結晶

作者:藍鳶カナン

●結晶
 洞窟の奥深くで、太古の眠りから目覚めた神秘の輝きが貴方を待っています。
 ――結晶屋。
 路地裏にひっそり掲げられたそんな看板のもとには地下への入口。
 洞窟を模した階段を下りればその先に開けた空洞、もとい洞窟内の空洞を模した店舗へと辿りつく。岩窟風の店に満ちるのは、煌びやかではないが何処か優しい色彩の結晶の輝き。
 薔薇色に淡い金色、深い紫や艶めく黒、薄氷の中で煌くような青。
 透明感にはいささか欠けるが、それゆえに、店を彩る結晶達は柔らかな輝きを纏う。
 彼らを輝かせる光源はキャンドルホルダーや電球入りランプ、そして岩窟風の天井で煌くシャンデリアに加工された結晶だ。裡から輝くそれらはひときわ暖かな色の光を溢れさせ、店のまんなかにぽつんと座った店主を照らし出していた。
 客はいない。
 この店はもう、潰れてしまったのだ。
「宝石かと思って来たらただの岩塩かよ! ――って叫ばれたよなぁ……。いいじゃないか神秘的な岩塩の輝き。塩の結晶なんだから店名も謳い文句も詐欺じゃないもん……」
 店主はいじけて膝を抱えた。
「たかが塩がなんでこんなに高いのよ! ――って怒られたよなぁ……。そりゃスーパーの精製塩とかよりは高いに決まってるよ。天然岩塩なんだもん輸入モノなんだもん貴重な岩塩よりすぐりなんだもん……」
 店主は足元にのの字を書き始めた。
「僕はお客様と岩塩の浪漫を分かち合いたかったんだ……! ああ、せめてもっと都会的で洗練された街の大通りに店を出せてたら、この浪漫をわかってくれるお客様に出逢えたかもしれないのに……!」
 後悔を抱え込むように彼が丸めた背中。
 そこへ、何の前触れもなく大きな鍵が突き立てられた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 うっすら笑んだパッチワーク第十の魔女・ゲリュオンが彼の背から心臓を穿った鍵を引き抜けば、膝を抱えた姿のままこてんと横倒しになった店主の傍らに、美しい岩塩の結晶――ソルトクリスタルの鎧を纏ったドリームイーターが現れた。

●ソルトクリスタル
 ――正直、ブルーソルトとかにはすごく惹かれるんだけど。
 天堂・遥夏(ウェアライダーのヘリオライダー・en0232)は神妙な顔つきでそう呟いて、
「けどまぁ、路地裏で偶々見かけて入った店で岩塩シャンデリア買ったりはしないよね」
 狼の尾を大きくぱたりと揺らし、改めてケルベロス達を見回した。
 立地や宣伝次第ではきっと店主の同好の士が訪れただろうが、ともかくその岩塩専門店・結晶屋は潰れてしまい、その店主から奪われた『後悔』からドリームイーターが現実化したわけだ。後悔を奪った魔女はもう姿を消しているが、
「現実化しちゃったこのドリームイーターが事件を起こす前に、あなた達で倒してきて」
 意識を失ったままの店主さんもそれで目を覚ますからね、と遥夏は続けた。
 件のドリームイーターは店主に成りかわり、勝手に営業再開中。
 路地裏でひっそりという立地が幸いし、まだ客は訪れていないから、今のうちに結晶屋に乗り込むべきだろう。強行突入してそのまま戦闘に持ち込むことも可能だが、
「折角店が営業再開してるんだしね、もし岩塩が好きとか岩塩に興味あるってひとに行ってもらえるなら、戦闘を仕掛ける前にまずは店のお客として岩塩の浪漫を楽しんであげてよ」
 客として入店し、岩塩の浪漫を心から楽しんでやれたなら、ドリームイーターは満足して戦闘力が落ちるという。満足させたドリームイーターを倒せば、目覚めた店主の後悔も薄れ前向きな気持ちになれるのだとか。
 優しい彩と柔らかな輝きを抱く岩塩達。
 洞窟の奥を思わせる店内で太古の眠りから目覚めたそれらに思いを馳せ、結晶をくりぬき加工したキャンドルホルダーやランプに、いくつもの結晶に彩られたシャンデリアの輝きを楽しみ、気に入ったものを買うもよし。
 洞窟内の鉱脈をイメージして配置された大きな岩塩の結晶から欲しい分だけ自分で岩塩を削り、透明な硝子瓶に詰めるというサービスを楽しむもよし。あるいは、好みの結晶を買い求め、帰ってからアクセサリーなどを自作してみるもよし。
「ただの塩だって思うと法外な値段に思えるけど、高めのインテリア雑貨とか高級食材とか良質なバスソルトだって思えば『ちょっと高めかな?』くらいのお値段だよ。まあそれでもシャンデリアはやっぱり高いけど」
 肝心なのは『心から』楽しむこと。 
 一旦買って、ドリームイーターを倒した後に返金してもらうといった『楽しむふり』では相手に通用しないから、やはりもともと岩塩が好きな者や岩塩に興味がある者が向かうのが望ましいだろう。
「店主さんをこのままはしておけないし、かと言って目覚めたあとまた後悔に苛まれるのも気の毒だしね。けど、あなた達なら店主さんを前向きな気持ちで目覚めさせてあげられる。そうだよね?」
 挑むような笑みに確たる信を乗せて、遥夏はケルベロス達をヘリオンに招いた。
 さあ、空を翔けていこうか。
 洞窟の奥深くで太古の眠りから目覚めた、ソルトクリスタルのもとへ。


参加者
リリア・カサブランカ(春告げのカンパネラ・e00241)
火岬・律(幽蝶・e05593)
蓮水・志苑(六出花・e14436)
花唄・紡(ピティリリー・e15961)
リュティス・ベルセリウス(イベリス・e16077)
ルル・キルシュブリューテ(ブルーメヘクセ・e16642)
宵華・季由(華猫協奏曲・e20803)
三廻部・螢(掃除屋・e24245)

■リプレイ

●結晶
 洞窟の奥深くで、太古の眠りから目覚めた神秘の輝きが貴方を待っています。
 ――結晶屋。
 路地裏で浪漫を誘う看板の許にひっそり口を開けているのは、まさに地下へと続く洞窟。階段も岩を模すそこを覗けばそのまま奥の店へと続いていて、火岬・律(幽蝶・e05593)は眼鏡の奥の深紫をすっと薄めた。扉はない。
 恐らく開店中は開け放しで、閉店時には岩盤の亀裂に見せかけた中に隠したシャッターを下ろすのだろう。――と、なれば。
「ここに貼るのがベストでしょうね。お願いできますか? キルシュブリューテさん」
「任せて! 早めのほうが良さそうだもんね。イコちゃんそっち持って~!」
 辺りにひとけは無かったが、皆で店を楽しんでいる間に誰か来ないとも限らないし、戦闘開始時に手を割くより先に済ませてしまうのが合理的。
 ルル・キルシュブリューテ(ブルーメヘクセ・e16642)が桜チョコとミルクチョコめいた色合いのテレビウムと一緒に立入禁止テープを貼る姿に、仲良しさんですね、と微笑んで、蓮水・志苑(六出花・e14436)は冷たい洞窟を思わす階段を降り始めた。
「路地裏の静けさがいっそう洞窟らしい雰囲気を醸しだすようですね」
「ほんと。なんだか違う世界へ続いているみたい――って、見て! 素敵……!!」
 狭い階段の先に見えた店舗はさながら洞窟の奥にぽっかり開けた大空洞、足を踏み入れた途端に広がった神秘的な光景に、リリア・カサブランカ(春告げのカンパネラ・e00241)は素直な感嘆と笑みを咲かせた。
 大きな岩窟を模す空間に燈るのは、裡から輝くような幾つものソルトクリスタルランプ。
 岩塩結晶の芯から暖かな彩に光り輝くそれらのあかりが、岩盤の壁を鉱脈の如く彩る他の結晶達を、薔薇色に淡い金、深い紫や艶めく黒、薄氷の中で煌くような青と様々な色合いに煌かせ、仰げば岩盤の天井から下がる岩塩シャンデリアが優しい光を辺りに降らせている。
「これは見事ですね……!」
「すごいな! 塩ってすごい! 自然の神秘すごい! そしてお値段もすごい……!!」
 淡い金色を帯びた滴型の結晶が無数に煌くシャンデリアを真下から見れば、まるで暖かで柔らかな光の雨を浴びる心地。リュティス・ベルセリウス(イベリス・e16077)が心からの賞賛を口にするのに同意しつつ、宵華・季由(華猫協奏曲・e20803)は六桁のお値段を見て涙を呑んだ。シャンデリアの結晶がしゃらりと揺れれば、彼の頭にへばりつく虎縞ウイングキャットの尾も合わせてぱたり。
 ――ミコト! 絶対に! 舐めるなよ!!
 舐めたらきっと買い取り待ったなしだ。
 蜂蜜めいた暖かな橙の輝きを秘めた岩塩のランプは懐かしい夕陽のようで、薄曇りの裡に冴える青が煌く結晶は、まるで凍てる湖の底から氷の水面を見上げるよう。岩塩の中に己が世界を見る思いで三廻部・螢(掃除屋・e24245)は店を眺め、
「クリスタル専門店とか調味料の店なら行ったことはありますけど……」
「あ! 女の子と一緒だったんでしょお兄ちゃん」
「まぁ、否定はしませんが。けど、岩塩専門店に来るのは初めてですね」
 何気なく呟けば、夜闇に星が散るような結晶を覗き込んでいた花唄・紡(ピティリリー・e15961)が顔を上げ、悪戯な笑みを向けた。
 普段通り受け流されても気にせずに、紡はひとつひとつ結晶を覗いていく。透きとおった宝石みたいに華麗な輝きこそないけれど、曇りを帯びるからこそ優しい煌きが胸にも暖かな光を燈してくれるよう。
『いらっしゃいませ! 何かお探しですか?』
「ええ、ブルーソルトを。粉末状とブロック状の物、両方あれば嬉しいのですが」
 結晶の鎧を纏った顔面モザイクなドリームイーターの怪しい姿に動じることなく、平然と応じて律がそう望めば、相手の顔のモザイクがぱぁっと明るくなった。歓びの表情らしい。
 極上の品がございますよ、と披露されたのは――雪を思わせる涼やかな白に、夏空の如き鮮やかなサファイアブルーが透ける、美しい岩塩。
「良い品ですね。これほどの品となればさぞや希少なものでしょう」
「綺麗……! 不思議ですね、こんな美しい色彩が自然に生まれるなんて」
 来た甲斐がありましたと律は微笑し、志苑もひとめで魅了された。
 極小の結晶を硝子瓶に詰めたなら、飛びきりの煌きが掌に。

 ――太古の眠りから目覚めた神秘の輝き。
 結晶屋の看板にそう謳われるとおり、岩塩には数百万年から数億年の時が抱かれている。多くは無色や白だが、時に様々な色が見られるのは含むミネラルなどの不純物、あるいは、地殻変動でマグマの高熱や放射線に晒されたことによるものだという話。
「それでこんなに色々あるんだな! まさに神秘だ……!!」
「ねー! びっくりするくらい色とりどり!」
 岩塩とは思えぬほど深い菫色をした結晶に季由は宵色の瞳を輝かせ、蜂蜜の結晶みたいに甘やかな彩の岩塩にルルの声も心も弾む。
「可愛いピンク色のとかないかな……あ! リュティスちゃんのも綺麗!」
「色合いもですが、味わいも素晴らしいのです。メイドとしては主のために見逃せません」
 太古の微生物や硫黄が含まれているなどで食用には向かないものもあるが、リュティスが細かなかけらで味見させてもらった薔薇色の岩塩はまろやかな美味。
 瞳でも舌でも楽しんでもらえるはず、と思えば自然と笑みも綻んだ。
 細かく削ればより光を含み、リュティスの手元には薄桃色の雪が煌き積もるようで、
「私もあんな色のがいいなぁ。インテリアにできる小さめのものがあればいいんだけど」
『それならお客様、こちらはいかがでしょう』
「わ、桜だ……!!」
 羨ましげにルルが呟けば、ドリームイーターが桜花を模した小さなキャンドルホルダーを見せてくれた。
 桃色の結晶が桜のかたちに花咲くそれの芯にはティーキャンドル。火を燈せば岩塩の桜花そのものが暖かな桜色に輝いて、桜の名を抱く少女の心にも花を咲かせてくれる。
「暖かなあかりはいいな、きっとシングルベルな俺のロンリーハートも癒してくれるはず」
「白や青に燈るものも素敵ですよ。神秘的な輝きで」
 蜂蜜にオレンジを溶かしたようなランプの光の温もりに季由が惹かれれば、志苑は雪玉の如くまぁるく磨き上げられた白い結晶の裡から青の輝きが溢れるライトを手に取り、ずっと眺めていても飽きないね、と結晶達をゆるりと見渡した紡は、改めて螢を振り返った。
 少し殺風景なおうちに、優しい輝きを。
 日本家屋にシャンデリアは難しいだろうから、
「ねえ、お兄ちゃんはどんなのがいい?」
「ランプですかね。暖かい黄色か桃色の」
 冴える青にも惹かれるけれど、家で燈す様を想像しても今ひとつしっくりこない。
 螢がそう続ければ、そしたらこれで、と押しかけ妹が薔薇色の結晶に瞳を留めた。
 光を燈せばひときわ暖かな薔薇色に輝いて、黄昏から宵へ至るあわいの空の、甘い残照の彩光を溢れさせてくれる。
「なんならお兄ちゃんがプレゼントしてくれてもいいんだよ?」
「しませんよ。でもまぁ、折半といきましょうか」
 ――俺も、綺麗なものは嫌いじゃないもので。
 優しくも神秘的な輝きに、塩が古来より魔除けとして使われるものだということを改めて実感する。皆が選ぶ結晶の色はそれぞれの心を映したものなのかしらと微笑んで、リリアも目移りしてしまいそうな彩の競演にしばし見惚れた。
 手には流麗なワイングラスの芯に電球を秘めたランプ。
 好きな色合いの小さなソルトクリスタルを選んでグラスに詰めるものだけれども、愛しいあのひとへ、どんな色の輝きを贈ろうか。
 皆が岩塩に興味を示すたび、その輝きを買い求めるたび、ドリームイーターのモザイクに嬉しげな煌きがきらきらと踊る。
「飲食店をやるまで知りませんでしたが、岩塩は野菜や白身魚によく合うんですね」
『ものによるところもありますが、こちらのブルーソルトなら相性抜群ですとも!』
 愛想よく勧められた美しい青のかけらを味見すれば、律の舌の上にすっきりとしながらもまろやかな塩の味が広がって、優しい甘味の余韻が残る。創作料理店の主にとってはまさに食べる宝石。
 瑞々しい野菜にも、真白なモッツァレラにも、白身魚のカルパッチョにも合うだろう。
 素材を引き立たせるだけでなく、料理に永い時の物語をも添えてくれる品。
「合わせて1kgを袋詰めで。それから領収書をお願いします」
『畏まりました!』
 弾む声とともに、ドリームイーターの纏う鎧に無数の罅が奔った。

●ソルトクリスタル
 硬い岩塩結晶の鎧に奔った無数の罅は、満足を得て敵の力が弱まった証。
 戦いは美しい彩のぶつかり合いで幕を開けた。
「来ます! 催眠です!!」
 全てを終えて、客を送り出す風を装ったドリームイーターの気配の変化を察したのは律、皆が身構えるとほぼ同時、魔法の岩塩の粉が押し寄せれば、
「綺麗で神秘的だけど、それで人々を傷つけさせるわけにはいかない!!」
 催眠の煌きを押し返す勢いで爆ぜる華やかな色彩の連鎖。癒し手の浄化をも乗せた季由の爆風に続け紡が爆発させた彩風が前衛陣の士気を高めれば、
 ――誓約の舞、魅せてあげる。
 翻る金の髪と雪白の肌に青翠の風を纏わせリリアが舞った。力を高めるアクセサリを一切身に着けていないためか全ての技の命中率が心許無いが、敵を追尾するこの風ならば。
 煌き翔けた比礼の風が敵を逃さず貫けば、それを追うように季由とリュティスの翼猫達が清らな羽ばたきで仲間へ加護の風を送る。揺れたシャンデリアの光が踊れば、
「綺麗で美味しいお塩も素敵だけれど――花は命、お菓子は正義!!」
 明るく声を響かせたルルが砂糖菓子めいて煌く花吹雪と甘い香りで後衛陣の力を高めて、彼女のキープアウトテープで人払いは十分だと判断すれば、リュティスも殺界形成ではなく仲間の支援に手を割いた。
 ――皆様に祝福を。
 故郷の記憶はなくとも、伝えられた秘術は身体が覚えている。
 彼女の舞が与えるのは破魔の祝福、華やかな爆風の力も得た律が業物にも匹敵する無銘の刃を揮えば、敵が護りの恩恵を喪っていることもあり、月の弧の斬撃が深い傷を刻み込む。
「手応えは上々のようですね」
「なら、更に脆くなっていたたきましょう!」
 甘い香りを靡かせ後衛から一気に馳せたのは志苑、凛列に輝く刃が雷の霊力とともに敵を貫けば、ひときわ硬質な響きとともに大きく咲いた結晶の鎧の亀裂に狙いを定め、
「問題はなさそうですね。余計なものは綺麗に掃除して、早々に片付けるとしますか」
 迷わず螢が撃ち込んだカプセルが弾け、神殺しのウイルスを振り撒いた。
 岩窟めいた空洞に結晶化を伴う光が迸り、心を乱すモザイク混じりの岩塩の煌きが幾度も乱舞するが、癒し手の季由は無論、五体のサーヴァント達がそそぐ浄化や耐性で対策は十分すぎるほど。
 裾を跳ね上げた一瞬で腿から抜き放ったリュティスの刃、それが映す惨劇が三重の悪夢を生みだし敵へと襲いかかれば、デッキブラシの杖から柴犬に戻って駆けた螢のファミリアが更なる悪夢を呼び覚ます。
 柴犬の主へ向け敵の掌が翻ったが、迸る光に魔女たる娘が躊躇いもなく飛び込んだ。
「あたしがいるからには、お兄ちゃんには傷ひとつ付けさせないよ!」
「はいはい、頼りにさせてもらいますよ。君も怪我のお掃除はできますね、るんば?」
 主を庇おうとして転んだらしいどじっこテレビウムが跳ね起き、応援動画で紡を癒せば、
「ありがと! 行こうマンゴーちゃん、可愛いお友達には負けてらんないよ!!」
 ――あたしの魅力に溺れさせてあげる!
 瞬時に満ちる毒薬と海水の気配、紡に憑依した麗しき人魚の姿の魔が甘やかな痺れを齎す霧で敵を呑み、コットンリボンが愛らしいシャーマンズゴーストが存在そのものを透かした爪で敵の魂を穿った。
 たちまち追い詰められていくドリームイーター。
 ルルが紡ぐ竜語魔法、岩窟の結晶達を煌かせる幻影竜の炎が灼熱となって襲いかかれば、炎に巻かれた敵が岩塩結晶の騎士を召喚し、己を癒して護りを固めにかかった。
 けれど。
 リリアのハウリングフィストは防がれたが、強力な彼女の拳を受けとめたがゆえに生じた敵の隙を突いた律と、後衛から狙い澄ませた志苑が叩き込むグラビティブレイク、そして、癒し手の破魔を乗せた季由が流星の蹴りを見舞えば、騎士の護りも保つはずがない。
「ブレイクが足りなければ……というのは杞憂でしたね、シーリー」
 皆様さすがです、と微笑んで、するりと伸びる影の如く馳せたリュティスが音もなく敵の脇腹を掻き斬れば、主に続いた翼猫も鋭い爪を閃かせた。
 最早勝利への道筋はまっすぐ揺るがない。
 甘い色のテレビウムが流してくれる応援動画、楽しいその音色に乗るよう跳躍したルルが煌く流星となって敵へと落ちて、
「今だよ! 思いっきりいっちゃって!!」
「ええ、店主さんにはちゃんと目覚めてもらわなきゃ!!」
 星の重力を三重に叩き込まれたドリームイーターが踏鞴を踏めば、間髪を容れずリリアが青翠の風を呼び覚ます。
 太古の眠りから目覚めた神秘の輝き。
 優しいその光に出逢わせてくれたのは、眼前の相手でなく、本物の店主の方なのだから。
 柔らかにリリアの肌を撫でた風は一気に翔けて敵へと絡みつき、鋭利な魔法の刃となれば容赦なく肩から腹までを断ち割って、癒し手たる季由をも攻勢に誘った。
「畳みかけるよ! 咲いて裂かれて 揺れる妖炎 宵華の手向けに弾け飛べ!」
 岩窟を模す店内に咲く妖しの炎、宵に華咲くがごときそれは二つの尾を揺らす猫を象ると同時、季由の意のままに空間を跳ねて躍って敵へと襲いかかる。
 美しき炎の猫が華やかに爆ぜたときにはもう、
 ――気付くのが遅い。
 息も殺気も、気配すらもすべて殺した律がドリームイーターの背後へと滑り込んでいた。刹那の舞を思わす刃の閃き。敵が前のめりに傾いだ瞬間を逃さず、志苑も己が愛刀を揮う。
「店主さんに前向きな気持ちになっていただくためにも、その後悔、返していただきます」
 ――集うは氷雪、煌くは氷結の刃。
 地下の空洞にひときわ清冽な冷気が凝る。優しい輝きを燈すソルトクリスタルのあかりが満ちるなか、凛と冴えた三日月の剣閃が奔れば、軌跡を刻まれたドリームイーターがすべて光となって消えていく。
 夢の終わり。
 そして、この店の終わり。
 閉店は本当に残念ですね、と志苑は寂しげに微笑んだけれど。
「消えるには惜しい店ですからね。店主にはネットショップを薦めてみましょうか」
「それいいね! じゃ、早速話してあげなきゃ!」
 敵の消滅を見届けた律の言葉に紡が破顔した。
 皆が和らげた後悔は穏やかに店主に溶けて、前向きな気持ちの目覚めを齎すはず。だからきっと新たに歩き出すだろう彼に伝えよう。
 ――素敵なものを教えてくれて、ありがとう。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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