血のクリスマス事件~ダモクレスが街にやってくる

作者:吉北遥人

「やあ、来てくれたね。さっそくだけど事件の説明をさせてもらうよ。ほかでもない、巷を騒がせてるVRゲーム型ダモクレスに関することさ」
 ケルベロスたちの姿に、ティトリート・コットン(ドワーフのヘリオライダー・en0245)は薄いファイルを開いた。黄色い付箋の付いたページを指で弾く。
「リヴァーレ・トレッツァー(通りすがりのおにいさん・e22026)さんたちの調査のおかげで、例の事件が、大侵略期の地球で『血のクリスマス』と呼ばれる大虐殺を引き起こした侵略型超巨大ダモクレス、『ゴッドサンタ』復活の予兆であることが判明したんだ。あのVRゲーム機型ダモクレスは、ゴッドサンタの配下によって子供たちに届けられたもののようなんだよ。少し早いクリスマスプレゼントとしてね」
 さらに『ゴッドサンタ』は、クリスマスを楽しみにする人々を血祭りに上げる事で、自らが復活するグラビティ・チェインを得ようと動き出しているのだという。
「襲撃の発生は、12月24日の午前中。この襲撃が成功して、グラビティ・チェインがゴッドサンタの元に集まれば、クリスマスの夜にゴッドサンタが完全復活してしまう。そうなれば『血のクリスマス』の再来だ。世界は大破壊に見舞われるだろうね……そして、それを阻止できるのは、キミたちだけだ」
『ゴッドサンタ』の配下として実際に襲撃を行うのは『ヴィクトリーサンタ』と『ヴァンガードレイン』だ。
 それぞれサンタとトナカイを模したこの2体ひと組の量産型ダモクレスは、12月24日の早朝に、日本各地に一斉に現れ、クリスマスを楽しみにしている人々からグラビティ・チェインを奪い取ろうとする。
「その中で、キミたちに向かってもらうのは都内のマンションだよ」
 子どももたくさんいて、多くの家庭を襲える集合住宅は、敵にとって格好の標的だろう。
 ダモクレスは大胆にもマンションの玄関ホールから侵入してくるので、ホール、もしくは正面に面する道路で迎え撃つのが良いと思われる。
「敵は強いよ。2体でケルベロス8人と互角だ。決して油断しないでね。敵の戦闘方法だけど、ヴァンガードレインは、角から放つ電撃攻撃を得意としているね。ヴィクトリーサンタは、バックパックから銃火器を取り出して乱射してくるみたい」
 銃火器はバスターライフルに相当するようだ。ほかにもレプリカントと似たグラビティを用いてくる。
 流れ弾など、民間人に被害が及ばないよう気を付ける必要があるだろう。
「ゴッドサンタがかつて封印された地点は、ちょうど東京でクリスマスパーティが行われる場所なんだってさ。もしも完全復活しちゃったら、大惨事は免れない……でも」
 パタンとファイルを閉じて、ティトリートは微笑んだ。
「この襲撃を阻止できたら、逆にグラビティ・チェインの枯渇したゴッドサンタを撃破するチャンスができるかもしれない。キミたちはその岐路に立っている――最高の英雄譚を、ボクに聞かせてよ」


参加者
八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)
カルディア・スタウロス(炎鎖の天蠍・e01084)
相馬・竜人(掟守・e01889)
姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
レイン・プラング(解析屋・e23893)
火乃宮・レミ(火呑み屋・e25751)

■リプレイ


「良かった、全然人通りがないね」
 白い息を吐きながら姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)は辺りを見回した。
 青みがかった空の下、マンション前の道路は静まり返っている。まだ暗い早朝だからというだけではない。ここを迎撃地点に定めたケルベロスたちが、周辺住民へ屋外に出ないよう周知や、警察への道路封鎖要請を行ったがゆえでもある。
「しかし、寒いな……」
 内心「ホールで迎撃の方が良かった……」と思いつつ、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は体を震わせた。寒いのは苦手なのだ。暖を取りがてら一服といきたいが、敵の襲来を思えばそういうわけにもいくまい。
 静かな時間だ。すべてが眠っているかのように、この場に集った八人以外に動くものはない。
 いや――。
「来やがったか」
 静寂を破った駆動音に相馬・竜人(掟守・e01889)が目を細める。睨んだ先、曲がり角から現れたのは赤く鋭利なフォルムのサンタクロースと、黄金に煌めく硬質なトナカイ――量産型ダモクレス『ヴィクトリーサンタ』と『ヴァンガードレイン』だ。
「よよっす。良い子と良い大人の味方のケルベロスさんだぜ」
 火乃宮・レミ(火呑み屋・e25751)が冷笑を浮かべ、玄関ホールへの道を塞ぐように進み出た。
「なあ、VRゲーム機を配ったのはお前たちだろ? 何も知らない子供に手を汚させるのは卑怯じゃねーのか?」
『――警告スル』
 レミの詰問を無視したのか、そもそも会話する意思がないのか、サンタの発した音声は返答ではなかった。
『ソコヲドケ。サモナクバ排除スル』
「まったく、機械仕掛けのサンタがクリスマスに届けに来るのはプレゼントじゃなくて厄災だなんて、ほんと冗談じゃない」
 サンタらしからぬ無機質な脅迫に、比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)は困ったように首を振った。だがその直後には、アガサの全身をバトルオーラが覆い始めている。
「ゴッドサンタなんてものを復活させるわけにはいかない。だから全力で潰してやる」
「はい、神を僭称する鉄くずなんて片腹が痛いです」
 柔らかな口調で同意したカルディア・スタウロス(炎鎖の天蠍・e01084)の手中で、剣が淡い光を跳ね返す。
「せっかく誰もが楽しみにしているクリスマスに暴れる不届き者には天誅が必要ですね。偽サンタの装甲をオイルで汚してあげましょう」
「そうですとも! 血のクリスマスの再来なんて絶対許しません! クリスマスの平和はボクが守る!」
 声高に宣言したのは八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)だ。テレビウムの小金井を伴って、弾劾するようにダモクレスたちに指を突きつける。
「たとえいちゃいちゃイルミネーションデートするリア充に殺意を抱いても! プレゼントをもらってきゃっきゃする子供たちに殺意を抱いても! 非リア童貞ヒキコモゴミニート八王子東西南北はケルベロスの矜持に懸けてアナタたちを滅します!」
『――敵対行動ヲ確認』
 東西南北の溢れる非リア情念は反応こそ得られなかったものの、障害と判断されるに充分だったらしい。ヴィクトリーサンタが背面のバックパックに手を伸ばし、大口径のバスターライフルをもたげる。
「サンタとは善なる存在、惨劇を押し付けに来るような貴方達が、名乗っていい存在ではありません!」
 このサンタは、レインが思い描くものと遠くかけ離れたものだ。毅然と言い放ったレイン・プラング(解析屋・e23893)の瞳に、迷いの色はない。
「話は聞かねえ、堅気には迷惑かける……気に食わねえ」
 毒づいた竜人の手には髑髏の仮面がある。仮面が殺気立つ表情を覆い隠した。
「ぶっ殺す」
『排除ヲ開始――ふぁいあ』
 刹那、サンタの構えたライフルから爆光が膨れ上がった。


 極太の光条が明け方の冷気を焼きながら道路を翔け抜けたときには、高々と跳躍したカルディアは眼下にヴァンガードレインを捉えていた。二振りのゾディアックソードを突き下ろす。
『――――!』
 甲高いいななきとともにトナカイが雄々しい角を振りかざした。星天十字撃と黄金の角が硬い響きをあげて絡み合う。鍔迫り合いに、カルディアは執着しなかった。黄金の角が雷電を帯びるより一瞬早く、反動を利用して跳び退る。
 間を置かず、トナカイの喉をルーンの斧が襲った。
「潰れろ」
 アガサによる低い姿勢からの横薙ぎは、トナカイの喉笛をかっ捌いた。だが、身体を砕かれていながらトナカイの動きは俊敏だった。平然と前肢を振り上げるるや、紫電を散らして勢いよく振り下ろす。
「逃がさないよ~! 現行犯逮捕だっ」
 アガサの頭を撃砕せんとする肢を幾重にも封じたのは、ロビネッタによる時の凍結だ。そして硬直した隙を逃さずレインが懐に潜り込む。
「ヴァンガードレイン。速度値は高く、獣に酷似した機動。攻撃手段は雷を自己生成しての打撃」
 高速回転するレインの腕は、トナカイの胸を貫いた。拳大の穴から黄金の欠片を撒き散らしながらトナカイが横倒しになる。
「ですが、耐久性には難あり。反撃を許さず畳みかけましょう」
 手負いの獣がごとく、歪んだ駆動音を立ててトナカイが起き上がろうともがいている。それを油断なく見据えて、レインは冷静に分析する。
 その彼女の頭部に、サンタがライフルの照準を合わせた。
『標的、照準――』
「させっかよ、おら、そこで寝てろ」
 不意の重圧に、砲身が地面に傾いた。レミの石化魔法がライフルに直撃したのだ。得物を部分石化されたサンタに、さらに陣内が至近距離から弓を引き絞る。
『発射』
 だが武神の矢が届くことはなかった。背から二挺目のライフルを取り出すやや、サンタがビームを撃ち放ったのだ。熱線は矢を焼き払い、その先にいた陣内の頬をも掠めていく。
「まったく、なんてサンタだ」
 子供たちにこんな紛い物を見せるわけにはいかない。再度自らに向いた砲口に、陣内は猛然と飛び込んだ。
 サンタが引き金を引き――その直前、陣内は砲身をデコピンした。
 あらぬ方へ向いた砲身をサンタが即座に元の位置へ修正する。しかしそのときには、デコピンはサンタの額に肉薄していた。最小限の動きで繰り出された衝撃にサンタが後退。痛みでも感じているのか、無言でよろめいている。
 だが二挺のライフルは手放していなかった。それらの砲口から光が溢れる。
『たーげっと一、二、三……ふるふぁいあ』
 撃ち出された二つの光条は陣内に向いたものではない。宙で無数に分裂し、そのうちのいくつかが竜人に降りかかった。今しもトナカイを屠らんとしていた竜人だったが、立て続けに降るビームを完全にはかわせず、後退を余儀なくされる。
 光線の雨を縫うように稲妻が走った。
 カルディアが短く悲鳴をあげたときには、起き上がったトナカイが黄金色の全身に雷霆を滾らせている。膝をついたオラトリオの女騎士へと、トナカイは疾走を開始した。


 踏み込むたびに四肢を紫電が駆け巡り、青白い光を散らす。
 集約点たる黄金角は白光が沸騰し、もはや雷の万魔殿だ。夜を漂白する突進にカルディアは貫かれ――。
 雷電が肌を焼き、肉を裂いた。
 だがカルディアは無事だ。チェーンソー剣を片手に突進を食い止めた者がいる。
「非リアノ恨ミ思イ知レ! どうして成人したらプレゼントもらえないんですか、ボクだって新作ソフトや薄い本や美少女フィギュアほしいのに!」
 黄金角をとしのぎを削るチェーンソー剣越しに伝わる電流が、東西南北の全身をでたらめに痙攣させる。出血が激しいが、それより心の血涙の方が流れが多い。
「ちょっと聞いてますかそこのサンタさんいや全国のサンタさん見た目は大人心は子供そんなボクにだってプレゼントもらう権利はあるんじゃないですか? 冗談で言ってると思いますかはい嘘です冗談ですお仕事しっかりがんばりますでもこのシーズンが憂鬱なのは嘘じゃないっサーヴァントさんたちもっと回復よろしくお願いします雷痛いあーあミニスカ美少女サンタが液晶から出てきてくれたらもっとやる気が」
 感電のためか早口に東西南北が痛切極まる悲哀を吐露する間に、チェーンソー剣はついに片側の黄金角を斬り飛ばした。甲高くいななくトナカイの横腹をロビネッタの銃撃が襲う。
「ビクトリーだかバンガードだか知らないけど、あたしはお騒がせ探偵……嵐を呼ぶトラブルメーカーだもんねっ! つまりサイクロンでありハリケーン!」
 あまり嬉しくない評判を高らかに叫ぶ間にも、銃弾は次々とトナカイに命中している。この連射が、ロビネッタが弾痕で自らのサインを書こうとしているのだと気付けた者がいたかどうか。
「てめぇ……さっきはよくも狙ってくれたな」
 がらりと口調が変わったカルディアが剣を振り上げた。その瞬間、剣身を地獄が覆い、紅蓮に燃える天蠍が浮かび上がる。
「ズタズタにしてやる!」
 蠍座の一撃はトナカイの防御を容易に貫いた。頭から腰まで斬断され、地獄の圧に押されたように内部から弾け散る。一拍遅れて黄金塊が小規模な爆発を起こした。
「さぁて、トナカイはいなくなったぜ。ちゃっちゃと地獄に落ちやがれ」
「敵の射角をずらします。少し右を狙ってください」
 レミのファミリアとレインの螺旋が、今しも発射態勢にあったサンタのライフル二挺に命中した。構え直そうとするのを、陣内の炎の蹴りとアガサの獣撃拳が左右からサンタの装甲をへこませ、ヒビを入れる。
「テメエらにとってクリスマスってなんだ」
 髑髏の仮面の奥、眼窩に強烈な怒気が灯った。竜人が地を蹴り、一直線に加速する。
「くだらねえプレゼントを寄越したうえに、次は奪うだぁ? ガキには夢を届けてやれよ。それができねえテメエらは出来損ないだよ!」
 繰り出した拳はサンタの顔面にめり込んだ。両腕が黒竜に変貌し、破壊を増幅する。
「いいからさっさと死んどけや、なぁッッ!!」
 竜人の腕が反対側に突き抜けた。頭部を撃砕されたダモクレスがスパークし、一瞬後に爆発を起こす。爆風を背に浴び、竜人は拳をぴっと振った。 


 砲撃のせいで周囲の被害はそれなりに多かった。
「じんぐるべーるじんぐるべーる、すずがなる~♪」
 上機嫌にカルディアが抉れた道路にヒールを施す。もうすぐクリスマスだ。楽しみにせずにはいられない。
「うふふ、皆にも素敵なプレゼントがあるといいですね」
「サンタさんは良い子が欲しいと願ったものをプレゼントしなくちゃね。あたしはね、新しい手帳をお願いしたんだ。事件がいっぱい起きてるからね!」
「いいですね、きっと素敵な手帳がもらえますよ、姫百合さん」
 同じく周りを修復するロビネッタの嬉しそうな顔に、カルディアも笑みを深める。
「ボクもプレゼントもらえるかな……欲しいな……」
 帰ったら薄い本とコタツが待っているが、そこにサンタにいろいろ追加してほしい東西南北である。
 紫煙をくゆらせる陣内がふとアガサを見た。
「そういえばアギー、お前、サンタを信じてたか?」
「なんだよいきなり」
「……信じてそうだな。ご両親、優しそうだったから」
 修復の手を休めたアガサが顔をしかめる。ケーキを焼いてくれたママに、サンタ役だったパパ――。
「まあ、確かにあの頃は信じてたよ。そういう陣はどうなんだ?」
「……俺?」
 反撃に言葉が詰まるが、それも一瞬。ポーカーフェイスで取り繕う。
「別に信じちゃいなかったよ。信じてるフリはしてたけど」
「へぇ、ほんとかな? 今度おじさんとおばさんに会ったら聞いてみよーっと」
「おい……」
 阻止せねばならない。密かに陣内が決意する中、竜人が歩いてきた。
「よう比嘉、大事はねえか?」
「ああ、おかげさまでな。そっちもお疲れ」
 名も無き番犬たちが労い合う。
「……?」
 ふと声が聞こえた気がしてレインはマンションを見上げた。
 だいぶ明るんできた空の少し下、一室の窓に子供の姿が見える。兄弟だろうか。笑顔でこちらに手を振っている。
 レインにとってサンタクロースは夢の存在だ。子供たちに笑顔もたらす、善性に溢れた存在。そう、きっとあのような笑顔を。
「さて、子供たちのサンタさんは本職に任せるとして、ゴッドサンタを倒さないとな」
 修復は終わった。同じ方を見たレミが、表情は変えぬまま踵を返す。
 次の戦いが待っている。

作者:吉北遥人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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