閑古鳥の鳴く旅館ほど、悲惨な物はない。
客足が途絶え、閉館に追い込まれた自身の城の中で、大園・ほむらは項垂れていた。
「ありきたりな温泉旅館じゃない、新しい旅館を目指したはずなのに……」
幾度となく開いた旅行ガイドブックを再度開く。そこに掲載されているのは美食に拘った料理、安らぎを追求した造りの部屋、そしてリーズナブルな料金。
ページの最後はこう括られている。
『貴方もこの『冷泉旅館おおぞの』で、癒しの一時を――』
「何故冬なんか来るんだ」
ほむらの後悔に満ちた呟きは、意外な形で応えが返ってくる。
とんと、胸に軽い衝撃が走った。茫然と見上げる傍で、そこには巨大な鍵が生えている。
「……え?」
それを認めた瞬間、彼は意識を失っていた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
音もなく現れた第十の魔女・ゲリュオンは、彼から剥離し、具現化していく新たな仲間――ドリームイーターを見やると、満足げに頷くのだった。
「一国一城の主。その夢を叶えたにも関わらず、そこを潰してしまって後悔をしている人が、ドリームイーターに襲われ、その『後悔』を奪われる事件が起こっている」
リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の声が、ヘリポートに集ったケルベロス達に向けられる。その中には、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)と柵・緋雨(デスメタル忍者・e03119)の姿もあった。
「今回、襲われたのは大園・ほむらさんと言う旅館経営者。襲ったドリームイーターは既に姿を消しているけど、奪われた『後悔』を元にして現実化したドリームイーターが事件を起こそうとしているの」
「つまり、事件が起きる前にそのドリームイーターを撃破すれば良いでござるね」
当を得た緋雨の言葉にコクリと頷く。
「ドリームイーターさえ倒せば『後悔』を奪われた被害者も目を覚ますハズよ。だから、倒す事に注力して欲しい」
犠牲者を生む前に。真摯な言葉が優しく告げられていた。
「あい、任せられたでござる。……時に、奪われた『後悔』はどんな物だったのでござるか?」
彼の問いにリーシャの表情が凍る。次の瞬間、紡がれた言葉に、むしろ緋雨が目を見開く結果となった。
「冷泉旅館。それが彼が経営して倒産させてしまった旅館の名前」
「温泉じゃなくて、ですか?」
信じられないと、グリゼルダが声を上げる。
「ええ、だからドリームイーターもそれに準じた攻撃をしてくるわ。鍵での攻撃やモザイクを用いた補修の他、冷気による攻撃なんかも……」
後悔の深さの為か、その能力は低くない。だが、それを削ぐ方法も有ると言う。
それが問題なんだけど……と前置きをしたリーシャは、その語句を口にする。
「客として店に入り、サービスを受け、そのサービスを心から楽しむと、ドリームイーターは満足して戦闘力が下がるみたいね」
つまり、冷泉に入り、冷たい飲み物を始めとした各種のもてなしを受け、それに満足する。それだけでドリームイーターが引き起こす危機を減じる事が出来るのだ。
「って、今、12月でござるよ!」
当然のツッコミだった。グリゼルダも泡を食った表情をしている。だが、やらねばならない。やらなくても何とかなるかも知れないが、相応の危険が伴いそうだ。
「混浴だけど湯着の貸し出しが有るみたいだから、みんなで挑戦しても大丈夫。あとは……気合い?」
大丈夫、何とかなるって、と無責任な応援をしそうな声でリーシャが付け加える。
「ともあれ、後悔を奪われてしまった被害者の為にも、ドリームイーターを倒し、事件を解決して欲しい」
細かい事は現地で判断して欲しいと告げ、リーシャはいつもの如く、ケルベロス達を送り出す。緋雨とグリゼルダの表情が引き攣っていたが、それは無視する事にした。
「それじゃ、いってらっしゃい」
参加者 | |
---|---|
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512) |
森沢・志成(半人前ケルベロス・e02572) |
柵・緋雨(デスメタル忍者・e03119) |
フィオネア・ディスクード(箱庭の鍵花・e03557) |
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023) |
芹沢・響(黒鉄の融合術士・e10525) |
ダリル・チェスロック(傍観者・e28788) |
ユーディット・アルニム(装甲砲士・e29597) |
●冷泉旅館の危機
日本に於いて十二月は冬である。
冬である以上、当然寒い。地球温暖化、暖冬等と騒がれて久しいが、2016年の十二月は相変わらず寒かった。
「美容のプロである僕がこんな肌を殺す様な真似をする事になるなんて……」
冷泉旅館おおぞの、と書かれた看板の前で、柵・緋雨(デスメタル忍者・e03119)が戦慄する。身体の震えは武者震い半分、寒さ半分だ。これから待ち受ける惨劇に恐れ戦いていない、と言えば嘘だった。
「冷泉なんて有る、のね」
フィオネア・ディスクード(箱庭の鍵花・e03557)がしみじみと呟く。頷きに合わせ、白銀の髪から零れる桃の花がフルフルと揺れた。
「信念とか拘りとかを貫いちゃったんだよな」
芹沢・響(黒鉄の融合術士・e10525)の言葉は旅館を潰した店主に同情的だ。傍らでボクスドラゴンの黒彪がうんうんと頷く。鋼属性の彼は、寒さに対しての耐性は高いようだ。
「とりあえず肉を食っておこうぜ」
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)がこれからの戦いに備える為と、ガーリックチキンを頬張る。緋雨が怖れた戦い、それに勝ち進む為の策として、彼が考えたのが、蛋白質の摂取による体温上昇だったのだ。
「冷泉って僕、入った事が無いんで、どんなのなのか、興味は有るんですよね」
森沢・志成(半人前ケルベロス・e02572)は苦笑いにも似た表情を浮かべる、それでも、この時期の入浴は遠慮したかった、と愚痴の様に零して。
なお、フィオネア、響、煉、そして志成の四名は防御特徴『寒冷適応』の恩恵により、冬の外気温を苦にした様子もない。そんな彼らに向けられた他五名の仲間達の視線は何処か羨ましげだった。
「出来れば夏に来たかったですよね」
こほんと空咳が響いた。その主、紳士然したダリル・チェスロック(傍観者・e28788)が志成の言葉に同意を示す。
「店主様の後悔を排し、ドリームイーターを倒さなければなりません」
煉から受け取ったガーリックチキンを頬張りながらのグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)の台詞だった。
「ふむ。……人は様々な事で後悔するものだな」
しみじみと呟かれるルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)の言葉は重々しく響く。その後の呟きは、仲間達の心情を代表していた。
「……多分この後特に俺はこの依頼に後悔する事になるだろう」
「レプリカントである私もそうなのであろうか」
ユーディット・アルニム(装甲砲士・e29597)の独白は、しかし、誰からも返答はなかった。体感については地球人も異種族も差はない。今の彼女が寒さを感じている事は間違いないが、後悔するかどうかはこれからの対応次第だ。
(「私達の『後悔』も、ドリームイーターに悪用されませんように……」)
鶏肉を嚥下したヴァルキュリアの少女は、小さな声で祈りを捧げる。
●凍れ、汝は美しい
「いらっしゃいませ。当旅館のご利用は初めてでしょうか?」
閑古鳥鳴く――むしろ、閑古鳥の影すら見えない旅館の受付に、それは座っていた。
傍目はでっぷりと太った何処にでもいそうな中年親父。ただし、その顔がモザイクに覆われていなければ、だった。
経営者――店主の後悔から生まれたドリームイーターは、ケルベロス達の到来を歓迎する様に両手を広げ、大仰に一礼をする。
(「大園さんはあの部屋ね」)
受付と思わしきテーブルの奥に、申し訳程度に『スタッフルーム』と書かれた札が下がった扉が有る。それを認めたフィオネアは「早く助けてあげなければ」との決意を新たにするが、その為には目の前のドリームイーターを撃破しなければ、と首を振る。
斯くして、ケルベロス達とドリームイーターとの攻防が始まるのであった。
『後悔』から生まれたドリームイーターは、後悔の元凶となったサービスを心の底から満喫すれば、弱体化する。
ヘリオライダーに告げられた言葉を忠実に守る彼らの前に立ちはだかったのは、此度の犠牲者、大園・ほむら氏が誇る、巨大なお風呂であった。
岩壁をくり抜き、小屋を併設したそれは、傍目に見て充分『立派過ぎる』建屋だった。これに賭ける彼の意気込みも計り知れようと言うものである。
志成は後に述懐した。「せめてアレでお湯が満たされていればなぁ……」
おそらくその文言は、ドリームイーターに立ち向かったケルベロス達の総意であった。
「おや?」
入浴準備を整え、湯船――岩盤をくり抜いて作った巨大な浴槽の前に立つケルベロスに、ドリームイーターから不思議そうな声が掛かる。
「当旅館は水着、或いは湯浴み着での利用をお願いしています。湯浴み着につきましては、レンタルも承っておりますので、是非ご利用下さい」
「――?!」
響が思わず息を飲む。ドリームイーターの言葉の真意を、そしてそれを行う意味を悟ってしまったからだ。
入浴する以上、脱衣は当然である。水着、湯浴み着と、着替えが用意されているとは言え、彼の言葉が持つ意味は一つ。
今着ている防具を脱げ、と言っているのだ。
(「マジか!」)
冷や汗が額を濡らす。
防具特徴は防具に依存するもの。即ち、防具を纏っていなければその恩恵に与れない。
動揺を隠し切れなかったのは、志成、フィオネアも同じだった。『寒冷適応』無く、寒さと言う敵へ立ち向かわなければならない事態に、奥歯の震えすら感じる。
「覚悟を決める、か」
寒さを痛みと定義し、ペインキラーで誤魔化そうとしたルビークや拷問耐性で乗り切ろうとしたダリルも冷や汗を掻きながら、更衣室に戻っていく。
目の付け所は悪くなかった。だが、それでも防具特徴の恩恵に与れないのであれば同じ事である。
(「防具が水着で良かった……」)
密かに煉が安堵の吐息を漏らした事に、気付いた者はいなかった。
「それではお客様。我が冷泉旅館のサービスを心行くまで堪能して下さい」
水着、或いは湯浴み着姿になったケルベロスを前に、ドリームイーターが恭しく一礼をする。
(「断りたい!」)
それがケルベロス達の、否、緋雨の想いだった。防具特徴に頼らないと覚悟を決めた。その矜持が彼を支える全てだった。そして。もう一つ。
「冷泉をじっくり堪能してあげようとするなんて……その心意気、惚れ直しちゃいます!」
彼の背後で歓声を上げるのは、恋人の鞠緒だった。
「きっと冷泉だけじゃないよね。他にも最新式の冷凍サウナとか、天然氷で作られたカキ氷、寒風吹き付ける満天の星空とか心凍てつく様な最高のおもてなしが待っているんだ」
その隣でしみじみとユルが呟く。想像すらしたくない寒さのフルコースだった。だが、おそらくそう言うサービスが待ち受けているのだろう。ユルの独白に合わせ、ドリームイーターの目が輝いていた。
「ええい。ままよ!」
情けない姿を恋人に、そして仲間達に見せるわけに行かない。
「此処で退いたら男じゃないだろ……」
指を沈め、震える声を奥歯でかみしめながら、ルビークもまた覚悟を決めていた。指先に伝わる体感温度はおそらく一桁台。氷が張っていない以上、零度と言う事は無いだろうが、それに近い温度だとは感じる。
「気合いだ、気合い!」
裂帛の意志の元、彼を先頭に10人のケルベロス達は水の中に身体を沈める。なお、そんな彼らを見守る二つの視線は、鞠緒、そしてドリームイーターの双眸だけだった。
「うわ、冷たっ?!」
「Mir ist kalt?!」
「――――っ?!」
志成からは日本語の悲鳴が、ユーディットからは独語の悲鳴が、そしてグリゼルダからは声にならない悲鳴が零れた。
悲鳴こそ上げなかったものの、フィオネアは唇を噛んで寒さに耐え、響は楽しげに泳ぐ黒彪へ、羨ましそうな視線を注いでいる。
「こ、効能は、何なんでしょうね」
「そ、そうだね。熱中症に効果有り、とかじゃないかな!」
寒さを会話で紛らせようとする試みはダリルから行われ、それに自棄の様に応じたのはユルである。二人とも奥歯が震え、会話に難儀している。
「疲労回復、自律神経の整調などになります」
おそらく微笑を浮かべているのだろうか。モザイク越しの顔は何も伝えてこなかったが、彼の声色は、誇らしげに響いていた。
●震える身体
大量の練乳とフルーツ、バニラアイスが添えられたカキ氷が出てきた。甘かった。寒かった。
この時期には珍しい赤々とした西瓜が出てきた。甘かった。寒かった。
つるつるしこしこの冷麺が出てきた。程良い酸味が美味しかった。寒かった。
岩風呂の一角を区切り、冷気を取り入れる冷涼サウナに案内された。寒かった。
寒空の露天風呂に案内された。雪化粧に染まった森林が眩しい景色はケルベロス達をほう、と唸らせた。当然寒かった。
「ゆ、雪景色は情緒あって良いですね」
色白の肌に青くなった唇が映える。ダリルの感嘆は、呻き声と共に呟かれる。
ありとあらゆる寒がケルベロス達を襲う。慈悲など無かった。
「如何ですか?」
否。ドリームイーターの喜びこそが慈悲なのであろう。『後悔』から生まれた彼は、それを果たすのが楽しくて仕方ないと言った様子だ。モザイク越しの表情は読めなかったが、発する声色はそれを充分過ぎるぐらいに感じさせた。
「……冬の、川遊びと変わらない、な」
強がりの台詞はユーディットから零れる。目が虚ろなのは、心此処に在らず、無我の境地で寒さを凌ぐ、と精神論に頼った結果だった。その試みが成功しているかは彼女しか判らない。
彼女の震える肢体、特に競泳水着を押し上げる豊かな丘陵は寒さの為、先端の陰影すら映していた。浮かび上がる艶やかさに、思わず志成、煉、響の三人の若者が頬を染める。
艶やかさはグリゼルダも同様だった。バスローブと浴衣の中間地点の様な白い湯浴み着はしっとりと濡れ、健康的な肢体を強調していた。
「白は透けると言うけど、大丈夫、みたいね」
それはフィオネアの談。水着姿の彼女は身体をさすり、寒さへの耐性を高めている。それでも完全に震えを止める事が出来ず、濡れた銀色の髪が細かく上下した。
「店主。もはや充分に満足行くサービスを受けたと思うのだがな」
己を鍛える為、と称して冷泉に浸かっていたが、もう充分ではないかと緋雨がドリームイーターへ問う。再起不能寸前の彼は涙目で訴えていた。ふと気を抜けば冷泉は消え、満開の花畑――何故か白詰草だった――が目の前に広がりそうだった。
だが、そこには行けない。自分を労い、応援する恋人の声が聞こえる以上、冥府の花畑は未だ早かった。――例え、その恋人がぬくぬくとしたコートに包まれ、寒さを享受していなくとも、恨めしく思ったり、羨ましく思ったりなんかしていない。
(「……ワシは強い男になってみせる!」)
心の底からそう思った。
「はい。サービスはあと一つです」
おもむろにドリームイーターが巨大な鍵を取り出す。その言葉が意味する事はただ一つ。
「皆様にはそのまま、極楽に向かって頂きましょう!」
「――この時を待っていたぜ!」
戦いを感じさせる言葉に、むしろケルベロス達から歓声が上がる。真っ先に鬨の声を上げたのは煉だった。『寒冷適応』の恩恵で寒さへの耐性を得ていた彼にとって、ドリームイーターが振る舞うサービスはむしろ心地よい物だった。
だが。
(「凄ぇ気不味かったからな!」)
仲間達が寒さに耐えている中、自分だけ平気と主張する事も出来ず、ただ、気配を消す事に集中していた。空気を読むのも大変なのだ。
飛来した鍵の一撃は、オーラを纏ったルビークに受け止められる。
「防具を着る時間は無さそうですか」
浮かび上がる微笑はむしろ、戦いへの余裕だった。後悔から生まれたドリームイーターの一撃は軽い。彼を維持する後悔そのものを、ケルベロス達が昇華したからだ。
ならば、負ける理由はない。速攻で終わらせようと息巻く。
「退く気は無い」
寒風に混じる己の声は意思と覚悟。さぁ往こうか。この声が、この祈りが届く所まで。
声がケルベロス達にバッドステータスへの耐性を付与する。同時に動いたのは煉だった。
「俺の地獄のフルコース……心逝くまで味わいなっ!」
炎を纏った蹴打が、地獄の火炎を孕む拳が、そして蒼き狼と化した烈火の闘気がドリームイーターを強襲する。冷気のサービスの礼代わりと放つ炎の連撃に殴打され、ドリームイーターの身体が岩風呂の壁に叩き付けられる。
ケルベロス達の連携は終わらない。まるで今までの憂さ晴らしの如き集中砲火は、身体を動かす事で暖を取ろうとする様でもあった。
「こっちもたっぷりと冷えさせてもらいましたからね、お返しですよ」
志成による主砲の一斉射撃は、冷凍光線を交えて放たれる。爆風と冷風。二つの破壊に煽られ、ドリームイーターの身体が吹き飛んだ。
「冷たいの、お好きなんでしょう?」
フィオネアもまた、冷凍弾を放ちながら彼の敵に問いかける。好きなのはドリームイーターではなく、それを生み出した店主ではないかと思うが、そのツッコミは誰からも飛ばない。
「――貴方が流すのは血と涙、どっち?」
そして気高くも儚い青薔薇が咲く。泉より伸びた茨はドリームイーターの身体を拘束し、青い花弁を血で汚していく。
「否を是に、歪を正に、在るままに」
光を、真実をダリルが紡ぐ。ヴァルキュリアの光翼を広げ、世界を巡る白き光を発露させた彼は、ドリームイーターの攻撃で傷付いた仲間達を癒していく。主に、その心を。
「……服は着たかったのですが」
湯浴み着は肌に張り付き、寒さをより一層強く感じさせる。早く脱ぎたかった。
「同感だぜ! だから早く終わらせよう」
響から零れた同意の声は、真顔で紡がれていた。続けての語句は、シャーマンズカードの詠唱を伴って発せられる。
「【氷結の槍騎兵】と【悪戯猫の召喚】を除外し召喚! ぶった斬れ! 『蒼氷の猫武者』ッ!!」
氷属性の甲冑を纏った猫侍が嘶いた。袈裟懸けの一撃は、ドリームイーターの構えた鍵ごと、その巨体をぶった切る。
「熱いシャワーが恋しい、な」
炎蹴を放つユーディットの声は無我の境地から抜け切れていないのだろうか、忘我の呟きとして零れる。己の放つ炎すら、気持ちよさそうだな、と遠い目をしていた。
「霧雨よ、甘く滴れ。……此度の歓待、しかと受け止めた!」
二度と化けて出てくるなよ! と駄目押しの攻撃は緋雨からだった。彼が発する薄紅色の霧は、快楽エネルギーを凝縮した猛毒。デウスエクスの身体すら灼く毒に、ドリームイーターの悲鳴が木霊する。
水音が響いた。寒さに拘った夢喰いの最期は、自身を生み出した原因である冷泉への回帰。
それを見届けた緋雨は口元にふと、虚無な笑みを浮かべる。寒さとの戦い、侵略者との戦いが終結した、と。
そして。
「……は、早く着替えよう」
終いまで待たず、ケルベロス達は更衣室へ殺到していくのだった。
●やっぱり温かいのが好き
目を覚ました店主――大園・ほむらの前に、湯気の立つ缶コーヒーが置かれている。自販機で響が購入したものだった。これを飲んで元気出せよ、とポンと肩を叩く姿は、10代の少年を超越した貫禄を窺わせた。その傍らで冷泉を満喫した黒彪が缶汁粉に顔をツッコミ、満悦の声を上げている。
「……温かい。本当に温かい」
缶コーヒーを両手で包むルビークはしみじみとした声を上げていた。寒さは余程、辛かったらしい。
熱い飲み物に舌鼓を打つのは志成も同じだった。満面の笑みは、寒さと言う障害を乗り越えた証だろう。
暖かさを享受する彼らの他、今後の事を、とケアする仲間達もいる。アドバイスはケルベロスの仕事ではないが、人の良さもまた、ケルベロスの資質だと言わんばかりの対応だった。
「何事も突き詰めてしまうと、誰にもついて行けなくなる」
だから、せめて温浴、或いはサウナぐらいは併設しよう、とユーディットは諭す。彼女から立っている湯気は、待望の熱いシャワーを浴びたお陰だ。お湯が出た事に少しだけホッとした。
小言はダリルからも飛び出している。冷泉に拘る事も良いだろうが、冬場はお湯を沸かしたり、そもそも旅館を夏季限定にするなど手はあっただろう、との言葉は、むしろ彼に対する期待だ。頑張って欲しい。心の底からそう思っているのだ。
「真新しさを追求しなくても、充分やっていけると思う、から」
フィオネアの励ましは、サービスの質についてだ。冷泉を除けば素敵なサービスだった。故に、思う。冷泉に拘らず、温泉で再出発して欲しいと。
やがて、ほむらは顔を上げ、ケルベロス達に一礼する。そこに宿っている意志は、再出発への決意だった。
その旅館が如何なる色を纏うのか。それは誰も判らない。だが、素敵な色を纏うと、誰もが信じていた。
寒風吹きすさぶ日本庭園は、しかし、寒さを感じさせる事はなかった。
緋雨と鞠緒。恋人の醸す雰囲気は冬という気候を中にあってもなお、甘く温かい。
「まぁ。良かったよな」
煉の呟きにええ、とグリゼルダも応じる。
ドリームイーターの撃破。店主の立ち直り。寒さに耐える辛い戦いばかりだったが、結果は悪くなかった。
少女の微笑みに、少年は再度、同じ言葉を紡ぐ。
「無事に終わって良かった」
(「姉ちゃんに怒られなくて済むもんな!」)
それが少年の、心の底からの呟きだった。
作者:秋月きり |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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