血のクリスマス事件～聖夜の惨禍

■リプレイ

●悪夢のジングル・ヘル
　駅前の広場に飾られた、巨大なツリーを彩るイルミネーション。恋人たちや家族連れが行き交う中、街はクリスマス一色に染まっている。
　今宵は聖夜。プレゼントの箱を待ち侘びる子ども達に、大切な人と共に過ごすことを願う大人達。だが、そんな彼らの前に降臨したのは、果たして夢と希望を袋に詰めた、白髭の老人などではなく。
「目標捕捉、任務了解……。メリー・殺シマス！！」
　登場早々に物騒な言葉で宣言し、サンタクロースの姿をしたダモクレスが袋を構えた。
「うわっ！　なんだ、あれは！？」
「もしかして、何かのイベントとか？」
　一目散に逃げ惑う者、興味を持って写真を撮り始める者と、人々の反応は様々だ。が、このまま放っておけば無用な犠牲が出ると、草間・影士（焔拳・e05971）がすかさず人々の間に割って入り叫んだ。
「気をつけろ！　あのサンタは危険だ！」
　そう、彼が告げると同時に、サンタクロースのダモクレス、ヴィクトリーサンタの連れていたトナカイの頭が激しく発光した。
　トナカイダモクレス、ヴァンガードレインの角から迸る激しい電撃。そして、砕け散るツリーのイルミネーション。先程の状況から一変して、周囲は逃げ惑う人々の悲鳴と絶叫の嵐に包まれる。
「私達が迎撃します！　皆さんは逃げてください！」
　ビハインドのカミヒメを盾にしつつ、サフィーナ・ファイアワークス（菊牡丹の双華・e00913）が懸命に人々を誘導していた。
　もっとも、ここは駅前の広場。複数の細道や地下街への入り口が点在する場所は人通りも多く、彼女だけでは手が足りない。案の定、両親とはぐれてしまった小さな子どもが、盛大に転んで泣き出した。
「世話が焼けるわね！　ああ、もう面倒だわ！」
　泣き叫ぶ子どもや逃げ足の遅い老人を見るに見兼ねて、コルチカム・レイド（突き進む紅犬・e08512）が彼らを一抱えに担ぎ上げ、駆け出した。
「さて、動けねーニンゲンは、あっちに任せて……」
「せっかくの楽しい聖夜祭の雪景色を、真っ赤な血に染める訳にはいかないよ」
　逃げ惑う人々の後を追おうとしたヴィクトリーサンタとヴァンガードレインを、リブレ・フォールディング（月夜に跳ぶ黒兎・e00838）とモモ・ライジング（鎧竜騎兵・e01721）の二人が、前後から挟み込むようにして迎え撃つ。
「しかし、デウスエクスの連中って、大体クリスマスやバレンタインなんかのシーズンに活発になるよな……。ひょっとして僻みか？」
「さぁな。まぁ特に予定ないからいいんだけどさ……」
　同じく、敵の足を止めるべく馳せ参じたソル・ブライン（太陽戦士・e17430）の言葉に、天谷・砂太郎（破壊専門のお医者さん・e00661）が、ぶっきらぼうな口調で答えた。その後も、何やらぶつぶつと呟いていたようだが、それはそれ。
「あちらには、人も少ない。逃げるのなら、今の内だよ」
　群衆に揉まれて動けなくなっていた二人の少女に、呉羽・律（凱歌継承者・e00780）が優しく告げる。そんな彼の姿と声に、少しばかり覚えがあったのだろうか。
「あれ？　もしかして、あの人って歌劇団SEASONSの呉羽さん？」
「人魚姫の王子様やってるっていう？　あぁ、もう！　こんな時じゃなかったら、握手してもらいたかったのに！」
　黄色い声を上げながらも、少女達は名残惜しそうに街の奥へと消えて行った。平時ならば、律も彼女達の相手ができたかもしれないのだが、こうなっては仕方がない。
「さぁ、戦劇を始めようか！」
　長剣を引き抜き、律が高々と告げる。聖夜の街を血に染める、殺戮の舞台に観客は不要。地獄の番犬の戦舞台は、夜の空に舞い降りた星々へ捧げようと。

●メリー・バトリます
　逃げ惑う街の人々の声を背に、ケルベロス達はニ体のダモクレスを迎え撃つ。
　ヴィクトリーサンタに、ヴァンガードレイン。どちらも色物のような外見だが、しかし戦闘力も本物なだけに油断できない。
「楽しいクリスマス、それを乱すような奴はほっとく訳にはいかないな。さぁ、気張るぜ！」
　そう、ソルが叫んだのと同時に、まずはヴィクトリーサンタが袋の中から巨大な砲身を取り出した。
「イッツ、イルミネーション！　３、２、１……ファイヤー！」
　カウントと共に、発射されたのは無数の炎弾。花火などといった、生易しいものではない。その一発、一発が、掠めただけで相手を火達磨にする威力を持っている。
「……っ！　やってくれたわね！」
　ドローンを展開しつつ、モモが叫んだ。幸い、銃撃によって受けた傷はそこまで深くはなかったが、しかしドローンだけでは仲間を守ることはできても、自分の身体に纏わりついた炎までは払えない。
「黒いサンタクロースの話を思い出したよ……。嫌なプレゼントだねぇ」
　どこぞで聞いた都市伝説の話が頭に浮かび、サフィーナは露骨に顔を背けた。
「橙の菊花よ、四肢に力を与えよ」
　カミヒメに敵の動きを念力で封じさせつつ、自らは橙の菊の花弁を舞わせ、モモの身体に付着した炎を取り払う。持久戦が想定される以上、下手に体力を消耗する要員を残しては、後の戦いの憂いとなる。
「とりあえず、俺はトナカイを抑えるか」
「ならば、サンタはこちらに任せてもらおうか。抑えついでに、斃してしまってもいいのだろう？」
　砂太郎の言葉に、律がにやりと笑った。無論、たった一人で戦えるとは思っていないが、そのつもりで挑まねばならない相手だとは理解していた。
　剛刃が宙を舞い、ヴァンガードレインの身体を真正面から叩き潰す中、律は煌々と燃える炎の旋律にて、ヴィクトリーサンタを迎え撃つ。
「猛る赤き焔歌よ……彼等を焼き尽くし給え！」
　目には目を、赤には赤を、そして炎には炎で返礼を。幾重にも重なり襲い掛かる炎熱の波が、紛い物のサンタクロースを飲み込んで行く。
「ヴォォォォッ！！」
　己の相方が押されているのを知って、窮地だと判断したのだろうか。
　突然、ヴァンガードレインが自らの角を強力な電撃で覆うと、そのまま怒りに任せる形で、砂太郎の方へと突撃して来た。
「させねーですよ、それは」
　すかさず、リブレが割って入るが、代わりに攻撃を受けた彼女の身体に、強烈な電流が襲い掛かる。突進の勢いは受け流せても、電撃までは受け流せない。
　ほんの少し触れただけで、こちらが黒焦げにされそうだ。焼き肉は好きだが、自分が丸焼きにされては堪らないと、リブレは仕方なく距離を取るが。
「私がいないと苦戦しちゃうの？　そういうの、らしくないじゃない」
　誘導を終えて戻って来たコルチカムの言葉と共に、無数の紙兵達がリブレを始めとした仲間達を守るように広がって行く。
「冗談言っちゃいけねーですよ。ただ、あのトナカイは、ちょっと面倒くせーだけです」
　できることなら、あまり近づきたくない相手だ。そう結んで、リブレもまた氷結の螺旋を生成し、ヴァンガードレインへと解き放った。
　冬の街に舞い降りる氷雨。だが、それは決してロマンチックな世界へと誘う宝石などではなく、絶対零度の世界へと誘う無情な一撃だ。
「よし、装甲が脆くなった！　一気に畳みかけるぞ！」
「ならば、サンタクロースは俺の方で抑えよう」
　このまま勢いに任せて押し切らんとするソルに合わせ、影士もまた側方から敵の抑えに回る。
「色々と持っているようだが。俺からやれるプレゼントはこれだけだ」
　まずは一撃。ヴィクトリーサンタを狙って影士が拳を叩きつければ、ソルもまた鋭い蹴りの一撃を、横薙ぎにヴァンガードレインへと叩き付け。
「砕け、レックスキック！」
　衝撃に、凍結した部分の装甲が砕け散り、激しい電光が舞い散る氷雪に反射して煌めいた。

●偽サンタの末路
　クリスマスを楽しむ人々を虐殺せんと、ゴッドサンタが送り込んだニ体の刺客。正に、サンタクロースならぬ、地獄のサタンクロースといった存在だが……さすがに、地獄の番犬を名乗る者達が相手では、いささか分が悪かったのだろうか。
「ガ……ガガ……」
　全身をショートさせながらケルベロス達に迫るヴァンガードレインだったが、今やその姿は見る影もない。黄金の装甲は剥離し、自慢の角は右側が大きく欠けてしまい、傷口からは漏電もしているようだ。
「しかし……クリスマスを狙って現れるとは、随分と無粋な真似をする」
　もっとも、ここで倒してしまえば同じだと、光剣を生成して斬り掛かる影士。だが、満身創痍であるにも関わらず、ヴァンガードレインはヴィクトリーサンタを狙って繰り出された斬撃を、その身を盾にして受け止めた。
「最後までサンタクロースを庇うか。ならば、全身全霊を以て貴様から打ち砕くのみ！」
　幾度となく攻撃を庇い続けた結果、ヴァンガードレインは既に限界だ。それを察したソルが大地を蹴り、高々と敵の頭上へ飛翔して。
「こいつは叫ぶのがお約束らしいからなっ！　俺の魂の叫びを聞けぇっ！」
　展開する口元の排熱部。剥き出しとなった牙の様な排熱版から、雄叫びと共に白い蒸気が立ち昇り。
「クリスマスに一緒にいてくれるお相手、大募集ゥゥゥゥゥゥ！」
　なにやら妙に気合の入った、それでいて、どこか物悲しい台詞を叫び、ソルの蹴りがヴァンガードレインの装甲を貫いた。
　煤けた黄金の装甲が、爆風に混ざって飛んで来る。ソルの背後で燃え盛る金色のトナカイだった物体は、既に原型を留めてはいない。
「状況、不利ト判断……。プログラム、プレゼント・フォー・ユー、起動！」
　相方を倒され、さすがのヴィクトリーサンタも慎重にならざるを得なかったのだろうか。
　大袋の口を開き、繰り出して来たのは無数のミサイル。しかし、今さらそんなものを撒いたところで、ケルベロス達の猛攻は止まらない。
　予め展開されていたモモのドローンが爆発の衝撃を緩和して、その上に乗っていたリブレの紙幣が、不足の事態に備えてケルベロス達の身体から痺れを取り去って行く。いかに撹乱の得意なヴィクトリーサンタとはいえ、壁を失ってしまえば話は別だ。
　雷撃が、炎が、鋭い刃が、次々にヴィクトリーサンタへと降り注いだ。矢継ぎ早に繰り出される攻撃の嵐。回復手段を失ったヴィクトリーサンタだけでは、もはや受け止めることさえも難しく。
「子供は宝物。この世でもっとも罪深いのは、それを傷つける事よ！」
　こうなってしまえば、回復も不要。グラビティ・チェインを乗せた銃身で、モモは躊躇うことなく敵を打つ。迸る衝撃がヴィクトリーサンタのボディを駆け抜けて、今までの戦いで受け取っていた電力さえも放電させ。
「そんなに電気が欲しいか？　だったら、俺がくれてやるぜ」
　帯電する雷鳴の木剣より、砂太郎が電撃を放つ。もっとも、こちらは活力を付与するものではなく、純粋に相手を破壊するためのもの。内部回路を焼き切られたのか、ヴィクトリーサンタの関節部から、とうとう黒い煙が上がり出した。
「さあ、そろそろ終幕だ。天地をも揺るがす、星辰の力をお見せしようか」
　十字に組まれた律の刃が、超重力の斬撃となって、ヴィクトリーサンタの身体に消えない刻印を刻む。それでもなお、倒れない敵に向かい、とうとうサフィーナまでもがチェーンソー剣を握り締めて斬り掛かった。
　ぶつかり合う刃と刃。ヴィクトリーサンタも袋からチェーンソーの切っ先を取り出して交錯させるが、それもまたサフィーナの思惑通り。
「今だよ、カミヒメ！」
　その言葉が終わりきらない内に、カミヒメが背後から斬撃を加え、赤い装甲の爆ぜる音がした。
「しぶてーやつです。こうなったら、あたしも切り札を切らせて……」
「残念！　美味しいところは、私がもらったわ！」
　止めを刺さんと槍先を向けたリブレの肩を踏み台に、コルチカムが高々と上空へ舞い上がる。だが、踏まれたリブレも、この程度は予測済みだったのだろうか。すぐさま気を取り直し、彼女は彼女で跳び上がる。
「バラバラにしてやるわ！」
「捉えましたよ」
　上から襲い掛かる犬の爪。そして、擦れ違い様に斬り付けられる無数の穂先。互いに場所を入れ替えるようにして、舞い踊る犬と兎の二重奏。
「これで……」
「……おしめーです」
　交錯する鋭い爪と刃。赤黒い爪跡が空中に残る中、互いに背を向け合って降り立ったリブレとコルチカムの間で、ヴィクトリーサンタは盛大な爆音と共に吹き飛んだ。

●聖夜に祝福を
　街中に、再びイルミネーションの明かりが灯る。ヒールによって修復されたツリーや広場の様子を眺めつつ、ソルは軽く一息を吐いた。
「これにて一件落着、だな」
「ああ、今のところは、だが……」
　戦いが終わっても、影士の顔からは完全に影が消えない。尖兵こそ撃破できたものの、ゴッドサンタは未だ健在なのだから。
「これで、ゴッドサンタを引きずり出せればいいんだけど……」
「まあ、その辺は上手く行った方に賭けるしかないんじゃない？」
　不安そうに天を仰ぐサフィーナに、モモがポケットから取り出した飴を口に放り込みつつ答えた。
「確かに、そうかもしれないね。それに、折角のクリスマスだ。人々に、余計な不安を与える理由もないだろう」
　刃を納めた律もまた、モモの言葉に頷いていた。
　そう、今宵はクリスマス。人々を守るケルベロスとはいえ、少しは戦い以外の非日常を楽しんでも良いだろうと。
「クソ明るくて愉快な音楽流してる街中は嫌いですが、美味い肉が食えるのは悪ねーです」
「そういえば、聞いたことがあるわ！　クリスマスって、サンタを倒せばプレゼントがもらえるのよね！　私は鳥の丸焼きがいいわね！」
　リブレとコルチカムに至っては、既に肉を食べることしか頭にない。どこか間違った情報も飛び交っていたが、それもまた一興。なんだかんだで、この二人、意外と仲が良いのではなかろうか。
「とりあえず、この地域の人達にメリークリスマス、だ」
　最後に、どこか哀愁の漂う空気を纏い、こっそりと呟く砂太郎。
　様々な者達の想いと願い。それらを全て包み込み、聖夜はゆっくりと更けて行く。

作者：雷紋寺音弥	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年12月24日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 0
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