血のクリスマス事件~白い息をはいて

作者:天草千々

「最近起こり始めたVRゲーム機型ダモクレスの事件について新たな事実が判明した」
 リヴァーレ・トレッツァー(通りすがりのおにいさん・e22026)の調査によって、大侵略期に『血のクリスマス』と呼ばれた大虐殺を引き起こした侵略型超巨大ダモクレス『ゴッドサンタ』復活の予兆らしいことが分かったのだ、と島原・しらせ(ヘリオライダーガール・en0083)は説明を続ける。
「VRゲーム機型ダモクレスは、ゴッドサンタの配下によって子供たちに届けられたらしい、更に彼らはクリスマスを楽しみにする人々から、ゴッドサンタ復活のグラビティ・チェインを奪い取る気のようだ」
 仮に作戦の成功を許せば、ゴッドサンタは復活し世界に大破壊を招くことだろう。
「なんとしてもこれを阻止してほしい、襲撃の実行犯となるのは『ヴィクトリーサンタ』と『ヴァンガードレイン』の2体1組の量産型ダモクレスだ」
 襲撃は12月24日、クリスマス・イブの午前に日本各地で起こる。
「彼らの目標はクリスマスを楽しみにしている人々……だが、率直に言って程度の違いはあれ大抵の人間は目標たりえるだろう、つまり本当にどこでも起こる事件だ」
 無数の襲撃ポイントから、向かってもらうのはとある都市で行われているクリスマスマーケットの会場広場だ。
「ここに開場準備のために朝早くから集まっているスタッフたちを狙って彼らは現れる」
 目標となるダモクレスは2体だが、1体1体はそれほど強力というわけではなく8人でかかれば充分勝利できる相手だ、としらせは告げて戦力の分析を続ける。
「トナカイ型のヴァンガードレインは角から放つ電撃が主な攻撃手段、ヴィクトリーサンタは背負った円筒状の装備から撃ち出す光線、そしてヴァンガードレインに乗っての体当たりだ」
「――ひき逃げ?」
「まぁ、そんなところだな、合体攻撃と言うわけではないから注意してくれ」
 大人しく話を聞いていた柳川・かれん(瞳のアトラクション・en0184)がぽつりと漏らす。それにしらせはあいまいに頷いて資料をまとめた。
「巨大ダモクレス復活阻止はもちろんだが、折角の日に『血のクリスマス』などと言う物騒な事件は私としても遠慮したい――みんなの力でクリスマスを守ってくれ」


参加者
フェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357)
ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)
西水・祥空(クロームロータス・e01423)
砂川・純香(砂龍憑き・e01948)
佐久間・凪(無痛・e05817)
輝島・華(夢見花・e11960)
保村・綾(真宵仔・e26916)
ヨハネ・メルキオール(マギ・e31816)

■リプレイ

 晴れた冬の朝。
 日は昇っても今だ夜の冷たさを残す舗装された大地に、空から男の声が降る。
『――こちらの会場にダモクレスの襲撃が予想されております。誘導に従って避難をお願いいたしまする』
 拡声器を使いながら呼びかけるのはドラゴニアンの巨漢、ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)。
 眼下には、ビルの谷間にある広場に設けられたクリスマスマーケット会場。
 フェンスで囲まれたそこでは仲間のケルベロスたちも同じように声をあげている。
「――私たちはケルベロスです、作業を止めて避難をお願いします!」
「これからデウスエクスが現れます、ここは私たちに任せて下さい!」
 佐久間・凪(無痛・e05817)と輝島・華(夢見花・e11960)、生真面目そうな少女たちのただならぬ様子に天幕の下で作業をしていた人々が顔を出す。
「私たちが安全な方向へ誘導いたします、皆さんは落ち着いて行動してください」
 シュビボーゲンをかたどった正面ゲートからステージまで会場中央を抜ける大きな通り、その中央に陣取って声をあげるのは西水・祥空(クロームロータス・e01423)。
 ぐるり会場を見渡す彼は仲間たちの声に顔をのぞかせた人々の数を確かめる。
 ――6、7、8。
 会場にいると予知に聞かされたのは『数名』、であれば10を越える道理はない。
 繰り返しの呼びかけを考えればまず間違いなくこれで全員だろう、であればあとはどこからに逃がすか――。
「見えたぞ! 正面ゲートの方角!」
 ギヨチネと同じく空から状況を見ていたヨハネ・メルキオール(マギ・e31816)が敵の位置を知らせた時には、仲間の声がそれに続いている。
「こちらから避難して! 慌てずにね」
「はいはい! 私の杖が安全の目印だよ!」
 中央通路を挟んで左右に分かれていた砂川・純香(砂龍憑き・e01948)が手を、フェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357)が杖を振って手近の人々を呼ぶ。
 いまだ戸惑う人々が、それでも声に従い移動を始めた直後。
「――――HO-HO-HO-!!」
 ひび割れた機械音声と、けたたましい金属音がまだ静かな朝のビル街に響き渡った。

 ご丁寧にマーケットの正面からフェンスをぶち破って現れたのは、輝く角からいかずち放つトナカイ型と、赤白カラーの鋭角な人型ダモクレス――ヴァンガードレインとヴィクトリーサンタの2体だ。
 人々の動きを見送った祥空がそれを迎え撃つべく通路を駆け、ギヨチネとヨハネは猛禽の勢いで舞い降りる。
 わずかに遅れて空を滑る柳川・かれん(瞳のアトラクション・en0184)が声をあげた。
「すぐ行くヨー!」
 言った相手は無論ダモクレスたちではなく、彼らの前に立ちはだかる形になった小さな黒猫の女児だ。
「怖いサンタさんなんてわらわがやっつけてやるのじゃ!」
 まだ6歳の体は小さくとも、保村・綾(真宵仔・e26916)の戦う覚悟は仲間たちに負けるものではない。
 ぬいぐるみを片手に抱え、来るなら来いとばかりにアームドフォートの砲門をダモクレスたちへと向ける愛娘を誇らしげに見つめ、ウィングキャットの文もまた凛とした様子で敵と相対する。
 ヴァンガードレインの雷と綾のフォートレスキャノンがほぼ同時に音を立て、戦いの始まりを告げた。
 それに次いだのは閃く二振りの日本刀。
「――やはり、一筋縄ではいきませんか」
 駆ける勢いそのままにはなった二刀斬空閃が、本来の狙いであるヴィクトリーサンタではなくそれをかばったトナカイに傷をつけたのを見て祥空は呟く。
 目の前に展開された雷の輝きが、青年の眉間によった影を深くした。
「皆さま、無事避難されましたわ」
「あとはゴンタくんの手下な君たちを片付けるだけだね!」
 華はライトニングウォールをフェクトはライトニングボルトと、ウィッチドクターの少女たちの雷が冬の空気に乾いた破裂音を立てる。
「ゴンタ、と申されますと……」
 あるいは何か知らぬ日本の言い回しだろうかと、幻の花園を展開し香りと蔓でサンタを絡めとりながらギヨチネが問う。
「ゴンタくん、つまり『ゴ』ッドサ『ンタ』だよ!」
「――なるほど、そのような省略の作法が」
「物騒なこと企むサンタには不似合いな可愛さねえ」
 そこはかとなく危険なケミストリーを見せる会話には敢えて触れず、純香が黄金の果実を結実させる。
 声色は静かな怒りを感じさせるものがある――それは自身がサンタに夢を見るからではなく、子供たちに夢を見て欲しいからだ。
 こんな日にただの事件でも腹立たしいのに、それが幻想をぶち壊す形をしているとくれば勘弁ならない。攻め手は仲間に任せたものの、戦意の高さはあるいは1、2を争ったかもしれない。
「HO-HO-HO-!」
 物騒なサンタの背から放たれた光がギヨチネを撃つ、その背を追い抜いて少女の形をした風が舞った。
「その装甲、引裂きますっ!」
 かばおうとする動きを見せるトナカイを踏み跳びこえて、宣言通り鞭のようにしなった凪の蹴りが鋭角で構成されるサンタの体を裂いた。
 人の身でもってなしたとは思えない傷を刻んだ少女は、名前とは裏腹に決して留まらぬ風のように次の機会を狙って動き続ける。
「こんな日に面倒ごとはお断りだ! 大体こんなサンタとトナカイ、子供がみたら泣くぞ……!」
 自分だって楽しみにしているのに、という思いは内にとどめてヨハネはケルベロスチェインを鳴らす。
 伸縮自在の黒い鎖は、トナカイの守りをかいくぐってサンタの体を締め上げた。
 ケルベロスたちの狙いは、一貫してスナイパーに位置するヴィクトリーサンタ――まずは相手の武器を奪おうという狙いだ。
「んもー、あたしの時だけ邪魔する!」
 皆にならってペトリフィケイションをサンタへと放ったかれんが、トナカイに阻まれて不満の声をあげた。

「ぐっ……!」
 トナカイの背から放たれたマルチプルミサイルが前衛陣を襲う。
 戦場は正面ゲートからわずかに進み――けれど、テント群の手前に押しとどめられている。わずかながらも開けた場所での戦いになったのは偶然ではない。
 戦線が下がったのは圧に負けて押されたのではなく、ゲートのモニュメントを巻き込むのを嫌えばこその結果だ。
「ここで、止めます!」
 そんな仲間の意志を代弁するように凪が叫ぶ。
 2体1組の相手は、個々の力だけを問えばそれほど強力な個体と言うわけではない。
 それでも噛み合ったポジションと、手数の多さはケルベロスたちを苦しめた。
 けれど、傷を負えば負うほどに闘志の炎は燃え上がっていく。
「サンタさんには会いたいです、でも……」
「ダモクレスの、ではないのじゃ!」
 雷の壁が再び立ち上がり、猫の娘が抱いたぬいぐるみからぷきゅっと音が鳴ると共にサンタの体表で爆発が生じる。
 娘たちの言葉が示す通り、クリスマスへの想いを踏みにじらんとするニセモノへの反発が、今日を楽しみにしていたものたちを奮い立たせるのだ。
「HO-HO-HO-!!」
 それにさらに爪を立てるような声真似とともにトナカイに乗ってサンタが駆ける。
 その突撃を真っ正面から受けて立ち、雷光まとった角を掴んで抑え込むのは、巌のような褐色の塊だ。
「――そう言えば去年のあれは、クリスマスのあとでございましたか」
「ええ、あちらは少々ホラー映画のようでしたね」
 去年の暮れにも肩を並べてサンタ型のダモクレスと戦った2人が言葉をかわす。
 短く吼えたギヨチネがトナカイをうっちゃり、乗り手が転げおちたところに祥空がグラビティエクスプロードを撃ち込んでサンタを業火で包み込んだ。
(「――クリスマスやサンタというものはダモクレスと縁深いのでありましょうか」)
 疑念は尽きずとも、なすべきことに迷いはない。
 焼けただれた掌を握りしめ気咬弾を放つとサンタは悲鳴のような機械音声を立てた。
「HUAAAAAGHAAAAAA!」
「ニセモノ扱いされて嫌われるゴンタくんに従うより、私に宗派替えしたほうがいいよ絶対!」
 言いながらもフェクトが炎を上げる竜の幻を飛ばすと、機械のサンタクロースを包む炎はいよいよその勢いを増した。
「俺様が慈悲を与えてやろう!」
 熱さを感じているわけでもないだろうに身をよじるヴィクトリーサンタを、ヨハネのペトリフィケイションが撃ち抜き、砕く。
「残りは1体。手当は私に任せて、思いっきり頼むわ」
 ドラゴニアンの巨漢へジョブレスオーラを飛ばしながら、純香は仲間に声をかける。
 心配するなと言う風に背を押しながらも、2体分の動きを注視していた疲れが彼女に静かに安堵の息を吐かせた。
 けれどその努力が報われるのはそう遠くないはずだった。

 均衡は一度傾きだせば、あっというまに崩れるもの。
 ケルベロスたちは攻勢を強め、相棒を失ったヴァンガードレインがそのあとを追うのは時間の問題に思えた。
「さあ、よく狙って。逃がしませんの!」
「あなたの終わりを! 私が祝福してあげるっ!」
 仲間への支援を終えて攻勢にでた、華の小さな掌から色とりどりの花弁が舞って、機械のトナカイの関節部へともぐりこむと鋼の体に無数の傷を刻む。
 続いてぶんと全身で叩きつけるような勢いでもって、フェクトがライトニングロッドをぶつけていく。
 空気を震わせる硬質な音があがり、トナカイの4本の膝がぐらりと折れる。
「あねさまたち、はなれて欲しいのじゃ!」
 そこへ警告ののち綾のアームドフォートの砲門が一斉に轟音をあげ、文も尾から金の環を飛ばして援護する。
 爆風がおさまったのち、そこにはいまだ健在なトナカイの姿があった。
「……頑丈じゃのう」
「しかし、最早打つ手もないでしょう」
 むうと小さく唸った綾に告げて、祥空が再び両の刀を閃かせる。
「――世界の「痛み」よ、牙を剥け!! 」
 空間ごとを断ち切る斬撃がトナカイに傷を刻み、続いた凪の蹴撃がそれを更に切り広げる。生身であればさぞ壮絶であったろう深い傷に、ヴァンガードレインは激怒したように頭を振った。
「――――――――!!」
「――っ!」
 怒りの叫びと共に角から放たれた雷が無軌道に地面を舐め、唐突に跳ね上がって凪を追った。風のように地を蹴る少女も、雷よりも早くは動けない。
 紫電の鞭が少女を打つかに見えた刹那、幾度となく攻撃を受け続けている男が再び仲間の盾となった。
「――手負いの獣とは、危険なものでございまする」
 年少の仲間たちが思わず黙って頷いてしまうほどの実感込もる言葉のあと、ギヨチネは巨人の名を冠した並のものよりさらに巨大なドラゴニックハンマーを振るった。
 重さと速さは、純粋な破壊の力でもってヴァンガードレインを叩き潰す。
「……いま、自分のこと言ったんじゃないよね?」
 まるでダンプカー同士が衝突したような轟音と結果に、かれんはぽつりと漏らした。
 
 事件を受けて店舗状況の確認のために関係者――それと野次馬が集まったことでクリスマスマーケットは開場を予定より早めることになった。
「どうやったら注目を集められるのか、勉強になりそう」
 フェクトが拍手を送る先のステージでは、金髪のウィッグを被ってロックに決めた凪が、マイクを手に歌を。
 ヒールのためにと始めたそれも2度目のアンコールとなっては、ただただ純粋なパフォーマンスになっている。会場外からの声を考えれば、おそらく3度目もありそうだ。
 傷の手当てもそこそこのギヨチネは今も設営の準備――おもに力仕事を手伝っているが、ヒールを終えてしまえば勝手のわからぬ作業を手伝えることもあまりなく。
 ケルベロスたちは運営側の好意を受けオープンテラスの一画でパンフレットを眺めつつ開場の時を待っているところだった。
「――雑貨も結構あるんだな、プレゼントを探すのには困らないか」
「プレゼントでしたらヨハネ兄様、こちらのキャンドルホルダーがとても素敵でした」
「かれんあねさま、わらわはあそこのお店が気になるのう、あったかそうな不思議な匂いがするのじゃ!」
「えっと、あそこはネー。あ、グリューワインあるんだ。でもお酒だからナー……あああ、綾ちゃんがっかりしないデ!」
 小さな体が更に小さく見えるほどしょんぼりする黒猫の女児に、じっとパンフレットを眺めていた祥空が声をかける。
「子供用にぶどうジュースもあるようですよ、綾さん」
「……あねさま、ジュースならわらわも飲めるのじゃ!」
「うんうん、一緒に行こうね!」
 金の瞳がぱっと輝くさまに、心底安堵した表情でかれんも笑いかける。
「ハイハイ、私は何か食べたいかな、特にごっわーがつきそうなもの!」
「ごっわーですか……?」
「やはり何かの略でございましょうか」
 フェクトの提案に、戻ってきた凪とギヨチネが首を傾げる。
「かれん姉様、折角ですし皆様で一緒に回りませんか?」
「綾ちゃんに続いてのお誘いこれはモテ期! もちろんイイヨー」
 かれんの勘違いはともかく、華の意見に誰からも反対の声があろうはずもなく。
「ふふ、賑やかでいいわね」
 楽しげな仲間たちの様子に、純香は静かに微笑みを浮かべる。
 今日という日くらいはケルベロスであろうと子供たちには、楽しい思い出を沢山作ってもらいたい。
『――ただいまより開場いたします』
 スピーカーから流れるアナウンスが、歓声と熱気を会場に呼び込む。
 仲間たちに続いて席を立ちながら、頷いた。
「ノエルは、こうじゃなくっちゃね……!」
 白い息を伴ったメリークリスマスの声が、あちらこちらから天へと響く。
 それは晴れた12月24日の朝だった。

作者:天草千々 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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