翠のコンチェルティア

作者:犬塚ひなこ

●緑の守護者
 鬱蒼と緑が生い茂る深い森の奥に妖精の里がある。
 シフォンリボンのようなふわふわとした翅を羽搏かせる妖精達は心優しく、自然と共に穏やかに生きていた。だが――。
「妖精さん、隠れて! 森に悪い悪魔が攻めてきたみたい!」
 緑の魔法少女衣装を纏った少女は樹々を背にし、葉の陰に隠れる妖精達を庇うように立ち塞がる。目の前にはゆらゆらと揺らめく暗黒の影、悪魔達が見えた。
 森は今、自然を枯らそうと狙う敵に襲われている。
「妖精さん達はこの私……魔法少女コンチェルティアが必ず守るわ!」
 窮地にもかかわらずコンチェルティアと名乗った少女はにこっと微笑んだ。
 そして、彼女は手にした新緑の杖を振るって迫り来る悪魔達へ必殺技、エバーグリーン・コンチェルトを解き放つ!

 ――というのは少女だけが見ている光景だ。
 実際はVRゲーム機を装着した寝間着姿の少女がハイキングに訪れていた人に襲い掛かっているだけ。されど、少女の前に投影されたアバターが振るう力は本物。必殺技を受けた一般人は倒れ伏し、少女によって殺されていく。
「ふふっ、悪魔はみんな私が倒すんだから。ね、妖精さん!」
 振り返った少女は妖精達に笑いかけた。だが、それは何も語らぬままただ風に吹かれてひらひらと揺れるのみ。何故なら妖精だと思われているそれらは樹々に結ばれた小さなリボンでしかなかったのだ。
 
●仮想現実魔法少女
 VRギア型ダモクレスを装着した少女が事件を起こす。
 場所は郊外にある小さな森。其処は一般人が散歩コースにもしている穏やかな場所で緑も豊かでとても良い場所だという。
「女の子は現実をゲームだと思っているみたいで、森に訪れた人を妖精を狙っている悪魔だと感じて襲い掛かってしまうのです」
 雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は予知された未来を語り、少女の凶行を止めて欲しいと願った。
 今から現場に向かえば一般人が訪れる前に少女『魔法少女コンチェルティア』と相対することができる。妖精――即ち、現実では低木に結ばれたリボンと会話している少女はケルベロスを悪魔だと思い込み、戦いを挑んで来るだろう。
「戦いは女の子の前に投影されたアバターが行うみたいです。敵はある程度の攻撃をすれば消えるのですが……」
 ゲームを続ける意志が尽きない限り、すぐに新たなアバターが戦闘開始時と同じ状態で何度も現れるらしい。それゆえにゲームを続ける意志を折るような形で対応しなければ延々と戦い続けることになる。
 VRゲーム機型ダモクレスはゲーム世界に相応しく無い現実を、ゲームの設定に合わせて修整して認識させているようだ。ケルベロスについては倒さなければならない強敵だと認識させる為、優しい言葉や説得の言葉は都合の良い台詞に変換される。
 しかし、ケルベロスが最初からゲーム世界の設定に相応しい格好や演出をした場合、その言葉や行動をそのまま伝えられる。
「女の子は妖精さんを守ることにすごくこだわっているみたいです。もし彼女を助けるなら妖精さんに対してのアプローチが必要かもしれないでございます」
 妖精、とはいっても現実ではただのリボンだ。
 少女はそのリボンを守ろうと必死になって来るのでそれに近付くのは容易ではない。だが、其処にポイントがあるはずだ。
 また、注意点がもうひとつある。それはVR機を含む少女本体を攻撃した場合だ。その場合、少女は身を守るためにアバターと合体して戦う。そうなると戦闘力は強化されるが一度倒せば復活させずに撃破することが可能だ。
「心を折るか、合体させて倒すか。どちらも難しい問題です。けれどリカは皆様がどんな方法を取るとしても応援させていただきます」
 相手は特殊な力を持っており強敵となる。状況によって取れる方法を選んで欲しいと告げ、リルリカはそっと頭を下げた。
「妖精さんを守りたい気持ちは大切です。だけど、それが歪められた世界なのだったら……助けてあげなきゃいけないです!」
 彼女はただゲームをしており、ダモクレスに利用されているだけ。
 前途ある少女が人を殺すという取り返しのつかない罪を犯してしまわぬ前に止める。それこそが今回、ケルベロス達が行うべき使命だ。


参加者
付喪神・愛畄(白を洗う熊・e00370)
クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)
守屋・一騎(戦場に在る者・e02341)
相摸・一(刺突・e14086)
グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)
クラレット・エミュー(凍ゆゆび・e27106)
リリー・リー(輝石の花・e28999)
似鳥・朗(連ならぬ枝・e33417)

■リプレイ

●虚構と現実
 緑の森に住まう妖精を守る緑の魔法少女。
 それは少女にとっては揺るぎない正義であり、絶対的な存在だった。しかし――。
「全てが虚構、か」
 クラレット・エミュー(凍ゆゆび・e27106)は行く先に見える森を見据え、僅かに肩を竦めた。向かう森には妖精もとい、ただのリボンを守ろうとする少女が居る。
「オレもゲーム好きだけど……現実との見境なくなるのはいただけないねぇ」
 グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)は戦場となる場所を遠目に眺め、いたたまれない気持ちを言葉にした。クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)も静かに頷き、ダモクレスの戦術に関心を抱く。
「最新のゲーム機器を狙うあたり抜け目がありませんね」
「まだ前途のある幼い子がデウスエクスに利用されるとはな」
 似鳥・朗(連ならぬ枝・e33417)は首を横に振り、少女を救う為ならば汚れ役にでも何にでもなってやると心に決めた。
 そして、クロハ達はVR機器を装着した女の子の元へ踏み込む。気配に気付いた彼女は素早く身構え、ケルベロス達を睨み付けた。
「妖精さん、隠れて! 森に悪い悪魔が攻めてきたみたい!」
「お初にお目にかかります、貴方が言う悪い存在というものです。早速ですが抵抗を止め降伏して頂きましょう」
 対するクロハは、我々は手段を選びませんと冷酷に告げた。
 仲間達の狙いは敢えて悪を装い、言葉をそのまま届けること。そして、戦いの中で少女の心を折ってゲームを止めさせることだ。
 戦いの前の緊張感が巡り、互いの視線が交差する。その中で守屋・一騎(戦場に在る者・e02341)は仲間達に小声でリボンの総数を教えた。
「どうやら全部で四個っス。そっちは頼んだっスよ」
 黒の獣耳をぴんと立て、一騎はリリー・リー(輝石の花・e28999)達に目配せを送る。
 リリーは任せて、と頷いてウイングキャットのリネットと共に悪の妖精然とした態度でリボンの方へと飛び立った。
「えへへ、あなたの仲間はリィがみんな攫っていくのよ!」
「さぁ、今日もたくさん悪の仲間を増やそうね! ほらほら、どんどんふえていくよー」
 なんてね、と付喪神・愛畄(白を洗う熊・e00370)が薄く笑んだ傍らでビハインドのつくもが悪役らしいポーズを取る。
「妖精さんには指一本触れさせないわ」
 だが、予想通りに少女が木の前に立ち塞がる。その一歩前にはVR型ダモクレスが投影する魔法少女アバターが凛々しく身構えていた。
 対する相摸・一(刺突・e14086)は黒のマントを翻し、ベネチアンマスク越しに真っ直ぐに少女を見つめる。
「やぁ、コンチェルティア。御機嫌よう。私は『森を統べる者』」
 一と共にクラレットが少女に呼び掛け、気を引いていった。
「久しぶりだな。私は、そう、昔君が守っていた妖精のひとりさ。覚えていないのかい?」
 悪役は慣れないが物は試し。良心が痛むとしても、彼女が生き延びられるならば荒療治も治療のうちだ。二人の言葉に対し、少女のアバターはステッキを振りあげる。
「森を統べる者に妖精さん? よくわからないけど倒してあげる!」
 刹那、舞い上がった緑の力がグレイシアに放たれた。だが、即座に飛び出した一騎が仲間を守り、衝撃を肩代わりする。
「大丈夫? なかなかの衝撃だったみたいだけど」
「少し危なかったっスね。でも、ここからは俺も本気で!」
 グレイシアは一騎に礼を告げ、アバターへの反撃に移って行く。仲間達が立ち向かう様に続こうと決め、朗は改めて魔法少女へと灰色の瞳を向けた。
「多勢に無勢だ。俺たちをその辺の悪魔どもと一緒にしてもらっては困る」
「どんな相手にも負けない。だって、私は……魔法少女コンチェルティアだから!」
 一見すれば衝突するのは正義と悪。
 されどケルベロスの誰もが少女を救いたいと願い、この戦いに挑んでいた。

●翠の意志
 森を守り、妖精の住処を護りたい。
 それは紛れもなく正しい心から生み出される思いだ。子供の純粋な心まで利用されてしまうのかと思いながら、クロハは大剣を振るいあげた。
「立派な志ですね。ですが森を、妖精を何も分かっていない無知な子供は不要」
 そのような者に守られても迷惑なだけだと断じ、クロハは重厚無比な一撃を見舞う。その狙いは怒りを覚えさせて相手の気を引くこと。
 だが、攻撃を受け流した魔法少女はふいっとそっぽを向いた。
「妖精さんの事なら私が全部知ってるわ!」
「思い違いをしているようだが、妖精は元々我が眷属。時を経ればこの子らのように自然と悪に目覚め、いずれ悪魔に転化する」
 すると一がすかさず仲間達を示し、悪魔然とした態度で語っていく。それと同時に旋刃の一閃を放った一はアバターの力を削った。
 そこへ鎖の絡まる槍を振り翳したグレイシアが駆け、続いた一騎と朗も幻影魔法少女を穿ってゆく。まずは敵を倒し、戦いの意志を殺いでいくことが先決。
「しかしお姫様の役割ではなく騎士の役割のほうがいいとはなあ」
 おてんばな子だとクラレットが呟くと、傍らのノールマンが首を傾げる。するとクラレットは自分が守るべきお姫様はノーレだけでじゅうぶんだと片目を閉じた。
 そして、クラレットは少女の背後を目指すリリーへと盾の守護を施す。仲間達の狙いは勿論、妖精たるリボンを解くこと。守るものさえどうにかしてしまえば、きっと上手くいく。
 その考えは正解だったが、対する魔法少女も黙ってはいない。
「妖精さんに手出しはさせないから!」
 痺れを伴う魔法がリリーに向けて放たれ、動きが阻害されていく。だが、愛畄が魔力を紡いで癒しの力を広げた。
「傷は体、邪は心、合わせて九十九の神となり姿をなせ」
 不利益は小さな精霊となり、リリーの身から痺れを取り払っていく。礼を告げたリリーは体勢を立て直してリボンの方に向かう。
「妖精さんはね、リィみたいに大きくなるとみーんな悪の妖精さんになっちゃうの」
「いずれはそいつも俺たちのようになる。無駄なあがきはやめておけ」
 ふふ、とリリーが笑うと朗も追撃の言葉を向ける。敵はリボンが解かれることを阻もうとするが、朗の放った流星の蹴りによって阻止は失敗した。
「やめて、妖精さんに酷いことをしないで!」
「悪いけど、だめなの」
 リリーはひとつめのリボンを手に取る。次の瞬間、妖精を奪われたと感じた少女は絶叫に近い悲鳴をあげた。グレイシアは胸が張り裂けそうだと思いながらも、残るリボンを見据えつつ語っていく。
「最近の魔法少女はねぇ、夢と希望を与えるとか楽しい世界だけじゃないんだよ」
 例えば今のように、絶望という名の運命を背負って生きていかなければならない世界もある。そう話したグレイシアはケルベロスも同じだと感じた。
「許さない。あなた達、絶対に許さないわ!」
 少女が拳を握る中、クロハはアバターを狙って炎の一閃を解き放った。
「どうしてもというのなら私を倒してみなさい。それが出来るのなら、の話ですがね」
 クロハの言葉と鋭い一撃と共にアバターが倒れ、消失する。だが、本体の少女はコンティニューを選んだらしく新たな幻影が宙に浮かびあがった。
「まだまだ、だから……!」
 守るべき妖精が殺されたという状況の中、悲しみに打ち震える少女は怒りを覚えたようだ。妖精たるリボンを取ることは逆効果だったのか。一瞬、そんな考えが過ったが一騎は大きく首を振った。
「ふははは! 行け、悪の妖精よ!」
 幾ら悲痛な声が聞こえようとも、相手が怒りに燃えようとも自分達はやるべきことを行うだけ。わざと大袈裟に叫んだ一騎は、残るリボンを解かせる為の隙を作ろうと狙う。
 甦ったアバターは全てが回復した状態。
 しかし、一は決して怯まずに立ち向かおうと心に決めていた。リボンの妖精が狙われてることが分かった以上、敵の守りも強固になっていくことが予想される。
 それから幾度も攻防が巡り、アバターが何度も何度も倒された。
「……これで何度目だい?」
 一は見下すような視線を敢えて差し向けて少女に問う。すると彼女は凛とした表情で一を睨み返した。
「何度だって立ち上がってみせるわ。絶対に勝つんだから!」
(「なんだかリィ達がすごく悪いことしてるみたい……ごめんね」)
 リリーは内心で少女に謝りながら、次のリボンを取りに駆けた。庇う要領で妖精を護る魔法少女は厄介だったが、リリーは諦めずクラレットに視線を送る。
 二人達の動きに気付いたリネットとノールマンは主人を補助するように動いた。翼猫は尻尾の輪を舞い飛ばし、ビハインドは金縛りで敵の行動を阻害する。
 そしてリリーは右へ、クラレットは左へ向かった。今だよ、と愛畄が合図を送った瞬間、二つ目と三つ目のリボンがケルベロスの手によって解かれた。
「あとひとつ、ううん。残りは一体だねぇ」
 グレイシアは木に結ばれたリボンを見つめ、少女の様子を窺う。愛畄やクラレットが癒しに徹してくれているおかげでアバターとの戦いは上手くいっていた。
 後は全ての妖精を此方の手の内に収めれば、きっと何かが変わるはず。
 少女は最後になったリボンを守るために更なる戦いの意志を宿している。だが、その正義の心は歪められた物に過ぎない。
 アバターが相手とはいえ、子供を相手にしなければならぬ状況。武骨な剣の柄を握り締める朗の手に力がこもる。
 ふと思い出すのは自分を庇って死んだ妹。もう自分のせいで人を死なせたくはない。ましてや相手はあの頃の妹とさして変わらぬ年恰好の無邪気な少女だ。
「……助けてやるから、な」
 きっと今の少女には届かないだろう。だから、と首を振った朗の呟きは誰にも聞かれぬまま、森の空気にとけて消えた。

●妖精と少女
 森の中の戦いは続き、幾度もアバターが倒れ、その度に復活する。
 妖精を守るという強い意志のもとに戦う少女は強かった。だが、少しずつではあるがケルベロス達の言葉や強さに気圧されている雰囲気も感じられる。
「もう一度言います、降伏してください。貴方が拒む度に妖精は死んでいきますよ」
 悪いのは貴方。貴方の無力が罪だと告げ、クロハは炎舞を解き放った。容赦のない物言いと目にも止まらぬ炎の蹴りが魔法少女アバターを追い詰める。
「い、いや……絶対……」
 アバターは再び消えようとしていた。守りは強固だが復活の一瞬に隙が出来ると察したリリーは残り一つのリボンに狙いを定める。
 されど敵もそれを分かっているのか、リリーに向けて杖を差し向けた。
「させないっ! 魔力最大限のエバーグリーン・コンチェルト――!」
 次の瞬間、膨大な魔法の奔流が戦場を包み込む。
 させないと気を張ったのは一騎も同じだった。リリーを庇い、必殺魔法を受け止めた一騎は仲間に呼びかける。
「今の内に!」
「こっちは止めておくからねぇ。容赦しないよ?」
 一騎に続き、グレイシアはニヤリと悪そうな笑みを浮かべてアバターの前へ飛び込んだ。――大気に満ちる空気よ、凍れ、氷の刃となりて、切り刻め。
 そして、グレイシアは詠唱によって凍らせた空気から鋭い氷の針を解き放った。
 その間に愛畄が傷邪抽出の力を用い、傷を受けた一騎を癒す。その際に心配に思ったのは少女の心労だった。
「俺は心の傷までは治せないからなぁ。心を傷つけることはしたくないんだけど……今回はしかたないね」
 救う為の諦めを胸に抱き、愛畄はつくもにアバターを攻撃するよう願う。ポルターガイストによる激しい衝撃が敵を穿つ中、朗はブラックスライムを解き放った。
「これで繋いでみせる」
 決意の言葉と共に放った一撃がアバターを消失にまで追い込む。その隙を狙い、リリーが最後のリボンを木から剥ぎ取った。
「絶望ってとっても悲しいことなのね。でも、現実を知ったら、もっと絶望しちゃう」
 だから、とリリーはリボンを手にしたクラレットと共に頷きあう。
「も、もう一回、コンティニュー!」
 少女はアバターを再び表示させるが、此処まで来れば此方のもの。一は鈍銀のガントレットを振りあげ、敵との距離を詰めた。アバターに刃仕込みの拳を叩き込み、一はクラレット達に告げる。
「同胞といえど、そんなものは間引いてしまいなさい」
「残念だけれど。大人になった妖精は純粋ではいられないのさ」
 頷いたクラレットはシフォンリボンを掲げ、ひといきにそれらを引き裂いた。四枚、否、四体の妖精達は次々に破られて地に落ちる。
 その瞬間、少女の顔が深い悲しみに包まれた。何かが折れるような音が聞こえた気がして、クロハは魔法少女を見つめる。
 アバターは此方に攻撃を行おうとせず、本体の少女と同じく棒立ちだ。
「もう、嫌……守る妖精さんがいなくなっても戦うなんて……」
 そして少女は首を振り、自らの意志で機器を外して地面に向けて放り投げた。

●君の未来
 VR型ダモクレスは壊れ、少女がその場に倒れ込む。
 すぐさまクラレットがその身を受け止めに駆け、ノールマンも主の傍で一緒になって少女を支える。妖精を殺されたと認識して希望を失った彼女はこれまでの疲れからか気を失ったようだった。
「わ、怪我したりしてないっスか?」
「大丈夫。身体に傷はないようだよ」
 一騎が心配そうに問うと少女を看たクラレットが平気だと応える。愛畄は暫く寝かせておいてやろうと皆に告げ、眠る少女をつくもと共に見下ろした。
「この子も頑張ってたんだけどね……」
「致し方ありません。これが最善だったのですから」
 俯く愛畄に首を振った後、クロハは周囲を見渡して森に被害はないことを確認する。そして、一はクラレットの代わりに少女を抱きかかえた。
「あなたの頑張りは見ていたよ」
 それまでの悪魔めいた口調を崩した一は彼女を街に送ろうと提案する。賛成だと答えた朗も複雑な思いを振り払い、一に抱えられた少女にお疲れ様、と告げた。
 そうして、グレイシアは腕を伸ばして眠る彼女を撫でてやる。
「怖い思いさせちゃってごめんねぇ? もう大丈夫だから……」
 危険な虚構は消え、後は平和な現実が待っているだけ。少女にとってこの出来事はゲームの中の事であり、目を覚ませば元通りになるだろう。
 リリーはごめんね、と少女に改めて告げた後にそっと目を細める。
「リィが教えてあげる。妖精さんはね、本当は、遠いお空で仲良く暮らしているのよ」
 だから、コンチェルティアが頑張らなくても大丈夫、とリリーは小さく微笑んだ。
 普通の人にとって、この世界はゲームに比べたら自由もスリルもない。それでも、現実と幻想の折り合いを付けて平和に楽しく暮らすことこそが大切なこと。
 眠る少女は今、穏やかな表情で一に身を預けている。
 彼女のような人々を守る為にも世界を脅かす本当の危険はケルベロスが退けてみせる。強い思いを宿した仲間達は頷き合い、歩き出した。
 踏み出したこの一歩が、よりよい未来に向かう為のものだと信じて――。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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