シャレにならん! 勇者のつもりが殺戮者

作者:秋津透

「ここが闇魔神の邪神殿だな!」
 見るからに禍々しいデザインの塔と建物、そこに出入りする大勢の魔族を見やって、勇者アキヒコは聖剣を構え直す。
「この塔に祭られている闇魔神像を破壊すれば、闇魔神本体の力を封じることができるはずだ! 行くぞ、うおおおおおおおおお!」
 雄叫びをあげて、勇者は闇の塔へと突進する。前を塞ぐ魔族を聖剣の一振りで薙ぎ倒し、塔に飛び込んで階段をかけあがる。周囲の魔族が攻撃呪文を撃ってくるが、聖剣の力で弾き飛ばす。
「これが闇魔神像か!」
 塔の最上階には禍々しいデザインの金属像が祭られ、守り手とおぼしき魔族神官がいた。勇者アキヒコは、神官の呪文を聖剣の力で弾き、そのまま魔族神官を両断する。
「ギエエエエッ!」
「邪魔はさせない!」
 言い放って、勇者は神官の血に濡れた聖剣を高々と振りかぶり、闇魔神像に向かって振り下ろす。

 一方、こちらは現実の奈良県奈良市。この街には由緒ある寺社が山ほどあるが、少年が『闇魔神の邪神殿』と思い込んで乗り込んだのは、その中の一つで、由緒ある五重塔がある某寺院だった。VRギアを装着した少年の傍らには、聖剣らしき武器を構えた勇者の姿が投影され、逃げまどう参拝者や観光客を容赦なく斬り倒し、懸命に説得して止めようとする僧を無造作に両断する。そして五重塔に突入した少年と勇者は、殺戮を重ねながら最上階へ駆け上がり、そこに安置されていた由緒ある国宝級の古仏像を無残に破壊して歓声をあげる。
「やった! 闇魔神像を破壊したぞ!」
 ……いや、キミ、それ違うから。

 
「奈良県奈良市の由緒ある某寺院に、VRギア型のダモクレスを装着した少年が現れ、文化財を破壊し人々を虐殺する事件が予知されました」
 ヘリオライダーの高御倉・康(たかみくら・こう)が、深刻な口調で告げる。
「VRギア型ダモクレスを装備した少年は、現実をゲームであるように感じているようで、寺院を闇魔神の神殿、文化財を闇魔神の祭具、参拝者やお坊さんを魔族と認識して、殺戮と破壊を繰り広げます。少年のすぐ近くには、VRギアが実体化した少年のアバターである『勇者』が現れており、実際に攻撃を行うのは、このアバターになります」
 そう言って、康はプロジェクターに地図と画像を出す。
「現場の寺院はここです。幸いというか何というか、少年はこの寺院の塔をめざしてやってくるので、事前に連絡をして、参拝者やお坊さんを避難させることができます。こちらの到着も、少年が現れるより少し前になるので、できるだけ寺院門前で迎え撃って、由緒ある建物や文化財等に被害が出ないように対処してください。ただ、大きな問題がひとつあって、アバターの『勇者』は一定のダメージを与えると消失するのですが、少年のゲームを続ける意志が尽きない限り、すぐに新たなアバターが、ダメージもステータス異常もない、戦闘開始時と同じ状態で出現してしまいます。ちょうど、ゲームでコンティニューを選んだような感じですね」
 そうなってしまうとキリがありません、と、康は肩をすくめる。
「コンティニューさせずに決着をつける方法は、二つあります。一つは、少年のゲームを続ける意志を折るような形でアバターを撃破する事。それができれば、VR型ダモクレスのみを撃破し、少年を救出する事が可能となります。もう一つは、アバターではなく少年を攻撃する事。この場合、少年はアバターと合体して強化されますが、一度撃破すれば復活することはありません。ただし、少年を救出する事は不可能です」
 少年を救出できればそれに越したことはないですが、ゲームを続ける意志を折るというのも、けっこう難しいと思います、と康は告げる。
「厄介なことに、VRゲーム機型ダモクレスはゲーム世界に相応しく無い現実をゲームの設定に合わせて修整して、少年に認識させているようなのです。ケルベロスの皆さんについては『倒さなければならない強敵』であるように認識させる為、優しい言葉や、ケルベロスとしての説得の言葉は、ダモクレスによって都合の良い敵のセリフに変換されてしまうでしょう。しかし、皆さんが最初から、ゲーム世界の設定に相応しい『倒さなければならない強敵』として対処すれば、その言葉や行動をそのまま伝える事が可能のようです。これを利用すれば、少年のゲームを続けようとする意志を折る事ができるかもしれません」
 そして康は考えながら言葉を続ける。
「『ゲームを続けようとする意志を折る』という事は、要するに『このゲームつまんない、やーめた』と思わせることです。ゲーマーの中には、敵が強い方が燃えるという方もいますが、この少年は、魔族の抵抗はすべて聖剣……どうもゾディアックソードらしいですが、その力で弾くという、一方的に有利な設定で嬉々としてゲームを進めています。つまり、皆さんに攻撃されること自体、彼にとっては煩わしいことで、まして勝てないとなると、ますます嫌気がさしてくるかもしれません」
 そう言って、康は再び肩をすくめた。
「それにしても……VRゲーム機型ダモクレスなんて、そんな危険なシロモノ、どこの誰からどうやって入手したんでしょうね、この少年は……それを突きとめるためにも、できるだけ少年を助ける方向で対処していただければと思います。どうか、よろしくお願いします」


参加者
相良・鳴海(アンダードッグ・e00465)
ヴィットリオ・ファルコニエーリ(残り火の戦場進行・e02033)
白波瀬・雅(サンライザー・e02440)
喜多・きらら(単純きらきら物理姫・e03533)
神条・霞(魂を喰らう羅刹姫・e04188)
リディア・アマレット(蒼月彩雲・e13468)
姫宮・楓(異形抱えし裏表の少女・e14089)
島・笠元二(悪役勉強中・e26410)

■リプレイ

●勇者? 聖剣? だから何?
「敵役かぁ……上手にできるかな……」
 表紙に『悪役大全』と書かれた本のページをめくりながら、ヴィットリオ・ファルコニエーリ(残り火の戦場進行・e02033)が呟く。
 ここは、奈良県奈良市の某由緒ある寺院の門前。普段は参拝者や観光客、修学旅行の学生や案内の僧侶でにぎわう場所だが、今日は戦闘待機している八人と一体のケルベロスたちを除くと、まったく人の気配がない。
 それもそのはず、これからこの場所には、VRギア型のダモクレスに操られ、自分を勇者、この寺院を闇魔神の神殿と思い込んだ少年が、闇魔神像を破壊しようと暴れ込んでくるのだ。
「もともとのデウスエクスなら、虐殺によるグラビティチェインの搾取が目的だから、人がいないと他所に行ってしまってタチ悪いですけど」
 リディア・アマレット(蒼月彩雲・e13468)が、周囲を見回しながら穏やかに告げる。
「今回の少年は場所をめざして来るので、事前に避難ができて、安心です」
「でも、子供の遊び心にまで侵食するなんて……。幼心の『今日』と『明日』を助けないと……!」
 姫宮・楓(異形抱えし裏表の少女・e14089)が、半ば自分を鼓舞するような感じで強く言い放つ。
 そして相良・鳴海(アンダードッグ・e00465)が、道路の向こうを見やって告げる。
「どうやら、来たようだぜ。ダモクレスにとっつかれた、哀れなガキンチョ勇者が」
「うん……頑張ろう!」
 ぱん、と音をたてて『悪役大全』を閉じ、ヴィットリオがサーヴァントのライドキャリバー『ディート』を従え進み出る。
 道路の向こうから姿を現したのは、背に長剣を背負い、動きやすそうな軽装革鎧をまとい兜はかぶらず、赤いマフラーを首に巻き物入れ袋を腰に下げた、勇者というよりは冒険者といういでたちの少年……の実体幻像(アバター)である。VRギア型のダモクレスを装着した少年本人は、アバターの少し後ろから同じように歩いてくるが、頭に妙な機械をかぶったパジャマ姿なので、冒険者気取りで格好をつければつけるほど、滑稽かつ哀れにしか見えない。
「お、お前たちは、いったい何だ!?」
 寺院の門前に居並ぶケルベロスたちに気がついたらしく、アバターと少年が同時に足を止め、背負った長剣を抜いて身構える。もっとも、少年の方は、その動作をするだけだ。
「さては、闇魔神の手先だな!」
「いかにも」
 堂々と、かつ傲然とした仕草で、ヴィットリオが前に出る。
「来るがいい、勇者アキヒロ! その聖剣とやらの力、見せてみるがいい!」
「アキヒロじゃない! 僕は、勇者アキヒコだ!」
 名前を呼び間違えられ、アバターはむっとした表情になって言い返すが、ヴィットリオは鼻で嗤い飛ばす。
「ヒロでもヒコでも大差はない! とにかく、勇者を名乗るなら相応の力を見せてみろというのだ!」
「よし、聖剣の力、存分に見せてやる! 地獄で後悔するがいい!」
 うおおおおおお、と雄叫びをあげ、アバターは長剣……ゾディアックソードでヴィットリオに斬りかかる。
 しかし、そこへ『ディート』が割り込み、代わって攻撃を受ける。
「な!? こ、こいつ! 邪魔を!」
「遅いな、遅すぎる。その程度の攻撃だから、こうして我が従者に容易く防がれる。しかも、盾となった従者を斬り倒すこともできない。聖剣が聞いてあきれるな、とんだナマクラだ!」
 フフフン、と鼻で嗤うと、ヴィットリオは悠然と剣を抜く。
「それとも、貴様が未熟すぎて、聖剣の力が出せないのかな? 一つ、我が攻撃を受けてみるか?」
「お前の攻撃など……ぐわっ!」
 剣で斬ると見せかけ、ヴィットリオはアバターの腹部に遠慮会釈のない重力蹴りを叩き込む。
「な、なぜ、攻撃が……」
「貴様ごときに、剣を使うまでもないようだな」
 ヴィットリオが嘯く間に、『ディート』が突撃してスピン、アバターの足を轢き潰す。
「ぎゃああああああっ!」
「いちいちやかましいですわね。仮にも勇者を名乗る者が、なんと情ないことでしょう」
 丁寧な口調はいつも通りだが、ぞっとするような冷やかさを含ませ、リディアが言い放つ。
「目障りですわ。魔道砲の一撃を受け、消え失せなさい」
 告げると同時に、漆黒の魔道装甲から強烈な砲撃が放たれ、アバターを直撃する。
「そ、そんな、なぜ当たる! なぜ弾けない!」
「私の魔道砲を弾く? その、聖剣と称するナマクラで? 十年、いえ、百年早いですわね!」
 リディアが嘯き、その傍らで楓がオリジナル技『覚醒・逢魔之時(カクセイ・ホウマノトキ)』を発動させ戦闘変身を行う。
「私の中の狂気……異形の魂……、お願い……! ダモクレスの呪縛、勇者の狂気から……、あの子の目を覚まさせてあげて……!」
 呟きとともに、楓のグレーの髪が黄金に、黒い瞳が真紅に変わる。そして、口元に狂気じみた笑みが浮かぶ。
「良いぞ! 戦闘でも良い子ぶるのは飽きてた所じゃ!」
 言い放つと、楓は全身から漆黒の金属を発現させて体を覆い、更に両手に伸ばして、黒刀と黒槍を形成する。まだ攻撃を開始したわけではないが、その『変身』の禍々しさに、アバターが表情を引き攣らせる。
「や、やばい……こいつ、こいつら、やばい……」
「ハッ、気付くのが遅すぎたな、あまりにも」
 嘲笑とともに、鳴海が地獄の黒炎を召喚し、全身にまとう。
「地獄で後悔するがいい、だと? 笑わせるな。地獄は、今、ここに、俺たちとともにある。後悔するのは、貴様の方だ」
「くっ……」
 圧倒され、アバターが二、三歩ほど下がる。すると、その背後、アバターと少年の間隙に、白波瀬・雅(サンライザー・e02440)が滑り込み、重力蹴りを叩き込む。
「ぐわっ!」
「勇者が下がっちゃいけないね。それとも、実は偽勇者なのかな?」
 いつもの明るく元気なキャラを封印し、冷酷な戦闘狂じみた口調で、雅が冷やかに告げる。
 そして、蹴り倒されて転がったアバターに、ほとんど猛禽のような勢いで、喜多・きらら(単純きらきら物理姫・e03533)が襲いかかる。
「弱い! 弱いな! 弱すぎる! 嬲らず、ひと思いに潰すを慈悲と思え!」
 言い放つと、きららは宣言通りひとかけらの遠慮会釈もなく、オリジナル必殺技『輝閃凶撃陣(キセンキョウゲキジン)』を発動させる。
「見せてやる! これが我、悪の物理少女きらら様の神髄なり! 刮目し、あの世へ行け!」
「ぐわああああああああっ!」
 我流の体術と暗器の全てを勢い任せに解放する超高速の連続攻撃が見事に決まり、アバターは絶叫して消滅する。
 すると少年が、か細い声で言い放つ。
「ま、まだ、勝負はついてないぞ。コンティニュー!」
(「やれやれ……」)
 傷一つない状態でアバターが再度出現し、内心うんざりしたものの、それは表情にも声にも出ないよう注意して、ヴィットリオが言い放つ。
「そうか、まだやられ足りぬか。よかろう、何度でも心ゆくまで斃してやる! 存分に来るがいい!」
 そして神条・霞(魂を喰らう羅刹姫・e04188)が、再出現したばかりのアバターに、するりと身を寄せて囁く。
「貴様カ……私ノ渇キヲ癒ス、勇者様トヤラハ……私ニ殺サレルタメ、ワザワザ蘇ッテキタノカ……フフ、ヨイ心ガケダ」
「ひいっ!?」
 ちょ、何これ、怖い、と、アバターが硬直した瞬間、霞が狙い澄ました刃のような回し蹴りを放つ。
「ぐわっ!」
 吹っ飛ばされ、転がったアバターに、島・笠元二(悪役勉強中・e26410)が思う存分嘲笑を浴びせる。
「おーほっほっほ、無様なものね、勇者アキヒコ! もう死んだ? まだ生きてる? まあ、死んでもお手軽に蘇ってくるんだから、どうでもいいわね!」
 言い放ちながら、笠元二は後衛の味方に攻撃力上昇の活性化雷電を送る。今回限りで悪役、敵役を演じている他のメンバーと異なり、彼女は通常から悪役じみた振る舞いをすることを目指しているので、今回の依頼はある意味うってつけとも言える。
 するとアバターがよろめきながら立ち上がり、長剣を構えて呻く。
「負けない……負けるはずがない……僕は、聖剣の勇者アキヒコだ!」
 叫びとともに長剣の紋章が輝き、アバターの傷を癒やす。どうせ倒れてもリセットするのに、無駄なことをする、と、ヴィットリオは薄く嗤う、
「それとも、聖剣の加護狙いか? 浅墓な」
 嘯きながらヴィットリオは、存分にグラビティ・チェインを乗せた剣をアバターに叩きつけ、ダメージを与えると同時に紋章の加護を破壊する。
「ぐわあっ!」
「貴様の狙いなど、すべてお見通しだ、未熟者め」
 だから、もういい加減諦めたらどうだ? と、ヴィットリオはのたうちまわるアバターの向こうで呆然と立ち尽くす少年を見やった。
「そ、そんな……なぜ……どうして……」
 かすれ声で呟く少年の眼前で、『ディート』が内蔵ガトリング砲でアバターを掃射する。
「がはっ!」
 血反吐を吐いてアバターは消えたが、少年の呟きに応じてまたも姿を現す。
「間違いだ……これは、何かの間違いだ……やり直せば、何度かやり直せばきっと……」
「きっと、どうなると?」
 にっこりと笑ったリディアが、再生直後のアバターに殺神ウィルスを叩きつける。
「ぐわあっ! こ、これは、いったい……」
「聖剣の加護と言っても、所詮はその程度。わざわざ打ち砕くまでもなく、効力を失っているようですわね」
 笑顔のまま、リディアは仲間たちを見やる。
「遠慮は要りませんわ。さあ、存分に潰してやってくださいな」
「ククク……言うには及ばぬ。未熟者の小童に、勇者などと称して粋がった報いを受けさせてやろう」
 変身というか、ほとんど『悪堕ち』した楓が、片手持ちの黒槍を超高速で振るい、雷電を伴う突きでアバターの全身至るところを貫く。 
「ぎゃあああああああああっ!」
 絶叫とともに、アバターは早くも消え失せた。

●勇者は折れ、悪(?)が勝つ!
(「……意外に、粘りやがる」)
 大ダメージを受けて消え失せたものの、またもすぐさま傷一つない姿を現したアバターと、その背後の少年を見やって、鳴海が声に出さずに呟く。
(「こいつぁ、少々えげつない攻撃で、嫌悪をさそうべきかね」)
 あとで悪い夢みて寝小便漏らす羽目になるかもしれんが、まあ、仕方ねぇな、と小さく肩をすくめ、鳴海はオリジナル必殺技『贖罪の葬列(ウェルカムバック)』を発動させる。
「地獄へようこそ、クソ野郎ども」
「う、うわーっ!」
 アバターと少年が、同時に絶叫した。鳴海が大地へと打ちこんだ鎖は地獄の亡者を現世へと連れ戻し、無数の亡者がアバターへと襲いかかる。
 むろん少年には被害を及ぼさないよう、鳴海は細心の注意を払っており、亡者の群れは少年を避け、アバターのみに殺到する。
「ひ……ひっ、ひいっ……」
 どうやら腰を抜かしたらしく、少年は掠れた声で呻きながら、尻餅をついた姿勢で後ずさりをする。
 しかしアバターは、悪鬼のような形相で長剣を振るい、押し寄せる亡者を斬り払ってその波から抜け出ようとする。
「亡者に、死人などにやられてたまるか! 僕は、闇魔神を斃す聖剣の勇者……!」
「思イ上ガルイナ、雑魚ガァ!」
 絶叫とともに霞が飛び込み、巨大な鉤爪武器に変化させた妖刀で、アバターの頭をがっきと掴む。
「全テヲ……喰ライ尽クス……ッ! 雑魚ハ、這い蹲ッテロォ!!!」
「!!」
 潰れんばかりに頭蓋を絞めあげられ、アバターは声を出すこともできないまま、がんがんと何度も地面に頭を叩きつけられる。地獄の亡者も思わずドン引く、霞の苛烈そのものの必殺技『魂喰み(タマバミ)』である。
「イツマデ寝テイルツモリダ……!!!」
「!!!」
 理不尽な怒りを籠めた怒声とともに、霞は敵の頭部を地面に深々と埋め込む。頭蓋が潰れ頸が折れ、アバターはまたも消え失せる。
「も、もう……いやだ……いやだ……なんで、こんな……」
 尻餅をついたまま、少年が声を震わせる。これで投げだすかな、と、誰もが思ったが。
 しかし、またもアバターは姿を現わし、霞に向かって横薙ぎに剣を振るう。だが、その瞬間。
「もらった!」
 してやったりの叫びとともに、雅が飛び込む。そしてアバターの長剣を掴むと、凄味のある笑みを浮かべて言い放つ。
「来たれ光槍、ブリュンヒルデ!」
「そ、そ、そんな、馬鹿なぁ!」
 絶叫したのは、アバターだったか。少年だったか。雅はアバターの長剣……頼みとする聖剣を分解して光と化し、光槍ブリュンヒルデを形成すると、至近距離から相手の心臓に叩き込む。
 これぞ雅の必殺技『逆転の光槍(トリーズナーズ・ヴァルキュリア)』。相手の攻撃が強いほど威力を増す、戦慄のカウンター技である。
 そして、胸を貫いた光槍を掴んで身もだえるアバターの姿が、すっと消える。
「いやだ! もういやだ! ここまでやって勝てないなんて、そんなのありか! こんなクソゲーム、やめだ! やめてやる!」
 泣き喚きながら、少年はVRギア型のダモクレスを自分の頭から乱暴に外し、投げ捨てる。
 すると次の瞬間、少年は昏倒し、ダモクレスは獲物の頭へと戻ろうと動きかけたが。
「させるかあっ!」
 気合一閃、きららが薔薇の花が巻きついた鳥籠型ドラゴニックハンマーを全力で振るい、ダモクレスを叩き潰す。悪役を演じている間は、ちょっとふさわしくなく思えて引っ込めていた真紅の薔薇が、ドラゴニックパワーの余波を受けて光り輝く。
「そっちは無事かい?」
「大丈夫、息はしてるわ」
 駆け寄った笠元二が、少年の生存を確かめ、安堵の息をつく。
「これにて一件、落着か」
 呟いて、鳴海が周囲の荒れた道路や歩道にヒールを施す。幸い、寺院の門などの文化財には、被害は及ばなかったようだ。
「どうしましょう……その子を起こして、事情を聞きますか?」
 元の姿に戻った楓が尋ねると、ヴィットリオが苦笑して首を横に振る。
「どうかな。この子の目に、僕らがどう映っていたかはわからないけど……かなり怖いところ見せたからね。起きた時僕らがいたら、怯えちゃうんじゃないかな」
「そうね。トラウマになっても可哀想だし、気を失ってる間に救急と警察呼んで、後は任せた方がいいと思うわ」
 悪の女幹部を目指しているにしては、ずいぶんと常識的、かつ思いやりのある態度で、笠元二が応じる。
 するときららが、くすっと笑って告げた。
「なんかさ、勇者だからって良い奴とか、悪役っぽいから悪い奴とか限らねぇよな。思い通りにならねぇのもまた楽しみ……なんてな」
 そう言うと彼女は、閉ざされた門の向こうに見える寺院の塔を見上げて続けた。
「せっかく来たんだ。あの塔に鎮座してる闇魔神像……じゃねぇ、由緒ある仏像とやらを拝んでいかないか?」
「あ、いいわね。付き合うわ」
 雅が応じ、他のメンバーも笑顔でうなずく。そこへ、サイレンを鳴らして救急車とパトカーがやってきた。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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