雪ぎの粧い

作者:七凪臣

●雪ぎの粧い
 昨日の夕方まで冬枯れの園だったなだらかな斜面は、一夜明けると白銀色に染まっていた。
 さくり。
 慎重に足を踏み出すと、まっさらな世界にくっきりとした足跡が残される。
「うん、今日はおばーちゃんが言ってた条件にぴったり!」
 吐き出した端から真白く凍る息と一頻り戯れた律は、一人ぽっちの雪原で歩みを止めた。
「その冬の、最初の雪が積もった日」
 背に斜めがけしてきたメッセンジャーバッグを下ろし、中に仕舞っておいた一つの包みを取り出す。
「雪色のお面をつけて……、と」
 はらり解かれた包みから現れたのは、幾枚もの和紙を重ねて作った真白き面。さながら、雪の化粧を施したような。
「そして……えっと、そうそう。こう唱えるんだったよね」
 温かなストーブの前でいつまでも微睡んでいたいような早朝に、律が凍えるような寒さを押して出掛けたのは、一つの『興味』に突き動かされてのことだった。
「『雪童子さん、雪童子さん。私と一緒に遊びましょう』」
 シンと静まり返った野原に、少し高めの少女の声が響く。浮ついたそれには好奇心が満ち満ちていた――けれど。
「さぁ、どうかな――」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 期待に弾む声は、巨大な鍵で胸を貫かれたことで途切れる。
 失われゆく律の意識、雪原にゆっくりと頽れる彼女の体。
「オ顔ヲ見セテ頂戴ナ? ソシテ一緒ニ遊ビマショ?」
 そうして無垢なる大地に残されたのは、第五の魔女・アウゲイアスによって具現化された、茣蓙帽子をかぶり雪沓を履き、真っ白い小袖の上に同じ色の袢纏を羽織った少女――雪童子の姿をしたドリームイーターだった。

●雪の怪
『雪童子のような敵が現れるのではないだろうか』
 そうクー・アアルト(レヴォントゥレット・e13956)が危惧した通り、真っ白に雪がれた大地に一体のドリームイーターが現れる。
 元になったのは、律という少女の興味。
「律さんの興味を奪ったドリームイーターは姿を消していますが、雪童子の姿をした方は既に具現化されています。新たな被害が出る前に、皆さんにはこれを退治して来て欲しいんです」
 そうすれば律も無事に目を覚ましますからと言い、リザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)はケルベロスたちに己が知り得た事を詳らかにする。
 現れるのは、そのシーズンの最初の雪が積もった日。
「早朝に人気のない場所で、真っ白い面を被って『一緒に遊ぼう』と呼びかけると、雪童子は姿を見せるでしょう」
 そして雪童子は『お顔を見せて?』と尋ねてくるらしいが、見せても見せなくても構わない。雪童子の機嫌は多少変わるかもしれないが、戦う事には変わりない相手だからだ。
「大事なのは彼女の存在を信じて、呼び出す文言を唱える事ですね。或いは、噂話をして気を惹くのもいいかもしれませんが」
 詳細は皆さんにお任せしますと告げ、リザベッタは目的の雪原へケルベロス達を誘うべくヘリオンへ向かい。何か思いついたように足を止め、振り返った。
「雪童子は初雪と同じくらい無垢なものに呼ばれる――そんな風に考えた人が作った噂話かもしれませんね」
「『雪ぐ』という言葉もあるくらいだしな」
「穢れ払い、ですね」
 後を足した六片・虹(三翼・en0063)に、リザベッタは目を細めてこくりと頷く。
「せっかくですから。無事に戦いを終えたら、初雪が積もった野原を堪能するのもいいかもしれません。雪以外、何もない場所ですけれど。呆っと雪を眺めたり、雪合戦くらいは出来ると思いますよ」


参加者
燈・シズネ(耿々・e01386)
リヒト・セレーネ(玉兎・e07921)
クー・アアルト(レヴォントゥレット・e13956)
王生・雪(天花・e15842)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
月代・風花(雲心月性の巫・e18527)
宝来・凛(鳳蝶・e23534)

■リプレイ

●初雪の導き
 ただの野原だ。視界を遮るものも特になく、遠くに綿帽子を被った街並が見える――そう、綿帽子。真白の。そして、冷たい。
「……よし!」
 いつもより多めに着込んだ衣類、良し。転ばない為の冬靴、良し。まるで世界に溢れる音を吸い込んでしまっているかのような雪野に赴く点検を終え、月代・風花(雲心月性の巫・e18527)は浮き立つ心の侭に、ざくり、ざくりと無垢なキャンバスに足跡を残す。
(「此度現れるのは夢喰い――嗚呼、然れど」)
 ふぅと吐き出した己が息と、連れるウィングキャットと。そして自らの髪や翼とも。その何れにも負けぬ一面の白に、王生・雪(天花・e15842)は漆黒の双眸を細める。
「雪ちゃん、何ぞあったん?」
 知らず思考の原野を彷徨っていたのか。一歩半の距離を前に行き、ひょいっと顔を覗き込んでくる親友――宝来・凛(鳳蝶・e23534)の声に雪は我に返った。
「噂が真であっても不思議ではない程、幻想的な……心洗われるような光景だと思っていたのです」
 四季に一度限りの初雪御伽草紙。最初に言い出した人物は、さぞ純真な心の持ち主だったに違いない。
 共に雪映えする花を髪に咲かす者同士。凛は足元に椿柄の衣を纏う翼猫をじゃれつかせつつ、雪の考えに全面同意を謳う。
「ほんまに。相手の正体はさて置き、噂に引かれた子ぉの気持ちは良う解るなぁ」
 昨日までの澱を全て雪いで、清らかに。こんな光景の中でなら、常世では出逢えぬモノとも確かに遭遇出来てしまえそう。
(「どこか別世界のようだな」)
 何が起きても、居ても。不思議ないと感じさせる雪原に在って御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)は、先んじて駆け、軽い足取りで帯びた鈴をシャンシャン鳴らし戻って来たオルトロスを一撫でし、意識を澄ます。
 白き世界があの世ゆきの入り口にならぬよう、彼の少女を目覚めさせなくては。
 その為に、成すべき事はただ一つ。
「この辺でいいかな」
 十数メートル足跡を残してきた地に立ち、ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)が頃合いを計れば、手袋の弛みを直したクー・アアルト(レヴォントゥレット・e13956)も「そうだな」と頷く。
 一通り見渡したが、近くに少女――倒れた律の姿はない。ならば、戦いに巻き込む事もないだろう。
「ん、どうかしたか?」
 皆がいそいそと白い面を取り出す段、感じた視線に虹が視線を落とす。
「いっ、いえ」
 慌てて首を振ったのは、リヒト・セレーネ(玉兎・e07921)。見上げた女は普通の格好をしているが、彼女が引き摺る荷物はかなり大きい。
(「――きっとあの中に」)
 ただでさえ期待と興味が膨らむ現状に――これから始まるのは戦いだと知りながら――、更に一つのお楽しみを加え、リヒトはうさ耳付の黒コートの首元をきっちり寄せてから白面を被る。
「せっかくだから、本物の雪童子さんが出てきてくれたりなんかは……! しない、かなぁ」
「こんなにキレイな景色なら、雪の精ってヤツもホントにいそうだもんなあ」
 いよいよ迎える邂逅の時に高揚を抑えきれず風花が言うと、白面を着け終えた燈・シズネ(耿々・e01386)も呵呵と笑う。
「オレは寒いのは苦手だが、雪遊びは大好きだぜ」
「シズネ、遊ぶのは終わってからだよ」
 既に遊ぶ気満々の友の様子にラウルは面の下で表情を緩め、その心地のまま憧憬さえ抱く白い世界に呼びかけた。
「一緒に遊ぼう?」
 そうして一人、また一人。遊ぼう、遊びましょう、と雪童子を喚ぶ。すると、さほど間をおかずして小雪が舞った。
「遊んでくれるの?」
 現れたのは、まぁるい瞳が愛い雪童子。
「お顔を見せて?」
 ててっと走り寄られ覗き込まれ、風花は暫し逡巡。でも、どうせなら一緒に楽しい方がいいと風花はパッと白面を外す。
 にこり。笑った童女は一人一人巡って、覗き、「お顔を見せて?」と強請ってゆく。
「喜んで」
 リヒトは喜々と、雪とラウルは「遊びましょう」と顔の覆いを取り払い。
「寒さが気にならねぇぐらい、遊ぼうぜ! 雪ん子ちゃん」
「うん!」
 シズネに至っては、雪童子を煽るように。
「お顔を見せて?」
「――」
 無言で応え、クーは真摯な瞳を『敵』に投げた。これは、戦い。幼き姿のデウスエクスへ抱く想いは、穢れとしてだけではなく、雪への手向けとして。同じく蓮も、鬨の声としての覚悟で面を払う。
 これにて七人。残った凛は――。
「……見せてくれないの?」
「気になるなら、取ってごらん?」
「!」
 一人だけ面を取らなかったのは、ある意味とても効果的。仕掛けられた悪戯に、雪童子は黄色い歓声をあげて雪の礫を凛へと放った。

●光の幻想
 雪童子――律の興味から生まれたドリームイーターとの戦いは、蓮の星降る蹴りが目標を強かに打ち据えた時点で、流れが決したようなものだった。
「なかなか面白いもんが見れたぜ。でも、間違って俺を撃つなよ?」
 常は耳にしない、ラウルの激しい口調。日頃の穏やかさとは一線を画す、甘さを捨てた言葉遣いを聞きつけ、そうシズネが発破をかけると、 
「ま、俺を信じろ。シズネは前だけ見てろって」
 発破返しの笑顔が返って来るから、おうよ、と応えたシズネは重心を落とし、雪埃を巻き上げる低姿勢で一気に駆ける。
「よそ見してっと足元すくわれるぜ?」
 雨を予見した燕の如く。低く鋭く敵の懐に入り込んだ男は、渾身の力で雪沓の足元から上へと刃を薙ぎ払う。
「シズネさん、凄い、です」
 野性の苛烈さをそのまま体現したシズネの斬撃に、刹那、リヒトは目を見開く。そうして我もと星辰を宿した長剣を両手に構え、うさ耳を跳ねさせながら懸命に走り、地揺るがす超重力の十字斬りをデウスエクスへ見舞う。
 経験と、担った役目と。本来のそれのままなら、あまり命中精度は高いといえなかったシズネとリヒト。だが、蓮が初手で敵の足を幾重にも縛めた成果は大きかった。お陰でリヒトの足止めの一手も序盤ですらりと決まり、今となっては雪童子はケルベロス達の攻撃を一つとて躱せやしない。
 けれど。
(「やっぱり悪い敵には見えない……せめて、戦いも楽しんでくれたらいいな」)
 優しく願うリヒトの心中を察したのではないだろうが、攻撃を浴びても雪童子はきゃらりと笑う。そう在る事が、彼女の礎であるが故に。
 とは言え、雪童子もデウスエクス。じゃれつくようであっても、その一撃は深く命を削るもので。
(「この白を、血で穢れさせはしない」)
 朝の光をチラチラと眩く照り返す雪野原を青き瞳で捉え、クーは癒しの力を練り上げる。
「大気の乙女、イルマタルよ。――私に力を貸してくれ」
 召喚するのは、花冠を戴く美しき風の精霊。そして彼女の齎す涼なる風で、凛を庇った彼女のサーヴァント、瑶を包み込む。
 雪童子はよほど顔が見たいのか、面を外さぬ侭の凛に執着した。お陰で敵の攻撃は凛に集中したが、盾を担う彼女は打たれ強く。また瑶だけではなく、蓮が連れた空木も凛を守ろうと奮戦している事もあって、ダメージコントロールは驚く程に安定していた。
「こんどは、これ!」
 厚手の手袋を嵌めた手から、雪童子が雪うさぎを飛ばす。ぴょんぴょんと雪の上を幾度か跳ねたそれは、またしても凛を狙うが。その前に、鈴を鳴らして駆けた空木が立ち塞がる。
「わぁ、ごめんなぁ」
「気にするな」
 凛の謝辞に空木に代わって応えた蓮は、雪童子のペースを尚も乱そうと小さなスイッチを押す。直後、体表のあちこちで起きた爆発に夢喰いはパチリと瞬き、またも快哉を叫ぶ。
「すごぉい!」
(「……これ、は」)
 六花の化身として生まれたモノらしく、どこまでも無垢な様に、雪の胸をチクリと記憶の棘が刺す。思い起こされる、過日相見えた己が宿敵の姿。
 しかし。どれ程憐れもうと、真の憐れみは与えられないから。
「……そろそろ遊び疲れた頃でしょう?」
 貴方は還って、お休みなさい。
 ふわりと白く溶ける息で囁き、雪は凍てつく氷雪の霊力を帯びた一太刀を雪童子へ浴びせる。巻きあがった太刀風は吹雪の如く、されど美しい花の如く。熾烈に咲いて、儚く散って。
「そうやね、うちもそろそろお疲れやし。手洗いお遊びも、この辺でお開きにしよか」
 雪が作った流れに乗って、凛も背の白翼を広げ地獄で補う右目を煌かせた。
「さぁ――遊んどいで」
 紅の胡蝶は地獄の遣い。何処からともなく生じた其は、火粉を散らして舞い踊り、雪童子の肩にひらり留まると、全てを焼き尽くす業華と転じ。後に続いた雪の翼猫、絹も夢喰いに深々と爪を立てる。
「ルネッタ、攻撃を」
 虹と共にクーの癒しを補う貴婦人の如き白いウィングキャットへ一声を発したラウルは、月彩にも似た花が刻まれた象牙の銃把を有すリボルバー銃を構えた。
「折角の出逢いだが、俺たちには目を覚まさせなきゃならない子がいるんでな」
 軽く指を引くと、飛び出す弾丸。狙いよりはるか下へ向けて放たれたそれは、雪園に跳ねて雪童子の肩を下から貫き。
「っう、」
「ごめんね。でも、最後まで全力で一緒に遊ぼう?」
 よろりと膝をついた雪童子目掛けて走り、風花は雲竜の意匠が施された鞘から美しき刃を抜いた。
 面を被った者に呼ばれ、顔を見せてと。一緒に遊びましょうと現れる雪童子。どんな子なのかと、風花は最初から興味があったのだ。
 その子とのお別れの為に力を振るう事が、琴線に触れないわけではないけれど。
「舞い散れ、氷華!」
 帯びさせたのは氷の霊力。かくて氷の華を描くかのような剣舞を踊り、風花はデウスエクスを幾重にも切り刻む。

「頼むな、ヴァロ」
 少しでも雪童子が楽しいように。杖の形態から戻した白銀の子狐を肩に、クーはオーラの弾丸を放つ。
 牙を剥くよう喰らいつかれた雪童子は遂にへたりこみ、最後にふぅと凍てた息を吐く――が、もうそこまで。
「喰らえ、そして我が刃となれ」
 祖父の営む古書店で本を読み耽る少年らしく、蓮が繰るのは古書に宿った様々な思念。霊力に変換し我が身を媒体とし具現化させて。そうして巻き起こされた風に、雪童子は浚われる。
 ――ばいばい。
 淡雪と散った姿が最期に手を振ったように見えたのは、ただの偶然か、はたまた新雪が散らす光が織り成した幻想だったのだろうか。

●白の戯れ
 剣戟が収まれば、シンと冷えた静寂が雪原に戻る……かと、思いきや。
「……来たか」
 オレンジと茶の縞模様が入った尻尾をピンと立て、走り寄って来るゴールデンタイガーの子供を、蓮は肩の力を抜いて出迎える。
 終わった? 終わった?
 じゃれつく仕草は大きな猫のよう。でも正体は、店の常連客であり、空木の事が大好きなフリューゲル。せっかくの機会だから空木と存分に遊びたくて、動物変身して現れたのだ。
 一人と一匹、顔を合わせると、珍しい雪の光景にお遊びボルテージは急上昇。
「あまりはしゃいで迷子になるなよ。ロスチャイルド、お前もな」
 カッコいいわんこの飼い主さんに心配されて、フリューゲルは蓮の足元にじゃれつくと、『任せて』とばかりに胸を張る。
「雪崩も起こすなよ」
『大丈夫!』
 今一度の念押しを背に、戦いの余波を喰らわずに済んだ雪原を一匹と一人が駆けまわり始めれば、いざ雪との戯れタイムの始まり始まり。起き上がったら意外にあっさり見つかった律もクーとリヒトが救援に赴いたから、まさに大団円の幕開けだ。

「こんなに真っ白で雪だらけなのは初めてだ」
 半ば感動、半ば呆気に取られてシズネが言うから、戦意の衣を脱いだラウルは「そうなんだ」と和やかに笑う。
 けれどのんびりさんは僅かの間だけ。雪と戯れ始めてしまえば、男たちはあっという間に童心に返る。
「でかい方が強くてかっこいいもんな!」
 ぎゅっぎゅっと固めた雪玉を、シズネは夢中でごろごろ。
「子供の頃以来だよ。可愛く作れるといいな~」
 経験のあるラウルは、丁寧にころころ。
 出来上がった二つの雪玉は、武骨でどっしり立派なものと、形もサイズも綺麗目なもの。そうして大の上に小を乗せると――。
「……ちいと大きく作り過ぎたかなあ?」
「むしろ俺のが小さ過ぎた?」
 明らかに胴と頭の比率がおかしい雪だるまの完成に、シズネとラウルは顔を見合わせると、堪らず弾けるように吹き出した。
 空に上がった太陽は眩しくて。もしかしたら、明日には跡形もなく溶けてしまうかもしれない『彼』。
 でも、
「ま、この幸せが溶けて消えることはねぇよな」
「そうだね。いつまでも残るといいな」
 ラウルとシズネ、二人で作り上げた時間と思い出はずっと暖かく。

 大きなフェネック耳は放熱してしまうから。北欧育ちで寒さに慣れたクーに対して、ルムアは冬用帽子を被った防寒装備。
「クーさんの故郷もこんな感じだったのでしょうか?」
 白い息の向こうで金色の髪を揺らす恋人の問いに、クーは羽めいた機械耳を僅かにそよがせ、ふふと微笑む。
「ああ……似てる。懐かしいな」
 刹那、遠くを見つめるよう瞳を細めたクー。けれど不意に膝を折ると、雪をひとつまみ。そのまま砂漠育ちの男の頬へ押し付けた。
「っ!」
「あははっ!」
「触ると冷たいのです! かき氷のようです」
 悪戯大成功。しかも拗ねるでなくルムアが零したのは感嘆で。ならば、と高揚に頬を染めた女は男を雪だるま作りに誘う。
「私の故郷では三段なんだ」
「それなら、特大の雪だるまを作りましょう!」
 ヴァロも加わり、二人と一匹での三つの雪玉作り。気が付くと、汗ばむほどに体は温もり。 程よく育てた雪玉を三段重ね、枝の目口に人参鼻。マフラーを添えれば、懐かしい雪だるまも完成で。
「寒い日でも、元気に遊べばぽかぽか暖かいですね」
「そうだな」
 楽し気に顔を上気させるルムアを横目に、クーは密かに祈る。
 ――いつまでもこんな風に寄り添っていけたらな、と。

 雪と見れば、雪だるまを作りたくなるものなのか。
 一頻り皆が戯れる様子をのんびり眺めていた風花も、思い立ったようにころころ始め。いつの間にか夢中になっていたらしく、仕上がったのは見目好しサイズ良しの美人さん。
 折角だからと虹と虹のオルトロスのぎんさんにお披露目した――ところまでは良かったのだが。
「おぉ、これは見事」
「……」
 雪だるまの評価より、それにじゃれつくぎんさんより。風花が気になったのは虹の格好。
「なんで雪だるまなの?」
 実はリヒトが気にかけていたのは此れだったのだが。予想だにしていなかった風花はしばしぽかん。
 そして虹だるまにいち早く気付き笑った少年――リヒトはと言うと。双子の兄、ルースと雪うさぎ量産に精を出していた。
 どうしたって思い出してしまう雪童子。あの子が寂しくないように。
 我に返った時には無数の雪うさぎが双子を囲み。群れる愛い姿にほっこり和み、そこでリヒトは兄の異変に気付いた。
「ルゥ兄、何悩んでるの?」
「うん……ねぇ、リィが作った雪うさぎ。連れて帰ることは出来ないかな?」
 目と目が合ってしまったのが運の尽き。でも、鏡写しの顔は厳しくピシャリ。
「駄目だよ。そんな事したら、兎が寂しがるでしょ」
「……!」
 飛んできたお説教。されど、怒られたルースの表情はふわりと緩む。だって、駄目な理由が可愛くて仕方なかったのだ。
「そうだね。それに、僕には大好きなリィがいるから寂しくないしね」
「!!」
 反射的に足元の雪を掬って、照れ隠しに兄へ投げつける。でもそっぽを向いても、真っ赤になった頬は誤魔化せない。
「あれ、雪合戦でも始めるの?」
 そんなリヒトにとって風花の言葉は渡りに船の救いの神。
「やるんだったら、一緒に全力で遊ぼうよ!」
「盾なら任せろ」
 おーい、と手招く風花に。ふんぞり返る虹だるま。
 思わぬお姉さん達からのお誘いに、双子は一瞬前を忘れて額を突き合わせ――吹き出す。
 同じ笑顔に、嬉しさ満開。

●雪ぎの世界
 一面の雪の中、ステキな六花の宝物を見つけたフリューゲルは大興奮。今日という日に誘ってくれたお礼になればと蓮の袖に噛み付きぐいと引く。
「あぁ、分かったからそんなに引っ張るな」
 平らな口ぶりなのに、ゴールデンタイガーの頭を撫でる手は優しくて。込められた『ありがとう』の意を感じ取ったフリューゲルの尻尾は、嬉し気にぱたりぱたり。
「楽しそうですね」
「せやねぇ」
 相変わらず真っ白な大地の上を、引っ張り引っ張られてゆく姿を見守り、雪と凛はまぁるい息をほぅっと吐く。
 広がる白は、雪ぎの白。けれど何れ迎える爛漫の春も眠っているのだと思えば、感慨は一層深く。
(「――私の心も、雪がれるようです」)
 己が名と同じ世界に雪が浸っていると、腕に抱いた絹が暖を求めるように擦り寄って。かと思えば、瑶の方は凛の腕から飛び出し、見慣れぬ白に肉球スタンプを押して周り始めている。
「おんなじ猫には見えへんね」
 種は同じでも、性格はそれぞれなのか。絹と瑶を見比べ破顔した凛は、よしっと自らも新雪に足を踏み出す。
「瑶だるま作ろ! 雪ちゃんもおいでぇな」
 律ちゃんも、虹さん、ぎんさんも一緒に、と誘われれば、何だかんだで場に馴染んでいた律が「わぁい!」と駆け出し、虹だるまはぎんさんを支援に送り出す。
 無垢と無邪気に満ちた世界は、白く眩く。一層、目を細めた雪も、まろぶように友の元へ。
 ――嗚呼、何と好き一日でしょう。
『楽しいね!』
 何処からか、童女の笑い声が響いた気がした。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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