人のひしめき合う大きな遊園地。
気づくと少女はそこにいた。
周りを歩く人々は立ち止まる彼女を気にした様子もなく、ただ過ぎ去っていく。不思議なことに、その遊園地には一切の音がなかった。園内に流れる音楽もなければ、人々のざわめきすらも聞こえない。
吐く息は白く、素足だというのに、寒さも感じない。
誰も気に止めることのない少女に対し、奇抜な見た目をした道化師がとことこと近づく。
メイクの変わりに仮面をつけるそれは、風船を一つ彼女に差し出す。
少女がそれを受け取った瞬間、音のなかった世界に風船の破裂する音が響く。
風船からあふれ出る赤黒い液体。
悲鳴を上げそうになった少女の前で、道化師の頭が首を離れ地に転がり笑い声を上げる。
体を跳ね上げ、ベッドの上で身を起こした少女の顔は青白く、汗でじっとりと濡れていた。夢の中で浴びた赤黒い液体を連想させるそれを寝巻きの袖で拭いながら少女は小さく呟く。
「夢……だよね……」
呟き、時計に目をやろうとした少女の視界に一瞬、金色の輝きが映る。
それは鍵。少女の胸へと突き立てられた金色の鍵の輝き。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの驚きはとても新鮮で楽しかったわ」
少女の耳に届く声、それに遅れ、夢の中で聞いた、不吉な笑い声が耳に届いたかと思うと同時、その体は力なくベッドの上へと倒れこんだ。
「わけもなく怖いものってありますよね、音楽室の絵画、古びた廃墟、表情のない道化師……想像力が働いてしまうからこそ、何の変哲もないはずのものが怖くうつってしまう。子供は特にそういうの顕著ですよね?」
あと、日本人形なんかもそうですかね、と薄く笑みを浮かべながらニア・シャッテン(サキュバスのヘリオライダー・en0089)は指折りそんな対象をあげ、ケルベロス達が先を促すのを感じると、居住まいをただし、話の本筋へと入っていく。
「そんな道化師の夢をみてしまったばかりに、ドリームイーターにその驚きを奪われてしまった少女が一人……踏んだりけったりの彼女を、ニア達が助けずに、誰が助けるというのでしょうか?」
芝居がかった調子で言いつつ、ニアはちらと視線をケルベロス達のほうへと移し、彼等が事態を把握したのを確認すると、嬉々として今回の件についての詳しい説明を始める。
「この驚きから生まれたドリームイーターは道化師の見た目をしており、被害者の少女の住んでいる住宅街の周辺で驚かすターゲットを探して辺りを徘徊しているようです。暗い夜道で道化師に出会うだけで十分驚けそうなきがしますけども……」
想像して、嫌そうな表情を浮かべつつ、ニアは続ける。
「攻撃方法もユニークな驚きを誘うようなものが多いようですね、風船爆弾、ナイフジャグリング、カードマジック……被害がなければ見てるだけで楽しめそうですが、人通りのある場所ですしそうもいってられませんし、早いところ片付けてしまってください」
敵の見た目なんかは説明するまでもなく、夜道で出会えば嫌でもわかるでしょうから、その目で確かめてみてください、なんて、とニアはおどけて見せ、ケルベロス達へと向き直る。
「ドリームイーターでなければただの愉快な見世物ですみますが、害があるとなれば話は別です。うっかり驚かなかった人が殺されてしまってからでは遅いですからね。急ぎ現場に向かって種明かしして、二度と芸が出来なくしてあげましょう」
参加者 | |
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紫藤・リューズベルト(メカフェチ娘・e03796) |
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394) |
暁・万里(パーフィットパズル・e15680) |
ラグス・フェルノア(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e22491) |
ルカ・フルミネ(レプリカントの刀剣士・e29392) |
十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149) |
峰雪・六花(チェインドクレイン・e33170) |
蓬生・一蕗(残影・e33753) |
●
心臓の音が聞こえそうなほどに、静かな夜だった。
常であればまだ寝るのには早い時間、住宅街は夜の闇に沈み、冷たい空気に音までも凍ってしまったかのように、酷く静かで、響くのはケルベロス達の立てる不規則な足音だけ。
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)の腰に提げたライトが揺れ、道路に仲間達の影が長く濃く伸びる。その影を追いかけるかの用に彼等は歩いていく。
「それにしても、なかなかおめにかかれないですわね」
紫藤・リューズベルト(メカフェチ娘・e03796)はライドキャリバーのマークザインにまたがりつつ、周囲をきょろきょろと見回すものの、もぬけの街に人はおろか生物の気配は殆ど感じられない。
「こっちも上から見回ってきたが、逃げ遅れたやつも、目標のそれらしい姿もみあたらなかったぜ」
「私、も……それらしい、人影は……」
上空から住宅街一帯の見回りと避難誘導を行っていた十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149)と峰雪・六花(チェインドクレイン・e33170)の二人も、戻ってくると同時、丁度その話をしていたリューズベルトの言葉に頷きつつ、連れたってあるく一団へと加わる。
「奴さんの行動理念からしてほっといてもあっちから出てきそうなもんだが」
面倒そうに呟きつつ、サイガは頭をかき、溜息を吐いてみせる。
「人を驚かせるのが趣味なピエロさん、だっけ~? 迷惑たよねぇ~」
そういいながらも、目標である道化師の模したドリームイーターに期待するかのように、笑みを浮かべるラグス・フェルノア(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e22491)は暖をとるかのように、胸元にボクスドラゴンのギューフをぎゅっと抱きしめ、時折、足をぶらぶらと振ってその状態をたしかめている。
「見方によっちゃ不気味だしねー。そんなんが夜の街中にいたらそれだけでビビるわ」
手元のアイズフォンを操作しつつそういって笑うルカ・フルミネ(レプリカントの刀剣士・e29392)の足元を気遣うように暁・万里(パーフィットパズル・e15680)はその隣を歩きつつ、口を開く。
「でも僕は、道化って好きなんだよね。誰かを笑顔に出来るって、素敵なことじゃないかな」
どこか陰のある笑顔を浮かべ、そう語る万里の様子に、蓬生・一蕗(残影・e33753)は軽くいぶかしみながらも言葉を返す。
「驚きで人を楽しませるだけならいい事だろうが、それではすまないようだしな」
彼等が人々を避難させ、この住宅街で探しているのは、とある子供の驚きから生まれた、道化師を模した一帯のドリームイーター。
人を驚かせることを目的とし、驚かない者には実力行使し、殺しにまでいたる場合もある。
そのようなモノを放置しておけるわけもなく、予知をうけ、彼等はその排除へとやってきていた。
「なんにせよまずはみつけないとお話にならいですの――」
呟きつつリューズベルトが曲がり角を曲がったところで、マークザインを停止させる。
その後に続いていたケルベロス達も、何事かと曲がり角を曲がった先それを見つけ、数名を除いて、ぎょっとした表情でそれを見つめる。
真っ暗な路地の先、垣根の前、電信柱の影にそれはいた。
一歩踏み出したその途中で時が止まってしまったかのようにピタリとその姿で静止したまま動く気配の見られない道化師の姿がそこにあった。
二股に分かれた帽子の先も、長い髪の毛も、冷たい風が吹こうと、不思議と揺れることはなく。奇妙な仮面でその表情が動く様も読み取ることはできそうにない。
「これは……驚きだね」
「この程度でびびるわけ……いや、びびってるって! びっくりすりゃいーんだろ!」
万里の言葉に反射的に負け惜しみのように呟いた刃鉄は、ルカに脇腹をつつかれハッとした様に言葉を翻す。
そうして、純粋に驚いたり、あるいは驚いたふりをするものがいる中、一蕗と六花の二人は平然とその動かない道化師を見つめている。
「……これくらいなら、別に」
「この暗がりでたしかに不気味な様相ではあるが、この程度ではお化け屋敷と大差ないな」
口々にそういう二人の様子に、一切動きを見せなかった道化師は右手と、左手、それぞれを上下にゆっくりと動かし顔の前で交差させる。
すると、無表情であった仮面は片方が涙を浮かべ、もう一方は瞳を吊り上げた怒った表情へと変化する、と同時に、両の手には指の間に挟まれたナイフが三本ずつ、どこからともなく現れている。
「やるじゃん」
感心したように手を叩きそういうサイガのほうに一瞬、顔を向けぺこりと一礼した後、ナイフを宙へを放る。両の手を器用に使い、くるくるとそれらをお手玉する様は見る者をひきつけるよどみのない動作だ。
「あっ」
思わずラグスがそう声を上げる。
道化師がナイフを一本掴み損ね、連鎖するように、他のナイフたちも次々にその手から零れ落ちていく。そう、思われた。
最初の一本目が地に落ちるより早く、道化師のつま先がそれを弾く、立て続けに、二本、三本、落下し始めてすぐのものをは、手で掴み、弾くように、全てをケルベロス達へと向けてうち出した。
●
「人を、笑顔にするのが、道化師さん……なのに、殺したりしちゃ……いけない、です」
仲間達を狙うナイフの雨を六花の操るオウガメタルが弾き飛ばす。
自らの行動に驚く事もなく平然とその攻撃を受けてみせる彼女に対し、道化師は涙を浮かべた仮面の半分を驚きへと変え、口元を手で覆い、驚く様を表現してみせる。
「待ぁってました!」
そのわかりやすい隙をついて、サイガが動いている。
紫電を纏う槍が道化師の肩を貫き、密かにその手に握られていたナイフを落とさせる。突撃の勢いのまま密着するように距離を詰め、蹴りを叩き込みつつサイガは槍を引き抜く。
電光石火の一撃の後、リューズベルト放つ追撃の鋭い打撃が道化師の体を吹き飛ばす。
ナイフの立てる金属音に続き、鈍く重いものが地面に落ちる音が響く。
ケルベロス達が視線を向けたその先に転がるのは、道化師の長い髪が伸びる頭。それがころころと地を転がり、無表情な仮面をケルベロス達のほうへと向けて、ピタリと止まる。
誰一人声を上げなかったのは、戦いへの慣れか。
しかし、そちらに彼等が目を向けた隙に、道化師はすっかりと狙いをつけたらしい六花へと肉薄している。
「人を傷つけるためだけのショーなんてのは、見過ごせないな」
そのいく手を阻むように万里の放ったウイルスカプセルが道化師の前で弾け、周囲にウイルスを散布し、その体を蝕んでいく。
その場から一度離脱しようと地を蹴る道化師。
それを追って、素早く踏み込んだルカの腕が道化師を目掛けて伸びる。
「景気づけにビリッと一発!」
帽子と仮面に包まれた道化師の顔を、彼女の細い指が鷲掴みにし、その指先に内蔵された兵装から直接、青白い電撃が道化師の頭部から全身へと一瞬で駆け巡る。
びくりと跳ねる体。確かな手応えに、もう一度攻撃を叩き込もうとしたルカの体が強い力に引かれ、後ろ向きに引き倒される。
「悪いが、私は君の見世物には驚かないよ」
一蕗が引き倒したルカを庇うように飛び出し、どこからともなく湧き出した風船の爆発を至近で受け止め、その被害を一手に引き受ける。
「露払い感謝するぜ」
ニッと口の端を吊り上げる笑みを浮かべ、刃鉄は敵の注意を仲間達が引いているうちに一瞬で距離を詰めると、地を砕く荒い踏み込みと共に、道化師の細い体へと蹴りを叩き込む。
くの字に折れた道化師の体はまるで漫画のように飛ばされたかと思うと、近くの塀に叩きつけられた瞬間、その体はトランプへとばらけ、ひらひらと舞い散る。
「なあ他には? 他にはなにができるんだ?」
そうして、電柱の影からひょっこりと姿を現した道化師に対し、サイガは目だけは笑わぬ笑顔でそう、問いかける。
ただの手品なのか、それともグラビティを用いた一種の回避術なのか、判別は出来ないものの、道化師の体のいたる所には点々とモザイクの露出している部分が見て取れるようになってきている。
ケルベロス達の攻撃が蓄積し、ダメージを与えている証拠だ。
それでも道化師は、自らの技に驚かぬものを驚かせようと、己が顔を撫で、無表情の仮面をつけ、ゆらりと、闇の中揺れる。
その体を逃すまいと一蕗の放つ黒鎖が地を這い、その死角から道化師の足を絡めとり、締め上げる。
「炎を僕の足に宿り力となれ!!」
両の足に炎を纏い、ラグスは飛ぶ。
闇に尾を引く、地獄の炎。距離を取ろうと下がろうとする道化師を、一蕗が鎖を引き、その場へと留まらせる。
ラグスの蹴りが、地を砕き、舗装された道路がめくれ上がる。衝撃に岩と無数の礫が炎を纏い、動けない道化師の体を貫き、打ち砕く。
●
粉塵が舞い、瓦礫が音を立てて崩れる。
そこから飛び出す一枚のトランプは、地面に音を立てて突き立つと、煙を噴出し、同時に道化師の姿がそこに現れる。
パチパチと手を鳴らす道化師。
警戒するケルベロス達を尻目に、両手を横に大きく広げた道化師の周囲から再び無数の風船が湧き出し、ケルベロス達を向けて殺到する。
「……スノーノイズ、お願い」
しかし、既にその攻撃は先ほど、見ている。
六花の言葉に、テレビウムのスノーノイズは応え、六花、一蕗と共に襲い来る風船を破壊し爆風をその身に受けつつも、それらを迎撃していく。
「……道化の役割は、人を驚かせることじゃない。人を笑顔にすることだろう?」
言葉とともに万里の展開した光輪の盾が仲間達を守るように広がり、爆発を防ぎ、その衝撃を緩和する。、
そうして空いた道を、マークザインに跨るリューズベルトが駆ける、
咄嗟にナイフを構え、リューズベルトのいく手を阻むように投擲しようとしたその視界を、黝い炎が撫でる。
「御礼だ、釣りは結構」
踏み込む足が引いた線を上書きするかのように、サイガの炎を纏う蹴りが道化師の体を捕らえる。
よろめくその体を炎を纏い突撃するマークザインが捕らえたと思った瞬間、その体はバッとトランプへと変わり、その場に崩れ落ち。
短距離を移動し、現れた道化師の前には、それを予想していた六花とルカの姿がある。
六花の振るう大鎌が道化師の胸元を大きく切りつけ、傷口から生命力が溢れ出す。
「その驚きも魂も、おいてってもらうよ!」
ルカの拳は六花開いた傷口を的確に捉え、その一撃は道化師の魂に喰らいつく。
吹き飛ばされながらも風船を飛ばし、距離を取ろうと計る道化師の考えを尻目に、風船の群れをつっきって、刃鉄が肉薄する。
「進むなら前だぜっ!」
至近距離の踏み込み、横に倒された刀の切っ先は力強く道化師の胸元を貫き通し、地面へと縫い止める。
「種の割れた手品なんて驚くにも値しねぇな」
刀を捻り、勢いよく抜き去ると同時、傷跡からひびが広がり、モザイクへと変わった道化師の体はクラッカーのようにはじけ、悲しみと笑みの表情を浮かべた仮面だけが乾いた音を立てて地に落ちた。
●
「お疲れ様、だねぇ~」
ギューフの体を優しく撫でつつ、自分の足に軽く目をやり具合を確かめつつ、ギューフは労いの言葉を仲間達へとかける。
「お疲れ様ですわ、といってもまだ、お仕事がありますけど」
リューズベルトはそう返しながら、どちらかというとケルベロス達の攻撃で掘り返された地面等、周辺の被害状況に、こめかみを押さえる。
「おわらねぇ事には帰れねぇし、やるか」
先ほどまでとはうって変わり、いかにもやる気のなさそうにサイガはいいながら腰につるしていたランプを手に提げ、周囲を照らしながら作業へと移っていく。
静かな夜の街はケルベロス達の手により、僅かな幻想を宿しながらも、元の姿へと戻っていく。
「暗いとちょっと……怖かったです。雰囲気も……大事、なんですね」
「そうか、なんてことはなかったぜ? あれぐらいで俺をビビらせようだなんて、デウスエクスも大したことねぇな」
作業の合間、ふと呟く六花の感想に刃鉄は大げさにいいつつ、ライトの光を強くする。
程なくして作業が終わり、見落としがないかを確認し始めたところで、ふと残されていた仮面に万里は気付く。
腰を落としなんとなしに拾い上げると、それはモザイクにとけ虚空へと消えていった。
「最後まで手品とはみたいな事を、敵ではあるが、いい芸だった」
その様子を眺めていた一蕗はようやくほんの少しだけ驚いたようにそう呟いて、溜息を吐く。
「このくらいの可愛い手品だけなら、倒す必要もなかったんだろうけどね」
手を払い立ち上がった万里は戦いの痕跡の消えた街並を眺めて、薄い笑みを向け、確認を終えた仲間達の方へと歩き出す。
「しかしまぁ、あんなのに夢の中でであっちまったガキは災難だったろうな」
「そうだな、忘れていてくれるといいんだが」
そんな風に彼等の話す声だけが夜の街に響く。
寝静まった街の寝言のようにぽつりぽつりと溢れる言葉は、留まることなく。
迎えが来るまで彼等はそうして、今日の出来事について、思い思いに語り合う。
それはまるで、サーカスからの帰り道のように。
作者:雨乃香 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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