彼女の顔から苦痛が消えて、またどこか温かみのある無表情が戻った。彼女はヒールドローンを飛ばすと、前衛全体の防御を固める。
「……っ……」
 先ほどの雫の一撃をもろに喰らってしまった男は、まだ痺れているらしく動かない。この間に、なんとかこの一体を倒さなくては……。
「とにかく、大人しくしていただくしかないようですね」
 零斗がぐっと強く目をつぶると、念力が男の手裏剣の刃が欠けた。男はそれを見て、こともなげに「面白い」と言った。
「そんな余裕も、今のうちだ」
 司の夜空は地獄の炎を纏う。それを振りぬけば、男は袈裟懸けに重い火傷を負った。
「そうっ……かなっ……!」
「そうにゃーっ!」
 子猫はさらに前衛にルナティックヒールをかける。
「そんじゃ、遠慮なくっ!」
 ガドの拳が音速を超え、螺旋忍軍に風穴を開ける。
「ぐっ……!」
 いきなり畳みかけるような攻撃に、彼の足と軽口が止まる。
「回復っ……」
「させない」
 フォルトゥナはドーンブレイカーを振り回し、螺旋忍軍の男を切り裂いた。……だが、間一髪、間に合わなかった。男が回復したのは自分ではなく、もう一人の螺旋忍軍。先ほどまで痺れて動けなかった方の男だ。
「……まったく、なんてことを」
 立ち上がりながら彼は冷たく言った。
「俺など、放っておけばよいというのに」
 彼は背中に背負っていた螺旋手裏剣を構えると、素早く投げつける。
「危ないっ……!」
 まっすぐ飛んで行った手裏剣が美月に当たる直前、零斗がそれを受け止める。傷口が、紫に染まっていく。
「だっ、大丈夫ですかっ!?」
 美月はかけより、彼の傷口に気を集める。
「私は平気でございます……それよりも、彼を止めなくては」
 零斗は自ら負傷しながらも、螺旋忍軍の男から目を離さない。
「来ないで」
 フレアはオウガメタルから黒い光を彼に向けて放つ。確かにわずかに鈍くなったが、彼の足は止まろうとはしなかった。
「止まるわけにはいかぬ」
 男はぼつりと言った。
「ミス・バタフライのためにも、名もなき忍のためにも、ここで止まるわけにはいかぬのだ」
 子猫の引いた弓を真正面から受け、矢が突き刺さったままになっても、男は止まらなかった。
「それがお前の意志か」
 司が握り拳を燃え上がらせた。
「……俺も、覚悟は決めた。これが、俺の意志だ……!」
 歩みを止めない男に、まっすぐ彼は飛び込んでいく。そして胸元まで行って、心臓を思い切り貫く強烈な一撃を浴びせた。……その瞬間、螺旋忍軍の男が絶命したことは、だれの目にも明らかであった。

●お茶でも飲みながら
「疲れたにゃー」
 子猫はぐだりとしながら、またお茶をすすっている。
「信念がある敵というのは、やはり恐ろしいですね」
 零斗は和菓子を差し出しながら、そう言った。すっかり作法もお手の物になっている。また彼の執事としての格が上がってしまう、そんな予感があった。
「んー、俺も教わればよかったかも」
 司はその和菓子を拾い上げて口に放り込んだ。
「うちは食べるだけでええわあ」
 ガドも同じように、ひょいと摘み上げて、ほいと口に入れる。
「お茶を淹れて参ります……ただし、食べたらキープアウトテープをはがして、お店のお掃除といたしましょう」
 零斗はそういうと身をひるがえし、調理場へと向かう。
 戦場になった調理場はというと、なかなかの荒れ具合ではある。ヒールがなければ原状回復に2週間くらいはかかるだろう。フォルトゥナは崩れた棚やこぼれた砂糖など、ヒールではどうにもならない部分を中心に片づけをしている。
 その傍らで、雫が美月に詰め寄っている。
「美月さん……私にもあのお花の作り方、教えてくれませんか?」
「えっ……ええっ!?」
 美月は驚きに顔を赤らめて、きょろきょろとあらぬところを見ている。
「私にも教えてほしいです」
 フレアのことばがとどめになったのか、美月は顔を赤くしたまま動きを失った。
「……白い髪に赤い顔なんて、本当に和菓子みたい」
 フォルトゥナがぼそりとつぶやいて、うふふ、と笑った。

作者:あずまや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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